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我が家-自我復元後日記[045]

昨日、今日、

必死に掘ったことがある。

結果、ようやく、今、私が死んでも

「決して、我が家を間違えない」

という確信を持った。

それは、

一秒も、

私は、

「中心から、堕ちない」生き方をしていく決心、

といっていい。

その生き方しか、ありえない、という確信。

なぜなら、今、私は、

もう、かつてのACの巣窟に戻る理由が
完全に無くなったからだ。

かつてのそこ、とは、

「胸、あるいは、胸と喉の間」

そこが、AC人格として存在していた拠点だった。

こういうことを思い出した。

かつて、無明庵の書籍を読んでいた頃、
「存在感と存在感の間は?」という問いかけで、
私は、「間」どころか、「存在感」に目をやること自体、
それは、とんでもない、居心地の悪さだった。

自分の存在感、それ自体、
私は、感じていることが、耐え難いものがあったのだ。

自我復元を始めてからも、
存在感、といった時には、
私は、どうしても、それが気持ち悪かった。

なぜ、そうだったのか、
当時はわからなかったのだが、
まず、それが、明確に、今なら、わかるようになった。

それは、

「生きてなんていない」

からだった。

生きた心地など、まったくしない。

それが、AC人格という人格の「存在感」なのだ。
自分、と思っていたものの存在感、
それは、「生きた心地がしない」という感覚そのものだった。

そして、

あらためて、私は、

そこが、私の場合、

当時の私が「自分に一番近い」と思っていた自分だった。

そこが、

「胸、あるいは、胸と喉の間」

だった。

今もやればわかる。

生きた心地がしない。この気持ち悪さだ。
足がすくむような、なんというか、
足から生気が抜けていくように、足に力が入らなくなる感覚、
まさに、「居ても立ってもいられない」という居心地の悪さだ。

私は、ずっと、40年以上、
そこで生きて(死んで)きた。

むろん、その実感をずっと感じてきたのなら、
まだ現実を見ていた、ということになるわけだが、
私は、そこから逃げてきた。

今回、まず理解したことは、

その「居心地の悪さ、生きていない感覚からの逃避」が、
すべての、事の始めにあった、ということだった。


具体的な話から始めたい。


昨日、私は、関心地図をやっていて、

「Pとの最後の旅行は、楽しかった」

という思いが、「ある」ということが、
どういうことなのか、これは、本当なのか?
楽しい、と思ってなんかいない、というのは嘘になるけれど、
はたして、それは、「本当に、楽しかったのか?」という疑問が強まり、
もしかしたら、本当は、楽しくなかったのではないか?と考え始めた。

これは、

まさに、私が今、絶対に掘らねばならないことだった。

そして、掘り進めた結果、
明らかになったこと。

それは、正解は、

「本当は、楽しくなかった」

ということだった。

自分でも、「楽しい、と感じていたこと」は、それは確かだろう、と思っていたので、
まさか、という結末だった。

事実は、

「本当は、楽しくないんだよな」

という記憶、これが、

「正しい記憶」

だったのだ。

わかったことは、

私はつねに(無自覚、無意識に)
「自分は生きていない、生きた心地がしない、気持ち悪い」
と思っていて(存在感の違和感を感じていて)、
その感覚を麻痺したい、その当時でいえば「我を忘れたい」という逃避、
そうすることで得られる開放感。

この「開放感」。

実は、これが、

「楽しかった、という記憶」の、
本当の大元にある種だったのだ。

この解放感、というのは、
それは、とても些細なことで満たされる。

たとえば、お茶を飲む、映画を見る、散歩をする、
ちょっと休憩する、考え事をする、お酒を飲む、自慰をする、
もう、それは、どんなことでも、解放感を得るツールになる。

悪い意味での娯楽、慰み。
つまり、気晴らしだ。

今回、痛烈に感じたことは、

「生きた心地がしない」というのが、いくら不快でも、
人間は、その不快こそが「開放感」の入り口だ、という「記憶」に
無自覚に支配されている限り、その「快楽」を求めてしまう、

ということだった。

Pとの最後の旅行でいえば、
当然、そこには「解放感」があった。
我を忘れて(居心地の悪い存在感を忘れて)、
娯楽に明け暮れることができた、という記憶がある。

そして、その一連の出来事の記憶を、
「楽しかった記憶=楽しかった思い出」として
AC人格は、処理した、ということだった。

ぞっと、するからくりだ。

まず、何が、最初にあったか?

「楽しくなかった」

なのだ。最初にあったのは。

居心地がよくない、生きた心地がしない・・・

これは、娯楽から覚める時も同じことを思う。
数日旅行でいくら「楽しんだ」と思い込んだとしても、
ふと、こう思う(思った)のだ。

「本当は、それほど、楽しいわけじゃない・・・」と。

それは、ふと、我に戻るからなのだ。

むろん、その当時の「我」とは、
胸あるいは胸と喉の間の地点だ。

「楽しくなかった、地点」

だ。

ひとしきり慰み事で、我を忘れたところで、
そもそもが、楽しくなかったところからスタートしたのであり、
一定程度の解放感で「楽(らく)」になったら、
当然、元に戻る。

私の場合、こう、いつも思った。

「さて、そろそろ、自分がすべきこと(使命)を探さなきゃ」

と、毎回、そうやって、慰み事から、元(ACの巣窟)に戻った。

その世界に流れていた時間、速度帯が、
前回、ブログに書いた「調教速度 1」という速度帯だった。

軍人が求められる速度、尽くし人が求められる速度だった。
言いなりになってこなす速度のことだ。

当時は、無自覚だったが、

当然、その速度帯で生きても、生きた心地などしない。

そもそも、

生きている場所が、我が家ではないのだから。

胸、胸と喉の間、

そんなところ、私のいる場所でなかったのだから。

どんどんこなすように、私はずっとやってきた。
それは、学校では、中間テストや期末テストなどは
典型的な振舞いをした。

打身のレッスンのことを書いたけれど、
私には、この速度帯「1」での訓練が習慣として残っていたため、
前回のような、「ある範囲では1で出来るのに、それ以外では、
0.8どころか、ぜんぜんできないのは、なぜ?」と先生が疑問な顔をするような、
普通なら、ありえない出来不出来のギャップが起こった。

それに気づいて、すぐに私は、
そもそも、同じ速度で通して弾く、弾けるように練習しようとする、
これが、普通なんじゃないか、と思ったので、
とことん、弾けるスピードまで落とし続けたのだ。

話はそれてしまったが、こういう軍人のように「こなす」生き方をしてきて、
私は、それが終える度に、一息つき、それが、解放感だった。
しかも、それまで私は、そういう生き方それ自体が「飴」として調教されてきたため、
解放感を求めて頑張ろう、としたことすらなく、
必死にこなすこと自体が「喜び」であるかのように完全に思いこんでいて、
かつ、こなした後には、解放感もある、と感じていたのだ。

しかし、

いかに「飴」があろうと、
私にずっと流れていたのは、
本当は、つねに、「生きた心地がしない」という違和感だったのだ。

そして、また、解放感を求めてしまう。

「求めてしまう」と書いたが、
そうなのだ。

求めてなんていない、というふうに思いこんでいても、
私の身体が、その開放感を「記憶」しているのだ。
いくら思考レベルで、「いや、尽くすこと自体、喜びだ」など考えようと、
身体は素直に、苛立ちや違和感を感じ、そこからの解放感に浸ったのだ。
それを、私の頭が認めていなかっただけだ。

しかし、それもまた、「飴」の調教ゆえ、と思うと、
毒親の洗脳は最悪だ。

話を元に戻していこうと思うが、
一番、恐ろしいのは、この、

「開放感の記憶」

なのだ。

これがあるから、あったから、
生きた心地がしなくてもいい、と「取引をした」のだ。

この開放感と取引をした、といってもいい。

「飴」と取引をした、ともいえるが、
もっと根深いところでの取引は、この「開放感」なのだ。

こういうことなのだ。

生きた心地がしない、それは「仕方がない」と。
でも、楽しいこと、あったよね・・・これなのだ。

問題は、

かつて、私は、

快の記憶というものは、

ことごとく、

「生きた心地がしない」ことからの「開放感」、
この記憶しか「無かった」ということ。

だから、

私が知っている、知っていたあの「開放感」を味わうためには・・・
と、反射的に「AC身体(という言葉はないが、こう表現するのがしっくりくる)」が、
なんと、生きた心地がしないその地点に誘うのだ。

というか、AC人格の本人が、そこに足を運ぶ。

そこが、かつての私にとっての、
開放感という快への

「入り口」

だったからだ。

そして、解放感を得られた娯楽、
Pとの最後の旅行といった「娯楽性の高いもの」から、
ちょっと甘いものを食べるといった「娯楽性が低いもの」まで、
娯楽性のレベルに関わらず、AC身体は

「開放感の記憶」

として刷り込まれている。

だが、厄介なのは、やはり、娯楽性の高いもの、なのだ。
それは、言い換えると、私が、「楽しかった思い出」として優位に棚上げした記憶だ。

なぜ、厄介かというと、

「楽しい」

という記憶に、すり替わっているためだ。

解放感、という自覚ならば、
まだ、そこに、不快からの逃避の記憶がある。
見たくなくても、どこかで、わかっているものだ。
自慰などはわかりやすい。これが、強烈に楽しかった思い出にまで昇格させることは
おそらく、ほとんどないだろう。
かつて、自慰で罪悪感を感じたりしたのも、
そこに逃避の記憶があるからだ。

しかし、「楽しい」とまでにしてしまうと、

どれが本当の記憶だったのか?

これが「わからなく」なってしまうのだ。

今回、私がこれに気づいたきっかけは、
「本当は、それほど楽しくはないんだよな」と、
そう思ったことを、思い出した(再体験した)からなのだ。

本当の記憶、正しい記憶とは、

「楽しくない(=生きた心地がしない)」

という、その記憶と、もう一つ、

そこから逃げた、麻痺しようとして得た

「開放感の記憶」、

この2つの記憶だけが、本当の記憶だったことだった。

だから、Pとの最後の旅行は「楽しかった」というのは、
嘘なのだ。

正確には、

ただの解放感を、

「Pとの旅行という出来事=楽しかった思い出」
というふうに、

「処理した」

ということなのだ。

そうなると、楽しくなかったという最初の思いや、
そこからの逃避としての解放感の記憶などは「薄れていき」、
Pとのその時間が「楽しかった」と処理されたことだけが、
まるで、その時の事実だったかのように、記憶化されてしまうのだ。

楽しくなかったんだ・・・本当は。

これに気づいた時、私は、ようやく、
大きな謎が解けた、と思った。

何が本当の記憶だったのか?

「生きた心地がしない、という居心地の悪さ」

これこそ、記憶の核として、本当は、
ずっとずっと、あったものだった。

娯楽性が高いものが厄介だ、と書いたが、
それは、こういう記憶のからくりを解くにあたって厄介だ、
ということであって、本質は、娯楽性の高さなど無関係だ。

「生きた心地がしない」

この、「生きていない場所」を入り口としてAC人格が経験してきた
あらゆる開放感は、どれも、あなどれない。

なぜなら、AC身体はこう記憶しているからだ。

「あそこにいけば、気持ちよくなる手立ては、あるよ」

と、そう、わかっている、

「魔のささやき」だ。

しかし、この「ささやき」は、今回の解明で、
死後も、今も、私には、もう効かない。

わかったことというのが、

いかなる開放感の記憶も、

「生きていない地点」

を経由すること無しには得られない、

ということだったからだ。

これで、よく、わかった。

なぜ、一瞬、意識が胸に堕ちることがあるのか、が。

解放感の記憶への「経由地点」だったからなのだ。

だから、これは、ふと溜息をつくような時に
ここに落ちた。

それは、食事の後だったりした。

これを別の言い方をすれば、
口中香の意識が途切れた時、だ。

「食べた後も、口中香か?」

という自問。

これに挑戦したのが、私がこのところやっていた
呼吸の変革だった。

息継ぎで、ふと、胸に意識が落ちてしまうのはなぜか?

前回も書いたけれど、

それは、なぜ?もなにもない。

「落ちていい」と思っているからなのだ。

前々回の合気道の稽古で、
私の2倍くらい体格のある方と稽古をしていて、
私は、相手を崩すように右に動かなければならないのに、
相手を崩すどころか、私のほうが、相手に引っ張られるように、
左に動いてしまい、なんでこうなってしまうのかを訊ねた時、
こう指摘されて、はっとした。

「そう、(あなたが)動いているからだよ」

まったくだ、と思った。

私がそれでいい、そうなってしまっても仕方がないのかもしれない、
そう、私が本当は思っているから、そうなってしまっていたのだ。

実際、本気で右へ動こうと意志したとたん、
初めて、私は、右に動けたのだが、
しごく、当たり前に感じた。
「だって、自分がそっちに動いたんだから・・・そうか、当然だ・・・」と。

質問した自分が、そもそも、
その気がなかったことに気づかされた一件だった。

これと同じだった。

どこかで、意識が落ちてしまっていい、
と思っていたから、落ちるのだ。

それは食後だったりする。

この時くらいは、「ふぅ~」とくつろいでもいい、と。

ダメなのだ。

そこが、魔のささやきであることに、
ずっと気がつかなかった。

「・・・そんなこといったら、一秒も休めない・・・」

という思い、これ自体、完全な罠だった。

私は、休む必要も、くつろぐ必要も、
もう、なかった。

その「休む」、その「くつろぐ」、
その記憶の中にある開放感の記憶は、
生きた心地がしない居心地の悪さからの解放感だったからだ。

つまり、

私は、

「中心に休む」

という、本当に休めるところを、

本当は「知っている」じゃないか、ということなのだ。

いつそれを知ったか。

それは、

「AC人格との、生きるか死ぬかの格闘のさなか」

に知ったのだ。

そこが、休息の場であることを、私は知っている。

そこが、「我が家」であることを、知っている。

今回のこの壮大なからくりを知ったことで、
私は、完全に、決心した。

一秒も、もう、あそこには、

「戻る必要がない」

ということを。

もう、生きていない地点に、戻る意味、理由がないのだ。

なぜなら、

「生きていない」

からだ。

そこを経由して(取引して)得られる開放感・・・もはや、求めるわけがない。

その経由地点それ自体、そこを通ること自体、
解放感などでは「ペイ」できるはずもないくらい、
失うものの代償が大きすぎるからだ。

「自分」

を失う、からだ。

そこまでして、欲しいものがどこにあるか・・・無いに決まっている。

私は、こう理解したことで、

一秒も堕ちないことにした。

一秒も堕ちる必要も意味もないからだ。

ここ、この「我が家」に

「定住」

していればいい。

そこから「堕ちる」理由が、私には、もうないのだ。

楽しくないから。

そして、Pとの最後の旅行の記憶、というトラップも、
それは、要は、「楽しくは、本当は、ない」というものだったから。

・・・全部、楽しくなかったんじゃん。

調教速度1で軍人のように生きたことも、
まったく楽しくなかった。
1/2の時間帯で歩いたほうが、ずっと楽しい。

そう、やってみたけれど、
口中香も呼吸も、私が楽しい速度は、それらは
1/2よりも遅かった。文字を書くスピードも、1/2が楽しい。
日記を書いていて、そう思った。

それは、

「楽しい」

という世界の出来事なのだから、
楽しくて当然で、それは、生きている、ということ。

この投稿の最後に、

今日、仕事中、私が「どもる」ということを
どう、治したか、を書きたいと思う。

以前にも書いたけれど、

これは、自動的に治る、というものではないと思っていて、
手動的(意識的)に治すものだ、と思っている。

だから、そもそも、自動的にいつか気づいたら治っていた、
などということは、はなから、期待もしていないし、
そうするつもりもない。

そう思ってやってきたことを、
私は、誇りに思っている。

ふと、今日も仕事をしながら思った。

どもる、ということ一つ、
これほど必死になんとかしようとしたこと、
死ぬ時、私は、堂々と誇れる、と思った。

1/2の速度、ということを昨日考えていたこともあって、
ゆっくり話してみる、ということをやってみた。

ダンス全開の時は、身体に意識がいっているため、
そもそも私は、自分がどもっているかどうかすら、わからないほどだった。
それで仕事が進んでいるわけだから、別に、私がどう声を出しているかを
知ろう(確認しよう)とする必要もなかったし、そもそも、
どもっていることそれ自体など、どうでもいいことだった。

今日、あらためて、ゆっくり話してみる、ということをやってみると、
当然、発話に意識が強く向く。

そうすると、踊りながら仕事をしている時はどうでもいいと思える発話も、
強く意識されていくことで、どもる場面が気になっていく。

口のリラックスのさせ方、並行しての身体運動、声を大きく堂々と出すこと、
自分が話していて楽しいスピード・・・私はありとあらゆる方法で、
「どもる」という現象に向き合い、対処し続けた。
AC人格が容赦がないのと同様、私も容赦なく、いかなる手をつかっても、
どもる、という自分の舵で動かない部分に取り組み続けてきた。

呼吸の仕方、これも、取り入れ、
本当に、全力で、対処していた。

それでも、ある箇所だけはどうしても、口がまわらなくなりやすい箇所があった。

数時間後、私は、あることに気づいた。

やはり、一瞬、「堕ちていた」のだ。

胸に、意識が落ちたほんの瞬間が、あった。

そして、わかったのは、

「その胸の地点からは、声は出せない」

ということだった。

顔色をうかがってきた、委縮した、その胸の地点。

ここから、私は、声を出すことができないんだ、と。

確実に、委縮していた。

そのほんの一瞬、そこに落ちたその隙に、
声は、出せなくなっていたんだ。

私は、この時に、先ほどの「決心」が決まったのだ。

「もう、私は、一瞬も堕ちない」

と。

その後、数時間、私は強く意識的に堕ちないように
呼吸をし、発声をした。

ほとんど、どもることはなくなったのだ。

それは、私には、すんなりと理解できる結果だった。

「生きてもいない委縮しているそこから、声が出るわけがない」

中心にあり続けること。

そこは、「舵がとれる」地点だった。

今まで、どもる、ということにしても、
いくら舵をとろうとしても、強敵だった。
クリアした、と思っても、次はまたダメ・・・その繰り返しだった。

先ほども書いたけれど、
それでも、私は、その繰り返し、そうし続けたこと自体、
誇れることだった。あきらめない生き方だからだ。

なんとか舵をとろうとする。

どうしても舵がとれない。

とろうとしてもとれない。

しかし、今日、やっと、舵がとれた。

何を言いたいのか、自分でもわからなくて
さっきから書いているのだけれど、
つまり、舵がとれたことが嬉しかった、というわけじゃないんだ。
何度も書いたけれど、どもること自体が、だから何?っていうやつで、
それこそ、堂々とどもっていればいいとすら思っている。

そうではなく、

どもってしまうこと、
そのように、自分に舵がとれない苦しみが、
「生きていない、かつての巣窟」由来だったことがわかったこと、
この解明こそ、私は嬉しかった。

私は、もう、そこに堕ちる意味など、
どこにもない、と思った。

我が家にいよう、

私は、ここで生きよう、

そう決意した。


2016.5.29
あび

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by jh-no-no | 2016-05-29 05:18 | 私の生き方

1/2の速度帯-自我復元後日記[044]

今日、ある試みを、歩きながらしていた。

それは、

「私が歩いて楽しい速度は、どのくらいか?」

ということだった。

結果から言えば、

それは、今までの歩調の、見事、

「半分(1/2)」

だった。

1/2、という速度の落とし方は、
やってみるとわかるが、
「いつもより、ゆったりと歩いてみよう」
などという、速度の落とし方ではない。

全感覚に、質的に影響を及ぼすような
速度の落とし方なのだ。

たとえば、

横断歩道を渡る時、
私は、ふと、その半分の速度で渡りながら、
両脇を見て、車がずらりと並び止まっている光景を目にした。

今まで、横断歩道を渡りながら、
右、左、とそうやって見渡したことなど一度もなかった。

視覚的にも、
今まで見もしないものまで見たりする。

通常、ゆったり歩く、といってやった場合、
いったい、どのくらい速度が落ちているものかを計測してみると、
私の場合、約2割、ペースが落ちている。

ゆったり散歩しよう、くらいだと、
だいたい、このくらいなのだ。
1割~3割くらいのペースダウンにおさまる。

しかし、5割、つまり、1/2まで速度が落ちる、
というのは、まず、意識してそうしない限り、
ならない速度だった。

これに気づいたのは、
先日、きっかけがあった。

打身のレッスンでのこと。

私はコードごと区切って自主練していたため、
コードの移り変わりで、曲が止まってしまった。
指が止まってしまったのだ。

私は、そういう練習をしていたから、
そうなっても仕方がない、次、その移り変わりをスムーズに出来るよう、
練習してくればいいんだ、と思いこんでいたのだけれど、先生は、

「ミスタッチよりも、曲が途中で止まることは、はるかに罪深い」

と、私に指摘し、それはもっともよくないことだ、と指導した。

レッスン中、速度を落としてくれても、
私は、むしろ、ミスタッチが増えていった。
コードの移り変わりで必ずつまずくために、続く演奏が後手後手になり、
雪だるま式に、オールミスタッチ、といった悲惨な状態だった。

家に帰り、私は、
なぜ、こうなってしまったのかを
自主練を通して分析した。

わかったことは、

先生が落としてくれた速度さえ、
私には、それでもまったく、

「速すぎた」

ということだった。

問題だったのは、落としてくれた速度が0.8だとすると、
コードごとの「範囲に限れば」、速度「1」でも弾けたことだったのだ。

それは、まるで、

「こうしろ」

と言われた指示範囲なら、
誰よりも速くこなす軍人=AC人格が生きてきた
「調教速度=1」だったことに、すぐに気づいた。

だから、調教速度「1」を保持しながら
コードの移り変わりを徹底的に練習しよう、とすることに
強い違和感を感じたのだ。

自主練をしながら、私は速度そのものを
落としていった。

始めは、1から0.8くらいにまで落とした。

十分落とした、と思った。

しかし、コードの移り変わりはそれでも弾けなかった。

どんどん、速度を落とした。

これでもか、これでもか、と
コードの移り変わりができる速度まで落とし続けた。

そして弾けたのが、

「1/2」

0.5まで速度を落とした時だった。

コードAとコードBがつながったとき、
そして、こうやって通して弾いたとき、
とてもしっくりきたのだ。

本来だ、と思ったのだ。

この速度は、普通に、楽しかった。

これもやってみるとわかることだけれど、
速度を半分に落とす、というのは、
「ゆっくり弾いてみましょう」という次元ではない。
ゆっくり弾いてみましょう、だと、
3割減、0.7くらいまで落とすのがやっとなのだ。

つまり、もともとあるべき速度「1」があって、
それを基準に、「速度を落としてみましょう」という落とし方の許容範囲は、
2割から3割減がいいところなのだ。

5割減、ともなると、
もはや、それは、「別物」になる。

そして、私がこの身体で理解したのは、
この速度こそ、

「私の丈にあった自分の速度」

だったことだった。

調教由来の軍人速度でない、
私個人の、本来の、楽しい速度。

そして、たまたま、今日、
「歩く」という体験をした時、
自分の舵でやってみたい、と思ったことが、
「歩いていて楽しい速度は、どのくらいだろうか?」
ということを、調べてみたいと思ったことだった。

それが、また、

「1/2」だった、

ということ。

前に、職場の畳一畳の踊りで書いたことだけれど、
それは、足を出して自然に重心が移動して進むくらいの速度だ。
とんでもなく遅いのだ。

1/2どころじゃないだろう、と最初は思ったけれど、
測ってみると、1/2なのだ。
つまり、0.7や0.8の落とし方と、0.5という落とし方は
質的に変化するほどの落とし方だと、この時、知った。

しかし、これがなんとも楽しいのだ。

それは、今まで散歩していて気分転換しよう、
とするAC人格のゆったりとは「ぜんぜん、違う」。
所詮、AC人格が落とすペースは、2割減程度。
というのも、調教速度「1」が基準だから、であり、
5割まで落としたら、「さて、通常に戻るか」というその「通常自体」が
変化してしまうからだ。

ふと、口中香を思い出した。

食べる速度を測ったことはないのだが、
食べる量が2倍に感じたのを思い出した。
おそらくだが、2倍の時間をかけてプリンを食べていたのかもしれない。
そうであれば、これもまた、1/2の速度帯の世界なのだ。

つまり、

私が「楽しいぞ」と感じ、経験しているこの世界は、
世界自体が、今までと違うのだ。

「1/2の速度帯」

という時間世界は、私にとって、今まで生きたことがない世界、
でも、これが、本当は

「私が」

「楽しい」

と感じる世界なのだ。

この世界に踏み出したきっかけは
2つあった。

1つは、5日くらい前から、

「堕ちまい」

とし続けていた。

ここしばらく、私は常の呼吸を変えていこうとしてきたが、
意識が一瞬「胸」とまでは言わなくても、「喉と胸の間」くらいまで落ちる瞬間が
あることに気づいた。

それは、

息を吸って、次に吐こうとする、その

「息継ぎの瞬間」

だった。

これは、口中香でも気づいたことだった。

技法とは、ただやってもダメなのだ。
いくら口をそのように、呼吸をそのようにしてもダメだと
改めて気づかされた。

大事なのは、

「堕ちまい」

なんとしてでも堕ちたくない、一秒も、ちょっとも堕ちたくない、
一日の間、一秒も生きていない時間があっては嫌だ、という
強烈な思いあってこその技法なのだ。

というか、その思いが、技法、つまり、
その人の生き方、生きる技術を自ずと創り出す。
必死に味わいたい、味わい続けたい、という思いが、
誰に言われなくても、口中香という食べ方を必要とする。

それは、すべて同じだった。

息継ぎで堕ちないためには、
どうすればよかったか?

それは、答えは簡単だった。

「堕ちまい」

と私が強く意志していればいいことだった。

そこが甘いから、甘かったから、
かつての自分に一番近い位置である「喉と胸の間」に
意識が一瞬堕ちてしまうのだ。

もう一つは、

何をやるにしても、

「自分が楽しいように、なんとか工夫できないか?」

ということを、常に考えていた。

「なぜ、こうなってしまうのか?」

という、「なぜ?」という分析は、今までは重要だった。

しかし、今、私にとって重要なのは、
「なぜ?」よりも、「では、どうしたら、こうならないか?」
という工夫を、「し続ける」ことだった。

身体がきつい時、AC由来の癖があおられる時、
そういう時こそ、「では、どうしたら」と具体的行動=工夫に着手すること。

それは、

やってみると、

こういうことなのだ。

「私が楽しめばいいのだ」

と。ずっと抑圧されてきたその生き方を、私自身で開けばいい。


2016.5.27
あび

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by jh-no-no | 2016-05-27 07:52 | 私の生き方

ゆっくり、数多く-自我復元後日記[043]

5月21日、0:56

文末に追記しました。


またさらに、

「気になる人」の動画を見て思ったことを

追記に続けました。

・・・


昨夜、仕事から帰ってきて、
また、ダンスの動画を見ていて、
一人、気になった人がいた。

何が気になっているのか、
わからない。が、わからないまま、
そのまま、保留しておいた。

この前も書いたように、
体調不良が続いていて、
稽古はしばらく、休んでいた。

いかなきゃ、という思いがしてきていて、
打身の練習もしなきゃ、時間がない・・・
いつもの思考回路だ。

十分な食事と睡眠をとるだけで、
ほとんど時間などなくなってしまう。

焦ってしまっていた。

これは、よくある状態だから、
今まではなんとか、その場しのぎでやっていたことだ。

だけれど、もう、こういう生き方は嫌だった。

そこで、よくこれを見ていくと、
やはり、優等生であろう、というのがあるのだ。

もっと正確にいえば、私は一度も優等生を目指した記憶はない。
ただ、いつも私は、劣等生にならないように、
身体が動いてきた、という感じなのだ。

それは、具体的には、

「速く、早く」

という掛け声で、この身体が動いてきたのだ。

わかってきたのは、

言いなりになって、せねばならないことをこなす、
というのは、とても、処理速度としては、

「速い、早い」

ということだった。

私にとって、物事を処理する速度の目標は、
つねに、この速度だった。

だから、

速くやらねば、早くやらねば、
と感じる時、というのは、
その速度よりも

「遅くなった」

と、自分で感じた時なのだ。

どんどんやる、というのは、
AC人格にとって、好都合だった。

考えず、突っ込めばいいから、
その速度に、私は、安心していた。

その安心が崩れる時、というのは、
遅くなった・・・というより、
「処理しきれなくなった」時、といったほうがいい。

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、となってしまうと、
もう、対処できなくなり、
「ああ、ダメだ」
となる。

これが、

「劣等感」

だった。

これをなんとか避けよう、としてきたのだ。

しかし、思ったのだ。

本当に、それは抱く必要はあったのか?と。

そうなると、私は、本当に
劣等生になってしまうのか?と。

仮に、劣等生、と言われて、
それで、何が問題なのだろうか?と。

たとえば、今週は体調を崩して、
なかなか、打身の練習時間がとれず、
次の課題がなかなかできない。

今度の火曜日までに、できるだろうか?
という焦りがあった。

・・・できなかったら、何か問題なのだろうか?

「できませんでした」でいいのだ。

そんなことより、わずかな時間でも、
楽しく練習すればいい。
たった数分でも、楽しければいい。

やりたい、という気持ちが、
こうやって、「やらねば」に切り替わってしまうことに
私は、敏感である必要を、とても感じた。

さっきも思ったけれど、

やりたい、やりたくない、
今、そう思っている。

もう、それで、いいのではないか?

なぜ、それが、

やらねば、になるんだ?

見ていくと、それは、
やはり、劣等意識を避けようとしているからなのだ。

昨夜の踊り手さんが気になったのは、
この方は、とても、楽しそうだった。

しかし、どうも、

「地味」

だった。

この地味さ、は、

私には、とても居心地が悪かったのだ。

それにしても、この方は、たくさんの動画をアップしている。
その数たるや、他と比べものにならないほどだ。

といって、見ても、それほど、あかぬけては見えない。
魅力的に見えなかったのだ。

身体の動きも、なんか、セーブされている・・・
いや、これは、「コントロールしている」というほうが、
本当だったのだが。

なにより、

この動画を通して、私が自分で避けているものを、
見せつけられているように、そう感じていた。

私はいつも、

「すぐ」

結果がでないと嫌だった。

しかし、考えてみれば、
それこそ、すぐに結果を出せ、と
速く、早く、とりあえず、言いなりに「はい」と言ってやりゃいいんだよ、
そうしないと、「ああなっちゃうぞ」という、陰険な脅しがあったからだと思う。

実際、私は、今、
劣等生になるのが、怖かったのだから。

いいじゃん、どう思われても。

私は、すぐに結果を出そうとする。

だから、明日も、明後日も、
と継続的に物事を続けることが嫌いなのだ。

でも、違う。

「ゆっくり、でいいから、やりたいのなら全部、数多くやればいい」

これが、本心だ。

ゆっくり、数多く。

そのダンサーは、すごく時間をかけて、
地道に、動画をアップし続けている。
本当に、一発屋、ではないのだ。

私の中の何かが、
こういう姿勢を見たくなかったのだ。

だけれど、違う。

私は、今、

ゆっくり、数多くやりたいのだ。

それって、どういうことになるか?

「出来が悪くなる」

当然だ。今まで、「すぐに、速く、どんどんこなせ」
という「言いなり効率」に従ってきたわけだから、
効率が悪くなって当然、出来も悪くなって当然。

しかし、

どちらが異常だったか?

マシンガンのように、殺せといったら迷わず殺す、
そういうテロリストのような「効率」がはたして正常か?

「できませんでしたぁ(笑)・・・楽しかったけど」

といって、次のレッスンに行くほうが、
まったく、まともじゃないだろうか?

しかも、今日、練習していて思ったけれど、
マシンガンのように練習しても、
楽しくなきゃ、何の意味もない。
わずかな時間でも、私は、楽しかった。

「出来が悪くなる」

結構ではないか。

やりたい、気持ち。

それが満たされないまま、ああ、出来なかった、
またやろう、次やろう、って、
それが普通じゃないだろうか?

強く思ったのは、

「結果など、どうでもいい」

ということだった。

身体運動も、そういえば、そう、
それ、昨日感じたことだった。

結果など、どうでもいいのだ。

動こうという意識、動機、
それが、結果を生み出す前の「準備動作」を身体が創り出す。

「それが」

楽しいのだ。起きた結果など、ダンサーにとっては
もう、終わっていることなのだ。

仕事中、踊りまくっていて、発見したのだけれど、
そういう踊り方、というのは、
まったく「重力」を感じない。
だから、疲れない、というか、へんな疲労感はない。

こういう踊り方をしている人がいて、
最近、私はその人が好きだった。

なのに、その人と、昨夜の踊り手さんは
まったく、違うタイプだったことに、
私は戸惑ったのだ。

戸惑う・・・

まあ、いい。

戸惑えばいい。

でも、私は、

「劣等感」

は、持つまい、と思った。

なぜなら、それは、

「抱く必要がないから」

だ。

結果、など、何か言いたい人が何か言えばいい。

私がこの身体で感じている現実とは、
その結果が起こる前の、

「やりたい、やりたくない」

という、その「思い」の「塊」のほうなのだから。

できるか、できないか、は
それは、やってみなきゃわからないし、
それこそ、他人に評価されてどうこう、というものでなく、
自分自身が、生き方を精査する一つの指針に、
自分自身でしていくものが、「結果」だ。

私は、ゆっくり、

効率悪く、

生きていくよ。

しかし、

誰にも譲らないのは、

「この気持ち」

だ。


・・・


以下、追記です。


ここまでの投稿を書いて、今日、
私は、久々に、稽古に参加した。

居合から参加し、3時間みっちりやったのだけれど、
まったく予想外の収穫があった。

一昨年の夏から、合気道を始めたわけだが、
ちょうどその数か月前に、入会した同期の男の子(大学生)がいて、
私たちは、この1年半、全体稽古後も、二人で一緒に稽古をしてきた。

一緒に、昇級審査も受けてきた。

5級、4級、3級、そして、次は2級。

体調がよくないことから、
ここ一ヶ月以上、休んでしまったことで、
相当、遅れをとってしまい、
彼はどんどん、できるようになっていて、
私は、今日、

思いっきり、

「劣等感」

を感じてしまった。

・・・実は、今までもそうだったのだけれど、
劣等感を感じている、ということすら、
私は、気づけなかったのだ。

私は、頑張っている、努力している、
という部分だけ、意識され続けてきたからだ。

その「動機」が、実は、劣等感だ、
ということに、今まで気づくことができなかった。

今日は、あやうく、それに気づかない危険があったのだが、
運よく、指導をしてくれるおじいちゃん先生が、
こんなことを、私に言った。

「2ヵ月も休んじゃあ、忘れちゃうよ」

と、それは、休んだことを責めているのではなく、
「できなくて、当然」ということを、私に伝えているのだった。

その時、私は、こう口走った。

「忘れている、というより、まだ最初のところ以外、
やっていないです」と。

やっていない、というのは、教わっていない、
と私は言いたかったのだ。

すっごく、嫌な気持ちだった。

猛烈に。

なんでだろう、とすぐに考えると、
それこそ、劣等感だったからだ。

「教わっていないから、できないんです。
教わっていれば、いくら忘れていたとしても、
もう少しは私はできるはずです。教わっていなから、できないんです」

そう私は言いたかったのだ。

それで、

ああ、

これ、思いっきり、劣等意識だ、

と思った。思えた。

もしもこの経験がなかったら、
あやうく、「僕も頑張るぞ」と意気込むことで、
その努力というものの底に植えつけられた「劣等意識」に
今回、すぐに、気づけなかった可能性がある。

そう考えると、ひやっとする。

でも、それに気づけて、
私は、帰りの自転車で、そして家に帰ってからも
その「劣等感」と向き合った。

劣等感と向き合いながら、

私は、

3つのことを思った。


1つは、

劣等感を感じているんだなあ、と思った時、
それは、「爽やか」ですら、あったこと。


2つめは、

劣等感・・・

それを「凝視」しても、
劣等感は、もう、私に

「何もできない」

ということ。

私を動かし、支配する力にならない、ということ。


3つめは、

さて、明日からの打身の練習も楽しみだ!

と、思ったこと。


そう、まったく話は変わります。


今日、久々に、「初身」を手にして、
大きく振りおろした。

おじいちゃん先生が、

「切ろう、とするんじゃないんだよ。
刃がついていれば、振りおろせば切れるんだから。
突いてもそうでしょ。突けば、切れるでしょ。
そうじゃなくて、重心がまっすぐそのまま、
刀は、放るようにするだけでいい。大事なのは、姿勢。」

と言われて、やってみた。


「気持ちいい」


ダンスをやっているのと同じだった。

そして、私は、これが、居合をやりたかった理由だったし、
初身とは、まさに、こういう「気持ち」そのものだったから。

初身。

そして、打身。

打身も面白いんだ。

今日やって思ったのは、

今さらだけれど、何拍子、というのがあって、
それを意識することが、曲を身体で演奏することだなあ、って思った。

今までは、曲以前の音階練習だったから、
拍子やリズムのことが、あまり、意識してこなかったけれど、
打身でやりたいことは、そういうことだった。

どれも、踊りだった。

・・・こうやって、話はどんどん進んでいく。

劣等感は、どっかに置いていかれて、
枯渇していく。

それでいいんだ。

一秒も、もう、そいつにかかわるな、
というタイミングでは、今進みたい道をまっすぐに
ただ突き進め。

私の「身体」は、そう、準備をしているのだから。

さて、

今から、私は、その

「気になる踊り手さん」

の動画を見てみたい。

目的は、たった一つ。

踊りを、私は、もっともっと楽しみたいから、
この人の魅力を、もっと知りたい、
くだらない私の思考を貫き通して、
そこにある、「美」を、存分に味わいたいのだ。

というか、

やっぱり、こう思っている。

素敵だったなあ、あの人の踊り、って。

だから、それだけでよかったんだ。


・・・

↓ ここから、追記の続きです。


今、その「気になる人」を見ていて、
私は、昨日、いったい、何が居心地が悪かったのか、
もう、ぜんぜん、わからない・・・って思った。

すてきだし、こうやって踊る姿勢って、
私がいつも、今、やっている私自身じゃないかって。

自分を見るようだった。

・・・自分を見るようなのが、今まで、なぜか嫌だった。

でも、もう、嫌じゃない、みたい。

昨日、こんなことがあった。

職場で、あいかわらず踊りまくっていたのだけれど、
お客さんが、私に、こう言ってくれた。

「あなたのサービスは最高。とても丁寧。
半分、幸せになった気持ち。がんばってください。」って。

私はもうお客さんのことなんて、何も考えていないくらい、
ただただ、踊って踊っていたのだけれど、
楽しそうにしていたから、そう言ってくれたんだと思う。

今、その気になっていた方の動画を見て、思った。

もしも、この人だったら、そう言われたら、

「ありがとうございますっ!」

と、素直ににこにこ答えただろうな、って思った。

私は昨日、そう言われて、いつもそうだけれど、
ありがとうございます、とは言うけれど、
どこか、恐縮していた。してきた。

でも、私も、恐縮なんてしなくていいと思った。

「ありがとうございますっ!」

って素直に言えばいいじゃんって。

だって、

楽しくて、嬉しかったのは、

私にとっては、

ただ一人、

「私」だったのだから。

そう、見ていて、最初に思ったんだ。

この人は、世界の人たちが、味方に見えている。

もちろん、全部じゃないだろう。

たくさん、つらいこと、いじめられることもあるだろう。

でも、味方に恐縮することは、この人はないだろうな、と思った。

私は、嬉しいときは、

これからは、ちゃんと、

嬉しいって、その人にも伝えたい、と思った。

嬉しいときは、嬉しいって言おう。

「ありがとう」

って、笑顔で伝えよう。

以上、追記の続きでした。


2016.5.20
あび

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by jh-no-no | 2016-05-21 00:56 | 私の生き方

殻を破ろう!-自我復元後日記[042]

ダンスの動画を見て、思った。

なんて今まで、私は、
ほんのちっぽけな思考だけで生きることを

「強制」

されていたんだろうって。

くやしい!

ほんと、こんなダンスの魅力も
ずっと見えないままに。

自分でも驚くほど、

今は、他の人、こうやって動画で見る人たちが
今までの「何十倍も」魅力的に見える。

身体、感情。

見ている焦点が、まったく、変わった。

思考、考え、それらが見えない。

見えているのは、生き生きと、
躍動的に動いている身体。

なんて、素晴らしいんだろう!

身体って!

赤ちゃんって、もしかしたら
こうやって、世界が見えているんじゃないかしら?

どれもが、未知。

未知で、ユニークで、楽しく、激しい。

まったく、そう、

「自分の知らない世界、ばかり」

なのだ。

こんなにも、私の知らない世界がたくさんある。

そして、それは、

「知る」

必要はなく、ずっとずっと、知らないままに
その知らない未知な世界を
「うわぁ~」って顔で、ずっと見ててよかったんだって。

大事なことだ。

好きだ、素敵だ。

そう思い続けられていること。

できるか、できないか、
わかるか、わからないか、
そんなことが、完全に、

「圧倒」

されている。

ただ、魅了されていること。

私の身体の中の血が、ドキドキする。

私もその同じで、同じではない「身体」を持って生まれた。

さて、打身の自主練、やるぞっ!


2016.5.19
あび

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by jh-no-no | 2016-05-19 15:31 | 私の生き方

踊れる!-自我復元後日記[041]

わぉ、あと30分だ。

30分でブログを書く、というのは、
なかなか、厳しい、かな?

と思うけれど、30分「も」ある。

さて、今日は、

「踊れる!」

ということと、死後のこと、少し、というか
めいっぱい書いていこうー!

まず、踊りは、めっちゃ面白い!

職場でも踊り続けていて、
もう、あれからというもの、
バリエーションが倍増、3倍増。

立ち位置、角度をかえるだけで、
新しい動きかた、できるんだよ。

畳一畳って、ほんと、面白い。

動く、という意味なら、
つま先とかかとの重心移動だけで、
くるんくるん、移動できちゃう。

でも、わざと、効率悪いこと、やってみる。

まるでブランコのように動いてみたり、
・・・そう、前に、ちょっとお客さんの合間が空いたときに
練習していたら、いつの間にいて・・・笑ってた。。。

「すみません・・・」と、お互い、にこにこしていたのが
よかったなあ。

思い出話はいいとして、

身体って、すごいなあって。

こうしたい、って「本当に」思っていると、
身体がそれを為すんだよね。

「えっ、今、僕、どうやって動いた??」

と驚くことが多い。頭で動いているのでなく、身体が自然に動いているから。

もちろん、そういうことばかりだけではない。

身に着いた思いこみが強いと、
考えることもあるのだけれど、
この考えるヒントというのも、やっぱり自分がやって身体が経験したことの中から、
ヒントを得ている。

踊りの動画を見て、
その「結果の姿」をいくら真似ようとしても、
絶対にできない。

踊り、そもそも「運動」って、
打身のそうだけれど、
「動く前の」「ため」、その半拍前の準備動作こそ、
準備ではなく、「本番」なんだ。

その「本番」の後、結果がついてくる。

もちろん、結果をイメージすることは大事で、
「こうしたい」という強烈な思いが、
半拍前の作用反作用を生み出すからだ。

目で見て、たとえば、動画を0.25倍にしても
私は、踊れない。
どう動いているのか、ぜんぜん、わからないのだ。

だけれど、動画を一度きって、
ああいう動きをしたい、って思うと、
不思議・・・踊れるようになる、踊れる!のだ。

リズムもそうね。

拍をとろう、とそれに追いついていこうとしても
絶対、リズムはずれる。

「しなきゃならない」だとダメだ、ということだ。

「どうしてもそれをしたい!」という強烈な思いが、
身体を発動させる。

とりあえず、「踊れる!」って思った。

楽しくてしかたがなくて、

うちに全面鏡はないのだけれど、
仕事から帰ってきて、外、真っ暗な時、
家の電気をつけて気づいた。

大きな窓があるから、
外が暗くて、中、電気をつけると、
ばっちり、自分の姿がうつる。

これいいやって思って、
最近は、仕事から帰ると、思わず、踊ってしまう。

一度踊ると、やめられない。

というのは、やっているうちに、
もっとこうしたいな、どうしてここ何だか違和感があるんだぁ?とか、
疑問がつきなくなるから、やめられない。

もっと気持ちよく踊りたい!

その思いが、踊りをやめさせない。

そんなこんなで、十分な食事と睡眠をとっているにもかかわらず、
昨日、体調を思いっきり崩した。

ほんと、綱渡りだなぁ、と思って、
昨夜、仕事帰りの、また、あの歩道橋で
一瞬、数秒間だが、こんな不安が生じた。

「この身体、蝕んで・・・寂しく一人で死んでしまうんだろうか・・・」

と。その時、脳裏に浮かんだのが、Pや親、兄弟だった。

その人たちに、何も知られず、一人、死んでいく。
蝕むように、みじめに死んでいく・・・

たった数秒だが、そう思ったのは事実だった。

が、その後、まったく、私は、別なビジョンが起きた。

それは、その哀れな自分とはまったく違う私。

「十分な準備をしなきゃ」

だった。

昨日の日記に、私は、こう書いた。

「やりのこしたことは無く、
これから やること、だけがある。」

やりたいことも
やりたくないこともない。
やること、だけがある。

私が、私一人が、自分の舵をとること、

半分残したりんごが、もし、最後の食事になるとしたら、

「よし!」

である。

私は、今、この生きているここで
引っ越し先の死後にそっくりそのまま持ちこめる空間を作る。

だいたいが、

死んだからといって、今やっていることが中断されるだろう、という
前提の植えつけ自体、「ふざけんなよ!」だよ。

私は

もっともっと

やる。

だから、死ぬ時は、大不満のまま、だよ。

その「大不満のまま」
引っこすだけだ。

もっともっと踊りたいと思っているのに、
止められたら 「 嫌 」 に決まっている。

「何が不満だったのか?」

この未消化な不満の膨大なリストをつくって

「それに取り組む生」

    を

   選ぼう


「紅葉まんじゅう」

食べなくてよかった!!


   あび

・・・

と、書いた。

リストをつくって、というより、
リストをこの身体に叩き込んで、
その膨大な不満感覚を死後、抱えて持ちこんでやろう、
といった意気込みのほうが、いい。

りんご、とか、紅葉まんじゅう、というのは、
実は、昨日、ほんと具合が悪くて、
家に帰って、ヨーグルトなど、食べられるものを食べて、
それで消炎症薬を飲んで、しばらく、倒れていた。

私は、りんごを食べたいなと思っていた。

ところが、ある時、

「紅葉まんじゅうを食べようね」

と、まるで、自分を慰めるように、それを食べようとしたのだ。

私は、やめた。

私の身体は、りんごを食べたい。

私は、リンゴを切って、
それをさらに、小さい一口サイズにスライスして、
お皿に盛り、口中香の食べ方を意識して、
それを食べた。

半分は、塩水にさらして、
冷蔵庫にしまった。

私は、食の幻想と本気で向き合ったのだ。

私がしたいのは、

どこまでも、私が舵を取り続けること、
これだった。

何をやりたいもやりたくないもなく、
実際、私は、ここ毎日、やりたいことしかしていない。

何もかも、私は、楽しい。

それは、何もかも、私が舵をとっているからだ。

どんな身体が疲れていても、
私はどんな励ましも慰めもいらない。

他人からも自分からもいらない。

やることは、私が、意志で舵をとる、これだけ。

私は、大不満のまま死んでやる、と書いたけれど、
当たり前なのだ。

だいたい、死なない。

なぜ、死ななければならないのか、
その意味がわからない。

生きる意味もわからないけれど、
死ぬ意味も、まったく、わからん。

私が今思うのは、

いや、

思う、とかではなくて、

今、やっている、いつもやっていることは、

「これを続けていく」

ということなのだ。

だから、死後も、そのまま、誰に邪魔されることなく、
不満を持ち越すんだ、と思っている。

研究の途中だから。

楽しみの途中だから、といっていい。

それがこういう思いになる。

「踊っているときに邪魔されたら、
誰だって嫌だろ」って。

あれこれ工夫をしている最中に、

死後もへったくれもない。

死んでも、この空間、保持してくれよ、
というのが本音だ。

時間、思いっきり、10分過ぎた。

あと、書き残したこと、ないかな。

とりあえず、私が今日書きたいことは、

今、体調悪いけど、

昨日なんて、鎮痛剤飲んで、すぐ寝なくて、
汗かくまで、踊っちゃったよ。

楽しすぎるから。

だって、こう動きたい、って思うと、
あっ!って出来る瞬間が来る。

わあぁ~!って、

「身体」

が言っているんだ。

打身の練習も、寝ようか迷ったけど、やった。

やっぱり、楽しいなあ。

音楽も、踊りも、

「身体運動」

なんだよ。


2016.5.18
あび

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by jh-no-no | 2016-05-18 16:19 | 私の生き方

工夫-自我復元後日記[040]

5月16日 19:15

文末に追記しました。

・・・

久々に、パンを作ることにして、
今、発酵中。

十勝のエゾヤマザクラのさくらんぼの
乾燥酵母を今回は使ってみた。

生とドライの真ん中くらいのイースト。

イーストで味が変わるのかわからないけれど、
いろんなイーストを使うのは楽しい。

あと、発酵に30分かかるので、
今日のブログを書いてみようと思う。

昨日の続きだけれど、

目指せ、3000回!と言っていた
ぴょこぴょこした屈身運動だけれど、
ふと、もっとダンサーのように踊りたくなって、
たまたまだが、絶妙なターンを思いついた。
というか、身体がやっていた。

よくモデルさんが、舞台から登場してきて、一時、止まり、
右45度、左45度、と左右斜めからの姿を見せようとするときのターン、
と言えばいいだろうか、とりあえず、「これは!」と思った。

そもそも、ぴょこぴょこしているだけでも「ちょっとへん」なのに、
もはや、「こいつ、何やってんだ?」というくらい、へん。

でも、やっていて思ったけれど、
「他人の入る余地」がない、のが自分でわかる。
誰もやっていないこの動きが、
まるで、世界の中心になっていて、
もはや、関心あるなし抜きに、まわりの人たちは
オブザーバーだ。

「こんなことも、ありなんだ~」くらいに
関心がある人に思われればいい、と思う感じ。

右足かかとから右足つま先への体重移動、
足首の回転を腰の回転へ連動させて、
重心を右から左へ転換、
左足つま先から左足かかとへ体重移動、
その繰り返し。

90度のターン。

もはや水面下、では済まず、
バリバリ、上半身が動くから、
自分でも、ダイナミックな動きを感じて気持ちがいい。

これを数千回、やる。

昨日、仕事をしながら思った。
踊れて給料をもらえるのだから、
どんどん踊りますよ。

さて、

これも久々に、遮断射精をしよう、と思った。
が・・・、まだ泌尿器に違和感をやりながら感じたので
やめて、「非遮断射精」にした。

先日、前によく見ていたエッチ動画でどうしても
自慰をしたい!ってなって、してみた。

気持ちいいのだけれど・・・ん~。

こう思ったのだ。

「もっと、ないんだろうか(他に)」

と。

何か違和感がある。

前に自我は快を求めてるわけじゃない、と書いたけれど、
まさにそうで、気持ちいいからといって
それで「楽しいか?」というと、それはまったく別問題だった。

楽しくはないのだ。

それで、遮断射精のほうが、
ずっと「楽しい」と思ったので、
やろうとした、というわけ。

泌尿器の違和感も気にせずやっちゃえ、
って勢いだったけど、なんとなくやめた。

だけれど、ふと思ったのだ。

遮断しないけれど、
「それ以外」は、すべて、遮断射精の方法を
てんこ盛りにして自慰をしてみては・・・と
チャレンジしてみることにした。

工夫をすればいいんだ、と。

だから、「非」遮断射精。

ワクワクしながらやってみたが、
実は、すごく、気持ちよかった。
正直、遮断射精と変わらないほどの痙攣があり、
とても満足だった。

後から思うに、
遮断射精のほうが、「圧縮されたもの」があったように思う。
どうしても射精してしまうと、エネルギーが散ってしまう、
といった感じで、「薄い」感覚かな、とは思った。

しかし、大事なのは、
「工夫」だった。

口中香もそうだったけれど、
私にとって、まず大事だったのは、
そうやって「工夫」をする態度だった。

もうすぐで、発酵完了だが・・・もうちょっと。

今朝も、昨日からもだが、
「妄想」というのは、どうも、よくない。

何が不満か、というと、
エネルギーが分散されてしまうのだ。

たとえば、自慰もそうだけれど、
エッチな動画を見て妄想する。

そうすると、自分の身体への集中が
そっちにとられてしまって、
要は、「もったいない」のだ。

身体が気持ちよさを求めている。

それを妄想へ関心がひっぱられると、
身体に集中できない、これが、きっと不満の原因なのだ。

ダンスの動画を見ても、
いいな、と思ったりはする。

だけれど、それは自分が踊ってるわけじゃないんだよね、
って思うんだ。

すると、私は、
そんなことより、職場で踊りたい、ってなる。

今朝思ったけれど、

私はずっと優等生だった。

でも、私が今、

どう考えても、

「へんな人」

だよね。

おそらく同業者で、あんなへんな動きをしている人は
おそらく、いない、と思う。
そもそも、この仕事をしていて、思いつくようなものじゃない。
仕事イメージって、相当、植えつけられていて、
私が今やっていることは、「おいおい・・・」と唖然とするものかもしれないが、
私は、正直、この仕事、みんなこうすればいいんじゃない?って思っている。

さらに、コンクールでも開いて、
その独自性を互いに研究し合い、切磋琢磨したら、
この仕事の見え方は、180度、変わるだろう。

パンを食べようと思ったのも、
やっぱり、ご飯、と決めるのでなく、
パンを食べよう、という、これもまたささやかでも
一日の始まりの工夫だと思った。

私は、この生、

やっぱり、自分で「工夫」をしながら、
どんなことも、朝から晩まで、独自の考えと行動で・・・
独自、ではなく、

「へんな」

ことをやって、生きていきたいなー!

やばい、15分オーバーだ。

パンを食べよう~


・・・


以下、追記しました。


パンを食べ終えて、

そうだ、とやってみよう、と
思ったことがあり、
今、やってみました。

その前に、いつも口中香のことで書こうと思って
忘れてしまうのですが、
最近、意識してやっているのが、
「上あご」も開く、ということ。

これは歌っていて気づいたことなのだが、
手の指先を足の指先につけるように(つけなくていいが)
だら~ん、と上半身を折ると、
どうやら上の顎の力が抜けるようで、そこで声を出すと
声がとてもクリアになる。

これを活用し、
下あごだけでなく、上あごも力を抜いて
口のなかを広くしている。

状態としては、
上の歯の奥歯が上がっている、感じだと思う。

下あごの力を抜くと、
口尻があがり、自然な笑みになる、と前に書いたが、
上あごの力が抜けて、奥歯が自然に上がると、
子どもが何かすごいものを見つけて
「うわぁ」となる時の、少し、間抜けな顔になるが、
私は、これが、とても好きな笑顔。

つまり、脱力すると、
素敵な笑顔になるのだ。

仕事中も、私はこうしている。

無理に笑っているのでなく、
呼吸の仕方を変えて、脳の中心と外気との経路を作る上で、
そのために、口中香の口の開き方が大事になるので、
つまり、つねに自覚的に生きたい、という思いゆえに、
私は、結果、笑っている。

さて、

ほんと、へんな話を書くことになるが、
私は大真面目で、これからも
いろいろなバリエーションを試してみたい・・・

で、何をしたか、というと、

どうしても、先日見たエッチな動画、
この女性かわいいなあ、と思いながら自慰をしたその動画を
どうしても、自慰目的でなく、なんとか、楽しめないか、と思って、
パンを食べながら、か、食べ終えて、か忘れたが、
ふと、面白いことを思いついた。

自慰はせず、

「(この人に)何を作ってあげたくて、(この人と)一緒に食べたいか」

ということを、そのエッチな動画を見ながらやってみよう、
と思ったのだ。

やってみた。

結果・・・

「ラムネ」「アイスクリーム」
「果物の盛り合わせ」なかでも、もも、がいいな。

デザートばかりだけれど、

ふと、

ざるそば、と、おいしい(冷たい)水。

やや温かい食べ物になんとなく移り、
おにぎりなら、チャーハンおにぎり、
それと、温かい緑茶。

再び、スイーツになって、
「ベルギーワッフルと今川焼、両方」

みかんもいいなあ、さくらんぼも・・・そうめんだな、こりゃ。

朝食は、トーストと(なんといっても)「ジャム」。

ちょっとしたお菓子に、「ボーロ」。

・・・かなり、真剣に見てしまった。

その人の皮膚の感じから、洋服の袖口、
舌の形、足の形、

いつも、まったく見ていなかった部分、
本当にいっぱいあるんだなあ、と思った。

私が作る、っていうか、
やってみると、
一緒に買って食べる、みたいなのが多くなったけれど、
私はこの女性とデートをするなら、
今がそういう季節だからかわからないけれど、
夏らしい甘味と食事を、外で楽しみたい、と思っているのかな。

やってみて、よし、と思った。

私が思えたことは、
もしもこの女性とどこかで会った時、
まず、「ラムネ」と思うだろうな、ということ。

決して、エッチなことをしてくれる女性、でなく、
私は、ラムネの人、って思うだろう、ということ。

私は、どうしても、この動画、こちらの女性を
別のものに「切り替えたかった」。

自慰の人、じゃ、嫌だったのだ。

自慰なんて、そんなのは、
したい時、自分ですればいい。

食べ物、だけでなく、
実は、こんなことも思った。

この女性と上野動物園に一緒に行ったら、
まず、何を一緒に見たいかな、って。
さるかな・・・とか。

動物編でもやってみたい、この妄想デート・・・

・・・妄想、というけれど、
私は、本当に、人と付き合う、これから好きな女性と付き合う、
どういう人と、どうやって付き合っていこうか、とか、
これから、自分の人生を描いていく、というのは、
まったく、こういうこと、そのものだと思うのだ。


2016.5.16
あび

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by jh-no-no | 2016-05-16 19:15 | 私の生き方

ダンス研究-自我復元後日記[039]

なんといっても、最高の踊り場は、

今、

「職場」。

畳一畳のそこは、贅沢にも6時間以上、
同じパターンを300回以上、
ある動作に関しては、3000回近く、毎日、
「踊れる」。

以前、頭と腰、その2通りでの重心の移動のことを
少しだけブログに書いたけれど、
さらに、昨日、ブラッシュアップしたのは、

「腰の回転」

と、重力(体重)を利用した前後の歩行ステップだ。

「体重歩行」

とでもしておこう。

今までの「頭と腰の重心移動」は、
スピードスケートの動きをモデルにするとわかりやすく、
私は、この一畳の上を、「氷上」のごとく滑っていた、
というのが、今までのダンス。

これは、おもに、移動を考えてのこと。

昨日、これもたまたま身体がある時そう動いたので
発見したのだが、

45度くらいの、わずかな方向転換、
しかも、立ち位置は変わらない、
といった場合に、私は、

「くるっと」

回転していた。

なんだ、なんだ?

と思って、何時間も、やっていた。

家に帰ってからも、あれ、どういうことなんだろう?
って再度、やってみると、
それが、「腰の回転」だった。

斜め違う方向を見ようとする時、

「大人は」

おうちゃくして、上半身をねじるだけで
対処しようとする。

その点、子どもは、

ちゃんと、ぎこちなくとも、
身体全体をそちらに向けようとする(と思う)。

すべての動作がそうだけれど、
違和感は、そちらにもう動いている、意識はそちらにいっているのに、
「身体が残っている」という分裂感にある。

しかし、間違ってはならないのは、

身体を修正しよう、とするのではない。

身体が悪い、悪いというのは、
責任がある、というのではないのだ。

実は、「やる気がない」だけなのに、
身体がそう動かないことに苛立ち、
自分の身体に八つ当たりしているだけなのだ。

楽しそうに遊んでいる子どもの動きが
まるで模範的なダンサーのようになるのは、
(というか、模範的なダンサーが子どものようであるのは)

「やる気がある、乗り気だ」

ということで、だから、これに身体がついてくる。

・・・という記述も少し違くて、
身体とその感情は切り離せない。

身体こそ、自分の気持ちだからだ。

つまり、身体が動かない、というのは、
やる気がないのである。

本当に「そっちの方向」を見よう、
とするのなら、身体ごと、そっちを「向こう」とするものなのだ。
首だけで済まそう、とするから、
上半身をねじる、だけで対処しようとしてしまう。

それって、結局、

「向きたくは、本当はないんだけどね(仕事だからしかたがない)」

と言っているのと同じで、

下半身は元の方向を向いたまま、
上半身だけねじるのを、何千回、何万回とやっているのだから、
腰を痛めても当然なのだ。

原因は、

「やる気のなさ」

にある。

ダンスもそうで、

「こうしなければならない、こうするとよく見える」

とか、そんな動機でやっても、それはやる気ではなく、
そういう動機に「乗っかって済まそう」とする怠慢さでしかない。

たった45度の方向を変えるだけでも、
身体が動くときは、腰が回転する。
その結果、かかとは「軸」の役割を担い、
おのずと、くるっと、回転している。

昨日、この「くるっ」が楽しくて、
一人で、くるんくるんしていた。

・・・ふとお客さんからはどう見えるんだろう?
と思うけれど、基本的に下半身は見えにくく、
それこそ、水面下の動きである、が、
これ、お客さんに当然、「バレバレ」なのだ。

昨日やっていて何度かお客さんから感じたのは、
私が楽しそうにやっていて、「私も楽しい」と
感じてくれていることだった。

なら、OK。

仕事中、踊っている、というのは
ちょっとおかしいと思うけれど、
これも、ちゃんと踊れば、不自然さも味になるものだ。
こういう人、楽しそうな人ね、と思われればいいと思う。

ノリノリだったので、自然に、次のステップを発見。

ちょっとやってみるとわかることなのだけれど、
腰を沈めながら(体重を落としながら)、足を前に(普通に歩くように)出していく。
と、不思議だが、前に進むのだ。

後ろもそうだった。

体重を落としながら、後ろに下がろうとしてみる。
と、後ろに進む。

きっとこれは、足を使って重心を移動し、
重力が動力となっているのかな、と思っている。

これは、私にとって大発見で、
力を使わずに歩く歩き方だ!と感じた。

というのも、今まで、
この一畳の中とはいえ、半歩くらいは、前後する。

しかし、これを何千回も、しかも、
その狭い空間から出られず何時間にも渡りやり続けると、
いつも普通に踏み出すたった半歩が、

「実は、しんどい」

ということに、気づき始めるのだ。

昨日、この動きを発見してから、
とても、楽。

そもそも思ったのだけれど、
すべて、「屈伸」運動が基本だ。

子どもは、いつもしゃがんでは、飛び跳ねる。

大きな屈身を何度もする。

前に書いたけれど、
その大きな原因は、頭が重いために、
頭で重心をとっており、(大人が考える以上に)屈身する必要があるからだろう。

昨日思ったけれど、
もしも大人になっても身長が変わらず、頭が重いそのプロポーションのままなら、
少なくとも、身体感覚は、子どもらしく、育っていけるのでは?と思った。

で、その屈身が「大きい」と、
こう他人からは見える(だろう)。

2つある。

1つは、

「なんだか、疲れそう」

しかし、これは、見ている大人の間違いである。

私は、このよく動く水鳥のような動きをしてから、
おそらく疲れは半減以上している、と感じている。
正直、ほとんど、疲れない。

2つ目は、

「かわいい」

そうなのだ。屈身をぴょこぴょこしているのは、
かわいく見える。

子どもの動きや、女性のダンスに見られる。

かわいい、と私は思うのだけれど、
まったく、効率的なのだ。

格闘技では腰の高さは変えない、
というのが基本だし、
男性はそういう動きをする、というか、
そうしたほうがいい、と思っているのかわからないが、
いずれにせよ、ぴょこぴょこした動きは
女性と子どもによく見られる。

かわいい・・・と感じてしまうけれど、
私は、思った。

かわいい、と感じるのは、おいておいて、
これは、とても効率的だ、と。

余談だが、打身の先生は、よく
「男子だから、こうしなくても弾けると思うけれど」
と言うことがある。

ただ、一ヶ月、自主練をやってわかったのは、
その男子だからといって出来てしまう弾き方は
とても効率が悪く、楽器そのものの味が死んでしまうことに気づいた。

こうやって男子だから、ということで、
効率悪く、かっこいいから(と思いこまされて)
身についてしまった身体癖が、きっと、たくさんあると思う。

ダンスを見ていて思うのは、

女性が女性らしく踊っていたり、
男性が男性らしく踊っていたりしても、
魅力的ではない。

女性の中に「女性でない部分」を垣間見たり、
男性の中に「男性でない部分」を垣間見たりする時、
その普遍的な「人間の身体動作」こそ、魅力的なのだ。

・・・なので、ぴょこぴょこは、「かわいい」と感じてしまうのは
そういう動きが、子どものようで、女性のようだから、
と植えつけられてきたからだと思うが、本当は、ただ、

「楽しそうな動き」

なだけであり、余計な声に騙されてはならない。

私自身、「これ、女性に対する幻想じゃないか?」と
頭によぎったが、身体が感じていることが

「勝ち」

なのである。

あ、そう、今思い出したけれど、

こういう狭い場所では、

足幅は重要だ。

どういう動きをするか、によって、
足幅は変えないといけない。

狭いがゆえに、

「これは大げさだろう」

という歩幅にすることが移動を楽にすることもあれば、

足を揃えての、そこで生じるわずかな重心移動が
身体の負担を減らすことにもなる。

この、足を揃える、というものに、屈伸が加わり、
それを2秒ごとにやっていると、それこそ、
女の子みたい、なのだけれど、

「みたい」

なだけで、男の子もやればいいのである。


というわけで、


今日も、その、かわいい屈身運動を、
目指せ、3000回、の気持ちで、
仕事に向かおうと思う。


2016.5.15
あび

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by jh-no-no | 2016-05-15 15:50 | 私の生き方

書きたくてしょうがない!-自我復元後日記[038]

タイトル通り、

「書きたくてしょうがない!」

なんだろう、もう、書きたくてしょうがない。

私にとって、このブログは・・・

なんだか、ずっと、一緒に生きてきたもので、
もう、それだけなんだよ。

好き、なんだね。

生き方、というカテゴリだけれど、
「方」というより、「生」そのもの、「私」そのもの。

今の気持ちは・・・今だけじゃなくて、
ずっと、この気持ちは、このブログで私は、

「出し切りたい」

と思ってきたし、今もそう。

何を?でなく、何でもいい、

「それ、私とまったく同じか?等身大か?」って。

それに対して、もう私は、

「YES!」

としか、言わないのだけれど。

書きたくてしかたがない、

生きたくてしかたがない、

同じこと。それは同じこと。

今、こうやってキーボードに指をあてている。

その時、ワクワクしてしょうがない。

何を書くか、でなくて、このキーボードに触れた指先の感覚が
電気が走るように、身体を、心臓をドキドキさせる。


「踊りたい」


今、私が、あれもこれも、とやりたいことの一つ。

すっごく興味がある。

だから、今日から、さっそく、
見よう見まねでやっている。

リズムを身体で感じて動くこと。

大好き。

この頃、体調優先で、稽古を休んでいるのだけれど、
私にとって、合気道や居合は、かつてと
目的が変わってきていて、

もはや、

「健康法」

だと、自分では思っている。

打身も、ある意味、そう。

私は、動きたい。

ずっとずっとずっと、動けないで、
委縮してきたから、

今は、

そう、この頃、何度も思うのだけれど、

今私は、何をやっても、それが、
身体を動かす動力、電池、元気、エネルギーになっていて、
快も不快も、また、AC人格の記憶や習慣ですら、
私には、私が動くその力になっている。

何でもいいのである。

何もかもが、今、私には、
どれもが、「味方だ」と感じる。

今日なんて、ぜんぜん、元気がなかった。

でも、不思議なんだ。

「元気がないぜ!!!」

とか、どっかで元気なんだよ。

これは、すごいもので、
いつもそうだけれど、
何もかもが、どうでもよくなってしまう。

同時に、

どんな些末なものも、
拾い上げて動く力にしてしまう。

この矛盾するようなことが、
同時に起こるのだから、すごいエネルギーがいるんだけれど、
そこを、今の私は、なんとかしようとしていて、

こうやって、

今も、

「あがいて」

いる。それは、すっごく面白い。

だから、書いているんだろうな。ブログを。

健康法。このブログも、こうやって書きたいことを書く。
いつもそうだったけれど、それを、続けていく。

子どもたちと遊ぶ、というけれど、
私は、こう思っているんだ。

私が、遊ぶ、と。

私が一番子どもらしく、ずっと遊び尽くして、
私が一番先にふとんに倒れ込んで寝てやる、

くらいな気持ち。

私は、「大人」じゃない。

正真正銘の「子ども」であろうと思っている。

こんな子ども見たことない・・・

と、「子どもたち」が唖然とするような、
憧れの大人、否、子どもとして彼らの記憶に焼きつくような
人間でありたい。

子どもにとって、
大人らしい大人、なんて要らない。

子どもが好きなのは、子どもだ。

だから、子どもだけど「大人でしょ?」みたいなのがいいな。

・・・子どもって、すごいなって思うんだ。
もしも私が、ダーンとふとんに真っ先に倒れ込むとするでしょ。
「本当は、起きてるんでしょ、寝てないんでしょ」って、知っているんだよね。
大人だからね、って。

そのくらいでいいんだよ、「大人の役割」なんて。


ああ、すっきりしてきた。


ブログ中毒?か。


そうだと思う。


それでいい。


だから書くよ、これからもずっと。


このブログを、私は、書いていきたい。



2016.5.14
あび

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by jh-no-no | 2016-05-14 01:19 | 私の生き方

不快を全身で受け止められるか-自我復元後日記[037]

子どもと接する準備が出来てきた。

もちろん、精神的な準備だ。

自尊心とは何か。

今日、起きてから、
なぜ、AC人格に、むしろ「成りえた」のか、
探っていた。

快、と、飴、の区別がつかない、
ということだろう。

しかし、それはなぜ起こるか、
といえば、依存心に他ならない。

唯一無二のこの一身が全身の我であるものを
ないがしろにして、求めるものなど、
あるはずがない。

5月5日の「己の革命」の後、
一週間、変化していく自分を感じながら過ごした。

言葉にできないで来たけれど、
今、この変化を言葉にするとすると、

「AC人格の全滅」

である。

身体に身についてしまった「習慣」は残っているが、
別の「人格」は、完全に、いない。

全滅に至ったのは、理由は明確で、
私が、完全に、AC人格という「別の存在」に
「関心を一切失ったから」だ。

その理由も明確で、

快、不快、そのすべてを
この身体が感じとっている。

正確にいえば、

この身体しか、
いかなる快、いかなる不快も
「感じとっていない」し、
「感じとれない」。

つまり、AC人格の能力など
「まったく、使えない」
どころか、「嘘」ですらあり、

「出番など、どう考えても、無い」

のである。

となった場合、そこで、
私の探求の道は、ここから始まる。

「快」を全身で突っ走ってきたここしばらく、
5月10日、思い通り、私は自分の打身を注文した。
楽器に彫られる模様も、思い通りのものを注文した。

私の身体、だが、
いい、とは言えない。

だけれど、私が今、理解しつつあるのは、
この身体の症状が「今まで出ないでいた理由」は、
「AC人格が、鎮痛剤のごとく、私の身体を抑え込んできた」と
感じている。

そのAC人格という毒であり「薬」でもあったものを取り除いた時、
一気に、今までとは違う症状が出てくるのは当然だろう。
死にかけたが、しかし、先日、

「もう、大丈夫だろう」

という感覚を持った。

今、常の呼吸が変えていくことで、
味覚の改善に影響を与えているのを感じる。
わからないが、今までの呼吸は、
「胃」に負担がかかっているようにも思えた。
しかも、体内で空気はよどみ、外に出ることなく、
胃に汚れが溜まり続けてきたように感じた。

今の呼吸は、
まったく経路が違うし、
普通にようやく

「呼吸」

というのをしている。

この呼吸、と、
それと、今必要なのは、「睡眠」。
ここ一週間は、毎日、8時間から10時間、寝ている。
泌尿器の違和感も、随分、回復しつつあるが、
しかし、体調は、巨大な「傷」のようにくすぶっている。

私は、焦らず、
この今まで、ずっと使い続けてきた「AC人格という存在」という
鎮痛剤によって悪化し続けた42年の「古傷」を
時間をかけても、治していく。

今、ブログを書こうと思ったのは、
このタイトルの通り、
私は、快で突っ走った今、その針は「反対側に」振れた。

拷問の恐怖というのを
このブログでも何度も綴ってきた。

しかし、今、私は、ようやく、
いかなる拷問の恐怖にも屈しない「自我」「自尊心」を取り戻した。

どんな拷問を受けようと、
私は、自尊心を手放さないだろう。

それは、

快、と、飴の違い、
その錯覚を、徹底的に、精査する作業にこそある。

飴とは、

ことごとく、

「幻想」

である。

そもそも、自我は、
快を求めてるわけではない。

不快を求めているわけでも、むろん、ない。

快も不快も、そのすべてを
感じとっていく決意から、そもそも、
自我を選択したはずだからだ。

しかし、いつから、
そう、いつから、
「快」を「求める」という幻想を抱いたのだろうか?

すごく、疑問に感じた。

生前から、こういう過ちを犯していた、とも思う。

それは、結局、どこで、
「自分」というのを、忘れたのか、ということ。

しかし、私の探求は、それを思考することではない。

私の探求は、ここで、この地球で、これから、
「思い出して当然の座標」を創り、
そこで、私自身、生き切ることだ。

思い出して当然なものは、

「自尊心」

に他ならない。

自尊心を他に、何もかもあったものではないし、
自我がそれを一番よく知っている。

その一番よく知っている自我、それ自身が
「私」だ。

打身の自主練とは、
快の探求であるとともに、
わずかな不快をも取り逃さない作業であり、
これは、そうすべきだからしたのではなく、
それ以外、あと、何をすることがあろうか。

私がこの一週間の間、
何度も自覚してきたのは、

「すでに、私は、ここにいる、いた」

ということだった。

これは、絶対に、失うことが、
できるはずがないものだった。
ずっと、ここにあったものだからだ。

これだけが、あった。

AC人格に染まろうと、
絶対に、失うことが「ありえない」ものだった。

そう理解した時に、
なぜ、AC人格に「成りえた」のか、
そのほうが、疑問に思えたのだ。

どんな錯覚をし続けられたのか、
ということでもある。

錯覚以外ないからだ。

ここに実在しているものが、ここにあり続けていて、
ここにないものがあるように思い続けられるのは、
当たり前のことだが、錯覚以外ない。

「見ないことができる不快」など
ありえないのだ。見ないで済んだ、と思えたら、
それは、錯覚でしかない。

子どもたちと私は接していきたい。

笑顔を見るため、ではない。

子どもの笑顔を見たいから、ではない。

「もう私は、決して、逃げないから」

これが、子どもと接したいと思う、
私自身の理由だ。

子どもと接する資格を、今、やっと
持てるようになった。

決して、「利他」ではない。

「子身」

こじん、という言葉を、日記に書いた。

誰をもが、子どもの身、なのだ。
まわりなど、どうでもいい。
全員が、我一つのその身を、子どものままに大人になり死ぬまで貫く、
ただ一つの、己、身、それが、子身だ。

その群れの中に身を置く、
というのは、決して、楽ではない。

しかし、

それは、本当にやりがいのある道だ。

私の探求は、

この「ちっぽけ」な「頭」で行うのではない。

これ、以外にない、
この我が身が、現実の世界で、真剣に渡り合うこと。

これ自身が、探求である。

注文した「打身」は、
夏頃には、出来上がって届くだろう。

それを、子どもに触ってもらうのもいい、と思った。
しかし、私は、何も教えない。
好きに、触ってもいいように、
そして、ここで遊ぶといい。

不快を全身で受け止めている。

それが、

「事実」

だ。


2016.05.12
あび

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by jh-no-no | 2016-05-12 16:20 | 私の生き方

打身自主練の一ヶ月-自我復元後日記[036]

4月5日から5月5日までの一ヶ月間、
毎日2時間必ず自主練をする、
そう決めて、今日まで続けてきた。

そして、私は、
5月5日、自分の打身を買うことに決めた。

「決める」

本当の意味で、私は、
自分で決めるということができた。

決めた時、
私は、こう思った。

「決めてから考えればいい」

それから、しばらくして、
私は、これが、私にとって、
人生最大の賭けであったことを知った。

ブログを書く力にも頼らず、
中心の技法にも頼らず、
口中香という生き方の鋭敏さにも頼らず、
ここ最近の嬉しかった出来事にも頼らず、
この一ヶ月の自主練での気づきにも一切頼らず、
何一つどんな根拠にも頼らず、
私は決断した。

何一つ、私は、頼らなかった。

こんな賭け、生まれて始めただった。
そのことに気づいたのも、
少し後になるまで気づかないほどに、
「必死」だった。

決めてからしばらくして、
私は、AC人格がゼロの状態で決めたことを理解した。

私がした最大の賭けとは、
AC人格の思考に、
「100%、ついに頼らなかった」
ということだった。

では何に頼ったか?

何にも頼らなかったのだ。

「本当の私の意志」でもない。
「何にも頼らない決意」でもない。
行動主義でもなければ、直感でもなく、
自己信頼でもなければ、全自我でもない。

そのどれをも、私は頼らなかった。
私は、一切を、頼らなかった。

私が為したことは、

ただ、

「何一つ、頼らなかった」

ということだけだったのだ。

これ自体が、人生最大の賭けだった、
ということだった。

そして理解したのは、

決めるための「根拠」というものは、
本当は、何一つ、必要がなかったという「真実」だった。

私は、ずっと、
何かを決めるためには、
決めるための「何かは」必要とするはずだ、と
思いこんできた。

決めた時、
その予想は、100%、裏切られた。

何一つも、必要がなかったのだ。

予想すらしたことがない結末だった。

つまり、私は、今まで
一度たりとも、何にも依存せず決めたことが
42年間、たったの一度も、無かったということだった。

今だからわかる。

決めるために何かが必要だ、という思いこみは、
「気が狂っている」と断言できる。
手の施しようがないほどの、重症、いや、

「重体」

といったほうが正しい。

決められない、という精神疾患は、
本当は、身体の異常だったからだ。
それは、AC人格によって破壊された身体、といっていい。

この一ヶ月、私は、打身の自主練を続けてきて、
また、その間、口中香にも出会い、
これらは、私にとって、
結果的に、同じテーマだった。

「快の追求」

74ページにわたる自主練ノートの記録は、
すべてが快の追求だった。

快の追求とは、
「不快」に関する
「膨大で、精緻な」記録
のことである。

打身の自主練とは、
身体がどんな不快を感じているかを、
それがどんなにわずかな不快信号であっても見逃さず
徹底的に精査する作業の絶え間ない連続であった。

私にとって、打身を奏でる、という行為は
「音出し」ではない。
100%、身体運動である。

弦を圧する私の身体が、どんな不快を感じているかを
毎日毎日、研究し続けた。

なぜなら、弦を圧するその感覚が大好きで、
最後の最後まで大好きで、気持ちよかったからだ。

「ファのセブンスのアルペジオ」

この単純な基礎練習を
私は楽しんだ。

0.001秒後に死ぬとしたら・・・と考えた。

私がそのわずかな時間に、必ず思い出す唯一は、
ファのセブンスのアルペジオで、
指で弦を圧する時の「気持ちよさ」
それを思い出すだろう、と。

それほどに、一ヶ月、
私は練習中の身体がとらえる不快感と向き合い続けた。

どんなに楽しかったか・・・

私は弦を圧する身体感覚が、大好きだったから。
最初から、最後まで、大好きだった。

口中香との出会いは、
私の「常の呼吸」をも変えていった。

口中香という生き方は、
「反逆」の生き方であり、
私は、誇り高き生き方だと思っている。

苦が絶え間なく続くことなど
私は、その自動性を、自動性ゆえに、
「怠惰だ」と思っている。

苦の管理人(というのがいるのなら)は、
「すべてが苦だ」とドヤ顔で、なにかそれで
「勝ったつもり」なんだろうか。

「不快、苦の絶え間ない意識化」

苦の全自動性に対して、真逆の、
全手動でしかありえないこの絶え間ない意識化こそ、
「怠惰でない」ということである。

宇宙は、ただの怠け者なんじゃないか、と
私は思うようになった。

AC人格はその相似形だ。

ずっと馬鹿の一つ覚えみたいに同じ苦や不快が
「何もしなくても、ずっと続いてくれる」のをいいことに、
不満や文句を言いながら、実に鈍感で、怠惰で、
無努力と無自覚と無気力のままに、
ただ、生き延びているだけ。

馬鹿じゃないだろうか。

私はこの馬鹿さ加減が、どうしても嫌で、
何が嫌か、といえば、「怠惰」なところだ。

楽、と、楽しいは、

「ぜんぜん」

違う。

不快を掘るのは、楽しいことだ。
しかし、それは苦しく、楽ではない。
・・・しかし、「不快を掘ることは、楽しいこと」だ。

どっちの言い分が勝つかは、
自分次第なのだ。

AC人格との格闘とは、まさにそうだった。
自分の中の「怠惰さ」と徹底的に戦うことだった。

自我復元という生き方は、
「怠惰な宇宙」との戦いでもある。

そして、何度もブログに書きまくってきたように、
戦うこと、すなわち、不快への絶え間ない意識化という
気が遠くなるほどの作業を、

「やめない」

限り、負けることはない。
勝てなくても負けない。
それが不条理であっても、私は、宇宙に勝たせない。

それが、

「己の誇り」

というもの、尊厳というものじゃないだろうか。

私は今回、一連の体験で気づいたことがある。

それは、この「身体」というものは、

「快を知っている」

ということだった。

たとえば、口に熱いものを入れてしまったら、
「ほっ、はっ」と口を開いて、とっさに
口の中を広くしている。
(実は、この時の舌の弛緩のさせ方こそ、
この前私が発見した、下あご側の口腔内を広くするやり方だった。
その時、わずか、下唇が前方に出るようになる。)

おそらく、それは、広くすることで、
早く熱を外に出し、また、外から冷えた空気を
いち早く取り込むことで、熱を冷まそうとするからだろう。
さらに、大事なことは、喉を開く(通路を作る)ことで、
迅速かつ大量の呼気吸気を可能にする。

それで、あっ、と思った。

なぜ、この冷まし方を知っているのだろう?と。

誰かに教わった、などという人はいないと思う。

身体が、「はじめから」知っているのだ。

口を広くし、喉を開く舌の弛緩感覚を
誰をもが知っている。
ならば、口中香で「口を広く、鼻からゆっくり吐く」と
聴いたのなら、なぜ、私は、最初からそうせずに、
舌に力が入るような下あごの下げ方をしたのか?

理由は簡単で、
そうするものだ、と思いこんでいたためである。

打身の自主練で毎回思い知らされるのは、
この「はじめから知っていたはずの快」を
余計な思いこみのせいで、思い出せなくなっていた、
ということだった。

こうするといいだろう、と勝手に思いこんでいるけれど、
そのせいで、習慣的な癖がついている。
それは、その楽器をやったことがなくても、
日常的に「弦を弾くときは、こうするはずだ」という
それこそ、誰から教わったのかすらわかなくなった「思いこみ」が、
習慣的な癖として、身体に埋め込まれているのだ。

指で弦を弾く、といった場合、
指の力で弾くのは当然と「考えて」いる。

でも、私が至った結論は、
指に力はいらない、ということだった。
私は、右胸(右肩)で弾く、とノートには書いたが、
それは、身体(の幹)で弾く、ということだ。

それはどうしてわかるかというと、
快の感覚を経験すれば、
どの経路を通って力が送られているのかが
わかるようになるからだ。

右胸(右肩)で弾く。

そうすると、気持ちがいい。

気持ちいい、というのを
身体は、最初から知っているのだ。
なのに、私が、見つけられなかっただけなのだ。
「指(の力)で弾くものだ」という思いこみのせいで。

もっと正確にいえば、
指の力で弾いている時の不快さに麻痺していたせいで。

逆にいえば、そういうへんな思いこみがなければ、
快は最初からそこにあり、快不快の区別なく、
快も不快も「対等なものとして」あったのではなかろうか?

その意味では、

快も不快も、最初の最初は、
「自動だった」という言い方もできなくもない。

しかし、快のみ、絶え間ない意識化を必要とするようになったのは、
身体が求めていないような習慣的な癖が、
慢性的に身体に埋め込まれてしまって、完治が相当困難だからではなかろうか?

問題は、誰がこのような習慣的な癖の大元の「躾」を
私たちにしたのか、ということだ。

AC人格問題でいえば、
それが毒親だった。
この子に気持ちいい思いなんてさせたりはしない、
という世代間連鎖の復讐心が、「躾」と称して
親都合の教訓を洗脳し、まっすぐな快を阻害する。

食べ方でもそうだ。

どうして、最初から口中香でないのか?
誰が、早く食べろ、とか、よく噛め、とか、
楽しく食べろ、とか、いっぱい食べろ、とか言ったのかといえば、
毒親たちである。

口中香のことで私が経験として理解したことは、
「本気で」味をとらえようとするのなら、
自ずと、口中香の方法に近づく、ということだった。
私は、たまたま、味覚障害が酷い時を少し前に経験したばかりだったから、
その最中に、どの食べものなら、食べてもまずさが残らないか、
金属味がしないか、舌で真剣に味を精査していた時期があり、
まさに、毒見のようなこの食べ方こそ、実は、味わえる食べ方だったのだ。

しかし、技法とは、
ただ、工夫を意味するものではない。
それは、間違っても、楽を求めるハウツーなどでは断じてない。
むしろ、苦の直視を、いかに絶え間なく自覚できるか、そのための工夫のことだ。

自分でも、この一ヶ月、
自主練ノートを書いてきて、
そこに書いた内容自体は、感じたことという漠然としたものでなく、
「こうしたら、こうなって気持ちいい」という工夫の網羅だ。

私自身、これは向き合った問題だが、
なぜ、このような工夫を私は書き、書いたものをどうしようというのか?
AC人格との格闘もあり、私はこの問題に向き合った。

そしてわかったことは、
これらの工夫の記録は、「これがいいんだ」と主張するための記録ではなく、
また、こうすると楽しい、という独自のハウツー記録でもなく、
では、どういうものであったか、というと、
「楽しかったり、気持ちよかったのは、どうした時だったか」という
実体験の記録だった。

それは、どういうことを意味するか、というと、

「思いこみで身についてしまった習慣的な身体の癖に
これからも気づき続けるためには、どんな練習の工夫が必要か」

という練習技法としての工夫を、なんとか、毎回自覚できるようにしたい、
すなわちそれは、「絶え間なくここにある不快を見逃したくない」
その一心によるものだった、ということ。

つまり、膨大な工夫の記録の目的は、
固定観念として身についてしまっている身体的な習慣(癖)を解除すべく、
その癖自体に、絶え間なく敏感に気づき続けられるため、だった。

私は、大風邪の経験を通して
わかったことがある。

たとえ、それが「苦」であっても、
その苦に決して自動性を許してはならない、ということだった。

誰かのせいで苦しいとか、
苦しいのをなんとかしたいとか、
・・・それらは、その苦が自分とは無関係な所から降り注いでいる、
かのような自動性の錯覚であり、無自覚な被害者意識である。

私は、

ただ「苦しい」しかない、

という体験をした時、

それは、完全に手動的だった。

それは自分のコントロールでなんとかなる、という意味ではない。
一般的にいう意味での「舵がとれる」ではない。

しかし、誰のせいでもなく、
ただ、その苦と対面する、というリアリティーの自覚というのは、
それ自体が、私が思う「己の舵」の根本なのだ。

これは、なにも大風邪というのが
特別だったからでは決してない。

AC人格との格闘で、
切羽詰まった時、「苦しいしかない」とその絶対的なリアルな自覚、
それは相当にきついものであるが、その自覚の瞬間こそ、
本当は「楽しすぎた」ことは、なかったのだ。
それは、まぎれもなく、その時、私は「生きていた」からだ。

苦を、はじめて、手動化したのだ。
それは、わかりにくい言い方だけれど、
もう少しわかりやすく書けば、
毒親がところかまわず子どもに投げつけ、植えつけられた不快を、
「なんだかイライラする」と嘆く顔をしておきながら
毎回その自動的な不快とセットの飴を「自動的なのをいいことに」
楽してもらい続ける真似はやめ、

これは

「苦しい」

というその現実を直視する、

それ自体が、苦の自動化に歯止めをかけた、
ということなのだ。毒親分析の目的はここにこそある。

その苦を、自分に起こっている苦として、
はっきり自覚し、どこにも逃げないこと。

これが、手動的だ、という意味である。

つまり、書きたいことは、

苦の自動性に甘んじるということが、
怠惰というAC人格の病理だ、ということ。

苦も自動的であってはならず、
快も自動的であってはならず、

たとえ、

宇宙が、

苦が自動的であり、そう、それはこういうことだ、
「すべてが苦だ、と言ってそれで済まそうとする怠惰さ」のなんたるかであり、
快も自動的であればいいと、それこそ、怠け者の極致をよしとするのなら、
(だいたいが、苦がなければ苦から逃げる自己演出すらできない。
ACと同じ。苦の直視でなく苦の回避であるのなら、それは、快ではなく飴という)

そうであるのなら、

私は、宇宙の方針に従わない。

苦も不快も、私は、自動的であることも望まないし、
快も、たとえそれが、「不快の絶え間ない自覚という不条理」であっても
それでも、私は、その絶え間ない意識化という全手動性を選ぶ。

快不快の問題ではないのだ。

怠惰か怠惰でないか、

それは、

己の尊厳を放棄するのかしないのか、

という問題であり、苦でも快でも不快でも何でもいい。

実際、

自我復元という生き方は、

私は、

苦も快も不快も、どれも

「楽しかった」

それは、生きていたからだ。

生きたい、それが、私の声、生き方だったから。

口中香という生き方は、
先日より、ついに、私の「常の呼吸」すら変えていった。

呼吸の経路を変えた。

(脳の)中心と「つながりっぱなし」になる、
その絶え間ない自覚をやろうとしている。

つねに、生きていたいからだ。

一秒も死んでいたくない。

5月5日、夜9時をまわった頃、
仕事中、予期せぬことが、
私に起こった。

常の呼吸の変更で、
私の声は、よりクリアで、より通り抜ける声質になっていた。

・・・ふと、自分の声は、男性の声でも女性の声でもないことに気づいた。

その時だった。

この声の主は

「原主体だ」

と思った。

そしてその時、どうしてこれが表出したのかが、すっとわかったのだ。

「何一つにも頼らずに、決めた」

からだった。

原主体として生きる、ということは、

完全に生きる主体が「切り替わる」ことだった。

それは、真の意味で、

そして、唯一の自動化が起こった。
自動化、と呼んでいい、私が唯一、そう思える自動化だった。

しかし、それは、宇宙が喜ぶ意味での自動化ではない。

「もう、元に戻れない」

という、真に望んだ自動化だった。

それは、「戻らない」という意志そのものが
確固たるものだった、ということ。

その意志とは、


「絶え間ない意識化、という反逆の意志」


であり、真の意味での自動化とは、

怠惰さのための自動化という妄想演出ではなく、


「怠惰との決別」


という意志の


「永遠性」


自分を裏切らない為に
私が私にした約束の結実だった。


2016.5.06
あび

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by jh-no-no | 2016-05-06 11:29 | 私の生き方