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「止まるな」

一月の終わりに、また、ブログを更新したい。

この一か月、私は、何をしてきたのか、
結局、止まらなかった、ということだった。

リハビリを終えた、で、何か変わるか?
何も変わらない。
変わる必要は、何一つ、無かった。

そのまま、

止まらないで、行けばいい。

それだけだったと、今日、あらためて思った。

なぜなら、

「止まれ」

これこそが、毒親の声だったからだ。

止まれ、生きるな、死んでいろ、
自分など見失ったままでいろ、
まわりを見ろ、それに気をとられろ、
ほら、親だぞこっちは!おいっ!!

こういう脅迫の家で
私は育った。

何度か思ったことだが昨日も思ったことがある。
今のような事態になって(以前と変わって)、
毒親たちにしろ、Pにしろ、その親や兄弟姉妹にしろ、
私の兄弟姉妹にしろ、友人?だった人たちも、
誰一人、私と険悪な関係になるのを回避しよう、と
努める者は誰一人もおらず、

ただただ、「責める目」で、全員とも
私を見ただけだった。

私が個人として生きることなど、
「これっぽっちも」考えていなかったのだ。
それは、悪気どころか、しごく当然かのように、
私は、生きていなくて当然な存在として
40年以上、人形(ロボット)のように、いただけだった。

だから、今、私は、清々としている。

「止まらない」

これが私の意志として、明確である。

さっきも思ったが、
昨年12月、今年1月と、
よく寝ないでやってきた日があったなあと思う。
週に一度は徹夜していたし、かつては8時間近く寝ていたのに、
今は、4時間程度は、ざらだ。

理由は、私は、
とくに、自我復元、これは、
「寝る間も惜しんで」やりたいことだから、
止まらないでやりたいことだから、
なぜなら、それが、私の生き方であり、
その道を開いたのであり、
喜んで、私は、寝ないのだ。

昨年も書いたように、
身体に「ありがとう」。
でも、身体も私に言うだろう。
「どういたしまして!」と。
それが、健全な自己の関係性だ。

一食は白米生活、と書いたりしているけれど、
私は、自我復元と同じくらい「寝ないで」没頭しているのが、
食べて料理をすること、これに今、「没頭」している。

楽しくてしかたがない。

今日も、ずっと、作っていたし、
食べていた。

生まれてはじめて、
私は、楽しく、過ごしている。

何度か書いたけれど、
私のいる今の場所は、
「中心の技法」「関心地図」「日記」
それ自体が、今、いる場所だ。

それと忘れてはならない、
私にとってはすごいアイテムがある。

「不自由の自分ルール」

だ。これは、まるで奇跡のような手段なのだ。
まったく、何が起こるかわからない。
なんとなく予想しても、そうでないことが多い。

しかし、このルールは、どんなルールを設けるか、が
実は難関なのだ。というのも、自我復元、なんでもそうだけれど、
「切羽詰まった設問」でなければ、何の意味もない。
ただ、ルールを決めているだけになる。

しかし、今、打破したいこの状態に立てられる設問、ルールには、
ここで「止まってしまいそうになる原因」をぶち破る力がある。

最近で、一番、印象的だったのは、
「相手の目を気にしてみる」というルールを
仕事中にやってみたことだ。

そして、昨日、私は、私にとって
思いもしなかったルールを設けた。
思いもしない、というより、つねにそういうものだが、
「それはしちゃいけない」と思いこんでいるものが、
土壇場では、不自由のルールになるのだ。これが鉄則だ。
それは小手先ではできない。自ずとルールから舞い降りてくるものだ。

「名付けてみる」

というルールだった。

最近、どら焼きとか作っていて、
ふと、こういうことをよく私は考えている。

「あびどら焼き製菓」

なんていい名前だなあ、とか。
そうだ、そういう活動、仕事をしよう、とか。

問題は、

そう問題は、私が「そう名付けた瞬間に」

いやぁーーーーーーーーーーな気持ちになることだった。
(嫌)

私は、小さい頃から、よく名前をつけることをしていた。
たとえば、ファミコンのゲームの登場人物、野球選手などに、
自作の名前をつけていたし、そういう日常的なシーンから、
目標や指針など、そういったことを設定しては、しばしば、
それを端的にあらわす「名前」をつけていた。

要は、それが、
「格言」世界なのだ。

毒父世界のそれだ。

その「名付ける」ことが、何をなしてきたか?といえば、
実は、AC人格問題から見れば、この一点に尽きる。

「止まる」

ことなのだ。

名付けるとは、停止を意味していた。
もっとちゃんといえば、それは決して自発的な停止などでなく、
「止まれ」「動くな」「見るな(ちゃんとは見るな、という意味)」
「自分とか言うな」「顔色を見ろ」、そのために、

「止まれ」

という、命令。

それを、あたかも、自分で自発的にやっているかのように
錯覚させるのが、「名付ける」という行為だったのだ。
それは、毒父自身が、そのAC人生全体を貫くやり方だったのだ。

そこで、私は、名付けることを避けるのでなく、
むしろ、自覚してやってみることにしたのだ。

まず思ったのは、
私は、他にもしたいし、できる、ということだった。

しかし、予想外のインパクトは、今日、起きた。

なんと、

名付けても、大丈夫だったのだ。

私が今やりたいことは、

「全力で楽しんで食べて遊ぶ」

ということだ。そして、それを、こうやって、
そう、今のように、名付けてみるのだ。

「全力で楽しんで食べて遊ぶ」、と。

嫌~な感じがしてくるのだ。その瞬間に。

ところが、それは事実としてありながら、

私は、それにまったく影響されていない私がいたのだ。

そして、それが、

私だった。

いや、そんな説明的なことはどうでもよくて、
名付けたから、だから何?と、私は思っていた。

名付けても、もう、効力は失っていたのだ。

理由は、簡単だった。

私がやりたいこと、今、体験し、体験し、体験し、
という連続は、「名付けようにも名付けられないから」だったからだ。
だから、名付けても、それは嘘ではないのだが、その瞬間に褪せてしまおうが、
体験中の私には、どうでもいいことだったのだ。

その私は、

止まっていない、

ただそれだけだった。

止まらないのだ。

止まらなければ、名付けても止まらないのだ。

つまり、名付けることは、

もう、私を「止められない」「止められなかった」のだ。

そして、逆説的だが、

そうなると、なんと、褪せないのだ。
名付けたものが。

ああ、これが、日記の言葉として、
本当は、私が、書いてもよかったこと、
「今日、こんなこと思ったよ、感じたよ」と
堂々と書くことを、本当は、やらねばならなかった。
やれないのなら、そこに疑問を持ち、
徹底的に、探求し、問題にぶちあたっていくべきだった。

日記をかけない、というのは、
典型的な「感情の死に方」だったのだ。

そして私は根本的な問題(AC問題)から逃げ、
私は、一番腐った生き延び方、
「今、あるがままに、平然といればいい」
という、精神世界を冒涜する最たる毒人間として存在していた。

思えば、AC人格との格闘も、生体反応を失う時も
同じことが毎回起こっていたのだ。

「止まれぇ~」

毒親の呪いの声である。

リハビリの生き方とは、止まらない生き方だったのであり、
止まらない生き方が、自我復元という生き方だったのであり、
それが私の生き方であり、過去も、今も、未来も、私は、
そうやって生きてきたし、生きていく。

これが、当たり前の生き方なのだ。

生き方には、これ以外、他にあるだろうか?
止まりたいのなら、死ねばいい。
じゃあ、死ねるのか?と自問し、本気でイエスと言えるのか?
言えないのだ。そういう中途半端な生が、ACという生き方なのだ。

AC人格との闘いとは、
つねに、「怠惰さ」との闘いだった。

もしも私が怠惰さを一切許さず、
誠心誠意、己を生きようとし続けるのなら、
AC問題は必ず解決する。

否、

「解決し続ける」のが、

本当に、私が望む生き方なのだ。

「止まるな」

ということだ。

私は、ばんばん、日記を書いていこう。

書き殴るつもりで!

そこに、その日記に、

私の生き方を、すべて、投じていこう。

やっぱり、最後は言いたいね。

毒親、

ざまーーーーみろ!!!

私は、もうあなたが見ることは二度とない笑顔で

生きている。

私は、今、「私」という個人を生きている。

昨日、電車に乗りながら外を見て思ったのだ。

ふと思ったことなのだけれど、

「崩残さんって、ああ、たとえばああいうマンションにいたりするんだなあ」

とか思った。いや、喩えだよ。マンションじゃないのは知ってるけど。

そういうことじゃなくて、

私は、たとえば崩残さんは、つねに「私の中にいた」。

それは、決して、いいことでない意味で、なのだ。

私の中には、本当は、誰もいないのだ。

もしも、誰かがいたとしたら、
それは、妄想の中で、AC人格が保身のために「設けている亡霊」なのだ。

考えてみれば当然だ。

私の中に、誰もいるわけないのだ。

私は私だ。この身体も、脳も、肌も。

毒親も、何もかも、私の外にいる。

私と、外界、なのだ。

こんな当たり前なことを、
昨日、電車の中で、はっと気づいたのだ。

そして、今までは何だったか?

私の妄想の中だけがすべてだった。

・・・とは、どういうことか?

私すら、そこにはおらず、
外界すら、きちんとそこにおらず、

「自分不在の亡霊屋敷」

私が生きていなかった40年の監獄とは
そういう狂気の世界だったのであり、
なぜ、そんなことになったのか?
それは、誰のための世界観なのか?
その世界観のあらゆる価値観とは、
誰のための、何だったのか?

「毒親都合で生きて死ね」

そういうことだった、から、

私は、それをやめることにした。

それが、自我復元だ。

「自分都合で死んで生きる」

毒親に言うことは、本当に、一言しかないね。


 ざ ま あ み ろ


これが、私の生き方だ。


2016.1.29
あび

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by jh-no-no | 2016-01-29 18:54 | 私の生き方


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