① 自分の上に置いたもの

桜の間の記事

http://www.mumyouan.com/k/?S337

http://www.mumyouan.com/k/?S341

に掲載の、崩残さんからの返信メール(一部)をいただいた前後に、
考え、感じたこと、分析の途中経過を一度、整理し、ノートします。
(記事からの抜粋は、前者の記事からはピンク文字、後者の記事からはオレンジ文字です)

というよりも、まだまだ整理つかない部分も多いので、途中経過をまとめるというより、
これからどこを掘り進めていけばいいのか、どこに大きな問題があるのか、
そういった箇所をわたし自身が俯瞰して、検証していくためのメモとして書いてみようと
思っています。


追記:報告メール(後者の記事内の返信メールとセットの報告)は、
    「②-1 自分の上に置いたもの」、と、「②-2 自分の上に置いたもの」に分けて、
    記録として掲載いたします。(一部、個人情報に関する部分を割愛しています)



・・・


自分の上においたもの、利他、罪悪感、これらについて、
今回、はじめて考えることになった。

自分の今やっている仕事や、今までやってきた活動は、
一般に利他活動、利他行為、と呼ばれやすいものなのだが、
いまいち、利他、というのがよくわからず、仕事や活動をしていた。

「相手のために」ということなのかな、と漠然とは思っていたのだけれど、
この「相手のため」というのが、わたしにとって、そもそもが
リアリティーのない、言葉だけのものだった。

だから今までも、相手のために、と口にしても、
よくわからなかった。


思いこみを掘りおこしていくうちに、
自分のなかに、こんな刷りこみが見つかった。


「自分の人生を生きること以上に、もっと価値があるものが、
この世の中にはあるんだ」


というもの。これは、幼い頃から当然のようにあったもので、
こんなふうにわたしは思いこんでいた。

「自分のことはたいしたことなく、どうでもいいから、
大事なことは、それ以外の他のところにあって、
〝そこで〟生きることが大事なのであって、そこにこそ、
自分がすべき使命や正解があるに違いない・・・」


自分以外の他に価値がある、という根拠のない思いこみ。
「自分のことなんて・・・べつに、たいしたもんじゃない」
というもの、ここに疑いを持ったことがなかった。


この利己否定の姿、調教の果てに植えつけられ、
強化されられ、自分でも強化してきてしまったものだが、
この利己否定に疑いを抱いていない自分の姿をみたとき、
これこそが、

「自己否定」

そのものだと思った。

この自己否定、自分のなかにある自己否定こそ、
わたしがすりこまれ抱いていたもので、
その「相手のために」というイメージは、毒親があてがったもの、
言葉だけの、実感のないものなんじゃないか、
だから、よくわからなくても当然で、つまり、わたしは今まで自分で
「利他」という言葉を定義したこと自体、
一度もなかったのだ。


あらためて、そこから考えていくと、少なくともわたしの頭にあった
(植えつけられていた)利他というのは、完全に、自己否定がベースにあって、
とる行動は、自己犠牲的な行動で、そこで起こることはいつも、
「自己犠牲の上に成り立つ搾取」で、それを前提とした利他だった。


相手のため、相手のため、と言うけれど、
それはどういうことだったか、というと、結局、

「自分のことは我慢しましょう。そうすることで、
得する人がまわりにいますよ。そういう行いをしなさい」

という毒親の声で、
どんな得が相手にあるのかすら自分の頭で考えたことがなく、
そっくりそのまま、「親が言うのだから、そうなんだろう」というふうにして
鵜呑みにした。

今回、他人、とくに、Pさんにとって、
「どんな得があったのか?」というところから考えてみたけれど、
どれもこれも、「得」といえるようなものではなかった。

共依存のまま、自立とはかけ離れた生活。

そういう生活でもわたしはずっと、
こういうのを「幸せ」というものだ、と思いこんでいたし、
これ以上の何かを求めることは、どこかいけないことだ、
とすら思っていた。

客観的に見えれば、どう見たって、不幸だ。
どこも楽しくない。それはPさんもそうだろうけど、
まずわたしが楽しくない。そう考えると、誰一人として

「楽しくなった人」
「幸せになった人」

が見つからなかった。

崩残さんからの返信メール(後者の記事に一部掲載)を拝読し、
その直後に、真っ先に思ったこと、というか、
強く確認したことは、この


「誰一人として幸せになど、楽しくなどならなかったこと」

と、それと、

「わたしは生きたい、生きようと思っていた」こと。


この二つのことを思ったとき、わたしはこれまでの人生が
大失敗だったと思った。やり直そうとか、巻き戻そうとか、
そういうレベルでなく、生きなおす、というか、
生きかえすことをしなければダメだ、と思った。

以前、「死後に、自分の人生はどんなものだったか、と問われたとき、
どう答えるか?」という自問をしたことがあった。

そのとき、わたしは、

「自分の人生をもっと生きたかった・・・けれど、
Pさんのために生きられたことは、幸せだった(と思う)」と答えるに違いない、
と思った。


でも、実際は、Pさんに対しても、また、利他活動と称して
今まで行ってきたなかで出会った人々に対しても、
口先とは違う真反対の歪んだ感情を植えつけ、結果、
不幸にしただけで、誰のためにもなっていない。

それに、一番問題なのは、

「もっと自分の人生を生きたかった」

という後悔、これだけはしてはならないのに、
わたしはこれを認めていた。


なぜ、これを認めてきてしまったのか?


これを掘り進めていくと
毒親に行き着く。


「二十歳になったら好きなことしなさい。
自由に何でもやりなさい。それまでは親の責任だから、
親の言うことには従いなさい」


なんて馬鹿だったんだろう、と自分で思ったが、
わたしは、二十歳までは自分はないがしろにされていい、
ないがしろにしてもしかたがない、と思ってしまっていた。
二十歳になれば、成人すれば、わたし一人が主人公の
自由満開な未来が待っている・・・

わたしはそう信じて疑わなかった。


それだけじゃない。


とくにわたしの父はよくこんなことを言って聞かせた。

「Abyにしかできないこと、Abyだからできることがあるんだよ。
Abyは自分はたいしたことない、と思っているかもしれないけど、
そんなことないんだよ。パパから見れば、超すごい。特別な人間といってもいい。」

こういう話を小さい頃から何度もきかされていると、
そう思ってしまうようだ。
と思ったのも、わたしは運命とか占いとか、まったく信じていないのに、
恥ずかしい話だけれど、わたしはずっと、
「自分は特別な人間だ」と思ってきたから。

何か特別な星や運命のもとに生まれてきたんだ、
というくらいの思いこみはあった。そういう思いこみがなぜあるのか?
どうして自問したことがなかったか、ということのほうがおかしなことだが、
それだけ父親からの洗脳が見事に成功していた。


じゃあ、その「特別」って何?

と考えると、

「わたしには、すべきことがある(はずだ)」

という、妙な使命感だった。


それじゃあ、その「使命」って??と自問していくと、
結局それは、先ほどの「利己否定」につながっていく。
自分以外のどこかに、大事な、すべき何かがある、という考え。


この段階で、自分以外の「何か」に舵を手渡している。


こういう利他性に毒された思考と、それとは真逆の、
「自分が主人公の人生をやっと始められる」
という思いに、わたしは分裂してしまった。
(わたし本人は、両立できている、と思いこんでいたが、
それは間違いで、舵はいつも、相手側にあった。)


成人してまもなくわたしはPさんと出会った。


今回、「Pさんとの同居で、わたしが失ったものは何か?」
というもののなかで、わたしのなかで、一番、大きかったのが、

「自分が主人公の人生」

というものだったが、よく考えてみると、これはとっくに初めから
「親との関係」においてすでに失っていたのだ。
ただ、そのことに子どもの頃は気づかなかった、麻痺していただけで、
つまり、わたしは、「子ども時代はそれでいい」と思ってしまった、
思わされてきてしまった、ということだった。


「成人後から」

手にするのが、

自由や、自分が主人公の人生なのだ、

と、疑いもせず、言われるがままに、そう思っていた。

「大人になったら、自由になるんだよね」

と思いこんでいた。


言うまでもなく、主体性ゼロで育ってきて、成人後になって
さあ自由にやるぞ、なんてできなかった。
やったつもりにはなったけど、いつもどこか不安で、情報をあさり、
何でもバカにできるんだぞ人格やこれでいいと言ってもらいたい人格など、
どんどんAC人格を強化し、のさばらせて、自由になったつもりでいた。
自分がコントロールできるような環境を整え、そうやって
自分の世界、自分の時間と思いこめる環境を作っていった。

考えてみると、親が目の前からいなくなったから、
わずか羽を伸ばした気になっただけで、
「自分が生きている」と自分を錯覚させるAC人格の手口は、
子どもの頃と、なんら変わりはない。


まもなく、Pさんが現れる。


親からPさんに切り替わっただけだった。


わたしはPさんに自分の人生を奪われた、と思っていたけれど、
奪ったのは、そもそもは親だった。
まるで申し合わせたように、タイミングよく
親からPさんにバトンタッチした。


自分が主人公でない人生が、
「継続した」だけだった。


いつか自分の人生が生きられる、という妄想が
ただ延長した、ということ。


終わることのない利他の強制。


自己犠牲の上の搾取というものが前提にあって、
そこに、「自分が主人公の人生」などあるわけがない。

でもこれに気がつかなかった。

「自分以外の他に、もっと価値があるものがある」
という考えに完全に毒されていた。

自分さえ我慢すれば、自分が少し犠牲になれば、
誰かは何かの得をし、そうすることが
「わたしにだけできる使命」に違いない、わたしは
その使命をきちんとまっとうすること、これこそが
わたしにしかできない人生であり、それをつかむことが
幸せであり、そういう人生を歩むことが自立だ、
と思っていた。

しかし、このストーリーは親仕立てのストーリーであって、
このストーリーの結末は、わかりきっている。


「もっと自分の人生を生きたかった」


という後悔で終える、ということだ。

親仕立てのストーリーでほくそえむのは
AC人格であって、わたしじゃない。


契約の破棄、ということを決意しよう、としたときに、
わたしのなかで、「平気だ、こわくない」で誤魔化してはならない
問題があると思った。


>楽しくもないし、
>自分の意志も思考も、自由に行使できない、

>そんな契約違反の生ならば、
>殺したければ、この私を殺せばいい。

>何がどうこうしたら、お前は死ぬぞ、とか、
>何をしないと、お前も死ぬんだぞ、とか、

>そんな、情けない、脅迫しか出来ない、間抜けな生命を、
>いつまでもやっていたいならば、
>私を好きに、殺しなさい、あるいは苦しめてみなさい。

>あなたたちが、愚か者にとどまるために、
>そうしたければ、そうしなさい。

>二度と私はあなたたちのような愚か者とは
>契約などしない。


この箇所を読もうとすると、ひるんでしまう自分がいた。

どうして、こわい、と思ってしまうのか?

もう一度、罪悪感を掘り起こしてみる。


具体的な「何か」というのはわからずも、こういう感覚があったことに、
昨日、気づいた。

初回の判定依頼で、わたしは「苦を回避すること」がわたしにとって重要なことだ、
と書いたことを思い出した。どうしてそう思うか、というと、「こわい」からだ。


こういう場面を想像した。
わたしが一番、想像したくない場面だ。


突然、誰かにつかまって
どこか知らないところに連行される。
これから何をされるのかわからない。

なぜわたしがつかまったのかも
わからないまま、処刑されるようだ。

何も知らされないまま、拷問を受け、
処刑され、苦しみ続ける。

わたしはその時、何を思うだろうか?
それはきっと、こうだ。


「きっと自分は何か悪いことをしたに違いない」


>最初からまるで、何かの犯罪をしてしまった罪人」
>であるかのように、はなから思っている部分がないか



これがまさに、それそのものだった。
わたしは昔から、不幸な死にかたをするのではないだろうか、
酷い死にかたをするのではないだろうか・・・という考えが自動的に
頭によぎることが多い。

なぜ、こんな考えを、自分で納得してしまうのか?
というのを考えてみると、それとつじつまを合わせるかのように、
「きっと自分は何か悪いことをしたに違いない」というものがあって、
さらにそれはどういうことなのか、と考えてみると、


「すべきことをしなかった」
「忠実に従わなかった」

という、忠誠心に対する裏切りの感覚だった。


利他とか使命とか言うと、一見、美しい何かのような
錯覚を抱きやすいが、まったくそんなものじゃなかった。

利他や使命にわたしを駆り立てているものは、
その忠誠心を裏切ることに対して
「ちらつかされる恐怖」だった。


父はこんな話をよくした。


「パパがいるから、Abyは当たり前と思っているこの当たり前の生活ができて、
ママがいるから、Abyは生まれてこられたし、こうやって生きていられるのもママのおかげ。
パパもママも同じだよ。パパとママのお父さんお母さんがいるから、パパとママがいる。
人間は一人では絶対に生きてはいけないんだよ。
だから感謝の気持ちは大切なんだよ。誕生日というのは、その感謝の気持ちが
自分にあるかどうか、自分で確認する日なんだよ。」

と、美談のように話してきかせた。


「パパとママが死んだら、Abyはこの世にいないし、生きていけないんだぞ」
と言っているのと同じじゃないか?


こういう話の後は決まって、こういう展開になる。

「・・・だから、親は大事なんだ。それだけ親は子どもに対しての
重い責任を両肩にのせているんだ。その重圧を背負っていく責任が
親にはあって、子どもは親の言うことにきく(従う)責任がある。
二十歳までは親の言うことは絶対なんだよ。それが親と子の責任。
二十歳過ぎたら、もうそれは自立した立派な一人の大人なんだから、
自分が好きなように自由に生きていきなさい。」


つまり、こう言っている。


「パパとママが死んだら、Abyはこの世にいないし、生きていけないんだぞ。
それが怖ければ、言う通りにしろ。わかったな、自由?そんなのおあずけだ」


わたしが幼い頃、屋上で作業をしていた父が「おっとー」
と言って、ビルから落ちそうになった。(今思えば、落ちることはなかったと思う)
わたしはそのとき、「やめてくれ」と思った。
というか、冗談じゃない、冗談にならない、とすらも考えられないほど、
「父が死ぬこと」は想像もつかなかった。

同様、母が死ぬことも。

想像してはならないことだった。
なぜなら、絶対にあってはならないこと、と思っていたから。

わたしは、なんというか、「親のいない、死んでしまった世界」に
「わたしが生きている、存在している」なんて、なんて恐ろしいことか、
そんなことはあってはならない、ありえないという恐怖を感じていた。
(Pさんに対しても、似たような恐怖が強くあったのもそのためかもしれない)

幼い頃、すでに「親がもしも死んだら・・・」ということを想像し、
恐怖するように調教されていたのは確かだ。
それは悲しいというようなものでなく、そのときは、
「自分は生きているとは思えない」、それはわたしにとって、
「死」を意味していたのだと思う。


>「お父さんやお母さんが、もしも死んだら、お前も死んだり飢えるぞ」


という直接的な脅迫、死という言葉を使っての脅迫をされた記憶は
今は思い出せないが、ほぼそれと同じ脅迫があったのではないか。

この仮想の恐怖が巣食っているのではないだろうか?

契約の破棄を考えるときに襲ってくる恐怖は、
外からやってくるものじゃない。
違反をしたら、破棄したら・・・と怯えているのだとしたら、
それはわたしのなかに、

「従わなければ罰せられる」

という恐怖が巣食うためだ。
それをわたしが認めているためだ。

それは、従いさえすれば罰せられない、というカードを
手元に切り札として持っている、ということ。

持たされ続けている、

ということだ。

もちろん親から、だ。
だけど、今その幻想のカードを持っているのは
わたしなのだ。

なぜ、そんな不当な契約に従わなければならないのだ、
だいたい、なぜ、罰せられないとならないのだ、
罰したりするお前は誰なんだ?、
なんの権限があって、わたしにそんなことできる?!


せめぎあっている。


こわい、を作り出しているのはわたしだ。
不快を掘るときもいつも思う。
だからこそ、舵も、わたし側、わたしの手元にある。
不快であろうと、恐怖であろうと、それを直に見て、
舵をとるのは誰かではなくて、わたししかいない。


「わたしは契約を破棄する。
こんな、人を脅し、怖がらせ、おとしめ、
人の人生を奪い、すべてを不幸にする契約など、
そんな不当な契約は、わたしは破棄する。」


それをどんなときも、本心から言いきれるか?

不当に扱われそうになったら、「失せろ」と言いのけられるか?


自分の上に置いたもの、
それは人であったり、言葉であったりする。

親という絶対者、それは承認を与える人であり、
同時に処罰できる人、そういうふうに自分が思いこむやいなや、
即反応、即行動しなければならない、と思ってしまう。

なぜか、それが忠誠心の証のように思っている。
だから必死に、「これだけ一生懸命やっています」
「言う通りにすぐ動いています」というパフォーマンスをしようとする。

もちろん、これの動機にあるのも「恐怖」だ。
見捨てられてしまう恐怖、罰せられてしまうかもしれないという恐怖が
沸き起こってくる。

こういう恐怖を、じっと見てみる、ということを
今までしてこなかったので、ここ数日、
こういう恐怖によって、どういうことがわたしに起こっているのか
見てみることにした。


即行動、によって何が失われるのか?
逆にいえば、誰かどんな得をするのか?


この恐怖の間、わたしに起こっているのは
「思考停止」だった。

だから、何も味わえない。目の前のもの、
それは楽しいことだろうが、不快なことだろうが、
そういった経験そのものを、まったく味わえていない。

機械的な反応、とりいそぎのはりぼての反応だから
そこに実感もリアリティーもなく、不毛で、
なにより問題だ、と思ったのは、
まったく自分で舵がとれない、とれていないことだった。


即反応しないと、殺されるとでもいうのだろうか?


そんなことはないのだ。なのに、わたしは焦る。
それで失うものは大きい。毎日の、今その瞬間瞬間の、
出来事、そこから感じること、経験すること、全部が台無しになる。

不快さえも、感じとることができない。
これって最悪じゃないか。

こうやって思考停止することで、
誰が得するのか、と考えると、これもやはり親に行き着く。

「言われたら、考えずすぐ動け」

以前、母が言っていたのは、
「Abyに意見なんてきかなかったわよ。
こうしなさい、はい、という感じで、Abyは文句ひとつ言わず、
ちゃんとこなしたわよ」ということ。

子どもとして、完全に異常だ。

でも、そうすることで得をしたのは親だったはずだ。

いったんこのような思考停止状態におとしこめれば、
リアリティーがどこにもない「言葉」で、
いくらでもどのようにも調教できる。

言葉に親がのりうつっている、ふうでもある。
父の格言は、その代表格だった。

わたしが「言葉」というものに、いとも簡単に
左右されるのも、ここに大きな原因があるのではないだろうか。

親が元じめ役だけれど、言葉はまるで手下のように、
しかし、つねに「わたしより上」にいる。
最悪なのは、自分のノートの自分の言葉、
自分のブログの自分の言葉にすら、自分の頭のなかの言葉にすら、
強く支配されることだ。

自分の舵を、言葉にも手渡してしまっている、ということ。
よく観察すれば、そこにリアリティーはどこにもない。
へんな言い方だけれど、「こうしなきゃダメだぞ、Aby」というように
わたしを処罰する権利を、わたしが言葉に与えてしまう。

こんな取引をするのは、わたしのAC人格で
「今度はこれにすがっていれば大丈夫だろう、これでいいんだよね」
というふうにして安心を得ようとするのだけれど、
いつこの安心が崩れるのか、つねにビクビクしている。

自分の言葉だけじゃない。

他の人が書く言葉を曲解するのも同じで、
自分の意思、自分の意見がないから、曲解、借用(悪用)する。
「自分の意見だ」といくら言い張っても、本心ではそうでないことを
自分でもわかっているから、いつそれがバレるか、
ビクビクしている。

自分が書くにしても読むにしても、自分の言葉でない、
ということを自分で知っているのに、嘘をつき、
それとひきかえに、言葉に舵を渡してしまっている。


「すべきことをしないと、死ぬぞ」


すべきことを決めるのは、わたしだ。


はなから囚人のように思っている罪悪感と、
利他性に毒された思考、それにダイレクトに影響している
「どうせ自分なんて・・・」という自己否定とAC人格。

掘っていく箇所をひとつひとつ、
確認していこう。

使命とか、忠誠とか、そういうものにすがろうとすることもなく、
それを幻想上の利他行為で満たそうとする必要もなく、
邪魔されていい時間など許容する必要もなく、
どこもいつも誰からも邪魔されることなく、
自分が主人公の人生を生きていく、という、
その当たり前の、当初の契約をまっとうしていくという
ストーリーをとり戻したい。



 ・・・ 「②-1 自分の上に置いたもの」に続きます。



2014.04.03
Aby



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# by jh-no-no | 2014-04-03 03:01 | 復元ノート 1

「たたかってはいけない」という思いこみ

桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S331
のなかで、

>他人によく伝わる言葉を書ける人、言える人というのは、
>他人から言葉を聞くときにも、歪曲が少ないということです。


>逆に言うと、他人に言葉でうまく真意を伝えられない人というのは、

>その人は、他人の言葉を聞いたり読んだりするときにも、
>歪曲したり、誤解をしたり、
>ご都合主義の部分が多々あるということです。


の箇所について、わたしはこういう声を自分にいつもかけながら、
どこかで誤魔化していた。

「このことはわかっている、注意を向けている、意識している」と
思いこもうとしながら、一方で、そんなことは実はできていないこと、
曲解してばかりなことを知っていて、そんなとき、必ずする言い訳は、

「わかっているよ、意識しながらやっているよ、曲解しているのも
わかっているよ」と言って、

今は例外、

とやってしまう。

例外なんてないし、それが逃げそのものなのに、
気づかないふりをして斜に構える態度。

この自分の醜さが、桜の間の記事や報告文以外にも、
とりわけ、他の復元ブログを拝読させていただく時、
それと向き合う自分の姿に、くっきりと映し出される。

照合しているだけの見方、読み方。

もちろんその動機は、AC人格の動機全開で、
ここに、何も新しい経験はない。
「自分が」経験することじゃなくて、自分が
「経験したこと」が重要になっている。

だからいつも、「経験したこと」を安定させたい、
固定させたい、揺らがない自分でありたい、と
生体反応を失い、思考停止し、
その「鈍感であること」こそ、
安定や安心と錯覚する。

完全に錯覚で、安心しているのでなく、
実は恐怖している。
内心、いつ、この「揺れていない状態」が
ぐらっと揺れるかを恐れていて、
この今の状態がずっと続きますように・・・と
恒久的なものを期待する。

波次第、なのだ。

たたかうことを放棄し、舵を手放してしまう。
そこにあぐらをかき、居つく。
「波が来なければ・・・」と願いはじめる。

波がなければない、あればあるで
それに応じて自分で舵をとればいいものを、
どうやったら舵から離れても大丈夫か、
舟が揺らがず、「何も起こらないか」ばかりにこだわる。

ここに「自分」は不在で、
「これで大丈夫だろうか、今の安定した天気、
波が続くんだろうか、波は来ないだろうか、
大きな波が来たらどうしよう・・・」とつねにビクビクしている。

そんなになっているにも関わらず、
本人ひとり、安心している、これぞ安心だ、と思っている。
思いこもうとしている。

実際はそんなことなどなく、目をそむけず、目を開いていれば、
不快なこと、危険なこと、自分で対処していかないとならないことは
目の前にしっかりあるし、今、あるかないかでなく、たとえ妄想であっても
その中の不快なこと、苦しいこと、そこから逃げよう、見ないようにしよう、
終始、こういう恐怖があるのに、

「平気です、まだやれます」

と平然としよう、しようと、自ら鈍感の底に落ちるように
落ちるところまで鈍感になろうとする。

なんでそんなことをするのか?と自問すると、
感じなければ平然としていられる、恐怖に対しても
へっちゃらな顔をしていられる、ということができる、
そういうことがいいこと、というか、当然だ、
という「思いこみ」が、わたしにある。

一方で、いつもそうあれない、揺らいでばかりの自分、
取り乱している自分を排除しよう、こんな自分はダメだ、を繰り返す。

取り乱しているときよりも、むしろ問題なのは、
それを自分で「制御できた」、落ち着かせることができた、
そうさせることに「成功した」と思い、安心の妄想のなかで、
実は「ぼけーっと」しているとき、こここそが、いつもわたしが
ピタリ、と、驚くほどピタリと生体反応ゼロの屍になっている。

生体反応がゼロに近づくほど、
それは死んだも同然だが、その死んだ状態こそが、
このわたしの「平然とあらねば」という強迫観念の「平然」という意味で、
これに向かうこと、こうなることが成功体験と自称、認識している
そういうAC人格が強くのさばっている。

コイツが出来ないことのひとつは、
まず、「やってみる」というのができない。

もちろん特定のことは何でもやってみるし、
むしろ、どんどんやる。
わたしはその部分だけを見てきた生き方をしてきたから
自分でも、自分は積極的で、アイデアマンで、と慢心し、
これでもか、これでもか、と全面に出し、主張していた。

おそらく、端からみたら、

「この人、どんどんいろいろやっているけど、
何したいんだろうね。ワクワクしてやっているようには見えないし、
何考えているのかもわからない・・・」

と見えるのではないか。
実際、今までも何人かの人に直接そう言われたことがある。
(当然、わたしのAC人格は、スルーし、挙句の果てに
相手をバカにしてばかりだった)

本来なら
冷静に考えてみると、
「やってみる」ということに(犯罪になるようなことは当然なしとしても)
制限、とくに心理的な制限をもうける必要などどこにもないはずなのだが、
実際は、たくさんの縛りを自分にかけていることに、今回、
AC人格を整理していく過程で気づいた。

間違ってもいいからやってみる、ということだけじゃなく、
自信がなくてもやってみるとか、取り乱してもいいからやってみるとか、
たたかってでもやってみるとか、挙げればきりがないが
植えつけられた自己否定に抗してでも「やってみる」ということが
まったくできていない。

これだけ「やってみれていない」わけであっても、
わたしはずっと、自我復元をはじめる前までは
「やりたいことは、すべてやってきた」と思ってきた。
思いこまされてきた。


「たたかっても、やってみる」

と今書いてみたけれど、

「たたかっては、いけない」という思いこみは強い。


梅の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?U1905
のなかの、「★福島の農家の人たちが叫ぶ」の動画、

http://www.mumyouan.com/k/?U1907
のなかの、「フランスFR3放送」の動画、

http://www.mumyouan.com/k/?U1909
のなかの、「内閣の事故調をやった黒川清氏」の動画、


AC人格を整理しながら、これらの原発関連の動画を拝見し、
一番強く刺激されたのは、

「福島の農家の人たち、報道している人、黒川清さん、
みんなこの人たちはたたかっている、たたかい続けている」ということの、
決してはそれは、すごいとかエライとか立派だとかじゃなく、
そのしごく、当然な姿でした。

話題は原発だけれど、これはAC人格とのたたかいそのもののように見え、
とくに、福島の農家の人が語りはじめ、怒り、語り続ける姿に
わたしは、くいついて、目が離せなかった。
「不快」とのたたかい、それに麻痺して死んだように生きることが
他者に対してもそうだけれど、それ以上に、
自分に対して許されるはずがない、
どうしてそういう素直な気持ちをそのまま言えない、やれない、
そんな情けないことが、どこにあるか!と
わたしに向かって、ガンガン、問いかけられた。

波がたたぬよう、
不快なことは起こってくれませんように、
そう願ってびくびくする人生を生きてきて、
誰が舟の操縦者だったのか、忘れてしまう。
不快に対してたたかうこと、たたかい続けること、
それは直視することと同じだと思うけれど、
それは誰にために。
自分のために決まっている。

ここでひるんでしまうのは
「自分のために」というのを、どうせ・・と言うその「思いこみ」に
舵をとられっぱなしだからじゃないだろうか。

そこを誤魔化して、いつものように、
「これでいいよね、だって・・・」と言い訳することは、
何の問題解決にもならないし、
それではやっていることが毒親と何ひとつ変わらない。
自分が加害者になって自分を洗脳しているだけだ。

AC人格をいったん整理してみると、自分で掘り方に甘さや
雑なところが見えてきて、AC人格の出鼻、局面をスルーしてしまうところや、
今回はとくに「思いこみ」の部分でノーチェックだったところが気になった。

思いこみ、ということで、今日、こんなことがあった。

最近はインターネットや通販で購入することも
増えてしまったせいか、今日、店頭で買い物をしようすると、

「どうせ、お店にはないだろう・・・」

と思って、さらっと眺めたぐらいで、
店員さんに直行、「これ探しているんですけど」と言うと、

「ありますよ」

と言われ、「ありますかぁー?!」と思わずビックリ、
なんか、すごく嬉しかった。

どうせないだろうと、注文するつもりだったのだが、
あるときいて、予想外、驚いた。

なんだろう、これは・・・と思った。

お店にあって、そんなに嬉しいって、ふつうでしょ、
なのに、妙に嬉しい。

あ、と思った。思いこみ。

インターネットで買うのに慣れているから、
どうせ店にはないだろう、どうせ注文になるだろう、
だったら今はネットで買っても早いし、届けてくれるし、安かったりもするし・・・

些細なことだったけれど、
こうやって日々、わたしの頭はあちこち思いこみで決めつけちゃってて、
どうせ、と言いながら、無理を決めつけてしまっている。

そうやって一つ一つ、誰かに舵を
手渡してしまっていた。


2014.03.24
Aby


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# by jh-no-no | 2014-03-24 00:15 | 復元ノート 1

自分のなかに見つけてきたAC人格

桜の間の記事

http://www.mumyouan.com/k/?S330
の4つの項目、

>1/『***AC人格』と、独自に、ご自分でネーミングをつけて、
>2/そのAC人格が、
  どういう局面(状況)になると、決まってどういう振る舞いをし、
>3/それは結局、何をしたがっている、何を言いたがっている人格なのか?
>4/そのAC人格の挙動の原因は、親とのどういう関係にあったか


にそって、自分のなかに見つけてきたAC人格を整理してみました。


● なんでもバカにできるんだぞ人格
● 自分のせいじゃないと思いこみたい人格
● 決めてもらいたい人格
● これでいいと言ってもらいたい人格


・・・ ・・・ ・・・ ・・・


【なんでもバカにできるんだぞ人格】


●「どんな局面で出てくるか」

相手の関心を自分にひきたい、相手を自分に依存させたい、ともくろむ局面で顔を出す。


●「どんな振る舞い方をするか」

決まってその相手を混乱(思考停止)させようとする。「Aだ」という話をしていたとしたら、あたかも鋭い視点を提示したかのように「Aじゃないこともある」のようなことを言い出す。「Aだ」と言っているだけの人を見下し、バカにする。相手を混乱させて、「なんだかわからなくなった」となったところを見計らって、自論を持ち出し、相手の関心をひく。逆に、最初から相手が悩んでいたり、混乱している場合は、相手からのわずかな信号にも「わかるよ」と共感したような態度を示し、まず相手の関心をひくわけだが、その相手が「自分から離れよう」とすると、手の平をかえしたように態度を変え、相手を混乱させ、自論を持ち出し、相手を自分に「依存させよう」とする。共依存関係に持ちこもうとする。


●「コイツの言い分」

「わたしはなんでもバカにできるんだ。もしもお前もバカにされたくないなら、わたし以外のものに関心を持つな。よそ見すんな。わたしにもっと気を遣え。わたしのことだけを見ていればいいんだ!」というのが言い分。


●「原因となった親子関係」

わたしの父も母も、いつも他人をバカにしていた。父は、自分の機嫌が悪い、それだけで「礼儀がなってない、常識がなってない」と因縁をつけて、「あのバカがぁーー」と蔑み、血祭りにした。そして、子どものほうを見て「ニヤリ」。見せしめが目的で、「Abyも同じ目にあいたくなかったら、パパを不機嫌にさせんなよ。怒らすな。そうすれば、いつもパパはAbyの味方だ。お前を守ってやるからな」というのが、父の言い分であり、このAC人格の言い分と変わらない。こういう手の脅しや思考停止を、格言を悪用してやるのも父の常套手段だった。

母はおもに、同じ子育て中の母親、とくに仕事にかこつけて子育てをいいかげんにしているように見える母親(母の母親を投影)に対して、「子どものこと、子どもの気持ちをちゃんと見ていない母親は最低の親だ」と軽蔑していた。成人後のわたしの仕事や活動を利用して代理復讐をした。今度はわたしが加害者となって、「共依存を安心と錯覚させる洗脳」で毒をまきちらした。わたしもまた、Pさん以外に「保険としての」依存対象にも手をのばしてしまった。滅私奉公のおじろく人格も、女の人大好き人格も、相手を蔑みながら作り笑顔をし、内心イライラ、「もっとわたしに気を遣えよ」と主張している点では、同じ種類のAC。子どもの主体性を奪い、「親は絶対だ」と言って親に依存させ(実は親も子どもに依存し)、そういう歪んだやり方でしか自己主張ができない父と母だった。無自覚で共依存の親子関係。


・・・ ・・・ ・・・ ・・・


【自分のせいじゃないと思いこみたい人格】


●「どんな局面で出てくるか」

「わたしは悪くない、わたしは間違っていない、わたしのせいじゃない」と執拗に証明しよう、説明しよう、納得しようとするAC人格で、〝こわい〟と思った時、反射的に顔を出す。こわいといっても、何かそこに恐怖の対象となる実体があるわけではなく、父親似の気狂いをそこに投影してしまうと、「何をされるかわからない」という妄想を際限なくふくらませて、捏造した未来を不安がり、こわがり始める。現実には、「相手の顔色、相手の機嫌」ばかりを気にしていて、なにより、相手の顔色や機嫌が「豹変」するのを極度に恐れている。


●「どんな振る舞い方をするか」

その豹変を、「罰せられてしまう合図だ」と思いこんでいて、そうなるまいと常に相手の顔色と機嫌をうかがい、自分は悪くない、精一杯やっている、あなたの言う通りにちゃんと従っています、という素振りをし続けている。自分は悪くないことをつねに確認しようとするあまり、「もしかしたら、自分のせいかもしれない・・・」と思いこみだすと、根も葉もないことでも、無理にでも自責と結びつけ、そのように自分が困ったという気持ちや困った出来事を隠蔽しようとする。仮想の罰を恐れ、誰にも相談できない。「言いたくても言えない」ということが起こる。また、一度相手が豹変してしまうと(多くの場合は、相手を怒らせてしまった、相手をキレさせてしまった、とわたしが勝手に思いこんだ時)、今度は、隠蔽していることそれ自体がいっそう恐ろしくなり、とり乱す。「あなたの言う通りです。わたしが間違っていました。そうせざるを得なかったんです、わかってください、どうかゆるしてください」と、絶対服従するようにゆるしをこい、泣き落としに入る。


●「コイツの言い分」

結局のところ、「隠蔽か、自白か」というやり方で、罰を逃れようとするとするのが特徴で、このAC人格の言い分は、「わたしのせいでも、せいでなくても、どっちでもいいから、何でもするから、あなたの言う通りにするから、どうか、罰しないで」というもの。


●「原因となった親子関係」

直接あざを残すような暴力は振るわず、他者を見せしめにして血祭りにする父親。こちらを向いて「ニヤリ」と、味方だよサイン。「親の言うことは絶対だ。親に逆らったら、どうなるかわかるよな、Aby。こんなんじゃ済まないかもな」というメッセージを、喧嘩の自慢話をはじめ、格言や顔色、ありとあらゆる手段で子どものわたしに伝え、脅した。このように突然キレる父を母も怖がっていた。母自身の保身のためだったんだ、と最近になって気がついたが、父親の顔色の変化に気づけるように、母との関係において、母の顔色(目つき、態度、言葉づかい)をうかがわせ、相手の機嫌を察する訓練を「しつけ」と称してさせていた。実際、後に「子どもたちにはいつもパパを怒らせてはダメよ、としつけていた」という話をきいて納得した。「パパを怒らせたら、ママが困ることになる」という気持ちがわたしにはいつもあった。

背景にはこのような「実体のない、仮想の恐怖」を親たちが自分の手を汚さずに植えつけようとしたことにあり、父だけでなく、母もまた、「~したら、〇〇しちゃうよ」という迷信のような言い回しで、また、いとこや他の家庭を侮蔑するこれもまた見せしめの方法で、「Abyはあんなバカとは違う」という、一見、飴と錯覚する恐怖を植えつけた。飴の調教の背景には、見えない鞭がそこにあり、それが実体のない仮想の恐怖として作動し続けている。結果、顔色ひとつで「親にだけ都合がいいように」子どもが動いてくれて、困るようなことは子ども一人で「自分のせいだ」と抱えこんでくれるから、何も問題のない「ように見える」理想的な家族、完璧な親を演じきれた、と両親は無自覚に高笑いしたに違いない。「安心なところにAbyはいられて幸せね」という洗脳。わたしはずっと理想的な家庭と信じて育った。


・・・ ・・・ ・・・ ・・・


【決めてもらいたい人格】


●「どんな局面で出てくるか」

「あなたはどうしたいのか」と問われる局面(自問も含めて)。


●「どんな振る舞い方をするか」

そのような自分の意思、選択を問われる局面になると、「決めなきゃ」「何かしなきゃ」と焦って、それを呪文のように唱えるだけの思考停止状態に陥る。「こっちに行くといい」「こっちに行ったらダメだ」と叱咤激励してくれる人や情報にしがみつき、依存する。依存対象に完全に左右されてしまい、何でも鵜呑みにしてしまう癖がある。


●「コイツの言い分」

「わたしが進むべき方向(わたしの意思)を、かわりに誰か、決めてくれ。誰か、何か、わたしに指示、命令を出してくれ。そうしてくれたら、わたしは迷わず〝決められる〟のに!」というのが言い分。


●「原因となった親子関係」

父の説教の前ふりはいつも「パパは別になんでもいいんだよ」から始まった。「どうしたい?」と子どものためにきいているような「ふり」をして、事前に「こうしたらいいかもね」という父の意向を態度や言葉でほのめかしていたから、親の顔色や機嫌を察し、親の意向に同意してしまった。話の終わりは「自分で決めなさいね」という子どもへのダメ押しがあり、わたしは「自分で決めた」と思いこんでしまい、この繰り返しによって「わたしは何でも自分で決められるんだ、自分で決めてきたんだ」と思いこみ、成人した。思いこみでしかないから、実際の自己決定の場面では、焦ってしまい、咄嗟にその焦りを隠そうとするために、結果、「誰かが決めてくれないせいで、わたしも決められなくて困る」だとか、「まともな情報がないせいで、わたしも決められなくて困っている」といった、とんちんかんな言動に出ていることがたいていなのだが、そのような中にあってさえ、「自分で決めているんだ」と思いこんだ。結局これも、わたしの父親が自己決定ができない人だったために、子どものため、と口先だけの利他的・犠牲的な自分を演じ、自分の都合のいいように誘導しておきながら、責任は相手に押し付けようと、体裁だけ子どもに決めさせる「やらせの同意」で調教した。

母親も子育てにおいては、「Abyには決めさせなかった。何でも親が決めて、レールにのせた」と言っているほどで、父ほど手のこんだことはしていないかもしれないが、一方的な命令・指示こそ「しつけ」と考えていたのは確かで、「言うことをきかないと、〇〇するよ」と頭ごなしに押さえつけた(我慢できること=自立、と考えていた母は、感情を抑圧しコントロールできるようにと、とりわけ他人様の前では強調した)。成人後すぐわたしは、「Pさんの夢を一緒に叶えよう」とPさんに依存し飛びついたのも、父親と同じ姿勢の「決めてもらいたい人格」。ひとり相撲のように自己完結している場合は「決めつけたがる人格」だったりするが、自分以外の「何か他のもの」に判断基準を丸投げしている点では同じAC。


・・・ ・・・ ・・・ ・・・


【これでいいと言ってもらいたい人格】


●「どんな局面で出てくるか」

ブログを書くときも、メールをするときも、そうやって誰かに見てもらうのでなく、自分のノートに気づいたことを書きとめようとするときも、自我復元をはじめてからもはじめる前も、ずっといつも、金太郎飴のように、どの場面、どの局面をとっても、「オレの出番だ」とでしゃばってくる。その意味では、列挙したすべてのAC人格の元締めのようなヤツで、どのACの性質も持っているような最低最悪なACだけれど、あえてここで、つるしあげたい、と思った。「元締めのようなもので、自身のACをまとめてもっているようなわたしって、AC人格としても最大のもので、わたしがACの代表だ、と主張しまくった挙句、なお、わかっているからこれでいいよね人格」にまでなりさがるマジ喰えないヤツで、ACやっていられりゃなんでもいい、みたいな腐った態度。テメーがまず死ね、と言いたい。

話がそれてしまったけれど、今回、AC人格を整理しようと思って、思い返してみて、コイツだけはゆるせない、と思った。どいつもゆるせないけど、他のACがいくら理路整然といつもみたいに斜に構えて、「わたしってこういうACなんだ」と他人事のようにのさばる態度をとったとしても、わたしはコイツだけは、即、ゆるせないと思うのは、コイツの存在がいつも違和感だったし、どう考えてもおかしい、まっとうじゃない、と思ってきたことだったから。「しかたない」とすませてきた人生だったけど、しかたなくなんてない。だって、おかしいだろ。誰かにこうって言ってもらえないと何もできないとか、いつも相手の顔色にビクビクしているとか、相手にあわせて笑えだの相手を不快にさせるから怒るなだの、たかだか誰かがキレただけで「ごめんなさい」と土下座して震えあがったり、別に褒められたいなんて思ったこともないのに、「いい子だね」と言われるようなことばっかり、やりたくもない、つまらない、不毛だと思っていることばっかり、ロボットのようにこなす毎日。こんな馬鹿げた生き方、情けない生き方、どこにあるかよっ!・・・毒親との、結局それは、ここまで書いていてもげんなりするような毒親とそっくりな姿勢と動機に満ちたわたしの中のAC人格との一騎打ち宣言をしてから書きたいと思ったので、ここから筆をとりなおし、この人格について、最近になって掘りおこしたことも含めて書きます。


●「どんな振る舞い方をするか」

コイツの振る舞いは、だいたいにおいて、「うまくまとめよう」とする。自分の実体験にもとづいてまとめるのでもなく、本当の意味で自分がまとめたいから整理しようとするのでなく、そこにはつねに、「承認をあたえてくれる、OKと言ってくれるはずの誰か」が自動的に想定されていて、「その人、その他者」の顔色、機嫌、要望、趣旨、つまり、相手の基準にあわせるように、予定調和的に相手が「あなた、わかってるじゃん」と言ってくれそうなことを予測・期待して、やる。その相手、他者がいなければ自分でもよく、我田引水、これが自己肯定と自分で自分をだましてきた。自己満足「しているつもり」で、本心は「これで本当にいいんだろうか」とたえず不安。あたり前だ。自分で着地点を決めた「わかりきった結果」に結びつけただけなんだから。本当のもの、絶対なものを探そう探そうとしたのが、成人後のわたしの行動すべてにあるんじゃないかと思える共通した動機だった。認めてくれる他者としての「親」から離れた成人後は、自己確認という形で、「これは本物の情報だ」と思えたものに自己同化を繰り返したために、「当然これは自分自身の問題」と思いこんでいたから、まさか、他者、それも親に感染源があったとは思いもよらず、あやうく精神世界という場所を「甘い汁」と誤認し住み着いてしまうところだった。


●「コイツの言い分」

コイツの言い分は、「あなたの言われたとおりにやったから、これでいいと、あなた、言ってくれるはずだよね」だ。ネーミングとしては、もしかしたら、「言いなりに何でもできます人格」といったほうが適当かも、とも思ったけれど、「これでいいと言ってもらいたい人格」のほうが、今は、しっくりくるのでこうしておきたい。


●「原因となった親子関係」

わたしは親から直接的な暴力を受けた記憶はほとんどなく、あっても、「あれは痛かった、あれは苦しかった」と思うようなものはなかった(と、記憶している)。だから、AC人格の掘り出しに着手するまで、わたしは、親から受けたトラウマのようなものはないと思いこんでいた。これもまた、毒親の手口でもあり、「困ったことがあったり、悩んだりしたら、それはAby、あなたの問題よ」という刷り込みであり、以前に実際に両親とも露骨にそう話していたので、「本気でずっとそう思っていたんだ、マジ、毒だわ」と愕然、猛毒親であることを再認識した。この人格ののさばりが強烈なのは、他に列挙したAC人格形成の背景にある親子関係に十分すぎるほど、もろに影響を受けているからでもあるが、最近になって気づいたことがあった。

こう書くと、そんなことか、ということなのだけれど、わたしが誰かに気にいられるように振舞うことで、結局誰が得をしたかといえば、「いい子ねぇ~」と言ってもらえる「親」だったのではないか、ということ。わたしは褒められたいと思って何かをやろうと思ったことは、おそらく一度もない。褒められたいなど、これっぽちも思ったことはないのに、なぜ、結果、褒められることが多かったかというと、褒められやすい子に仕立て上げられただけ、だからだ。そりゃ、何でも「はい」と従って、文句言わず、せっせと何でもこなすわけだから、「いい子ね」ととりあえず言う人は多かったろう。そういうことになって嬉しかったのは、父と母であって、自慢の子をもったということ、ただそれだけのために、「相手の気持ちを察しなさい」から始まり「親のためなら死ぬのが子どもだ」というような、ただ一方的に親に従うだけの子どもを育てた。

わたしは、つい最近まで、ここまで一方的に従わされていたんだという自覚がなかった。でも、感覚的な記憶だが、つい先日、母に対して、いつも母の顔色が変わったというだけで、「ママ、ごめんなさい」と反射的に謝ってばかりだったことを思い出した。理由などなくてもよく、相手を不機嫌にしたというだけで、わたしは謝るべきだ、と思っていたし、成人してからもそれがおかしいことだと疑ったこともなかった。もうひとつ思い出したことは、わたしの家は自営業で、すぐ近くだったから、わたしの生活圏は、保育所や学校に行ったり習い事をしている間を除けば、家か店かだった。考えてみたのだが、お店に滞在していた時間は思っていた以上に長く、たいてい店の手伝いをしていた。つまり、父の手伝いだ。店番、品出し、掃除、接客、なんでもこなし、よく働いた。商店街だったから、近くの人たちも、誰もかれもが「Abyちゃん、エライね」だとか、おつり勘定で計算も得意だったから、「Abyちゃん、すごいね」とわたしを褒めた。店のなかも父親の親族が主たるメンバーだったから、わたしの父親の家系独特のあの不気味な作り笑顔で(思い返すと、父の兄弟、父の母親とその兄弟と、さらにその子どもまで、そっくりのニヤリだ)、そういう笑顔のときは「わたしは機嫌がいいですよ」サイン、急に豹変したようにブスッとしているときは「わたしの機嫌をおしはかりなさい」サインで、わたしに対してはなぜかみんな気遣って「にこ~」と誰もが顔色を変えた。

感覚的な記憶なのだが、この記憶を掘りおこしていくうちに、「わたし自身は褒められたいわけでもないのに、褒められるようなことをすることでしか、これでいいと思える基準がなかった」ことに気づいた。これは、大人になってもそうだった。褒められたり認められたりすると、わたしは、ほっとした。この気持ちを観察すると、それは「なんとか罰は逃れた」という束の間の安心にすぎない。だから同時に「調子にのるまい」という声を自分にかけるのだが、そんな恐怖がベースにあるような状態で、認められたり褒められたりしたいなど、思う人がいるわけがない。わたしはずっと、「褒められたいと思ったことはない」ということは、どこかエラそうで、そういう素直じゃない自分はどこかおかしいんだろう、と考えていた。「Abyはかわっているからね」と言われることも多く、自分でもそう思っていた。でも、違った。正直じゃないのはわたしだ。認められたり、褒められたり、そんなこと、求めてなんて、これっぽちもなかったのに、認められたり、褒められたり、これでいいんだと自他から言ってもらえることが「成功なのだ」と親から言われ調教されてきただけであって、調教由来の恐怖にさらされたというただそれだけの理由で、わたしは、自分の正直な気持ちを犠牲にし恐怖に甘んじた。キレた者勝ちみたいな、そんな相手の気分にあわせて、ときに利他という大義名分のために相手に尽くす。それはあなたたち、お父さんとお母さんの成功かもしれないが、わたしには大失敗なんだ。これでいいと言ってくれるはずだ、と期待するAC人格は、わたしは最初から大嫌いだった。


◇ ◆ ◇ ◆


のさばり具合、その他。

「これでいいと言ってもらいたい人格」は、
のさばりの程度が最も酷いと感じた。

「これは自分の時間だ、ここは自分の世界だ、ここだけは自由なんだ、
だから、誰も邪魔しないでくれ。そうすれば、オレは自由でいられるんだ!」
と、幼少期から言いまくっているAC人格がいる。

あえて名づけるとすれば、
「自分の時間を守りぬいてみせる人格」という感じか。

オレは自由でいられるんだ!と言うけれど、
そもそもわたしは、自由ってなんだと思っているのか、
自分の定義すら曖昧だったので、今回、
そこを確認してみようと思った。

「我慢したり、自分を犠牲にしたりして、そんなふうにして、こそこそ
びくびく生きるのは、嫌なんだ。だから、誰も邪魔をしないでくれ。
そうすれば、〝これでいいって思いこめる〟んだから!」
という言い分、それ自体が、わたしが思いこんでいる自由の意味のようだ。

そこでわかったのが、「自分の時間を守りぬいてみせる人格」というのは
「これでいいと言ってもらいたい人格」が、ずっと、恒久的に、
「そこなら生きていける」と錯覚させるために、機能していたのではないか。
共犯関係にあって、こいつもまた、「自分こそ本当のわたしだ」
みたいな顔をするから、いつも厄介だ。

「これでいいと言ってもらいたい人格」ののさばりが
どうしてここまで酷いのか、少し理解が進んだ。
一方、自分なんてどうせ、とか、自分が我慢すりゃいいんだ、
といった思いこみが「親都合の足かせだ」という認識が甘かったと思った。
「母親に甘えられなかった恨みの感情」に由来する両親の自己否定は、
わたし自身のものじゃない。
なんとかここは、自分で舵がとれるようにしていきたいところ。
「相手のためだから」と思いこむことで、自分の感情を押さえこむ癖も、
その都度意識して解除していく。

他の3つのAC人格ののさばりについて。

想像していた以上にのさばっている、と感じたのが、
「なんでもバカにできるんだぞ人格」だった。
これはPさんのみならず、とくに内職に関わっていた方々とは
共依存の関係にあったため、会話などで不毛と感じつつも
「ラク」と感じてしまい、害と感じにくく甘くみているところがあった。

以前、福島から避難した一人の母親が、その思いを動画のなかで
お話されていたことがあって、その時、その方がお話をされている姿をみて、
「いとおしい」と自分が感じたことに対して、違和感、不快感があった。
なぜそう感じたのか、少しだけれどわかったことがある。
わたしのような、この種のACの毒人間が、つねに
こうやって必死に生き、懸命に自立しようとしている人の足をひっぱり、依存に誘い、
避難もさせないよう、できないようにさせ、そうやって主体性も尊厳も根こそぎ奪う、
人間としてやってはいけないことをする、ということ。
父と母がわたしにやったように。

「自分のせいじゃないと思いこみたい人格」は、
おもに拒絶や麻痺、逃避ということで顔を出すことが多いので、
のさばっているな、という自覚はあった一方で、「見たくない」と
目をそらしたくなる衝動が起こりやすいことから、
見落とすリスクが高いAC人格だった。

「決めてもらいたい人格」は、これも最近になって生活や仕事のなかで
自分で舵をとれるか試しているもので、思考停止具合というか、
気がついたらそう考えていた、そうしていた、というのが、
コイツの恐ろしいところだと思って注意をはらっている。
ハッと我にかえって、なぜ決めなきゃならんのか、なぜ何かしなきゃならんのか、
と自動的にかけられていた足かせに気づけるときは、
舵をとりなおせる場合があるけれど、そうでなく、舵を固定し、
「決めつけたい人格」にすりかわっているだけのことがある。

AC人格がお互いの保身のために協力しあっていることが多く、
そういうのさばり方自体、酷い手口だな、と思ったのと、
それと、どれもこれも、すみつくところが卑怯で、
トラップが上手く散りばめられている。


2014.03.15
Aby


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# by jh-no-no | 2014-03-15 04:41 | 復元ノート 1

家でも学校でも「因果応報」に満ちていた

Y先生は小学校3年生から卒業まで
わたしの担任の先生だった。

おじいちゃん先生だったが、
頑固一徹という感じでなく、どちらかというとおおらかで、
怒ったのは一度しか見たことがない。

それはクラスの生徒の一人が、もちろん冗談で、


「これ、先生の家だあー」


と、教科書の「火事の写真」を見て、
先生をひやかしたとき、Y先生は烈火のごとく怒った。


「そんなことは、(口がさけても)絶対、
言ってはならない」


Y先生は、少なくともわたしにはこのように伝わるように、
他の生徒にも話した。


「もしも自分の家が、こうなったらどうなんだ、
そんなこと、言えるのかっ!」


と、その生徒を集中的に責めて、
謝らせた。


豹変した先生の態度に、その子はもちろんだけれど、
みんなは驚いたようだった。

この時、わたしは「怒られるのは当然だよ」
と思っていたけど、はたしてそうだったのか?

今思い返すと、いつもおだやかな先生が、
ああやって顔色を変え、別人のようになり、
「ダメなものはダメだ」という印象しか生徒に与えず、
想像力(先生が思っている共感というやつ)が欠けていることを
責めたてるやり方は、わたしの毒親と
そっくりだった。

なぜ、両親がY先生を尊敬し、
「あの先生は立派な先生だった」とわたしに諭したのも
理解できた。やり方が同じだ。



1、まず、急に、怒る。


2、子どもは、何が起こったか、と動揺する。


3、次は決まって、「よく考えなさい」、だ。



想像力が足りないから、ものごとのよしあしの区別が
つかないんだ、という論法でくる。


ここで起こることは、自分の頭で考えることでなく、
なんで怒られたのか、「自分で納得できるように、
自分の頭で考えなさい」ということだった。

なぜ怒られたか、ではない。
怒られるのは「当然のこと」というところから、
調教はスタートしていた。


「自分が悪かったんだ」ということに
なんとか筋道を見つける。
「相手の気持ちに立てなかったわたしが悪かった」とか、
そうすることで、「相手の気持ちに立てばいいんだ、
今度からそうすればいいんだ」と考えて、
身を守ろうとしてしまうのだけれど、問題なのは、
そんなものは、次には役に立つとは限らないことだ。


なぜなら、相手は、急に、怒りはじめるから。


相手は何とでも言える。


「まだわかっていないのか。考えが足りないんだよ」
とか、もっと曖昧な言い回しは、
「まわりをよく見なさい」とか「よく考えなさい」とか、
なかでも母がよく言っていた曖昧さの最たるものは、


「反省しなさい」


という言葉だった。

わたしは何も考えず、謝った。
謝ってしまった。


これは、大人になってから気づいたことだけれど、
わたしは、他人に謝ることに躊躇がない。
何も考えずに謝る癖がある。

どうしてそうなるのか考えてみると、
わたしのなかで、「相手を不快にさせたら、たとえ
こちらに何の非がなくても、謝るのは当然だ」
という考えが、当然のようにあった。

そこまではどこかで気づいていたことだけれど、
こう考える自分は、おかしくない、と思っていた。
どちらかといえば、誠実だと思いこんできた。
(・・・誠実なわけがない。逆をかえせば、
不快にさせてしまった、とは思ってはいても、
本当の意味で反省などしたことがなく、
反省すべき局面でさえ、「不快にさせてごめんなさい」
という平謝りだったのだから。)


この偽りの誠実さで得をしたのは誰か?


これもやはり、毒親たちだった。
「不快になった者勝ち」だから。

当然のこと、このルールは子どもには適用されない。

わたしが同じことやった場合、
不快を不快と態度や言葉に示した場合、これは、


「わがまま」


と呼ばれたり、身勝手だ、と言われたり、
言うことをきかない子だ、と言われた。

ここでも親はつねに例外だ。



「怒られまいとする癖」


この癖、というより、反射に近い自動的な構えが、
自明のようにわたしに備わっている。


この構えが起こると、連動して、
「よく考えろ」と自分で自分に言い聞かせる。
よく考えるのは、怒られないためだ。
怒られるのを回避しようとするため。


でも、いくらよく考えても、
その「よく考えた中身」というのは、
何の自分の体験にも基づいていない。


考えただけ、
結びつけただけなのだ。


「こうだから、自分が悪いのだろう」と
自分で思いこんだ憶測から出来上がっていて、
もちろんそこにはチープな格言や迷信由来のものも流れこむ。
完全に、毒親による誘導尋問のようなものだからだ。


こういう「考えただけの考え」のうち、
Y先生がよく言っていた格言、


〝結果、自然に至る〟


というのが、どうも強く影響しているような気がしている。


Y先生は、別な言い方で、


〝因果応報〟


とも、度々言っていた。


「~すれば、〇〇になる」
「~だから、〇〇になった」


母も父も大好きな言い回しだ。


と同時に思い出したのは、
母の口癖のひとつ、


「交換条件は、絶対、許しません」


というもの。


母に頼みごとをするとき、
「こうするから、こうしてほしい」という交換条件は
一切、許されなかった。


わたしもそういう交換条件は、今も強く
「卑怯だ」と思っているところがある。
にもかかわらず、わたしの思考回路は、
「こうすれば、こうなる」パターンに毒されている。

たしかに、交換条件っていうのは
考えてみるとAC人格そのものな気がするし、
因果応報というのも、自分のことは自分で責任が
とれるようにしていくという意味では、それ自体は
おかしいというわけでもない。


でも、何か違和感がある。


それを使う大人側の動機は、決して、
子どものわたしのことを配慮してのこととは
思えない。感じられない。


どういうことだろう?


これも同じ、例外パターンじゃないだろうか。


子どもから親に対してする交換条件を許さなかったけど、
親が子どもにそれをやる分には許されていた、
ということ。


「努力すれば、必ず報われる」とか、
「ずっと続けていれば、きっとそれが大きな力になる」とか、
「がんばったから、今のAbyがあるんだ」とか、
挙げればきりがないくらい、こんなことばかり、
言われ続けた。


交換条件そのものじゃないか。


自分がどうしてこういうふうに考えてしまうのか、
汚染源はこのあたりにあるんじゃないだろうか。

でも、なんでそんなことをするの?
親の目的はなんなの??


ひとつ考えられたのは、
「両親はつねに不安だった」
ということ。

だから、ちょっといいこと(と思えること)があると、
「こうしたから、いいことがあったんだね」と
子どもに言って褒めているように見せかけて、
実際は親が自分自身に対して、
「子どもにそうさせた自分はエライんだ。
間違っていなかったんだ。正しかったんだ。」
とそんな自分を認めてほしかっただけじゃないのか?


努力させた私(←父、母)、続けさせた私、
そんな親である「私」を自分で認めたい、褒めたい。


その証拠に、


「努力しなさい」

「一度決めたら、最後までやりなさい」

「今の自分が、つねにベストだ。(と思えるように、いつも頑張れ)」


というメッセージを、両親はわたしに向けて
しつこく発信していた。


これらの考えはわたしのなかで根深く横たわっていて、
同時に、生きた心地がしないと感じるのは、
これらのメッセージに無自覚にとらわれているときだ。


でも考えてみると、


どうして、
一度決めたら、最後までやらなければいけないのか?


どうして、
今の自分がベストで、正しくて、
間違っていない状態でなければならないのか?


そのために日々努力、って・・・なんだ??



昨日、1000円カットのことを考えていて、
楽しかったのに、だんだんとその感じが薄れてゆき、
どこか窮屈で、いつもの嫌な感じ、居心地の悪さを
感じはじめた。


なぜだ?


「一度決めたら、絶対にそうしなきゃダメだ」と
強く思いこんでいる、そう決めつけ始めてきた
わたしがいた。


いつも邪魔するのは、きまってコイツだ。


そうなってしまうと、もはやPCのことも
突然、ノルマのようになってしまう。
そうなってしまうことをどこかで知っているから、
身構え始め、「楽しい」を捕まえておこうとしたのだ。

楽しかった思い、とくにこういったプラスの感情が
生じるときに、「捕まえておきたい」という衝動が起こる。


「こうしたから、こうなった」という調教が
ここにもまぎれこんでいる。


「こうしたから、楽しい」というのは、
交換条件そのものだ。


楽しい、を捕まえているように錯覚しているけど、
わたしが捕まえようとしているのは、いつも
「こうしたから、のほう」なのだ。


何か気づいたことをノートするときに、
とても嫌な気持ちがするときがある。
それは決まってそういうときだった。


感情を捕まえておきたい、と思うとき、
わたしが捕まえてしまうのは、
「そのためには、こうしろ」という条件のほうであって、
わたしはいつも身動きがとれなくなり、
生きた心地がしなく窮屈になる。


そうしているか、こうできているか、
といった「自己確認」が始まってしまう。
これでいいのか、悪いのか・・・


次第に不安になり、だんだん
怖くなっていく。


Y先生の話のなかの
「はたして相手の立場に立てているだろうか・・・」と
同じ心境だ。


でも、こんなこと、無意味なんだ。


「Aby、わたしは不愉快だ」と、もしもY先生に言われて、
「ごめんなさい」からスタートしてしまうのだとしたら、
それではいつも相手の「言いなり」だ。


相手から不愉快だ、と言われて
怯えるのは、どう考えてもおかしい。
Y先生のケースも、Y先生はあのとき、正直に、
「わたしは、そう言われて不愉快だった」と
ストレートに生徒に告げるべきだったんじゃないか?

それでその子が怖がってしまうかどうかは、
それとは別問題だと思う。
そう言うこと、それ自体を先生が恐れたら、
毒親とやっていることは同じで、
感情を押し殺せ、と言っているのと同じじゃないか。


わたしの頭のなかは、
こうしたから、こうなった」で占領され続けたけど、
これは当たり前なんかじゃない。


親が、


こうさせたかった」


だけだ。



先日、自分でAC人格の重症さを思い知ったことがあった。
病気だ、という認識が甘かったと思った。

梅の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?U1902
のなかで紹介されていた『「実害くん」キャラクターの紹介』の動画中、
最後の字幕・・・


「君 もしくは 君のメンバーが・・・」


と見た瞬間、「殺されちゃう、、、」と反応してしまった。


 君 = わたし(Aby)


さすがに、その直後、自分でもこれは
「重度の病気だ」と思い知った。想像以上、酷すぎた。


でも、これは冗談でもなんでもない。


結局、わたしが現実でも夢のなかでも起きているのは、
これと同じことなんだ。
死後、ぼけーっとしたままだったら、まんまとこの恐怖に
はまってしまう。もしも誰かから、


「殺すぞ」


と言われて、びびって、相手の言いなりになるとしたら、
怖くていい、と思っているからだ。
恐怖に甘んじて生きてきたツケが、死後、まわってくる、
ということ。


これこそ、因果応報だ、
と思う。


「自分で使うから。他人に言うな」


毒親と毒教師に言いたくなる。




2014.03.08
Aby



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# by jh-no-no | 2014-03-08 03:44 | 復元ノート 1

「相手のため」という口実、逃げ道

昨日、こんな夢を見た。

両親、とくに、母にわたしが捨てられる夢。


捨てられた。


「また連絡してくれるよね?」

と、未練がましいことを、母に言っていた。

生返事の母。


夢の中で、はっと思った。


今捨てられたんじゃない。

ずっと捨てられていたんだ、と。


未練がましさは、次第に褪せてゆき、
空々しくなってゆく。


父は夢の中でも、卑怯にも隠れている感じだったが、
彼はとっくにわたしのことなど捨てきっていて
からんでもこない。


そうだったんだ、


父も母も、わたしのことなど、
はなから、捨てていたのだ。
わたしのことなど、「見たことも」ないのだ、と。


何かが清々していくように、そして
眠りからも覚めつつあった。

同時にまた、
わたしも「誰のことも見ちゃいなかった」こと、
父や母と同じようにして、世界を、他者を、
そして自分自身を見ていたのだ、
そう思いながら、徐々に目が覚めた。


「内職を中止する」としてみて
混沌としていたものの中に、ひとつの基準を
感じるようになった。


〝相手のためにやる〟


という姿勢を、やめてみよう
と思った。


正確には、やめてみるもなにも、両親と同様、
わたしは「相手のために」などやったことないし、
相手を見てすらもいなかったのだから、
思ってもいないのに「相手のためにやっているんだ」と
いうふうに自分をだまし続けるのは、
相手のせいにしたり、相手に決めてもらうための
口実でしかない。

これはPさんと話していても、観察し、理解できた。
お互いを「尊重」していたのではない。
お互いに「相手のせい」にしてきたのだ。
それも相手を傷つけるのが目的でなく、
それぞれがそれぞれのAC人格を保身するのが目的。
だから、ここに共依存としての甘い汁がある。


数日前、ふと、

「髪を短く切りたいな」

と思った。


そう思ったとき、自分の髪型ひとつとっても、
内職活動中のまわりの視線や相手の基準に
あわせていたことに気づいた。

「相手のために」と思いこみたくて、
なんとなく続けていた髪型だったから、
急速にどうでもよくなった。


・・・それよりも!


と、1000円カットにきりかえて、コストダウンしよう。
ざっと計算すると、1年で差額分で、ノートパソコンが変えるじゃん、
って思った。


「自分のノートパソコンを買うぞー」


ここから、今までと違う動きが、
わずかな時間だったけど、働いた。


「1000円カット、っていうけど、よく考えたら、
行ったことないし、どういうもんなんだろう・・・?」


インターネットで検索した。


「1000円カット」


こんなこと、なんでもない当たり前のことかもしれないけど、
わたしは、こんなふうに自分の好奇心から
調べものをしたことがなかった。

「調べないといけないから調べる」とか、
「調べたほうがいいから調べる」とか、
そういうことはよくあるのだけれど、
「どんなのだろう」という興味から調べたことは
おそらく、一度もなかった、そう、
きっとなかったと思う。


すると、また、想像していないことが起こった。


たった5、6分調べただけだったが、
どうやら、1000円カットに行って
「失敗した」という人と、「そうかね?」という人がいるみたいで、
何例かざっと見るだけで、失敗した、という人は、
「その人の要望が曖昧だった」ことが共通していることに気づいた。

何が面白かったか、というと、そのことも興味深かったのだが、
〝わたしがそれを面白く、興味を持って読んでいる〟
ということ、それ自体、驚きだった。


たった髪型、ひとつ。


「なるほど、そりゃそうだよね。
要望をちゃんと伝えなければ、切る人だってわからない。
いやいや、曖昧なままに、ちゃんと曖昧に切ってくれているわけで、
切る人に責任はないわけだ。酷かったって、それ、ちゃんと要望を
伝えていない側に問題があるんじゃないか?」


これって、まさに、曖昧な契約をして生まれてきてしまったのと
同じじゃないか、と思ったけれど、まったく他人のことは言えないことを
わたしはずっとしてきた。


ずっと美容院に通って、「自分の意思」と勘違いしながら
「こんなふうにしてください」と注文していた気になっていたものの、
最後の最後は「わたしにあうような髪型にしてください」なんて
お願いしていたわけだから。


こういう日常のワンシーンでも、
自分を他者にあずけてしまっていたから、
こんな生ぬるい環境から、「安くて良いなら」感覚で
1000円カットに行くから失敗するんだ、と
すごく納得した。


なんだか興味がわいてきた。


そもそもわたしは、「パソコンを買いたいから
髪型はまあ、坊主っぽくなっても、それはそれでいい」と
覚悟していたので、ネットの書きこみにあるような、
「わかってくれると思っていたのに」という失敗はしなかったと思うけど、
そんなことよりも、

それならそれで、

「自分の髪型を自分で考えてみようかな。
1000円カットでどこまで要求(注文)が通るか、試してみようかなぁ」

と、あれこれと考え始めていた。


どんな髪形にしたい?

考えたこと、ないな。

じゃあ、考えてみようかな。

へんな感じになるかもしれないけど・・・ちょっと楽しそう。


決めなきゃ、といって決めた(気になっている)時は、
決めつけることで精一杯(=思考停止)なので、
考える余裕も隙間もない。
だから、「やってみる」といくら、りきんでも
やってみた気になっているだけで、その動機が
恐怖や焦りだとしたら、そんなの、
こわい、だし、ビクビクだし、
楽しいと感じないのは当たり前のような気がしてきた。


・・・書いていて、自分でもなんのへんてつもない話に
思えてきたのですが、こういうこと、今まで、なかった。
「こうしなきゃ」というモチベーションから
「こなす」ようにするばかりの窮屈さや空々しさとは
どこか違った。


髪型なんて別に・・・と
つまらなそうにしていたときとは違って、
1000円カットでも、いや、1000円カットだからこそ面白そう、
と思ったり、さらに差額で買えるPC、となると・・・!

不思議だ、

俄然、PCのことも調べてみたくなってきた。


2014.03.06
Aby



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# by jh-no-no | 2014-03-06 02:49 | 復元ノート 1