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①虚勢されたものを掘り始める

報告文を、以下、掲載いたします。
文字数の都合上、今回も、4つに分けて掲載しています。


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崩残様

Abyです。

8月いっぱい、はじめての格闘技を体験し、感じたこと、分析したことをご報告させていただきます。

8月4日から29日まで、3週間強、という期間でしたが、空手、合気道、総合格闘技、拳法、大きくわけて、この4種類の体験をすることになりました。

最初は、すすめてくださった空手をいくつかの公民館で体験してみて、その中から参加したい空手クラブを探し、やってみて、様子を見てみようと思っていたのですが、結果的には、18箇所の道場・団体でお世話になり、見学だけでなく、うち、13箇所で実際に体験させていただきました。

格闘技体験、といっても、もちろん入口の基礎ですので、総合格闘技でもスパークリングをやるわけでなく、キックボクシングや柔術の基礎の体験です。拳法に関しては、日本拳法と少林寺拳法を体験しました。空手は、極真空手の道場も行ってみましたが、おもに足を運んだのが、松濤館と剛柔流という流派の空手道(寸止め空手)です。合気道にも合気道会や養神館などいくつかの団体があったのですが、おもに合気道会に所属する会に参加し、5回ほど継続して体験をさせていただいたところもありました。

以下、ご報告させていただきます。
サインまでが本文です。長文になりますが、よろしくお願い致します。


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「去勢されたものが何なのかを調べること」
「去勢されたものをとり戻すこと」

この二つを目的に、見学や体験に参加することにしました。また、日常生活でも、これらに関連するAC人格の挙動に注意を向けることにしました。今回の体験で、去勢されたものをとり戻すまでは今のところできていないのですが、今までまったく気づかなかった「去勢されていたもの」については、いくつか、徐々にわかってきたことがありました。そのことを中心にご報告させていただきます。


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なにより、この一連の体験で、わたし自身が驚いた発見は、

「敵視できない」

ということでした。このことは、体験のはじめから躓くことになりました。

まず、直面したのは、わたしのあり方がまったく「格闘技になっていない」ということでした。これは空手でも合気道でも、顕著に現れた現象で、わかりやすかったのが、空手ではわたしは「攻めても守ってもいない」という状態、合気道では「攻める側をやっているのか守る側をやっているのかがわからない」という状態が何度もありました。

いくら体験参加とはいえ、格闘技体験に来ているのですから、攻めてもいない、守ってもいないなど、相手からすればわたしが何をしたいのかまったくわからなかったでしょうし、攻守が混同するなどありえません。なのですが、こういう状態にある自分自身の心理状態は、「おかしい」と指摘されるまで、それが異常であることに、まったく、気づいていませんでした。

「よけましょう。こわい、という感覚を持ちましょう」と、端的に指摘してくださったことで、自分がおかしいということを自覚しました。それは、5回ほど通わせていただいたW合気道会というところでした。合気道では、攻守役にわかれて技を磨くわけですが、守り側の反撃(あてみ)に対して、わたしは一切、「守る」ということをしなかった、思いつきもしなかったのです。もちろん、あてみといっても、本当に打撃してくるわけではないのですが、試合がない合気道だからこそ、ルール無用の急所の攻撃を想定しており、その相手の攻撃に反応しない、というのは、ありえない感覚なのだと思います。

それを指摘される前にも、実は、同じような指摘を受けていました。ただそのときは、無我夢中で気づかず、しばらくしてわかったことでした。それは、空手の体験で、はじめて「組手」という、いわゆる乱取りやスパークリングにあたる実践稽古を、B空手道場というところで体験させていただいたときでした。

空手でも他でもそうですが、なにせ初体験・初参加ですので、こういった組手のようなことはまずやらせてくれませんし、多くは基本動作の練習になるのですが、驚いたことに、ここでは「やってみましょう」といって実際に組手をやることになりました。またとない機会でしたので、やらせていただきました。

通常、組手をやるときは、顔面部分を守るために、メンホーというものを被ります。空手道では寸止めを基本とはしていますが、実際には当たるし、当てます。ところが、当然ですが、わたしはメンホーを持参していません。ケンサポという手につけるサポーターは貸していただいたのですが、わたしはメンホー無しでやることになりました。「空手がこわいものだ、ということを知ってもらうことも体験」と師範が言われていたので、これも意図的にそういう状況になさったのだと思います。小学生から成人まで、何人かの方と組手をやることになりましたが、一人、若い男性で大柄な指導員の方(K指導員)がいて、寸止めといっても、ギリギリ、パシッと入るようなツキとケリが連発します。「これはやばい」と思って、わたしは顔つきが変わりました。わたしから見る相手の「見え方」ががらりと変わったのです。

K指導員から、二つのことを指摘されました。

「ぜんぜん、(僕に)当たってないよ」
「間合いが近すぎる。それだとすぐに頭部にケリが入っちゃうよ」

この二つの指摘それ自体は、当然のことでした。前者の指摘ですが、そもそもわたしは当てるつもりなどなかったからです。それは「寸止めだから」という意味ではなく、寸止めにすらなっておらず「突く形」だけをしていました。やっているフリ、攻めているフリです。後者の指摘に関しても、それも当然でした。守ろうとなど、まったく思っていなかったからです。

なので、その時は、むしろこれらの指摘は言われて当然のことに思えて、かえって疑問を抱くことがありませんでした。しばらくして、やっとです。「攻めてもいない、守ってもいない。あなた、何やってんの?」と言われていたことに気づいたのは。

格闘技になっていない。

だんだんと、自分でもおかしいと思うようになってきました。K指導員と組手をやるときは、わたしは正直、こわいと思った。でも、そのやばいと思ってとった行動の結果、わたしがやっていたのは「攻めも守りもしない」という客観的に見えれば、明らかに自殺行為。十分おかしいのですが、わたしの中では、なぜ、こういう行動を咄嗟にとったのかはわかりました。

「攻めもしない、守りもしない」というのは、完全に「降参」という姿勢、媚びる姿勢でした。格闘技だけではありません。わたしのAC人格の典型的な保身方法です。攻めないのは、相手を「怒らせない」ためです。相手をカッとさせてはいけない。感情的にさせてはいけない。相手をカッとさせてしまうから、わたしも感情的になってはならない。「あなたを攻めるつもりは、さらさらありません」と意思表示する。ただ、一生懸命やっているフリはする。けれども、相手に伝えようとしているのは、「フリなんだ」ということ。これでは格闘技ごっこにすらなりません。ただの茶番です。

同時に、丸裸になる。「わたしは無防備です。まさか、守ってもいないこんなわたしを、殴ったりはしませんよね」と、相手に対して戦意のないことを伝えようとする。完全にお手上げ、はなから降伏している意思を伝えようとする。これも相手を「怒らせない」ためです。守ろうとすれば相手はエスカレートして攻めてくるだろう、守ろうとすればするほど相手は感情的になるに違いない。だから守ってはダメだ。無防備なら、相手はきっと手加減してくれるはずだ。ちゃんと寸止めをしてくれて、痛い思いはしなくて済むはずだ。守りに関しては、「守るフリ」すらほとんどしていませんでした。

こういう自分を、別の人を通して、客観視する機会もありました。総合格闘技の体験の際、少し早めにジムに到着したため、柔術クラスの前の女子クラスのスパークリングを見学する機会がありました。攻める意思も守る意思も感じられない一人の参加者がいました。見た目は一生懸命動いているのですが、相手に呼応して動いているだけで、明らかに、「敵対関係」にないのです。パンチの形はとるのですが、それは型どおりの素振りでしかなく、当たっていない。あれでは相手がよけなくても当たらないといった感じです。しかも守らないから、顔の前にグローブをあてられて「届いちゃってますよ」と指摘されている。まさに、守ろうという気がある人がとる間合いじゃないのです。この見学をしたのは、随分後になってからでしたので、「自分もこうやって見えるんだ」と、攻めもせず守りもしない様を、比較的冷静に観察することができました。格闘技をしているとはまったく見えません。

攻めも守りもしない、その意思を持たない、相手に伝えまいとするというのは、「あなたとは争わない、戦わない」という表明ですが、その目的は、相手をカッとさせないため、怒らせないためです。そのためには「敵にまわしてはならない」と思うのです。逆にいえば、敵にまわさなければ大丈夫だ、助かる、と思っています。もちろん、「こわいから」そうするわけですが、そもそもおかしいのは、書いて整理するとわかりやすいのですが、「敵にまわさなければ」という仮定自体がおかしく、格闘技において、相手は「敵」以外何者でもありません。W合気道会の師範の方がよく「合気道は踊りじゃない」と言われていたのですが、わたしが相手の手をとる姿勢は、社交ダンスでもやるようなものだったと思います。その証拠に、後に、こんな指摘も受けました。わたしが攻める側のとき、相手の手首をとったとき、「あのね。これから攻めようと思っている人がそうやって横から手をとることはないんだよ。上からグッと掴むでしょ、ふつう」と言われ、ハッと思いました。相手を「敵」となど考えていなかったからです。

敵にまわさなければ、大丈夫だ。

わたしがいつも怖がっているのは、「裏切られること」だ。味方、と思っている人に、裏切られることや見捨てられること。これを何より怖がっている。

桜の間の記事の「自我というもののイメージ」は、体験と理解を重ねていく上で大きなヒントになりました。構造理解やルールや考え方を他者承認に利用してしまう危険性がわたしにはつねにあったので、そうしてしまいそうになるとき、すなわち、「体験」のほうを劣位に置き、切り張りし、理屈に誘導、こじつけてしまう癖の見え隠れには慎重になりました。これは今も継続して慎重に考え進めたいと思っているのですが、この「家屋」という概念は、わたしにとってイメージがつかみやすいものでした。

「自分の上に置いた者=親の亡霊」は、つねに、わたしという家(自我)の管理人になっていて、というより、わたしが家に招き入れてしまって、この家の主人にしてしまっている。こういう従属の関係が、「わたし」という世界の中で起こっている。わたしの世界観(他者関係)というのは、つくづく、この「シェアハウス」のようなものだと思いました。本来なら、シェアするものでないのが、自我なのだと思います。ましては、主人はわたし一人でなければならないのに、その権限を明け渡してしまうなどあってはならないのに、これが常態になっている。そして、わたしは、その人を「味方」と認識している。現実には、わたしの父がそうであったように、ただの「侵入者」なのですが、わたしの中では、これを「味方」と思うように洗脳されていた、ということだと思います。仮想の恐怖をちらつかせた上での、もちろん、味方像です。つまり、本当は、最大の「敵」です。

ふと思い出したのが、タイムカード不正事件のことですが、あのときもわたしがとった行動は、「敵にまわさないこと」でした。敵にまわすまい、と考える時、とたんに相手の「見え方」が変わります。今回の体験でわかったことなのですが、わたしは「敵」それ自体がこわいのではなく、「敵にまわられること」をこわがっているようでした。味方が敵になること、これがわたしにとって「見捨てられる」ということの定義であり、仮想の恐怖になっています。

へんな言い方ですが、わたしには、「敵」という実体のある概念がなく、味方でいてくれるか、それとも味方に裏切られるか、という、対人関係においてこの従属関係しかなく、その味方が裏切ること、わたしを見捨てること、それが「敵にまわられることだ」と思っていて、それを恐怖しています。この歪んだ恐怖、仮想の恐怖が、まさに、組手のとき、満開になったということだと思います。攻めもせず、守りもしなければ、きっと大丈夫だ、怒らせなければ大丈夫だ、と。この前提にあるのは、そもそも、「みんな味方なんだ」という設定(=洗脳)です。敵というのはいない(ことになっている)のです。練習とはいえ、格闘技になるわけがありません。

敵視できない、という欠陥。

実際にわたしは「やめて」といえば、助かると思っているところがあります。他者に対しても「やめてといわれたら、やめましょうね」ということをずっと言ってきました。でも、これはとんでもなく、おかしいことだったのではないかということにも、最近気づき始めました。もしも、野生で生きていて、今にも食ってきそうな敵を前に「やめて」はありえない。やめるわけがないのが「敵」であり、もしもその敵との対面で、結果、助かったにしろ助からなかったにしろ、逃げたか倒したか、いずれも自ら戦うしかなかったはずで、「やめて」と言ったらやめてくれた(あるいは、やめてと伝えようとしているうちに食べられてしまった)など、この自然界にありえない。ここで通用しても、一歩外に出たら食われてしまうようなことを、わたしは他人にも言ってきてしまった。「やめて」と伝えてわかってもらおうなど、最後の局面では、どこであっても通用しないのに。

こういうこともありました。「じゃあ、やめてと両方とも言ったら、どうなるのか」と。わたしはそれならそれで言い合えばいいのではないか、と楽観的に考えていました。これは間違っていました。こういう考え方での言い合いの末路は、ふたつしかありません。「やめてくれてよかった」か「やめてくれなくて嫌だった」です。言い合っていた人たちは、結果としての「よかった」か「嫌だった」しか表には出しませんが、問題なのは、その感情の理由が「やめてくれたか、そうでないか」という、まったくそれが相手次第ということです。これが野生で通用しないから云々より、むしろ、こういうことが通用してしまうような隷属の世界に居場所を見出してしまうAC人格を助長してしまっていることこそが問題でした。わたしが育った家庭のような、そういうところを「心地よい」と錯覚してしまうわたしと同じような人間を、今度はわたしが毒人間の大人として、作り出してしまっている。そこで巣食う恐怖は、きっとわたしと同じ、「やめてくれなかったらどうしよう」という仮想の恐怖であり、それに怯える人たちを生み続けていることになります。

「みんなの意見を尊重しましょう」とか「争ってはダメです。暴力はダメです」とか「友だちと仲良くしましょう」とか、挙句の果てに「喧嘩はいけません」と、わたしの両親は聞こえのいいことを言ってきましたし、わたしも実践してきました。ただ、これは誰のためだったのか?

「他人のせいにしてはいけません」ということも、両親はよく言っていました。これはてっきり、自分の責任、自立、というのを躾けるためのものだと思っていました。一方で、親に対して、こういう感覚がありました。「パパのせい」「ママのせい」、この言葉だけは言えないな、という感覚がありました。というのは、わたしがこの言葉を発しようとするならば、そこに明らかに攻撃性があったからです。決して、パパの責任とかママの自立のためにとかでなく、パパのせい、ママのせい、と発言することは、彼らを攻撃していることであり、そこに歯止めがかかるのです。それでわかったことは、彼らは、責任や自立を躾けたかったわけでもなんでもなく、「親のせいにするな」と伝えたかっただけで、その意味は、一言でいえば、「親に逆らうな」ということだったことに気づきました。「親は絶対だ」ということも、両親、とくに父は連発していましたが、何が絶対なのかというと、絶対的な存在だなどと曖昧なことを父はずっと言ってきましたが、そうではなく、それは、「絶対に逆らうな。絶対に攻撃するな。絶対に敵にまわすな」というものだったと思います。わたしが「パパのせい」「ママのせい」という言葉に攻撃性を感じるのも、それを言うことに反射的に拒絶するのもそれが原因だと思いました。

「何してもいい、何言ってもいい。だけど、パパを怒らしちゃダメだ」と、あと一歩踏み込んだらやばいという、あの、境界線のギリギリに立たされて問答無用の撤退状態となる感覚になる言葉を、父からよく聞いたような覚えがあります。「敵にまわしたらいけない」というスイッチがここで入るように思うのですが、その感覚が思い出せそうで、どうもうまく思い出せません。

こういった「味方洗脳」は、なにも、道徳的なことはひとつもなく、ただ、毒親がわたしという「家」に侵入し、しれっと「味方」で居続けるためのものでした。「敵にまわしたら、Abyは生きていけないぞ」という脅しがあるのだと思うのですが、このことについて、続いて、体験とともに書いてみようと思います。


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『②去勢されたものを掘り始める』に続きます。


2014.09.15
Aby


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by jh-no-no | 2014-09-15 13:08 | 復元ノート 1


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