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格闘の最中

格闘を続けている。

やめるつもりもない。
やまってほしいとも思わない。

それに加えて、どんどんピンチに陥る現実世界もまた、
私は、楽になってほしいとも望まない。

なぜなら、そこが、私のいる場所、
私がかろうじてでも立っている場所だからだ。

AC人格の位置から見れば、そこはまるで地獄のようだ。

だけれど、私から見れば、それは、この生の、
また、死後もまた、直面するはずの、桜の間でも何度も書かれてきた、

「どんな生だったか?そして、次はどうしたいのか?」

という、避けえない問いそのものなのだ。

これに答える主体性をとり戻すのが、
自我復元ではないか、と思うようになった。

昨年の終わり頃から、そして昨日まで、
さんざんに現実世界で惨敗しまくり、ボロボロになった末に、
この前半の問いには、私は、死に際、絶対にこう答える、とするビションが
だんだんはっきりしてきた。

それは、

「屈しなかった」

ということだ。こうはっきり言ってみせようと思うし、
それは、そうせねばならない。そこだけは、失敗は許されないと思っている。

どんなに悲惨でも、この一言が、その肝心な場面で言えなければ、
何もかもご破算なのだ。

でも、これは、私は「言える」と思えるようになってきた。
たとえ、どんなに惨めな場面、惨めな時間、それがどれほどであっても、
たった一秒、この一言を、「残す」自信はついてきた。
もちろん、油断は絶対にしてはならない。

屈しなかった、と答えた後、
「で、次にどうしたいか?」を問われたときに、
やはり、居心地のいいAC人格の巣窟に、うまく誘導されてしまうのも
この瞬間だからだ。

どんな時に私は思考停止してしまうか、というと、
自分の意思が見当たらない、と思ったときなのだが、
通常は、この不快を避けるために、AC人格の意見を取り入れる、
ということをやってきた。

しかし、今、そのAC人格の意見をとことん排除しようとすると、
それでも行き着くのは、同じこの、「自分の意思が見当たらない」という
不快であることにはかわりはない。

屈しなかった、というのは、
「それで終わり」ではなく、そこから、まさにそこから問われる。
「で、じゃあ、どうしたいのか」と。

そこで、AC人格の意見、つまり、私がずっと「建前」と思ってきた
誤魔化の、その場しのぎの生き方で「これでいいや」と妥協したら、
屈しなかったことすら、何の意味もなく、すべてご破算になる。

私の場合、ここに、恐ろしいトラウマが待ち構えている。
それは、「こんな私でも生きていける世界」「こんな私でも受け入れてくれる場所や人」
という幻想だ。

おじろく幻想、といっていいだろう。

これは、父親の家系に猛毒として連鎖し続けたものだ。
しかもこの幻想は、現実世界がピンチに陥る時を狙って
足をすくってくるのだ。

昨年、生前記憶を掘っていたときの、その中の私にとっての「甘い映像」
というのは、その幻想に由来しているために、
その映像にのまれてしまう。つまり、見ている主体を完全に見失う。

満足する「死」という幻想、といってもいい。

満足する、までならいい。
それは、屈しない、ということだと思う。

だけれど、満足する死、と私が言った場合、
その「死」という捏造されたイメージが余計なのだ。

それは、結局、満足する生に立脚していて、
満足する生のなかで死に果てる、という甘いビジョンなのだが、
では、その「満足する生」とは何なのか?というと、それが、
ことごとく、私の意志でも何でもなく、おじろく幻想、つまり、
「こんな自分でも拾ってくれる所」なのだ。

まるで「やくざな世界」だ。

父は、やくざの話が好きだった。
それは、暴力的な部分、というのではなく、
「どんな人間も拾ってくれる仁義」みたいなものを父は好んだ。
実際、父はI商店で、「アニキ」と慕われ、慕われるのを好んだ。

そういう生き方は、私のなかでもびっしり根付いていて、
成人後の私がやってきたことは、まるで父と同じことだった。

こんな自分、であるのなら、

それに対して、たとえ手厳しくとも、
叱咤激励し、自立させようとするのが、親であるべきだ。
その親を、私は知らない。
実際、叱咤激励されると、「見捨てられる」と恐怖のスイッチを
AC人格はいつも押そうとたくらんでいる。

こんな自分であるのなら、
こんな自分だからこそ、自活し、自立し、生きていく力を
つけていかなけばならないのだ。
そして、たとえ今、その自分の力がどんなに貧弱なものであっても、
それで勝負しなければならない。
死のうが生きようが、怖かろうがなんだろうが、だ。

そこで、いざ屈しまい、としたところで、そこで慢心し、油断し、
「こんな自分でも受け入れてくれる」というやくざな世界への入口を許してしまったら、
一発で、堕ちる。

屈しない、と発するのも、一瞬。
しかし、堕ちるのも一瞬なのだ。

ここ二週間、今も続いている戦いだが、
時間としては、それは百何十時間となるだろう。

だけれど、勝負というのは、一瞬でついてしまう。

私が今取り組んでいるのは、
禁止のルールを、精査、見直し、更新を続けながら、
さらに、これだけでは、自分の舵を取り戻すためには足りないと感じ、
以前、私信としてアドバイスいただいた自分ルールを加えるようにしている。


2015.02.14
Aby


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by jh-no-no | 2015-02-14 13:18 | 復元ノート 1

自分の実力

昨日は、焦りがピークに達していた。

この焦りの原因が、少しずつ、わかりつつある。

それは、私が、まったく「自分の実力」がわかっていないことに
あるのではないか、と気づいた。

今日も手書きノートに書いていたのだけれど、
つねに二つの妄想の極を往復している。

一つは、「自由になりたい」というもの。
もう一つは、「何していいのかわからない」というもの。

前者は、はっちゃけたい、という感じにも思うが、
ただ、やけになっている、といったほうが、実体に近い。

後者は、これは、おそらく、ずっと私が感じ続けてきたもの。
学校での休み時間しかり、部活の仲間との帰り道しかり、
決められたことは、その通りやればいいが、それ以外の時間は
どう過ごしていいのかわからない。

死に際に、死後に、私が言いそうなのは、
「何でもいいだけどさぁ・・・、何すりゃよかったの」というフレーズ。

焦ることで、この妄想の中をぐるぐるまわり続ける。
そして、さらにどんどん、焦っていく。
考える、など、まったく出来ない。
焦りをおさめるためには、とりあえず、「早く決めなきゃ」と結論を急ぐ。

このAC人格のやり口に足をとられてしまう。

ただ、これは、「焦ることで」、そうなることで、どうなるか
という焦ったその後のストーリーであって、
なぜ、焦るのか?という、焦りの「原因」ではない。

焦るのは、そもそも、

「こんなはずじゃない」「もっとこうなるはずだ」
「どうしてこうならないんだ」「なぜ上手くいかないんだ」
「なんでわからないんだろう」「どうすればいいんだろう」・・・
こういった妄想の独り言が尽きないのは、そもそも、

これらのことに、

「対応できるはずだ」
「適切な行動がとれるはずだ」
「なんとかできる、なんとかなるはずだ」

と、何も根拠がないのに、

思いこんでいること、

に、原因があるのではないか?

つまり、「出来もしないのに、出来る」と過信している。
もっと言えば、

「出来るようになる努力もせず」

自分には力がある、と、ただ、何も根拠なく、思いこんでいるということ。
力がある、とまでは自覚的ではないが、「なんとかできるはずだ」と思っているのは、
そういうことなのだ。ただの

過信、だ。

ところが、数ヶ月前から、この過信が通じなくなってきて、
だんだん、私は「出来る人間」などではなかったのではないか、と思うようになり、
20歳も年下の人のほうが、よほど、精神年齢が上に見えるし、
正直、私の精神年齢は、5歳以下だ、と思い知らされることもあった。

「こうしたいです、こうしたくないです」と希望を列挙したり、
自己主張をしようとすると、100%、完全に壁にぶちあたる。
というか、実際、相手に(相手はそう口には直接しなくても態度や表情で)、

「あのねぇ・・・あんた、何も出来ないじゃん。
身の丈が、ぜんぜん、わかっていない。
何を理想だけ並べているの?世の中、そんなの、誰も相手にしてくれないよ。
そんなこともわからないのかな、この人は。」

と言われてしまう。

それに対して、またさらに「どうすればいいだろう」と妄想を展開してしまうから、
終わらないのだ。

それで、気づいたのは、結局、

言葉で誤魔化している、のだ。

何を言葉で誤魔化しているのか、というと、
自分の実力など、ぜんぜん無いのに、それを誤魔化している。

どう考えればいいのか、どう説明すればいいのか、
どう言えば相手はわかってくれるのか・・・

私の「どうしたらいいのか」の中身は、そういう「説明」のようなものでしかない、
ということに、今になって気づいた。

それは、例えると、

文字も書けないのに、
小説家を目指しています、と思っていたり、
そう他人に話しているのと同じ。

もちろん目指すのは、自由だ。
でも、では、じゃあ何から始めるか、といったとき、
「文字の読み書きから学ぼう」とするのが普通だ。

ところが、私は、いきなり、ただただ、

「小説家になりたいんです、どうしたらいいんでしょう?」

と、一人で妄想を展開し、他人も巻き込み、相手が協力的でないと思いこむと、
「どうして、あの人は不親切なんだ!」と苛立つ。
相手からしてみれば、だからさ、言ってるじゃん、まず、あんた、文字書けないでしょ、
読めないでしょ、だったら、その勉強しろよ、してから、それからに決まってるでしょって。

実際、そう言ってくれることは、まず、ない。
これが、どん引きされている、というやつなのだろうが、
まだまだ、この自覚が薄い。

ただ、最近、これに気づいたのは、
実際に利害関係のあるシビアな世界、それは職探しだったり、
住居探しだったり、なあなあでは済まされない契約の場で、
私は思い知らされることになった。相手も、そこでは、黙ってはいないから。
はっきり、ダメはダメ、と言ってくる。

それに対して、今もなお、私は、「どうにかならないか、なんとかならないか」
とあがくのだが、結論から言えば、

「どうにもならない」

のだ。

ただ、それを私が認めることをしないで、相手が協力的でないとか、
他にもっと自分の居場所がある、もっといい選択肢はあるはずだとか、
そう思いこむことで、逃げ続けている。

どうにもならない、のは、なぜか?というと、
本当にどうにもならないかどうか、ではなくて、
さっきの例でいえば、私自身が、文字の読み書きから学ぶつもりもないのなら、
「どうにもならない」のは明白だ、ということなのだ。

要は、実力が、見合っていない。
一言でいってしまえば、そういうことだと思った。

最悪なのは、見合っていないことが自覚できていれば、
ああ、そうなんだ、じゃあ、実力をつけよう、となるだろうが、
私は、「自分はできる人間だ」と思いこんでいる。

これは、毒父が、ずっとずっとずっと、言い続けた、

「Abyは、すごい。天才だ。世界一だ」

という刷り込みが、前提のように作動してしまっているためだ。
自分はなんとかなる、なんとか出来る、と思いこんでいる。

それは、やはり、どう考えても、狂っている。

これこれをしたい、じゃあこうしよう、
これができるようになろう、じゃあ、ここから始めよう。
そうすれば、きっと、できるようになるだろう。やってみよう。

こういうふうに、ぜんぜん、考えられないのだ。

>一つは、「自由になりたい」というもの。
>もう一つは、「何していいのかわからない」というもの。

と書いたけれど、もうこれは、毒父そっくりなのだ。
妄想の仕方、妄想への逃避行動までも、
私とそっくり、そのままなのだ。

そして、実力の過信。

ここからして、毒父と同じだ。

毒父、そして私をその気にさせるのは簡単なのだ。
それを、昔、父を上手く使った問屋さんは知っていたはずだ。
「E(←父の名前)さんは、すごい」と言えばいい。
それで次に、「だから、Eさんなら、これも売れるよ。
地域で一番の実績を作れるはずだよ」という口車にのせられて、
誰も市場で買わないようなものを、買わされる。売れない品をはかされるのだ。

それで、その手口に父が気づかないのは、
父は本当に、その売れるわけもないものを、どの店よりも売ることに
成功したからだった。それが父の自慢だった。

「どの店でも、あの商品を、あそこまで売る店はない」

そして、そのやり方なのだが、思い返すと、これも
言葉で誤魔化している、言葉でお客さんを無自覚に騙しているのだ。
いや、嘘ではないので、騙している、とは言いにくい。
ただ、嘘だろうがなんだろうが、言葉で、上手く、売ってきたのだ。

典型的なのは、味が薄くて売れない、と思われているものを、
「だから、飽きないで、いくらでも食べられる。」
これが父の自慢だった。そうやって、数を売ったのだ。

そこからいつも始まるのは、「美人は三日で飽きる、といってね」という
格言話が延々と続くのだが、その当時はそれを、「パパはすごいんだ」と
ただただ聞いていた。同じ話ばかりするので嫌気はさしてはきても、
まあ、すごいんだろう、と思ってはいた。

でも、これ、よく考えてみると、
誰が得をしたか、といえば、売れない商品を
なんとかはかせることができた問屋だ。
問屋さんの本音はこうだろう。

「Eさんはすごいって持ち上げれば、
なんでも言いなりにやってくれる。」

事実はどういうことか、といえば、
要は、父は、同業者と同じ土俵では、ぜんぜん、かなわない、
ということだったのではないか?

それで、まあ、それはそれで、ある程度は売ったのだろう。
ただ、父の話を鵜呑みにしてきいていると、まるでそれで
一発あてる、くらいの、すごい実績の「ように」聞こえる。

なら、少しはお金持ち、とまではいかなくても、
生活が苦しくないくらいの収入があってもよかったのではないか?
と思うが、現実は、お金などなかったのだ。
ただ、両親は、子どもたちには、絶対、そのことを感じさせなかった。
実際、私は、裕福な家だったと、成人してからも思っていたほどだった。

書けば書くほど、この実力、実際の力、本当の実績と、
現実が、あまりに、見合っておらず、これと、もう、本当にそっくり、
内職でも私がやったこと、すべてそっくりというくらい、
中身のないサクセスストーリー仕立てになっていた。

呪われているかのように、

私は、その実力のなさ、中身のなさを痛感するという経験を避けることが、
今思えば、完全に「運悪く」、40年近く出来てしまった。

父もそうなのだが、それを痛感する出来事の前に誰かに利用されてしまうし、
私もそうだが、自分からそういうところに行ってしまう。
ただ自分に実力がないだけなのに、それを認めないやつは見る目がないとかいって、
そこを去り、「やっとわかってくれる人にめぐりあった」と思ったときには、
ただそれは、「人間が出来ている、すごい、って持ち上げれば、こいつは言いなりだ」と
わかっている人に、まんまと、というか、AC人格が望んだ通りの人につかまる。

この根底にある病気が、何の根拠もない実力に対する

「過信」

なのだ。

それは、AC人格の自称・成功体験が、さらにその過信への
無自覚さを促す。

こうやって、自ずと、実力が試される場から、外れていく。

ところが、今、こうやって自分を貫こうとすればするほど、
まったく、世の中で、何も通用しないのだ。

それで、焦る。

焦ると、用意された妄想世界にどっぷり浸かり、
焦りはさらに焦りをうむ。結果、自暴自棄になる。
早く決めて安心したい。そこにあるのは、ただただ、落ち着きたいだけ。
この焦りをなんとか静めたい。

今書いていて、やはり、妄想世界であれこれやりくりしていてはダメだ、
そう思った。足場はやはり、現実世界になければいけない。

実力がないんだ・・・

と、昨日、ふと思ったとき、
ならば、そこから出来ること、あるんじゃないか?と思った。

妄想で、あれはできるだろう、もっとこうなれるだろう、ではなくて、
今私はどういう状況で、実際、これくらいなら出来て、これは出来ない、と
しっかり状況を分析することが大事じゃないか、と思った。

それで、たとえ、どうしようもないくらい力などなくても、
というか、きっと、今まで妄想していたような力などあるわけがないし、
今、私が思うのは、そんな力が欲しいわけじゃない。
そうじゃなくて、今の力で、それを正直に出して、それで対応できるところから
その反応をも、世間から自分への評価としてしっかり受け止めて、
そこから始めてみたらどうだろうか、と思った。

焦っても遅いくらいの状況、にはある。

だけれど、その状況を乗り越えるのは、
おそらく、焦りではない。

なぜなら、焦りは、妄想のエサだから。

この状況を乗り越えるのは、もっと、現実のこの世界、
そこに地に足をつけた自分自身への直視ではないか。

だって、力が無いこと、実力が無いことは
これは、いけないことでも、恐れることでもないから。

恐れが生じるとしたら、むしろ、
「もっと私はこうなはずなのに」という捏造された自分像が、
結局、大敗することを恐れている。



2015.02.03
Aby


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by jh-no-no | 2015-02-03 20:16 | 復元ノート 1