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自分で飛び込んだ自分でない世界-自我復元後日記[092]

★10月1日、お昼、また文頭に追記しました。

病院から帰りました。

尿検査、血液検査、ともに良好、
「よかったぁ」と胸をなで下ろしました。

薬も、中止してよいでしょう、とのこと。
通院も、自覚症状が出ない限りは、今日で終了となりました。

長い7ヵ月間でした。

胃腸、腎臓はまだ回復していないので、
あくまで前立腺、泌尿器といった表面に表れた異常を治療したまでで、
急場はしのいだ、という感じですが、長い急場でした。

楽しみにしていたお弁当、「どれにしようか・・・」すごく悩んで、
「鶏甘酢あんかけ」にしました。
もともとご飯が大好きなので、3日、流動食のような食事を続けるのは
とてもしんどくて、さっき、ご飯を口にした時、

「おいしい・・・」

と声に何度も出してしまいました。おいしくて、おいしくて。

院内にコーヒーショップがあって、普段は利用しないのですが、
今日で最後(であってほしい)と思って、
おいしそうな、ナッツとはちみつのドーナツを買って食べました。

ちょっと、食べ過ぎですが(笑)

ドーナツを食べながら駅に向かったのですが、
途中、本当に仲のよさそうな親子とすれ違いました。

「自分はこうじゃなかったなあ」と
ぽつり、思いましたが、自分のことよりも、
その親子を見て、その親子がそうやっているのが、
本当に微笑ましいかった。

曇天でしたが、金木犀は満開です。

病院を出る時も、駅についた時も、
「もう、今日で最後」という思いでした。
それだけ、この半年は、長い半年でした。

一つ、今日、私が嬉しかったのは、
今日の、結果として最後になった今日の通院を
「楽しんだ」ことでした。

これも、私の人生、
私が、主人公なんだ、と。

仕事までの間、少し、眠ろうと思います。

もう、10月なので、9月のことを言うにも何ですが、
9月、今日も含めて、本当に「よくやりました」。

今日からの仕事も、楽しみです。

30秒と黙っていない仕事なので、
発声練習にもってこいなんです。
また、おなかに視点を置くので、今の私の意識の位置とも重なり、
「笑顔」「お客さん」こういった要素も、私を助けてくれます。

こんな話も、少しずつ、また記事にしていきたいですね。

寝る前に、私が今大好きな踊り手さん、ぺんたさんの
動画「hand in hand」を見て、元気を出して行こう!と思います。


愛美


★ ★ ★


10月1日 早速、ちょっと追記(早朝)。

では、病院に行ってきます!

結果、いいといいな。

そう、病院に売店があって、
いつもそこのお弁当を買って食べるのが
楽しみなんです。

いつもは使わない電子レンジですが、
この日は、チンをして温めて食べます。

お弁当も楽しみ、
今月も楽しみ!!

愛美



・・・


9月、今月も最後になりましたので、
自我復元ブログ、書いてみたいと思います。

今、いきなり思いついて書いたタイトルですが、
「自分で飛び込んだ自分でない世界」
そんな世界を今、体験中です。

今月、まず、大きな出来事、2つありました。

1つは、「愛美」と名前の表記を変えたことです。

これは、すっごく、大きかった。

前にも書かせていただいたように、
この名前には、
「あなた」と「わたし」がいます。
なので、名前、というよりも、
私が今、居る、ここで生きてみたい、と思っている「世界」を
私は、愛美、としてみたのだと思います。

自我復元、どこまでも不思議なのですが、
今まで私は、ずっと、「自分」、「自分の舵」、「自分の意志」ということを
書いてきましたし、私自身、自分に投げかけてきた言葉でした。

だけれど、私は、今、
新しいことに挑戦しています。

まわり、他者、そこに
身を投げ入れてみよう、って。

なぜ?

それは、楽しいからです。

私は楽しみたい、そう思っています。

実は、同時に、
これが2つ目ですが、大きなことがありました。

これは、書いていないので、
今日、初めてですね。

今週に入って、といいますか、
私の体調のことなのですが、
とても、「やばい」感じでした。

2月末に発病して、あの時もやばかったわけですが、
「これは、まずいな」と自覚したのは、
先日が初めてでした。

体調の悪さ、という意味では
今までのよくない時と比較すれば
4割程度だと思うのですが、
症状的にやばい、無理がきかない、というよりも、
「STOP」でした。

今までは、「NO」という信号に対して奮闘してきましたが、
今回は、自動的に、これはストップでした。

それで、私が、名前の表記を変える、に続いて、
2つ目、大きな「変更」をしたことがあります。

意識の位置を、
「腰」、尾てい骨にまで、ぐっと、落としました。

胸に意識が落ちてしまう、どころでなく、
胸をすっ飛ばして、腰まで、意識の中心を落としました。

背中を通るようにして落としていく感じなので、
到達点は「尾てい骨」あたりになります。
肛門までは行かないようです。

職場の休憩時間、ソファに横たわっている時、
「もう、これしかない」として、そうした記憶があります。

・・・というか、考えるより、そう、先にしていて、
それによってしか、肩の力が抜けない、と感じたのです。

今、私にとって肩の力が抜けない、という現象は、
今まで「自分の世界だ、ここは」とこだわり、しがみつき、主張してきたところに
まだ、いよう、なんとかここで処理しよう、その力みに思えました。

同時に、身体のことを思いました。

これしかないな、と。

今まで脳の中心を中心として意識してきたのですが、
その中心、中心とは何か?ということですが、
私が今認識しているのは、「どこで休むか」という
休憩位置を、私は中心と感じているようです。

その休憩地点、中心を、
私は、ぐっと、腰まで落としました。

ただ、これによって脳の中心が機能しないか?
というと、それは別問題で、これも不思議ですが、
腰に意識を落とすと、同時に、脳の中心も圧が強まる、
ということもありました。

感覚的には、「振幅幅を広げた」という感じでもありました。
ただ、そうは感じつつも、ここしばらく、あくまでも中心は、
「腰」「尾てい骨」を意識しています。

この2つ、名前の表記を「愛美」にしたこと、
・・・そう、今日、初めてこんなことを感じたのですが、
今日、歌のレッスンがあって、レッスン時のアドバイスを忘れないように
家に戻ってすぐにメモを残すようにしているのですが、
最後に署名のように「愛美」と書きます。その自分で書いた、ワードで打った
「愛美」という文字を見て、ドキドキしました。
どういうドキドキか、というと、自分よりも自分に感じた、といえばよいでしょうか。

話はそれましたが、まず、名前の表記を「愛美」に変えたことと、
もう一つ、意識の位置を、腰(尾てい骨)まで下げたこと。
この2つが、今月、私が大きな転換を図ったことでした。

2つ目の意識の位置は、自分で工夫した、というより、
これしかなかった、という感覚が強いです。
たぶん、身体からの要請だったのかもしれません。
楽しめない、というだけではなく、身体が関係があるのは確かだと思います。

身体のことですが、
明日、2ヵ月ぶりに、病院に検査に行きます。

8月の半ばから終わりまでの2週間、
この2週間はブログにも書きましたが、
ようやくお米を美味しく食べることができて、本当に嬉しかった。

9月に入り、いまいちの日が続き、
だんだん、お米が食べられない、
かつて一日三合食べていた私が、今や、0.5合。

もちろん、これでは栄養も足りないので、
カロリーメイトなどで補填、さらに、
固形物が受けつけにくくなります。
なぜなら、もともと私の病気の元は、
胃腸と腎臓が弱っていることにあるからです。

なんとか、ゼリー状のカロリーメイトや
栄養剤を飲み、果物、もちろん、食べられるものは
うどんなど、時には、ご飯ものも買って食べましたが、
今週に入り、今飲んでいる薬を飲みたくなくなりました。

前立腺の治療薬なのですが、
これ自体、副作用もあるらしく胃に不快感をもたらすらしいので、
2ヵ月前から、それと一緒に服用する胃腸薬も飲んでいるのですが、
私は、月曜日から、自分の判断で、どちらの服用もやめました。

薬が原因かどうかはわかりませんが、
身体が受けつけないので、やめたいと思っているところです。

・・・で、私は、この身体とも、これからつきあっていこう、
そう決心しています。

そのためには、きっと、
今、今の私にとっては、意識の位置を、ぐっと下げないとダメだ、
と感じている、そんなふうに、思っています。

メトロノームのことを書いてきました。

今、私のまわりには、
メトロノームでいっぱいです。

編み物もそうですね。

打身も、歌も踊りも。

随分、このところ、踊りの動画も見ていました。

生活をし、仕事をし、
いろいろなことを感じました。

でも、私は、今日、やはり、
こう書かねばなりません。

「幸せだなあ」

って。

本当のことを言うと、
この幸せを、つねに否定する力に、
このところ、ずっと、押されていました。

でも、それでも、

幸せは、

ずっとここにあるんです。

これが、幸せ、ということなんです。

これを今日は書きたくて、
今月最後のブログを書かせていただきました。

そう、

明確に書いておかねばなりません。

私には

「死のビジョン」はありません。

この、死のビジョン、というのが

「消滅したこと」

これが、今月、私が試みた2つのことの
最大の収穫でした。

つまり、

「いつ死んでもいいように」

という強迫観念が、

「強迫観念である」

という事実に気づき、


私は、その世界像を捨て、


別の世界を生きることにした、その世界とは、


「自分でない世界、計算外の世界」であり、


そこを生きる私、


それが、愛美としての私です。


・・・今、アップする前に読み直したのですが、
もうちょっと、書きたいことがあるようです。


「いつ死んでもいいように」

って、何?って。


そう考えている時って、その「いつ」までの間、
今から少なくとも数日だったり、一定の期間を想定している。

・・・けれども、実際は、どうだろう?


私には、今、リアルに感じることは、
この今瞬間に、「ぺしゃん」と世界がつぶれて終わる「かも」しれず、
「かも」ではなく、その感覚こそ、リアリティーがある。


今、ぺしゃん、だ。


ならば、そこにあるのが「幸せ」でなければ、
なんだろう?か。


幸せ


これ以外、何が、あるというのか?


ない。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2016.09.30
愛美

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by jh-no-no | 2016-09-30 22:33 | 愛美通信☆メトロノート

それを着て-自我復元後日記[091]

編み物の本を開きました。

300回目の投稿、ここから始めましょう!

私、編み物、やっていきたい、と思います。
そして、このブログに綴っていきたいし、
本気で思っていることだけれど、
この「地球」で、編み物の経験を育みたい。

編むのなら、私は、
着る服を編みたい。

身に着けるもの、という意味。

着る服はね、とっても大事だ、って思ったんだ。

戦場に着ていく服なんだって、思った。

それがいい加減であるわけないんだよ。

私が踊る時、

どんな服で、踊り出ていくのか。

どんなに悲惨な戦場でも、
返り血で真っ赤になっても、
着ていく服は、私の一張羅でなければならない。

当たり前なことなんだ、って。

命を懸けての戦いの時に、
一番、かわいくて、一番、綺麗で、
何より、大事に編まれ、なにより自身がそれを大事にし、
「これを着ていこう」と決める服。

人が服を着る。

私はそれを思うと、涙が出てくる。

私は服を編みたい。

だって、それを着て、

人は、

死にゆくのだから。

どんなに服が破れても、
どんなに服が汚れても、

戦場に旅立つ前夜の、その服の鮮やかさは、
失われることはない。

その服は、褪せない。

私は、笑う。

その時、着ている戦闘服は、

決して、破れていても破れておらず、
汚れていても汚れておらず、

ずっと、最初のままの、
色、形、姿を保っているのだから。

毒親が、とうとう、
「殺せなかったもの」がある。

笑顔の記憶である。

だから、

私も、あなたも、

その時、最期笑う時、

それを着て、戦地に向かったのだ、と
思い出すその服は、

命懸けの装束であり、

私は、そういう服を編みたい。




◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2016.09.26
愛美

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by jh-no-no | 2016-09-26 04:59 | 愛美通信☆メトロノート

私が毒親でない、ということ-自我復元後日記[090]

急に、楽になった、というか、
自分がやっていることに対して、見方が、ある意味、180度変わった、
そういう体験を、ここ数日、している。

とにかく・・・楽、なんです。

たとえば、そう、今、ブログを書こう、と思って
PCに向かい合ったものの、すごくへとへとになっていて、
とくに、これを書こう、というのも無いのに、
でも、書き始めました。

どういう、これは心境なのか?というと、
「やめなくていい」というのが、私にあるんです。

今まで私は、ずっと、
「やめない、やめてはいけない」という声で進んできました。
それが間違っていた、とか、そういうわけではなく、
ただ、今は、

「やめなくていい」

になっています。

今日は、歌のレッスンに合気道、盛りだくさんでしたが、
「出来ないこと」も自覚しながら、私は、それが楽しかった。
ああ、出来ないんだあ、これから出来るようになろう、
と、その当たり前のことを、とても新鮮に感じていました。

今日もレッスン前には、打身の自主練をしていて、
メトロノームでボロボロでした。
余談ですが、速度を8割に落とすと、リズムの維持、という点で
難易度が増しますが、速度を5割に落とすと、私はまったくわからなくなりました。
とてつもなく、難易度が増します。

もしも、5割の速度に落としても、なお、
リズム感を維持できるとしたら、これが音楽力だな、と感じた。

これは余談ですが、つまり、今、私、
出来ないことばかりでも、「楽しい」んです。

なぜか?

やめなくていい、と思えるようになったからです。

歌も、踊りも、楽器も、合気道も居合も、
私は、やめないと思います。というか、やめるイメージがありません。
こんな私でも、やってていい、それに疑いを持たなくなったからです。

50歳になる頃には、
・・・どうなっているでしょう?たぶん、ノリノリの50歳だと思います。

「やめなくていい」

これは、すごいことなんです。

一度も、私が、この「声」を聴いたことがないからです。なかったからです。

この声、本当は誰が私に言うべきセリフだったか?

私は、最近、この答えを知りました。

「親」

です。

AC人格の一つの大きな特徴があります。

「やめてしまうこと」

です。

だから、私は、これと闘ってきました。
自分自身との闘いですね。

なんでこうなったか?というと、
子どもに対して、「絶対に、やめさせてやる」という
復讐心の塊だったヤツがいる。毒親だ。

自我復元をやめさせる、だけじゃない。
何でもやめさせてきたのが、毒親なんです。
おそらく、どの毒親も、子どもがやろうとすることを
「片っ端から、やめさせてきた、くじけさせてきた」、
これをやらない毒親はいないはずです。

むしろ、毒親は、内容なんて何でもいい、
「やめさせてやる」、この恨みだけで、生きているゾンビと言える。
その復讐心を誰に向けたか、というと、自分の子どもだ。

私がこれに気づいたのは、
ひょんなことからでした。

仕事に行く途中、私は、
また、ボカロの曲を口ずさんでいました。

歌詞の感じからも、そんなにニコニコして歌う歌ではないのに、
私は、笑顔でした。笑顔で歌いたい、そう思って、口ずさんでいました。

その時、

この「笑顔」、

このブログを書き始めた時にも、私が取り戻そうとしたもの、
それが、この「笑顔」だったわけですが、
この笑顔は、「すべてを包みこんだ」。

暗い歌詞も、当然のように、包みこんだのです。

私がその時、私自身がどこに立っているかを知りました。

私が、「親」だったのです。

毒親ではない、正常な親、私の本当の親、
その立ち位置に自分がいるのを知った時、
私は、初めて、何を失ったのかを知りました。

失った、というよりも、
本来なら子どもが当然のように受け取れるべきものだったもの、
与えられて当然なもの・・・「安心」です。

「世界は味方である」

これが、安心、という感覚であり、
その意味がよくわかりました。

まわりは味方だ、という時、
私のまわり、隣人が味方だ、という意味ではありません。
世界には敵もいます。
AC人格、モロ、敵です。

世界は味方である、という絶対的な安心、
というのは、自分のまわり、自分のまわりの世界、
「それらの、さらに外側が、味方だ」ということでした。
味方、とは、何かしてくれる、というものではなく、
私と私を取り巻く世界を「ただ、見ている」存在です。

この、「ただ、見ている」というのは、
私の中で、昨日だったかな、イコール、
「やめなくていい」という理解につながりました。

子どもが体験することには
嫌なことも、楽しいことも、敵も味方もいます。
でも、それを「見てくれている」人が、
「本当は、いていいはずだった」。

親が、本当は、子どもにとっての
その役を果たしていなければならなかった。

私自身が、毒親でない「自分自身の親」になった(その位置に立った)ことで、
自我復元が、私にとって、どこに、最初から向かっていっていたのかを知りました。


私が、私の親になること。


毒親ではなく、正常な親に、「私が」なること。


私がもたらした笑顔は、「全部、OK」を保障するものでした。
私は、その時、「自分は、これから、笑顔の奏者になる」と確信しました。
歌う時も、踊る時も、仕事の時も、私は笑顔だ、って。
それが当然に思えました。

その日の仕事は、日記にも書いたことですが、
とても楽しかった。こんな楽しい一日、初めてだった、って。

これは、私にとって、

「ゴール」

でした。

ゴールですから、ゴールです。

その理解をもって、私は、私自身の自我復元というのが、
最初から最後まで、一本の線で、「ビシッ」と繋がったのです。

この二日間、こんなに穏やかだった日は
今までなかったし、きっと、これはこれからもそうだと思います。
いろいろあるでしょうが、とても「穏やか」です。
最初に、「楽」と書きましたが、穏やかゆえに、とても楽です。

まだこのあたりは、理解が行き届いていませんが、
自我復元は、今まで、「やめない」という気合いでやってこれた、
と思っていましたが・・・おそらく、ですが、
私が初めて、人生で、「やめさせよう」という毒でないものに出会った、
という経験だったのではないでしょうか?

私の人生、AC人格の人生は、
必ず、「くじけさせました」。
今ならわかりますが、毒親が、何でもかんでも、挫折させるように
洗脳しました。あたかも、自分自身での判断かのように。
考えてみれば、全部、そうです。
「やめさせよう」、これだけです。
AC人格の私から見れば、「やめよう」というあたかも自分の意思のように
すべてが勘違いしてきたわけですが、その正体は、
毒親が「やめさせてしまえ」としたことです。

日記も、

音楽も、

歌も、

踊りも、

合気道も、

・・・もはや、私は、「やめなくていい」のが、わかっています。
ただ、この理解のハードルは、「あまりに」高かった。
このハードルの高さは、とてつもないもので、
自覚すらできないほど(気絶しているようなものだ)、高すぎた。

「これでいいんだろうか」

というAC人格の最大の病理があるけれど、
さっき、稽古から帰りながら自転車で、この答えを自分で出すことができました。

「これでいい」

です。

思いこむ、とかではありません。

親というのは、子どもに対して、
「それでいい」としか、言わなくてよかったんです。

それは、あれはダメだけど、これはいい、とかではもちろんなく、
それこそ、ありのままでいい、とかでもない。

「そんなこと、一言も言わず、ただ、子どもが経験することを
見てくれている、それだけでよかった」

という意味です。それでいい、とは、ただ見ている、ということと一緒です。

そして、私が自分に対しても
一番嫌いだったもの、AC人格の悪臭とは、
「これでいい」という主張でした。

それは、なぜ主張するか?
といえば、つねに、「これでいいだろうか・・・いいはずだ!だって・・・」
と常に、頭の中で論理武装をしていたからであり、
正解とは毒親の顔色の答えのことであり、こういうことをして、
私はどうなったか、といえば、私の毒親のように「天才だ、すごい!」と
持ち上げ続けるような毒親であったとしても、私の思考回路というのは、
「ああしたら、ダメだ」という、結局、それは、毒親による恐怖心が
ずっと埋め込まれ続けてきた、という結果だった。
それが、他人を馬鹿にする、などの心理や行動に出てしまう。
私のAC人格の典型的な挙動だった。

でも、私が今日、理解したことは、
「これでいい」など、「主張する」ことではなくて、
また、証明するようなことでもなくて、

「これでいい」

ことなんて、

当たり前だったのだ。

子どもが必死に主張する必要も責任も何一つなく、
それは、親の責任として、それを保障しなければならなかった。

言い換えれば、こういうことなのだ。

「好きにしなさい」

辛いことも、楽しいことも、
不条理なことも、困難なこともたくさん、あなたの人生にはあるだろう。

「それは、あなたの人生だ」

「好きに生きなさい」

・・・その生を、続けてごらんなさい。


私は、


「やめなくていい」


生みの親からではなく、

「私」という「私の親」から言われているような、
そんな気持ちになる体験を、歌を、踊りを、楽器を、合気道をやりながら、
経験している。

このブログもそうなんだ。

今日、書いてみたい、と思ったのも、
体力的にもへとへとだったけれど、
「今、書いてみたいな」って。

私には、ブログが敵に、もう、思えないのだ。

敵、というふうには今までも思ってはいないけど、
少なくとも、かなり身構えて、よし、と思って
これまで書いてきた。

でも、そういうふうな構えで書くようなこと、
もう、ある?となると、無いんだよね。

じゃあ、書かない?と自問すると、
正直、「書きたい」。
本当に書きたくて、うずうずしてしまう。
今日書いたことも、頭にはあったけど、
別にこのことを書きたいと決めていたわけでもなく、
また前回のように、その場で感じたことを書くかもしれなかったが、
結果的には、ここ数日、考え、感じ、体験したことを書いたことになる。


私は、今まで、しつこいくらい、
これしか言ってないじゃん、愛美は、と他人からも自分でも思うほど、
「やめないこと」だけを書いてきた。

正直、これしか、私はやってこなかった。
どんな時も、やめない、それしか、やってこなかった。

でも、この出口で私が体験したことは、
それはきっと、メトロノームから始まり、この「メトロノート」という道を
書き始めたから、だとは思うのだが、
私がたどり着いたのは、

「自力」

とは、真逆の理解だった。

あれほど、自力だ、自分の舵だ、自分の意志だ、
反逆の生き方だ、と書いてきながら、
この出口は、とても、美しいものだった。

もちろん、今まで書いてきたこと、思ってきたことに嘘もないし、
今もそう思っている。

だけれど、「自分」を取り戻した時、
私が知ったのは、出会うべき本来の「親」の理解だったのだ。

それは、まるで子どもと親の関係だった。

人間の子どもは、少し放っておくだけで、
本当に死んでしまう。

あまりに無力だ。

こんな弱い生物、赤ちゃん時代にこんなに「危険な」状態の生物がいるだろうか?
いたとしたら、相当に「正常な親」が保障されていなければ、
生き物としては、あまりに、やばすぎる。

だから、本当は、人間に生まれたのなら(他の動物はよくわからないですが)、
最低限、毒親なんてものに出会ってはならず、
「完全な依存状態」であっても「自分という個の生体験」が
十全にまっとうできる親子関係が保障されていなければならない、と
今の私は理解している。

話は膨らんでしまったが、
つまり、今の私は、そう、昨日、自分で自分が「卵」なんじゃないか、と思うほどに
赤ちゃんより赤ちゃんの子ども、にすら感じたのだが、
今の私は、完全な安心、親の愛、に見守られています。

親の愛、私にとって、
なんと、それを最初に実感したのが、
「メトロノーム」だったんです。

あれからも出だしの数秒を、メトロノームを使って、
3時間近く、やり続けました。
そのうち、たった、数回、何秒か、という短い経験でしたが、
メトロノームに完全に身をゆだねた瞬間がありました。

あ、そうそう、その時、
こんなこともあったんです。

今回の投稿は、もしかしたら、
数日前、違うことを書いていたかもしれません。

実は、その日、仕事前に書き始めていたのですが、
言葉の使い方を調べようと、別のページを開いた時に
私の操作ミスで、ブログのページを閉じてしまい、
書き途中だった記事が、消えてしまいました。

この時、私が感じたこと。

とても、清々したのです。
消えたことが、ではなく、
消えてしまった出来事に、私自身が、何のためらいもなく、
気づいたら乗っかっていて、それが、ただ、楽だった。
これは、私にとって、メトロノームだったんです。
消えてしまった出来事そのものが。
私は、メトロノームに従うことに、何にも躊躇がなかった。

私は、今、「学ぶこと」が楽しみなんです。

出来ないから、学んでもいけます。

今日、歌の個人レッスンでこう言われました。
T先生はそういうつもりで言ったのではないと思いますが、
私は先生が言われたことを聴いて、思いました。

個人のレッスンは今日が初日だったこともあり、
私は、打身の話もしました。
打身力だけでなく、音楽力をつけたいこと、
これは歌でも同じに思うこと、T先生のように歌を歌いたい。
T先生の歌は、ジャンルとしては「ジャズ」で、
とにかく、歌唱力だけだなく、リズム感とスイング感、
そして歌う時の笑顔がとても素敵で、ああ歌いたい、と思っています、とか、
メトロノームを使って弾けなければ、いざ本番では通用しない、
感覚だけでもダメ、音楽力と両方が必要だ、と指導もされています、とか、
こんな話をした時に、T先生はこう言われたんです。

「今の話をきいて思うのは、きっと、愛美さんは、
感覚は研ぎ澄まされているんだろうな、と思います。」

と。

私は、これを、昔きいたのなら、
それこそ、6年前きいたのなら、ただ、喜んだだけだったろう。

ただ、今日、私はこれをきいた時に、ハッと気づいたのは、
私は、ずっと、「自力」だったんだ、って。

それは、自分の舵で、という意味ではない。

私は、独房で、感覚だけを頼りに、
生き延びてきたんだ・・・と。

そう感じた時、ああ、そうだったんだ、と理解した。

自力、しか、なかった。

そんなこと、当然とすら思わないことだった。
それは、魚が水の中にいることを、決して自覚しないのと同じで。
それが、全世界だったから。

しかし、私は、特にここ数日、
私は、「私という親」が私を見ている中を生きてきた。

たくさんのメトロノームで、世界は満ちている。

それは、私を助けてくれる。

「ここだよ」

と、ただ、手を差し伸べてくれた。

考えてみると、先日の、ふと、そのことは思ったことなのだけれど、
私は、リハビリの巻を書き始めてからくらいから、
私の課題、というか、私が日々やっていたのは、
自我復元中とは、正反対の試みだった。

それは、自分の行動や思考に対して、
「これはAC人格だ」とすべてを疑ってきた自我復元中とは、
まったく正反対に、私は、仮に、自分がAC人格の行動や思考だ、と
「感じたり、思ったりしても」、それは、
AC人格ではない、と、問答無用に
一刀両断することだった。

自我復元後のリハビリで一番大事なことだった、と
私はずっと思ってきたし、今もそう思っている。

これは、決して、自力という、実は「ひきこもり」から
抜け出すには、必要な基礎体力、基礎トレーニングだった、と
今では思う。

AC人格から、離れなければならない時が来る、ということ。

たとえ、習慣で離れられない、としても、
必死で離れる努力をしなければならない時が来る。

モグラたたきのように、私はやり続けた。

そして、出口は、
そのモグラたたきも、終わる所、だった。
というより、モグラもいないのに、
バンバン、まだ、叩いている、いつまでやってんだよ・・・
という、そんな時期だった。

メトロノームにもそこで出会った。

きっと、自分だけ、でなく、
読者の方も視野に入れながら書こう、
そうして書き始めたメトロノートを書き始めたのも、
そのタイミングだった。

えっと、何を書いていたのかわからなくなってしまったぞ・・・

こういう時って、書くときだけじゃないんだけど、
もう、書きたいことは、だいたい、書いた、っていうことなんだよね。

でもね、今は、こういう今のような瞬間、
この「何だろうなぁ」というぼんやりとした私のこの状態も
好きなんだ。

こういう時に、私は、ブログを書いていて、
書いていていいな、書いてよかったな、だからまた書きたいな、
って思うんだ。

書きたい、それだけなんだよね。

それはとても、純粋な気持ちなんだ。

子どもが走りたい、と思うのと、たぶん同じくらい
ピュアなものなんだ。

こういう今が、今、私は一番好きだ。

だけれど、一方で、今回の投稿、
今まで書いてきませんでしたが、
実は、頭の片隅に、一つ、思っていることがあったんです。

きっと、それも、
今日の投稿を書かせる力になっているのでしょうね。

実は、この前、今どのくらい記事を書いたのか、
調べてみました。

この投稿で、なんと、299回目、です。

300回というのが、また新しいスタートと考えると、
今回は、この通信は始まったばかりだけれど、
一つの大きな区切りだな、と思っていました。

そのことを思うと、
私は読者のことを広く視野に入れる、と言っても、
そのほとんどは、一緒に闘ってきてくれた、
そして、これからも一緒に闘ってくれる戦士たち、
自我復元者の皆さんのことを、考えているようでした。

自我復元でいつも精一杯の毎日でした。

そして、私が、今、ようやく、
私自身の親、その立ち位置に立てたことで、
私にとっての自我復元は、「けじめ」をつけないといけないな、と思います。

自我復元には、スタートがあります。

そして、ゴールがあります。

そのスタートも、ゴールも、
自分で決めることですし、
それが、自我復元の完備性を、自分自身が実感することになります。

自我復元がカルトではない、というのは
そのためです。

どこまでも、私自身が、やり通したことなんです。

それが出口で、「本当の親」、
本当の、正常な、他力、依存を知る、という結末は、
・・・体験しなければ、この不思議さは、言葉で言い表せません。

子どもと親との正常な関係を体験する、
この失ったはずの体験を、体験し直すことができる。

それゆえに、「後天性」全自我、というのだと思います。

しかもそれは、親が親になってくれるのでもなければ、
親のようなパートナーに出会えるというのもない。

私自身が、私の親、私が毒親でない、ということ。

私が決めた自我復元のゴールです。

それを、今日、299回目の投稿で書けたこと、
書いて、書けてよかった、と思います。

300回目からは、・・・

あ、そうだ。一つだけ、これは私自身だけのためですが、
ブログに書いておきたいな。

私は、やっと、日記が書けるようになりました。

苦しかった。本当に苦しかった、今まで。

私は、日記を書くのを「やめなくていい」。

ただこの理解に行きつくまで、どんなに苦しかったか。

よかった。

本当に、よかった。

この話は、日記にも書いたけれど、
日記のことは、他の媒体にも書いておきたいな、と
今思ったので、このブログに、しっかり、書くことにします。

さて、300回目は・・・どうなるかは、わかりません。

が、なんとなく、感じていることがあります。

読者の方を視野に入れて、というのは変わらないと思いますが、
これからは、もしかしたら、自我復元者の方だけでなく、
もっと広く、読者の層が私の視野に入りそうです。
もちろん、今は、このブログは、これまで読んでくださっている
自我復元者の方がほとんどかな、と思いますが、
今回、私が、自我復元に関して、自分自身のゴールを強く意識したことで、
話題も、よくもわるくも、広くなっていく?と思います。

やってみないと、わかりませんね(笑)

でもね、私は、ずっとこのブログ、好きですよ。

こんな気持ちになれて、本当によかった。

ありがとう。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.24
愛美(あび)

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by jh-no-no | 2016-09-24 02:05 | 愛美通信☆メトロノート

「目」を開く-自我復元後日記[089]

今、17:55なのですけれども、
これから、打身の練習、2時間程度、やってみたいと思っております。

その前に、この通信を、少しだけ、書いてみたいな、と思います。

そして、また、練習が終わったら、
続きを続けて書きたいと思うので、
途中で一度、アップをしますが、
また今日のうちに、続きをアップしますので、
よろしくお願いします。

まず、昨日、一昨日、感じていることがあります。

だんだん、自分の中から、
ゴミソフトの中でも、しつこかった「言葉の毒」が
解毒されていっているなあ、と思います。

では、「代わりに」、そう、代わりとなるもの、
新しいソフトが起動し始めているのですけれど、
それが、「感情」というソフトです。

感覚的ですが、
私は今まで目を閉じて、動いていました。
何をやるにでも、です。

そうすると、これは皆さんもわかると思いますが、
目を閉じると、より、妄想しやすい、ということがあります。
そうとは限らないのですが、私の場合、
目を閉じると、その代わりに、「脳」が動きやすい。

脳の電源がオン、になること、それ自体は
悪いことでもない、とは思うのですが、
そこで私が頼ってしまってきたのが、「言葉」でした。

ところが、昨日、仕事中、夕方、感じたことでしたが、
今、私は、「目」を開いている、そんな感じで、
ああ、私、今、言葉というのは、もう、
「通り抜けてしまっているなあ」と。

たとえ生じても、それを「溜めておこう」としない、
流れてきても、荒い目のざるのように、すぅーっと抜けてしまう、
言葉を引き留めておくような、遮断するものがない、
・・・これは、気持ちいいです。
逆に言うと、遮断癖を感じると、とても不快。

「目」を開く、と、もちろん、ここで「目」を開く、
というのは、たとえなのですが、
でも、感情が開く、というのは、目を開く、結果、
遮断するものがない、それによって
脳が動き始め言葉が支配し始める、というようなことが起こらない、
そういう感じがします。

今日、そういう生活の仕方を昨日から続けながら、
また、踊りなどの動画を見て、また自分も踊り、
気づいたことがあります。

私は、実は、
「身体能力」は高いのではないか、ということでした。

先日も、私が今、一番したいこと、
これだけはしたい、と思うのは何か、
と突然問われたら、咄嗟に、「打身を弾きたい」と言うだろうな、
と思った。

言いたいことが、今、頭の中で整理がついていないので、
わかりにくい文章になってしまうかもしれませんが、
とにかく、身体、というのを、私は、
「今までも」とても重視していたんだなあ、と思ったんです。

これは発見で、私は、
自我復元をしてきたから、ないがしろにした身体を発見したのか、
と思っていたのですが、そうでないな、って思ったんです。

しかし、これは、半分あっていて、半分間違っています。

この身体、誰が支配していたのか?
という問題です。

今まで、これが、この支配者が、
「言葉」だったんです。

ところが、今、私は、ああ、そうです、
この通信始めてよかったなあ、と思ったのも、
これは、感情の信号の地図なんですね。
今、私は、こうやって文字、言葉を使って書いていますが、
誰が書いているか、というと、感情なんです。

この前、打身のレッスンでも、
「打身力は高い、だけれど、音楽力がついてきていない。
だから、音楽力をつけていけば、またぐんと、進んでいけると思う」
と先生がおっしゃったように、だからメトロノームを使い始めたわけですが、
そのメトロノーム、何か、といえば、「感情」なんです。

ここまでにしましょう。

また、後で、続きを書きたいと思っていますので、
続きもご覧いただけたらと思っております。

では、自主練に行ってきます!


・・


20:49、正味1時間30分くらいだったのですが、
自主練が終わったので、続きを・・・

で、何を書いていたか、ということですが、
あまりさっき書いたことにこだわらず、行こうかな、と。

メトロノームをつけながら、
「茶」の曲の最初の数秒を、1時間30分かけてやっておりました^^;

途中では、左手がワナワナ震えたりしたりして・・・

でも、思ったなあ。

まったく、新しい、体験なんです。

曲の出だしの数秒を、1時間30分没頭してしまうくらいに、
同じこの曲の練習をしていた今までとは
「世界が違う」んです。

全部が、新しい。

それは、何かと比較して「新しくなったなあ」とか、
ましては、あれはダメだったけど、これはよくなったとか、
そういうんじゃないんです。

まったく、新しい時間を
私は過ごしているんです。

メトロノームが鳴っている、
ただ、それだけ、なのに!

なんだろうなあ、、、これって。


・・・


実は、今書き始めたばかりなのに、
10分で中断、見たい生動画がありまして・・・

21:52、再開です。

その、今見たPCでの生放送なんですけれど、
初めて、生放送、というのを見ました。

先日、ブログにリンクさせていただいた
踊り手さんの生放送だったのですけれど、
内容、というより、初生放送に興味があって。

この頃、私もブログを書く時は
生放送のようなつもりで書いています。

書き直し、とか、できるけどしないようにして。

そうすると、真剣さが違うんですよ。

今も動画見ていて、こうやって毎日生きる、
その姿勢があるのとそうでないのとは、
生きている時間の感覚とか、居る場所の感覚とか、
見ている方向とか・・・そういうのが、違うんです。

それと同じ、とは言いませんが、
メトロノームを使っての練習、って似ています。

D先生がおっしゃったように、
「メトロノームは止まってくれない」
そう、その世界観なんですね。
その中は、妄想も介入できないのかもしれないです、ね。

今まで、こういう動画を見ても、
それは自慰の後の興ざめのようなもので、
「何やってたんだろう」っていうのが、今まではあったけれど、
これが、無い。

そう、こんな感じ。

「電車から降ろされた感」

が無いんです。自分の中で、これ、ぴったりくる。

さて、と。

話をこの記事の内容にしていきたい、と思うのですが。

そう、どんどん、流れていってしまって、
書いてきたことを、「思い出しながらどう」っていう感じにならないんです。

でも、滅茶苦茶か、というとそうでもなく、
私の中で、言いたいことが、たぶん、ずっと貫いているんです。

運動能力、身体能力がどうのって書いたけれど、
なんか、これ、ひっかかっているんだよね。

ん~、でも、これ、ほっとこう。

今、今感じていることは、
とりあえず、今私を支配しているのは、
感情なんです。

支配、というと言い方が悪いけれど、
そのメトロノームのスイッチをつけていて、
それに乗ろう、と思って乗っている。

それと、早速、行動したこととして、
11月に実際にその踊り手さんを生で見る機会をみつけたので、
生で見に行くことにしました。

それまで、「これを踊れるように絶対するぞ!」
というのを決めたので、これも、これから練習しよう、と。

文章で生放送、をやると、
こんな感じかしら?

ある意味、動画をとってアップするより、
タイムラグがない、感じで、いいな。
動画ももちろん一発撮りで編集なし、というやり方をしてきているけれど、
でも、アップする時は、時間が経っている、という点で、
なんか、ちょっと違う(なんか、って言っちゃうね)。

最後に、今、こう言いたいと思った。

「言葉」なんて、なんだろうな、
私にはもういらない!

今書いているのは、私が今まで「言葉」として知っている言葉じゃない。
むしろ、言葉をすり抜けさせる「ざる」のようなもの、
こういう行為、この記事、これらがざるのようなもので、
・・・もう、言葉とは、さようなら、です。

いつもね、ブログ書くと思うんだ。

書いてよかった、って。

ああ、これ書いたら、ここまで書いたら、
いつやめても悔いないな、って。

あ、そう、これ書こうかな。

足太ぺんたさん、という踊り手さんの動画を
前回思い切ってアップしてよかったなあ。
本当に、思った。

主任に似ている、って書いたでしょ。
今度、主任に会ったら、一緒に演奏会でも行きませんか?
ってお誘いしようって思っているんだ。
そのお手紙まで、もう、準備しちゃって。

それで、ここまで、やると、
変わってくるんだ。
今まで他人を見てきた目とは、変わってくる。

前にも書いたことがあるけれど、
性的な目線、これに困ったこともあったけれど、
恋愛観もそう、私は、今まで「自分が一番好き」じゃなかったんだよね。

でも、あらためて思ったのは、
私は、自分が一番、好きなの。

どんな綺麗な女性も、どんな魅力的な女性も、
絶対に、私が私自身を好きな気持ちには勝てないんだ。

それじゃあ、恋愛って何?

って思うと、私は、

「友だち」

かなって思ったんだ。

私はこれからたくさん友だちを作りたい。

主任とも、ガールフレンドになってほしいから、
そういう距離感で、接していきたいって思った。
もちろん、性的な関係を持つ持たない、ということが
友だちかそうでないかの基準ではない。

私は、ずっと他者は敵だったから。

その視点で「味方」というのは、
その人を支配することなんだよね。
世話役、というのは、いい人ぶっているけれど、
他者の人生を奪うことなんだ。

恋愛も、性的な問題も
私には、ずっと、そういうことだったから、
そういうことっていうのは、「奪う」ことが前提だったから、
すごくへんだけれど、私は、結局、こういう悩みをかかえていた。

「この人を奪っていいだろうか」

馬鹿な発想に聞こえるだろうけれど、
Pとの生活、というのは、
互いに奪い合っている依存関係だったのであり、
これが、私にとっての他者関係だった。

・・・今、そういえばどういう話をしていたのかな?
といって、スクロールしてみたのだけれど、
これは、生放送、ではできないことかな?
思い出せないのは思い出せない、ということになるのかな?

何の話してたかな・・・と思って。

「自分が一番好き」って話をしていた、のですね。

やっぱり、これ、少し書きたいね。

身体、今、どう思っているんだろう?
私の身体・・・

さっき、練習中に手が震えて、っていう話、書いたでしょ。

あれは、緊張とかじゃなくて、
生放送のようなドキドキの震えだったんだ。

気持ちいいなあって。

打身を始めた時、最初一ヶ月、
毎日2時間自主練を続け、練習ノートもたくさん書き、
必死にやったこと、あれはあれで楽しかった。

でも、今、あれとは違う楽しさを
感じている。

身体が喜んでいるんだ。

でも、あの時は・・・

ここが、上手く、さっきから言えない。

でも、私の身体はね、

きっと、

すごく、

「必死」だったんだって、

私は、今、そのことが、
この今日の記事で、一番、書きたいんだよね。

身体は、いつか、私が感情というメトロノームを取り戻す日を
一度も疑わなかったんだって。

40年以上、私は、この身体をないがしろにしてきてしまったんだけれど、
身体は、決して、私を見捨てたことがなかった。

これは、この頃、ずっと思っていることなんだけれど、
私は、実際そうなんだけれど、
歌のT先生もそう、前に会っている人なんだ。
私がこの頃思っているのは、私は、

「今までのものは、私は、捨てない」

ということなんだ。

この身体が、その最たるものだ。

身体能力、これを今まで培ってきたのは、
感情でなく、言葉だったろう。

毒に育てさせてしまった身体なんだ。

だけれど、私は、
この身体を、今ある身体能力を、
「反転」させてみせよう、と思っている。

殺したりは、絶対、しないって。

これと類似することとしては、
子どもとの関係もそう。
私は子どもと接するのが得意だ。

それをさせた、訓練させたのは、
毒だったといえば、毒だった。

でも、だから、ダメだ、とは、
私はしない。

D先生が言われる言葉に耳を傾けたい。

「打身力はある。ただ、音楽力がついてきていない」

これを、私は、信じているし、実感している。

言い換えると、こうだ。

「今まで培ってきたものは、全部、使え。一つも捨てたりするな。
ただ、主人が変わり、コーチが変わった。毒親からあなた自身に
主人がなり、コーチが感情になった。新ソフトは、言葉でなく感情。
そして、あなたは、今、一番自分が好きなことを知ったから、
他者、自分でない他に対して、心を開くことができるようになった、
だから、あなたをメトロノームと接し、その体験を楽しんでいる。
それを音楽に限定すれば、音楽を楽しむとは、その体験をしていくことなんだよ」

そう、先生は言われているように
私には思う。

私が今まで使っていた毒された「言葉」というツールは、
「他人を奪うため」に、あらゆる方法で使うことを
毒親によって訓練された。

でも、今、私は、
他人を奪ったりする必要がない。

私が私自身を一番大好きだからだ。

それは、あなた、他者にとっても同じこと、
あなたにとって、あなたはあなたが一番好きなんだ。

そんなの、当たり前のことなんだ。

今までの記憶が、
時々、こう、書いていても、
「一人よがり」なんじゃないかな、と頭によぎることがあるのだけれど、
それは、ざるから、すり抜けていけばいい。

私は、今、やっと、
他人に依存しながら生きていること、
これを、ただただ、・・・、ありがとう、って言いたいなって。

昨日、こんなことを思いました。

この話をして、今日の投稿は閉じようと思います。

踊りの動画を見てね、みんな6年、8年、もっと長く
地道に続けていてね、だから、人生がその人らしく開けていっているんだなあって
うらやましく思ったんだよね。同時に、うらやましい、というのは
「自分にはできないかな」とか「自分にもできるとか思っていた自分を見たくない」とか
そんな気持ちが生まれてしまうのを、感じたんだよね。

でも、そう、そう、これは
昨日じゃないんだけれど、
私も50歳になれば、踊りも音楽も7年とかやることになるわけだから、
これからだ、っていうふうにも思った。

で、話は昨夜に戻しまして、

でも、思ったのは、自我復元は、たった3年といえば3年かもしれないけど、
このブログもそう、やってきたことなんだよね。3年間。

そう思った時、会ったことはないけれど、
たくさんの自我復元者の方のこと、存在が、バァーと
広がっていくように感じたんだよね。

何十どころか、100人、200人、とかかな、
わからないけれど、今、諦めてしまった人もその中にいてもね、
それでも、私は、一人が欠けても、
私の自我復元はありえなかったんじゃないか、と思ったんだ。

自我復元は、その最中も、
また、終わりの方も、どこをとっても
生きるか死ぬか、というきわどい闘いであることは事実だけれど、
私は、自我復元に関して、こういう持論がある。

自我復元を始めた、ということ。

これが、実は、最も、
ハードルが高かったことだ、ということです。

もちろん、私も含め、
多くの方が、始めた時なんて、なんとなくこれなら、と
それこそAC人格が錯覚して始めただけだ、って
思う方も多いかもしれません。

でも、自我復元をやり通して、私は思っています。

自我復元を始めた、

このことは、決して、誰でも出来たことじゃない、と。
それは、自我復元に出会えたこと自体も
確率的に天文学的に低いかもしれないけれど、
そんなことよりも、

「私が、あなたが、始めたこと」

これが、どんなに奇跡的か、というほどに、
私には、このハードルの高さを感じています。

今はまだ後天性全自我は、3人、ということになっているけれど、
これまで、自我復元を始めた人は、今、諦めていた人もいても、
私は、終わっていない、と思っている。

始められたら、続ければいい。

ただ、始まらないものは、続けられもしない。

当たり前だけれど、

たいていは、「始まれない」。

でも、始めた人がたくさんいる。

続けるのは決して簡単ではないが、
不可能ではない。でも、始まらなければ、あなたは出会わなかったことになる。

私は、そうやって「始めた人」たちがいて、
一緒にやってきたんだ、と、すごく思うんだ。
仲間なんだって。一緒に、この荒野を戦った戦友なんだって。
昨日、夜、そのことを思った。

だから、一人事、じゃないんだよ。

このことを最後に書いて、
今日の投稿を閉じたいと思います。

また、書くからね!


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.19
愛美(あび)

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by jh-no-no | 2016-09-19 23:07 | 愛美通信☆メトロノート

意志を行使する者-自我復元後日記[088]

生と死を超えて、なお、それでも闘い、
生き切る存在って何か、といえば、
「意志を行使する者」だ、と思った。

以前、口中香というのは、
反逆の生き方だ、と私が感じたことを書いたことがあるが、
同じことで、さっき、リズムをとりながら、いろいろなことを感じた。

拍を打ってみる様子などは、
あとで動画を撮って掲載したいと思うが、
その前に、書いてみたいと思う。

今回から、愛美通信☆メトロノートを綴っていきたいと思うが、
(前の投稿は、序章として)、まず、私が今日感じたことは、その
「メトロノームを培う」というのは、何も、今から新しく始めることではない、
ということ。

これは、私自身が今日、気づいたことなのだけれど、
私は、自我復元を始めたその時から、正確な言い方をすれば、
「自我復元をやろう」と決めて、結果、続けた、その最初に決めた時から、
メトロノームは動き続けてきた、ということ。

前回の投稿でも、このへんは、なかなか上手く言いにくいところではあったけれど、
メトロノーム、というのは、自分の、だとか、他人の、だとか、
そういうはっきりとした区別では考えにくいし、決めつけるようなものでもない。

たとえば、自我復元は、私だけの力でやり続けられてきたか、といえば、
Noだ。自我復元の医師である崩残さんがいたからであり、また、
共に掘り続けてきた自我復元者たちがいたからであり、
また、私に切羽詰まった状況が3年間、絶えず、訪れたからであり、
これらが、止まることを許さないメトロノームとして、
そう、もう一つ、この自我復元ブログもそう、これらが決して止まらないメトロノーム
だったからこそ、私はそれに必死にしがみつき、掘り続け、ゾンビ状態に苦しみながらも、
AC人格と闘い抜くことができた。

しかし、これらのメトロノームから目をそらすこともできる。

それこそ、自由にやめることができる。

やめるのがいい悪いの問題ではなく、
ここにこそ、意志の行使、というのがあった。

身近な音楽の例でいえば
「メトロノームを使ってごらん」というアドバイスを無視することもできるし、
やってみる、そう選択することもできる。
それは、いい悪いの問題ではなく、私の意志次第なのだ。

話を戻すと、今回から本格的にスタートしたこのメトロノートも、
新しい試みであると同時に、このブログを書き始めた最初から
実は、ずっと、続いているものである、ということ。

ですので、ぜひ、これまで読んできてくださった読者の方、
300近くの記事を読んでくださった皆さん、それは膨大な量、
皆さんのお時間をいただいての私の自我復元だったわけですが、
ぜひ、これからも、愛美という他人の話、ではなく、
この愛美通信のコンセプト通り、感じ合いながら、
自我復元の先を切り開いていきたい、と思っています。

というのも、これは使命感でも何でもなく、
全自我になってからが、また、すごく大変だからです。
ただ、これは「待ちに待った、やったるで大変さ」です。
言い換えると、麻痺しない神経が、全身全霊で、世界の事実に向き合う楽しみです。

勢いでまず書くのはこのあたりにしまして、
今日、拍とりの自主練でやってみたこと、
今から、動画を撮ってきますね。

音楽の話が中心になりますが、
音楽に興味のない方も、日常生活や仕事の場面で
何か役にたつ部分があるかもしれませんので、
よかったら、ご覧ください。

動画をとる前からあまり多く話したくはないのですが、
日常生活、仕事、すべて、そこには、「運動」があります。
身体運動は、わずかでも、そこにあります。
私の仕事なんて、畳一畳に7時間近く拘束されているようなものですが、
それは、取り組みようによっては、踊りの舞台であり、
7時間、お金をいただいて人前で踊れるわけですから、
それは、もっとその踊りを楽しむ工夫をしていきたいわけですね。

それは誰にでも、そういう日常はありますから、
ぜひ、何か工夫のヒントにしてみてください。

では、撮ってきますね~


・・・ ・・・ ・・・


また8分程度の動画ですが、
「ワカメ、コンブ、タコ!」をご覧いただき、
ブログを読んでいただけたらと思います。





もうちょっと、1分くらい撮影していたのですが、
いつの間にか、切れてました。。。

撮りたい部分は撮れたので、よし、としまして、
そこで、今朝、これだけのリズム運動ですが、
感じたことを、書きたい、と思います。

真鍮の棒はわりと重くて、
スナップがきくので、運動の様子を体感しやすかったという点で
面白かったです。

その前には、手で普通に床に叩いてやっていたのですが、
真鍮を使うことで、太鼓を叩くイメージが持てます。
まさに打身の「打」のイメージです。

まず、感じたことは、
頭に鳴っていた(意識していた)メトロノームとはいえ、
それがあるだけで、楽しいなあ、と思ったことでした。

では、無いと楽しくないのか?という話ですが、
好き勝手にリズムに乗って、動画のようにスナップもきかせてやれば
「楽しい、といえば楽しい」のですが・・・

ふと、やっていて、この違いに気づきました。

飽きる、という現象について、です。

楽しい、気持ち、これは「快」の感覚ですけれども、
これは、この感覚とやらに舵を任せると、
感覚というのは、褪せていくし、時間が経てば、
またやる気がでたり、と、不安定なものです。

ですので、「あっ、楽しい!」と思っても、
次には、こういう思考が生じてきます。

「なんでこんなことして(続けて)いるんだろう・・・」

ああ、これが、「飽きる」ということなんだなあ、と思いました。

それでやめるわけです。

そこでやめずに、「続けるのがいいんだ、続けるべきだ」とやっても、
飽きてしまっている、のが本音ですから、続けてはいるけれど、
つまらない、というのが本心です。

ところが・・・です。

メトロノームを使う、それを「止めない」でやり続けると、
「飽きない」のです。

理由は明白でした。

メトロノームを止めないのは、誰か?というと、
私だからです。この快の感覚を続けてみたい、快をもっと追及したい、
その思いが、メトロノームを止めません。

自分で、やっているわけです。

ところが、快の感覚それ自体に舵を丸投げしてしまう、
というのは、自分が舵をとることを放棄してしまうことで、
感覚が褪せればつまらなくなる。

ところが、その快の感覚にインパクトがあると、
「あの快はいいんだ、正しいんだ」としがみつきたくなり、
褪せてもなお、いいからやるんだ、と思いこみます。
もう、そこにリアリティーがないのに、妄信するわけです。

これが、くだらない格言となり、
本心は飽きているわけですから、次の刺激、次の格言へと
落ち着かずに渡り歩く、そうして、格言野郎になる、というわけ。

メトロノームを使う、というのは、
快を続けていこう、とする意志に他なりません。

口中香もそうでしたが、
快を続けていこう、とする意志が、
それをさせます。

これを「束縛」や「面倒」と感じることは
とてもおかしなことです。
というのは、誰も、やれ、とは命令していないわけです。
ただし、それを命令してきたのが、毒親だったから、
その、誰もやれと言っているわけでもないのに、
やらねば、とか思っていまい、束縛だ、面倒だ、となってきました。

メトロノームは、

自分が止めたい時に止めればいい、

それだけなのです。

「飽きたからやめる」

というのは、快の感覚に自分の舵を丸投げするから
そういうことになる。

自分の意志を行使する、というのは、
自分がやりたいときに、メトロノームのスイッチをつけ、
自分がやめようと思ったときに、メトロノームのスイッチを消す、
ただ、それだけです。

メトロノームに依存しながらも、
メトロノームとの出会いと別れは、
私個人が、そのタイミングを決めることです。

ここに、素敵な形での「集中」が生まれるのだと思います。

集中する、熱中する、私はそれが好きです。

しかし、ずっと私は、
「そんなのは」という思いが影をさし、
歌もそうですが、あの時期のあの環境でなくても、
私は、続けることはできなかったと思います。

歌の楽しさは、完全に、感覚に私は依存していました。

だから、一時期、その歌にそれこそ「ハマっても」
飽きたらつまらなくなる。

そうやって、私は何を失ったか?ということを今日考えたら、
快の感覚それ自体を、くだらないものにしてしまう、
信頼に足りない、どうせそんなものは・・・というものにしてしまったことです。

快を追求できない、というのは
その意味で、私は、病気の証拠だと思いました。

楽しい感覚は、楽しさが保証してくれるのではなく、
私が楽しさを求めるから、楽しさ、気持ちよさは、続いていける。
そこに、自動性というのは、一切、ありません。
完全に手動的であることが、唯一、快の追求の精神を腐らせないものだと感じました。

それは、

熱中したり、集中したり、夢中になったり・・・
そう、子どもはいつもそうであるように、
その好奇心の芽をつぶさないために、子どもが育み続けるのが、
「工夫をしよう」という精神だと思います。

私はそういうふうにして、生きる人が大好きです。

私は、仕事中も、自分がぼぅっとしてしまっている時、
はきはきと受け答えをする人に出会うと、はっと目が覚めます。
何をぼけっとしてしまっているんだろう、自分は!と。

こう思います。

「飽きる」からどうのこうの、というくらいなら、
生命体験など、選ばなければいい、と。

いや、本当はそれが、この宇宙の生命体験の標準かもしれません。

だけれど、私たちって、生命である以前に、意志あるものでしょ、って
私は思いました。

それが、文頭にも書きましたし、
以前にもブログでそのことに触れましたが、
生き死にを超えて、なおも、私たちが生き切るのは、なぜか?
という自問に答えるものだと思います。

飽きる、というのが、自然の摂理なら、
それに反逆し、楽しみ続けよう、という精神を死守しないのなら、
生命体験は、家畜同然です。

自身が意志を行使する者であるのなら、
そして生命体験を選ぶのなら、飽くなき快の追求のために
工夫に工夫をこらす・・・それこそ、子どもの時に持っている精神だと思いますが、
その精神を持ち続けたいと思いました。

さて、まったく話は変わりますが、
最近になって、この人好きだなあ、という踊り手さんがいますので、
その動画をリンクしたいと思います。

個人的なことですが、ブログにも何度か出てきた
「主任」に似ています・・・メイクも。

でも、何より似ているのが、
まじめなところです。一生懸命なところ、その姿が大好きです。

実は、今日、このブログを書きながら、
これをアップしようか、迷っていました。

馬鹿じゃないの、と思われる、というよりも、
私自身が、一時的な好きな感情に左右されている、と
決めつけていたためです。

でも、そんなことが、ダメなんです。

一時的な感情に左右されているんだ、なんて
簡単に認めちゃダメなんです。

誰に馬鹿にされようが、自分が好きだ、と思ったら
簡単に手放してはいけない。
手放すのなら、真剣に、これでもか、と好きを貫いて、
分かれると決めればいい。

没頭できない、というのも、病気です。

私は昨日思ったことがあります。

昨日、というか、今日ですが、
前回の投稿を自分で「よく書いたな」と思いました。

自我復元ブログを書く、というのは
とても勇気がいることです。
ゾンビである自分をさらけ出す、自我復元中は
私にとってそういうものでした。

しかし、さらけ出しているのは、
同時に、勇敢な姿です。私の中で息づいている己です。

今でも、同じです。
ゾンビ、とは違いますが、
全自我になっても、壁はつねにあります。

その意味では、前回の投稿を書くのは、
正直、それまで以上に、ハードルが高かった。

なんといっても、何もよりかかるもの、
これがいいのか悪いのか、どう判断していいのか、
何の根拠もなかった。ただ、事実として、
私は今、こう思った、思ったりしている、
それしかなく、それしかないで文章を書く、
こういう通信を書きます、と告知することは、
崖から飛び降りるようなものでした。

次にリンクさせていただく動画もそうです。

正直、今の今まで、私は揺れていました。

揺れるのはいいんですが、リンクするのはやめよう、って。
でも、なぜ、やめるのって?

馬鹿にされるから?

一時の気の迷いだから?

馬鹿にされても、気の迷いでも、

ねえ・・・それが、生命体験でしょーが!

って、「しがみつく」くらいの根性を持てよ。

私はもっと、しがみつきたい。

世の中にはたくさんのメトロノームがある。

工夫のしようは無数にある。

私はこれを決してくだらない、とは言わない。

これから出会う子どもたちにも、
あなたのやっていることはくだらない、とは
口がさけても、言わず、思いたくない、
そう思います。

それでは、今、私が好きな人、踊り手さんを
ご紹介しますね!






◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.17
愛美(あび)

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by jh-no-no | 2016-09-17 15:53 | 愛美通信☆メトロノート

愛美通信☆メトロノート、スタートします!-自我復元後日記[087]

今回の投稿から、
カテゴリー名を「愛美通信☆メトロノート」として、
記事を書いていこうと思います。

正直な気持ち、すごく不安です・・・。

今、毎日、新しいことをやっているのですが、
怖いんですね。

でも、一方で、
すごく、ワクワクしていて・・・。

愛美(あび)という名前に、
私自身がまだ慣れなくて、戸惑いの日々だったんですけど、
今は、こんなふうに思っていますので、
読者の方に、伝えたいと思います。

愛の「あ」は、「あなた」の「あ」、
そして、美は、独り(ひとり)の「ひ」に、濁点(゛)がついて「び」、
濁点は、音を意味します。ですので、
「び」は、「私(=独り)の音」ということで、
それは、産声、おぎゃー、という声だと思っています。

あなたも、もちろん、「一人の私」ですから、
あなたの産声、あなたのおぎゃー、でもあります。

愛という星、それはあなたという☆、
美という星、それは私という☆、
それが瞬き合いながら、「見えない信号」を伝え合います。
だから、「通信」です。

見えない信号は、私やあなたの産声や子どもの声、
そういうものかもしれません。

メトロノートは、
メトロノーム+ノート、で
「メトロノート」。

私が今、一番、思っていることは、

「自分の中に、メトロノームを培っていきたい」

ということです。

今日、打身の練習をしました。
早速、メトロノームを使って。

・・・ぜんぜん、できませんでした。

リズムが、こんなにもブレているとは
今まで気づきもしなかった・・・唖然。

自主練を終えて、実は、今日、
歌の初レッスンでした。
今のところ、月2回が個人レッスン、
月2回がグループレッスンを予定していますが、
今日は、グループレッスンでした。

レッスンを終えて、これからお世話になる先生に、
何を目指していきたいのか、それをお伝えしました。

「リズム、スイング、そういうものを培っていきたいです」

何度も言いますが、
私は、今、怖い気持ちでいっぱいです。

すごく無防備感があるんです。

だけれど、ここ数日、
必死にしがみついている。

何に?

それは、メトロノーム、なんです。

機器としてのそれではなく、
自分の中に、自分のまわりに鳴る「メトロノーム」です。

私には、今まで、
「メトロノーム」というもの自体がありませんでした。

今日の短い時間でしたが、打身の自主練を終えて感じたのは、
「私は、ずっと、一人だったんだ・・・」
ということでした。

監獄に、一人だった。

無音だった、といえます。

メトロノーム、というのは、
端的にいえば、「基準」です。
社会的な基準、という意味での基準です。

社会性には、さまざまなものがあると思います。

それは、何拍子などテンポにたくさんの種類があるように、
たくさんの基準があります。

私の今までの間違った認識は、
それが「束縛」だと思っていたことです。
自由とは、基準などに従わず、独自のルールを作ることだ、と。
当然、これは、AC人格の病理であり、毒親の思考そのものです。

愛される、という経験がないのです。

まわりは味方だ、という基本的な信頼感が欠けているのです。

メトロノーム、というのは、
「誰のために」あるのでしょうか?

音楽を志すときに、メトロノームを使え、と言われて、
「なんで束縛するんだ」と考えるでしょうか?
それはおかしいことです。

音楽をより楽しむために、
メトロノームはあります。

少しずつ、私は、これを今、
体験しています。

音楽を、踊りを通じて。

それが一番、わかりやすいです。

リズムを感じながら口ずさむだけでも
それは、ただ、音楽をその時の気分で歌うよりも、
新しい体験になります。

そして、そのリズム、メトロノームは、
音楽や踊りだけでなく、
私にとっての「他者」というもの、
それは人でなくてもいいです、私以外のまわりの存在は、
多様なメトロノームのようなものです。

それを感じ、それを聴きます。

それはどこで鳴るでしょう?

私の「中」で鳴るんです。

それで、私は、一つのリズム、
ある一つのメトロノームの振幅、動き、息づかいを知ります。

私にとって、今、

「体験」

とは、そういうことになっています。

それにあわせて、私は何かをしてみよう、
そう、それは、ゆだねてみよう、という感じです。

私は、これをしたことがないから、
これが、怖いのだと思います。
書きながら、何が怖いのか、今、わかりました。
ゆだねるのが、怖いんです。

それは、ゆだねることが、
私は、ずっと、「許されなかった」
その監獄に、一人ぼっちで、ずっと委縮していたからです。
私の力みは、そこに由来します。

でも、今、私は、

ゆだねてみよう、

と思い、ちょっとずつですが、やっている最中です。

たくさんのメトロノームと出会いたいんです。

それは、心地よいリズムではないものもあると思います。

でも、それでも、心地よくないと感じたら、
それだって、私自身の体験じゃないですか?

前回の投稿を書いた時には、
「愛美のブログ」としてカテゴリー名を新たにしよう、
と思っていたのですが、愛美、というのは、
もっと「双方向」の営みのように感じたんです。

愛(あなた)と美(私)、
立場が変われば、愛(私)ですし、美はあなたです。

そういう、通信網、地図、
それは、星空のようなものです。
それが「愛美」というイメージにぴったりでした。

今日、その自主練でぜんぜんできなくても、
それは、がっかりすることではありませんでした。

メトロノームが教えてくれるんです。

もっとこっちだよ、って。

これは、今思いましたが、

「愛されている」

ことだと思います。

先日、ダンスのレッスンをお休みしたのですが、
体育館でのみんなでのダンスを思い出した時に、
私は、みんな、一人一人が、仲間のように思えました。
私の味方なんだって。

そんなふうに、考えたこともありませんでした。

その前提として、まわりは敵、というのが、かつてはありました。
それは、毒親が植えつけた毒です。
だから、自分一人の世界にこもり、メトロノーム(=社会、他者、基準)を馬鹿にし、
自分は特別だ、とAC人格を育ててしまった。

その前提が、まわりは敵、なのです。
だから、他者からどう思われるか、が気になり続ける。
これが、恐怖の原因になってきました。

私は、ここ数日、「メトロノーム」にしがみつきました。

なぜなら、それは決して、敵ではないからです。

今、私は、メトロノームに愛されています。

その「愛」というのを、初めて、受けています。

なのに、怖い、って思ったりして、
「何やってるんだ、自分!」って、それこそ、
怖がる自分にあきれつつ、なかなか、、、です。

私は、これからこのブログを書くにあたって、
これもここのところずっと思っていることがあります。

先ほども書いたことではありますが、
読者、ブログを読んでくださる方を感じながら、
私は書いていきたい、と思います。

今までは、とにかく、一人よがりでした。

これからも、このノートは私の中のメトロノームを培うための
私のノートですから、一人よがり、といえば、一人よがりです。

だけれど、今までとは違う一人よがりのブログにしていきたい。

ここにはつねに、愛(=あなた)がいます。
美(=私)だけでなく、だから、愛美であり、
これは、直接的で物理的なやり取りがなくても、見えなくても、
何らかの信号・・・そう、これが、感情の信号なのでしょう・・・で、
この通信を書いていきたい、そう思っています。

私が今、縮こまって怖がってしまうのも、
「やがて」笑顔に変わっていくはずです。

私は、じっと、それを、メトロノームを聴きながら感じながら
待とうと思います。

これは、愛され慣れていない、だけだからだと思うからです。
今、縮こまってしまうこの気持ちは、
決して、毒親が植えつける「恐怖心」ではありません。

ちょっと例えはよくないかもしれませんが、
飛びこみ台の上で、ちょっとビクビクしているだけです。

でも、飛びこみ台のその台も、その下の水も、
また、まわりで見ている観客も、履いている海水パンツも、
どれも、私が飛びこめるように、繕ってくれているもの達です。

見守られているのであって、
私の失敗をあざ笑うために、それらがあるのではありません。

私は、ひきこもりたくはありません。

メトロノームは、止まりません。

私は、それに乗っかってみよう、
毎日、それに挑戦しようとしています。

私は、今日、歌を始める、という新しいスタートをきりました。

実は、この歌の先生、T先生は、
初めて会った人ではありません。

2010年前後に、私はこの先生に
歌を習っていました。
メインの先生ではありませんでしたが、
一番楽しいレッスンでした。

2010年の5月からは、
私は、歌をやめて、内職を始めました。
まさに、AC人格が最大に猛威を振るう3年が始まります。
ブログに書いてきた通り、ここが私の墓場となる間際にいました。

2013年1月、私は、自我復元を始め、
その年の7月6日、このブログを書き始めました。
それからの3年は、生きるか死ぬかの苛烈な3年間でした。

2010年から2016年のこの6年、
前半と後半は、まったく、人生がひっくり返る、なんていうだけでは
言い表せないほどの、激動の6年、まさに激動でした。

久々に、同じ場所で同じ先生に会いました。

それは、とても静かな出会いでした。

面影は覚えていらっしゃるような・・・程度で、
これから、私は、T先生とも新しく関係を作っていく、
そういうふうに、静かに思えるひと時でした。

私は、もっと、出会いたい。

たくさんのメトロノームと、私は、ともに歌い、
ともに踊り・・・私の中の血を赤々とさせていきたい。

私の中のメトロノームを育むこと、
それは、他者と出会うこと、そう、そこからやろう。
仕事中も、最近、出会う一人一人のお客さんを
そのような思いで接しようとしています。

だから、このブログも、これからは、
読んでくださる方と感じ合いながら書いていきたいし、
ぜひ、何かを感じながら読んでいただけたらいいな、と、
そう思っています。

「愛美通信☆メトロノート」
9月17日、今日から、スタートします。

これまで読んでくださってきた方も、
これから読んでくださる方も、
どうぞよろしくお願い致します!

愛美


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.17
愛美(あび)

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by jh-no-no | 2016-09-17 00:53 | 愛美通信☆メトロノート

弔い、そして、メトロノーム-自我復元後日記[086]

今朝、私は起きて、
行ったことがある。

日記を開き、私は、
亡き母を弔った。

亡き母へ
さようなら、と。

自殺をした母に対しての弔いではなく、
この弔いは、おそらく、もっと「広い」意味があるだろう。

いや、それは、その「意味」は、
私が決めていくことだ。

この生だけでなく、
私は、母が、好きだった。

母を好きだったこと。

今朝、それでよかったのだ、と
清々しい気持ちだった。

そして、私は、
「愛美」という新しい名前で契約をした。

これが、今日の、今朝の
一部始終だった。

昨日の投稿でも話したように、
「母を好きだったこと」も含めて
「すべて」が終了になった。

私の母が、はたして毒親だったのか?
という問題は、今、その問題自体、
流れ去った。

夫であった「毒父」に屈服し、
母親として私を支配してきた、という意味では
完全に毒母であるが・・・それよりも、
母に対しては、この前の「歌」の件もそうだったが、
非常に、複雑な関係があった、と思う。

ただ、今日、その弔いを済ませた今日の今になって思うのは、
母との関係は、「終わらせねばならなかった」ものだった。

だから、私は、さようならを告げ、
弔ったのだ。

昨夜の夢を、書いてみたい。

前契約の最後の声、生身の身体、ということで
録画をしたこともあり、その晩の夢は、
今日一日、私をとても疲れさせた。

断片的であり、記憶もあやふやであるが、
覚えているところを、書いてみたい。

いくつかのシーンで、私は父といる。
大人の今の私、というよりは、
小学校高学年くらいの私のように思う。

あいかわらず、嫌な性格の野郎だったが、
非常に、ショッキングなシーンがあり、
それが印象に残っている。

そのシーンの前、私は、
「やめて」と叫んでいたように思う。

そして、そのシーンは、
父が、母の首から顎にかけてあたりに、
たばこの火を押し付けるシーンだった。

母は横を向いていて、私は、
父がたばこを押し付けているのを見ている。

母は、ぴくりとも動かず、
表情も変えず、苦痛を押し殺した。

父は、それを見て、
「ほぅ~」と、にやりとしながら、言う。
声もあげないんだあ~と、まったく、それは
拷問者だった。おぞましい気持ち悪いそいつは、
毒父そのものだった。

私は、しかし、そこにいながら、
何も言わなかった。
私には、もう、何もできない、と思っていたからだ。

しかたがない、と思っていた、ともいえる。

夢の話とそれてしまうが、
関係があるので、書いておきたいことがある。

昨日、私は、ふと、Pの最近の状況について思ったことがある。
P、というよりは、Pの毒母の猛毒ぶりについて、である。

私とPは、今、まだこの家に同居している。
私が思ったのは、どうして、Pの毒母は、
自分のところに引き取ろうとせず、自分の娘を「生殺し」にしているのか、と。

その理由は、今までも掘ってきたように、
墓守りのごとく、Pの父が残したこの家の「家守り」から
娘を決して自由にさせない狂人「Pの毒母」の仕業であるが、
そのことよりも、私が感じたことは、
「もし私が母親だったら、娘をこんなところからすぐにでも
実家に連れ出す」と思ったことだった。

しかし、その時、同時に思ったのは、
私は、Pの母親でもなく、もう、世話係でもない。
Pがどうなろうと、私は、もう、何もできない、と。

この感じと、夢の、その拷問を受けている母のシーンとが、
非常に似ていた。私が、「もう、何もできない」と思う点で
酷似していたのだ。

夢の話に戻ろう。

最後の覚えているのが、次のこのシーンだ。

川辺にいるようだ。

私が手前にいる。
というか、夢の主人公としてこのシーンを見て、参加している。

配置としては、斜め右前あたりか、正面か、わからないが、
父がいたようだ。

もう一人、いるようだった。

誰だかはわからない。

男か女か、といえば、男のように思う。

その川辺で何をしているのか、
というと、それがよくわからないのだが、
何か書いた紙を濡らしている、というか、流そうとしている。

私が、か、父が、かは、定かではないが、
「それ」を流すのを躊躇している時間が、あった。

だんだん、私は目が覚めていったのだろう、
そのあたりで。

夢と現実との境目あたりで、
私は、こう、感じていた。

母が好きな気持ち、
これが、躊躇をさせていたものだった、と思った。

それから、

「愛美」という名前だが、この名前は・・・
母の名前ではないだろうか・・・もしくは、母が知っている名前・・・

それはよくわからない。
あび、と読むかもわからず、あみ、や、えみ、かもしれず、
漢字の表記としての愛美であり、またそれは、
私がこの漢字の表記に持つイメージと一緒かどうかも定かではない。

ただ、「愛美」という名前が、
夢のそのシーンで無関係ではなかったようだった。

目が覚めて、しばらくしてからだろうか。

私は、母が好きだった、と思ったのは。

これは、表現が難しい。

毒母として掘ってきたプロセスの中での
「母が好きだった」とは違うからだ。

もっと「広い意味で」と最初に書いたのも、
この生だけの話ではなく、
どうも、私は母が好きだった、ということが
決まっていたことのように思うのだ。

しかし不思議にも、
私は、母が好きだったのだ、と理解したとたん、
前契約の消されるべき対象が、すべて、消え去った、かのように
清々しく、やはり、「愛美」という名前が意識された。

最初に書いたように、
これが一部始終だった。

・・・

2016.9.13 9:05

弔い
亡き母へ
さようなら
      愛美 9:07(2分)

・・・

このようにして、
日記で、弔いを行った。

今日は仕事中も、
その前も、夢のことが頭にこびりついていた。
この解釈に気がいってしまうのだ。
これが、とても、私を疲れさせた。

ただ、終始わかっていたのは、
解釈は重要ではないことだった。

進まなければならない・・・

しかし、私は、ふと解釈が気になった。

愛美、という名前は、
なんだったんだろうか・・・

あの場面は前の契約を破棄した場面なのではないか。
そして、愛美という名前で私は新しく契約をした、のでは?

あの別のもう一人の正体不明の男?は、契約の立会人か。

もう、私には何もできない、というふうに思ったあのシーンは、
私は、もう、世話係ではない、ということだろう・・・

しかし、問題は、解釈に気をとられていることそのことだった。
だって、重要なことは、弔いを終えた、ことだったことで、
それは、済んでいることなのに。

母を好きだったことすら、
そうでなくても、それもまた、
すべて流されていった今、どうでもいいことだった。

そして、愛美、という名前が何か、も
それもどうでもいいことだった。

重要なことは、愛美、と名前を変えた今日、
弔いは終わり、そして、今を生きている。
それだけが、今ここにある事実なのだ。

私が、なぜ、これをブログに書こう、としたか、
というと、やはり、そうだ、そういうことなのだ、
私は、一部始終を見なければならない。

それは、誰が決めたのか、といえば、
私一人で私が決めた、ということだからだ。

昨日書いた子猫のようにあれただろうか。

その子猫が「愛美」であるように、
私は、弔いの煙から抜け出て、元にいたこの勇ましさの象徴「愛美」に
私は、今、そう、今、戻ろうと必死なのだ。

でも、私は、そこから抜けている。

弔いの煙、など、もう、無い。

弔いは、終わったのだ。

そうなのだ。

私は、今日一日、不安だった。

これが愛美か?

書くこと。

それは、とても重要だ。

そうなのだ。

どんなに不安になろうと、
これが、愛美、という生の側面なのだ。

それは、生に満ちている。

それもわかっている。
心身がそれを感じ続けている。

でも、よく、書いた。

仕事中、終わりの1時間ほど、なぜか、
急に、気持ちが悪くなった。
頭痛が激しく、少し我慢していたが、
耐えきれない、と思い、リュックの中に、
市販の消炎症剤が残っていたりしないだろうか・・・と
ロッカーに向かい、探したら、一錠、見つけた。

私は飲んだが、30分しても
なかなか頭痛は和らがない。これは私には珍しいことだった。

頭痛だけでも苦しかったのに、
今度は吐き気が襲った。まずい、と思った。
死ぬことはない、とは思ったが、
身体の急変には少し焦った。

休憩室に1分でもいいから、と向かい、
横たわった。なんとか、立てそうだ・・・

無事に仕事は終了し、業務を終えた。

仕事の帰り道、まだ、今日一日のことが
ざわざわとし、気持ちも悪いし、で、
それでも、家につく。

話はまったく変わる。

私は、今日、仕事前に、
打身のレッスンがあった。

私の先生は、本当に厳しい。

私は、どうしてもミスタッチをしてしまうと
そこで、「弾きなおして」しまう。
反射的に弾きなおしてしまうのだ。

そう言うと、D先生は、
「それは最もよくない癖。音楽は止まらない。
間違っても、絶対に、音楽を止めてはいけない」と真剣な顔で叱る。

隣で一緒に伴奏してくれるのだが、
1時間、これは、実に苦しい。
私が間違っても、先生は、容赦なく弾き続ける。
私は必死に指を動かすが、どんどん、わからなくなり、
しまいには、滅茶苦茶になる。そこまで先生は生徒に弾かせるのだ。

しかし、それが、事実であり、
実力であり、課題がそこにあり・・・実は、楽しみがそこにある、
このことを「叱咤激励」まさにしながら、先生は指導してくれる。

「あれ、今日何時からだったっけ?
もう時間?1時間経った?」

と先生が言うので、私は、「はい、経ちました」と言うと、
「ほんと!ほんとだ、私が気づかないくらい、というのは
すごい集中力だね」と先生は言った。

私は、本当にここに来てよかった、と思う。

そして、先生は、これからの対策を指導してくれた。

「打身力と音楽力、というのがあってね、
打身力は高い。お世辞抜きに、上手い。でも、音楽力が追いついてきていない。
楽器経験が無かったりしているからだとは思うけれど、拍をしっかり意識する、
階名が常に頭に思い浮かんでいることは、打身力とは別に、必要な音楽力なのね。
ミスをしても、次から入れればいいわけだから。だけど、音楽力がないと、
ミスを弾き捨てて次に入ることができない。それで、本番は曲が止まる、という
一番やってはいけないことをしてしまうことになる」

そこで、先生は私に

「メトロノーム」

を買うように薦めた。

「メトロノームのいいところは、拍を刻むだけじゃなく、
止まってくれないこと。自分が好き勝手に練習すると、自分が止めたいときに
止めることもできるし、スピードも自由に速くしたり遅くしたりできる。
スピードが速い、というのも、最初の拍だけ合えば、なんだか弾けたように
錯覚してしまうから、遅いスピードで、しかし、止まらない練習がいい。
これが一番難しいし、誤魔化しがきかない。」

これは、合気道のおじいちゃん先生も、いつも同じことを言う。

「ゆっくりでいい。でも、止まらないこと」

私には、これはわかるようで、わからないことだった。

しかし、今日、私は身を持って体験したことで、
先生が何を言っているのか、私自身で発見したのだ。

私は、レッスンを終えて、先生にこう言っていた。

「私は、まだまだ、階名とも距離があるし、
音楽ともっとなじんでいかなければいけないと思います」と。

「そうだね。音楽力も伴えば、また一歩、ぐんと次に進めるから」
と先生は言われた。

二人は楽しそうだった。

それは、集中力の渦の中に、その興奮の中に二人は、まだ、いた。

私は初めてこういう体験をした。

「二人で盛り上がる」

というやつだ。

主従関係とか、世話し世話される、という関係でもなく、
そういう「何何関係」ではなく、きっとこれは、

「友」

というものだろう。

これは、今、こう思ったわけだけど、
そう、私は、こう思ったのだ。

「期待されている」のが、
私は、嬉しかった。すごく、ワクワクした。

それは、期待されている私、に酔っているのでも、
舞い上がっているのでもなく、
こうやって、私と出会えた他者が「期待をしている」という、
目の前の他者が、私といることを喜んでくれている、
このことが、私には嬉しくて、まったく初めての体験だったのだ。

そして、なぜ、D先生が、その期待のスイッチが入ったのかを
私は、強く、感じ取っていた。

それは、打身力があるから、ではない。

そうではなく、むしろ、私に欠けている「音楽力」、
これを私は身につけたい、ああ、それって、
階名ともっとなじんでいくこと、音楽の構造を知っていくこと、
ああ、音楽をそれは楽しむことなんだ、って!
そのことを、私が自覚し、発見し、その思いを思いっきり出して、
「そうだよ、そう。それが音楽だから」って、先生は一人の人間として
私とその場を「興奮し合えた=楽しかった」ことが、
期待、激励、を生んだんだ。

昨日は、ゆっくり寝よう、と思っていたけれど、
動画を撮りに行こう、と思いたったため、
睡眠不足だったので、レッスン後は疲れてしまい、
まずは、うどんを食べて、仕事前なのに、
職場の休憩室のソファーで40分ほど深く眠った。

そのせいか、仕事の休憩時間には元気になり、
たまたま職場前に楽器屋さんがあるので、
1時間の休憩中、メトロノームを見にいった。

昔からあるねじ回しの針が揺れるタイプは
家が傾いていたりするとまったく使えないことから、
電子式のメトロノームを買うことをアドバイスされた。
2000円くらいか、1000円くらいでもあると思うよ、と。
拍を打ってくれれば、まずはいいから、高性能なのはいらないよって。

ありがたいことに、4種類ほどの簡単なメトロノームのサンプルがあって、
2、30分、私は、それらを触りながら、比べることができた。

ネットでも買えると思っていたけれど、
現物を見れてよかったと思った。

それは2つの点においてである。

一つは、音量調整の幅である。
どのくらいまで音が大きくなるか、ということ。
これは、聴いてみなければわからないのだ。

もう一つは、電子音、とはいえ、
その「音」そのものだ。
これが、私には、最も重要に、聴きながら感じたのだ。

電子音だからだろうか?
これは、ずっと聴いているときついな、というのがあった。
逆に、これは、音が好きだ、というがあり、
結果的には、それを選んだ。
また、音の大きさは同じくらいだとしても、
「通りやすさ」というのも、音の質に関係していそうだった。

それらを勘案して、
私は「SEIKO DM71 DIGITAL METRONOME」
という片手で納まるカードサイズのものを買うことにした。
2700円なので、思っていたより高めだったけれど、
音が好きなメトロノームが、やっぱり、一番だったし、
拍の頭を打つ音の大きさも音のクリアさも、私の好みだった。


こんなメトロノームを買いました。





何でもアップロードしちゃってますが、
これ、今日、したかったんだよなぁー。

ピッ、ピッ、っていう音、
あと、この動画では上手く映らなかったけれど、
右上に、拍の頭の時には「赤いランプ」が点灯するんだ。

日記を書いていて思うことがある。

私は、日記を書くと、
このメトロノームを買ったこと、
音が好きなこと、「動画をアップしたよ!」と書くんだ。

だけれど、この記事の最初の「弔い」のことは、
あまり書く気がしない。
・・・でも、書くんだけどね。

私の手書きのその日記と、
ブログの日記も同じなんだ。

私は、やっぱり、こう結論するんだ。

私は、「メトロノーム」に勝ってほしい。

私は、今日、本当に、そう生きてきたんだ。

弔い、と、メトロノーム。

私は、全部を見るけれど、
私は、選ぶだろう。

メトロノーム、これにつまった一日と
私のこれからの思い。これを選ぶのだ。

動画にアップするのも、自分のためなんだ。

そう、

メトロノーム、

そして、たぶん、きっと、
これを読んでくださった読者の方にとっても、
弔いのことより、メトロノームが印象に残ったと思うんだ。

弔いは、大事なことだった。

だけれど、

私は、つねに、今は、「行為」する者だ。

解釈に、関心は、無い。

メトロノームは、先へ先へと進む。

先に進まない妄想、それがどんなにリアルに感じても、
先に進まない世界観の中、それは、
私がずっと40年以上、拘束されていた「監獄」、その中であるのなら、
私には、それは、どんな内容であれ、関心はない、ということ。

今日のブログは、ここをはっきりしたかった。

そのためだけに、ここまで書いてきた。

昨日の動画でも話したように、
私のまわりの光景はどんどん進んでいく。

まるで、メトロノームのように容赦なく。

でも、今日のレッスンでの出来事のように、
そのボロボロになるような失態の中でも、
それがメトロノームのスピードの世界にしがみつくのなら、
私は、新しい世界を生きるだろう。

でも、これは、これからのこと、でもあり、
何度も書くけれど、自我復元とは、
私は、一言、決して「止まらないこと」であり、
その一貫してやってきたことが入り口であり、
また出口であり、また次の世界の入り口であり、
つまり、これは、「私の生き方」なのだ。

今回で、「私の生き方」というカテゴリーを終了し、
新カテゴリー

「愛美のブログ」

として、書き続けていこう、そう思っています。

編みもののこととかも、
どんどん、書いていくからね!

そう、そう、

体調、よくなってきてるから、
読んでくださっている方、ご心配をおかけしました。

あれは何だったんだ、一体・・・

おなかもすいたし、よく寝て、
明日も頑張ろうと思います。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.14
愛美(あび)

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by jh-no-no | 2016-09-14 07:06 | 私の生き方

9月12日という日を終えて-自我復元後日記[085]

今日も動画をアップしたいと思います。

左が川になっていて、ランニングロードに座って撮ったのですが、
夜中ということもあって、真っ暗ですが、
撮り終えて聞いてみたら、秋の虫の声がちゃんと聞こえました。

「なんか」が口癖みたい・・・です(苦笑)
でも、ぜひ、このブログを今まで読んできてくださった方々に、
8分×2のお時間をいただきますが、ご覧いただけたら嬉しいなと思います。

早速ですが、「9月12日という日を終えて」というタイトルで、
動画も前半、後半、続けて、掲載させていただきます。








今日から、思い切って、
名前の表記を変えてみたいと思います。

「愛美」

漢字で、あび、をこのように書いて
このブログにもサインをしていこうと思います。

自我復元中は、Abyでした。

それから、リハビリの時期が、あびでした。

これからは、愛美、にしたいと思います。

戦ってきて、強く、思うことがあります。

生き切る、何が、それをさせるのか?

生も死も超えて、それでも、戦う魂があります。

この話をしましょう。

一昨日前のことでした。

私は、仕事の帰り道、2匹の子猫に出会いました。

私が自転車を止めて、様子を見ていると、
そのうちに1匹の子猫、それは、まだ生まれてそれほど経っていないと思います、
その子猫が、私の自転車に近づいてきます。

見ています。

それから、座りました。

また、起き上がり、自転車を中心に、時計回りの方向へ移動しました。

斜め後ろを見ると、そこにまた、座って、私を見ています。

もう1匹の子猫は、身体に虫がついたのか、
すばしっこく格闘しているように、元気に跳ね回っています。

それに目が奪われて、ふと、斜め後ろを見ると、
あれ、あの子猫は?

すると、今度は、さらに時計回りをして、
私の左斜め後ろにいました。

じっと見ています。

それは、緊張しているふうではなく、
一貫して好奇心を持って、見ているようでした。

それまで気づかなったのですが、
少し遠くに目をやると、駐車していた車の下にも子猫がいます。
それから、また別なところにもいました。

どうやら、囲まれているのは
私のようです。

きっと、親猫は遠くから、見ているのだと思いますが、
私に見えたのは、子猫たちだけです。

ぐるりと回ったその子猫に「じゃあ、帰るね」といって
私はさよならをしました。

次の日、そこを通ったのですが、
1匹も子猫はおらず、ちょっと残念だったのですが、
その時、昨夜の出来事を、私は思い出していました。

「勇敢さ」

について、私は、考えました。

私のまわりを時計回りにまわったその子猫は、
勇敢さに満ちていました。

子猫である、など感じさせない勇ましさでした。

もしも前世というのがあり、戦士だとしたら、
戦の先頭に立っていたでしょう。

子猫の群れから、一歩前に出たその一歩は、
半端でない一歩でした。

独り、じっと、見ています。
身体を時々動かし、座り、また起き上がり・・・

それは、好奇心旺盛で、自分が何を今体験しているか、
それだけに生命体験全部を投じていました。

自身の生に、全責任があることは
その子猫には、自明のことでした。

好奇心、それは、本当に素敵でした。

恐怖も楽しさも、体験すべてを
好奇心を持って、生きている姿は感動的でもありました。

一言でいえば、

「恐怖」を知らない、のです。

この子猫は、きっと、安心を親から与えられたのだと思います。
決して、親はこの子に「恐怖」など植えつけたりしなかった、と。

しかし、それこそが、
恐怖と真正面から対峙できる魂、尊厳なのです。

恐怖は、決して、植えつけたりされてはならなかった。

むしろ、それは、自分が選択した、見ようとした、
その生命体験で、戦士のごとく、対面し、体験する経験であったとしても、
決して、毒親が植え付けたりしてはならないことだ。

「愛美」

という姿は、生き切り戦い抜く生の名前だ。

その子猫も私には愛美であり、
私もまた、今、愛美を生きている。


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2016.09.13
愛美

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by jh-no-no | 2016-09-13 02:47 | 私の生き方

花の果物-自我復元後日記[084]

9/10 6:50 追記

同じ動画をアップしておりますが、
アカウントを変更しました。
動画のアドレスも変更になっております。

あび


・・・


ここ数日、蒸し暑いし、
体調もちょっと崩してしまったこともあり、
先日のイチジクを、冷凍にして、食べてみました。

今日はその写真をまずご紹介です。

d0331270_0125368.jpg

イチジクは、すぐに柔らかくなってしまうので、2つほど、
冷凍してみました。冷凍しても、美味しいんじゃないかな・・・と思って。

d0331270_0141627.jpg

水道水で洗うと、簡単に、皮が剥けていきます。

d0331270_0151547.jpg

この写真の前に、一つ目を食べた時、イチジクの真ん中に穴があったのですが、
今回は「あれ、ない?」と思って、お箸で少し、つっついてあけてみた。

d0331270_0171263.jpg

そこに、ワイルドフラワーのハチミツをたっぷりたらり。
冷凍のままで食べると、甘味が薄かったのと、かじったら穴が出てきたので
これを思いつきました。

d0331270_0184852.jpg

冷凍イチジクのハチミツがけ。美味しそうでしょ!
ハチミツが冷えてかたまり、穴のあいた中央に入ると、
まるで、おしゃれなスイーツ「花の果物」。

d0331270_0222526.jpg

有機イチジククランチをふりかけてみた。
全体にさらにハチミツをかけていく。

d0331270_0233974.jpg

花の紅茶とセットで、おやつタイム。名前はどうしようかな?
「花涼み」なんてどうかしら?

d0331270_0253165.jpg

イチジクのピンクがきれいです。
それにしても・・・あまっ!!ハチミツのかけすぎ?だったかな(笑)


さて。それと、今日は、動画をとってみました。

youtubeのチャンネルを持っていないので、
ちょっと、今から、作ってみようかな。

ちょっと、やってみますね。

https://youtu.be/IhTFKmaW6BM

これでいいのか?

・・・よくないね。そのまま表示されるだけみたい?



これかな?

昨日、「シャッフルダンス」っていうのがあるのを知って、
動画を見ながら、簡単なレクチャーもあったので、早速、やってみたところ。

言ってみたやってみた動画なので、
まず撮ってみたのを、↑ アップしてみますね。

↓ もうちょっと、下半身全体が映るようにとってみました。



踊ったら、今度は歌ってみよう、ということで・・・



もっと歌ってみよう、ということで・・・




今日は打身の練習に明け暮れていたのだけれど、
実は、こんなこともしていたなあ、と。

動画、音声に初チャレンジでした!


今日はここまで。


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2016.9.10
あび

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by jh-no-no | 2016-09-10 02:22 | 私の生き方

言葉と声-自我復元後日記[083]

昨日の夜からいろいろ歌をきいて、
また、歌ってみて、ああ、こうやって自分は歌いたいな、
と思ったことを、ちょっと、書いてみたい。

私は仕事中もそうだけれど、
子どもと話す時の自分の「声」が好きで、
今も歌っていて、そういう声で、歌うとよく感じる。

子どもに「ささやく」感じだけれど、
私としては、子どもと普通に話す声だ。

これ、仕事中も声優になったつもりで
これから、今日から、練習してみようかな。

これから教わりたい歌は、むしろ、
ジャズや洋楽、といった、それこそ
「スイング系」の歌だけれど、そういう歌も歌いたい。

踊りもそうだけれど、
合気道も居合もそう、
打身も、私にとって、すべて、「身体作り」なんだよね。

で、どうやって、作った身体から「出力するか」となると、
そこは、他人の真似じゃダメだな、って感じた。
ある曲を歌っていて、つねに、それ、その歌い方は、
その人固有のものであって、真似なんかできないって思ったんだ。

「子どもと話す声」

これでやってみよう、これが、私が好きな「はっきり」さを
持ち備えるようになれば、いい。そのための、身体作りだから、ね!

恋愛も、この声で、
というのは、自分の声で、正面から、勝負したいな!

そうそう、昨日、もう一人、女性の上司に主任と会ったことを
話そうとしたら、その前に、「なんで新店に行ったんですかー?」
と・・・すぐ、みんなに言うんだから。

なんでって、主任いるかなって、そうしたら、いた!
なんて話すと、その上司は、「相変わらず行動派だなあ」って言う。

そうなんだ、私は行動派なんだ、自覚なかったなあ。

・・・でも、昨日、今日、と、私はもっと「行動派」になりたい。

だって、やってみなきゃ、わからないじゃん!!!

・・・おっ、タイトルの「言葉」については書いてないな。

ひとつ今思ったのは、私の言葉と声は、足並みをそろえていける気がする。
そのためには、言葉を大好きになりたいし、それは日記も大好きになることだし、
歌も好きになることだし、行動派を正面から行くことだし・・・などなど、

こういうこと、よ。

書き言葉も、

声も、

私の言葉、

私の声、

もう一つ、これ、書いておこう。

昨日、「不器用でもいい」みたいなこと書いたけれど、
不器用を楽しみながら、私は不器用にならないように
「努力」するぞって。

今日書いた、声もそう。

踊りもそう。

できないのなら、出来るように練習しよう。

今の私は、それが、楽しい!

たくさん、出来るようになるんだから。



◆自我復元に関する資料◆

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2016.9.08
あび

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by jh-no-no | 2016-09-08 16:09 | 私の生き方