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不気味な不親切

事実と違う記憶。

わたしのなかで、母も父も、「笑顔」は静止画のように
「そうだったはずだ」となっているが、だとしたら、
あのどこかつまらなさそうな、両親の顔のイメージは
どこから沸いてくるのか?


感覚的には、「つまらなさそうな顔」のほうが、
リアリティーを感じる。


能面のような顔。

笑顔はそこに被るマスク。


父親のあのニヤリとした笑い方だけじゃない。
日常、母も父も、ああいう笑い方、だったように思う。
一言でいえば、作り笑顔。


ああやって笑っている「ような感じ」がするときは、
このままで大丈夫、そう、今のまま、今やっていることを
継続していてよし、という合図で、
顔色ががらっと変わると、終わりの合図、
といった感じだ。


子どもの頃、おそらくそのことを
知っていた。


母も父も、本当は笑っていない。


多めにみてくれているんだ、いいって言ってくれているんだ、
「もう少し、まあ、調子にのっていてもいいでしょう」というやつで、
ピッーと鳴ったら、「やめなさい」。


どこかで知っていたような気がする。

あれは「マスク」だ、と。


子どものほうを見ているときは笑っていても、
少し目をそらせば、
冷たく、機嫌が悪そうな、イヤイヤやっているような、
つまらなそうな、しかたなしにやっているような、
そういう顔をしていることを、きっとわたしは
知っていたような気がする。


そのことを、わたしは理解して、理解したその上で
遊んだり、わがままを言ったりしなければいけない、と思っていた。
だからまるでそれは、つねにわざとらしく、笑ったフリ、
じゃれたフリ、驚いたフリでしかなかった。


また、そういうふうにしている自分が
おかしいとも思わなかった。
だって、この世の中は、「本当は」「楽しいはずなんてない」
と思いこんでいたから。
本当に楽しいなんて、そんなことは、ない、と
感じていたように思う。


「楽しかった」


と口にしたことはあるけれど、本当にそう思って口にしたことは
今まで、一度でもあっただろうか?と思い返すと、
そういう記憶は・・・一つも、一度もないように思う。


両親は仕事が休みのたびに、よく、
遊園地へ連れて行ってくれた。それにしても
いろいろなところに遊びに連れて行ってくれた思い出がある。
遊園地、海、プール、お祭り、旅行、たくさんのイベント。
そして、どこへ行くときも、そこでの記憶は、


「いつも笑っているお母さんとお父さん」

決して怒鳴ったり、嫌なことを言ったりしない。


でも、わたしのなかで、
これは「今だけ」のことで、
「これは終わることなのだ」と、「どこか嘘なのだ」と、
こういう出来事自体、マスクのようなものだと
感じていた。


「本当のことは、ここには、ない」


なぜかわからないが、そう思いこんでいて、
こういう考え方は、その後もずっと、むしばんでいる。
本当のことがここにあるかどうか、自分で確かめたわけでもないのに、
漠然と、そう思いこんでいる。


気味悪いことに、こういう感覚は
わたしのオリジナルとは思えず、どこか、
「父に似ている」し、「母に似ている」。


両親がわたしに対して、
「楽しかったか?」「楽しかった?」
と訊いてくるときの感じには
違和感がある。


「楽しかったあー!」って、子どもが親に言うのならわかるけど、
親が子どもに「どう」みたいな感じで訊くあの感じは、なんだろう。
「楽しみましたかぁ・・・」という、なんとも歯切れの悪い確認のような
「楽しかった?」は、まったく、しっくりこない。
それに、そう訊いてくる時のことを思いおこすと、
両親二人とも


〝どこも笑っていない〟


笑っていない顔で、
「どう、楽しかったか?」ときかれるときの
あの不気味さ。

親は笑って訊いている「つもり」だろうが、
そのマスクの下には、笑ってなんかいない顔があるのを
わたしは感じ取っていたのだと思う。


そして、こういう「やり方」は、見事に感染し、
今、わたしはまわりの人たちに、同じマスクを被って
接してしまっている。


「わたしがこうやって笑っているうちは・・・いいですよ」


自分のこういう他人を見下した態度の出所はどこだろう、と、
考えていたとき、もしかして、と思い返してみたのが、
父と母の、ごく日常的な態度だった。


「わたしがダメって言ったらダメです」


という囚人の看守のような振る舞いが、
わたしにも、そっくり、感染した。
お前、何様だよ、と言われて当然な傲慢さだ。



「ちょっと考えなさい」

「ふざけないのよ」

「いいわよ」

「やめなさい」

「何、やってんのっ」

「いい加減にしなさい」

「楽しいかー?」



こんな抽象的で、とらえどころのない言葉を投げられて、
「わたしがこうやって笑っているうちはいいですよ」
といった雰囲気を思いっきり出している親の前で、
心おきなく、楽しめるものだろうか。



ふと、こんな言葉が頭をよぎった。


親切、


という言葉。



わたしの父も母も、わたしに親切だったろうか?
そう思ったとき、かなり、不親切だったんじゃないか、と、
そんなことを感じた。


親に対して、子どもに親切だったかどうかと考える時点で、
すっかり歪んでいる気がするのだが、
「兄」という存在に対する代理復讐をここに感じる。
どこか他人行儀で、排他的で・・・
なにより、不親切な気がした。


ママー、パパー、と呼んだとき、
わたしに関心を寄せてくれたことはあっただろうか?
「はあぃ」としかたなしに返事はしてくれたかもしれない。
でも、関心をもって「なに?」って、話をしてくれよう、
話をきいてくれようと、一度でも、そういう気持ちで
向き合ってくれたことはあっただろうか?


目と目の焦点が、一度でも、ちゃんと
合ったことがあったろうか??


この異常を疑っているのは、
何か特別な出来事を思い出せたわけではなく、
こういう特徴をわたしも持ってしまっているから。
無関心ほど、相手に対して不親切で、失礼なことはない。

父と母は、これと同じことを、
わたしにもしてきたんだ。
感覚的な記憶だけれど、そう感じている。



「ああいうバカとは、わたしは違う」


父と母は、自分の子どもに対しても、
大人げもなく、そう思っていたに違いない。
自分自身の保身で精一杯だった両親は、
子どものことなんて、きっと眼中になかったのだと思う。


それでも僕は、ママー、パパーって、
いつも呼んでいた。「ねえ、見て」って。


見てらんねーんだよ、というのが
本心だったろう。
自分のことは自分でやれよっ、と
思っていたんじゃないかな。
そう口にしたり、キレて直接暴力を振るうことはなかったけれど。
わたしの想像の域をこえないが、たぶん、


「あー、めんどくせっ」


って、そう思っていたんじゃないだろうか。


こういう負の感情は、はっきり口にはしない親だったが、
「不機嫌さ」として態度にあらわれていた。

楽しくないのに、「楽しい」を口にして、
イライラしていたのに、そういったことは口にしない。


イライラし、何かを言うにしても、むしろ、
「あなたのために、親切で言ってあげているんだよ」
という言い換えをして、誤魔化す。

ときにそれは、「こうしなさい」という指示であったり、
「こうしようよ」というお願い風だったり、
「こうしたほうがいいよ」というアドバイスだったり・・・と、
親のイライラは、カメレオンのように変身した。


一方、父の友人に「Oさん」という人がいて、
わたしはその人が好きだった。


「疲れたから、もう帰ろうよぉ~」と
子ども相手にでも、正直に、そう伝える人だった。
だから「やだあー」と言えたりもしたけれど、父や母は
「そろそろ帰るよ」としか言わなかった。


その声音が、いかに優しそうで、
いかに親切そうでも
その仮面の裏の顔を

察しなさい、

という脅しがあった。


こう書きながら、ちょっと大げさかな、と思った。
誇張して書いてしまっているのかな、と。
一瞬そう思ったけれど、いや、と思いとどまる。


たしかに殴りはしない。

罵声もあびせない。


でも、なんとなく不機嫌だったり、
そろそろいい加減にしないとね、という、
未来を脅すような雰囲気を漂わすだけで、
それは十分に、脅しだと思った。

殴らないし、罵声もあびせないから、
直接何かされるわけじゃないから、
脅しの証拠が残らない・・・


今、書いていて、はっと思ったのだけれど、
こういう選択の余地がないような軟禁状態にあって、
もしも、そう、もしも、たとえば親が不機嫌になったり、
何かよからぬことが起こり、その苛立ちなり、
負の感情なりを「子どもに向けたとしたら」、
そのとき子どもはどう思うだろう?


言葉にはしなくても、親のその不穏な表情を見て、
どう思うだろうか。


子どもは「自分のせいだ」と
思ってしまうんじゃないだろうか。


親が「お前が悪い」と何ひとつ口にしなくても、
子どものわたしが、自ら、進んで、
「わたしが何か、悪いことをしたんじゃないだろうか・・・」と
不安に思うんじゃないだろうか?



親がすることはひとつ。

なんとなく、不機嫌になっていればいい。



そろそろ帰りますよ、と、はた目から見て普通に言っても、
なんとなく、「ほらっ」みたいな態度を軽くするだけで、
緊張を与え、自責感を抱かせることなど、毒親にとって
朝飯前ではないだろうか。


・・・


何を掘っていたのか、
自分でもわからなくなってしまって、
記憶の仮面をはがしているのか、それとも、
感覚の記憶に頼りすぎて関係妄想になってしまっているのか、
だんだんわからなくなってきてしまいましたが、
事実関係はまた見直してみるとして、
少なくともこの、

血の通っていないような

目と目が合っていないような



〝不気味さ〟



だけは、いったん、
ノートしておこうと思います。



・・・ 追 記 ・・・


今読み返していて、これも感覚的ですが、
親に対して感じていることがありました。


「親は助けてくれない」


この感覚はずっと当たり前の感覚だと
思っていたのですが、


これって、当たり前か???


親はむしろ

最後には、わたしを

「罰することができる人」

と、どうやらわたしは思っていたようだ。


2014.02.16
Aby



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by jh-no-no | 2014-02-16 02:45 | 復元ノート 1


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