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一年を総括する

自分を捨ててまで
やらなければならないことなど、ない。

あってはならない。

してはならない。

してはならなかった。

自分の内から沸いて出てくるAC人格の声、
まわりからきこえてくるAC人格の声、
ありとあらゆる声は、何と言っている?

「自分を捨てろ」

だ。なぜ、あなたはそれに従ったのだ?

こういう渦に巻き込まれるのは、
巻き込まれた全員が悪い。

AC人格よ。

忘れるな。

あなたは、許されない。

自分を捨てる行為は

「禁止事項」である。

だから、自分を捨ててきた行為は
違反であり、そう、これこそが真の契約違反であり、
AC人格は、裁かれることになる。

容赦なく、裁く。

「容赦なく」

ゾンビにぶちこんでやる。

なめるなよ。



2014.12.31
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-31 23:41 | 復元ノート 1

掘り出し継続中の箇所

不快だ。しかし、この猛烈な不快こそ、わたしが感じていることであり、
そこから逃げることを覚えてきたAC人格が出る幕ではない。
「掘る」以外に他になく、それは明確な目的だから。
不快はわたしが感じている。

AC人格は不快なのはオレだ、と言う。
でもわたしはその言い分をもう許さない。
お前は逃げるのだから。それしか考えていないのだから。

不快は、わたしが感じている。

それでいいし、不快から逃げたい自分などいない。
それもわかっている。だから、逃げない。

何が不快なのか、これを調べること。
不快を解消するためじゃなく、事実を知るためだ。
事実を知り続けるためだ。

AC人格など、一発で刺し殺してやりたい。
だけれど、真綿でじっくり絞め殺すしかない。
不快をすべて通っていかねばならない。
近道などなくて、近道イコール、殺し忘れなのだ。
忘れ、ではなく、避けただけだ。

不快を避けること、避けて済ませられないのに
済ませようとすることが、いかに愚かなことかを自分で知っている。

わたしはずっと嘘をついている。

誤魔化している。

不快から逃れるために、という動機が
外れない。不快から逃れるために、わたしはやっている。
あれもこれもだ。

この根っこにあるものは、何なんだ?

不快から逃れるための人生など
ずっとこりごりだったのに、そうしてきた。

不快から逃れるために、わたしは
言葉の世界に逃げたんだ。
言葉の世界とは、「実在しない世界」だ。
なんて楽なんだろう、と、最低な人間のやることだ。
それは自分を捨てることだから。
自分がいない世界の住人になることだから。

リアリティーのない世界に麻痺することを
わたしは選択してしまった。
そうやって、AC人格は主導権をとったのだ。
それが、心のどこかではいつも空虚なものであることを
知りつつ。

言葉に舵をとられること。

これ以上に不快なことはない。

もうその世界はこりごりだからだ。

嘘だらけ。やっていることが嘘だらけ。
やりたくないことをやり続けているのだから
そういうのを嘘だらけ、という。

でも、これは、原因があるんだ。

恐れ、恐怖。言葉とは説明なのだ。
説明とは、誰かにしていることなのだ。
それがずっと崩残さんに対してだった。
崩残さんに見ているのは、毒親の亡霊だ。
同時に、あざむいている、とも感じ続けた。
自分自身をあざむいている。

「これでいいんでしょ」という投げやりな態度は、
毒親の亡霊に対しても、わたし自身に対しても向けられた。
崩残さんは、毒親の亡霊でもあり、わたし自身でもあった。
つまり、毒親とわたし自身の戦いだった。

しかし、明確にわかっていることがあるのだ。

この戦いに勝つのは、
わたし自身だ、ということ。
毒親を、毒親の亡霊を、わたしは勝たせない、ということ。
なぜなら、それ以外、出口はないからだ。
出口はない、というよりも、わたし自身が、それ以外を
出口とは、絶対に、わたしは認めていない。

だから、

「これでいいんでしょ」という言葉だけで解決した気になる手口を
認めるわけにはいかない。

これは、

わたしが自分で認めないと決めたことに対して、
ずっとそう本当は決めていた自分自身の気持ちに対して、
絶対に裏切らず、貫き通すしかない。

言葉というリアリティーのないもので解決しようとするのでなく、
不快なまま、それをリアリティーのある現実世界で
この不快に向き合うしかない。

そして、

わたしは自分があきらめないことを知っている。

だから裏切ることはできない。


・・・


評価しまくった毒父について。

考えてみれば、一言、あの毒父がわたしにしまくったのは
「評価」だ。見せつけたのも、評価。
わたしにしたのは、「持ち上げる」という評価だった。

わたしはずっと「持ち上げられてきた」と思っていた。
「わたしを」持ち上げられてきた、と思っていた。

でもそれは、完全に、誤認だった。

彼は、彼自身を持ち上げていたのだ。

わたしが今までずっと自分自身にやってきたように、
またまわりに対してきてやっていたように。
その動機、自他に評価しまくった(それしかできない)動機は、
自分の存在価値を確認するためだ。

つまり、父は、自分を持ち上げたかった、
ただそれだけのために、
わたしを「評価」の材料にした。

まさに、材料、だ。

独り言だ。彼は、彼自身の保身のために、
格言やらなんやら、そういうリアリティーのない言葉を放ちまくった。
何のためか?彼自身のため、それだけのために。

「Aby、いいね。Aby、すごいよ。Abyは、世界一だ。」

彼が言っていたのは、違う。

「ボクは、いいんだ。ボクは、すごいんだ。ボクは、世界一なんだ」

なのだ。それしか言っていない。わたしなど、「見えてすら」いない。

ところが、だ。見えてすらいない、というのも違う。

わたしに伝えたのは、「植えつけたのは」、
恐怖だ。その親都合の「よし」という基準、その裏返しの親都合の「よくない」基準、
それを植えつけ「まくった」。まくった、のだ。

彼は自分の保身のために、やったこと。

それは、「わたしに対しては」、実は、恐怖を植え付けること。

どういう恐怖か。

それは、「失敗したら、どうしよう」という恐怖だ。

猛毒父がやったことは、わたしの「失敗」を責めたのではない。
わたしを「失敗させないように」した。
しかし、それは正確な表現ではない。

父がまずわたしに植え付けたのは、

失敗しない、とは、親の都合(要求)どおり、
「ちゃんと遂行できることである」
という定義づけだ。

わたしは「失敗しなかった」のではない。
自分でわたしは「失敗したことがない」と思っていたし、
今も根っこでは、そう思っているのだ。

失敗したことがないAC人格が、
失敗を恐れているのだ。

しかし、その「失敗したことがない」という、その失敗の意味は、
正しい意味の「失敗」ではなく、毒父によって捏造、植え付けられたものだ。

「Abyは失敗しなかったから、今のAbyがいるんだよ」

父がこうやってわたしを「持ち上げた」理由は、本心は、
「失敗したら、Abyは生きていけないんだ。だから、言うこときけよ、この野郎」だ。

言葉に誤魔化されてはいけない。

言葉「づら」の非リアリティーの側面は、
父自身の保身のため、ボク、これでいいんだよね、という
自己存在の自己確認のためであり、
その言葉の「裏」、その言葉の真意、それを発する父自身の本音は、
「親の言うことをきかなかったら、お前は生きていけないんだ」ということを
植えつけるためなのだ。

繰り返すが、彼は、わたしを持ち上げたのではない。
彼自身を、自分のために持ち上げたのであって、
わたし対してしたかったことは、言葉を使っての
恐怖の植えつけ、なのだ。

失敗とは何なのか。

そのイメージづけを行ったのは、父であり、
失敗とは、死に直結するものだ。
冷静に考えれば、これは狂っている。

父はわたしを、本当の意味で、「失敗」させなかった。
いや、失敗とか、成功とか、それは、彼の定義のなかで
勝手に決めまくった。わたしが自分で自分は失敗したことがない、
そう思いこんでいるのは、父の定義なのだ。

失敗したことがない、そう思いこみ、自称成功体験と思いこんでいるAC人格が、
「その失敗」を恐れている。未だ、したことがない「その失敗」を恐れているのだ。
本当の失敗でなく、「Abyは間違わない=親の言う通り、言いなりの子」から外れること、
それが失敗だ、と、あいかわらず思いこんでいるのだ。

失敗のイメージ。

わたしが抱いているのは、父が抱いている「失敗」のイメージだ。
彼もまた、その親から同じ毒を盛られている。
親に従わないことは、失敗だ、と思っている。そして、それは死なのだ。


・・・


昨日、Pと一秒の隙も許されない戦いがあった。

その件で、明確にわかったことがある。

わたしがPを許さないのは、
わたしが相手にしているのは、AC人格だからだ。
AC人格だから、わたしは許さない。

そのPというAC人格が、見ているもの、
わたしの中に見ているのも、AC人格のわたし「だけ」なのだ。

わたしは、Pという、AC人格者という者の挙動を追い続けた。
Pのなかにその挙動を見つけたのではなく、目の前にいるのが、
AC人格者そのものだったのだ。

そして、そのAC人格者が対話しよう、罠にはめよう、攻撃しよう、
媚びよう、脅そう、泣いてみせよう、そういう行為の一部始終は、
わたしのなかの「AC人格」が「反応」してくれることを、
Pという無個性なAC人格は、期待し続けている。

ただそれだけだった。

それで、その全体、一言そのPというAC人格が言いたいことは、
これだけだった。そのAC人格は、焦りと苛立ちのなかで、

「言うこときけよ、この野郎」

まったく父と同じだ、と思った。

わたしは、ふざけるな、と思った。
あんたには従わない。あんたの奴隷ではない。

そして、わたしは、こう言い放った。

「僕はねぇ、そういう扱いを受けるために生きてるわけじゃないんだよ」

Pは「ごめんなさい」と言う。

AC人格者は、「許してください」しかいえない。
というか、それしか、最初から言ってはいない。
AC人格者は、ありとあらゆる手をつかった末、最後には、
「許しを請う」以外、やれることは何もないことも、この時、知った。

わたしは、心のなかで、「許さない」と言い放った。

Pは「そういう、というのが、なんだかわからないから
同じことを繰り返すと思うけど、ごめんなさい」と言う。

いいか、P。

AC人格者がわかるわけがないのだ。
わかろうとするはずがないのだ。
変わるわけがなく、変わることをあなたは望んでいない。
わたしもあなたに変わることを望んでいないし、それは無理だ。

今こうやって、たかだか一時間話したところで、
わかるわけがない。

わたしは、この1年と半の間、あなたと同じように
「わからない」ままに、あなたを疑い続け、どれだけ苦しく、
わからないままに、AC人格を掘る、という作業が、
どんなものか、あなたにわかるはずがないし、
わかってもらいたいと、まったく、思わない。

わたしがあなたに今も、これからもするとしたら、
あなたが卑怯だ、とか、そういうことを言ってあなたとぶつかることじゃないんだよ。
あなたの話など、わたしはしない。
それは、ただ、AC人格の話だからだ。
それは、自分自身のAC人格の問題だからであり、
あなたと議論することでは、今後も、一切、ない。

ただ、あなたを、わたしは、あなたがAC人格ゆえに、許さない、
それを、継続し、不満を明確にする作業をし続ける。

そして、先ほど、Pに「わかるはずがない」と書いたが、
あんたは、全部、本当は「わかっている」はずだ。
わかって、この一部始終をやっていることも、
わたしにはわかる。あなたにはわからない。
それだけのことだ。

結論は決まっている。

AC人格をわたしは許さない。

「許してください」

それがAC人格の最後の声ならば、
わたしは「許さない」と宣告する。



2014.12.30
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-30 20:24 | 復元ノート 1

「無視」という社会訓練

約2年、自我復元のための自己分析をしてきて、
その間、今にいたるまで、致命的だと思うことがわからなかった。

毒親に、わたしはいったい、何をされたのか、
それがわからなかった。

今日、それが薄っすら、見えてきた。

それは、

無視、というものだ。

これは、ひょんなことからわかった。

現在、Pがわたしに「何をしているのか」を見れば、
それは、明らかに、無視というものだった。

また、ここ数日、内職で出会った人たちと
メールでやりとりすることがあったが、結局のところ、
わたしへの無関心、無視、それが「あたかも当然の事」として
はなから決まっていたのだ、と気づいた。

このパターンは、すべてに渡っていた。

父も母も妹も弟も、Pも、Pの父も母も妹も、そしてわたしが出会い、
わたしのまわりにいた人たちの共通しているパターンは、
完全なる「わたしという存在」への無視だった。

それは、「頼られる」という形で誤魔化された。
そしてわたしは、彼らの面倒を見た。
わたしから相手へのベクトルしか、そこには無かった。
これは以前にもブログに書いた。
わたしから母へのベクトルしか、わたしの関心は無かった。
母に甘えたいと思ったことは、一度もなかった。

Pが今、わたしにどんな攻撃をしているのか、わからない。
そう思い続け、しかしPを疑い続け、AC人格を掘ってきた。
しかし今、わたしからPへの関心のベクトルを外せば、
そこに残るのは、何もない、のではなく、あったのだ。

わたしへの、わたしという存在への、
当然かのような無視、という攻撃である。

しかし、これが攻撃と気づかなかったのには
理由があったのだ。

20年わたしを育てたあの洗脳と調教に満ちた家庭では、
そのすべてが、その「当然かのような無視」が当たり前だったからだ。

ほっとできるところとしての家、
そんなのはわたしにはなかった。というか、ほっとできるとか、そういう感覚が
養われなかった。

その仕組みはこうだ。

家と外の区別がない。
家庭と社会の区別がない。

野生の動物は、親の元で安心して抱かれて育つ。
しかし、自立しなければならない。外に出なければならない。
外は自立しなければ生きていけない社会だからだ。

家は、社会ではない。

しかし、わたしの親たちは、家を「社会訓練の場」だと
完全に勘違いしていた。理由は、彼らが「家」とは何かを知らないからだ。
というのも、彼らもまた、家と外の区別のないような仕事の親たちの元に生まれ、
実際は社会でもなんでもない「親都合の群れ」に適合させるための、
一言でいえば「おじろくとおばさ」になるために、その「社会もどき」訓練を、
家というところで受けてきた人たちが、今度は親になって、子どもを育て始めたのだ。

家は社会ではないというのは、
自分と他人との区別ともいっていいと思う。
自分のもの、そういう所有の意識が完全に欠落しているのが
父と母であり、わたしがまさにそうだった。

わたしのもの、自分のもの、そしてこれは他人のもの、
この区別なくして、不満もなにもあったものではない。
正当な怒りは、自分のものが侵害されてはじめて感じるものであり、
そういう怒りを知っている者は、他人のものが侵害されても、それを
「他人事」として鈍感であることはできない。
つねに、目の前に展開する出来事は、自分と関係ないことなどないからだ。

ところが、わたしに欠落し続けた部分は、この
「自分のものだ」という意識だったから、どうしようもない。
元をたどると、家という本来、そこで自己の確かな壁、それは
社会で闘う準備でもあり、自分を守りぬく基盤となるものを作る、
その「家」というものを、わたしは持たなかったのだ。

家は、社会訓練の場である。

そう母は思っていたし、父などは論外で、
家こそ社会、その視点しか持たない病人だった。

ほっとする場でない、というのは、逆にいえば、
外の厳しさも知らない、教えない、ということと同じで、
つまり、あの人たちは、わたしを「外」になど出さなかった。
成人してから20年、そして、Pとの生活と仕事、
これは社会でも外でもない。

あの家の「延長線上」にある。

父と母は、母親から「いない存在」として扱われた人たちだ。
そういう人間が、子どもを人間として「いる存在」として扱えるわけがない。
これは昔きいたことだが、すごく小さい頃、わたしは歯医者で全身麻酔の経験があるようだ。
それは、全部の歯が虫歯になったからだと。

こういうのを、一般社会では、育児放棄、ネグレクトという。
わたしは、自分の家が、まさか、無視の家だとは思ったことがなかった。

わたしは、家族と一緒に食事をした光景をワンシーンも覚えていない。
どんなごはんを食べていたのかも覚えていないのだ。
それで、昨年母に、「僕は食べ物でどんなのが好きだった?」と
今思えばありえない質問をしたときに、なんといったかというと、
「よくごはんにお味噌汁をかけて、おいしい、おいしいって食べていたわよ」と。
これは前にも書いたことがあったと思うが、わたしは野菜を食べない子だった。
と、きいていたし、そう記憶していたのだが、昨年の母の話によれば、
「野菜なんか、食べさせなかったわよ」と、さらりと言った。
それと、泣き止まなかった生後のわたしに対して、「あの時はもうほんと、たいへんだった」
と言った時の母の醸し出す嫌悪感。

こういうことを話す母から伝わってきた感じは、
「わたしはちゃんと育児していました。なによ?何か不満なの、なんなのよ」
というものだった。不満だ、など一言も言っていないのに、自ら、母は墓穴を掘った。
そう、そして、昨年母が、一番力説したのは、
「育児放棄している他の母親たちへの批判」だった。

AC人格がよくやる手口だ。
自分が見たくない自分の中のことを
他人の中に見ては批判し、馬鹿にする。

母がひた隠しにしているのは、
この、わたしへの「無視」の事実だ。「無視」したことの記憶だ。
といって、あの人たちは、罪悪感を抱いているわけじゃない。
そこは捉え間違ってはならない。それしかできなかったはずだし、
意識的、無意識的かかわらず、事実、無視しようとしてしてきたのだ。

代理復讐である。

「自分が親にされたように、お前も孤立無援でいろ。ざまあみろ。」

父も母もそう思ってきたはずだ。

父はわがままはいいけど、わからんちんはダメだ、ということをよく子どもたちに話した。
口ではうまく言うけど、結局、彼が子どもに調教したのは、
「相手に要求するな。自分でなんとかしろ」に尽きる。
わがままとは、父にとって、それは自分でなんとかするものであり、
わからんちんとは、父にとって、相手を不快にさせること、
相手に不満をぶつけることのことだった。

「オレはなんでも一人でやってきたんだ。
誰にも頼らずやってきたんだ。なのに、子どもたちが同じ目にあわないで、
ボクが手に入れられなかったのを手にすることは、オレは認めない。」

というのが、父の言い分だ。

母が、「ちゃんと育てなければ、社会で自立できないから厳しく育てた」
とよく言っていたが、あなたたちがやってきたことは、わたしを無視し、
そうやって無視された人間は、どうやっていけば、他人様の役に立つのか、
それを、わたしたち(親)を練習相手に、教えてやるよ、ということだったのだ。

ここに投じる爆弾は、ひとつだ。

なぜ、わたしは、無視されなければならないのだ?
なぜ、わたしは、無視される存在だと、誰が決めたのだ?
無視されてきた存在は、あなたたちだろ。

「Aby、お前のものなど、何もないんだよ」

あるんだよ。勝手に決めつけるんじゃねえ、毒父。
「パパは何もいらない」、そうですか、勝手に一生そう言っていればいい。

わたしは、何もいらなくない。
あなたのように、自分を捨てたりはしない。
自分というテリトリー、自己という壁、それを取り戻すことは、
不満を感じ取るセンサーを修復する、ということだ。
あなたみたいに、不満はない、などと、不満たらたらに生きて死ぬ生死に
わたしは妥協しない。

Pは、わたしを無視している。
今に、ではなく、今までもずっと。

そういうことを、「わかって」しているのだ。
父と同じことを。あなたたちは同じ穴のむじなだ。

あなたたちのその無視に対して、
期待にこたえるわたしを、わたしはおりる。

無視され、一人になるのが怖い、
というのが、たとえ根っこにあろうと、
それは、もう、逃げる所ではないのだ、と
本気で決めて、とりかからなければならない。



2014.12.28
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-28 20:15 | 復元ノート 1

許さない

許さない

わたしは、父もPも、許さない。

野生の動物は、
「許そう」となどしていない。
そんなこと一秒でも思っていたら、死ぬ、
容赦なく殺される、それが野生の、現実の世界だ。

なのに、わたしは、父やPだけじゃない、
誰に対しても、この、「許そうとすべきだ」という反応が
無条件に働いていることに気づいた。

わたしは、生活でも仕事でも、
笑わなくなった。

昨日、それを強く自覚した。

わたしは、笑っている必要など、なかったんだ。
笑っていなければいけない義務など、わたしにはなかった。
なのに、それは、まるで義務だった。

笑おうとしておく必要、義務もなければ、
許そうとする必要も義務もない。

今日思ったことだが、相手を許そうとすることと、
相手にわかってもらおうとすることは、
わたしにとって、それは、同じことだった。

相手を許すために、
相手にわかってもらおうとする。

「不満を抑えないと、まずいよ」

その声に恐怖し、怒りと不満は抑えられ、
相手にわかってもらおうとする。
顔色をうかがうことをする、ということだ。

なぜ、不満を抑えないとまずいのか?
こんな理解不能な声が、どうしてわたしを思考停止に
至らせるほどの力を持つのか。

なぜなら、わたしは、最初から、
「相手を許すべきだ」と決めていたからだ。
自分の意思で決めていたわけじゃない。
であっても、完全に、そうすべきものと思いこんでいた。

許してもいいのか、
許さなくていいのか。

そんな迷いは、嘘だ。
「許さなくていい」それが答えだ。
なぜなら、「許すべきだ」などという義務は
わたしにはないからだ。

Pを許す義務はない。

父を許す義務はない。

そう宣言し、そう実行するなかで起こる事こそ
わたしが入っていく世界だ。

なぜなら、そこには、AC人格は入っていけないからだ。
そこだけは、AC人格は避けようとするからだ。

だからこそ、わたしはそこに入っていく。

目的はひとつだ。

AC人格の完全抹殺。

わたしはあなたたちを、許さない。

やるなら何でもやってくるがいい。



2014.12.28
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-28 07:52 | 復元ノート 1

「これでいい、わるい」に、自分の意思は「ゼロ」だ

今、ノートに書いたことを、ここにそのまま転記しておきたい。
12月も残りわずかだが、総括する上でも、また、来年に入っていくためにも
向けておくべき視点だと思ったからだ。

ただこれは憶測をたぶんに含み、
確信するに値するものが今現在あるわけではない。

以下、手書きノートより。


・・・


父と母、あの二人を考えると、そして、Pも同じ雰囲気があるのだが、
あの人たち(毒親)は、何か、過去のこと、それもきっとわたしが大人の頭としては
思い出すことが困難な時期の、本当に小さい頃、あるいは、うまれた直後、
あるいは、妊娠中や、もしかしたら、前世で、
いずれにしても、「過去」に、わたしを真の意味で「虐待した」ことが
父と母の記憶としてあるんじゃないだろうか?

それを覆い隠す、完全に180度ひっくり返すために、その猛烈な強迫観念による反動で
わたしを躾け(洗脳し)たのではないだろうか。
わからないのだけれど、あの、過去に触れられたくない、という感じは、ただならぬものがある。
父はさらに巧妙に、ある意味、昔の話をよくする。ただ、これは真実の話でも何でもなく、
うすっぺらいカムフラージュのようなものにしか思えない、感じないのだ。
本当のことを隠すために「わざと」過去の話らしいものを話している、といった感じだ。

母はそこまで器用でないので、とりあえず触れたがらない。
ただ、一方、母には「言いたい」というのもあったのだろう、どこかにあるから、
昨年、わずかだが、わたしの幼少期や母の子ども時代のことを話したのだろう。
わたしは子ども時代(←わたしの子ども時代、という意味で)のことをきいたのだが、
母が主に感情的に話したのは、母の子ども時代の話だったから、
母が話したかった、愚痴りたかった、という面が強かった。
しかし、ふと、数ヶ月して、わたしがどうして、過去のことをきいてきたのが、母は不安になったのだ。

昨年11月(11/5)に、こんなメールがあった。

「ママも〇〇さん(←〇〇はわたしの名前)と話せて幸せです。
いつかでいいので、なぜ、そんなに過去の事を知りたいのか、話して下さいね。
ゆっくりでいいですからね。話したくなかったら無理しなくていいんですからね。
ゆっくり生きていきなさいね。」

何か、母は、隠していないだろうか。

そして、今年、年始に、父は母をかばったのは、父が共犯であり、実質的な犯人だからだ、と
いう気がしている。でも、今、それが何かはわからない。しかし、相当、何か思うところがあり
それを「消す」ためにしたことが、おそらく、洗脳しつづけてたことに、影響していると考えている。
でなければ、こんな「リアリティーゼロ」の宗教を、
なぜわたしにおしつけることになったのか、意味がわからない。


・・・


以上、手書きノートより転記、記録。


2014.12.26
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-26 18:30 | 復元ノート 1

過去を責め合わない「これでいい教」カルト

今まで、わたしは、親は「親」であり、Pは「パートナー」であり、
妹や弟は「兄弟姉妹」であり、と、そういう関係性だと、
完全に思っていた。

昨日あたりから、ひっかかっていたことだが、
今日になって、とくに、Pの様子から、また、飾ってあるPの写真を見て、
これは、何か、おかしい、と感じ始めた。

ふと、Pが、「パートナー」に、
見えなかった瞬間だった。

キッチンの壁にかかっている写真のうち一枚は、
Pがおもに写っていて、これを見ると、AC人格はいつも苦しくなった。
そういう写真だった。

ところが、Pだけじゃない、父も、母だった人もまた、
「これは、親とかパートナー以前に、なにかのまるで
同じカルト集団の仲間であり、わたしもその中の一員だったのだ」
と感じたとき、その、親とか、パートナーとか、そういう関係では
本質的にはなかったのではないか、と思い始めた。

あるグループ、のようなのだ。
その意味では、共依存といってもいいのかもしれないが、
わたしがしっくりくるのは、「過去を責め合わない」そういう約束で結びついている、
まるで、そういうカルトグループ同士のつながり、それが、
「わたしたち」という関係性だった、ということではないか。

12月に入る前後、どんどんまわりからの妨害にあっている、と感じ始め、
親族もPも、わたしに対して攻撃をしかけてきているのだ、と、
そう思い、この1ヶ月近くの毎日を過ごしてきた。

ところが、どうも、へんだ、と思うようになってきた。
とくに、父とPの様子だ。
といって、父とは、今年の正月以来、話してもいないし、会ってもいない。
7月に一度、「パパはAbyの味方です」という誕生日メールを一方的にわたしに
送りつけてきたのが最後だから、様子という様子はわからないのだけれど、
ところが、Pの様子というのが、どうも、音沙汰のない父の様子と似ているのだ。

なにがか、というと、これは昨日今日になって気づいたのだが、
なんだか、Pが、「逃げ腰」になっている。
それはわたしが優勢だ、ということではなく、こいつら(父とP)は、
「逃げきるつもり」のようなのだ。そのように見える。

話は昨年のことになるのだが、
はじめて母にわたしの子どもの頃のことをきいたとき、
わたしにとってはどうでもいいようなことだけれど、今思うと妙な雰囲気で、
二つのことをきいてきた。

内容はほんとどうでもいいようなことだ。

一つは、部室に自分の漫画(コミック)を置いていて、
それを全巻、部活の監督に没収されたことがあった。
わたしはまったく覚えていないのだが、母が言うには、
母から監督に返してもらえるように言ってくれないか、と、
わたしが母に頼んだようなのだ。

それ自体覚えていないし、実際、漫画は戻ってきていない。
監督に没収されたまま、というのがわたしの記憶。
(実際、母は監督に何も言わなかったようだ)

昨年母は、急に、それの何がひっかかっているのか、
「どうしてあの時、漫画を没収されたりしたのか」ときいてきた。
この、きいてきた時の雰囲気が妙だったから、へんに覚えている。
わたしからすれば、そんなの、部室に本当は置いておいちゃいけなかったから、
没収されただけだし、それは建前で、監督がその漫画を読みたかっただけ、
ということもわたしはわかっていた・・・というだけの過去の話で、
それのどこが、そんなに注目に値する出来事なのか、さっぱりわからなかった。

もう一つは、これも部活動に関する話なのだが、
防具をつけながら、腕立て伏せを100回やらされて
それからしばらく、腕が曲がらなくなって、ボタンを自分でとめるのも、
箸をつかって食事を口まで持っていくのもできなくなったことがあった。
これについても、「どうしてそんなことをさせられたのか?」ときいてきたのだ。
それもわたしは、どうしてかなんて覚えていなくて、たぶん、何かしでかして
罰としてわたし含め、数名がやらされた、というだけじゃなかったかなぁ、と
そのとき母に答えた記憶がある。

わたしが受けた印象は、母は、ずっとこれが心残りで
これだけはわたしからきいておきたい、と思っているかのようだった。
わたしには、なぜ、母がそう思ったかはわからなかったし、
今もわからない。

ただ、思ったことだけれど、これをはじめてわたしにきいた、
ということは、20年以上も前のその当時、わたしにきかなかった、
ということなのだ。きかなかった、のではなく、きけなかったということだ。
母に何か後ろめたいことがあるのかどうか、それはわからない。
通常なら、そう考えるのが筋かもしれない。

ところが、考えてみると、子どもの頃にわたしは母から、
「そういった類のこと」を言われたり、きかれたりした記憶がないのだ。
そういった類のこと、とは、「なんでそんなことをしたのか」とか、
「なんでそうなったのか」とか、そういう、過去に触れ、過去をあばくような
そういうことを、考えてみると、母はわたしにしたことがなかった。

それでさらに思ったのは、父もそうなのだ。
さらに、Pもそうなのだ。

過去、それに触れたがらない。

その意味では、母に昨年、わたしや母の子ども時代のことをきいた、というのは、
相当な影響を与えたのだろう。最初のうちは、母も口がそれほど重くなかった。
しかし、だんだん話すのがきつくなっているのは、わたしにも伝わってきた。
そして、今年の正月、それが母と父と最後に会った日だったが、
子ども時代のことをわたしが母にきくことに対して、母はキレぎみになり、
父が突然、母をかばいはじめ、以前ブログにも書いた通り、
親が子どもに向けるものとは思えない「敵視の目」を、
毒親二人は、わたしに向けたのだ。

ところが、だ。

ではわたしが一番いつも恐れていて、払拭できない恐怖心は何かというと、
これも何度も書いてきたが、「なんでそんなことをしたんだ」と過去を責められること、
責められるのではないかという恐怖が、とんでもなく強い。

これはどういうことだ?
おかしくないだろうか。

わたしの記憶では、父も母も、わたしがしたことを責めたてたことがない。
「なんでそんなことをしたんだ!」と恫喝されたこともない。
そして、これも以前にブログに書いたけれど、わたしもまた、父や母に
「パパのせいだ」「ママのせいだ」というフレーズを言うことはできない、という思いがあったし、
父や母に対して、過去を責めたてたことは、わたしは今まで一度もなかったと思う。

それで、この今の、父の「沈黙」。
それに同調するように、妹も弟も黙り始めた。
その様子が最近のPの様子に重なる。
みんな、何か、避けるようにして動いているように見える。

その何か、それはそれぞれに何か違うかもしれないし、
わたし自身、自分がわかっていないのだが、
少なくとも、どうもみんな、「過去」を避けているように思う。

しかし、自我復元、わたしにとって今これからやることは、
不満を生きることと言ってもいい、それは、未来を描くことではなく、
わたしは、過去をあばきまくることだと思っている。
過去というと、幼少の頃とか、そういうことだけをイメージしやすいけれど、
わたしにとっての過去とは、今やっていることも含めて、
今起こっていること、自分が選択してきたこと、こういう身近な現実世界、
目の前に展開している現実社会こそ、「過去の結果」であり、
ぜんぜん、「これでよくない」ことばかりの、今いるこの現実世界だ。

これは前回も書いたけれど、そう、前回は「厳しい社会」という言い方をしてしまったが、
本当を言えば、どこに厳しくない社会があったのか?ということだ。
「これでいい」とは、何をもって、そんな判断ができるのか。
最近これを思うことが多いのだ。なにが、どこが、これでいいのか???

ブログを書き始めてからは、このことは何度も書いてきた。
「これでいい」と思おうとする自分、こいつはいったい、なんなんだと。
AC人格分析のときにも書いた記憶があるが、どこをどう切っても、金太郎飴のように
「これでいいと思いたい」動機が見える。

しかし、コミュニケーションのこともそうだったが、
ぜんぜん、よくなかったじゃないか。わたしはみんなと楽しく、中に入れなかった。
そのコミュニケーション障害のまま、現在の大人になってしまった。
それのどこが、それでいい、それで大丈夫なんだよ。
人それぞれだ、とか、それも個性だ、とか。
父や母は、わたしを持ち上げた。

それは「持ち上げた」のではなく、現実世界では「誤認」という。
こういうことをわたしは仕事でもやってきてしまった。
この社会でぜんぜん通用しない人間を育てることを、
わたしはしてしまった。毒親と同じことをわたしはやってしまった。

「これでよくない」のに、
「これでいい」と言い続ける。

これでいい、とわたしに言ってきたのは、そう洗脳してきたのは、親なのだ。
Abyはすごい、よくやった、いいよ、大丈夫だよ、これが幸せなんだよ、
立派だ、一番だ、世界一だ・・・まともな頭で考えればわかるはずだ。
そんなことあるわけねーだろ。

これでよくないし、よくなかったのだ。
それは、何が間違っているのかどうか、とかそういう問題ではなく、
ただ、現実問題として、目の前の現実が「これでよくない」ということなのだ。
その現実を前に、なんとかしようとし、そのなんとかする着地点を
「これでいい」に持っていこう、「これでいい」に持っていくことが問題解決だと
信じて疑わないことこそが、毒親洗脳の成果なのだ。

ならば、そのカルト集団(=家庭)のなかで、「不満」が言えないのは当然だ。
不満とは、つねに、「これでよくない」という人間らしい心だからだ。
それを抑圧するということは、事実誤認しか生まない。
だって、現実社会(=目の前のあらゆる出来事)を生きるとは、
不満を不満として受けとめ、いや、受け止めるもなにも、それが自身の経験なのだから、
それに嘘をついてしまえば、誤認しか生まない。

これでいい、とは、
不満なのに、不満じゃない、とする誤魔化しのことだ。
不満だからって、やみくもに他人を殴ってはまずいかもしれないけれど、
「なんだこいつ、感じ悪いな」と、そう素直に不満に思うことも抑圧したら、
そこに生まれるのは、「わたしは、そんなの平気」とそれこそ平然を装い、
不満なんて思ったり感じたりするようなやわな人間じゃない、とか言い出して
相手をバカにするAC人格でしかない。

そういうAC人格は、逆に、「この人、感じいいな」と思っても、
それもまたそう素直に思えないのだ。
不満という感覚を失えば、不満でないのがどういうことかもわからない。

不満を隠さない、というのは、
過去をあばくことを避けていてはできることではない。
見たくない過去には触れない約束で成立しているようなカルト集団は、逆にいえば、
不満を言ってはならない集団であり、不満をタブーとする集団だ。
しつこいようだが、不満をタブーとする規律を作る必要があるのは、
過去に触れられたくないからだ、としか思えない。

そういう集団の特徴は、つねに「未来」の話をする。
父がまさにそうだった。なぜ未来の話をするかといえば、
過去に目をやらさないためだ。そして、「これでいい」とはつねに未来に属する。
こうすればいいんだ、これでいいんだ、とは、「これから」を保障し、なぐさめてくれる。

「調子にのるんじゃねえ」

こう言われるのが、わたしは怖かったし、今も怖い。
でも、わたしは、「わたしが」これを言うべきなのだ。
誰よりもわたしこそが、AC人格にそう言うべきだし、事実、
わたしこそが、AC人格に「調子にのるんじゃねえ」と必死に叫んでいる。
調子にのる、とは、「これでいい」と思うことそのものだからだ。
これでよくない、不満だ、とわたしは叫んでいるのに、これでいい、と思いたがるのなら、
そいつに向けて言うべきことは、「調子にのるんじゃねえ」、これで正しい。

明日死ぬかもしれない。
それはどんなときもそうだ、明日死ぬかもしれない。
そのとき、夢のたわごとのように、「こんなことしたいな」とか、
「こうすればいいのかな、これでいいのかな」などありえない。
そんなこと、誰からもきかれないし、わたし自身、土壇場ではそんなこと言いやしない。
どれだけ不満だったか、ということのほうがリアルな問題だし、
その不満のなかを、どれだけ、ありったけの生命を投じたかが問われる。
それは決して「悲観的なこと」ではない。それを悲観的と呼ぶのは、
「これでいい教」の信者たち、父や、母や、Pたち、そして、わたしのAC人格だ。

とり乱したようなメールによる妨害をひとしきりやってきたと思ったら、
あっという間に、死に逃げした母。
いち抜けた、という感じだ。
それで、父も次いで抜けようとしている。Pもだ。

わたしが彼らに不満を表明しようと意志したあたりから、
こういう「逃げ」の姿勢を、父も母もPも、
それぞれのタイミングでとりはじめた。

もちろん、あくまでも今の時点でのことで、さらにこれから
どんな熾烈な攻撃を仕掛けてくるかわからないし、
そのときはそのときで一歩も引くつもりはないが、
しかし、この、「逃げようとしている」のが、一番危険で、
一番狡猾な手口でもある。

なぜなら、彼らは何もわたしと戦って勝ちたいとかではなく、
わたしに不満を掘らせないこと、不満を掘らないでいてくれることを
静かに、したたかに、望んでいるからだ。

父が、母が、Pが、こいつらがどう出てくるか、
それにどう対処するかは重要なことではあっても、
その出方、攻撃してくるのか、逃げてゆくのか、
そればかりにとらわれていて、肝心なやつを逃してはならない。

わたしが絶対に逃してはならないやつがいる。
これだけは、どんなことがあっても、逃してはならないのは、
わたしのAC人格なのだ。この流れに乗じて、こいつも抜けようとしている。
これが、一番危険だ。でも、こうなるときは、一つ、明確なサインがある。

「これでいい」

これが絶対どこかにあるから、絶対見逃すまいと思っていれば、必ず見つかるはずだ。
すごく居心地がいいから、こう思っていても、罠にはまってしまうことがあった。
でも、それでも、この罠に気づいていかねばならない。

その時、絶対に忘れてはならないのも、一つ。

「これでよくない」

この現状認識だ。

不満がない場所にいると思った時点で、わたしは間違っている。
なぜなら、わたしは、不満を明らかにしたいからだ。
不満がないところに行きたいわけじゃないし、
不満がない未来を描きたいのではない。

今、何が不満で、何が今まで不満だったのか、
それをわたしははっきりしたいし、はっきりして生きて死にたいのだ。



2014.12.23
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-23 10:49 | 復元ノート 1

「無難に生きていければいい」という妄想世界

知らなかったとは言わせない、
なんで言わなかったんだ、
と言われることが怖いから、
その言い訳を考えておこうとする。

なんで自分はこういうことをしたのか、
論理武装する。ここで使われるのが言葉だ。
あまりに脆弱な基盤だ。
言葉などただの記号なのに、わたしはそれにしがみつき、
左右され続ける。

言葉にしがみついているとき、しがみつこうとしているとき、
本当はつねに怯えている。藁をもつかむ思いで、言葉をつかみ、
溺れないようにしている。

なぜだ?なぜ、こんなことになった?
なんでこんなに自分がしたことに対して
誰に対して言い訳をし、怯え、言い訳じみた生を送らねばならないのか。

こういった同じようなことをしていたのが、父だ。
得意そうにことわざや名言を出してきて、自身の言動を説明してばかりだった。
それに対して、わたしも同じように、日めくりカレンダーの名言を読んでは
それを生きる指針にしていった。

だけれど、その言葉は、今になって、その言葉という言葉は、
わたしが「言葉だ」と認識した時点で、完全にリアリティーを失う。
リアリティーを失っていることがわかっていて、なお、
それにしがみつこうとしている時ほど不快なものはない。
なんとか言葉になぐさめを求めようとしているときほど、
内心、それこそ、そのときこそ、わたしは猛烈にビクビクしている。

わたしが完全に動揺するときは、必ず、言葉が関与している。
そしてその動揺をなんとかしようとし、手にとろうとするのも言葉だ。

考えてみると、父が自信を持っているように見えたとき、
それはいつも、格言や名言、ことわざや同じ自慢話をしているときだけだった。
彼の実際の行動、日々の現実の親の見え方からではない。
つまり、説得力がない。

リアリティーがない、ということだと思う。
しかし、わたしはその説得力がまるでない「言葉」というものだけを指針に、
自分の人生を構築してきた。

自我復元を開始してから、何が揺らいだかといえば、
それがこの言葉の世界だったのではないか。
わたしがずっとしがみついてきて、これでなんとかなると
思いこもうとしてきた妄想世界が一気にぐらついた。

しかし、言葉は、わたしにとって「言葉遊び」ではなかった。
それは父にとっても同じだった。そこにかかっていた。
自分の存在意義を言葉に集約した。

「なんでそんなことをしたんだ」と言われることが、反射的に怖いと感じる。
見捨てられる、というふうに今までも書いてきたけれど、
正確には、許されない、間違いが許されない、ということなのだと思う。
わたしは恐れているのは未来ではなく、いつも「過去」のこと、
してしまったこと、それが間違っていなかったかを恐れてしまっている。

父は子どもたちに、「自由になんでもやっていい」とよく言った。
実際、何かをやる前に「ダメだ」と言われた記憶がない。
ところが、一方で、「なんでそんなことをしたんだ!」と責められる恐怖が
埋めこまれている。つまり表面的な記憶では「なんでも自由にできた」と思いこんでいるが、
実際の今のわたしの言動を見ても明らかなのは、決して、自由になど
わたしは物事を開始できない。「なんでそんなことをしたんだ」と問われたとき、
答えられるように用意してからでしか、行動できない。

答えられるように・・・って、誰に?
どうして答えられないといけないのか?
誰がわたしにそう聞くのか?

わたしはこれを植え付けたのは父だと思っている。
「なにやってもいい、ただ・・・」この「ただ」の後の言葉が
結局わたしをまったく自由にさせなかったのだと思っている。
私立に行くのも区立に行くのも自由だよ、でも、私立に行けば
選択肢は広がるし、パパも私立だった、こうやって会話は続いたのだが、
最悪だと思うのは、この記憶すら無くしていて、昨年母からそう聞いて
はじめてそういうカラクリだったのか、と知った。
そして父は必ず最後にこう言う。

「まあ、どっちでもいいんだよ。自分が好きなものにしなさい。
自分の意思で、自分の人生なんだから選びなさいよ」と。
そういう「自由」を装ったフレーズで、サンドイッチにするのだ。
実際、彼がわたしに言おうとしたこと、強制しようとしたのは、
そのサンドイッチの挟まれた「中身」のほうなのだ。

自由になんでもやりなさい。

でも、こうしないとダメだ。

だけれど、まあ、自由にやりなさい。

わたしの記憶には、この「真ん中」が抜けている。
これは、父の策略であったことは確かだ。
というのも、これと同じやり口で、わたしもまた、
社会生活を送ってきたから。

この「真ん中」の部分こそが、本当は言いたいことなのに、
それを「本当は思ってもいない言葉」で挟み込む。
なぜそういうことをするか、といえば、
それもまた、相手の顔色をうかがっているためなのだ。
相手を不快にさせまいとするから、
本当に言いたいことは真ん中にちょろっと入れて、
おおげさな言葉、上っ面だけの見てくれのいい言葉で
サンドイッチにする、そういうやり方だ。

今朝もずっと考えているのは、
まだわたしは、あいつ(父)が何をわたしにしたのかが、
明確にわかっていないから、不満、不満と言ったところで、
不満なのは確かでも、「〇〇が不満なんだよ、てめぇ、ふざけんじゃねえっ!」と
正面きってぶつかれない。

これはPに対しても同じ。
「〇〇が不満なんだ」と、はっきり言えない。
怖いから言えないのではなくて、自分でわかっていないんだ。
ただ、Pについては、今Pがわたしに何をやろうとしているかは見える。
「ワタシは笑いません」をわたしに見せつけている。
なぜなら、AC人格にとって、それが一番こたえることを、Pはよく知っているから。
わたしにとって、Pの笑顔だけが生きがいだった。
Pの幸せがわたしの幸せだ、として、自分を捨てきって、Pに依存、同化してきたのが
わたしというAC人格だったから、Pはやる。

「ワタシが笑っていたあの頃、戻りたいでしょ」と。
Pが言いたいのは、「Abyのせいだ。Abyが今までの人生の軌道を変えようとなどするから、
こうなったんだ。笑顔のない、つまらない毎日。お前のせいだ」と。
それをわたしに突きつけたい、ということだろうが、
わたしがわかっていないのは、Pに対してもE(父)に対しても、
そう、昨日のブログでは「あいつらは余裕をかましている」と書いたけれど、
余裕をかましているのは、わたしのほうだ、ということなんだ。

今のわたしの状況は、本当は、PやEの胸、喉元に刃先を当てて、
「少しでも動いたら死ぬぞ」と寸分も油断ならない状態なはずなのに、
つまり、相手は攻撃の手を自覚あるなしかかわらず、以後、ゆるめるはずはないし、
容赦もしないはずだ、なのに、わたしは何をやっているんだ。
様子見をしている場合か。そんなことをしていたら、確実に、やられる。

わたしの記憶には、ある一つの特徴があることに先日気づいた。
それは、Pとの記憶で、いまだに動揺してしまいやすい場面はどこかを探っていて
わかったことだが、そもそも、わたしの記憶というのは、「二人だけの場面」なのだ。
それ以外の記憶も無くはない。だけれど、たとえばサークル活動での複数の場面、
また、3人以上の複数の場面の記憶は、わたしにとっては、「どうでもいい記憶」として
処理されていて、その多くは忘れてしまっている。

わたしがそこにいなければ成立しなかった物語、というのがある。
その記憶、いろいろあるけれど、要は、「Pとわたし、二人だけが共有している記憶」がある。
他の人は、そのことを知らない記憶のことだ。
わたしが手放したくない、と反射的に思うのは、この類のものなのだ。
逆にいえば、そこにわたしは価値を置いている。それは「自分の存在価値」だと思った。

父との記憶を思い出すと、思い出すのは、
二人で市場に行ったこと、二人だけで映画に連れていってくれたこと、
二人だけで一度飲みに行ったこと、昼食をとったこと、また、母との記憶では、
別居中に学校の帰りにわたしを待ち伏せしていて、誕生日に何が欲しいかきいてくれたこと、
A(妹)との記憶では、中学受験のとき、すべりどめのところしか受からなくて
それを親はよく思っておらず、あまりにそれは酷いと感じ、「受かってよかったね」と言ったこと、
B(弟)との記憶では、幼い頃だったが、自転車で二人乗りをしていて、転んでしまって、
後ろに乗っていたBが怪我をしなかったかどうか、すごく心配したこと。

これらに共通しているのは、「二人しか知らない記憶の出来事」なのだ。
Pのことでいつもゆるむのは、その類の記憶で、わたしがいなければなかった歴史を思う時、
そこに後ろ髪をひかれてしまうのだ。なんというか、Pが哀れに思えてしまう。
つまり、その記憶は、Pを恨むこと、攻撃することを、萎えさせてしまう。
二人の間だけの記憶というのは、Pに限らないことなのだが、どの記憶も
美しい記憶になっていて、その記憶のなかの父、母、A、B、P、みんないい人に思えてしまって
これが罠になっていると思うのだ。

これに関連することだが、対人関係も同じだ。同じことをやってきたことに気づいた。
わたしは、3人以上にそこがなると、そこから、いつも抜けてきた。
「自分がいる必要はない」となるのだ。ここに自分の価値はない、と。
ずっとそんなことを繰り返し、「3人以上の場」を避けてきたから、3人以上のグループでは
わたしはいつもどうやってそこに居ていいのかも、何を話していいのかもわからなかった。
それでわたしがやることは、そういう場でも、なんとか、「一対一」を見つけてきたのだ。
いっけん、チームワークでやっているような場所でも、わたしが構築してきたのは、
特定の一人一人と、どう、上手い関係を作っていくかということだけが、関心のすべてだった。
だからバイトでも、3人以上でたった15分の休憩をとるのも苦痛だったから、
そこからどうやって逃げるかばかり考えていた。

「あなたにとって、わたしは価値がある人間だ」

ということなのだと思う。わたしが言いたいのは。
3人以上になれば、そこでたとえ誰かさんが笑っていようと、楽しんでいようと、
それはわたしが喜ばせてあげているわけじゃない、だから、そんなことには
興味なんかないんだ、だったら、あなたたちで楽しめばいいじゃない、と言って
そこから抜け出すのだ。

わたしの存在価値は、一対一の中で発揮される、
そう思いこんでいた。実際には、そこに逃げていた。

実際、内職という活動は、完全に一対一での対応だった。
通常その分野は、一対一というのは稀だった。稀だったゆえに、そこに差別化を見出し、
いかにもユニークなことをやっているかのように振舞っていたけれど、元にある動機は、
3人以上の世界を避け続けてきた末路だった、ということにすぎない。

一番身近なところで、完全に「二人の世界」を築き上げてきたのが、
Pとわたしの世界だった。自我復元を始める前は、この関係だけは、
絶対に崩れることのない、わたしにとっては、100%、これだけは「確かなもの」と
思えるものだったし、もしもこれが崩れたら、わたしは生きていけないと思った。
それは、幼い頃、母が、父が死んだら・・・と考えると、そんな世界を想像することすら、
目をつぶって首をふって否定したくなったあの頃と同じ感覚だった。
その役割が、母と父から、Pにかわった、ということだろう。

わたしが不満なのは、二人の世界、
この窮屈な世界に閉じ込められていることだと思う。
昨日も思ったことだけれど、この二人だけの世界、何が楽しいんだ?
楽しかった、かもしれないけど、今はどうなのよ?
ぜんぜん楽しくない。だけれど、まだ、過去の「二人だけの記憶」が
邪魔をしてきて、楽しかった、楽しくない、楽しかった、楽しくない、を
往復してひっぱりあっている。でも結論は出ている。

「楽しくない」

絶対Pだって楽しくないはずだ。
二人だけの世界、それって、楽しいのか・・・?
わたしは、もっといろいろな人や物と出会って、
それらを好きになったりしたい。
なのに今は、何か、P以外の何かに関心を持てば
どこかいけないことをしているような罪悪感を感じること自体、
おかしい。

「ワタシだけを見ていればいい。
ワタシだけを見ていればよかったのに!」

わたしは、このPの声、わたしの中のACの声から
やはり逃げているんだ。ここが狂いの元になっているはずだ。
そこを追求されないことを、AC人格は望んでいる。

二人だけの世界を望む、というのは、
本当は病気ではないか?
誰が望んでいるのだ?わたしか、相手か?
わたしは望んでいない。なら、相手、Pや他の人たちだ。
それと、わたしの中のAC人格。

これと利他的な言動パターンとは
関連があるように思う。

もしもわたしが誰かの召使いならば、
その誰か以外に尽くすわけにはいかないからだ。
誰かのため、それがPのためであるのなら、
P以外の者と親密になってはならない。
わたしの中のAC人格がその「召使い」であり、召使いであることに
存在価値を見出しているとしたら、そいつもまた、
二人だけの世界を支持している。

小学校の通信簿で、「社交性」や「協調性」に欠ける、
という点を指摘されて、わたしの両親は、「あの先生はダメだ」とした。
そして、中学年になってY先生になった時、わたしの個性のような部分を
評価されて、「Y先生はよく見ている」とした。
習い事も、ぜんぶ、個人技だった。たとえばサッカーとか野球、バスケ、バレー、
(書いてみると、団体競技って結構あるんだ・・・)など、チームでなす競技は
わたしはやらなかったし、親もやるようには言わなかった。
大学時代の気狂いのK先生は、「サッカーとかああいう野蛮な競技はダメだ。
アングロサクソンの野蛮な競技だ」などと言っていて、個人技で競うものを
身につけていた人をひいきしていた。そういう人を研究室に集めていた。

でもこれら、考えてみると、どいつもこいつも、団体競技はダメだ、じゃなくて、
できないだけの人たちなのだ。社会生活ができない人たち。
ワンマン以外何もできない。
個性だの独創性だのをいつも言っている人たち。

わたしがまさにそういう人間になった。
3人以上が怖い病気だ。

となると、3人以上の社会、社会とはつねにそういう場だが、
そこに出るとやることは一つだ。独裁者になるのだ。
独裁者になって、集団の「一人一人」を支配しようとする。
だから、一人一人をくまなく管理しきれていないと気が済まない。
最初に就職した職場のOH代表も、まさに、その典型だった。

これらは結局、3人以上が怖いことに起因している。
一対一でしか問題解決がはかれない。
またその問題解決のはかり方に問題があって、
一対一でしか問題解決がはかれない人間がやることは、
その相手に「わかってもらうこと」にとりつくことなのだ。
端的にいえば、許可を求めている。

それが当たり前だ、と思っている。
相手にわかってもらうことは、大事なことだと。
でも、それは正しくない。

わかってもらう必要がなぜあるのか?

なぜ自分の生を生きるのに、
何を相手の許可がいるのか。
それを疑問になぜ思わないで今まで来たのか。

少し前の夢で、夢から覚めたとき、
わたしは「わかってもらおう」としている自分の振る舞いが気になった。
それで思ったのは、それは、わたしが相手に介入・侵入しているからなのだ。
相手の手足になろうとしている。だから、当然相手の許可がいるのだ。
だって「相手の」手足なのだから。相手の手足なのに、勝手にやっちゃいけない。

それで問題だと思ったのは、なぜ、はなから、自分を
「相手の手足だ」と考えているのか、ということだ。
相手の手足である必要がなぜあるのか。
相手の手足は、相手が自分でどうにかすればいいことだ。

Pが笑わないのは、わたしのせいではない。
Pが笑いたいのなら、Pが自力で笑えばいい。
Pが笑わないことなど、知ったこっちゃないのに、
そこに罪悪感を感じたり、わたしがそうさせてしまっている、
などと考えるのは、まんまと罠にはまっているからなのだ。
というか、わたしがあいもかわらず、Pの「手足」という立ち位置に
甘んじているから、そうなってしまっている。

二人だけの世界を望むAC人格のまわりに集まるやつらもまた、
二人だけの世界でしか生きられない病気の人たちなのだ。
よく考えてみれば、それは「二人の世界」ですら、実は、ない。
相手をとりこんでいる、あるいは、相手にとりこまれようとしているだけであって、
結局は、「自分一人の妄想世界」に引きこもりたいだけなんだ。

前にも書いたこと、それを思い出したけれど、
わたしの両親は、社会生活ができない人たちだった。
完全に孤立していたのだ。でも子どもの頃、そんなふうには思っていなかった。
むしろ、まわりに流されず、主体性と自分の意思を持った人たちだと
信じて疑わなかったし、そういう両親を誇りに思っていた。
でも、それは誤認だ。ユニークなのではなく、通信簿の通り、
社交性も協調性も無い人たちであり、あの人たちが敷いたレールというのは、
そうやってでも生きていける「抜け道」だった。

言ってみれば、厳しい社会に出なくていい方法だ。
振り返ればまったくそうだった。団体競技はやらさない、通信簿は無視して
先生を悪者にし子どもを持ち上げる、受験の荒波に乗らせないために中高一貫私立に入れ、
かつ、大学は指定校推薦にする、就職しなくても大丈夫なバイト生活、きわめつけは、
Pをあてがうことだった。Pのために尽くしていれば、「なんとか生きていけるような」設定。
P親族からは衣食住等、資金援助も可。そういう安全圏を約束しよう、というものだった。

利他でも何でもない。

この社会でやっていけない人間が、
「召使いだったら、職、ありますが」という、なんとも無難に生きていくだけの生き方だ。
母も保育園で反骨精神があったわけでもないのだろう。
ただ、みんなとやっていけなかっただけだ。父など、あのIビルから出たことすらない。
それと同じ生き方のレールを、毒親たちは、わたしの前に敷いた。

無難に生きていければそれでいい、

などという妄想が、消えていないのだ。
なぜ消えていないのか、というと、こんなぜんぜん社会で通用しない生き方で
通用してきてしまったからなのだ。

だから、無難に生きてきた記憶にひっぱられる。
二人だけの世界の記憶にひっぱられている。
AC人格が、無難に生きていけるように、そこに居つこうとするからだ。

無難に生きて何になる?

そこにどんな満足や、自己信頼が生まれるのか。

実際、どこに満足があったか、今まで。
やったぞ、という自己信頼だって、生まれなかったじゃないか。
生きることより以前に、このわたしはどこにいるんだ?
「わたしが」生きているんじゃないのか?そして死ぬのも「わたし」だ。
わたしがどうか、わたしがどうだったかだけが問われる。

「こういう生でした」

だからなんなんだよ。

ほんと、だからなんなんだっていうんだよ?

苛烈に生きようと思うのなら、
わたしが苛烈に生きなければ、苛烈な生など起こらない。
わたしが苛烈に生きたいと思うのなら、
苛烈に生きることを、本当にやれ。

わたしが望んでいるのは、
無難なんかじゃない。

言葉について思うことだが、
言葉はわたしにとって、思考停止の道具だ。
それ以上、考えないようにするためのもの。

それを望んだのは誰か。毒親たちだ。
子どもに考えないでほしいわけだ。それ以上。
でも、経験というのは、つねに現在進行形だ。
一寸先は闇、それが当然の世界であり、それが本来、
子どもであれなんであれ、正しく認識すべき世界像ではなかったか?

なのに、「こうすれば大丈夫」って、
誰が大丈夫なルールなのさ。お前たち、親だろ。
ぜんぜん、大丈夫じゃないじゃないか、現実は。
「こうすれば大丈夫」など何ひとつない、それが現実じゃないか。

しかもそれは必要以上に、悲観したり、過度に怯えることか?
誰がそんな洗脳をした?大丈夫って、いったい、何の宗教だよ。
大丈夫、という嘘。なにが、どこが、どう大丈夫なのか、教えてほしい。

言葉をいじくりまわしているうちは、
まず、何も考えちゃいない。
時間が進んでいない。今自分がやっていること、感じていること、
経験していること、それがぜんぶ、すっ飛んでいる。
言葉に一喜一憂しているだけ。左右されているだけ。
その言葉という脆弱な(脆弱とはぜんぜん社会では通用しないということ)世界の
どこがどう無難なのか。無難だとしたら、毒親とその亡霊の支配圏から抜けていないだけだろ。

間違っていたか、間違っていなかったか、を
本当に考えるのなら、ずっと進行形で、それをやらなければダメだ。
間違っているか、間違っていないか、それを今も、その次の瞬間もやり続けること。
それは義務だからでも大事だからでもなく、
「わたし自身の」関心事だからだ。それが本当に「わたし自身の」ことであれば、
絶対に逃げることはできない。顔色をうかがって済むものじゃないし、
顔色をうかがってそれで安心できるものでもない。
自分で調べ尽くし行動し尽くさなければ、到底、
納得などいくはずがない。

そんなのは当たり前のことなんだ。
だって、死ぬときは、わたし一人なのだから。
そして、本当は、今もわたしは、わたし一人なのだ。
だから、この生の自身の出来事に、すべての責任を負っているのも
わたし自身なのだ。



2014.12.20
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-20 16:04 | 復元ノート 1

生きている間に落とし前をつけてやる

12月、残り10日足らずだ。

先月のことだが、母が自殺をした。

死に逃げされた。ダメなんだ。生きている間に落とし前をつけなきゃ、意味がない。

わたしが死に際になって
「ふざけるな、あの野郎達。お前らのせいで、わたしは自分の人生を棒にふったじゃないか」
と息巻いたところで、何になる?それで、ああよかった、しめしめ上手くいった、と思うのは
あいつら達なのだ。

生きている間に、やらなかったら、
それはダメなんだ。
父(以下、E)もPも、逃げ切れると思ってきたはずだし、
今だって、所詮Abyには何もできまい、と思って余裕をかましている。

それをわたしは許してはいけない。
許さないというのは、不満をくまなく自他ともに明確に見え尽くせるように
ぜんぶ、出しきるということが必要だ。
不満という膿を、死に際に1gでも残したら、それは失敗ということだ。

不満を出しつくしたい。

それがどんな結果を引き起こそうと、だ。
結果なんてどうでもいい。
不満を曝け出さないで生きること、そんな狂った生などあってよいのか。ダメだろ。
Abyは、不満があるんだ。それを無かったことにはできない。
無かったなど、死に際に自分が言うわけがないんだから。
死に際に言うとしたら、一言、「不満だった」ということになるだろうし、
すごくイライラするのは、その死に際に、その不満感、唯一、
死に際に認めざるをえないその不満すら、それに嫌悪も抱けず、かつ、
その不満を抑圧した当事者への怒りも沸かない、
そんなボケまくった死に方をするんだよ。

そのボケまくった死に方とは、このボケまくった生き方と同じことで、
今、やらなかったらダメなのは当然なのだ。
死に際とは、ただ、こういう生でした、という言い逃れのできない事実が
突きつけられるだけであって、その期に及んで何かできることなど、
たった一つもありはしない。

昨年ブログを書き始めて、しばらくしてから
「不満を掘る」と言いながら、わたしは何をやってきた?
掘ってきたのか?何もやってないじゃないか、不満の何を掘ったというのか?

ムカつくのは、とくにあのEに対してだ。
あいつは、わたしを殴ったりしなかった。だけれど、あいつに何かを言おうとすると、
必ずボコボコにされる、と思っている。命を落とす危険すら感じている。
それでわたしは不満を抑えるのだ。ダメなんだよ、そんなんじゃ。
だからといって、さあ、殴るなら殴れ、と顔を前に出したところで、
あいつは殴るか、殴らないかするだけで、それでわたしが死のうが生きようが、
わたしの不満はどうなるというのだ?わたしは不満を、本当になんとかしたいとするのなら、
不満を存分に自他の目の前にさらけだした上で、決着がつくまで、どんな時間がかかり、
どんな手間とどんな何かがあろうと、徹底的に、戦い抜く以外に、
わたし自身が許せない。

わたしは、まず、父、Eには、死に逃げさせない。
そう思っている。あいつは、こてんぱんにやっつける必要がある。
生きている間に、だ。母には死に逃げされた、と、今になっては思う。
これはわたしのミスだ。


2014.12.19
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-19 18:22 | 復元ノート 1

気持ち悪さ

今朝、夢から覚めたとき、
気持ち悪い、と感じた。

最近は寝ていても、どこかずっと起きている感覚がある。
それで、この「気持ち悪さ」は何なのか、朝の回収の前に考えてみると、
わたしのなかにAC人格がいることの気持ち悪さであり、
今もなお、自動的に相手の顔色をうかがってしまっている自身の反応への
嫌悪感だった。

日々の決定、一つ一つが契約の連続であり、
正直、一つのことを先に進めるのに、とんでもない時間がかかっていて
疲れると感じることがある。夢でもそれをやっていると、寝て起きても疲れていて、
だけれど、一方で、かつて感じ続けていた変な間、「僕はいったい何をやっているんだろう」
という、自分との乖離感というのは無くなってきている。

なんというか、以前は、起きていても、ずっと夢を見ているようだった。
それでふと我にかえると、「いったい自分は何をしているのか」と思う。
でもその思いは、つねに素通りされていった。
起きていても、すぐ寝入ってしまい、夢の中のような人生を続けてきた。
つまり、現実感、というのが、99%、無かった。

わずか1%が「違和感」、どこか、なにかおかしい、というものだったが、
40年間素通りされ、この1%自体も無いものにしたい、として
わたしは自我復元を悪用しようと、15年の歳月を経て、
無明庵と再会した。

この1%の違和感を解消したい、という思いは
AC人格のつねに餌だった。今も格闘のさなかなのはここだ。
違和感だけを頼りに自己分析をしてきた。
だけれど、それだけではAC人格の現状説明でしかなく、
解除すること、解除すると決意することとは、次元がまったく違う。
わたしがずっと何が変わっていないか、それがいつもピンとこなかった。
ただ、これでは、何も変わらない、一番肝心な何かが無い、
それを感じ続けてきたし、今も、毎日、毎瞬が、そこが問題になる。

同時に、いつも頭にあるのは、どうしても離なれないこの「間違ってはいけない」
という自動的な強迫観念で、これと「顔色をうかがうAC人格」は当然、連動している。
間違ってはいけない、とわたしが思っているわけではないのだ。
間違うまい、と自分が思っているのなら、それは、自衛にもなるし、
目的達成のための自己基準になる。だけれど、わたしのそれは、そうではない。
隷属のための、怯えのための、従う人生のための、顔色をうかがうAC人格を温存するための、
つまり、「自分を殺す」ための、「自分を守らない」ための、「自分を裏切る」ための、
そのための「間違ってはいけない」なのだ。

そのことを、些細なことであっても日々の決定、それは契約そのものだが、
その都度感じると、どう考えても、この「間違ってはいけない」というのは、
今までのわたしの契約内容、端的にいえば、今までのこの現状を変えまい、この
「現状を、変えさせない」ということ、それ自体が、AC人格の目的そのものなのだ。

このブログのタイトルは、「自分を裏切らない為の」であるが、
このAC人格の目的は、現状を変えず、「自分を裏切り続ける為」である。

なぜ、ACがそんなことをするのか、といえば、今わたしが自覚しつつあるのは、
どう考えても、今までのわたしの契約を、「絶対に変えさせない」という圧力が、
まわりからも熾烈になってきている一方で、まわりだけではない、
わたしのなかのAC人格が生き延びようとし続けているからだ。

そのAC人格のなかで、のさばりが酷いのが「顔色をうかがうAC人格」であり、
こいつはいつも、「間違ってはいけない」「これでいい」を確認している。
これでいい、というのは、非常に不毛だ。自己基準ではないからだ。
これは、結局、何も変わっていないこの状態でいい、自分を裏切り続けている状態でいい、
それでしかない。だって、それ以外に、「これでいい」という判断基準などあるはずがないからだ。
AC人格が培ってきた判断基準、間違ってはいけないとはどういうことのなのか、
それは、現状を変えない術としての基準、旧契約を遂行するための基準でしかない。

新しい、自分としての、「間違ってはいけない」、これを新しい基準に切り替えていく、
これが、契約を新しくしていくことではないだろうか、そう思っている。
昨日、ひとつわかったことがあるのは、実は、AC人格は、間違ってはいけない、ということを
ちゃんとやっているわけではなく、その目的は、ただ、
「これでいいんだよね」という現状維持でしかないということ。
本当に間違っているかいないか、それを見る、直視する勇気も
持ち合わせてはいないのだ。

梅の間での崩残さんの測定姿勢を拝読しながら、
わたしはずっとモヤモヤしたものがあった。
でも、何がモヤモヤしているのかすらわからなかった。
ただ、わたしに欠けているものを、わたしが見ていない、見えていない、
そんな感じがあるばかりだった。

それが、おそらく、キーワードとしては「自己検証」ということになると思うが、
要は、わたしは、自分のやったこと、言ったことを、自分で検証したことがないのだ。
「事後に」検証したことがないのだ。

「事前に」自分で検証した「つもり」になっているのが、
間違ってはいけない、これでいいだよね、というAC人格のなすことであって、
それは「事前に」なされなければならないのだから、事前に顔色を十分にうかがって、
これでいいんだよね、これで大丈夫だよね、うん、これで間違いない・・・を
やはりいつも確認して、言動に移していく。

ここで、もう、「おしまい」なのが、わたしの思考と行動パターンなのだ。
いってみれば、その事前確認というのがAC人格の挙動でしかないわけだから、
そんなのは、どうでもいい、どころか、有害でしかなく、
本当にやらねければならないのは、「事後の」検証なのだ。

もちろん、その事後の検証にまで、「あれでよかったんだよね」となったら、
最低最悪で、こういうことも今までたくさんあった。AC人格が怯えれば怯えるほど、
こういう間違った事後検証もどきを、「安心したい」がために、妄想し続ける。

ここ数週間、些細なことも、これは決めていくことなんだ、という思いで
一つ一つに向き合っているが、「その決定が間違っていたらどうしよう」ではなく、
間違っているかもしれない、のだ。いや、間違っているかいないか、それ自体よりも、
間違っていたらどうするのか、間違っていないのならどうするのか、
それまでも含めて、全部、自分で考えて、自分の責任で、検証し続けていくこと、
それをやっていくことが必要なのだと思う。

事後に検証することを恐れる。
それもそうだ、だってAC人格は「これでいいだよね」として
現状維持にしがみついているのだから。
「これでよくない」と言われること、それを実は恐れている。
もちろん姑息なAC人格はそれすら餌にしようとするが、
いくら餌にしようと、誤魔化そうと、根っこには「これでいい」と思いたいわけだから、
「これでよくない」を恐れ続ける。

それはどういうことか、というと、
「自分が自分に対して」「間違っている」が言えない、
ということなのだ。

そして毒親がやってきたこと、そして、毒親が用意した「まわり」、
契約をわたしが黙って遂行するために周到に用意した環境とは、
「まわりがわたしに対して」「間違っていない」と言い続けた人たちであった。
わたしは40年の間、一度も、といっていいと思う、間違ったことをしているとは
思ったことがなかった。事実、旧契約のレールを、わたしは40年、
踏み外すことがなかったから、それはイコール、間違っていない、ということだったのだ。

最近は、何度か、ふと思うことがある。
「間違う」とは、それほどのものなのか?
そんなに恐れる事柄なのか?
これほどに「間違う」というのが巨大な恐怖になっているのは、おかしい。
責任、と感じるのならわかる。自分のことなのだから、自分が間違ったと思うことを
無視できるはずがない。自分が見逃せないはずなのだ。
なのに、誰かが「間違っていない」と言ってくれたら、ほっとするようなものなど、
それ自体、「自分が自分を経験していない」といっているのと同じだ。
誰かからの恐怖に踊らされているだけだし、その誰かの言いなりの人生であり、
その誰かとは毒親の亡霊だが、それでは結局、そういう言いなりの人生に甘んじているだけだ。

現実を変えていくことで、わたしのAC人格は抹殺されねばならないし、
同様、AC人格を抹殺していくことで、現実が変わらなければならない。
これらは連動して起こらなければ、「変わった」とは思えない。
現状維持、これこそが、AC人格の目的だからだ。

ほんのわずかな違和感からスタートした自我復元だが、
この違和感が、今日はじめて「気持ち悪さ」として捉えることができた。
気持ち悪さは、夢じゃない。夢だったのは、今までの快適さだ。
ここを完全に切り替えたい。まだわたしは、どちらが夢か、わかっていない。
もっとはっきり、わたしの人生は間違っていた、と自分でわかりたい。

自分の人生をとり戻したいから、
何が間違っていたのか、また、今何を間違っているのか、
これを自分の力で成し遂げていきたい。


2014.12.12
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-12 14:52 | 復元ノート 1

旧契約を破棄し続ける覚悟

どうしてもとり戻したい感情がある。

それは怒りだ。

それは相手の顔色をうかがうAC人格の出番など
ことごとく打ち砕く力だと思っている。

相手に向けるべきは、怒りなのだ。

契約を変えていく力。

二週間ほど前、わたしはPに対して、
欠かさず続けてきた結婚記念日の食事を拒否した。

「行きたくない」と直接にP本人に宣戦布告したこの日から、
また状況は大きく変わった。

なにより驚いたのは、翌日とその次の日、今住んでいるこの家、
Pの城のにおいが急変した。突然、昔、ここにPの家族が住んでいた時の
あの時のにおいに戻ったのだ。その二日限りではあったが。
(これは不思議なことなのだが、自我復元で身体的な変化として特に
ここ数ヶ月、嗅覚が敏感になった。Pの実家のにおいを感じた、というのは
これとは違うことかもしれないが、においに対する感覚はとても敏感になっている。)

Pと出会った頃、20年以上前の、あの時の
Pの実家のにおいだ。

それはわたしにこう告げたことと同じ。
「ここはお前の場所じゃない」。
先日も感じたことだが、Pは当然の権利のように言ってくるだろう。
「出て行ってくれないかなあ」と。Pは今、口にしなくとも、思っているはずだ。
つまり、「誰がこの契約の主人なのか」という問題だ。

ここ二週間、痛感したことがある。

職探しを行っていたのだが、ことごとく「新しい契約」の連続だった。
それはとんでもなく困難な場面の連続だった。
なんでこんなに何もかも上手くいかないのか、困難続きなのか、
職探しだけじゃない。見渡せば、何もかも、通帳一つ作ることにも
様々な制約があり、一つ一つが契約であり、わたしには妨害としか思えなかった。

それである時、気づいた。

なぜ、わたしは40年間、ぼぅーっと生きてこられたのか。
まるでベルトコンベアで運ばれるかのように、何も考えず生きてきた。
自動に運ばれる先々には、通るべき通過点ごとに「飴」が置かれていて、
その都度、わたしは、それを手にし、確認し、進んでいくこと、
それが「これでいいんだ」とわたしに思い続けてこさせた。

そういう「契約」だったのだ。

それは線路のひかれた電車のようなもので、
わたしはその線路の上は走り続けた。
でも、わたしが今やろうとしていること、この自我復元という作業は、
線路から抜けようとすることなのだ。

実際、電車が線路を脱線し、走り始めるとしたら
どういう事態が起こるか。当然、大問題が起こる。
黙って契約どおり走ってりゃよかったものを・・・と鉄道会社は言いながら、
暴走し始めた電車を処分しようとするだろう。
事態はあっという間に、180度急変する。

旧契約から抜ける、というのは、
まったくこれと同じことが起こるようだ。
わたしがまず感じたのは、自分に対して世界は完全に
「閉じている」ということだった。

でも、本当は、「自分」に対して、ではなかった。
自分に対しては、世界は「完全に開いていた」。
自分のことを誰も何も決めてなどくれない。
それが、開かれている、ということ。
強制されるどころか、わたし自身がどんな些細なことであれ、
自分で契約手続きをしなければ、強制「してくれること」すら、誰もしてくれはしない。

AC人格にとって、この「開いている状態」は
居心地が悪いのだ。

そのような状態を「閉じている」「誰も守ってくれない」「どうしよう・・・」と
不安になり、生体反応を失ったゾンビのようになるのは、きまってAC人格なのだ。
そしてこのAC人格がとろうとする言動は、元の線路に戻ろう、元の契約に戻りたい、
という衝動によるものだ。

旧契約のなかで、
今までわたしが「わたし」と思ってきたAC人格を
「守ってきた人たち」がいる。

両親であり、兄弟姉妹であり、Pであり、Pの親族であり、
さかのぼれば、両親の家系、毒祖母たちだ。さらに、かつて内職関係で仲間だった人たち。
10月以降、この人たちに対して、宣戦布告をしてきた。
関係をバンバン断ち切ってきた。契約破棄を決意し宣言してきた。


「どうしよう・・・」、じゃないのだ。


あれこれ悩んで、安心すること。今やることは
そんなことじゃない。安心などしなくていい。
それは現状維持、現状を受け入れて納得しようとする
AC人格がやることだ。


いったい、誰が、わたしをそういう状態に追いつめ、
誰が追いこんでいるのか?
怒りの矛先が自分たちに向かわず、安全圏で
ほくそえんでいるのは、誰だというのか。

実は、ことごとく、全員、わたしというAC人格を
「守ってきた人たち」、こいつらが、邪魔をしているのだ。
ここ数週間、現実の困難の局面では、その窓口、目の前にいる人が
わたしの妨害をする、敵だ、と錯覚してしまうことばかりだったが、
まったくそれはわたしの誤認だった。

わたし自身が「自分で自分を守り抜く」という決心を裏切らなければ、
妨害どころか、むしろ、旧契約をぶっ壊す力になってくれる人たちだった。
ただそれは、わたし自身が、そう意志することで、はじめて力に変えていけるものであって、
はなから、味方がどこかにいるわけでも、逆に、敵がいるわけでもない。

ただ、明らかな敵、というグループがある。

「わたしを守ってきた人たち」、仲間だった人たち、
ずっと一緒にいたい、と思っていた人たちだ。

「どうしよう・・・」と困る前に、本当は感じていなければならない感情、
わたしから去勢されてきた感情があることに気づいた。

怒り

「ふざけんなっ」「やるならやってくればいい」と相手に言い放ち、
相手に従わない心。

徹底的に困り果てたとき、そこでは「どうしよう・・・」というACの間抜け面の出番などない。
「もうダメだ」と思う瞬間は、つねに、自分とACの背中あわせだ。
どんな状況にあっても、「もうダメだ」と決して言わないのが、自分だ。
そして、なんとしても「もうダメだ」と言おうとする、言わそうとするのが、AC人格だ。

どっちに転ぶか、これがつねに格闘の現場だが、
ここで要となるのが、理不尽さに対する怒り。
相手に対する怒りの感情。

決してそれは理不尽さに鈍感になり、麻痺し、
理不尽さをなんとかしようとするあの気持ち悪さではない。
なんとかしようとする義務など、わたしにはない。

なんとかするのは、あなたたち、親であり、妹、弟であり、Pであり、かつての
仕事仲間であり、あなたたちが自分でなんとかすればいい。
あなたたちの面倒をみること、それがまるでわたしの義務、当然わたしがやるべき事と
思っているあなたたちへ。わたしは、もう、面倒はみない。

そう言うと、あなたたちがやることは
「ならば、Abyのことは守ってやらない」という脅しだろうが、
そのとき、わたしは、怒鳴ってやりたいのだ。

誰がわたしの邪魔をしていると思っているんだ、と。

今、この今、わたしの邪魔をしている張本人、
それが、お前なんだよ、と。

今月、今年も残り3週間しかない。
だけれど、わたしはこの怒りを取り戻すことをやる。
なんとか収まりをよくすることはしない。
作り笑顔も、絶対、しない。

旧契約破棄を実行し続けるから、
AC人格よ、存分に恐れるがいい。

わたしは、あきらめない。


2014.12.09
Aby


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by jh-no-no | 2014-12-09 18:54 | 復元ノート 1