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私は、今、幸せだ。-自我復元後日記[065]

自我復元をしてきて、
そして、私にとっては、
その流れは留まることはなく流れ続けて、今に至っていて、
感じることは、

自我復元は、
「元に戻る」なんていう実感では決してなく、
マイナス100のゾンビだったのが、
0をコンパスの中心に、「100」に大逆転する実感であり、
実感とは、意志そのこと。

そして、尊厳は、
「元に戻りたい」この一心、
決して消えることを自分が許さなかった魂のこと。

私は今、すべての取り組みにおいて、
「100」を感じる敏感さを大事にしている。
そして、実際、私は、100を生きようと必死だ。

それは、本当に矛盾している。

今を私は生きている。
けれど、私は、今、死んでもいい、そういう生き方をしている。

全部が「今」に集中している。

未来も過去も、全部。

「0という元に戻っている」
というその実感では決してないのは、
私は今、その「0」に留まらず、
意思、意志、というピックで、岩山を登り続けているからだ。

私は、こう、生きたかった。

そして、今、実行している。

私は、今、幸せだ。

私はこれから打身の自主練をする。

 元気に、それは、大きく、力強く。

 はっきりと、それは、あくなき探求、明確さの追求。

 脱力、それは、委縮に敏感であり続け、私自身を知る試み。

私の「生きる」の定義だ。

それは、

「必ず、実現する」

意志のこと。

こうして、こうする、という明確なビジョン。

偶発性を私はたとえそれが何であれ、
求めない。

それは、「無い」からだ。

私が意志し、必然に、そう至ること。

これが、「100」の生き方。

このスイッチを「バチッ」と入れて、
8月を私は精一杯生きる。

2016.7.31
あび

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by jh-no-no | 2016-07-31 15:01 | 私の生き方

「反逆の生」をともにするこの「身体」-自我復元後日記[064]

私が次に生きる環境を選ぶとしたら、
この私の生き方、意思の行使、
私には、これは、

「反逆の生き方」

だと思っているのだが、

この反逆の生を「ともにする」のに
望ましい生命形態を選びたいと思っている。

自我復元で取り戻したのは、
2つある。

意思と身体だ。

それは、言い換えると、

楽しいという感情の取り戻しと、
身体の委縮に対する感度である。

職場で「どもる」という問題をずっと取り組んできて、
先日も、表面的にはどもっているようには思えないけれど、
本質的には、私は納得できない状態が続いた。

私は、この「どもる」という体験、ここでの「戦い」を経験し、
本当によかったと思っている。
昨日の日記にも書いたが、「どもる」のと「どもらない」のを選ぶとしたら、
私は、「どもる」のを選ぶ、と明確に思うほどに、
この「あがらった生き様」は、

 爽 快

であった。

この、とんでもなく「しんどい」継続にこそ、
私は、「私らしさ」を感じる。

といって、私は、この身体の委縮から解放され、
伸びやかに、元気に、大きく、力強く、喜んでいる身体が
大好きだ。

踊りが好きなように、打身の自主練が好きなように、
初身を振り下ろすのが好きなように、
私は、この地球に生まれてきたことの喜びは、
この「身体体験だ」と感じ始めている。

でも、そのことと、
「楽(ラク)」でありたい、という妄想とは別である。

私は、「楽(ラク)」でありたい、とは思わない。
「楽しく」ありたい、とは思う。

それは、しんどいか、そうでないか、
というどちらかの状態でもなければ、
それらを特定しようという病理でもない。

この身体が、
私の意思の行使のために、
「孤軍奮闘」してくれている。

それは、私が「望んだから」に違いないのだが、
それこそが、楽しかったのだ。

私は、この身体体験を、大事にしたい。
これから続くこの地球での生活で、
私は、この身体とともに、意思を行使していく。
意思の行使をともにしたこの人間の身体という生命形態の記憶を
余すところなく持ち帰り、私は、次の生命形態を選ぶつもりだ。

まさに、自我復元、という生き方を
私は、この地球でまっとうしていこうとしている。

2016.7.24
あび

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by jh-no-no | 2016-07-24 14:21 | 私の生き方

躍り出た!-自我復元後日記[063]

今日はダンスのレッスンの日。

ソロの部分、というのがあって、
今日はその人が休みだったため、
「誰か、前に出ちゃえ」みたいなノリ。

何回目かの時に、
みんなの視線が、私に。

そこで、私は、なんと、
「躍り出た」のだ。

もちろん、この前覚えたステップを数回しただけで、
最後に適当にくるっと回って、パッと手を広げておしまい。
時間にしたら、7、8秒だろう。

みんなも、私のキャラからして、
出ないだろう、と思っていたみたいで、
「出たぁ!」と驚きと期待のような声。

こういうの、

 楽しい ・・・ !

私のキャラって、
私がこうやって作っていこうと
私自身がしているから、結果、こうなったんだ。

私は、今、踊りを中心に、
練習にも参加している。

これでいい、って思っている。

器用に話せなくてもいい。

器用にコミュニケーションが今できなくてもいい。

これからはどうなるかわからない。

ただ、私は、自分のコミュニケーションを作っていくって、
自分で信じている。

最近、これは一連の取り組みではあるが、
先日強く思ったことがあった。

AC人格を掘ってきたことで、
私は、自分のAC人格を殺してきた。

しかし、AC人格の挙動、というのは、
実は、「AC人格が望む解釈をつねにしたがる癖」のことなのだ。

たとえそれが不快な解釈であっても、
AC人格の出番となりさえすればなんでもいい、
というのが、AC人格の動機として、つねにある。

変化、というのは、
突然にして、全部が変わる、なんてことはない。

むしろ、変化とは、
私が感じているのは、「わずかな芽」である。

わずかな芽、それ自体が変化なのだ。

それは、場違いに生えた芽、といえる。

それもそうだ。

AC人格という土壌一色だったところに、
「意思」が一粒、また、一粒と顔を出す。

それは、まるで場違いに感じる。

AC人格を掘る、というのは、
AC人格が好む解釈に敏感になる、ということでもあるから、
その「意思」一粒のまわりには、辺り一面、
AC人格の思考回路が渦巻いて見えることもある。

たとえば、先日も、職場で、Rさんがらみの妄想が働くとき、
明らかにそれは妄想だとは、今は、わかる。
あまりに鮮明に妄想だとわかる体験、といっていい。
それは、Rさんの頭の中でしか起こっていない出来事なのだ。
しかし、それはかつてはどういうことだったか、というと、
イコール、「私の中で起こっていたこと」と同じ出来事だったのだ。

今、私は、こういうことを、たとえばダンスの場で、
「ああ、上手くコミュニケーションができない」と思う時も
同じことを思うのだ。

私がそう思う時って、ではどういう時か?
というと、さっき考えてみたが、
「相手が、私にどう反応していいかわからない」
そういう状態を私が作ってしまうのを、私は怖がっている。

ところが、それは、半分あっていそうで、
半分、間違っているのだ。

まず、「今の私」は、怖がっていない。
上手く、器用には対応できないのは事実だけれど、
私は怖がってはいない。

こういう状態の時、
私は、相手の思考や態度から想像(妄想)して、
「AC人格が今までしてきた解釈を、<見て>しまう」
というだけのことが、起こっている。

実は、完全に、いまや、
「私とは切り離されたもの」を
私は、見ている、ということ。

だから、私は、
日々、「問答無用に切り捨てる」ということをしている。
正確には、「わざわざ拾うな」というほうが正しい。

わざわざ拾うな、というものが、
そこらじゅうにある「ように」
まだ私には思える時が多い。

しかし、それも、私は、
自分で「そう見えているだけだ」とわかる。

では、そこに何があるか、
というのが、つねに戻る所になるのだが、
それが、意思、わずかな芽、リアリティー、身体ということだ。

つまり、私は、コミュニケーションができなかったのではない。

器用だったか、といえば、そうじゃないかもしれないが、
そもそも、器用さなど、考えてみれば、誰にとっても重要であるはずがない。

私は今日、躍り出た。

それは、まさに、コミュニケーションの私の核、なのだ。

奇をてらったわけでもない。

私は、一番したいことをそこでしただけだ。

それが、言葉なのだ。

私はここになぜ来ているか、といえば、
みんなとしゃべりに来ているわけじゃない。

ダンスをしにきている。

踊りたくてきている。

中学一年生の女の子がいるのだが、
私はその子をいつも見ていたいと思う。

なぜなら、その子は、
踊りが好きだから。

踊りが好きで好きで、という思いが
顔に思いっきり出ている。

私はこの子と話をするのなら、
ダンスの話をしたい。

そういう思いがある。

これが、会に参加している私の意思の核にある。

正直、この子と話すのが一番、今は苦手だ。
それは私が器用でないから、で済ませてしまっていいことなのだ。
そんなことより、私は、この子と、いつか、時間がかかっても、
ダンスの話をお互いに夢中にしてみたい。

だから、今日のように、

「躍り出て」

それが、私の言葉になる、それは
私にとって、当然そうしようとしてしたことであり、
本当は、いつもそうしよう、そうしようと必死にやっていることなのだ。

これが、私のコミュニケーションを作っていく。

それは、器用なものになるかどうかはわからないし、
それに、私は関心はない。

だけれど、言えることは、
私だけの、私の語り方になるに決まっている。

仕事をしていて思ったが、
今の私の堂々と仕事をする姿が好きな人と
私はこれから出会っていくはずだ。

優しくていい人、ではなく、
明るく、はきはきとしていて、そこから生まれる笑顔を見ていたい人。
それは、私であり、他者である。同じことなんだ。

私は、今、毎日感じることは、
先に書いたように、「わずかな芽」の存在だ。

わずかな意思も拾い上げていこうとする姿勢が
わずかな芽を見逃さない。

「わずかな芽」とは、そういう意味だ。

今日、またメールのやり取りをしながら思ったことだが、
私は、今、確かに取り戻しつつあるのは、
「正常な探求心」だ。

「これは何だ?」

という、子どもなら本当はいつもその好奇心に満ちていていいはずの
その探求心だ。地球に生まれた赤ちゃんが、まず、やれること、やること、
やりたいこと、やっていいこと、これからもやっていって当然いいこと、
それが、探求。

打身の自主練は、つねに、探求だと思っている。

何が楽しいかといえば、

「こうしたら、こうなるよ!ああやってみたらどうだろう」

という、探求の連続、それが楽しいのだ。

今、私は日常生活レベルで、これを取り戻そうとしている。

些細なこと、些細な興味、関心、疑問、
これらを私は探求していきたい。

「時間がないから、とっととやれよ」

というのが一番、私のこの探求姿勢を殺ぐ。


「時間は、あるんだよ」


私が気づいたことだ。

毒親に言ってやりたいことだが、
それよりも、私は、この気づきとともに、
私は、この身体が、これから「長く生きる」と考える。

私は長生きをする。

50年史を書くとすれば、まずは、93才まで。

あと、50年、を考えると、
「今日、やらなきゃダメだ」なんてことは、
何一つない。

明日もやればいい。明後日もやればいい。

そういう「正常な」感覚が、
今、今日、自分がやったことを、
「自分の基準で」評価することができる。

それは、たとえどんな評価となっても、
評価している対象が、自身の意思、芽、という
「私以外の誰でもないもの」なのだから、
私はこれを拾っていこう、とつねに意識している。

それで、きっと、2つのことが
私はこの意識によって、新しい体験をしたのだと思う。

仕事で、明るく、はきはきして笑顔の私。

ダンスで、今日、踊り出たこと。

今、メールのやり取りも、3つ目の体験になる。
私が私の意思でやったことが体験となり、
また体験につながっていく。
これを、鎖のようにこれでもかこれでもか、とやる。

いつもやっている、いつもの姿勢をそのままやればいい。

私は、徹底的に、拾うものを拾うとしている。

「こんなもの」なんて、私は言わない。

なぜなら、私には、

「私の未来」

があるからだ。

今が、この私の未来を作っていっている。

2016.7.19
あび

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by jh-no-no | 2016-07-19 02:56 | 私の生き方

変わっていく様々-自我復元後日記[062]

「未来史ノート」と
「体作りノート」をつけ始め、
また、メールの続くやり取り、
また、仕事中の私という軸の取り方、
あと、性に対する感じ方、してみたい恋愛のこと、
そう、肝心な身体の状態。

いろいろなことが、
「変化」しているのを、肌、感覚で感じる。

まず、私の大きな実感は、
「私が思うように、やってみればいい」
ということだ。

私が感じたように、「やってみる」。

この「当然の権利」を、今、こういった様々なチャレンジの中で
実感している。

それしかないし、
そこに「他人の目」という「評価」や「判断」を
交える必要は無い。

自己否定反応を容赦なく、切り捨て続けていく訓練が
ようやく、この行動を日常化しつつある。

私、自分、が生きる、というのは、
こういうことなんだって。

そして、私はここにやはり戻るのは、
どんな楽しみ、苦しみも、
それは、「私の意思」という、どこにも偶発性のない、
主動的、能動的な意志と行為によって、
作られ、選ばれ、経験され、イメージされ、また経験され・・・
ということになっていて、これらの基盤、踏ん張りとなっているのは、

「自分の意志」

という、100%能動的な主体性であり、
だからこそ、ここに「徹底的な姿勢」が当然生まれる。

私自身の生だ、という自覚、と同じだ。

それは、究極的には、
ここに私の体がある、ということに
私の場合、つながっていく。

それは、妄想というリアリティーのないものが
いられない地点だ。

ここは、いつもゾクゾクするほど、
その輝き方に身震いする。

「私は生きた」

と実感し続ける、一点だ。

さて、話は変わるけれど、

今、「体作りノート」スタートだが、
まず、書いておきたいと思うのは、
「中心の技法」が味覚を治していく、ということだ。

味覚、舌の状態は、
私の身体の状態を表す信号になっている。
この4ヵ月で、それは確かなことだ。

中心の技法が身体の状態に影響を与えること、
これは、以前からも感じていたことで、
ブログにも書いた記憶がある。

内臓、とくに私の場合、胃のほうに意識を落とさないこと、
これが、味覚を悪化させないことにつながっているようだ。

いつも思うことは、「昔の人格の位置にいると、死ぬ」ということだろう。
そう思っている。とくに落ちやすいのが、食後と睡眠から覚めた後だ。
今、とくに、食事前後と睡眠前後、ここで中心の技法をしっかり行うことを
意識している。今日も、やっていこう。

性について思ったこと。

今、私が異性に対して「好きだ」「素敵だ」と思うことというのは、
必ずそこに、「私が何かしている」ビジョンがある。
つまり、相手からただ「何かを受けている」状態やイメージ(妄想)は、
もう、私は、「好んでいない」ということなのだ。

自慰をしたい、と思う時、
かつて、性欲をそそるのは、ずっと、その後者のイメージだった。
簡単にいえば、「お互い楽しんでいるビジョン」が欠片もないのだ。
ただ、してもらう。あるいは、相手が可愛いと「私が一方的にただ思う」。
それは、結局、「その人に尽くしたい」という世話根性にもつながるものだ。

一言でいえば、これが依存なのだろう。

ただ、私は、今、依存の人生を歩きたいのではないことが
明確になっている。これはわかる。

昨日仕事をしていても、
私は、とんでもなく「元気」だった。

その「元気」の要素というのは、
「明るさ」と「笑顔」なのだ。
これは、まったく、能動的かつ主体的で、
客商売でありながら、100%お客さんを無視している、
という感覚でもある。語弊があるかもしれないが、事実、そうなのだ。

ところが不思議に、お客さんというのは、
そういう「私」が魅力的に見える。

それは、私が魅力的、というより、
誰もが、「好き」なものなのだ。
能動的で主体的な明るさや笑顔が。
もちろん、嫌な顔をする人もいる。
でも、それは、その人の個人的な理由(妄想)の現れなので、
私がそれに巻き込まれる必要は、Rさんとの関係で調べ尽くしたように、
まったく無く、AC人格の戯言を一秒たりとも、きく必要は無い。

この状態は、
私とお客さんとのその一体の場が、
「魅力」という性質に包まれている。
それが、「体験」そのものがある、というものであり、
正直、自分も他人もそこにはない。

これが、

「自分を大事にしないのに、
他人を大事にできるはずがない」

ということの真意だと思った。

自他の区別などを越えて、
体験というのは、燦然とそこにある。
輝いていて、それを体験するのは、それは「し合う」という楽しみだ。

メールのやり取りも続いていて、
さらに興味深い進展になっているのだが、
それは、そこに、「し合う」というお互いが「血を見せ合う」ような
生き生きしたもの、といっても、それはすごく普通なこと、
ただ、自分が関心があることを、赤裸々に、思い、感じ、語っているだけなのだが、
こういうリアリティーのあるところからの体験というものが、
私にはずっとない人生を送ってきたのが、よく、わかる。

性、というか、恋愛についても、
前に「すごく素敵な人」の記事を書いたけれど、
今も、たとえばダンスの動画を見るとき、
「恋したい人」というのが、わかるようになった。

セックスしたい、というか、まず、恋愛したい。

「し合いたい」のだ。

そこに、「私を見る」からなのだ。
自他の区別なく、私がいる。あなたがいる。
それは同じ出来事なのだ。

どういう意味で同じか、といえば、
そこに「生き生きとして血が流れていること」を
経験していること。その経験の「中に」いること。

共有している、とか、一体となっている、
というのも、表現としてはありかもしれないが、
そんな冷めた体験ではなく、矛盾するようにきこえても
それは、徹底して「個」として孤立し、それで充足した体験である。

こんなことを思ったのは、
先日、仕事中、よく来るお客さんで「可愛らしい」女性がいる。
小柄で、ボブの髪形で、暗い感じなのだが、はにかむように笑うと可愛い。
もの静かで、なんか抱き寄せたくなる、そんな女性。

その人を思って、自慰をしてみた。

その後、また、その人を仕事中に見た。

わかったことがある。

私はこの人にたとえ告白されても付き合わない、と思った。

私は、本当は好きじゃないのだ。

先に書いた理由によるのだが、
そこに「私が何かをしている」という能動的な生き様がイメージできないのだ。
ただ、可愛らしい、という感覚だけに溺れている。
それが、今まで、私の性欲を解消するものだった。

でも、私は、今、どういうセックスを本当はしたいか、といえば、
「好きな人」としたいのだ。好きな人と恋愛したい。
それは、「私自身が大好きだ」というのが、そこに燦然とある、ということなのだ。

その、私の「血」がない場合、
やはり、私は、こういう自慰はしたくないな、と思った。

さて、今日の投稿の最後になるが、
やはり、私の関心は、「踊り」にある。

未来史ノートも、体作りノートも、
まず、書き始めは、「踊りたい、踊る体にしたい」という
同じ目的から始まる。

仕事、それにしても、楽しい。

今の仕事、いや、私はどんな仕事をしても、
この楽しさを感じて、仕事をする。
そのように仕事をしたいからだ。

明るく、笑っている。

私の自分の今、未来の自分自身のビジョンは、
明るくて、笑ってる自分だ。

「血」

が内にとどまらず、外に流れ溢れでていく。

それが、他人にも届き、私を中心に私の世界を作っていく。

これが、ビジョン、未来のビジョンだ。

今、まだ、子どもたちと関わる仕事を始めていないけれど、
私は、昨日、こうでありたい、というビジョンを持った。

「合いたい」

なんでも、そう、「し合いたい」。

「笑い合いたい」「楽しみ合いたい」
明るくて、楽しい時間を、私はそこで過ごしたい。

大事なことは、それは、私が「作る」ということ。
そうなればいいな、という希望ではなく、
「私が作る世界」が、それを実現させていく。

私はもう子どもたちと接することを
恐れない。

子どもたちを、私はもう、悪用しない。

それどころか、私は、

子どもたちだからこそ、

あの素晴らしく明るく、
底抜けの笑顔を、
私も、あなたも、みんなで体験し合う、
そういうことができるはずだって思うから、

だから、

私は、

そこに、躊躇せず、入っていこう、

そう、決心した。


2016.7.17
あび

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by jh-no-no | 2016-07-17 16:18 | 私の生き方

本気に書き変える関門-自我復元後日記[061]

2月末に大きく体調を崩す前、
私はやろうと思っていたことがあった。

その直後、あの大風邪を患い、
今になってしまったが、先日、行動に移し、
その件で、今日、その方とメールのやり取りをさせていただいた。

目が覚めた。

まるで崩残さんとメールのやり取りをさせていただいた時のように、
それは、一歩も引くことのない、
「血と血が流れ合う」メールのやり取りだった。

目が覚めた・・・

いや、それはまったく必然的な出来事だった。

メールのやり取りをしながら、
私はメールを打ち、
「魂がわずかも死んでいない」ことを実感し、
嬉しくも、それは、当然であり、当然であって当然のことだった。

7月に入って、私の体調は悪化し、
今日などは、仕事が休みであったが、
食事すらしんどくて、なんとか食べられそうなものの買い物をしたものの、
なんだろう、これは、というくらい、
「無理が一切、きかない」という感じだった。

ただ、ここに、一切、悲観的な要素はなかった。

それは、今日に限らず、ずっと、無い。

むしろ、日に日に、輝いている何かがある。
何だかわからないが、何かが前進し、変化していっている。
それは、輝いている何かなのだ。

それは何かなど知る必要もなく、
この身体とともに現存している何かのように感じる。

ブログにもその様子は書いてきたが、
私が今やり続けているのは、
「自己否定反応に対する、問答無用の切り捨て」だ。

そして、つねに、残るに残るのが、
唯一のリアリティー、この「身体」だ。

しかし、今回、メールのやり取りを経て、
(まだ途中であり、続いていく可能性が高いが)
この、「一歩も引かない生き方」を共有できたことで、
自分の身体に対する認識を改めた。

「あび、身体を治せ」

ではない。

治す、のではない。

治す、とは、悪い状態を元に戻せば満足、
という意味だ。

違う。私がやろうとしているのは、

「自我全開で生きるための身体、
これから私がやりたいことを全力でやり、
やりたくないことも全力でやらないための、
その<新しい目的>のために、
この身体を<作り変える>こと」

なのだ。

それをはっきり思い出したのは、
メールのやり取りで、血が流れ合うという、
まさに、自我全開で生きる当然の生き方の正面衝突で、
私は、まったく、自分の魂が完全に生き切っていることを痛感したからだ。

私は、もう、自分がやりたくないことはできない。
自分を裏切ることはしない。

このことは、思えば、
メールのやり取りで感じた、というより、
本当は、この数ヵ月、ずっと毎日毎日、そう感じ、
生きてきたことだった。

だから、まったく、
必然的な出来事だった。

この「必然さ」は、それ以上でもそれ以下でもない、
脚色のない、生き方のリアリティーそのものだった。

そこで、私が、もう一度、
認識をしっかり持ちなおしたことは、
私のこの身体を、本気で「作り変えよう」という意思だった。

今のこの病状は、
なんというか、AC人格として生き続けた場合に、
「死を宣告する」ための用意だった。
私には、そうとしか思えない。

しかし、私は、
生き方を変えた。

生の契約を変えた。

だから、「治す」のではないのだ。

私の感覚では、

今、私に必要な認識は、

「この最後の妨害と正面から戦うのではなく、
この妨害行為自体を、無効にすべく、無理をしないこと」

なのだ。

無理がきかない、とずっと感じている。

しかし、それは、本当はこうなのだ。

「無理をきかす必要はない。無理はしなくていい。」

私は、今日、自分の身体の症状について
ネットで調べ始めていた。

確かに、慢性前立腺炎なのだろう。
前立腺がんの可能性もゼロではない。

2月末の病状から考えると、
憶測だが、腎盂腎炎の症状や敗血症の症状もある。
おそらく、医者にかかってそういう診断はされないだろうが、
この4ヵ月間の感覚からすると、これらは、病名一つに一義的に決められるものでなく、
「腎臓機能を中心に、身体がダメージを受けている身体症状」というのが、しっくりする。

だから、自分の病名がどうか、ということよりも、
このようなダメージの受け方で「死ぬ可能性があった」ということであり、
私はこれと戦うのではなく、「無効」にしていこうとしている。

今、調べたり、また医師からのアドバイスを思い出すと、
「とりあえず、無理をしないこと」だ。
急性時は絶対安静、と言われるほどだ。

今日は、たまたまだったが、
完全にお手上げで、稽古にも行くことをあきらめ、
打身の自主練は少ししたものの、床でゆっくりした。

歩いて、ゆっくり買い物に行き、
身体は楽だった。

さっきも、久々に湯船につかり、
すいかを食べた。

病名を知る、というよりも、
やはり、今私がやらねばならないのは、
もちろん、「身体的に無理をしない」ことではあるが、
今まで以上に、もっと、病状について詳しく調べてみたいと思っている。

どうだったか、どうか、ではなく、
どうなる可能性があったか、というほうが重要に感じる。

腎盂腎炎になったら、どうなる可能性があったか?
敗血症になったら、どうなる可能性があったか?
前立腺がんになったら、どうなる可能性があったか?

逆にそこから、そうなるリスクを回避する生活習慣を
自分で見つけ出したい、と、そう、やっと私は

「本気」

で思うようになったのだ。

それが、今回のメールのやり取りがきっかけだった。

身体が弱っていても、自分自身は頑張ってきたつもりだった。
でも、その掛け声はつねにあるものの、私の精神の状態に
不安が無かったか、といえば、そんなことはなく、
「自分は生きているだろうか、自己暗示になっていないだろうか」
という不安があったのは確かだった。

だが、今日、そのメールのやり取りという「本気の生命」の中で見たものは、
決して、損なうことのない、自我全開の「魂」だった。

私がダイレクトに実感したのは、
どんな状況でも、私は、決して、

「己の魂を売らない」

ということだった。

私は、認識を改めた。

「これからの私の目的、私の未来のために、
身体を作り変えることに、なぜ、もっと本気にならん!
今、私がやらなければならないことは、これ以外無い」と。

このことは、頭ではわかっているつもりだった。

ブログにも書いてきたように、
私は一切、悲観的な人生のイメージで妨害されることを
許さないし、認めない。

この身体で、
この私の身体で、
私が生きたいように、私の未来を生きる。

つまり、

今日、私がこれでもか、これでもか、と
今もこうやって書き、はっきり自覚しようとし続けていることは、

「絶対に、この身体で、私は私を生きる」

ということなのだ。

そして、これは、

「関門」だ、ということ。

甘く見ていてはいけない、ということ。

本当に危機感を持つべき時とは、
今なのだ、ということ。

どんな妄想も、この危機感に比べれば
取るに足らない。

正しく恐れる、としたら、
この身体を、絶対に、「殺させない」こと、
これのためには、私は正しく恐れ、とことん、
情報を得て、とことん、自分のために、どこまでもこの身体のためには
私は、本気で、取り組まねばならない。


今、これに取り組む。


私は、今、まったく悲観的ではない。


「生きている」


からだ。


今日、メールで書いたこと。


本気なら、「一度でいいや」なんてことはない。

とことん、なのだ。

これでもかこれでもか。

これでもかこれでもか、と
私はどんなことでもやる。

ならば、今、私がやるべき最優先は、

これでもかこれでもか、と

とことん、

この身体が

「生きていけるために」

この身体を

「作り変える」

本気の書き変えで、この関門を乗り越えていこう。

楽しく、笑いながら、

踊りながら、

弾きながら、

振りながら、

身体が喜ぶことをしながら、

身体が無理にならないように、

私は、絶対に、この私の体を


「殺させはしない」


とことん、やるぞーっ!!


2016.7.16
あび

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by jh-no-no | 2016-07-16 01:36 | 私の生き方

生きるぞ!-自我復元後日記[060]

生きるぞ!

タイトルにしたのは、
今、私が、毎日毎日、関心があること。

生きるぞ!

この「身体」、生きよう、生きよう。

目を閉じても、

また、

目を開けても、

ふと、そこにあるのは、

私のこの身体。

この身体があり、この身体が感じ、
この身体から見ている。

今日もダンスのレッスンがあって
自転車で2駅ほど行くのだけれど、
隣駅にかかる陸橋から夕陽を見た時、
この身体から見えるこの夕陽だけが
真実だった。

先日、隣町のお祭りでほこてんの真ん中で
私が参加しているそのダンスの会の演舞があって
私もフィナーレだけだけれど、初参加。

実は、7月1日から10日近く、
3月の頃と同じレベルで、体調を壊していて、
この日、お昼と午後の2部、演舞があった。

すごく、迷った。

前日に一夜漬けで覚えたフィナーレ。
2時間しか寝なかったのは、体調を崩してからのこの4ヵ月の間、
初めてのことだった。大きく体調を崩してしまうのもわかったけれど、
それでも出たかった。踊りたかった。

2部とも出たい。

たった数分だけの出番だけれど、
何としてでも出たい。

でも、この身体、これ以上、
無理がきかない。

すごく、迷った。

そして、私は初めて、異例の決断をした。

1部だけ出て、家に帰ろう。
そうすれば、2時間、仕事まで眠れる。

そうしよう。

生きるぞ!

今日も思った。

「私のこの身体」と引き替えにしてまで
得るべきものなど、どんな精神性であっても無い、と。

私は、それで思った。

本当に私が拾い上げたのは、
この身体を拾い上げる精神性だった。

「いつ死んでもいい生き方」なんて無い。
毒父が洗脳したのは、私にそれを強い、
私にはそれが出来る、出来ている、さすがだ、と言い続けたこと。
「親、絶対」の巧みな洗脳で、使い捨ての軍人に調教した毒父。
「格言」とともに心中させようとした。



    そんなのは、


  ぜんぜん、美しくない。


  この身体を失ってまで


   価値あるものなど


    断じて無い。



先日、私は、
「未来50年史」を書いてみようと思った。
もちろん、自分史だ。

これから、どんなことをしていきたいか、
時間がかかっても、じっくり取り組みたい、と。

それは、毎日の日常の些細なことから
書き始めていくもの。

たとえば、私は最近、打身の自主練をして思うことがある。

美しい音、というのがあるのではない。

美しい音を、私は今、体験している。

こうやって、私は、美しい音を知っていくのだ。

そういう体験が、打身と私の未来を作っていく。


「あび、お前はいつ死んでもいいんだよ」
「あび、お前に明日なんてないんだよ」

私のこの声の解毒を、徹底的に行っている。
正確には、「すでに、解毒されている」。
しかし、私は解毒されていることを忘れない、その努力を毎日している。

解毒されている、ここが肝心なのだ。

これを「忘れない」努力、
これが、今の私の、日々の自己管理。

そして、それは実行されている。

それは容赦なく、実行されている。

何度もブログにも書いたように、
私の元気を奪うものは、

「いかなるものであっても」

問答無用に、切り捨てている。


今、ここに在る身体。


このリアリティーが、
リアリティーの無いものを瞬殺し続けている。

血は、身体の中を、
「流れ続けている」。

止まらず、淀まず、
その体内の「血」だけが流れていることに気づく。


これだけが、リアリティーなのだ。


止まらず、淀んでおらず、
進み続けているもの。
在り続けているもの。


それが、ここに在る「身体」だ。


生きている。


今、私が「生きている」と言う時は、
純粋に、この身体がここにある、ちゃんとある、という意味。

この身体があり、
この身体が感じ、
この身体が見ている。

私は、この美しさの中を
毎日、生きている。

本当に、美しい。
美しい、とは、楽しい、ということ。

まだ体調を崩してしまうけれど、
私は今、この自分の身体に不安はない。
たとえ、これが持病のようにあり続けても不安はない。

私は、自分の身体を捨てることはしないことを
私自身が、すでに知ったからだ。知っているからだ。

この身体と引き替えにしていいものなど、
絶対に無い。そんなのは、どんな価値観であっても
精神性とは言わない。

今日のことを、少し、書きたい。

今日のダンスのレッスン。

その休憩の間、中学生の子どもたちが
「バスケやるー!」って、ボールをとり、
シュートしては、バタバタと走り回る。

私は、ちょっと照れながらも、
「僕もウォーミングアップしようかなっ!」って、
その中に飛び込んだ。

真夏の体育館。暑くて、いい。

この感じ。

ぜんぜんコミュニケーションは下手だけど、
それでもいい。思ったことをやればいい。
思ったことを言えばいい。たとえ、ドンビキされてもいい。

私がボールを持っていて、
私がドリブルをして、シュートをする。

怖いものなんて何もない。

これが私自身だから。

私は今日も
「小さな太陽」だった。

私なりの輝き方をしていた。

「私なり」

その「私なり」をちょっとずつ、毎日、作っていく楽しみ。

不安も、悩みも、ドキドキも、
この笑顔も、葛藤も、誰のためのこれらなのか。

私に起きていること、
私が起こしていることに決まってる。

妄想であれ、そうなのだ。

だからこそ、「すべて」を見るし、
その「すべて」に向き合う。

輝いていないこと、など考える必要は
まったくない。

輝いている日々の体験を、
ちょっとずつ拾い上げていく。

輝いていないものなど、
どこにもない。

一つ、また一つ、拾い上げる。

・・・ダンスのことも書こうかな。

ポニーステップというのを前回覚えて、
今日は名前はわからないけれど、それとまた新しいステップを
3つ覚えた。

さっき踊りの動画を見たら、
見事にそのステップをこなしていて、
ワクワクする。自分も出来るようになりたい、って思った。

踊りが好きな子どもたちに囲まれてのダンスは
毎回、すごく楽しみ。
今度から、大人の時間だけじゃなくて、
子どもの時間のストレッチも参加させてもらうことにした。

踊りも、打身のような楽器も、
私がずっとやりたかったこと。

これを、今、私はやっている。

もう一度、今日の投稿に自分のために書いておきたいことは、

「あび、身体を治せ。」

この身体が、たくさんの輝きを拾うのだから!

たくさんの輝きを拾うのは、この身体なんだから。


2016.7.12
あび

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by jh-no-no | 2016-07-12 03:39 | 私の生き方

夏合宿のような体育館で-自我復元後日記[059]

7/5 2:22 追記

「全力の片思い」

異性とか他者とかに限らず、
私は、全力で、「片思い」をしたい。

一方的に、「好き」、なこと。

ひたすらに、好きなこと。

私は、もう、これを始めている。

盲目的なほどに、私は「私しか」見えていない。

この楽しさ、これをこの地球で体験できたこと。

ブログを書き終えても、溢れて止まらないこの思い。

私は、全てを「拾い上げる」だろう。

だって、全てに、片思いをしているから。

くだらないことなんて、

何ひとつ、無い。


 あび


・・・


今日はダンスサークルの日で、
もうすぐ、発表会、ということもあって、
たくさんの人たちが集まり、すごい熱気の中の練習。

私も、フィナーレのところだけ参加することに!
・・・たった、1日しか、練習していないのだけれど。

「笑って動いていればいいから」

って、先生は言う。私も「そうしますー☆」と答えて。

なんていっても、見よう見まねで踊るのは
この一ヶ月、このPCの前でやってきたので、
それはできそう。今日のリハも、まったく知らない振り付けで
いきなり、本番。

ひたすら、まわりの人を見て踊る。

のだけれど、踊れるわけがなく、
それこそ、とりあえず動く!

そうすると、踊れるところもあっていい感じ。
そうすると、踊れないところも、いい感じに笑って動いていられるのだ。

その練習の後だったから、

「笑ってればいいからね!」

という先生の言葉は、とても気持ちよく、
私は、「そうしまーす!」ってなる。

今日、ブログ書きたいなーって思ったのは、
こういう昔はすっごく苦手な空間(サークルとか)で、
私は、すっごく楽しそうだったから。

目が、まず、大きい。

うるうる(潤い、のうる)していて、
子どもより、子どもだった。

私が、そこに、はっきり、居る。

私の居場所で迷うことはなかった。

そんなことを考えることもしなかった。

見学している時も、みんなの踊りを見ながら、
身体はリズムを刻み、さりげなく動いたりしている。

「私は踊りたくて、今日、参加しているんだ」

と言わんばかりに、身体はそのように動いている。

こういう空間は、今まで、ただ、
怖いだけだった。

今も、ちょっと、怖い。

どう、みんなと接していいのか、
わからない。正直、困ってばかりだ。

家に帰りながら、
ああ、あの時、もっとこう言えばよかった・・・とか
思ったりすることがいくつもある。

たとえば、みんなと帰る時に、
私だけ反対方向で行くのが近道だったけれど、
この時、「私もこっちから帰ります」じゃなくて、
「私もみんなと帰りたいので、こっちに行きます」と言えばよかった、とか。

だって、そう思っていたのだから。

バスケットボールを足でトンと蹴った時に、
女の子が、「このボールでサッカーはダメっ!」と言われて
ボールを取られてしまった時に、「はい」と素直に渡してしまったけれど、
本当に素直なのは、「あー、もうしないから、ボールかして」って言えばよかった。

こうしたい、って気持ちは、
もっと細やかにあるんだよね。
このことに最近気づいてきた。

仕事をしていて、たとえば手を滑らせてしまった時に、
「あ、落としちゃった」と咄嗟に出てくるのは、
私は、自分で好きな瞬間だ。

身体からの声が、即、言葉になって出ているから。

それをもっと、私は、細々(こまごま)と言いたいな思う。

そうやって、コミュニケーションも
私のコミュニケーションが作られていくと思うから。

でも、今書きたいのは、
言えなかったから、反省・・・とかじゃない。

言えないのは、

今、

今の私にとっては、

「こう言いたい」を発見した、ということであって、

私は、生き生きとしている。

困ってばかり・・・と言うけれど、

そう、

これが一番、今、言いたいこと。

困ってばかり、その時、
私は、そこに自分がいることが
ドキドキしたよ。

ワクワク?かな。

ドキドキ、?かな。

人と接していて、

「楽しい」

んだよね。

目がうるうるしている、というのは、
そういうこと。

つねに、潤っている。

むしろ、何か言えなかったりする時も、
また、ただ、見学している時も、
見よう見まねで踊っている時も、
雑談をしている時も、

そこに私がいるのは、

私がいたいから、その思いで、
その思いのみで、私はそこに立っている。

そこにいたい、

みんなといたい、

一人でもいい、

これら、ぜんぶ、

私がそうしたいから、そうしていて、

このような大きな空間に投げ出されても、
私は、

「主人公」

だったこと。

私が楽しむために、私がここにいたくて、
私がここにいる。

「社会」

という空間に出て、おそらく、今日はじめて、
私は、社会が楽しい、と感じたんだ。

私が楽しいから、楽しいんだ。

夏合宿のような小学校の体育館ー

こんな所から、一から、こういう体験をし直せている。


 ありがとう


2016.7.05
あび

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by jh-no-no | 2016-07-05 01:22 | 私の生き方

43才、大好きな「今」に囲まれて-自我復元後日記[058]

大好きな「今」に囲まれて、

今、43才を迎えた。

一番、大好きな踊りを思いっきり踊った。

はじまるよ!

43才、私の人生。

まず、これから精一杯、踊りたい。

大好きな踊り、たくさん、めいっぱい踊りたい。

楽しくて楽しくて、もう、やばい!!

あと、私は今日からこうと決めてやろうとしたこと。

「音」を好きになること。

打身の音、私は好きになりたい。

大好きになりたい。

そして、もっともっと、打身を好きになりたい。

それから、

これから、

初身を、大きく、大きく、振るよ。

このブログ、私のブログを大きく振るように、

初身、そして、ブログ、これ以上伸ばせない手で振るんだ。

一番、やりたいなあっーってこと、

それは、

「大恋愛」

本当に、思いっきり恋をしたい。

もうしてるけど、ね!!

大好きな女性と一緒に生きるって、

どういう感じなんだろう・・・?、!

私は、絶対に、

これからは、絶対に、

笑って生きたいんだ。

すっごく、笑って、今日もこれから仕事だ。

昨日、思ったこと。

恥ずかし気もなく、言います。

私が一番、かわいい。

自分が一番、かわいかった。

よし、

全部、書いたかな。

この私の、大好きな大好きな世界に、

大好きな大好きなすべてを

全部、書いたよねっ!

さて、行こう。


2016.7.03
あび

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by jh-no-no | 2016-07-03 16:17 | 私の生き方

大恋愛-自我復元後日記[057]

大恋愛

・・・なんて言っていたら、

今日、めちゃくちゃ、かわいい人に出会った。

すっごく、かわいい。

今日は、診察の日で病院に行ったのだけれど、
そこで、総合案内係りの★★さん、初めてお目にした方で、
あまりにかわいくて、遠目からずっと見てしまった。

目と口の表情がとても素敵で、
大きくはっきりとしたアナウンスの声は、
ずっと聞いていたいほど。

受付が終わっても、もう少し遠目から
見させていただいて、お仕事の区切れがよさそうな時に、
思い切って、声をかけさせていただいた。

「あの・・・ぜんぜん関係ないんですけど
★★さん、表情とかお話しされている感じとか、すごく感じがよくて、
見ていてすごく気持ちいいです。がんばってください」

私が会ってまだ30分で言える精一杯の
「好き」な思いを伝えられて、

そうしたら、

「わざわざありがとうございます」

と、少しはにかむような表情で、楽しそうな顔で
答えてくれて・・・嬉しかったなぁ!

好きな人に、初めて、
好きな思いを伝えたよ。

「告白しちゃった」

と思った。ほんとに、私にとっては告白だったから。

私は、こういう人と一緒にいたい、と思う。

私が好きな人は、一緒にいたい人。

大事にしたいなあ、この


大好き


という思い。

私はこの世界が大好きだ。

今日の0時、私はこの肉体の誕生日を迎える。

私は、今、すごく気持ちが高まっている。

この日を、

「生きて」

迎える、ということは、

もう、すべての、それは過去も今も未来も

すべて、すべて、

この私は、私として生きるという、

「完全なリセット」

を、私が決めた、ということなんだ。

さて、

今日も、明日も、

「最高の一日」

を過ごすぞ!


2016.7.02(初恋の日)
あび

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by jh-no-no | 2016-07-02 16:10 | 私の生き方

7月スタート!-自我復元後日記[056]

今仕事から帰ってきたところだけれど、

ほっんと、

「疲れた~ぁ!!」

という状態。とっても、いい。

今日は、驚いた。

最初、なかなか、
自分の「身体」のほうを向いていたのだけれど、
意思というのは、強固だ。

そんなことをしていると、
吃音も再発してしまい、
なんとかしよう、となどすればするほど、
どうにもならなくなった。

が、それも実は「褪せて」いた。

仕事開始から2時間近く経った頃だったと思う。

まず、こう思った。

今の私の状態のまま、このままでいい、と。

不出来でもいい、この生のままの状態のまま、
私は、もう、「旅」に出たいのだ、と。

身体のこと、ずっと考えてきたし、
様々、試みてきた。

不思議だ。

意思の強さゆえだろう。

私は、もう、今の自分の身体そのものに
関心が向いていなかった。

私の関心は、

この身体が、この世界に今、出現していて、
船出し、今、たった今、この世界を航海し、
この身体の、この目で世界を見、この肌で世界を感じ、
そういうことに、関心は、

「完全に」

シフトしていた。

こういう感じなのだ。

今の私がどうであれ、
どういう状態かなど、
「訊いちゃいない」のだ。

今の私の状態が「どうか」など、
一切、問われなかった。

現実は、

この生身の今の私が、

バーン、と

「世界に、すでに、投げ出されていた」

という感じがした。

そして、私が真っ先にやったことがある。

「笑うこと」

だった。

今日一日、超疲れたのは、
この「笑う」ということを、
よしあしでもなく、また、何か他の価値によって
これがいい、と判断したからでもなく、

純粋に、

私の意思で、

「私は、笑おう」

としたからであり、

この意思を、何からも誰からも「後押し無し」に
私の意思として「行使し続けた」からだった。

この充実感このままに、今、
ブログを書いている。

私は、初めて、
自分の人生というこのスケッチブックに、
シナリオを書いた、と感じているのだ。

私は笑う。

笑顔を取り戻したんだって。

その前に、私は、こう感じた。

「世界は、味方だ」

と。

それは、至極、当たり前のことだった。

味方、というのは、
敵味方、という意味ではなかった。

「この世界で、生きたい。私は、ここで生きようとしたんだ」

という意味、この世界が「私が選んで生きようとした場なんだ」って。

生前契約ではそうではなかったけれど、
自我復元をし、私は、この世界と再契約をした。

「私は、生きる」

と。

むろん、「ここで」だ。

そのための「準備」をずっとしてきた。

そして、6月を終えて、
「身体」の準備が整った。

船出の準備が整った。

旅をしたい、船出をしたい、
この世界に出て行きたい・・・この意思は、自分でも驚いたが、強固だった。

これが意思なんだ、と思った。

意思以外、やろうにもできないのだ。

どもる症状が再発したことで気づいた。

「ああ、もう、私はこういうことをしていてはいけない」と。

どもろうがなんだろうが、
船出の時間は、決して、「延期」が出来なかった。

どんな私であろうと、

このままで、

飛び出していく。

しかも、私は、そう、これが一番嬉しいのは、

そうすべきだから、でも
それがいいから、でもなく、

それ、

「私が選んだ生き方」
「私の意思」

そのものだったことだ。

私の意思が、延期など望まなかった。

私は、喜んで、こう思っていた。

「ボロボロのままでいい」と。

ボロボロならボロボロのままで、
この世界に飛び出して、私はそこに一切、
どんな「てらい(衒い)」もなかった。

ゼロから作ることを覚悟した私が
衒うものなど、ありえなかった。

私は正直、驚いている。

そう、今日の一番は、

「驚いたこと」

なのだ。

今までずっと私は、
「自分」に目を向けて、自問し、
自分がどういう状態なのかをつねに意識してきた。

ところが、

今の事実は、

「私が今どういう状態かなど、
誰も訊いちゃいなければ、誰も関心を向けてもいない」

と、

「私自身」

が、確信をもって、強固な意志を伴って、
当然のように、語り放っていたからだ。

「書く、と言ったろ」

と言わんばかりだ。

その通り、私は、そこがピタリと感覚が合った瞬間、
なんの迷いもなく、

「笑おう」

と決めて、仕事に臨んだのだ。

6月30日、23:11だった。

私は、私の状態がどんななのかを
ずっと「内向き」に見ていた状態から、
この準備が整った身体という「目」から、
「外」を見始めた。

この予兆は、昨日ぐらいからあった。

不思議だが、

この「外」に向く目は、
自分を客観視する目でもあった。

これは発見だった。

私は今まで衣服に興味を持ったことがなかった。

私がどう見えるか、など、
どうでもいいことだったからだ。

しかし、今、私がどんな格好で、
どんなふうに踊っているか、私は外から見てみたいのだ。

それは、

「世界の中で、私はどう、映っているか」

ということへの関心なのだけれど、

これこそが、

「この世界で、自分の生のシナリオを作っていく」

ということの、最も、基本的な関心なのだと思っている。

ここでも、言うまでもなく、
もはや「まわりの目」の「まわり」とは、
私自身、私一人のことだ。
私以外の誰かからどう見えたところで、
それが関心事にはなりえない。

世界の中で、私がどう、映っているか?
その「目」は、私の目に他ならない。

踊りをやっていくうちに、
私は、自分がどう踊りたいか?ということに対して、
以前は、「どう、身体が楽しいと感じるか」が基準だったけれど、
今、私はこれが変わり始めている。

「どう、(踊っている私が)見えるか」

のほうが、関心をひくのだ。

踊り方も、服装もすべて含めて。

こういうことを今考えても、
私は、今、まさに、この7月初日、
この身体は、「この世界=地球」へと
旅立つ時なのだ。

私は、笑いたい。

笑おう、と思った。

それは、どんな価値からでもない。

笑って生きたい、笑って踊りたい、
笑って他人と接したい、笑って恋愛をしたい。

仕事をしていて、
時折、「好きな女性」を見つける。

共通しているのは、

「はっきりとした受け応え」

をする女性だ。

はっきり、「はい」といい、
はっきり、「いいえ」という人。

それは表面的なことではない。

そういう人は、完全に「自分一人」であり、
自分の意思で生きてきたのだ。

受け応えの「迅速さ」が、
それを物語っていた。

私が好きな女性は、判断がとても速かった。
速く、それは、深かった。
私はこの受け応えの瞬間が好きだった。

真剣に考えているのがわかるからだ。
必死さが、適切な迅速さ、それは、
本当に心地よい受け応えの速度を生み出していた。

どんな些細なことも、それこそ生き死にがかかっている。
どんな判断も、自分の判断となれば、決してないがしろにしない。

そうやって生きている人がいる。

私は、今、やっと自分がそう生き始めたから、
そうやって生きている人がわかるようになってきた。

共通しているのは、

その人たちは、

「自分一人」対「世界」

で生き貫くことを、「私がそれを選んでいるんだ」
という明確な意思とともに、その人の「存在自体」が
醸し出していることだ。

この世界、この地球で、

私は、絶対、こういう女性と


 大恋愛


をしたい。する、絶対する!

これだって、無理なんて思わない。

私が、強く望めばいいんだから。


2016.7.01
あび

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by jh-no-no | 2016-07-01 03:57 | 私の生き方