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③産まれる前にシフトして探った価値観と期待

・・・「②産まれる前にシフトして探った価値観と期待」の続きです。


* *


暗い中間状態で一人で慌てたように話しているときのわたしの姿、
これは45、6歳のわたしがものを書いているときの最期の姿と同じ
と思いますが、容姿など、もう少し調べてみました。

髪がちりちりで、四角い顔、やせ気味で、やや長身。
白と水色のストライプの半袖を着ている。
45、6歳なのだろうけど、見た目としては、50歳くらいにも見える。
少しふけているのかもしれない。
日本人に見えるようにも思うけれども、日本人ではなく、
イギリスとか西洋のどこかの国の人といった感じがする。
(最初は父に少し似ていると思ったけれど、それほどでもないかもしれない。)

* *

45、6歳の書き残している場面が「最期」のように思うのですが、
だとしたらあの病院のシーンはなんだろう、と思って、もう一度、
探ってみました。
(このシーン自体が、本当にあったシーンなのか、死に際のわたしの
妄想や夢の世界なのか、そのあたりはよくわかりません。)

この場面で今まで出てこなかったのですが、わたしが中学・高校時代からの
友人で、今も腐れ縁のようになっている友人(Kくん)がいるのですが、
唯一の面会の人として、病室に来てくれたようでした。

Kくんはわたしに言います。

「ほしいものは、ない?」

わたしは、「とくに、ない」と言って、きてくれてありがとう、という
気持ちでいるようでした。

このシーンの終わりで、この画面は、「白くて明るい画面」として終わります。
それでフェードするように、今度は、黒くて暗い場所(通路)に画面は
きりかわります。

ここでの状態は、「夢から目覚める直前の状態」に似ていて、そこでわたしは
どこか「着地点」を探しているようです。

この着地点が、どうも、45、6歳の「最期のわたしの姿」のようです。
先ほどの「中間状態で一人慌てて話しているわたし」です。
やはりこの話している様子からは、どこかえらそうな態度で、焦っていて、
「同じでいいから」という主張、とくにこの主張が強く感じられます。

この「同じでいいから」ということに関連して、これはまったく想像
なのですが、この「同じでいいから」みたいな主張は、わたしだけでなく、
もしかしたら、父、母、Kくん、Pさん、この4人も同じような主張を
しているのでは?と、ふと、思いました。

この4人に、わたしが加わります。

子ども時代は「同じ」父と母、学生時代は「同じ」Kくん、交際時期は
「同じ」Pさん、といったことを、これもまた、繰り返しているように
思えてきました。Kくんは突然出てきた友人ですが、父で言えば友人のOさん
にあたる人で、わたしにとって、なんだかどこか囚われているかのように、
仲がすごくいいわけでもなく、中学・高校、成人してからもつきあいのある
唯一の友人です。

今まで意識したことがなかったのですが、人生で出会った知人を思ったとき、
おそらく彼が思い浮かぶだろう、そう思いました。
病室のシーンが、本当のシーンなのか、死に際にいるわたしの夢なのかは
わかりませんが、きっと彼のことを懐かしく思ったのだと思いました。

これは漠然と感じたことですが、「同じ設定でいいよ」と思っている5人が
環境設定として、子ども時代、学生時代、交際時期のそれぞれにちょうど
よく配置された、そんなふうにも感じました。

* *

二つ結いの女の子が大人になったような女性は、以前に報告に書かせて
いただいた二つ結いの子と関係があるのか、というと、今のところは
そんな感じもせず、ただ、この人は、Pさんなのだろう、という感じはあって、
別れ際には、どちらかというと今のPさんの姿の印象があるのですが、
この出会いの時は、それと違って、この、二つ結いの女の子が大人になっ
たような女性の静止画像が想起されます。

おそらくですが、これは、ひとつには、「ギャップ」を示しているのだろう、
と感じました。そのことがここでは重要だと感じました。

わたしが最初に彼女に抱いているものと、交際が進むにつれて彼女に抱くもの
とが、かけ離れていく、そういったものを表しているように思います。

二つ結いのPさんと思われる映像に意識を向けてみると、
どうやら、機械系の何かの設計をしているようでした。

もう一度、40歳頃から、時間を遡るようにいくと、30歳頃に、
「フクロウのような映像」が見えてきました。たぶん、これが、
45、6歳の頃のわたしが、書き残したものの中に、
モチーフとして出たものをあらわしていると思います。

おそらくわたしが30歳頃、彼女も、この「フクロウが示す何か」の
テーマに関わっていたようです。共同で何かやっていたのもしれません。

そのテーマは、
生物や有機物といったイメージです。

このテーマについて感じたことは、そもそもこのテーマに対する興味は
「わたし」にあって、Pさんには無い、ということでした。
(屋敷から離れたところで、昆虫と遊んでいるシーンからも、
生物や有機物に興味が元々、前の生では、あったように思います。)

二つ結いのPさんにひかれたと思われるのは、設計をする彼女を見て、
しくみの確実性ということに目が覚める出会いだった、というのがあった
と思いますが、機械という無機的なものと、生物といった有機的なものが
どこか補完し合うものとして、しくみの確実性を追求する上で、共同研究を
していくことに活路を見出した可能性もあるのではないか?と思っています。
これは憶測です。どちらかというと、今の生でも、こういう凸凹の視点で
双方補完し合うことで「完備」させようとしたもくろみがわたしにあったので、
もしかしたらこの時もそうかもしれないという推測です。

* *

15、6歳のときに、「自動車」に興味をもったようです。
これをテーマに、友人と話したりしています。
(これも想像ですが、生物や有機物に興味がありながらも、それこそ親の
体裁とかで、学生時代は機械系の分野の勉強をしていたのかもしれません。
それで16歳頃に、Pさんとクラスメイトとして出会って、交際に至った、
という流れなのかもしれません。)

* *

12歳頃に、何に疑念を持ったのか、について、
もう少し意識を向けて調べてみたいと思いました。

しくみの確実性に対する疑念?とは・・・と思ったときに、
「故障」という言葉が想起されました。

* *

45、6歳のところの最期のシーンで、何をやっていたのか、具体性が
ほとんど見えていなかったので、そこに意識を向けてみました。

突然に、また、「静岡県」という言葉が想起されました。
といっても、そこは、たぶん日本ではないと思われますので、謎です。
小屋のようなところを作業場にして、執筆作業をしているようです。

「報告書」というスタイルに思えるのですが、といって、それを誰かに
提出したり、出版したりといったような、社会に向けてPRする、といった
感じはしません。そのノート(報告書)には、やはり、昆虫などのイラストが
描いてあるように見えます。もちろん、図解するように文字もたくさんです。

この報告書の中身について、想起された言葉はこんな感じでした。

「しくみ」「バランス」「整合性」「修復」「原因」「影響」
「(人による~次第では)困難かもしれない」「調査」「見た感じ(では)」
「山」「破壊(不条理で一方的なという意味合い)」
「欲(コントロールできないものとしての印象)」「制御・安定性」

「破壊」については、懸念することとして焦点をあてたときに浮かんだ言葉で
このときに、学生時代に抱いた疑念の「故障」とならんで、その
疑念を深めた原因となったのが、この「破壊」だと感じました。

故障と、破壊。

不条理で一方的な、ということに加えて、防ぎようがないという無力感が、
この「破壊」という言葉にはあるようでした。
故障にしても破壊にしても、いずれも、「しくみ」の脆弱性といった
確実性に対する「疑念」を抱かせました。

これが、12歳頃のわたしにとって、強い衝撃と混乱を受けた、
ということだと思います。

この故障や破壊には、人為的なものによる影響が関係しているようで、
これは憶測になるのですが、こういったことから思うに、
「人の心が、しくみの確実性に及ぼす影響」の調査・考察が
課題として残った、という思いがあったのではないか、と感じました。
いずれにしても、確実性をゆるがす要素として「心残りがある」という
感じだったのではないかと思います。

だとしたら、今回の生で「心理的・精神的な側面」に執着したのも、
それが、確実性をゆさぶる脅威の因子として、なんとかしたかった、
というのがあった、感情を支配しようとした動機が
そこにあった可能性は高いと思いました。


* *

交際時期の後半に焦点を当てて、
別れに至るまでのプロセスを見てみようと思いました。

わたしは「ものを書く何かの仕事」をしているようなのですが、
完全に生活のためにやっているという感じで、直接、
40歳から取り組むテーマとは関係がなさそうでした。

わたしが机に向かって書きものをして仕事をしている姿が
後ろ姿として映像で浮かびますが、その映像には、
そのわたしの姿を脇目で見ているPさんの姿があります。

ここから読み取れるPさんの思いは、
「放っておかれるのが不満だった」というものでした。
それで次第に、自然に、別れるという流れになるようです。

この場面から続いて感じとったことなのですが、
この別れ際で、Pさんが何も「文句を言わなかったこと」が、
無意識にわたしの中で強い罪悪感を植えつけた、そういう印象があります。

何も言わないで、従っているように「見せる」。
こういう演出は、今回気づいたのですが、Pさんがわたしに「罪悪感」を
植えつける効果的な方法として、Pさんがわざとやっていることでした。

記憶のなかにある「Pさんの笑顔」も根こそぎすべて奪った、と、
まるでわたしがやったかのような気にさせて、
「わたしが彼女を放っておいたせいでこうなった」という罪悪感を、
黙って、強烈に、与える。

今回、これで認識できたことがあります。

自我復元を開始してから、どちらかというとPさんは、どんどん、
「従順な態度」をとるようになっていきました。
きっとこれは、わたしを鎖でつないでおくための逆説的な方法なのだろう、
と考えていましたが、違う、と思った。

この目的は、「別れ際に、いかにわたしに罪悪感を残させるか」
という手口だとわかりました。決して、二人の関係を維持しようとか
はなからPさんは思っていない、そんなことでなく、どうやって
わたしに強い罪悪感を与えるか、その「準備」「用意」を
着々としているということです。

これが今、現在進行形で起こっていることで、
別れることになるだろう少し先の未来で、Pさんがやろうとしていること、
ここを今の時点で見た、という感じです。

抱く必要のない罪悪感であることを、今、理解しておくことが
重要だと思いました。
(・・・途中から、今のわたしの話にきりかわってしまいました。)

* *

もう一度、全体に調べてみたいところ、気がかりなところに
意識を向けてみました。

二つ結いのPさんの映像(設計している姿)から、その当時、
わたしがどう彼女のことを感じたか、それに焦点をあててみると、

・異国(の人)
・女性が機械設計するのは、(この当時)めずらしかった

この二つのことから、刺激を受け、わたしは「任務」を思い出す感じだったと
思います。ただし、本人は、「任務」という自覚はなかったかもしれません。

そういうふうにわたしが彼女に対して、一方的な印象を持っていたのに対して
実際は彼女は、どういう心境だったか、ということに焦点をあててみると、
「異国の人(異分子)であることの疲れ」「安定を求めている」という感じ。

すでに交際スタート時点で、求めるものが
「すれ違っていた」ようです。

* *

では、前の生で、Pさんはいつ頃から別れることを意識していたかというと、
5年くらい前から(わたしが35歳くらいの時)と思われました。この時点から、
罪悪感を与える「いつものおとしどころ」を見据えている感じがします。

* *

15、6歳の頃に、(自動車に興味を持ったと思われる頃の時期ですが)、
日本のことを知ったようです。「しくみへの取り組みに先進的だ」という
そういう印象を、日本に対して、抱いたようです。
(日本人と思われるPさんに関心を抱いた理由の一つだったかもしれません。
それと、静岡県というのは、もしかしたら、その時に日本の地名として知った
名称だったのかもしれません。そのあたりは憶測です。)

**

12歳頃からの、(年齢は定かではありませんが)学生生活の時期からは、
親(両親)の存在が感じられません。なんというか、「わたしへの面倒を
見る役割が終了したため」という事務的な理由が感じとれました。

* *

「しくみの確実性が守られていた時期」としての子ども時代が、
なぜ、そのような時期として認識されていたのか知りたくて、そこに
焦点をあてて、とくに、父と母について、調べてみるようにしてみました。

母はどうやら足が不自由みたいで、車椅子に乗っています。
それを父がつきっきりで面倒を見ていて、
子どものことなんてかまっている余裕なんかない、といった様子です。

父がわたしに対して、強く、命令していたことは、
「家と外は、けじめをつけろ」
ということのようでした。

まったく家では「遊ぶ」という雰囲気ではありません。
外でならひとりで遊んでいていい。
この状態を、わたしはあながちわるくない、と思っている。

「家でのルールを守っていれば、外での自由が約束される」

と思っているようです。

まさに「~(任務にあたるもの)をしていれば大丈夫、安心」という考え。
しくみの確実性(こうすれば、必ずこうなる)を確認したいという、
任務至上主義からくるわたし自身の性質によるものです。

そこで、ここでは、「邪魔しないでくれ」という自分の思いに対して、
「条件(父の言いなりになる)」ということと取引をした、ということです。

おそらく父は、「家と外でのけじめ」さえつければ罰しなかった、というか、
基本的には、わたしのことにかかわっている暇もなかったので、
放っておかれた、というのが現状だったと思います。ただそれが、
「条件付きの飴」であることに、この当時のわたしも不快が麻痺したまま、
それでずっと大人になって、結局、「毒親だった」などとは知ることもなく、
自己が修正されることなく、AC人格として死んだ、ということだと思います。

**

父と母について、もう少し調べてみました。

父はどうやら、車椅子の母を、彼自身の操作ミスか何かで、転落事故かで
死なせてしまったようでした。彼は、ただでさえ足が不自由だった母から
自由を全部奪ってしまったという罪悪感から、次の生を選ぶときには、
自分こそ不自由な人生を選ぼうと思ったようでした。
(おじろくとしての、精神的な不自由さを選んだのだと思います。)

ですが、一方の母なのですが、このような事故であっても、自分の人生に
「わりとよかった」と思っているようで、再度同じ夫をパートナーにと
希望しているようでした。

**

「間違ってはいけない」という価値観は、元々は、これは父の価値観に
あるようでした。前回の生でも育つ過程で感染した可能性もありますが、
ここで確認しておきたいのは、この価値観自体は「わたしの価値観ではない」
ということだと思いました。

* *

ふと、再び、中間状態で、あの「母と父の写真のある光景」を見ました。
「見た目」というのが、最初、想起されたことをふと思い出し、
この見た目とは、「同じこの人たちだ」と見て(見た目で)この親に決めた、
ということなのではないかと感じました。

**

今までは、オレンジの扉のシーンから、中間状態に逆行するのがスムーズで
なかったのですが、今回、そこがすんなりいったように感じ、見てみると、
父と母の写真がある箇所があるのですが、すこし、そことは離れている所に、
今回はじめて、その同じ中間状態に、Pさんがいました。

中間状態をかなり上から俯瞰したために、離れているところにいるPさんに
気づいたのかもしれません。

一人で立っているPさんが気になったので、そこに向かうようにしてみると、
一瞬、ビクッとしました。まるで自動車事故で顔がつぶれたような印象を
与えるようなギョッとする顔を見た気がしたからです。

ここは目をそらすところじゃない、と思ったので見てみると、
どうやら不幸そうな表情や姿を、「Pさん自身が」演出しているようでした。
「Pさんが」わたしに罪悪感を与えるためにやっている、とわかりました。
たぶんなのですが、今回の生に向かう途中でこの罪悪感をあおる「トラップ」
として、機能していたのだと思います。

Pさんは、死後にまで、罪悪感のトラップを準備していました。


・・・


以上、ご報告いたします。

よろしくお願いいたします。

Aby


・・・



2014.07.17
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-17 22:07 | 復元ノート 1

②産まれる前にシフトして探った価値観と期待

・・・「①産まれる前にシフトして探った価値観と期待」の続きです。


・・・


今回の作業で注意したのは、頭で考えないこと。直接に産まれる前にシフト
すること。そこで素材を集めること。●●●●●すること。これを繰り返しました。
(時系列でまとめるのでなく、掘り出し順に書いてみます。)

* *

今の時間から逆行し、胎児までゆき、さらにそこをさかのぼろうとすると、
向こう側は「薄いオレンジ色」に見えました。どうやらそれは、ドアが
あったとすると、向こう側のドア面が発光している強いオレンジの色を、
こちら側で感じ取った薄いオレンジ色のようでした。
ドアのこちらの面は、色は「グレー」でした。

そちら側にいくと、なんだかリングのようなものがあらわれて、その内側に
球のようなものが動いていて、球はふわーと上昇するのですが、それに
ついていくとなんとなく違うなと感じて、リングのところに居るようにしました。
リングはぐらぐら揺れて振り落とされるように感じましたが、つかまって
しばらくしているとそれはおさまり、白い円盤のようになりました。

その白い円盤のまわりをぐるりと、ドアが配置されているようでした。
その一つが、強く発光するオレンジのドアで、それ以外は不可視なのですが
たぶんぐるりとドアはあって、それらのドアを抜けると受胎の準備に入る
ようでした。それで、わたしが行くべきドアは、そのオレンジのドアで、
そのように発光することで、「ここですよ」と指し示しているようでした。

オレンジのドアに向かう途中、わたしはどこか
「うまく契約できた」と思っているようでした。

この場面は中間状態のようではなく、その次の場所のように思ったので、
中間状態に遡ろうと思ったのですが、そこにはどうも行けませんでした。
何度も「中間状態へ」とチャレンジしてみたのですが、次の場面は見えて
こないで、しばらくそこから遡れなかったのですが、それでも逆行するように
意識を向け続けていたときに、ふと、「ペン」がイメージされ、ペンを
持っている直前前世のわたしの姿が見えてきました。

* *

何か執筆しているのだろうか?と見ていると、そこから伝わってくるのは、
「書き残さねば」という思いでした。45、6歳という数字、年齢が
思い浮かびました。それはその場面でのわたしの年齢でもありそうですが、
死んだ年でもあるように思われました。

書き起こさねば、という思いとともに、死期を感じてのことか、やや
「焦っている」ようで、死ぬまでに間に合わせねば、書き終えねば、
という感じに思えました。

姿は男性に見えます。髪の毛がちりちりなのが特徴的で、やや乱れたふうでも
あります。成人したわたしの父にも雰囲気が少し似ているな、と思いました。

(中略)

この45、6歳の時は、誰か他の人がまわりにいる、といった感じがしません。
少し時間を遡るようにしてみると、この5、6年くらい前には、「パートナー」
のような存在が感じられました。その雰囲気から、「Pさんにあたる人だ」と
そのとき、感じました。交際時期の終わりを示す印象の映像。

* *

次に、何を今回の生に期待したかに焦点をあててみました。

音として流れてきたわけではないのですが、そこに意識を向けたときに、
そこで言葉が浮上してくる感じがあったので、それをとらえてみるように
してみると、それはこういう内容にあたるものでした。

「自分がやったこと、その後、どうなったのか見てみたい。気になった」

この自分がやったことというのは、わたしが書き残したものに関連していると
思われました。

さらに今度は価値観を探るために意識を過去に向けてみると、

「しくみ」

という言葉が想起されました。

* *

ペンについては、黒以外に、赤や青といった色つきのペンも併用して
いるようです。

この時のわたしの服装ですが、この時期が少し暑いのか、軽装です。
今のような7月にあたる気候です。

* *

(今回の生への)期待の仕方の感じですが、
「何かが無くなっていてほしい」という期待の仕方を感じました。
その「何か」としては、「矛盾」という言葉が想起されます。

* *

オレンジの扉のシーンから、あいかわらず、45、6歳のこの場面にとびます。
ではこの場面の後は無いのかな?と思って見てみると、わずかですが、
あるようでした。ただ、書き残した後は、死ぬまでほとんど時間がないように
思われました。わずか、石が多いところ、石でできた建造物のところを
歩いている様子がイメージされました。

* *

前回報告させていただいた中に登場したR先生(中高時代の担任)が
教壇に立って授業をしている静止映像が、想起されました。

12歳頃、その、学校の先生にあたる人が話していたことが、
その後もずっと心にひっかかるような何かがあったようです。

その話をきいたときに、わたしは、

「そんなバカな・・・それじゃあ、〇〇〇じゃないか」

と言っている雰囲気があります。〇〇〇のところに意識を向けてみると、
具体的な言葉はわからないのですが、その内容の印象としては、
「そんなバカな・・・それじゃあ、どうしてもダメなこと(場合、ケース)が
あるということじゃないか」といった感じのことだと思います。

今まで信じていた「しくみ」というものに対する「疑念」が生まれます。

このあたりを探っているときに、大きな流れとして、
「しくみ」→「疑念」、それから、40歳から45、6歳の時に、「しくみ」が
信じられるものであることを確認したい、証明したい、という欲求に繋がり、
しかし、結局、自己承認はできず、気になり、次の生で確認したくなる、
という展開が見えてきました。

* *

「しくみ」という言葉と、過去に遡る作業とによるものと思いますが、
幼少期・幼児期(12歳より前ごろの時期)の、父、母、そしてわたしの
様子が静止画像として、見えてきました。

構図としては、屋敷があってそこに父と母はいる、そしてわたしはひとり、
その屋敷の庭のようでもあるけれど、わりと離れたところでしゃがんで
遊んでいます。雑草が生えていて、くわがたのような昆虫もいる雰囲気です。

この映像が発信しているメッセージは、
「しくみというのがまったくゆらいでおらず妙に安定した時期」というもの。
「しくみ」という言葉がわたしの価値として支えになっている幼少期を
象徴しています。

「しくみの価値が守られていた時間・空間」という感じです。
子どものわたしだけ、随分屋敷から離れた遠くで遊んでいる感じですが、
それでもこの三人は「閉じていて」「安定している」といった印象です。

あとこのシーンから連想される父と母ですが、どうも、この父と母が
「今の父と母と同じ」気がします。時代も場所も違うので、同じ顔な
わけはないとは思うのですが、なぜか、今の父と母と同じ顔が見えてきます。

ここではっと思ったのは、「同じ親」を今回も希望したのではないか、
ということでした。その後の流れもかなり今の生と似た流れがあり、
そう思ったときに、「できる限り、同じ設定」を望んだということはないか?
と、このあたりから素材と素材が結びつき、大きな流れが感じとれるように
なってきました。

* *

同じ設定で、毎回同じこと(テーマ)を確かめようとしている。
前回の生でタイムリミットになったことで、
再チャレンジすることをずっと繰り返していないか?
「しくみ」の確実性をずっと確認したくて生を更新してはいないだろうか?

「しくみ」というものの絶対性を「感じとれた」のが、父と母による
「絶対性(言いなり)」だったのではないか?
ここに毎回、安心を感じていたのでは?(もちろん嘘の安心=飴)

だとしたら、今回の毒親はミスして選んでしまった、のでなく、
「確実性を感じていた幼少期は、よかった」と思いこんでいて
わたし自身が望んで、そういう親とわかって、選んだということか?

オレンジの扉に向かって「うまく契約できた」と思って歩いていたのは、
そういうことだったのか・・・

* *

16歳から18歳頃、「二つ結いの女の子が大きくなったような女性」が
クラスメイトとして、移住・転校してきたようで、その女性は、
日本人のように見えます。想起される映像は、定規とペンを持って、
何かを「設計」している様子です。

移住してきたせいか、どこか「ういていて」、一人、孤立した感じを受けます。

彼女の「生き方?」にひかれたのか、交際することになります。

この「ひかれる」というのが、うまく言葉で表せないのですが、彼女を見て
「自分がやるべきことを思い出した」といった感じで、「はっと目を覚ました」
という感じだと思います。

ただ、この映像と、それとわたしが40歳ごろの別れ際の映像、
この二つから発信するメッセージは、はっと目を覚まして交際したものの、
彼女はわたしとの関係において、わたしとは「別のことを期待していたようだ」
ということでした。
(たとえですが、バリバリ働いている彼女の姿にひかれて交際したけれど、
彼女が望んでいるのはそうでなく、結婚してのんびり暮らしたいと、実は
思っていた、といったような最初の時点からの勘違い、すれ違いです。)

「平行線」のような交際を経て、40歳ごろに「それぞれの方向に」戻る、
というのが、別れに至るまでの大筋のようで、何か大きな事件があって
別れる、というのではなさそうです。とりあえずこの「交際期間」は、
結果として双方によくもわるくも何ももたらさなかった、たいして記憶に
残らない期間だったという認識を、双方、持ったようです。

* *

45、6歳の頃、おそらく想起される最期のシーンとして、
「石の多い風景」があって、これがどういう場面なのか、探ってみました。

どうも病院の近くの風景のようで、たぶん、この病気で死を迎える、という
光景です。看護師さん(女性)一人が、病床の面倒を見てくれているようです。

わたしはそこで、その看護師さんにこうたずねたようです。

「好きなことはあるか」「やりたいことはないのか」

その方の答えをききたかった、というのでなく、自分自身へ問いかけている
感じで、「こういうことって、結局、何だかわからなかった」という気持ちが、
そのように質問する背景にはあるようでした。

* *

オレンジの扉に向かっていくあのシーンの前は、今のところ、この病院の
シーンが近い位置にありそうだけれど、その「間」がよくわからない・・・
中間状態があるんじゃないかな?と思ったが、それは見えてこない。

そこで感じたのは、このオレンジの扉のシーンへは
前のシーンから「投げ出された、放り出された」といった感じがする。

どこから放り出されたのだろうか?これの直前の場面がよくわからない・・・
釈然としない。

* *

最期に何をわたしが「書き残していたか」に、意識を向けてみました。

やはり「しくみ」に関する何かのようだ、という感じがします。

何を書いているのか意識を向けてみると、文字ばかり、というより、
イラストやスケッチもある感じがします。「フクロウのような鳥」の
絵で、なにか、しくみ的なことを図解しているふうでもあります。

* *

中間状態と思われる場所でのシーンが想起されました。
(このときは、眠りに入ろうとし、でも、寝ているのか起きているのか、
よくわからない状態で想起していました。)

中間状態といっても、以前のように親の写真があるわけでもなく、
「ただ暗い所で、わたし一人が、慌てたように話している」
そんな光景でした。
(後ほど思ったことですが、このシーンは、死後、両親の写真などを見る前に
最初の案内係にあたるような人?にまず報告しているといった感じでした。)

話の内容は音としては聞こえなかったのですが、その話している様子から
おおむねこんなことを話しているようでした。

「すべきことが終わらなかった」

おそらくこれは、「しくみ」に関することだと思います。

「だから、同じ設定でいいから、(むしろ同じ設定にしてもらって)
継続して、今度は、すべきことを成し遂げたい」

この雰囲気はなんというか、「夢から覚めて、同じ状態じゃなきゃ困るだろ?」
という、もっともなことを言っているんだぞ、という感じの態度で、
「継続」を希望しているようです。

* *

「同じ設定」をいい加減に求めた理由について、一度、整理をしてみました。

①とりあえず、前の生からそのまま継続したいという思いがあった。
確実性の幻想と、自己承認の欠如が、そこにある。

②確実性を感じられた幼少期の記憶があった。
言いなりになっていただけなのだけれど、それを「安定」と誤認。
自称・成功体験となっている。「毒親」との理解がまったくなく、
自ら好んで同じ親を望んだ。

③Pさんのような存在も、「すれ違い」と知りつつも、自己犠牲による
相互依存はどこか(バランスとして)悪くなかった、と思っているところが
あり、Pさんのような存在も、再度、求めた。
ここには利他性に毒された思考がある。罪悪感におどらされた結果。

④そもそも「設定」自体に左右される、と思っていないふしがある。
自分次第だ、自分は大丈夫だ、という無自覚なおごりがある。
自分が不在で、「自分で自分を守っていない」ことに無自覚であるため。

⑤妄信的に「任務なんだから」という主張をつねに持っていたこと。
もはやこれは自己同化していて、これをするためにここにいる、
と思いこんでいる。何やら必要な任務を達成しない限り、終えることが
できないという強迫観念があるように見える。しかしこれが本人が
無自覚なのは、任務至上主義の洗脳ゆえと思われる。

⑥「自分は任命をうけてここにきているんだ」という態度がどこかあって、
同じ設定をわたしが望んだら、当然そう配慮されるはずだ、まわりが
あわせるようにして協力的であるべきだ、という思いこみを持っている。
もはや、これ自体、自動的な反応(自分で舵がとれていない反応)に
なっていて、「自分は任命をうけて云々」と言うけれど、このこと自体、
本人もよくわからなくなっていて、「しくみ」といった確実性の確認の
いち早い終結だけにとりつかれている。この「死」といういったんの中断
に不安を感じ、早く手配してほしい、と焦っている感じがある。


これら箇条書きを書いていて思ったことは、「次の生も同じことを繰り返す」
ことになるトラップは、これだけたくさんある、ということ。当然、わたしの
AC人格にとって、のさばるうえでは、「このどれをも」が燃料になる。
AC人格が舵を少しでもとったら、「確実に次の生の選択も失敗する」ことは
当然だと思った。

* *



 ・・・ 「③産まれる前にシフトして探った価値観と期待」に続きます。



2014.07.17
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-17 22:06 | 復元ノート 1

①産まれる前にシフトして探った価値観と期待

前回の生の生前記憶に関する報告文を
以下、①から③に分けて掲載いたします。


・・・


崩残様

Abyです。

今回は「産まれる前にシフトする」ことを意識して作業を行いました。

拾い上げたものの素材の要素は、おもに、

1)映像(静止画像)
2)言葉
3)想起されたものから浮かび上がった言葉やイメージ、印象。

今回は手書きノートの記録が、あちこち飛びながらの断片の羅列になったので、
大きく感じたことから順に、詳細の報告をさせていただきます。

サインまでが本文です。よろしくお願いいたします。


・・・


最初に、今回、これをやってみて、一番感じたことは、

「あまりに、今の生と同じだ」

ということでした。

もちろん、場面や人物、事柄などは違いますが、
あまりにも「構成そのもの」、シナリオそのものが同じすぎるほど同じでした。

やり始めてからまずたじろいだのは、今までの作業で想起した場面と重なった
部分はほとんどなかったこと、それに加えて、なにより、見ていくほどに、
今の生と重なる部分で、今の生の事象と「照合」してしまうことでした。

作業を進めていくにつれて、この「照合」とは距離を持てるように徐々に
なったのですが、作業前半で苦戦したのは、今の生との事象との類似に気づく
たび、「そこで」AC人格が出てきやすかったことでした。

それでもなんとか進めていくうちに、価値観や期待のアウトラインが見えて
くると、この「あまりに似ている筋書き」にこそ、桜の間の記事に書かれて
いましたが、「今回の生との影響力のとんでもない大きさ」を感じるように
なり、逆に、だんだんとAC人格による影響が弱まってきたのを感じました。

「あまりに同じだ」と認識できたことで、今回、はじめて実感したことは、
「このままでは、100%、次も同じことになる」ということでした。
とくに、今の時点、ここから自己修正できなければ、「ぜんぶチャラになる」
ことが、今回の掘り出しで感じとれたことでした。

「あまりに同じだ」というなかで、唯一違っただろうと思えたのは、
自我復元に出会ったこと、それによって「毒親」であることを今回の生では
あばく作業をしていること、これくらいだと思います。とはいえ、このこと
でさえ、その入口では、無明庵を悪用しようとしたAC人格による行動だった
ので、そこまでのシナリオは、やはり、前と「同じ」です。

もう一点、今回、認識を深めたのは、Pさんの「これから先の行動」です。
ここが見えてきたことで、わたしがPさんに抱いている罪悪感が、抱く必要の
ないものだ、と思えたことです。なぜなら、それは、Pさんがわざと、とくに
「これからより濃密かつ計画的に」作り出すもの、さらに、死後にまで、その
罪悪感のビジョンをわたしに与えるであろう、と感じとれたからです。


・・・


今回、時間を逆行するように作業を進め、それを何回も繰り返しながら、
繰り返しの都度、少しずつ詳細を見ていく、という方法をとりました。

そのなかでも、「最初の段階」でたどっていったときに得られた素材が、
価値観と期待という点において、重要だったと思います。

素材については後述させていただきたいと思っていますが、まず、
その最初のほうで感じとられた全体像(アウトライン)をご報告いたします。


・・・


「しくみ」というものに価値を置いていたようです。正確には、しくみという
ものが内在しているであろう「確実性」に価値を置いていたようです。

子ども時代、その「しくみ」に価値が置かれること、それ自体が守られている
環境にいました。それが、父と母とわたしの「家庭」環境でした。

ところが、12歳頃、おそらく学校のような所で教師にあたる人の話をきいて、
そのしくみというものに「疑念を持つ」といったことが起こったようでした。
これは、そのときのわたしにとって、価値観の根幹をゆるがすもののだった、
という印象です。

18歳頃、以前の報告で書かせていただいた「二つ結いの髪の女の子」が
大人になったような女性と出会います。この出会いは、わたしにとって
「目覚めるような出会い」で、本人に自覚はないのですが「自分の任務」
に目覚めるようなものだったと思います。「しくみ」というものの確実性を、
「そうだ、とり戻すんだった」ということを思い出す契機になったようです。

18歳から40歳頃まで、その女性をパートナーとして交際するのですが、
この時期は完全に「すれ違っている」時期で、わたしと彼女が求めているもの
と彼女がわたしに求めているものが、実はまったく違っていた、という期間で、
自己犠牲をよしとしたわたしの生き方が、そもそも「しくみ」への関心すら
見えなくなっていったようです。

40歳になって、このすれ違いを双方知ることになり、別れます。
45、6歳までの、5、6年を、わたしは「しくみ」に関する何かを「報告書」
のような体裁でまとめることに費やします。といって、これを公に出す、と
いうことでもなく、やり残しとして焦って書き残そうとしているようです。
書き終えるのですが、どうやらその「しくみの確実性」について、やはり、
疑念(課題)を残したまま、死期を迎えます。

死後、「自分がやったことがどうなったのか見てみたい」という期待が
次の生を希望する衝動(確認衝動)になったようです。とくに、そこには
残した疑念への不安があるため、やるべきことが終えていない、
続きを(当然)やらなくちゃ、という強迫観念があったようです。

次の生の環境設定に関しては、「同じでいいから」という姿勢があって、
本人のなかでは、それこそ夢から覚めた人のように「続きをやるんだから、
当然。早くしてよ」というくらいに、同じ設定を要求している感じです。


・・・


大雑把なアウトラインとしては、作業を開始してから詳細を見る前に、
およそ、以上のような流れがあることが、想起された映像や言葉、
その印象からとらえることができました。


しくみの価値観が「安定している」と感じられた時期。
(生後~12歳頃)

しくみの価値観がゆらぐ疑念の時期。
(12歳頃~18歳頃)

しくみの価値観に立ち戻るも、滅私奉公で目的自体が翻弄・混乱する時期。
(18歳頃~40歳)

しくみの確実性の調査・証明作業にとりかかるも、疑念は残る。
(40歳~45、6歳)

次の生でこそ、と言いながら、次の生で「基本、同じことの継続」を希望。


以前崩残さんからアドバイスをいただきながら「自分ルール」をやったことを
思い出しました。確実性の幻想がここにあると思います。それと、あわせて
自己承認の欠如があります。これの大元は、任務至上主義の洗脳状態が
生死をこえてずっと継続してきた、ということにあるのだと思いました。

そして生のなかに、AC人格が培われる環境が、前回の生でもその幼児期、
「家庭環境」にあり、続いて、罪悪感の上で成立している利他活動としての
「滅私奉公」が、しっかり組みこまれていました。

なにより問題なのは、前の生では(今回の生でも自我復元と出会わなければ
同じことになっていましたが)、子ども時代や交際時代について
「あながち、わるくなかった」と思っていて、問題視していないことです。

次の生への衝動が、しくみの確実性の確認衝動によるものとなっていて、
もはや「しくみ」という内容すらさほど重要でなく、この衝動自体は、
確実性の衝動、確実性を感じとれる自己確認衝動が、強い強迫観念と
なっているのではないかと思います。

この根っこは、「任務遂行」におそらくあって、任務を確実にこなす、という
確実性、「~すれば大丈夫。安心。安定。」という考えがあります。この「~」
の部分が、任務的な要素です。しくみというものに価値を置くのも、元々は
ここに由来しているものと感じられましたが、前の生からダイレクトに影響を
受けていると思われるのは、「任務遂行」という大義名分よりも(無自覚に
その意識はあっても、直接的には)、「確実性の確認衝動」です。

この衝動が、今回の生を希望する動機となっていて、
それに加えて、「~すれば大丈夫」という、これこそ
「親の言いなりになってさえすれば大丈夫。安定」という考えを支える価値観
が、毒親を毒親と思わず、逆に理想的な親と勘違いし、
またさらにそれに加えて、罪悪感の上に成立する幻想の利他に毒された思考が
毎度のように罪悪感にあおられて、結果、
「同じ環境設定でいいから、早く、次の生で確認(の続き)をしたい」という
期待に繋がっていると思われました。


・・・


以上の部分は、アウトラインとして見えてきたものでした。
おそらくこれらの要素の「断片」自体は、今回の作業の最初のほうで
見えてきたものですが、繰り返し繰り返し逆行し、一定の時期を深く覗き込む
作業を繰り返すことで、だんだんと「流れ」として理解されてきました。
また、この「流れ」が見えてくることで、今の生とあまりに似ている、同じだ
ということが、「だから、同じことになっているんだ」という理解につながり、
似ていることからそこにつけいるAC人格の影響力は徐々に弱まっていきました。

これこそ、掘り出しの過程で、確実性の自己確認衝動が邪魔することも
ありました。肝心なところで捏造をはかろうとする本当に食えないヤツです。
今回はこの「あまりに同じだ」ということが苦戦した原因でもありましたが、
同時にリアルに、「このままではまったく同じことを、劣化しながら繰り返す
ことになる現実の危機感」を、自分の生が自分自身につきつけるものでした。

それは収穫でした。
これから修正しなければならないことが、より明確化したからです。

以下、素材と掘り出しの詳細をご報告させていただきます。


・・・



 ・・・ 「②産まれる前にシフトして探った価値観と期待」に続きます。



2014.07.17
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-17 22:05 | 復元ノート 1

(5)素材集めと自己分析(検証)

 ・・・「(4)素材集めと自己分析(検証)」の続きです。


・・・


自我のような丸いものが一堂に集められ、一括管理され、専ら何かの職能集団
(ロボット)のように(それはまるで働き蜂のような印象)働いている世界像は
元々わたしがいた世界といった感じを受けている。

わたしが地球にきたのは、何か脱獄したいとか、そういう逃亡的なイメージは
せず、むしろ、その世界では管理側にいるような立場で、そのいっせんで
手足のように働いている(働かされている)感じがあり、何かを「調べたり」
といったどちらかというと調査目的のために地球に行くことになったという、
そういう感じがしている。「任務遂行至上主義」を妄信的に信じきったその世界
での洗脳状態どっぷりのまま、地球に来たように思え、この甘さやおごりが
自分(自我)をないがしろにしたり、自己犠牲の上に成立する利他性というもの
に対して疑問を抱かなかったり、ということにつながっている部分があったの
ではないか。

それから後は、何度か地球での生を繰り返していて、(というか、たぶん、
出られなくなって)、予想外の出来事(自分というものに対する不信感や
違和感)が生じてからは、元いた世界に比べれば、任務遂行という点に
限っていえば「利他という任務遂行業務」も、さほどほこりをもってやれて
いるわけでもなく、何の活力もなく、では一方、自分というものを
楽しめているか、というと、まったくその反対で、ゾンビのような状態で生き、
毎回不完全燃焼を毎回の生に感じては、「〇〇のために、〇〇に尽くせて、〇〇
が達成できて、その点は、まあ、よかった」という妥協を繰り返している。
任務遂行すら「せめて後悔しないための言い訳程度」にしかなっていない。
さらに当初はなかった(であろうと思われる)罪悪感も、自己不信という感覚
が強まるにつれて抱くようになり、ここ地球での幻想上の利他活動という
ループから全く出られなくなってしまった。

しかも元いた世界での成功体験を、この地球でもあてはめようとするために、
こうしようこうしようと思えば思うほど、利他性に毒された思考と行動パターン
から抜け出すことを無自覚に自ら困難にさせていて、その「役目遂行に対して
忠実かつ適切に処理することができる」といった過去の成功体験と思いこんで
いるずっと続いてきた感覚の記憶が、結局、「言う通りに動けば飴をもらえる
(=守ってもらえる)」という親(保護者)を選んでしまっていること、さらに、
その毒親のもとで調教され、作り出される偽人格もまた、「すべきことをちゃんと
する」ことに価値をおいたままの自分にとっては、必要なチェック機能・促進
機能として働いてきた。これらのAC人格も含め、生前から続くわたしの性質が、
これらを選んできた、ということが、今回の生でも40年に渡って、無自覚ACを
のさばらせてきた原因になっているように思う。

自分で自分のことを守ることをせず、「自分よりも上に置いた者に、自分を守って
もらうかわりに」そこで生きるために、言われた通り、忠実に任務をこなす取引を
してきたこと、それに同意したわたしの性質が、ずっと続いてきた。
こういう流れが見えてきた。


・・・


そのずっと昔にいた世界で、働き蜂のように飛んでいる光景や、あの鳥「の
ようなもの」として飛んでいるシーン、これを思った時、そういえば、と
思ったことがあった。

今年の3月の末に、一度、スケッチブックを描いたみたことがある。その時に
色鉛筆で書いた絵は、薄いピンクと黄色がまだら模様になった世界を、赤と青の
パーツからなる鳥のようなもの(鳥そのものでなく抽象的な形)が飛んでいる
様子だった。描いては見たものの、その絵の感じは、ちょうどPさんと2000年
くらいから5、6年間一緒に描いてきた「●●の絵」というシリーズ、いつか
行ってみたい住んでみたい場所の絵の作品群、その絵とすごく似ていて、描き
終えてすぐに、「やっぱり自分の望みの中にも、こうやってPさんが侵入して
きているんだ」と思い、少なくとも今の自分にはスケッチブックなどやる資格は
ないと考え、それよりも、無自覚な望みというのがどれだけ調教由来なものに
毒されているかを掘ろう、そう思って、スケッチブックのことは考えないように
した。今回、その時のスケッチが気になり、もう一度、思い出し、見てもみた。

Pさんが、というけれど、そもそも、この「●●の絵」という一連の作品制作は
わたし自身が発案したもので、一枚の絵をPさんとわたしで交互に加筆しあって
描くというスタイルのものだった。もしかしたら、こういう作品をつくりたいと
いう衝動も、また、3月末に同じようなスケッチを描いたのも、「わたしがかつて
いた世界で、あの時はよかった」ということをどこか反映している絵模様だった
のではないか・・・そう考えた時、今までPさんが建築をやりたいと言ったから
それにのった、とだけ考えていたが(AC人格としては依存という意味では
何でもよかったのは事実だろうが)、では実際に、建築といっても建築士のような
仕事を目指したのかというと(Pさんはそれも目指したかったようだったが)、
そうではなく、空想的な世界を絵や模型で表現するアート作品を中心に活動を
していきたい、そういう展望やアイデアをむしろ望んでいたのはわたしだった。

3月末に描いたそのスケッチは、自分の望みなんてわからないと思いつつも、
とりあえずやってみようと、その時、自分が「いい」「美しい」「得意」と思える
ような要素を散りばめるようにして描いた絵、という結果になった。

小奇麗だけれど、まったく、望みを反映しているとは、これっぽちも
思えなかった。自分の望み、という意味では、母のメールの言葉と同等の
「リアリティーのなさ」を、描いた後、感じていたのを思い出した。

そのことを考えながら、しばらくして、ふと思った。

もしかしたら、こういう「いい」「美しい」「得意」というようなビジョンも、
元いた世界で重宝がられた性質、任務遂行のための特技のようなものの
名残りなのではないだろうか?

こう思ったとき、「これはただの性質であって、わたしのやりたいことでも
好きなことでもない」という理解に切り替わりはじめた。

そう理解が切り替わりはじめた時、Pさんとの共同作業、とくに、2000年から
2006年頃までの共同制作とは何だったのか、今まで「Pさんのせい」で片づけて
きたことで、かえって「自分でないものの舵」に気づけなかったことが、見えて
きた。その頃のことを思い返し、もう一度、考えてみることにした。

あの時期の、あの時のわたしも、実はまったく同じだった。このスケッチを
描いた後に感じたもの、行ってみたい場所の絵といって描いたり、立体作品
としてどんなに小奇麗に、あるいはダイナミックに表現しても、後の残るのは、
むなしさだった。一番いいと思っているもの、今一番やりたいと思っているもの、
自分の得意だと思っていることを誰にも邪魔されず存分に発揮できる、できて
いるはずだ、と思いながらも、本当はまったく楽しくなく、空虚で、どこにも
リアリティーが感じられないというジレンマは、以前、Pさんと共同制作をして
いたときに、「たえず」感じていたものであることを思い出した。

これは、わたしの中にある美意識のようなもので、とくに、色、音、デザイン、
動作、といったそういった素材の配合とバランス、構図に対して自分が「いい」
と感じる感覚のようなものがあって、Pさんと共同制作を始めるようになって
からは、それぞれのとりえと思えるものを意識しながらの作業だったため、
いっそう、そういった自分の感覚を、能力や個性と思いこんでいたところが
いつもあったし、その後もずっと、この感覚が無条件に(それこそが自分の
舵がとれていない、ということだったと思う)、「これはいいもんだ」と自動的に
自分自身も「了解させられてしまう」ものだった。自分の舵がとれない=直感的
ですごいことに違いない、そう思っていたわたしにとって、「これは自分の才能」
と思いこみ、これを発揮できる場をなんとかつくりたい、それが、2006年くらい
までの時期だった。

この期間、いろいろ工夫して、何とかこの「●●の絵」という一連の流れから
作り出されるものを活動や仕事につなげたいという思いで必死だった。
ところが、7年近く頑張ってきたのだが、どうしてもPさんとのそりがあわず、
一貫して続けてきたプロジェクトをあきらめ、わたしはいったん就職し、それ以降
は、ブログでも書いてきたような間接的な共同作業をPさんとするようになった。

この「挫折」について、当時わたしは、「Pさんがあきらめたからだ」とし、実は
心の中で恨みながらも表にはその復讐心を出さず、内職活動で見返そう、そして
また、振り向いてもらいたいという思いすら、ずっとふたをしてしまったわけ
だが、もう一度、この挫折時、またそれ以前のことを思い返してみると、
まったくこれは八つ当たりでしかなく、もしもそんなにやりたいのであったなら、
自分ひとりでもやればよかったのに、やらなかった。

なぜやらなかったのか。それはつまらないと、本当は思っていたから。
でもわたしはそれを認めたくなかった。だって、やりたいことをやっている、
一番自分がいいと思えるのを表現できる、そのために個人事業として自営業
としてやり始めたんだ、これ以上、自由な状態って考えられない・・・そう
思っていたから、作品を作って空虚だ、なんて思いたくなかったし、いや、
そんなことすら考えなかった。わたしにとって「空虚なはずがなかった」。

感情は嘘がつけなかった、ということだと思う。どんなにいいもの、綺麗な
もの、自分が得意と思っていることを発揮しても、つまらない。その気持ちが
よぎってもわたしは無視し続けた。本当は、どこもしっくりきていない。
知らず知らずのうちに鬱積する不満がたまってきて(そう、あのイライラは
この不満だったんだ)、Pさんとのトラブルも増えてきた。

そして今度はこうやってトラブルが増し、共同作業がスムーズにいかなくなる
ことが、わたしのこの不満の原因なんだ、と不満の原因をすりかえることを
してしまった。このことに今になって気づいた。当時そうやってすりかえた理解
は、「Pさんがやりたいっていった分野なのに、Pさんがまったく協力的でない
から上手くいかないんだ。せっかくお互いにいいものを持っているのに、Pさんが
邪魔ばかり、ダメ出しばかりするからいつも上手くいかないんだ」というものに
なっていった。苛立ちはつのり、当然、トラブルは増えていく。結果、Pさんが
「もうやりたくない」となった時、この一連のプロジェクトは中止となり、実質、
「共同制作」としてのユニットは解散したわけだが、この時にわたしが結論づけ
たのは、「Pさんのせいだ」、ただ、これだけだった。
(実際は、これすらもわたしはフタをして問題のない幸せな夫婦を演じていた。)

ここをもう少しじっくり考えてみると、やはり、実際は「Pさんのせい」で
片づけるものでなく、いったん、Pさんのことを脇に置いて考えてみれば、
わたしは最初から「不満だった」のだ。能力があるはずのこと、一番自由に
できていて誰からも企画を邪魔されず、いいもの、好きな(と思いこんでいる)
ものだけを描き、作る。大学を卒業したら、こういうことをやってみたかった、
と、卒業して最初の数年間は、本当に幸せの真っ只中にいる、と思っていた。

今思えば、それは、それまでの反動、それすらやれなかったことの反動でしか
なく、反動としての「快」でしかなかった、ということだと思う。
いくらやっても、つくっても、自由に企画を立てても、一番いい、得意と思って
いることをやっているはずなのに「満たされない」。いつもどこかむなしく、でも
そこに目を向けることをせず、Pさんと小奇麗に作ったものを一緒に見ては、
「うまくできたね」とごまかし続けただけだった。そして、すこし、その不満に
目を向けたとしても、ここにはつねに、「二人でやっているんだから、しかたない
よね」という妥協や言い訳が最初から用意されていたから、うまくいっている時
はそれで済ませられても、いったん共同作業のもつれが出てくれば、この言い訳
は一転して「責任転嫁」になるのは(お互いそれを隠していても)当然だった。
「自分ひとりだったら、きっと成功していたのに(Pさんがいたからしかたない)」
という誤認をずっとし続けることになった。

今回、これが誤認であったこと、それに気づいた。自分ひとりでも、たとえ、
自分の能力や特技と思いこんでいるものを100%発揮したとしても、100%、
失敗していたはずだ。共同作業のせいにしているが、実際は、その当時も、
共同制作いかんにかかわらず、「失敗している」「空虚だ」「本当はつまらない」
ことを、わたしは知っていたのに、その感情にふたをして、これは自分は得意
なはずだ、これが自分の持ち味なんだ、という思いこみを優先させ、感情を
黙らせた。

以前の報告のなかで、「陶芸とか、ガラス細工とか、一人でやりたいと感じた」と
書いたけれど、それからこのことを考えた時に、「じゃあやってごらん」と
言われたらやるかというと、躊躇する自分がいることに気づいた。陶芸や
ガラス細工はやったことはないが、どこか、自分の美意識や得意と思っている
領域を刺激してくるものだった。いいな、とぱっと思ってしまう。

でも、どうもしっくりこない。なんだか、何をやっても今までと同じことの
繰り返しじゃないか、とその時、感じていた。その時はなぜかわからなかった
のだが、これも同じだったのだ。

性質や能力、あるいは職能、というものと、あまりに自己同化している、
こういうことだったのではないだろうか。

これが任務達成のためのただの道具であるのなら、逆にいえば、わたしが
任務遂行という役目を降りたのなら、こういった能力なり職能など、
そこにどんな意味があるだろうか。いや、任務遂行という役目の仮面を
かぶっていない「自分」には、自己同化しなければならない義務付けられた
能力や性質や職能を、誰からも強制される必要はない。舵がとれないような
能力や性質や職能など、それはそもそもが、舵を誰かに渡しているわたしに
付随しているものにすぎないのではないか。

「これはただの性質で、やりたいことでも好きなことでもない」

もしもその性質や能力と自分で思っているものに、ふりまわされてしまうなら、
その「能力」のようなものが、自分がやりたいこと、やりたくないことという
本当の意味でいう「望み」に対して、それよりも優位に立っている、ということ。
「任務」という言葉が、「能力」という言葉にかわっているだけだ。

そしてまさにこの考えが、「自分は空虚だ」というダメな「自分役」をそのまま
にしていて、「もっと自分が活躍できる世界があるはずだ」という妄想に走らせる
のではないか。だとしたら、それは元いたわたしの世界の焼き直しでしかなく、
ならば、いくらこの焼き直しとしての理想像を描いても、そこには、自分など
なく、またしても、自分を自分で守ることをせず、任務や能力を担保してくれる
大きな力や自分の上に立つ者の言いなりになって、「活躍した気」になるだけ
じゃないだろうか?

「これが自分だ」「これが望みだ」と思いこんできたものの正体が、にせもので
あることが、だんだんと見えてきた。こういうにせものの自分像や望み像は、
どれもこれも「自分はダメなんだ、自分なんて別に」という自己否定と自己犠牲
の土台の上に立っていて、「自分を取り戻す正反対なこと」をしかけてくる。

3月末に書いたそのスケッチは、「ダメな自分」が「こんなはずじゃなかったと
思える戻りたい元の世界(への未練)」のビジョンにすぎず、仮にそれを望んだ
としても、行く先は「ダメな自分でもそういう気になれる、またこの地球」と
いうことになるのは目に見えているし、そもそもが、任務や職能のようなもの
を「自分」より優先させてしまうような、そんな元のところに戻らなくていい。
その最初の時点で、自分を売り渡すという大間違いをしていたのだから。


・・・


7/8(火)

Aの作業に続けてBの作業をしたとき、ふと、ブルーの園服を着た子どもたちが
わさわさ動いているシーンが想起された。どこか「子ども」という存在に
ひかれている感じだったが、ふと、この中にわたしがいるのでは?と思い、
意識を向けて見ると、2、3歳くらいと思われる保育園時代のわたしが、
しゃがんだり、歩いたりしている。たわいもない姿だ。

これらのシーンは、実際にあったシーンや記憶という感じでなく、Bの作業を
ともなって映し出される幼児期の映像に感じられた。ふと、こんなことを
やってみようと思ってやってみた。

それは、今の自分がその映像の子(2、3歳の頃のわたし)になったつもりで、
その子がBの作業をするような感覚をやってみた。その作業に前後して見えた
ように思ったのは、どうも、その子が関心を向け見ているのは、「空」のよう
だった。ただの空。時々薄いピンク色にもなる。(あの巨大な水溜りのある土地の
空がピンク色になったりしたのを、この時、思い出した。)

その子の主観映像と、その子を外から眺める映像がまざりあいながら、
クローズアップするのは、その子の「目」、空を見るその目で、ここから感じ
られたのは、「期待感」のようなものだった。

何に対する期待かというと、どうやら、それは「ここ(地球)」に対する期待
のようだった。この土地に生まれること、ここに生まれて期待していたことが
あったこと、それをこの子は知っていて、覚えていて、空を「しばしば」見て
いた。ここが「ここ」であることを自分で確認するために、わたしは空を見て
いたように思う。大きな期待を抱いている目をしていた。
それは、その期待を疑うことなく自分の目で見て生きていたわたしだった。


・・・


この期待とは何だったのか、ということについては、この映像からはわからない。
でも思うのは、「地球だからこそできること」というのがあったのではないか?
これは桜の間にもいつも書かれていたことだけれど、自我というものにのって、
個を満喫する、喜怒哀楽を経験する、本当はこういうことをしかったのでは
ないだろうか・・・と思った。でもそれは古い地球の話、ということ。

どういう期待だったか、それは直接自分で確認できていないことだけれど、
少なくとも、ことの最初は、「地球に生まれたい」という希望があったように
感じている。しかし、いざ契約してみると、自己犠牲をともなう利他活動に
ついての特記事項のようなものがあった。これについても、Bの作業を通じて
自分で確認しえたものではないけれど、いずれにしても、これに「ひっかかる」
性質は、わたし自身にあったことが、今回、確認、分析をしてきた。

「自分」というものを、自分より上に置いた者によって、管理・保護されること
を認めてしまっていて、そのかわりに任務遂行の対価としての「飴」をもらうと
いう取引のパターンを延々と繰り返している、と思われること。

今回の生でも同じだが、「飴の調教」により苦痛が麻痺していて、この任務・
役目遂行の衝動のベースに「自分より上の置いた者による恐怖」があることにも
気づかなくなり、働き蜂のように、まさに、ロボットのように、言われた通り
こなし、ただ機械的に生きる。ここに「自分」はいない。自分で自分を守ること
をせず、自分より上の者にその権利をあけ渡し、その取引の結果として、
自分よりも任務・職能に価値を置いたこと。

どこに生まれようと、「自分の尊厳を死守しなかった生き方」を、今回の生で
断ち切らなければならない。


・・・


(中略)


・・・


以上、素材集めと自己分析(検証)報告をさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

Aby



2014.07.11
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-11 20:52 | 復元ノート 1

(4)素材集めと自己分析(検証)

 ・・・「(3)素材集めと自己分析(検証)」の続きです。


・・・


7/6(日)

この「自分役」という自分が、どうも、いつもストーリーを勝手につくりあげて
しまう傾向があることを感じたので、そのあたりを掘ってみた。

今日、とくにA、Bの作業をしていると意識していたわけでもない時に、ふと、
中間領域の様子が見えてきたように思えた。今思うと、これは以前、報告の中で
長テーブルが出てきた光景やあるいは罪悪感について以前掘っていたときに
御伽噺として創作したストーリーが合成されてできている、というシーンだった。

全体として殺風景で無機質な風景で、通路の脇に、それこそ転生案内所のような
店やブースといった感じのものが連なっている。おそらく宣伝色が強いものも
あるかもしれないのだが、わたしが目にし、気にとめているのは、左前方にある
白い長テーブルがポツンとあるだけの、そんな案内所。以前に一度作ってみた
御伽噺の中のわたしが無気力に歩いている。どの宣伝文句にも興味なく、
「こんなのくらだない」とブツブツ言いながら歩いている。でもなぜか、
「そのわたし」は最もつまらなさそうな長テーブルの場所で足をとめることになる。

ここまで想像してみた時、「なぜここなんだ?」と考えてみた。

先日、自分はもぬけだと思いながら歩いて時、前にも一度ブログに書いた保育所
の裏口にたまたま出て、通りかかり、「素朴でいいな」と感じた。また、その入口
の脇には、ほんとうにつつましい感じでひっそりと手入れされたお花がポツンと
置いてあった。ただそれだけの光景にどこかひきつけられるものがあった。
しかもそれと対照的に、道路を挟んで向かいには宣伝色全開の幼稚園が「うちは
いいんですよ、すごいんですよ」といわんばかりの巨大な建物があって、それを
見比べて、「わたしなら迷わずこっちの素朴でアットホームな保育園のほうがいい
と思うだろうな」と感じながら通りすぎた。

このことを思い出した時に、もしかしたら、その中間状態の長テーブルの脇に
お花があったりして、何かアットホームな感じだったのかな?と思ってみたが、
まったくそうも思えず、さすがにこじつけでしかなかったので、そう考えるのは
やめてみた。ふと、「勧誘」ということをイメージしながら、そこからそういえば
と、わたしが大学生の頃のサークルの勧誘やチケットの手売りをやったことを
思い出した。そのころわたしは、自分でもそれまで自分にそんな能力があるとは
思っていなかったのだが、この「勧誘行為」が他の誰よりも成果をあげていて、
仲間達もわたしがどういう手口でひっかけているのかと、興味津々に見ていたが、
みんなは「笑顔がポイントだな」と思っていたようで、それでみんなもそう言う
ものだから、わたしも、そうなのか、ここが自分の特技なのかと思いこみ、
作り笑顔に磨きをかけた。

しかし、今思うと、そして当時の自分でも実は気づいていたことだったが、
笑顔それ自体が成功の秘訣ではなかった。二次的には重要な要素だった
けれど、あくまでもそれは二次的なものだった。

そんなことを考えたことがなかったから、自分があの時なにをやっていたか、
どんな手口を使っていたか、ずっと忘れていたが、思い出した。わたしは必ず
相手に、「興味はないと思うんですが・・・」と第一声を「その確実な自信」
をもって発していた。ここはまったく他の人と違っていた。ふつうは、相手に
声をかける時、「興味があるといいんだけれど」と思いながら、「あのー」と
言って声をかける。わたしがそのサークルに入ったのも、別に興味があったわけ
ではなく、たまたま中学・高校で一緒だった二人の友人と歩いていて、なんか
立ち寄ることになったから、ついていっただけのような覚えがある。わたしは
はじめから興味があるものなんて何もなかったし、そんなのあるわけないじゃん、
とすら思っていて、だから今から網羅的に見よう(ここでも観察から入っている)
としているんだ、そのたくさんの中から、興味を刺激するものがあればいいな、
くらいにしか思っていなかったし、そういうものだ、と思っていた。

だから自分が勧誘する時も、「こんなの興味ある人いないよ」と実感もってそう
強いへんな確信を持っていたので、自分としてはまったく無理なく、「興味ない
よね」という第一声を放つことができたし、なんのためらいもなかった。それが
自分でも驚いたことに、なぜか、この一言に立ち止まる人が多く、わたしの話に
関心を向ける人が多かったのだ。今考えてみると、自分と似たような「何にも
興味ないし」という同類を、歩いている人の表情で識別しながら、声をかける
対象もあたりをつけていたのだろうと思う。

このことを思い出した時に、もしかしたら、中間状態のその長テーブル一本の
案内所の近くで、わたしのような「勧誘者」がいて、「どれも興味ないと思って
いますね、お客さん」と声をかけられたりしたのかな?と想像してみると、
わたし自身が自分と同じようなその声のかけ方に、まんまとひっかかるな、と
思った。そこで、「まあ、座っていきなさい」みたいな展開にでもなれば、
わたしは「この人、わたしのことわかってくれそう」とか思って、立ち寄って
しまいそうだ、そう思った。

「自分の人生に飽き飽きしているんでしょ。だからこんなにいろいろな誘い文句
があっても、あれもくだらない、あれもつまらない、そうため息つきながら、
歩いていたんでしょ。でね、ここは、ちょっと他と違うんだ。他のようにうまい
こといって、またつまらない人生をやらすようなことはしないよ。」と言われたら
「なに、なに」と耳を傾けてしまうだろう自分がいる。それでたとえば、この
勧誘者が、こんなことを言う。「他人の人生の役をやってみるのはどうかね?」と。

こう考えてみると、わたしが自分をバラバラにして、父、母、Pさん、それぞれ
の肩代わりをするというストーリーが、なんか妙に「筋としては」通る。それに、
こういう筋書きが、なんか「自分らしい」と思っているふしがある。でも、何か
リアリティーがなく、筋は通っていても、端から端まで「作り話」のようにすら
感じてくる。そう思っているとき、この「自分らしい」について、

「あ、これ、そもそも〝自分役〟好みのストーリーだな」

と感じた。自分のストーリーでなく、自分役としてのストーリー。
どうもしっくりこない記憶やストーリーというのは、それを記憶や情報として
知っても、今の状況をただ「説明」しているだけで、筋は通っても、自分で
リアリティーを感じられない。このことも最近気づいたのだけれど、そういう
部分は自分でもリアリティーがないのがわかっているので、主張的であっても
「これでいいのかな?」という他者の承認をどこかで求めはじめてしまうようだ。
となると、ここにAC人格が出てきやすく、AC人格に都合のいい流れや解釈を
作り上げてしまう危険性を、この素材集めの際に、たびたび感じた。一方で、
リアリティーがあるものは、その情報自体の正確さに確信がなくても、また、
同じ現状説明でも、自分で舵がとれる情報として吸収(理解)されるような気が
していて、今のところだが、この感覚をもとに自己検証をするようにしている。

となった場合に、やはり、昨日散歩をしていた時に歩きながら感じていた自分像
や、まさにそういう感じで歩きながらキョロキョロする中間状態の自分像も、
「自分役」という意味では筋が通るのだが、やはりリアリティーが感じられない
のは、自分役のストーリーでしかなく、自分のストーリーではないからじゃない
かと思った。こう感じた時、どうも今までこれが自分のストーリーだ、自分像だ
と思いこんでいたものは、「自分役」というものであって、この役を扮する
「わたし」にとって、納得させられてしまうもの、ため息をつきながらも、
他者の役を「守るため」といいながらやったり、肩代わりしたり、分身に
なったりすることを「しかたがない」といって肯定するものに利用される像で
しかないのではないか?

父役も母役もPさん役も自分役も、どれも自分でなく、にせものだ、という感じ
がここ数日強まるとともに、「じゃあ、そういう役にバラバラになる前の元の
自分はどこなんだ?」と思うようになった。生前の自分の焦点をあてる、という
のは、そのバラバラになる前の「元の自分」に探りを入れることではないか?


・・・


しばらく外を歩きながら、Bの作業をしてみた。
どうも「自分」よりも「任務」のようなものの遂行が重要になっているようだ、
という感覚が強まる一方で、この「自分役」という自虐を決め付けたような
イメージ、「どうせ自分なんてからっぽなんだ」みたいな、やけになったイメージ
の影響力が薄れてきた、と感じた。ここ数日、父役、母役、Pさん役、といった
イメージ付けが次第に自分と距離をとりはじめるにつれて、その影響力が
弱まっていく、つまり、「これが自分なんだ」という錯覚(思いこみ)が、
少しずつはがれていくように感じてきたが、その中でも自己同化程度が
大きかったと感じるのが、この「自分役」だと思った。

こういう「役目」としての自分を、自分とは別のものとして距離をとってみると、
妙になげやりで自分はダメだという自己像よりも、むしろ、「任務」をきちんと遂行、
まっとうする「機能」としての「自分のイメージ」を、とくにここに映像は伴わないが、
感覚として持つようになった。

「任務ありき」という、どちらかというと、それをいやいややっているという
のではなく、たくましいほどに忠実のこなす職能として「自分で了解」している
とさえ感じられる雰囲気があり、元々において、自虐とか自己犠牲とか、
そういう感覚で任務をまっとうしているかというと、そうでもないような感じを
受けた。元々はたぶん地球でないところで、それこそロボットのようになすべき
任務をしっかりこなす機械型の何かのようで、そこではむしろ、そういうことに
従事している自分をほこりにすら思っていたふしが感じられる。このときの記憶
のようなものによるおごりが、今回の生または生前の契約時の甘くみていた姿勢
に通じている、といった印象を受けた。

ふと、こんなことだったのでは?と感じた。

以前に崩残さんがメールと桜の間で書かれていたことそのままになるのだが、
そういうロボットのようなわたしは、喜怒哀楽を経験すべく(なぜそれを
希望し地球での契約に至ったかは今のところまったく不明だが)、何やら話を
きいて、地球に生まれることを(事のはじめは)希望した。しかし、ここで、
条件が出される。それが利他性に関する条項だ。「自分というものを経験するに
あたっては、利己の意識をあらため、利他の精神を学び直すことが、ここ(地球)
での条件となります。(自己犠牲を一部ともない、他者を守る等の利他行為を
していただくことが条件です)」

そこでわたしはきっと、今までの「任務遂行能力」に対するおごりから、
「それくらいなら大丈夫。条件をのむ。」とやってしまった可能性が高い、と
感じられた。おそらく、これは、その時のわたし自身があまりに「任務」というものと
自己同化していたため、自分や自我といったものの認識が相当に低かった状態
にあったために、自己犠牲ということや、役目や役割に扮するということが
どういうリスクをともなうのか、ということに相当に無知だったか麻痺していたか、
ということではないだろうか?

これはおそらくイメージ的な映像として浮かんだものだが、ここに、トランプの
ように、「父役」「母役」「Pさん役」のようなカードが左から並んでいて、その
右端に「自分役」というカードが一枚ある。

そこにいる自分は、この自分役というカードを見て、「これをやってみたいんだ、
そのために地球にきたんだ、だから、他の何役でもやるよ、守ったり、その人の
肩代わりになったり、そういう何か任務をこなせばいいんだろ?大丈夫、自分
ならできる」という甘いジャッジがあったのではないだろうか?自分役なんて
イコール「自分」という経験でも何でもないのに、それこそ(ここは憶測だが)、
自分役という自己犠牲分として自我を差し出した上に、残りの自我の多くを
利他に使うことに同意したのではないだろうか。そんな、いい加減さ。

いい加減というより、本人にとっては、おそらくこれも「任務遂行」に対する
妙なおごり(過去の成功体験のようなものからくるおごり)から、さっさと
契約をしてしまった、という感じを受けた。

これから考えてみると、では、元々、どこに問題があったかというと、やはり、
「自己意識」というものよりも、「役目」や「任務」というもの、すべきことの
履行というものを優先していて、それが通用(というより利用)されていた
(過去生存していたその)世界では「自己」に対して無防備でも大丈夫な
状況設定であったとしても、そこでそうやって、自分を死守する、自分を護る、
ということをしてこなかったつけが、地球での契約での大失敗につながったの
ではないだろうか?


・・・


このストーリー自体は、憶測の部分も含み、いろいろなパーツ(情報)が、
いっとき集まって「見えてきた図柄」といったのが今のところの印象で、
ダイレクトにこういう過去にアクセスできたということではないように感じて
いるが、この図柄から垣間見える「生前の自分の性質」その印象や雰囲気には、
わりとしっくりする感じを抱いたので、この路線で、もう少し、Bの作業を意識
しながら、考察を続けた。

ふと、こんな映像が想起された。ずっと昔にわたしがいた世界では、何やら自我
のような丸いもの(自我かどうかはわからないが、自己の心臓部にあたるような
ものを表しているもの)が、ある場所に一堂に保管・管理され、よく言えば保護
されていたが、実態としては、その自我のようなものが、支配者サイドにいる者
によって人質にとられ、それを〝大きな力〟で守ってやるかわりに、外で任務を
果たしてこい、という、それこそ取引で成立しているような世界が想起された。

なんだか、ここでのわたしと毒親との関係の縮図(パターン)をそっくりだな、
と感じた。自分にとって一番大事なものを、自分で守らずに(守ることを知らず
に)、より大きな存在と思える者(自分より上に置いた者)に、その一番大事な
ものを「守ってもらおう」と預けてしまう。これは結局、つねに「脅されている
状態」なのだが、これが常態化しているか何かで麻痺してしまっていて、その
かわりにまっとうする任務に対して「飴」がさしだされ、ここに価値を見出して
しまう、というパターン。

こう見てみると、あまりにまぬけに見えてくるのは、全く自分を死守する、
自分で自分を守る、守り抜く、という姿勢自体が完全に欠落しているのに、
「大丈夫」と思いこんでいること。ずっと昔にわたしがいた世界というのが
この縮図の大元にあったとして、そこでの成功体験と思っていた記憶を
ずっと引きずっているのではないか。今回の生でも、「自分の保護」を全く
考慮しているとは思えない。根拠なく「自分は大丈夫だ」と思いこむ傾向も、
なにかの時には、「自分より上に置いた誰かが、守ってくれる〝はずだ〟」と、
無意識下でそう考えているからではないだろうか?

実際、子どもの頃は、父こそがわたしより上に立ち、「いつもAbyの味方だよ」
と言いながらまわりを血祭りにすることで、この感覚を植えつけてきた。
ここにもまったく同じパターンが見られる。毒親(とくに父)は、わたしの性質
を知り尽くしていて、味方という支配者(上位)に立ち、しかるべき役割を
わたしにはたさせるために、わたしが拒否しない(むしろ快にすら錯覚して
しまう)AC人格までも、周到に準備し、調教していたのではないだろうか。

こう考えた時に、それでもぞっとするのは、わたしの生前の性質のままでは、
そもそもこのような毒親の手口を否定したり、拒絶したりする「目」を持たない
ということだ。むしろ、こういう支配者が、どこか自分を守ってくれる者、
役目や任務をはたそうとする自分を応援してくれる者のように見えてしまう。
こういうことだとしたら、今後も同じパターンを「それと知らず自ら望んで」
繰り返してしまうということになる。

ずっと昔にいた自分がいた世界がどういうところであれ、そこと今と、
わたしが見ている現実世界は「基本的には」何も変わっていないということ、
これが「縮図」というものであるとしたら、初回から毎回毎回、こういう
パターンを繰り返す。整理してみると、

『〝自分〟を体験したいと望んでも、この地球で提示されるような自己犠牲を
前提とした「自分役」こそ、「わたしが望んでいるものだ」とまず誤認する。
それとひきかえに、父の肩代わりになるだの、母の分身になるだの、Pさんを
二人三脚で守るだの、こういった「自分以外のこと」にたずさわることに同意、
了解してしまう。いざふたを開けてみて、「自分役」というのをやってみると、
まったく自分というリアリティーも感じられず、ネガティブな印象と違和感しか
残さない。(つまりこれが、わたしが自分とずっと思ってきた自虐的自分像)
毎朝起きるたびに、「こんなことしていてはダメだ、何をすべきなんだっけ」と
いう声が自動再生されて、こうやって自虐的な自分像(役)を維持することが、
利他に活路を見出そうとするモチベーションにもなってしまう。
ああ、そうだった、これこそ自分の能力だ、才能だ、天職だ、と思いこみながら
そういう「役目遂行」に都合のいいAC人格をどんどん育て強化し、のさばらせ
てしまう。もはや自分役も何もその区別なく、そういう全部の役を従事する
「AC人格の総体」を「これが自分だ」と思うようになり、「どうせ自分なんか」
と目を腐らせ、そういう自分も嫌悪しきれず、一方で、「自分はやるべきことを
やった」と高慢な態度になっては、その場しのぎの人生をダラダラ送る』

このパターンを繰り返すことになる。

そこでまずどこにはじめの一歩から間違いがあるかというと、
自分で自分のことを死守すること、自分のことは自分で守るということをせず、
任務を成し遂げることこそ何よりも優先する、と考えていたこと、そしてそこに
成功体験の記憶(感覚)をきっと持っていたこと、結果、自我の死守ということ
に対して危機意識があまりに欠落していたこと。


・・・


7/7(月)

仮眠していた最中か、眠りにつく直前に、急に「アートブラフマン」という
言葉が妙にリアルに浮かび上がった。思わず口から出てしまったほどだった。
今まで考えたこともない言葉で、この言葉だけが映像をともなわず想起された。

たしか、と思って、ブラフマンという言葉は、大学の宗教学という授業か、
ちょうどそのとき2年近くはまってしまった精神世界の本で見たことがある
と思って、そういえば、これはたしか「真我」という意味で翻訳されていたこと
を思い出した。とはいえ、それは何度か目にした程度での認識しかない。
(後に気になってネット調べたけれど、アートマンという言葉はあって、これも
当時きいたことがあったが、アートブラフマンという言葉はなく、まったく謎。)

なんだか精神世界の言葉がまじっていると思ったときに、居心地が悪くなって
素通りしようと思ったけれど、これもまた、AC人格の挙動なのは明らかだった
ので、しばらく時間が経ってしまったが、意味のわからないこの言葉に意識を
向けてみることにした。

この言葉に意識を向けなおしたときに、その言葉から受けたイメージは、
「何かを構築し組み立てる技術職」という雰囲気がした。クラフト、という
言葉のイメージと重なるようにも少し感じる。たぶん言葉の音からのイメージが
強く印象づけているような気がした。アートブラフマンという言葉は、そういう
技術職にあてられた役職名のようにも感じた。もしかしたら、こういった類の
任務をずっと昔いた世界で担っていたのかもしれないが、それもこの言葉だけ
からでは、今のところわからない。


・・・



 ・・・ 「(5)素材集めと自己分析(検証)」に続きます。



2014.07.11
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-11 20:51 | 復元ノート 1

(3)素材集めと自己分析(検証)

 ・・・「(2)素材集めと自己分析(検証)」の続きです。


・・・


今まで生前の自分を想起する際には、なんとなく自然に「母親」を通過して
生前を見ようとしていることに気づき、いったん、今度は「父親」を通して
生前を見てみよう、そう思った時、なぜか、わたしでなく、父が子どもの頃の
姿(以前に写真で見たことがある父の少年期の姿のように思える)が想起され、
まずそこで思ったことは、「わたしと見た目として似ている」ということだった。

見た目というのは、その雰囲気や表情、しぐさなどもわたしに似ていた。
成人してからの父とわたしは似ているともまったく思わないし、今までも
そんなこと思ったことすらなかったが、この少年期の父とわたしはどこか妙に
似ている。

ここからは自分でも今まで思っていたストーリーとは整合性がつかないのだが、
ノートしてみたいと思う。

父の少年時代の彼(以下、少年父)のことを思っていた時に、急に「契約の場面」
が想起された。これがまず「えっ?」と思ったことなのだが、そこにいるのは
わたしではなく、その少年父と、なぜか、Pさん、それもPさんはむしろ年
とっていて、妙にえらそうにのけぞって、ヘンクツそうなお婆さんになっている、
そんなPさん(以下、老婆P)が、契約の場面にいた。

そこは中間状態のイメージだが、わたしの姿も母の姿もない。そんなことあるか?
と思ったが、イメージされたのは、少年父と老婆Pが契約を交わしている光景の
ようだった。詳細はわからないのだが、ここで次に想起されたのは、どうやら、
「わたしとPさんとひきあわせる(?)」約束(契約)のようなものを、老婆Pが
提示したことに対して、少年父は了解したようなのだ。

つまり、少年父の子をひきあわせるように、と老婆Pが提示し、少年父が同意
した、とういうような流れ。とりあえず老婆Pはなんだか態度も横柄でえらそう
だった。「えらそう」というより、少年父の立場と違って「上位」にいるような
雰囲気で、少なくとも同じ立場、対等な立場にいるとは思えなかった。そこに
力関係があるようだった。

「もしかしたら、わたしが生まれるはるか以前に、わたしにPさんがあてがわ
れることが、Pさんと父との取り決めで、すでに決まっていた??」

と、ここで感じた。(だから、なんとなくPさんはわたしが選んだ感じが
しなかったのだろうか・・・?)

このこと以上、このシーンから次に読み取れること、見えてくるシーンは今の
ところないのだが、それからふと思ったこと、思ったというより、ぞわ~っと
寒気がしたのは、

「Pさん、この人、いったい誰だ?」

ということだった。つまり、今までは思いこみだとしても、わたしはPさんと
出会ったのは偶然ではなく、前世でも一緒だった、共に過ごした仲で、このこと
が今回の今のわたしの生に大きな影響をもたらしている、と、そう、漠然と
思いこんでいた。でも今回ここではじめて、こう感じた。
「それって本当だろうか?」と。

あのショートカットのボーイッシュな女性と自分が一致しているように感じて
いながら、どこかズレがあり、「これは誰の記憶だろう」と思ったことがあった。
今回はその違和感がさらに拡大された、そんな感覚に襲われた。わたしは本当に
Pさんと一緒だったこと、あるのだろうか?さらにこんな考え、ぞっとするを
通りこして、気味がわるい考えがよぎった。

「もしかして、父の記憶なのでは・・・」と。

Pさんと一緒にいたのは父じゃないのか?そうとすら感じてしまった。再度、
思った。「Pさん、この人、いったい誰なんだ?」と。

気味がわるいを通りこして、気持ちわるくなってきたが、わたしが思いこんで
いる「Pさんとの関係性」は、父とPさんの話、なんじゃないだろうか?
こんなことってあるだろうか?

そこにわたしがどうしてだか入り込み(利用され)、なんというか、本来なら
父がする役目を、今回いっとき、「わたしが代行している」、という、父の代行役
をやっていたりはしまいか?

だとしたら、母の分身役でもあり、父の分身役でもある。母の分身役が子ども
時代のわたしの20年間の姿なら、父の分身役が成人後20年間のわたしの姿。
そういうことにならないだろうか?

父の少年時代の「面影」が、どこかわたしに似ているのも、すごく気味がわるい。
「わたしは父なんじゃないか・・・」と思った時、逆に、「わたしは今わたしが
わたしと思っているようなわたしじゃない」と感じた。「わたしの目は母の目だ」
と感じた時とも、どこか似ている。あれだって、父の顔色をうかがっていたのは
「母」なのだ。

母と父の「肩代わり」「分身」。なぜ、そんな生き方を選んだのか?

このことに関連して、あらためて、そういえばそうだった、と思いなおしたこと
があった。Pさんと出会って付き合い始めたとき、彼女には「自分がPさんを
守る」と言った記憶があります。好きだからとかじゃなく、ただ「守りたい」と
いう思いを伝えた。でも、これはどこか形式的に感じる部分があって、もっと
本心はどこにあるかといえば、「彼女の人生を生きたい」というものがあったと
思う。出会った瞬間そう思った、という記憶はないのだが、付き合っていく中で、
この感覚は確かにあって、「彼女のために」とか「彼女にのっかって」とか、
それならここにまだ奉仕したりのっかろうとする「自分」がいる感じだが、
その時わたしにあったのは、「わたしがPさんになってしまいたかった」という
ものだったと思う。肩代わり、分身、これに近い感覚だった。

こう見ていくと、Pさんのみならず、母と父に対しても、彼らの(他人の)人生
を生きることをやってきたことになる。自分の人生を生きるのでなく、なぜ、
他人の人生を生きることを選んだのか?


・・・


7/5(土)

夢の内容そのものより、目覚めたときに感じたこと、この日だけでなく、
ここ二日間くらいなんとなく感じたことをノートしておきたい。

今日、これは目が覚める瞬間なのか、直前なのか、直後なのかよくわからない
のだけれど、すごく感覚的な記憶なのだが、「足りない」という感覚がよぎった
気がした。これはわたしにとって、驚きでも意外でもない、といった印象のもの
で、「やっぱり、いつも、足りない」という「了解」のようなものが、自動的に
なされている感じで、これが第一声のようで、すばやくその直後、あの自分の
「甘く見た姿勢」と感じるもの、「たいしたことはない」という、これも即座の
確認のようなものが起こり、このどこか「自虐的なスタンスにピントをあわせた
ようなところ」から徐々に目が覚めてゆき、ここから、どんな夢だったろうとか、
あるいは起きようとか、こういう今の自分の意識に戻っていくみたいだった。

以前自動的にしばしば流れていた「こんなことしていていいんだろうか、こんな
ことしていてはダメだ、何をやるんだっけ?、何をすべきだっけ?」という声
それ自体は、最近起こりにくくなっている。そう意図的に考えない限り、その声
はスタートしない、という感覚。

これは今のところ想像なのだが、この以前の第一声と思われたものが、
「役目を思い出せ」という衝動のようなものだとすれば、今日のようなわずかな
感覚の信号、「足りない、欠けている、やっぱりね、でもたいしたことない」と
いったものは、自虐を肯定する準備のように思える。この準備は、「だからAby、
役目(すべきこと)を思い出せ。そういうことだろ?」と、そこにつながって
いくようにも感じる。

この目覚める瞬間から、昨日感じた「自分がダメなのは知っている。でもそれで
いいんだ。だから、何か役目につくんだから(従うんだから)」という衝動が、
この瞬間にすでに自動化され、組み込まれているように感じた。そして、日々の
わたしの行動は、「誰かの何かで在ろう、居よう」とすることがベースにある、
そう感じた。


・・・


午後、しばらく外を歩いていた。AとBの作業をしながら歩いていたのだけれど、
何か想起されるわけでもなく「何で自分はこんなに〝もぬけ〟のようなんだろう
・・・」と昔もよく感じていた虚無感が、久しぶりに強く意識され、またこれか、
どうしてこうなんだろう、でもなぜなんだろう?、なんで虚無感のように
ネガティブな感情をどうして自動的に抱いているんだろう、今は身体の痛み
だってないし、何か足をひっぱられて強く邪魔されるわけでもないのに、なぜ、
こうなんだろう。なぜ、「自分はもぬけのようだ」ではなくて、まさに今、そう
いう邪魔がないのだから、「何でもできるんだ」くらいに、どうして思えないんだ
ろう・・・こう考えたりすること自体、ここにまったく分析的な視点すらなく、
ただ唱えるように、どうしてこんな自分なんだろうと繰り返す自分にも嫌気が
さし、まったくちょうど一年前の、不快堀りを開始する前の自分にそのまま
ポンと戻った気もしてきて、でもしかし、この自分を勝手に虚無感でイメージ
してしまう自動的な反応は何なんだろう?・・・

昨日も「役目」のことを考えていたからか、なんだかこれは「役をほされて
いる感じだ」とも思ったけれど、何を考えても、どうもしっくりこない。
歩くのをやめて、もう一度、家の中で、作業の続きをしていた。

しばらくして寝入ってしまったのだが、起きたとき、頭の中がぐわっと充血し
脈を打つような感じが強まったが、これ自体はめずらしいことでもなく、AとB
の作業を開始してからは、寝起きの瞬間、とくに作業の真っ只中に寝入って
しまったときの目覚めは、よく、こうなった。

これはこの頃感じることだが、起きた直後に、すぐ生前の自分にピントを
あわせようという意識や自分の性質といったものへの関心に意識は向くの
だけれど、以前と違うと感じるのは、「それ以外の妄想」がなかなかスタート
しないことだった。「生前の自分」の状態を維持していようとする感覚が、
優位に立っている。

ここで、今日は、ひとつ気づいたことがあった。その最中に、「あ、そういえば、
自分はもぬけで虚無感を抱いていた自分だったよなぁ」ということを
「思い出した」。なのに、「その自分」に移らない。今横たわっている自分には、
こんな虚無感は見あたらない。しばらくして探してみようとしても見あたらない。

何度かそうしているうちに気づいたのは、「あ、そういえば、自分はもぬけで
虚無感を抱いていた自分だったよなぁ」と言う時のその「自分像」は、なにやら
姿かたちがあって、身体があり、何も特別でもなく、わたしがいつも「自分」と
思っている姿をそこにあてているのだけれど、その「自分像」と、今横たわって
いる自分は、違う二つのものだった。今横たわっている自分には、「自分像」と
いう(なんともチープな)姿かたちというものがない。そう思った時に、ハッと
思ったのは、先ほどの散歩中にわたしが「自分って」と思っていたその自分と
いうのは、あてがった自分像、それは「自分役」という、これまた役目のような
位置づけにあるものなんじゃないか?ということだった。

わたしはその「自分役」に意識を向けて、昔から、それに向けて自問をしていた。
「自問している」つもりだった。なぜ自分って何もなく、からっぽでつまらなく、
退屈で、こんなことしていていいんだろうか、自分は今何をすべきだろう・・・
こう考えても考えても、ここから1mmも別の何かに移れるわけじゃなかった。
なぜか?これは「自分役」という実はすでにフィックスされ、あてがわれた
「そういう役」だったのではないか。あてがわれた、というか、自分で無自覚に
あてがっていた「自分像」なのではないか?こんなふうに考えてみた。

「自分役はつまらない、たいくつだ」と一見自問しているようで、それは
「自分そのもの」でないどころか、自分というのをそういうふうにイメージ付け
をすることで、「他の誰か、他の何か役」になりかわること、他の誰かの人生を
代行すること、ときにそれは利他的であることを正当化することに、その
「自分像」を利用してきたのではないか?

ちょうど一年前、ブログを書き始める直前に、崩残さんから、「全自動自虐
装置」「全自動自問停止装置」「全自動自己嫌悪抑止装置」ということを
ご指摘をいただいてからこの一年間、これがどういうことなのか、しっくり
理解することができなかった。ここ数日になって、このことのからくりが
見えつつある。

「自分役という自分でない偽りの自分を設定し、自問できないようにさせ、
ダメな自分と自虐的に位置づけることで、そういう自分でよしとし、他の
何者かの役回りに扮することに自ら駆り立てていく」

こういう仕組みだったのではないだろうか。父役、母役、Pさん役、残りは、
「自分役」。自分役はそもそも不幸役だから、そいつが演じる楽しみなど、
「不幸でも気持ちいいよ」という歪んだ快楽でしかない。きっとわたしが自分で
「これが楽しみだ」と自分で思いこんできたものは、そういうものだった。
そんなちっぽけな快を基準に、自分のやりたいこととかを考えてきた。それで
ずっとやったつもりでいたし、それ自体はやってきた。でもずっと自分はからっぽ
だった。当たり前だ。はじめからそのからっぽの自分役をあてがっておいて、
「不幸でも気持ちいいよ」といい続けてきただけなのだから、何をどう達成
しようが成功したと思おうが、戻るところはその「不幸」であり、それでいいと
した「からっぽの自分役」だったということ。

自分を少なくとも四つ、「父役」「母役」「Pさん役」「自分役」にバラバラにした、
ということが、そのずっとはじめのほうにあったのではないだろうか?

今書いていて、あらためて思ったことだが、そもそも歪んだ利他性というのは、
こうやって自分を一部(自分役、自分像として)きりうりし、つまり自己犠牲し
その上で何か誰かの役を「その人のため」と称して駆り立てていく、こういう
構造自体のことじゃないだろうか?

この構造に入りこんでしまうと、「自分のため」が「自分役のため」になって
しまう。これは自己犠牲でしかなく、利己では全くなく、このループ内そのものが、
自己犠牲にもとづいた(ことにすら気づきにくい)幻想上の「利他活動」という
ことにならないだろうか。

だとしたら、なぜわたしは、こんな自分をバラバラにすることを希望したりした
のか?つまり、今回(今までもずっと)感じたような虚無感のようなものは、
生前の自分の性質でもなんでもなく、自分役という作られた部分の性質である
なら、それ以前の生前の自分の性質として、何がそうさせたのか。そこにあった
自分の価値観や衝動とは何だったのか?


・・・


Bの作業を意識しつつ、ふともう一度、前回やってみたように、生前という
時間軸を意識しないで、子ども時代でもいいから、そこから生前の自分の性質が
見られないかどうか、ということに注意を向けてみた。

前回やってみたから、というより、それよりも、前回にふと小学生の頃の記憶の
ふたが開いたと思った時の、あの自分の動きを遠目から見えていた別の位置
(視点)があったのを思い出し、その視点で過去をさかのぼってみようと思った。
中学生頃の学校のシーン、小学生の頃、横丁で友だちとボールで遊んだシーン、
少しずつこの視点になれてきたところで、2、3年生頃の自分が、近所のおもちゃ
屋さんでおもちゃをいろいろ見ているシーンを思い浮かべていた。

すこし不思議な感じなのだが、主観的な映像や記憶でないので、実際にあった
具体的な出来事を思い出すといった感じではなく、おもちゃを選んだりしている
自分のシーン(姿)を想起している、といった感じ。きっとわたしはこういう
動きだったろうと思わせる。それで一番気になったことがあった。

それは何より、わたしの行動の「一手目」、その初動が、すべて「観察」から
入っていることだった。これは大人になっても今に至るまでずっとこうだから
何も疑問に感じたことはなかったが、今回、これが奇妙に思えた。ふつう、
もっと「好奇心」のようなものから行動というのは起こるんじゃないだろうか?
そう思った。もちろんこれは、わたしが頭で考えている「ふつうは」という
ものなわけだけれど、このふつう、好奇心から入って、それをもとに観て、
行動する、ということだとしたら、わたしの行動パターンはこうではなかった。
「観察から入って」→「すべき行動をとって」→「これに興味がある(と思う)」
という順番をとって、つねに行動していることに気づいた。

好奇心がはじめになく、とってつけたように「一番最後に」それらしきものを
つけているが、これとて、「ここに好奇心や興味があるということだと思うんだ」
と無理におとしどころをつけているだけで、本心としての興味でも好奇心でも
あるようには、全く思えない。この「へんな」順番をとっていること、好奇心と
本当に思えるものが不在である上に、ごまかすように「これ好奇心」と思いこむ
ようなやり口、そもそも「観察」という何やら業務的なしぐさから必ず入る
不自然さ・・・。どうしてこんな行動パターンをずっととっているのか。これが
わたしの性質のひとつだとしたら、何のために必要とする性質なのか?

今日「役目」のことで考えていたことと結びついたところがあった。そもそもが
自らの意思や好奇心で動いていたら、他の人の役にいくつか自分を分割して
自分をきりうりすること自体考えにくく、最初から役とかいわず、「自分一本」
でいけばいい。まったく当然のように思える。

でももしもそうでなく、はなから自分をいくつもの役に切り刻んで、そこから
スタートしようとする場合、観察から入ってすべき行動(すべき役割を把握する)
に出るという順序がうまく機能してしまう、ということではないだろうか?

少なくとも好奇心、自分の意思が優勢されたら、そもそも、自己犠牲の上で
成立する利他に同意するとは思えない。しかし、好奇心や関心といったものに
限らないが「自分の意思」といったものが行動パターンの「最後尾」に位置
づけられ、よく観察し、何をすべきかよく考え判断し、そこで導かれた行動が
「自分がやりたかったことなんだ」と納得しましょう、という思考回路であれば、
誰役をしようが自己犠牲しようが「そういうことに興味があった(んだと思う)」
ということになって、まさにわたしが自我復元に出会う直前「やるべきこと、
やりたいことはやった」と完全に誤認する結果となるのではないだろうか。

わたしはほとんどにおいて、好きなおもちゃなど選べていなかったのだ。
二度だけ、「いいの買ってもらったなあ」と思った記憶がある。いやいや、
問題なのは、たった二度しかなかったことだ。(しかも思い出すと、なぜか、
こんなの買ってほしいとか言っちゃった、悪かったかな、と母に罪悪感を
抱いた記憶がある。「自分役」としては違反行為だったのかもしれない・・・)

自分の意思から入らずに「観察」から入るという性質は、すくなくとも、
自己犠牲の上に成立する利他性には歓迎される要素だったと思われる。


・・・



 ・・・ 「(4)素材集めと自己分析(検証)」に続きます。



2014.07.11
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-11 20:51 | 復元ノート 1

(2)素材集めと自己分析(検証)

 ・・・「(1)素材集めと自己分析(検証)」の続きです。


・・・


Pさんと話をしていて、ひとつ、わかったことがあった。それは、結局、
わたしは、Pさんを守るという役目の「対象」としてしか、彼女を見ていない、
ということだった。言い方をかえれば、今もなお、「そういう対象」として
見えていて、その「関係性から」抜け出せていない、ということだった。

Pさんと話していて、どんなときに不快感を感じるかというと、Pさんを守ろう、と
自動的にしてしまうとき、ここに不快感を感じる。ここに自分の舵がまったく
ないからだ。自動的な作業のようにしか思えず、後味の悪い不快感が残る。

自我復元を進めていくにつれて、この不快感が生じる頻度が増えていったから、
それでどうなっていったかというと、「守ろうとするのを意識的に避ける」と
いうのをやっていることが多かった。そうするとどうなるか?当然、罪悪感が
残る。守ろうとすれば不快感、(意図して)守らなければ罪悪感。それともう
ひとつ、「守る」とは無関係な会話というのがある。世間話のような類だったり。
これで残るのは、不毛感や徒労感。なぜだろう?どうして不毛感が残るのだろう。
たしかにつまらない話も多いだろうけど、世間話って、他の人も普通にするよね?
こんなつまらないものだったろうか・・・と思ったとき、これもまた、Pさんを
「守る対象」としての役まわりとしてしか見ていないことに気づいた。
つまり、世間話というのは、守るだけなら「する必要のない会話」なのだ。

考えてみた。ふつうの関係性なら(いわゆる恋人)、役目とか無関係に、好きなら
守ろうとするのも人の心理としてはごく普通で、「自分の舵じゃない」なんて思う
ほうがへんだ。世間話もつまらない面白いはあっても、不毛、とは思うだろうか。
それで今さらわかったことは、好き合ってわたしたちはつきあってきたのでなく、
役回りとしてしか、お互いを「認め合ってこなかった」ということだった。
(ただ、わたしが自分の舵でないことの不快が麻痺していて、かつ、平気に
自己犠牲的な関わりをしていたから不毛感すら麻痺していただけだったのだ。)

Pさんを「役目遂行のツール(対象)」としか考えていない。でもこれは、わたし
が、役目遂行を優先したくて「自ら望んだ当然の結果」だったということ。

そしていまだ、この不快感や不毛感が、ある。「ある」ということは、つまり、
わたしがPさんを守る「役目」だけは、残存しているということで、それは
どういうことかというと、わたしがその役目だけは、許容してしまっている
状態だということに気づいた。この役目からはまったくおりられていない。

ここが最近、すごく気になり、生活のなかで仕事のなかで、感覚として強く
嫌な感じがする部分だった。Pさんを守ることだけは、その余地をどこかずっと
残している。つまり、その分は「自分を削り落としている」「自分を欠かせている」
その状態にあることを知っているのに、今日も、また今日もその状態でいる自分
に、気持ち悪さを感じていた。ここは無視できないところ、本腰を入れて、本当
に直視して、もう取り組んでいかなければならない事だ、という感覚がここ数日、
前面に出てきていた。

本当は、これはここ数日のことでなく、ずっとモヤモヤしていたことだった。
ただこの部分を脇目で見つつも、通りすぎてしまい、取り組んでこなかった。
その後回しにしてきたことが、そっくりそのまま、残り続けた、ということ
でしかない。

Pさんを守る、守らなければいけない、ということが、わたしがわたし自身で
あること、そこに戻ること、わたし=わたしになることを妨げている。


・・・


7/3(木)

夢の中で、異質に感じた二つの種類の内容の出来事があり、目を覚ましてから、
それを思い出していた。夢を思い出している最中に、自分の生前の性質に焦点を
あわそうとした時に、こんなシーンが想起された(夢の内容でなく)。

白い縦長の棒のようなものが地面につきささっている。上から、「天女一・・・」
と漢字が書かれていたけれど、その次の文字以降はわからなかった。
ただ、この文字を見たときに、「天」は命令・指示のこと、「女」は文字通り
女性のこと、「一」は一番にする、一番に考える、きっとこういう意味だろうと、
即座に感じとることができた。

今日の夢は、自分がいけないと思いこんでいることに対する反応やそれに乗じて
出てくるAC人格の挙動そのものだった。「生前の自分の性質」という意味では
ここから汲み取ることはできなかったのだけれど、この二種類の夢の内容は、
「天」「女」に関することであったのは確かなので、内容は記録しておきたい。

一つ目は、Pさん、母、親戚(たぶん父の兄の妻や子)、また小学校の時のクラス
にいた子、すべて女性が出てくるのだが、みんななぜか裸に近いシーンで、ここ
でのわたしのありようは、なんだか、彼女たちの性の道具のような扱われ方で、
彼女たちの欲求のままなされるままで、夢の中というより、実際に不快に感じて
いた。この不快を察知している時は、なぜか夢を客観視しているようで、リアル
に不快だ、とまるでいつも起きている時に感じる実感を伴って抱く不快のような
ものだった。自分の舵がとれていない、そういう類のもの。その意味では、
もう一つの夢も、同様に、夢の中でありながら、その時は起きている時の自分が
感じているように不快を感じた。

もう一つの夢はこういう夢だった。

中学・高校でおもに担任になったR先生が出てきて、どうやら英語と数学の
宿題やテストのようなものを提出しなければならない期間だったらしく、どうも
わたしはそれをやっておらず、別のところの範囲の内容をやってしまっていた
ようで、他の人たちはちゃんと言われたところをやり、提出したのに対して、
わたしは提出できず、かわりに自分が(自習のように)やっていたことが
びっしり書かれたノートを見せて、これじゃダメなのかどうか、R先生に説得し、
認めてもらおうとしていた。

「したことにしてほしい」

これがその時のわたしの要望だったみたいだった。

R先生から、「すべきところはそこじゃなかったわけだし、まあ、じゃあ一応見て
おくけど(期待しないでほしい)」のようなことをわたしは言われた。わたしは
その時、友人からその提出すべきプリントをさっきにも借りて、何でもいいから
書き写してでも提出すればよかった、とすら思ったようだった。というのも、
どこかでわたしは「これ、やるのかな?」とは思っていたみたいで、でも、どう
考えても先生が指示した(と思われる)期日までには到底出来そうにない、と
思っていた部分があったようだった。

このあたりは感覚的に残っている夢の記憶なのだが、R先生から、
「自分で勝手に考えて(判断して)やっちゃダメでしょ」と言われた印象の場面
で、わたしはそこでも言い訳として、「でも、順番からすると、この図形の範囲を
やっていくものと思っていたので、それをやればいいのかなと思ったのですが」
のようなことを言ったような気がするが、そういうことに対しても、R先生は
即座に、「図形が好きじゃない先生もいるんだから」と言い、だからその範囲は
とばすことだってあるでしょ(そんなこともわからないの?)と言いたげで、
それに対してわたしは全くたちうちできずにいたが、それもまた自分で胡散臭い
言い訳で、はなから、

「したことにしてほしい」

と、それだけをR先生に認めてほしい、許可してほしいという動機がそこにある。
いや、これしか、わたしのそこでの行動に対しての動機はなかった。

夢の中であったが、不快で、どちらの夢も自分の意思を失っていた。
後味の悪い夢だった。


・・・


Bの作業をしながら、Pさんをなぜ、わたしは選んだのかということに焦点を
あててみてみたいと思い、母や父の場合の写真のように、Pさんの顔をイメージ
してみた。固定的な映像はない。

しかしどうも、思い描くPさんの顔の印象は、髪の毛がすこし乱れ、暗い雰囲気
で、頼りなく、わたし次第でどうにもなってしまいそうな「籠の中の動物」の
ように思える。そんな弱々しさを想起させる。どうしてだか、あまりの無抵抗さ
を彼女に感じ、ふと、その無抵抗さに苛立ちのようなものを感じ始めた。

「何でPさんは、わたしの言うがままに、ただそれにのっかるように今も今まで
も生きているんだ?!」

と、そう思ったとたん、自分は何を今、考えたんだろう?
あれほどわたしはPさんに都合のいいように、気がつけば、すべてはPさん一色
になってきたことを見てきたではないか。なのに、どうしてこういう思いが、
こういう真反対な思いが、今なお、よぎるんだ?おかしすぎる。

Pさんは自分のいいように、わたしを利用してきたはずだし、その都度その都度
結果的には彼女の思うがままの(たとえそれがPさん本人に不服であろうと)
状態を、毎回毎回、つくってきたではないか・・・。そう思った時、わたしの中
に、こういう考えがあることに、ふと、気づいた。

「わたしはPさんを不幸にしてしまっている」

この罪悪感を、なぜか、持っていた。考えてみたら、20年間、自覚の濃淡はあれ
ずっと抱いてきたものものだった。この罪悪感のようなものが、思えば、Pさん
に対して、何をするにせよ、しないにせよ、動力となってきた。
「彼女を幸せにしなきゃ」という、ただそれだけを、何も考えず、その衝動と
罪悪感で、ずっとやってきた。

今もとなりの部屋でなにやらやっている物音がする。
ただこれだけで、わたしは何か「痛ましく」思え、Pさんを不幸にしてしまって
いる罪悪感を抱いてしまっていた。

いや、それにも気づかないほど、これは自己同化していたのだが、今ふと、
「全く違うこと」を思った時に、この罪悪感があることにはじめて気づいた。
その全く違うこととは、

「彼女は、これでいい、と、今も今までも、ずっと思ってきたのではないか」

ということが感じとれたとき、わたしはまったく違った思いこみを、最初から
今まで、途絶えずにずっとしてきたことに気づいた。

「わたしはPさんを不幸にしてしまっている」

抱く必要のない罪悪感だ。しかしこれは、Pさんにとっては、本人は無自覚
だろうが、わたしにずっと(事実とは無関係に)そう思い続けてくれることを
望んできたのだろう。それと、わたし自身も、誰にも責められていないのに、
わたし自身が、この思いこみを採用していた。それも無自覚に。

これ、この思いこみが「思いこみであること」に気づかせないことが、二人の
間の役目でしかない「守る、守られる」といった血の通っていない関係性、
契約内容を遂行する上で必要なことだった、ということではないか?

隣の部屋から聞こえる物音の印象が変わった。不幸な音でも、痛ましくもなく、
Pさんはそれでいいと、今も今までも思ってきたのだ。彼女が不満を漏らし、
時々もう死にたいと定期的にわたしに伝えるパフォーマンスがパフォーマンス
であることにいつも気づかず騙されてきたのは、このわたしの中にある「わたし
はPさんを不幸にしてしまっている」という罪悪感を、わたし自身が「役目遂行」
の為に、自ら無意識に望んで持ち続けてきたからじゃないだろうか。この罪悪感
があればこそ、幸せにしなきゃという衝動が機能するというからくり。


・・・


ふと、一瞬だけれど感じたのは、「これ以上、自分をおとしめたくない」という
感覚は、もしかしたら、生前の自分にもあったのではないか、という気がした。
とくにBの作業をしていたわけではないのだが、そういう感覚が一瞬だが
強くよぎった。以前、「もう終わりにしたい」という言葉が、何度かBの作業中に
よぎったことを書いたけれど、それを書いたときは、この「終わりにしたい」と
いうものへの印象は悲観的なものとして抱いていたけれど、今回、またこの
「もう終わりにしたい」という言葉を思い出したとき、それはどこか、「これ以上、
自分をおとしめるのを、これでおしまいにしたい」という気持ちがあったのでは
ないか、というものに言葉の捉え方が変わったと感じた。


・・・


7/4(金)

夢の内容として何かインパクトがある場面を思い出せたわけではないが、
夢全体の印象を通して感じたことがあったので、ノートしておきたいと思う。

またこれは、このごろとくに感じることだが、寝起きの今の状態と、とくに
Bの作業をしながら眠りに入ってしまう直前の状態は、生前の自分の状態に近い
ように思う。といって、何かメッセージを必ず得られるとかではないのだけれど
この時に感じとったりよぎる考えは、生前の自分の性質の一部を反映している
だろう、と感じることが多い。

今日の夢は、考えてみると、これは日常的にも漠然と感じていることなのだが、
わたしはどこかで自分を「ガード」している。これは、自分を守れている、と
いうことではなく、そういう意味ではなく、このガードゆえに、つねに、自分の
ままでいられず、つねに、不完全燃焼で腐った目をしていると、そう自分でも
わかるような、そしてそうわかりながら生きているという違和感、不快感の
ような「障壁」がある。

今日の夢で感じたのは、その自分というのは、つねに「言い訳」を用意・準備
しているようなものがあること、もしも誰かから何かを聞かれたり、どうしてか
たずねられたりした時は、「〇〇だからだ」とちゃんと説明をしなければならない、
これは強迫観念かもしれないが、わたし自身はその自覚はなく、こういうことを
いつもパターンや日課のように淡々とこなしていて、ここに自分自身の不在感が
虫食いのようにボコボコある、といった感じ。

相手に反応して出来事が進んでいく。

この相手に反応して人生が進む、ストーリーが進む、というのは、わたしに
とっては全く当たり前で、ずっと自明なことだったのだけれど、これって、
「自明なこと」なんだろうか?と、今回の夢で疑問を感じた。すごく雑なたとえ
だが、バッティングセンターで、球がいろいろな速度や位置に飛んでくるのを、
打ち返す、ただそれだけで自分の人生が「埋められている」。

もっとそうでなく、「自分が歩いていく」「自分で何かアクションする」ことで、
ストーリーが進む、物事が展開する、というのが、なぜ、全く無いのだろう、と
今回、感じた。今日の夢だって、「わたし以外」の登場人物のキャラや言動でその
場面設定が構成され、展開が再生される。わたしはそこで反応しているだけ。

このことは顔色をうかがうAC人格の挙動を分析しているときも掘っていた内容
でもある。このAC人格の挙動の典型的なふるまいだが、ここでも気になるのは
コイツの出番を許し、のさばらせる用意や準備のようなものが、自分の生前の
性質の中にないだろうか?ということ。

続けて、Bの状態に居るようにやっているときに、感じたことがあった。
時々わたしは「自分が女性になったような」そういう感覚になり、あるいは
そう考えたりすることがあるが、こうやって自分を「女性」と重ね合わせようと
したり、無意識にスッと重ね合わせてしまう時には、ここに「ズレ」のような
ものが「わずか」残る。「一体となってしまいたい」というのは、わたしの衝動的
自動的反応であって、「本当にそれは自分か?」というと、どこか違う。

うまく言えないのだが、今日も、このBの状態に居るようにした時に、自分を
女性と重ね合わそうとする動きが見られたが、その時に感じたことは、先ほど
書いたような「言い訳の準備」らしきものを、ここにも感じた。わたしが女性に
なる、なろうとすることで、もう何か失ってはならないものを手放した、
あきらめてしまった、という感覚がある。

おそらくこういう「あきらめ」のようなものが、わたしの日々、わたしの人生の入口
の入口にあって、これを言い訳にしながら生きている。「だから〇〇なんだ」
という(説明の)準備をし、つねに他者の言動に反応だけしている。かつて、
Pさんへの依存を決めた時も、この感覚があった。

「わたしがわたしのままでなく、何かになる、何かである、何かであろうとする」

この何かが「役目」という仮面のようなものであるようにも思った。「役目」と
いうことにこの頃意識を向けているせいかもしれないが、今思うのは、この役目、
たとえそれが「女性」という役目のようなものでさえ、それが自分が生きる上で
好都合であり他者に説明可能で無難にこなしていける術であろうと、役目という
「仮面」をかぶっているという、この保身、ガードがあることが、自分が自分で
ないといった感覚、虫食いのように自分が不在な感覚、違和感、不快感を、
どうやら感じさせているようだった。

そして今回は、この「女性」という自分に対するイメージ付けも、それは「役目」
としての仮面のようなもので、これは今ふと、もしかしてと思ったことだが、
無自覚にあのボーイッシュな女性と自分を重ねる感じで、「Pさんの護衛役として
の自分」という仮面をかぶってしまっている、ということではないだろうか?

こう感じたとき、この「女性」というイメージは、自分と分離可能なもののように
思えてきた。逆にいえば、今まで、自分で好んでこのイメージを採用してきた
ように思ってきたが、そうではなく、役目という足かせに気づかず、とらわれて
きただけではないだろうか。


・・・


「これ以上、自分をおとしめたくない」

そういう気持ちを先日、そして今日と確認した。今回もいつもと同様、
こうやって分析したり掘り出したりしようとする自分の姿勢のなかにこそ
AC人格が顔を出してきて、その都度、向き合うことが多かった。
そのAC人格に足をひっぱられながら、格闘しながら、それでもそのループから
距離をとりながら、その末に、「自分を取り戻すこと以外、何があろうか」と
思い至ることが多い。

わたしの中の、たとえば、「気づいた」と言いたくなる衝動、それを確認したく
なる衝動は、強烈な不快感をもたらす。舵がとれない代表的なもので、しかし
これを維持しているのもまた、「自分はダメだ、こんな自分ではダメなんだ」と
いう自己否定でしかなく、ここに足がとられている限りは、「自分を取り戻す」
ということ、そのことに気づかなくなる。正確には、そう思っていたはずの
自分の意思や決意がぼやけていく。だから焦って自己確認しようとすることが
またさらに、自己否定を核としたAC人格のループを温存させる燃料になる。
これは一言でいえば、成長しなければ、という妄想だと思った。

自我復元と自己分析を通して見てきたことは、「自分を取り戻せば、もうすでに
そこにすべてはじめから本来備わっていたものばかりだ」という理解だったし、
成長する必要もなく、気づく必要もなく、「自分にとって」必要なものはすべて
そもそも備わっていたはずの「元の自分」に戻るためにやっている。それを
自分で「戻った」と思えないのなら、何ひとつ、自分にとっての意味などない。
意味がないというのは、不愉快で、リアリティーのない動作を繰り返すロボット
のまま、それこそ拷問的に生きる、それは生きていない、ということ。

わたしの場合、「何のためにやっているのか」という自問が発生するときが、
最もあやしい。なぜ、そういう自問が発生するのか。何かのために向かって
いれば安心だ、という、これも結局は、自分よりも何か別の目的や役目を
上位に置いてしまっている考えで、本当はそれこそが恐れの原因、「賞か罰か」
に取り込まれているのに、自らそこに飛び込んで、なんとか罰を逃れようとする
馴染みのある成功体験と思いこんでいる記憶が、邪魔をしてくる。
これもまた、二通りの評価基準しかない「良し悪し」基準。顔色人格は
こういう場面でいざ自分の出番だ、と名乗りをあげてくる。わたしは
「自分以外の」役目や目的の一部になろうとする、この動機、「何かのため、
何かの役目と重なりたい」という動機が、わたしの場合、「何のために
やっているのか」という自問の発信源になっている。

だから、ここでいくら「自分のため」といったところで、そういう自分という
ものに対してはすでに「自我復元者」であったり、「AC人格を掘る人」だったり、
「生前探索をする人」であったり、無自覚にそういう役回りを自分にあてて
しまっている。そういうときは、いかにも目的や内容をしっかり把握しています、
といった演出が入りこむので、何をやっても捏造しかできない。なぜなら、
自分以外のところから、言動の道具を借りて、それこそAC人格が納得のいく
ストーリーしか、作り出せないからだ。

こういうことを、このところいつも、何度も取引の場面に立ち戻っていくと、
やはりここに見えてくるのは、その動力として根っこにある自己否定だった。
当たり前なのだが、「これ以上、自分をおとしめたくない」と思うとき、そこに
自己否定は入りこめない。これは決して、何かになるもの、何かに成長して
手にするものではなくて、元々わたし自身があったものとしてとり戻すべきもの
であることを、本当はわたしは知っていた、と理解するとき、ループの力は
弱まる。弱まるというよりも、その出番は無くなる。ここに自己否定の活躍の
場が存在しないから。

朝起きた時に今までもよく再生される「何すればいいんだっけ」という声の前
には、気づきにくくても、「自分はダメだ」という自己否定の前提がある。
「自己否定→何かのため(役目)」という仕組みが、一瞬でできあがっている。
別な言い方をすれば、一瞬で取引に従っている。そしてこの自己否定あってこそ、
(それが無自覚なら無自覚であればこそ、自動的に)スムーズに役目遂行の姿勢
に入りこめる。「Pさんを不幸にしてしまっている」というのも、基本構造は
これと同じで、「わたしが」そうしてしまっているんだ、その中にすでに、
「自分がダメだからだ」というものを、はなから取り込んでしまっている。
それが役目という仮面をかぶる理由として、わたし自ら取り込んでいる。
「だからわたしは〇〇になるんだ、〇〇をやるんだ」という自分ではない「〇〇」
になること、それを目指すことを、起きた瞬間からやっていたことになる。

役目遂行に駆り立てようとする衝動は、そのモチベーションの維持として、
「自分を欠けた状態にしたがる」という意味で、自我復元の最大の邪魔を
している、そう思った。「自分はダメだ」という自己否定が、役目に軸足を移す
「理由」として自分のAC人格が望む機能をしているとしたら、「自分はダメだ」
という自虐性に対して自己嫌悪が生じないのは当然だ。むしろ歓迎すらしている。


・・・



 ・・・ 「(3)素材集めと自己分析(検証)」に続きます。



2014.07.11
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-11 20:50 | 復元ノート 1

(1)素材集めと自己分析(検証)

前回投稿に関連して、現時点での作業状況として、
以下、報告文を掲載いたします。
今回も文字数の関係で(1)から(5)に分けて
掲載いたします。


・・・

崩残様

Abyです。

素材集めと自己分析の報告をさせていただきます。

Bの作業を通じて、素材集めを入口として意識しながらの作業でしたが、
今回は、そこから自己分析にあてた時間が多く、おもに今回の作業内容は、
前回集めてきた生前の自分の性質を自己検証したものとなりました。

7/1(火)から7/9(水)の素材集めと自己分析の内容を、手書きノートを
参照、転記、整理しながら、ご報告させていただきます。

今回もかなり長文となりますが、よろしくお願いいたします。
(サインまでが本文です)


追記:

今、本日いただいたメールを拝読いたしました。
まったくその通りで、今回の報告内容は、構造理解に
大半の関心が行ってしまっていました。
もう一度、意識の向け方を修正して、やってみます。


・・・


7/1(火)

目を覚ました直後か、あるいは、その境界で、突然、「静岡(県)」という言葉と、
広い土地に巨大な水溜りが一つある見たことのない光景が映像として浮かんだ。

このとき、自然とBの作業の意識にきりかわったようで、咄嗟に、このシーンに
意識を向けるようにした。やや手に重さを感じたせいか、一瞬、「羊水」という
印象をもったような気もしたが、その印象は短い時間で消えて、その土地は
ずっと映像として残った。

夢であれば、わたしの場合、その場面をかなり意識して思い出そう、固定しよう
と意志しないかぎり、ふわぁーと忘れてしまうことが多いのだが、きっとこの
映像は起床後に想起されたためか消えることなく、そのまま固定されていた。

水溜り以外、そこにあるのは、常時ではないが、飛行機(小型)の「ようなもの」
が、しばしば離着陸したり、あるいは、その巨大な水溜りにその飛行機のような
ものが映り、動いている。

突然、Pさんがわたしにキスをしてくるようなシーンがパッと浮かび、あまりの
唐突さに焦ってそのイメージを消そうとしてしまったが、もう一度、その場面に
戻り、その映像を見ていくことにした。

キスといっても、とても形式なものと思われた。しかし、何か強い一瞬の力で
わたしはそれにひきつけられるようなものだったので、おそらくすごく焦った、
というそんな雰囲気だった。次に結婚式のキスシーンの場面が続く。そこは、
わたしたちが実際に結婚式をあげた所にも見えるのだが、このシーンや映像は、
それそのものではなく、もしかしたら、生前に見せられたものか、あるいは、
これはへんな感覚なのだが、「未来」、見せつけられるであろう映像のようにも
思え、これ自体は合成されたつくりものの映像といった感じだ。

同時にわたしの頭の中、というか、立ち位置は、その広大な土地の巨大な水溜り
を眺めている位置にあった。(そこの)時間の経過とともに、大地の色がピンク
ががったりして変化していくようにも感じとられた。

この場所は、「何かの中継地」のようだ、とふと感じた。

このこととPさんとの結婚式の映像とは関連性を持たなかった。なんというか、
時代も場所も「離れている」と感じさせるものだった。

目を覚ましてから、おそらく10分くらいはそうしていたが、あいかわらず、
その土地の場面のままで、Bの作業を意識してみたのだけれど、ここから何か
生前の自分の価値や衝動を感じとれることはなく、そのまま、ただそこを
眺めていた。ひとつ感じたのは、そこにいることは、おそらく「不快ではない」
というものだった。ここで意図的に「Aby、何しているんだ、これからどう
するんだ、こんなことしていいのか・・・」という声を再生してみると、あの
馴染みのある不快はやってくるのだが、そんなことをあえてしようとしなければ、
そんな嫌なことはなく、むしろ、ここに居たくなる。

今書いていて思ったのだが、この土地にいる「何でもなさ」、しかし、その違和感
や不快さの薄れた所に居るというこの感じは、AとBの作業をしている時に
おさまっている位置に居る感じと似ている。考えてみれば、Bの作業をしながら
横たわり想起しようとしているのだから当たり前かと思ったけれど、今回は、
その状態にいる場面を「映像として」見たということかもしれない。

飛行機のようなものが、時折、そこを行き交っては消えていく。この飛行機の
ようなもの一つ一つは、どこか「選択肢」一つ一つのように思え、それを眺めて
いるというのは、選択する、選ぶ前の自分、というふうでもあり、「選ぶ自由が
ある」という気がした。何を選ぶかは、自分次第であり、選んだことの責任は
当然自分にある、ここには自分しかいないのだから(当然)、という思い。

終始、そういった意味では孤独感を感じさせるシーンでもあるけれど、それが
不快ということはなく、むしろ清々しく、しかしそこは、のんびりくつろぐ公園
のようでもなく、自分の意思を失ってはいけない時間と空間であり、「そこに
いるんだ」という自覚をもたらすような土地の光景だった。


・・・


7/2(水)

随分夢を見たように思ったが、おおむね忘れてしまった。思い出そう、思い出
そうとしていたが、それこそ強迫的にただそうしようとするのでなく、すこし
力を抜いて、「生前の自分の性質」の想起に意識を向け、その上で、思い出せて
いくこと、鮮明になっていく映像、気になる展開を夢の中に見つけてみよう、
そう思った。すると、「気になった」という感覚で、ひっかかった場面があった。

右目のまぶたを縦に通るように薄く傷のあるアジアの女性(アラブ系の方)が
何やらわたしに、何かを治してくれるような施術のようなことをしてくれる
みたいで、その人はわたしの目をギッとひっかくように、何かを施した。その
瞬間、「痛い」と思った気がするが、見ると、その女性の右目の傷は消えていて、
わたしは(自分の目でもないのに)、「ああ、大丈夫だったんだ」と自分の目も
大丈夫であるように感じた。

その女性は、言葉としてこう言ったかは覚えていないが、「どう、(前より)よく
なったでしょ?」と、わたしの腰の痛みについて言及し、わたし自身も、「そう
いえば、すこし、このあたりがよくなった気がする」と、夢の中のわたしは
そう思っていた。

夢としては、そういう場面なのだが、これがおかしいのは、その女性からそう
伝えられてはじめて、「自分は腰が悪かったんだ」ということに、夢の中の自分
が思った、ということだった。

生前の自分の性質に焦点をあてたときにクローズアップされたシーンだったので
このシーンと展開について、しばらく考えていた。だんだんと、ここに、自分の
弱みが見えてきた。

この件でいえば、もしかしたら、そもそも、わたしは腰など悪くもなく、普通に
健康だったのかもしれない・・・そうハッと気づいたとき、騙されたと思った。
まず結果から言えば、実は夢の中のわたしの目には、きっとまだ傷が残っていて
「ほら、見てごらん。消えているでしょ」と彼女の目の傷が消えているのを
見せられて「納得してしまった」けれど、実はそうでなく傷つけられた、その上
「どう、少しはこのあたりがよくなったでしょ」と言われたことで、そういう
気にさせられてしまい、一番問題なのは、その人の言葉から「わたしは腰が
悪かったんだ」「わたしは病気だったんだ」と、自分がそう思いこんでしまった
ことだった。

実際はわたしは傷つけられ、病人にしたてあげられたというのに、本人の自覚
としては、「すこし、よくなった」と思っているというとんだ勘違いをしている。

なぜ、こんな騙され方をいとも簡単にするのかな、と思ったのだが、やはり
ここでも前回報告の夢「あなた、間違っているよ」と言われた夢と、今回の夢の
手口のほうが巧妙とはいえ、本質的には同じで、「よい、わるい」「間違っている、
間違っていない」、こういうON・OFF、白・黒のようなジャッジにとても弱い
ということだった。

そう思ったとき、この「よい、わるい」という二通りしかないレッテル付けは、
これこそ「役目遂行」に対する評価基準であることに気づいた。どんなふうに
役目をこなしたかという経過やストーリーはどうでもよく、要は、「できたか、
できなかったのか」「ミスしたか、しなかったか」だけが問われる。

そう考えたとき、顔色が示せるバロメーターというのは、実は、この二通りの
信号しかないということにも気づいた。「OKか、ダメか」である。顔色を読む
プロセスでは、空気を読むような一見複雑で分析的な取り組みが求められるよう
に思い、いかにも「複雑なこと」に思いこみやすいが、考えてみると、その経過
がいかに複雑で大迷路であろうが、その出口は、実は二つしかない。AC人格が
もくろんでいるのは、その途中でわたしが何を考えるかするかではなく、要は、
最後に「この二通り」のレッテル付けで、「自分がくくられ、納得すること」を
いつも狙っている。だから、どんな思考分析内容も、コイツがいて、わたしが
コイツに舵を渡してしまっているうちは、何をしようが考えようが、出口は
決まっている。出口とは入口で、このAC人格ループから出さないもくろみ。

この騙されていく過程で、いつも忘れさせられていく、ぼんやりとわからなく
なっていくのは、「自分の考え」や「自分の意思」。自分の考えや自分の意思、
AC人格はこれだけは悪用できないので、「そこに目がいかないように」する。
ここをもう一度立ち位置を思い出し、再度、取引の場面、自分とAC人格が対峙
する場面に立ち戻れることが、Aの作業を始めたことで増えてきたことだった。
決してらくではないが、「よいか、わるいか」ということしか考えられなくなる
思考停止ループから距離をとり、それが起こる前の、「自分を見失う、見失った」
現場に戻り、自問と検証を繰り返すしかない。ループ内では、どう結論づけよう
とAC人格の望む出口以外ないのだから。

もしも「役目」ということでなく、その役目という仮面を被る以前の素顔の「私」
であれば、「よい、わるい」の評価基準など意味をなさず、つねに経験したことは
「自分にとって、それはどんな意味があるのか」が重要になるだろうが、この
「役目遂行」が重要なものになってしまえば、必然的に、「よい、わるい」、
「できた」「できない」、といった、結局、それをもって賞罰となるような二者
択一の基準だけが重要なこととなってしまい、その二通りのジャッジを
おしはかるのが、顔色人格の役目、ということになってしまう。

こうなってしまうということは、この「役目」「任務」は自分では判断できない
ような他から与えられたもの、自分で決めたものでない役目であり、任務だ、
ということじゃないだろうか?だって、自分で決めた役目なら、それについての
一切の責任は、自分の頭で自分で検証すればいいはずだから。


・・・


Bの作業に集中しようとした時、これまたそのタイミングで今まで途絶えていた
母からのメール着信があった。今回もまず邪魔だ、と思ったので、開かずに作業
に入った。今回はこうやって母からメール着信があっても、不思議なほど、動揺
することもなく、スムーズに作業に入れた。気持ちに余裕が持てて、なんだか、
一方的に邪魔されるのは不愉快に思い、そうだ、こうやってメールしてくると
いうことは、今どうせわたしのことをあーだこーだと文句言いながらいるんだ
ろうから、逆に今こそBの作業だ、生前前の自分にアクセスしやすいぞ、と、
もちろん思いこみなのですが、そのくらいのつもりで作業にとりくむことにした。

ならば母に関連するところでの生前記憶に関心を向けてみようとやってみた。
若い頃の母が思い浮かび、すると、また、わたしが胎児だった時期の光景、母が
大きくなったおなかを見て、こう言っている姿が想起された。椅子にすわり、
おなかの中のわたしに向けて、

「いい子になりますように」

あるいは、いい子に育ちますように、と、これまた「リアリティのない気持ち」
を込めて、ぜんぜん楽しそうじゃない表情で声をかけているようだった。

これで思い出したのだけれど、このリアリティのなさは、あの母からの一連の
メールでの言葉、愛情をこめてだの何だの、まったく彼女の本心でないものの
羅列ととても似ていた。同時に思い出したのは、以前の報告の中で書かせていた
だいた●●神社での録画映像を数ヶ月前はじめて見たときに「いい子になります
ようにって、お願いしなさい」と手をあわせている子どものわたしに、母がそう声を
かけていたのを思い出した。

このシーンを見た時に、そう、感じたことなのですが、「これって、全くわたしの
希望でもお願いごとでもない。なんで親(母)の希望をわたしがお祈りしなきゃ
いけないんだ?」と違和感をもったシーンだった。

この「いい子になりますように」「いい子に育ちますように」という母の言葉を
想起した時にまず思ったのは、もうこの時点で「いい子」「わるい子」の二種類
しかない、ということ。その意味で、母にとって子どもとは「いい子かわるい子
か」という判断だけでその存在価値が決定するような、「役目」のようなもの
だったということ。

今回想起されたおなかの大きな母の声かけのシーン。胎児の頃から母はすでに
子を「役目」として見ていたことになる。

そのシーンをもうしばらく想起していると、「母の意思で生んでいないな」という
ことが伝わってきた。ああ、だからか、と思った。「いい子」なんて、母が自分の
何らかの基準でそう思っているなら別だが、全くそこにリアリティーがないのは、
この妊娠を、おなかにいる子を、そもそも、「母が生みたい」と希望して生んで
いないからなのだ。

じゃあ何だ?と思ったときに、スッと思ったことは、「あ、これ父の希望だ」と
感じた。というより、彼が「父親になりたい」という希望だ。
この彼の希望を母は「きかざるをえない」状態だった、ということだと思う。
いやいやながら妊娠し、出産、そして子育てを始めた。その流れが見え始めた。

ひっかかったのは、この「いい子」という言葉だが、このリアリティーのなさから、
ゾッとすることに気づいたのは、すでに胎児の頃、母は「いい子」という、実は
「父の基準」をわたしに向けて調教していたことだ。

父の基準とは、「父を喜ばす行為をする人が、いい人、いい子」という基準。
前回報告でも書かせていただいたように、わたしはこの「父を喜ばす」という
のを、ロボットのように、当たり前の日課のようにやっていたわけだけれど、
この「元」は何かというと、母が父を、というか、妻である彼女が夫である彼を
「喜ばす」ということであり、母は子どもにもそれを要求した、ということ。
いや、この時感じたのは、「要求した」という主体的な彼女の意思というよりも、
せざるをえなかった、母一人では父を喜ばすことはキャパシティとして「足りな
かった」、そう母自身が思ったから、母は自分の保身のために、「子どもにも
彼女の役をやらせて、自分自身を守る必要があった」、そういう印象を受けた。

昨年聞いた母の話と思い出せる一部の記憶から考えても、母は父が喜ぶのを
そもそも求めているし、それが彼女自身、自分がやっていることに対する
「よしあし」の自己評価基準(実際は父の顔色評価なのだが)になっている。

こんな光景がイメージされる。父がいて、母のまわりに「母1」「母2」「母3」
という子どもたちがまるで母の分身のごとく「護衛」している、という奇妙な
光景。この時に、ハッと気づいたのは、

「わたしは母だ」「わたしの目は母の目だ」

ということだった。見えているものが同じなのだ。

顔色をうかがうAC人格は、父の顔色をうかがったわたしが自ら身を守るために、
たとえそれが間違った方法だったとしても抵抗するための手段として、自分が
つくりあげてしまったAC人格というふうに今まで考えてきたが、このAC人格
像は、どちらかというと、成人後に「親の亡霊」に対し自ら強化しのさばらせて
しまった偽人格といったほうがおそらく事実に近く、そもそものこの偽人格の
「雛形」は、母のコピー、感染によるものだったのではないか。

このことが今回、腑に落ちた。「感染」というのがリアルに腑に落ちたのは、
はじめてだった。胎児の時点で感染し、そのまま調教され続け、続いて自身で
AC人格をのさばらせていたという流れが見えてきた。
母の分身、家来だ、と思った。

わたしが小学校中学年の頃、一度、母と父が別居した時のことを、また、
思い出した。わたしはなぜか「ママと行こう」と言われてもついていかなかった。
「パパが可哀想だから」といって父のほうに子ども一人残ったわけだが、今回、
これについて、新たに思ったのは、「わたしは母の身代わり、人質だった」と
いうことだった。それを自覚はなかったかもしれないが、わたし自身がそこで
望んだのだ。選択したのだ。

そう思った時に、昨年、母からこんな話をきいたのを思い出した。今まで
聞いたことがない話だった。「その別居中にね、パパが一度、怒鳴りこんで
きたことがあったのよ。わたし(母)が戻らないのなら、子どもを取り返す
といって怒鳴りこんできた。その時ね、Aちゃん(妹)がどうしてもママから
離れないといって部屋からがんとして出てこないで、とうとうパパはあきらめて
家に戻ったわよ」。

このエピソードを急に思い出した。AちゃんはBちゃん(弟)と違って、顔色
人格という意味では、そののさばりがわたし同様に強く思えるが、この時、
Aちゃんもまた母を守った・・・だんだん見えてきたのは、わたしやAちゃんが
とった行動で何が守られたか?「母と父の関係、つながり」をわたしたちは
「守った」ことになる。まるでこの役回りは、母と父のわがままな結婚生活を
繋ぎ止める「接着剤」のような役目だったのではないか、ということに気づいた。
父と母にとっては、バランサーであり、潤滑剤であり、二人の自立ごっこの
手助けも含めて、それすべてひっくるめて、結果としては二人の結婚生活、
二人の関係性が安定するような役回りをつねにとっていたことは確かだ。

父の親に対する考え方、理想の「親像」は、相当、この問題のネックで、
結局、「父親とはこういうものだ、母親とはこういうものだ」という、父親家系
譲りと思われる妙な理想像を、妻の彼女にも要求し、そういう母であることを
強制し、父は自分の「絶対的立場」を家庭という城で築き上げていきたかった。

その中で、母が妻として結婚生活を維持していくためには、夫の彼の望み、
希望に従う必要があった。ここに「協力」したのが、わたしであり、
わたしは母のもう一つの「分身」「目」として機能した。そうすることが、結果、
夫であった彼が「父」であることをも守る役を果たした、ということになる。
つまり、この二人が別れずにやっていくために利用された「接着剤としての役目」
だったということになるのではないか?そこで両親二人にとって、重要な役割を、
子どものわたしが成人するまで果たしたのが、顔色AC人格だったということ。

<追記>
母からのメールは、「Aby、あなたに会いたいけど会えない辛さがわかるか。
AbyとPさんを許さない」といった内容のメールで、今回も様子見で返信せず
無視しました。それと、翌日に父からも妨害のメール。「ボクが何も言わないのは
Abyを信じているからだ。ボクはあなたの味方です」といった内容。わたしの
誕生日の前日と当日に狙ってわざとこういうことをやってくる完全に狂った毒親。
どちらも無視し、それからは邪魔は入らず、作業を進めることができています。


・・・



 ・・・ 「(2)素材集めと自己分析(検証)」に続きます。



2014.07.11
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-11 20:49 | 復元ノート 1

③素材集めの中間報告

 ・・・「②素材集めの中間報告」の続きです。


・・・


このあたりに前後しながら、ひとつ、自分の生前の性質を推測してみました。

それは、「自分は困ってはならない」という思いこみが最初からなかったか、
という推測です。あるいは、自分が困ることを「想定していなかった」とか
「無自覚に、はなから除外している」という可能性についてです。

というのも、もしも何らかの理由などで「自分は困ってはいけないんだ」と
思っていたとしたら、「困らないようにしよう」とするかもしれません。
たとえ困っている真っ最中でも、それ自体に気づかず、鈍感になり、
困っていることに麻痺している、ということも起こりえます。
それと反対に、自分が今困っていないのなら、これから困ることを事前に
シミュレーション(妄想)し、怖がる。そして、困らないようにしようと
手を打とうとする、ということがあるように思いました。

これ自体は推測で考えてみたものでしたが、
しばらく前から感じていた「自分はいいから、自分は大丈夫だから」という
妙な余裕がこれと結びついてきました。

「自分はいいから、自分は大丈夫、平気、困らないから」

そういうことではないだろうか、と思ったときに、
自己犠牲とは、別な言い方をすれば、「自分は困らないことを約束する」ような
ものではないだろうか、とふと、思いました。自己犠牲、というこの言葉が、
自分のなかで、ようやく定義されてきたように思います。

自分はいいんだ、大丈夫だ、というふうに、自分のことをないがしろにして、
役目の遂行ばかりにとらわれたことで、多少自分を切り売りしても問題ない、
この「自分は大丈夫だ」という過信の中に、「自分は困らないから」という
思いこみがあると思いました。

自己犠牲を多少したところでわたしは困らない、という過信。
これもまた、わたしの性質の一つだと思いました。

「自分のことよりも、役目の遂行のほうが大事だ。優先だ。」
「自分のことは(少しくらい)犠牲にしても、わたしは困らない。平気だ」

生前の自分の性質のなかでも、これは大問題な性質です。
自分を切り売りしている、自分を裏切っている、犯行現場そのものです。
必然的に、この性質はわたしの中でのさばっているAC人格の出鼻を許すことに
なります。許すもなにも、この性質を維持するうえで、むしろ、AC人格が機能
してくれることを、「このわたしの性質が」望んでいる、ということになります。
ならば、当然、このAC人格を育ててくれるにもってこいの毒親を、この
わたしの性質が(自覚的であろうがなかろうが)選ぶのは当然に思えます。


・・・


 ( 中 略 )


・・・


二日ほど前から、生前の自分に焦点をあわす時に、
「左右に二箇所で長い髪を結んだ小学校高学年から中学1・2年くらいの女の子」
が生前の自分のイメージと重なり出していました。

しばらくそれは置いておいたのですが、今日、その子が登場する場面が、
どうも、自分が契約手続きをしている最中の場面のように思えたので、意識を
向けてみることにしました。

生前の自分として登場していると思われるこの子は、その契約の場面でしきりに
「わたしなら大丈夫だから」という一点張りで、妙に、「急いでいる」。

この「わたしなら大丈夫だから」という言葉のニュアンスには、ひとつに
「わたしなら与えられた役目をちゃんと成し遂げられるから」という、どこか
強迫観念的なものに裏づけされた主張のようなものと、もうひとつは、
「わたし(自身)のことなら、平気だから(困らないから)」という、
これまたどこか自分をないがしろにし、無視し、過信した主張が
入り混じっているようでした。

この状況をたとえるなら、放射能の危険性について、しっかりその説明も聞かず、
「自分なら大丈夫だから」と過信して防護服もマスクも無しで、シャツ一枚で
汚染地域に入りこみ、自分ならできる、と盲目的に救助活動をしている姿と
重なります。

ここで疑問に思った点は、3点でした。

一つは、何もまわりが見えなくなるほど、なぜ、強迫観念的に何らかの役目を
果たそうと血眼になっているのか、という点。

二つ目は、「自分は大丈夫、自分は困らない」と自分の保護に対して、どうして
そんな妙な過信をしているのか、という点。

三つ目は、そもそも、なぜそんなに急いでいるのか(慌てているのか)、という点。

三つ目の「急いでいる」ことは、それほど大きな問題でないように思うけれど、
ただ契約のこの場面で受けるその印象は、なんだか見ていて、ひやひやする。
全く冷静に生まれてくる親や場所についての条件のチェックができていない、
やっていない、怠っているように感じました。

この三つの疑問を頭に置きながら、もう一度、今回の登場した二箇所で髪を
結わいた女の子に意識を向けてみることにしました。
これらの疑問に対して、「なぜ?」と問いかけるようにしました。

この子の記憶の映像と思えるようなものが、思い浮かびました。

まず言葉として、

「ミス」「事故」「水」

というのが想起され、どうやら断片的な映像ですが、
誰かはわからないのですが、人がおぼれている。

この子はそれを見て、飛びこんで助けようにも怖くてできなかった。
それから、おぼれていたその人は、死んでしまった・・・という映像でした。

それでこの子は、「あの時わたしがすぐに飛びこんでいれば、助けられたかも
しれない」という罪悪感を抱きます。

こういう過去をもしもこの子が持っていて、その罪悪感を生きていくなかで
強化してしまったとしたら、先ほどの一つ目の「すべきことに対する強迫観念」と
二つ目の「自分は大丈夫なはず、困らないという過信」と自己同化してしまった、
ということも納得がいくところがあります。

三つ目の、契約時になぜそんなに急がなければならなかったのか、については
よくわかりませんが、ただこれとは違いますが、あの異様な急ぎ感は、
わたしがよく見るあの電車に乗り遅れるというやつ、すごく焦って、でも、
結果間に合わない、行き先が逆のほうに乗ってしまうというあの失敗感を
これは連想させます。失敗の感覚としては、あの棒のぼりで失敗した時の感じ、
「次はぜったい失敗しない。このミスの償いはぜったいする」という感覚。
また今回想起されたシーンでいえば、「あの時すぐ飛びこんでいれば
間に合ったはずなのに!」という感覚ともとても似ています。

「あの時すぐに飛びこんでいたら、相手を助けられたろうし、
実は、自分も大丈夫だったのではないか・・・だとしたら、自分が臆病(自分を
優先してしまったために)、相手を死なせてしまった。助けられなかったんだ。」

こう考えたのではないだろうか、という気がしました。
この種の罪悪感、それに裏打ちされた強迫観念のようなものがある気がします。
その結果、「自分のことは二の次、三の次にしたとしても、自分は大丈夫だった
のではないか」という過信や誤認の元となるような「すりこみ」が、生前の自分に
生じたのではないか、というふうに思いました。

このことに関して、崩残さんが以前、桜の間で
「自分の一部を利他に使うことを許諾した可能性」について書かれていた内容を
確認してみました。(桜の間[236]「中高自我率が抱える問題点」という投稿の中
で書かれていた内容でした。)

>中途半端に、自我率を持っていた人は、変な余裕を感じてしまい、
>1/自分のことではないことに関わるのを許諾するという「契約」をしたり、

という箇所です。

今回のこのシーンでも、
「少しぐらい自己犠牲しても、自分に危害はなく(大丈夫、平気、困らない)、
利他的な行為をすることで、罪悪感は清算できますよ」みたいな文句に
まんまとひっかかったのではないか・・・と想像しました。
しかもその利他的とは、以前にも確認した「自己犠牲の上に成立する幻想上の」
利他、ということだと思います。


・・・


繰り返しになりますが、ここには、やはり、自分の性質として、どこかに
「自分は大丈夫だ」という過信、自分のことはそんなに考えなくても困ることに
ならないよ、というおごった姿勢があるように思います。

何でも自分一人で対処できるはずだ、という思いこみもあります。

だから何か問題が生じると、自動的な反応として、
「自分がなんとかしよう」とします。

たとえ他の人の問題であっても、勝手に自分がいらぬ責任感を感じて、
引き受けようとします(余計なお世話というやつです)。
それもたちが悪いのは、「やってあげよう」と意図してするのでなく、
自覚無く、当然のことのようにやろうとします。

「自分が悪かったんじゃないか」とか「自分が間違っていたのではないか」と
まず考えてしまう反応癖も、こういったところからも出てくるように思いますが、
ここで問題が生じると思うのは、もしもこのような考えが頭をよぎった時点で、
「自分の意思」が無い、あるいは相当希薄であった場合、こここそ、毒親の
つけいる隙になったに違いないと思いました。そこでの取引でさらに叩かれ、
主体性を奪われ、完全に自分の意思や判断基準を奪ってしまうことに成功
すれば、後は恐怖をちらつかせ、毒親の基準でコントロールさせることは容易
となり、顔色をうかがうAC人格はあっという間にできあがってしまいます。

問題は、「自分が悪かったんじゃないか」と考えたり「自分が間違っていたのでは
ないか」と考えたりすることそのものでなく、そう考えたりするときに、
その解決を自分の意思と判断で、考え、行動に出られるかどうか、ということだ
と、先日AC人格と対峙することで確認することができた点ではありますが、
わたしのそもそもの問題点は、「自分が悪かったんじゃないか」と考えるその背景
に、すでに「自分の意思を放棄している」ことが含まれていたことでした。

もしも毒親でなければ、子どもが「自分が悪かったんじゃないだろうか」と
考えているのを目にしたら(そんなことあえて言わないと思いますが)、
「自分が悪いと思うなら、自分でそう考えて、自分で行動しなさい」と
言えると思います。子どもを親の道具にしようとしないからです。でも、
わたしの親のように、「自分のせいじゃないだろうか」と思っている子どもを、
それいいことに、逆手に利用し、さらに自責感をあおり、顔色をうかがわせ、
親の都合のいい方向に誘導し、利用する。顔色一つでビクッとさせたり、
ホッとさせたりという、恐怖と嘘の安心(不快感)という檻から出さないように
調教する。こういうことを平気でやってきたのがわたしの両親ではあるけれども、
事の発端は、自分を譲り渡す準備がわたしにあったからひっかかったわけで、
そうでなく、生前から自分を切り売りすることなく、
「自分が悪いと思うなら、自分でそう考えて、自分で行動するのは当然」と
親に言われなくとも、自分が言えればよかったのではないか。


・・・


6/29(日)

朝起きて、夢を思い出そうとしました。
断片的なシーンが多く、ストーリー性はなかったように思いますが、
二つの場面でのわたしの反応で気になったことがありました。

それは、
「あなたの言っていること、やっていることは間違っている」と他人に
言われたとき、それをそのまま「鵜呑み」にしてしまう点でした。

いずれのシーンでも、自分はよかれと思って言ったりやったりしているのですが、
突如、他人からただ「間違っている」と一言いわれるだけで、自分をひいてしまう。
考えてみると、これは現実でも今までよくあったこと、今もある反応なのですが、
ここに他人から明確な説明、なぜ間違っているか、というのも特に無く、それよりも
わたし自身が「なぜ、間違っているのか?」ときくスタンスすら全く欠けていて、
相手の言いなり、いくらそれまでの間、堂々とした態度をしていても、いざ一言、
他人から「間違っているよ、あなた」と言われるだけで無抵抗で
受け入れてしまう。

間違っている、と言われたその時点で、思考停止している。

ここで考えたり、抵抗したり、相手と衝突するのを
反射的に避けようとしているようにも感じました。

根深くこの反応が残っていることを
指し示している夢だと思いました。


・・・


Bの作業をしているときに、ふと、「そろばん」「計算」という言葉とともに、
生前の自分の姿としての、あの修理屋のおじさんと一緒に、「測量」という言葉が
思い浮かびました。

なにやらこれを特技としている仕事のようで、他人(お客さん?)から
「Abyさんのは信頼できるよ」と言われている、そんな気がしました。

精度や管理という点で、

「いい加減でない」
「注文通り、しっかり整える」

というところが、評価されているようでした。

扱っている物は、どこか「武器」のような印象があるのですが、よくわかりません。
ただその商品の特徴として、ごくわずかな狂いが影響するような、そういった類の
何かを扱っているようでした。厳密さのようなものが要求されている印象です。

そろばんに関しては、わたしが小学生の頃、実際に習っていて、たしかに当時は
計算(おもに暗算)が得意で、近所の軽食点で食事をしても、すぐにおつりの計算
などをし、お店の人を驚かせていました(今思えば、驚いてくれていたのですが)。
また自分のうちの店では、よく昔ながらのタバコ屋さんのコーナーにこもり、
いつも店番をしていました。これまたピシッとタバコを陳列し、きれいに整え、
お客さんとお金のやりとり(レジ係り)をしていました。当時はほとんど機械的な
ものがなかったので、暗算能力は、店番をする子どもには重要なものでした。

「言われた通り、しっかりちゃんとこなせること」

このことに価値をおいているようでした。
実際、今思い返すと、幼少期のわたしは、この「言われた通り、しっかりちゃんと
こなせること」に喜びを見出していました。

これ自体は害ではなくても、もしもここに、
「自分のことよりも、役目の遂行のほうが大事だ。優先だ。」
「自分のことは(少しくらい)犠牲にしても、わたしは困らない。平気だ」

というこの問題な価値観が入り込んでしまうと、ただちにこれは、

「相手の言われた通りにすることを優先してしまう」

という有毒なものになってしまうことに気づきました。
他人にこの性質を悪用されてしまうことにもなり、ここでもそれをフルに活用した
のが、わたしの両親だったということになると思います。


・・・


話の内容が、AとBの作業に関することになるのですが、
ここ数日、Aの作業とBの作業とで、差がつかなくなってきている、と
感じています。

どちらの作業をしているのかという区別なく自分の意識が同じ位置にいる、
あるいは、その方向に向けているという感じがします。上手く言えないのですが、
位置としては脳のやや後方部にその中心があるような感じです。


 ( 中 略 )


Bの作業はわたしの中では「いきなり脳のそのところ」にポンと居るようにする
感覚ですが、それがどうも不安定で弱いと感じるときは、Aの作業をすることで、
Bの作業に集中しやすくなるというのがあると感じています。

またときどき、じわん、じわんと頭頂部がうずく時があります。


・・・


子どもの頃(たぶん8歳前後)の自分がお祭りで遊んでいる姿が想起されました。
どうやらそこは縁日のようで、スーパーボールすくいのところで、一人で
じっと見て、関心を向けているようでした。それ以降のシーンは、連想するように
今度は今まで知っているシーン(ビデオ撮影などで覚えているプールやショーを
見ている時のシーン)などが映像として混じってきました。

これらの映像のなかの自分の様子を見て感じたことは、
「自分が関心を向けたもの(見たいと思っているものなど)から、
すぐに(短い時間で)注意がそれてしまっている」という印象でした。

「自分が好きなもの、見たいもの、やっていたいものに、ずっと意識(関心)を
向けていてはいけない」

という感覚があるようで、ある一定の時間がたったら、急にまわりを気にする、と
いった感じ。気にするというより、自らの関心の的から視点を外す感じ。
自分の関心を向けたものを注視し続けるのが、居心地悪くなるような感じです。

「夢中になれない」

ということがつねにあるようです。(これはわたしの妹のAちゃんにも強くある)

夢中になっていると、「ほら、こっち見えていないぞ」と背中をポンとたたかれる
のを警戒しているようでもあり、背中にも目をつけていなければ「本当はいけない
んだ」と無意識に思っているようでもあります。

ちょうどこんなところをイメージしている最中に、不思議なことがありました。

急に、自分が小学生の頃の「生活感」の記憶と映像が思い出されてきました。
今までまったく思い出されなかった感覚で、写真でも見ないかぎり、その頃の
自分が本当にいたのかどうかさえわからないことがほとんどで(実際、アルバム
の写真を見て、その場面を覚えていることは、成人前のシーンでは皆無です)、
しかし、今回はなぜか急に、小学生の頃のわたしが「動いていて、何かをしている
映像」が思い浮かんできたので、すごく驚きました。

驚いている場合ではない、と思って、その映像と時期に焦点を当てて、
母と父とどんなことを自分は話をしただろう・・・という一点にしぼって
記憶を開いてみようとやってみました。

具体的な話の内容は思い出されないのですが、どうやら母との会話は、
「~しなさい」と母から言われたら、それをする、というものしかなく、
父に対しては、「~したんだ、~できたよ」というふうに、なんと父を喜ばす報告
しかしていなかったようでした。マジか・・・と思った。

「母の命令(指示)に、嫌な顔ひとつせず、忠実のこなしている自分」の姿と、
「父を喜ばすことを、あたかもそれが当然のように日々こなしている自分」の姿。

これだけだった。

これだけだったと思えるほど、ワンパターンで機械的な対話(にもなっていない)
シーンがリアルに想起されてきました。写真やビデオなんかよりずっとリアルに。

これについては生前の自分の姿ではまったくないのですが、急にこのあたりの
記憶が「開かれた」ように感じて驚きました。

この二つの対話しかない光景は、まさに洗脳され調教された子どもが、ロボットの
ように決められたことを繰り返す非人道的なぞっとする光景でした。
しかし、昔のわたしは、この繰り返しこそが日常であり、ここに何ひとつ、
疑問を抱いていませんでした。


・・・


 ( 中 略 )


その時浮かび上がってきた言葉と映像のイメージは、

「あきらめない」「弱音をはかない」「最後までやる」「他人を悪く言わない」
「やさしい」「怒らない」「許す」「(他人に対しては)しかたない」
「代わりにやる」「望まない」「自制的」「自分は平気」

こんな言葉とイメージがわいてきましたが、これは生前の性質というより、
こういうのがいいと思っている価値観や先入観のようなものだと思いました。


・・・


6/30(月)

この日の夢について。

具体的なシーンではないのですが、夢に出てきた自分の振る舞い方や様子の
印象として目が覚めたときに強く抱いたのは、

「無防備」
「一人でやる」
「平気」

というものでした。自分自身のことに対して無防備、自分一人で遂行できる、
だから平気、大丈夫といった感じです。

ここに何か新しく価値観や衝動について知る素材は得られなかったのですが、
ここのところ探りつつある生前の自分の性格のようなものが、
色濃くなってきている、そういうふうに感じました。


・・・


以上、素材集めの中間報告をさせていただきます。


Aby



・・・



2014.07.01
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-02 02:05 | 復元ノート 1

②素材集めの中間報告

 ・・・ 「①素材集めの中間報告」の続きです。


・・・


「見た目」以外の要素について、事前に知らされていた情報あるいは自分で見た
情報は無かったのかどうか?そこに焦点をあててBの作業を続けてみました。

母の場合に思い浮かんだのは、
「心の病気」「情緒不安定」「薬物依存」「子ども嫌い(世話嫌い)」

というもので、父の場合に思い浮かんだのは、
「心の病気」「気まぐれ」「家族思い」「手をあげない」

こんな言葉が想起されてきました。
(これ自体、どうも見た目の情報でしかないと思うので、あやしいと感じています)

ここでひっかかったのは、「心の病気」という、二人の共通した項目でした。

母は「情緒不安定で、とくに依存傾向の高い嗜癖がいろいろある」といった印象。
父は「気まぐれというより、分裂的・支離滅裂で、母より重度。人格障害という
レッテルを貼られている」といった雰囲気。

このイメージや情報そのものは正しいのかどうか、それにこれは父と母について
調べてきたことが反映されてのイメージや情報のように思うのですが、
いずれにしても、「心の病気」という情報が仮に与えられていたとしても、

「それは、たいしたことない」

という、妙な、へんな自負が、生前のわたしにあったように感じました。

Pさん関連では、しばしば想起される「保護」という類の言葉ですが、
この時はじめて、父と母に対しても、急に、

「保護」

という言葉が想起されました。

そのとき、父、母、Pさんが、はじめて「そろった」「並んだ」ように感じ、
それに対して生前の自分は、「3人まとめて保護する、できる」という、
なんというか、雑な判断で、ここに「おごり」のようなもの、慣れ?のような
ものからくる油断や「甘く見ている姿勢」を、生前の自分に強く感じました。

保護、それが一つの「役目」のように感じました。

この「おごり」のような態度が気になりました。
保護ということに対して、妙な自身、へんな余裕を抱いているみたいでした。

「(自分なら)守れる」

という主張。気になったのは、「次は失敗しない、次は守れる」というふうに
自分で思いこみたいという強迫観念のようなものかもしれません。
いずれにしても、どこか歪みを感じます。ストレートな主張とは思えません。

心の病気、ときかされても、「そんなものはたいしたことがない。大丈夫。守れる」
みたいな感じで、ただそう「思いこみたい」という衝動があるように感じました。
本来なら、もしもそのような場であれば、どんな心の病気なのか、具体的かつ
詳細にきいて把握した上で判断すべきだったのではないかと思うのですが、
ただ心の病気ときいただけで、その具体的内容や重篤さも見ず聞かずに、
「心の病気?、ああ、大丈夫、対応できる」ととりあえず「急いでいて」、
いい加減に決めた感じです。

「守ること」が役目だとしても、そこにへんな余裕と判断の甘さのようなものが
ある気がして、なんというか、「その役目がどんなものなのか、ちゃんと理解しても
いないのに、わたしできます、やります」と手を挙げている小学生のような
印象が、あくまでもイメージですが、ありました。

さらに問題に思えたのは、「他者の保護」に目がゆきすぎて(とらわれていて)、

「自分の保護」

には、目がいっていないことでした。
ここに「自分は大丈夫」といった判断ミスがあるように思います。

なので、矛先が自分に向かないうちは問題なく役目を遂行していけることが
多くても、いざ自分に矛先が向けられると、自分自身はノーガードなので、
「相当に無防備」といった感じです。ここに判断の甘さ、ミス、予想外のことが
起こった、というようなことだったのではないか、と思いました。

「自分自身の保護」「自分自身を守る」ことをいい加減に考え、甘く考えた結果、
いざ、ふたを開けてみたら、(毒親によって)「自分の意思」など即座に叩かれ、
失い、その後は「役目」としての自分が前面(優位)に立ってしまい、ここで
作られたのが、複数のAC人格だったのではないか、と思いました。


・・・


以前に崩残さんからいただいた「宣言文」は、毎日、心の中で読みながら唱えて
いるのですが、このあたりまで掘り進めていって、ようやく、

「私には義務などない。
あるいとしたら、私自身が欲したものを、欲するように経験し」

という箇所が、リアリティーをともなって感じるようになりました。
おそらく、これと「正反対の契約」をしてしまった、ということだと思います。


・・・


Bの作業をしている最中でしたが、左右の手を重ねていたのですが、しばらく
そうして静かにしていると、手がグッと重くなっていき、「きゅぅー」と萎んで
いくかのように、でも質量が増えていくように感じて、だんだん自分が「頭と手」
からなっているもののような感覚になっていきました。

この感覚は、今までも何度か経験し知っていた感覚なのですが、
時間をさかのぼっていく作業をしていくと、どうもそれは、生まれる直前、きっと
母親の胎内にいる感覚かな?と思い始めてきました。

わたしはおなかの中にいるわけですが、ふと、大きな自分のおなかを見ている
わたしの母の姿とその時の表情が映像として見えてきました。

その母の表情は、どこか不安で押し黙ったようなものでした。

母の胎内で、わたしは最初にこの母の「不安」を、頭でなく、
「手」あるいは「手から肩甲骨の範囲」が萎縮し、重さが増してゆき、動かなく
なっていく、そういった「異変」のようなものとして感じていたのではないか?
と感じてきました。

生まれてはじめて(厳密にはまだ生まれていませんが)、予想外の違和感
あるいは予想外の危機感を、すでに母の胎内で感じていたように思いました。
日常的な感覚として少し似ていると思うのは、両手首をしばられ自由がきかない、
ヤバイ、身の危険を感じる、というのに少しですが、似ています。

以前、わたしの母は、わたしが生まれたときに感じたことを
こう話していたことがあります。

「あー、こんなのが生まれちゃった。どうしよう・・・?」

と。生まれてすぐに(それ以前に)、負の感情で歓迎された(歓迎されていない)
ようなものです。この母親の不安をずっとおなかの中にいるときから感じ、
それの影響で、外に生まれ出てもどこか「手が自由に動かない」
「身体が自由に動かない」ということを感じていたとしたら、
泣くしかないのではないか?

父と母が言うには、わたしは生まれてからしばらくの乳幼児期は、
「よく泣いて、本当にタイヘンだった」らしいのですが、これは想像ですが、
胎内での不安をそのまま引きずっていた、ということもあるのではないか。
これも想像ですが、きっとそうだと思えるのは、もしも母親の胎内であっても
そこで母親から安心を感じていたのなら、おなかのなかにいたわたしも、
きっと手や身体は自然にゆるんだだろう、ということが想像できました。
緊張したり、萎縮したりする必要などどこにもないのですから。

この記憶(?)のようなものから、今見て感じたのは、
こうやって身体が萎縮し、不安をとりこんでしまうという脆弱性(無防備さ)
に対しても、認識が欠け、生前の自分はそれをどこかで

「甘くみていた」

という気がした、という点です。

胎内の時から、すでに予想外のことが起こったこと、
母の内面的な不安が、ここまで自分に影響するだろうことを
「計算に入れていなかった」ということがあったのではないかと思いました。


・・・


ここからはとくにメッセージのようなものは読み取れなかったのですが、
受胎する直前に意識を向けてみると、黄色のような白色のようなキラキラする
小さな光の玉のようなものが無数、ゆっくり左から右へと帯のように流れていく
シーンが浮かんできました。やがて、

「人の死」「食(食事)」「音(五感)」「流体(水)」「土地・空間」
「疲れ」「美意識」「文化・歴史」・・・

そういう断片が浮かんできました。もしもわたしがこのキラキラ光る玉のひとつ
だとしたら、こういった映像を見ながら、これから生まれゆく場所のことを
事前の学習、インストールしている、といった印象でした。
これについては、一方的になされるがまま、といった感じで、このシーンからは
特別に自分の性質といったものを感じとることはできませんでした。


・・・


6/27(木)、夢について。

どうしてこういう夢を昔から見るのか、本当に謎なのですが、
また、遅刻する夢、電車に飛び乗った結果行き先を間違える夢を、この日も
見ました。Bの作業をはじめてからは、鮮明に見たのははじめてだったので
何か関係があるかどうか、という視点で、ここに何か価値観や衝動のようなものが
ないかどうか、朝起きて、考えてみようと思いました。

いずれにしても、「失敗」の印象を与えるものです。

夢に限らずなのですが、実際の生活でも、この「(時間に)間に合わない」
ということに対する強迫観念は、今はそれほどでないと思っているのですが、
成人するまでもそれ以降も、酷いものでした。

これが作動すると、思考停止もはなはだしく、夢だろうと現実だろうと、
この思考停止具合は、「桁違い」でした。

AC人格に足をひっぱられるときも思考停止というのはあるのですが、
この時間に間に合わないということの焦りは、どちらかというとパニックに近く、
子どもの頃からわたしの場合、表立ってとり乱すといえば、この時でした。
人が変わる、豹変する、といった感じです。他は何でもどうでもよくなる。
「間に合わない」という焦りそれだけが自分の全現実になるような感覚でした。
(今はパニックになることはなく、表立って時間に焦る、ということはありません。)

中学・高校のときに、母の八つ当たりしたほとんどは、これがらみでした。
考えてみたのですが、どうしてこれほどの「間に合わない」ことが、自分が
自分でなくなってしまうほどにとり乱すことになったのか、今のところ不明です。


・・・


素材集めから話がそれてしまうのですが、この日の午後、いくつか
気になっていたことを片づけたものがありました。

今まで気になりながらも、動けずにいたものでした。
しかし、今回は、「これは邪魔になる」と思い、どうしても片づけたかったので
一気にやることにしました。

ひとつは、父から以前もらったお札が、そのまま貼られずに
置いたままになっていた3年分のお札を納めに行きました。

ふたつめは、昨年母が急にわたしとPさんに送りつけてきたおそろいの衣類を
捨てました。

みっつめは、いつも自我復元関連のノートや印刷物を入れているロック式の
カバンを新しくしました。今までのは物置に捨てられていたもので、
Pさんの父親のものと思われるものでした。

これだけはどうしても、ひっかかってしまっていて邪魔をしているものだったので、
迷わず、今回、行動に出ることができました。
(加えて、6/28~30にかけて、内職で関わりのあった団体との関係も
解除の手続きが終えました。また、Pさんの母はわたしの誕生日に必ず物を
くれるのですが、事前にお断りし、また、内職で出会った人のなかで、
よく物を送ってくれる人がいるのですが、その方にも物品を受け取ることを
遠慮させていただく旨を伝えることができました。)

以前であれば、「今は素材集めをしているし、大事な時だから・・・」と
言い訳をし、それこそ事なかれ主義で、波風立てないようにしたと思いますが、
今回は、それでもやろう、間違った行動をとったとしてもやろう、
邪魔してくるものと自分で思っている、わかっているにもかかわらず、
見て見ないふりは、やはりもうできないので、結果どうであれ、やってみました。

とくに神社におさめる、というのは、「神様」という存在、わたしが畏れを投影して
しまい、AC人格がここぞとばかり暴れ出すだろう、という事前の脅しが強かった
のですが、格闘しながら、距離をとりながら、それによって、ひとつ、わかったこと、
収穫もありました。「困る」ということについて、考える機会にもなりました。

これについては、今回のこととも関係するので、後述したいと思います。

この日は、気持ちが大揺れでしたが、それでも二つのことを
自分で確認しました。

ひとつは、「わたしをしばりつけるような3人(父、母、Pさん)との契約は
破棄する」ということ。

もうひとつは、「これからわたしが仕事等で何をやろうとも、
僕がそこで生きる、というのをやろう」ということ。


・・・


この日の夜、Bの作業と関連して、想起したものは二つです。

ひとつは、これは前日のことが頭にあってのことだと思いますが、
「自分はいいから(かまわないから)、役目をまっとうしたい」
というフレーズが頭に浮かびました。

自己犠牲(こんなことくらいは大丈夫、困らないだろう)と、
役目遂行に対する強迫観念とが、やはり問題なのではないか、と、
だんだんと感触を強めてきた頃でした。

もうひとつは、急に母の兄(次男)の顔が、ぽん、と浮かんできました。
あまりに唐突だったので、よくわからず、これとどう生前の自分の性質と
関係あるのかどうか、しばらくうなっていたのですが、この日は寝てしまいました。
(翌日、これについてそのときの映像を思い出しながら、考察することになります)


・・・


6/28(土)

 ( 中 略 )


・・・


先日に暴れ出しそうになったり、実際に暴れだしたりしたAC人格のことで、
あらたに「困る」という自分の反応について、見えてきたところがありました。

格闘したり距離をおいてみたりしながら、またAの作業をしたりしながら、
この頃とくに注意を払っていることとして、「そもそも自分はどう思っていたのか」
という地点に立ち戻ることを意識していました。

「困る」ということに関して、そもそも自分がどう思っていたか、感じていたか、
ということを確認したとき、こういう自分の声を確かめました。

「何をわたしはやっているんだ?罰せられまいと、そこに足をとられ、
前後左右、何を動けなくなっているんだ?
自分の意思がなくて、結果、それで困っている(いた)のは、わたしだ」

これがしっかり見えてくると、AC人格の力はぐっと弱まっていきます。
「これは自分の問題なんだ。罰せられるとかされないとか、自分以外の誰かから
あーだこーだ言われる筋合いはない。誰かから許されて解決する問題でもない
し、誰かに許されなくて、びびったまま、何とかなる問題でもない」と、
AC人格が解決できる問題でなくそれは幻想だ、ということが確認されると
なんとか自分の問題として立ち返ることができます。

今回、「困る」ということに関して、そこで立ち返ることで気づいたことは、
「困らないようにしたい云々と言って罰せられまいとAC人格が出てくる以前に、
すでにわたしはもう困っている」ということでした。

AC人格がのさばっている真っ最中は、自分がすでに困っている場合でも
そのことになかなか気づけず、「困ったらどうしよう、困らないようにしたい」
というスイッチが入ってしまい、前回分析したような、AC人格ループに
入り込んでしまいます。

前回の報告では、これとは反対のパターンで、まだ何も自分は困っていない
のに、「困ったらどうしよう、困らないようにしたい」というスイッチが入ってしまい、
同様、AC人格ループに入り込んでしまいます。

つまりこれってどういうことなんだろう、と考えてみたときに、これは、
「自分が困っていようがいまいが」その今の自分の状態には全く目が
いっておらず、見えておらず、それとは全く無関係に、「困らないようにしよう」
という強迫観念だけが完全に前面に出てきてしまっている、
ということではないかと思いました。

これが前面に出てきてしまって(=AC人格の出番を許してしまって)、
自分もそこに軸足が移ってしまうとループそのものに入り込んでしまうけれど、
そもそもの自分の状態、たとえそれが「困っていようが困っていまいが」という
自分の今の状態に立ち戻れると、

「困っていようがいまいが、自分で考え行動する」

ことが、しごく当然のように感じてきます。

自分で考え行動するのなら、AC人格にどうこうしてもらう必要はなく、
たとえ自分の考えや行動が間違っていようがいまいが、困ろうが困るまいが、
それに対しても自分で考え行動するしかないのは当然、と思えます。

やはり、「自分の意思を放棄した」という時点で、誰かに依存する、AC人格に
依存する、親に依存する、ということを認めた、ということだと思いました。
言い換えると、「自分の意思を放棄してもたいしたことない」という歪んだ姿勢が
はなからあったということだと思います。


・・・



 ・・・ 「③素材集めの中間報告」に続きます。



2014.07.01
Aby


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by jh-no-no | 2014-07-02 02:04 | 復元ノート 1