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ごきげんとり

「自分は盾になっても、他人を守らなければ」
という妙な正義感があって、なぜそう思うか、だけでなく、
本当にそう思っているのか自問すると、
ん??・・・となった。

誰かのために何かをしたい、と本心から
思ったこと、あっただろうか。

誰かを見捨ててしまったり、見て見ぬふりをして
誰かを傷つけてしまうことの罪悪感を薄めたくて、
自己犠牲を選ぶことでスッキリしたい(チャラにしたい)
という強迫観念がその動機であることはあっても、
本心から誰かのために・・・など思ったことは
あるのだろうか。あっただろうか?

自己犠牲し、我慢し、それでもやるだけの価値は
あったのだろうか。なにより、「我慢している」ことは
自分が一番よく知っている。イヤイヤやっている。
誰かのため、とか、自己犠牲してまでも、とか、
そんなこと、本気で思っていたのですか?と
きかれたら、NOになる。

むしろ、わたしは他人にかかわりたくない、
できたらそっとしておいてほしい、
邪魔しないでくれないか、と思うことは
幼い頃からよくあったし、今でもある。

そういう状況が毎日毎日続いてきた。
他人のことなんて、そんな余裕はどこにもなかった。
もはや念仏のように「誰も邪魔しないでくれますように・・・」
と唱えているような日々だったわけだから。

なのに、気がつけば、誰かを、たとえばそれは
家族のなかの誰かだったり、Pさんだったり、
「自分が盾になろう」としてしまうことが多かった。

これが問題だと思う点は、誰かを守る守らない云々よりも
わたし自身が、

「自分は犠牲になってもいい」

と〝考えてしまっている〟点、認めてしまっている点で、
明らかに我慢しているのに(ということにも、なかなか気づけない)、
「多少犠牲になるのは、しかたがない」と認め、
自分でそれを許してしまっていること。


さらに問題なのは、じゃあ、盾になりながらも
相手と戦うのかというとそうでなく、では、
何をしていたのか思い返してみると、一言でいえば、

「謝っている」

だけなのだ。許してもらおうとしているだけ。
あるいは、怯えて逃げているだけ。
自白か隠蔽か、というまさにそれだった。

逆にいえば、謝って済まそう、というカードが
いざとなれば通用するというおごりがある。


なかったことにできる、と
思っているのだ。


事実は事実、
なかったことにできる事実など
何ひとつないのに。

なかったことにできるとか、謝れば済むとか、
そういう道がある、と思いこんでいるからこそ恐怖し、
そこに逃げよう逃げようとし、「相手への絶対服従」を
自らが認めてしまうことになる。
同時にそれは、わたしに対して
「この種の脅し」が可能になる、ということだ。


では、どんな謝罪の仕方をしているのか、というと
きまってこういう謝り方に、最後は、なる。

「あなたの意にそうことができず、結果、
あなたを不機嫌にさせてしまい、ごめんなさい。」

これについて、先日、あれ?と思ったことがあった。


なぜ、謝らないとならないのか?


相手の意にそえない結果になることもあるだろう。
相手が不機嫌になることもあるだろう。
約束したからといって、守れないことだってあるだろう。

だからといって、

「このやろぉー!なんで約束破りやがった。
予定が狂っちまったじゃないか。こんなことになるとは
思っていなかったぞ。もうオレは不機嫌になった。許せない。
こうなったらブチきれてやる。覚悟しておけよ」

となることとは、別問題なのではないか。
誰もかれもが、こういう父親似の気狂いなんだろうか・・・

気づいたのは、どうやらわたしは、
誰もかれもが「父親みたいな人だ」と思いこんでいる、
想定している、ということだった。

だから、もしも相手の意にそえず、不機嫌にさせてしまっただろうにも
かかわらず、相手に「いいよ」と言われても、
「・・・運がよかった。助かった」と感じたり、もっと病的には、
「相手に我慢をさせてしまった。本当は怒っているだろうな・・・」と、
そんなふうに相手に自己犠牲や利他的な言動を強制させてしまった、
とまで考えこんでしまうことが多かった。
(利他的な行為は、自己犠牲の代償として成立しているはずだ、
という先入観が、ここにも混じっている。)


わたしはいつも、自分が悪いことをした、
と思っていた。悪いことをしたのだから、
罰を受けたり、バチがあたるのはしかたがないことだ、と。

「たしかにわたしが悪いことをしましたが、
十分、反省していますから、これ以上、
攻撃しないでください。勘弁してください」、と。

こういう反応は、父や母が不機嫌な顔になったとき、
反射的に「反省した。ごめんなさい」と何度も何度も言って、
親の機嫌を元に戻そうとしていた幼少期に
すでに根づいていた自動的反応だ。


それではその「悪いこと」とは何か?
というと、結局それは、


・ 相手の希望、意にそえなかった。
・ 相手を不機嫌にした、不愉快にした。
・ 約束を守らなかった、守れなかった


ということのようだ。
それに、「約束を守れなかった」というものにしても、
約束を守れなかった、イコール、相手の意にそえず、
相手が不機嫌になる「はずだ」、と勝手に決めつけてしまっている。

約束を守れなくても、怒らない人、いるよね?
自分の希望通りにならなくても、誰もがイライラしてキレるか?
自分が不機嫌になったからといって、相手を責める人ばかりだろうか?

冷静に考えてみれば、そんな人ばかりじゃない。
この世の中、父親似の気狂いで構成されているわけじゃないのに、
「父親似の気狂いからいかに身を守るか」、いつの間にかこれだけが
わたしの頭のなかを占めるようになっていた。


> 相手の希望、意にそえなかった。
> 相手を不機嫌にした、不愉快にした。
> 約束を守らなかった、守れなかった


そして今もなお、これが「悪いことだ」と認めてしまっているのは
わたしだ。だからもう目の前に毒親はいないのに、毒親の亡霊を投影し、
相手が突然暴れたり、キレたりすれば(あるいはそう想像するだけで)、

「相手の意に反したんだ、
相手を不機嫌にさせてしまったんだ、
・・・だから自分が悪かったんだ」

と思いこみ、自分が悪いと認めてしまい、だから
罰を受けるのはしかたがない、でも、怖い、
隠せるものなら隠そう、逃げられるものなら逃げようと隠蔽に走り、
完全に追い詰められ、ほこ先が「わたしに完全に向いた」と
感知(あるいは誤認)すると、とり乱すようにして、
「ごめんなさい、許してください。もうしません。罰しないでください!」
と自白、泣き落としに入る。お決まりのパターン。


元をたどっていかねばならない。


それらを「悪い」と決めたのは誰か。

誰が誰の都合で決めたのか。

わたしは親のわがままを何でもきいて、
いつも機嫌よく親がいたいがための
ごきげんとりではない。

Pさんのごきげんとりでもない。

誰のごきげんとりでもない。

ごきげんとりに甘んじて、
機嫌がとれなかったら、「役目をはたせていない」
と言われて罰を受ける。

なんじゃそりゃ?

相手の顔色次第で、「わたしが罰を受けるかどうか」が
決まってしまう。いや、今となっては、
自分で「決めてしまっている」のだ。
わたしがわたしを「ごきげんとり」に仕立てている。

考えてみた。

相手の意にそわなければ、
なんだというのだろう。

それで相手が不機嫌になったとして
だからなんだというのだろう。

「相手の意にそえなかった」
「相手が不機嫌になった」

という事実が起こったとして、それは
なかったことにはできない。
なかったことにしようとしたり、
謝って済まそうとするようなことでもない。
なかったことにしたいと思うAC人格はいるだろうが、
なかったことにできる事実などあるはずない。

なかったことにしなさい、
さあ謝りなさい、全面的に降伏しなさい。

毒親のその言い分に、なぜ、今もわたしは
つきあっているんだ?

相手の意にそえなかったり、相手を不機嫌にさせてしまう
ことだってあるだろう。そこから会話をしたり、
対応したりする習慣がわたしにまったく欠けている。
「ごめんなさい」で済ませてきてしまったから。
それで相手が許そうが許すまいが、そういう承認や罰が
わたしにとって「解決」という位置づけになっていたから。

本来は、そうでなく、そんな理不尽なことで、
キレて「殺してやる」という脅迫を受けても、一歩も引くべきではなかった。
というより、「引ける余地」など自分で許すべきじゃなかった。
そのツケが永遠についてまわって、今も脅されてばかりじゃないか。

怖かったから、という言い訳はあるのだろうか。

怖かったから、ではなくて、
自分を守らなかったからじゃないか?
怖かったのはそうかもしれない。
でもそれは、自分を守らなくてよかった理由にはならない。
自分は守られるべきだった自分だったはずだから。

ごきげんとりになりさがることで、
わたしは相手がいかに不機嫌にならないか、
「このくらいなら、相手はキレないだろう」とか、
そういうスキルばかり身につけていった。

相手を理解したり共感したりするフリをしての
上から目線とか、そんなことばかり。
それでいて、調子にのるなと言われまいと
(言われたら本末転倒なので)、上から目線を
いかに気づかれないか、という小細工をするようになる。

なんでこんなに上から目線になるのか、
ということも、ごきげんとりの立場から考えてみると
当たり前でもあったのだ。

親がわたしに要求しているのは、
ある意味、「上から目線でいること」だったからだ。
誰かの機嫌をとる、誰かの世話をする・・・
考えてみれば、そういうスタンス自体がAC(大人子供)。

そういうACに要求されているのはどういうことだったか
というと、親が顔色を

〝発信〟

して、それに対して、

「パパが言っていることって、こういうことでしょ?」
「ママが言いたいこと、僕はこう解釈したよ?」

と、親の顔色から、親の気分を

〝汲む〟

ことだったからだ。

推し量るための道具兼世話役。

まるで、顔色読み取り訓練である。
親都合の限定されたメッセージだけを読み取ればよく、
こういう態度を、一般の他の人との会話にまで「転用」してしまうために、
相手を酷くいらつかせてしまう。

まさに、昔、母がわたしの反抗期に言った言葉通り、
「エラそうに・・・」というふうに。

こういう「分析」を日々趣味にしていたのは
わたしの父だった。

誰か、人を見ては、
「この人はこういう人だろ、こういうことが得意だろ、
でもこういうのが苦手だろ、こういう才能があるな。
これからこうなっていくと思う。でも残念なのは・・・・」などなど、
まあ、黙っていることができない人で、なんでもコメントする。

わたしも同じになってしまった。

わたしは人やその人が言っていることを分析したり、
「こう言っているけど、本当はこう思っているんじゃないか」とか
「こう見えるけど、本当はこういう人だと思う」とか、
他者分析に明け暮れ、分析する相手がいなければ
自己分析に明け暮れ、それも疲れればゾンビになる。
休憩のつもりで散歩をしたのに、ハッと気づくと、
分析する対象からちょっと外れての「ただのぼけー」でしかなく、
生体反応が最悪な状態になっている時がある。

それと重なるのは、父がお酒をのんでいた時。
「いや~旨い。この一杯、最高!!もう死んでもいい」
とよく言っていたが、なまじ嘘じゃないんだろうな、と思った。
父もまた、自分の母親の顔色をずっと伺うだけの人生だったのだから。
今回も思ったが、父親家系は、「顔色で支配してやる一家」。
にやり、と、不機嫌で人を動かそうとしている。
だから逆に、いつも「何を考えているのか」わからない人ばかり。
最悪にも、これもまた、わたしにも感染してしまった。

話はそれるが、父は自分の母親はよく
「いつまでもあると思うな親と金」と言っていた、と
子どものわたしにも話していたが、今思うと、誤用悪用もいいところだ。
「だから、親には感謝しなさい。今の自分がいるのは親のおかげ。
親がいなければ子どもはいない」という文脈で、父親は説教をした。
父も親の死をちらつかされて育ったに違いない。

話を戻して、その分析癖だけれど、
そもそもその癖は、「親の顔色読み取り訓練」のためのもの。
だから、相手がキレた〝その時点〟で、
どんなに頑張ったと言い張っても「失格」になる。
それだけ脆いものなのだが、持ち上げられてきた自称・成功体験が
それにしがみついてしまう。

微に入り細に入り、病的なほどに相手の反応を
可能な限り、事前にシミュレーションするという癖。
(今気づいたことだけど、これはたぶん、わたしの元々の性格と
まったく相反する気がする。神経、擦り減るのも納得。)

あくまでも親都合で「気分を察するようにさせるため」の癖であって、
どんな精密に分析しようが、空気を読もうが、調べあげようが、
それが正しいかどうかなど、親の亡霊からすれば関係ない、
「読めてねーぞ、コラ。もう怒った、許さん!」と顔色に出されるだけで、
親の機嫌ひとつで、いとも簡単に否定されてしまう、
という宿命にある。

つまり、父親似の気狂いが登場したら、
その人の言いなりになるほか、道はない、ということ。

実際、今までもそういう人が登場したときに、
どうなったかというと、「不機嫌にさせてしまった=自分が悪い」
となってしまうわけだから、どんな事実も「ああしたことが悪かったに違いない、
あんなことしなければよかった」と、はたから見たら「おい、おい」と思うような
こじつけだとしても、無理にでもつじつまをあわせようとしてしまう。
保身のために。

ここで起きる事実の曲解、誤認は
すさまじいもの。
もう、何も見えなくなってしまう。
冷静さ、ゼロ。

完全に、相手の言いなりになった。

わたしは「争い」を避けてきたのも、
そういう理由があるかもしれない。
無難に無難に、何事もありませんように・・・
そういう生き方をしてきたし、それが幸せなことだと思っていた。

そういう争いのない、みんなが機嫌よくいてくれれば
それでいいんだ、という受身の姿勢が、おそらく、
今のような小さく閉じこもった守りの構えに繋がっている。
トラブルを避けようとするだけの人生で、
まともに他の人と喧嘩(言い争い)をしたことがない。
こわくてできなかった。

「で、あなたは何がしたいの?」

ときかれると、わたしはいつも言葉につまった。
なぜつまったのか、自問してこなかった。
でも今考えると、それに対しては、

「あなたの言動に反応しているだけなので、
わたしの意見はありません」

が、いつもどの時もそれに対する
答えだったはず。

以前、ブログで「1000円カットに行こうかな」と
書いたことがある。詳しいことは割愛して、結局どうしたかというと、
自分で自分の髪を切ってみることにした。

自分でやってみないことには
注文ひとつできなかったし、
それに、どうしたいのか?という自分の希望は
「誰かの受け売り」でないとしたら、優先順位をつけてみると
それほど大それたものはなく、必要性とちょっとした関心から、
最低限の情報は絞れてくる。これはダメだ、とか、これいい!とか。
それにこれは自分の身体、未知の構造を探ってみるだけの
楽しみもあったから、なら、まず自分でやってみようと。

はさみ、すきばさみ、くし、クリップを買っても
1500円程度だった。ドキドキだったけれど、カットしてみた。

一ヶ月近く、少しずつ、お風呂に入る前の少しの時間、
やっているけど、結構、できる!

前髪→全体をすく→耳まわりと襟あし

だいたい、こんな流れ(大雑把すぎるけど・・・)

内容はさておき、今日、思ったことは、
こうやって自分でやったもの、自分で試行錯誤進めているものは、
他人からの承認だけでなく、自分からの承認さえも
必要としていない、ということ。これは驚きだった。

いいとか、ダメとか。

だから何?

現在進行形の髪カットにおいて、いいも悪いもない。
今こうなっているから、この部分はまあしばらくこれでいいか、
とか、ここはなんとかしたほうがいいな、とか、考えることはあっても、
「いい」「ダメ」という承認の出る幕はない。というか、意味がない。

でも、ふと今、自我復元をしている自分のスタンスを見てみると、
どこかで、これでいいのか、ダメなのか、という
「承認」に依存しそうになる自分がいることに気づく。
正確には承認そのものというより、承認を毎回毎回確認し続けたい
という中毒衝動だと思う。それで不安を沈静させようとする。
「自己信頼の欠如」という事実から目をそらしたいがために。

ならば、いいと言われたらどうなの?ダメと言われたらどうなの?
とやはり何度も自問してみると、一瞬、嘘の安心や不安に足をとられそうになるけど、
それでも行き着く先は、「だから何なのか」・・・承認それ自体が、
わたしを変えてくれたこともなければ、変えるはずがない。
だって、今の自分の状態に不満なのは自分であって、それに、
自分が自分に不満だったから自我復元を始めたのも自分。
継続しているのも自分。

誰にとっての「いい」とか、
誰にとっての「ダメ」だったのか。

親都合だったのではないか。

自分にとっての、ではなく。

だとしたら、恐怖と不安しか生まない承認であり、
承認それ自体が目的の承認でしかなく、
自分にとって何の糧にもならない。

承認は、親にとって意味があっても、
わたしにとっては意味が無い。


追記:


母からのメール攻撃は、あれから二通ほど。
親の顔色予想通り、「残りの二人の子とわたしは味方ですよ」
というアピールメールだったけれど、それはいいとして、
もうひとつの発見があった。

「Pさんがこんなふうに、わたしの二人の子の文句を言った。
パパ(母の夫)の悪口も言った・・・」と書いてあるのを見て、
最初、思わず「これ、母の意見か?」と思うほど、
いつも母が、父や妹や弟に言っている文句や愚痴と同じで、
それに驚いた。

だったら息があいそうなものの・・・と思っていると、
こんな一文が最後に書かれていた。

「いろんなことがあるだろうけど、それが人間社会というもの。
みんな一生懸命生きている。何か勘違いしているようだけど、
Pさんにはそんな力はないのに。」

そんな力、って?

今まで見落としていたことがあった。

母と父、ふたりとも大事にしている価値観、というか、
もはやそれがアイデンティティみたいになっている考え方があった。


「わたしは、思っても口にしなかった」


というもの。

父の大好きな言葉「言っていいこと、悪いこと」
それと「見ざる、言わざる、聞かざる」。(もちろんこれらも誤用)

わたしが何か発言し、それに対して父が、
「それは禁句だ」という時、いつもその意味がわからなかった。
今になってわかったのは、それは父が自分の母親に対して
「思っていたけれど、(我慢して)言わなかったこと」だった。

同時に、父の説教にはこういう視点があった。
「思っていないけど、ありがとう、と言う」
これが感謝だよ、と。

>「こう言っているけど、本当はこう思っているんじゃないか」とか
>「こう見えるけど、本当はこういう人だと思う」とか、

わたしにも感染したこの父の分析癖は、
親の親世代から、連綿と続いているものかも。
母の教育訓「目つき、態度、言葉づかい」も、
態度に出すな、いわんとすることは、それだけだったのでは?

思うのはいい。でも、言うな。
それって誰のため?

そうやられることで、わたしはどうなった?

「今のように自分が感じたり思ったりする、
そんな自分って、本当は、ダメな人間なんだ」
という自己否定、自分が感じたりしていることへの
不信が残った。

親に都合の悪いことは言わせない、
親に都合の良いことだけ言わせる。

最低な人たちじゃないか。


2014.04.26
Aby


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by jh-no-no | 2014-04-26 19:41 | 復元ノート 1

(後半) 取引

 ・・・ 「(前半) 取引」の続きです。


この6通のメールを受信し、読みながら
どう自分が感じるか、メモしていった。

まず感じたことは、

「Abyといろいろお話できて嬉しいわ。Abyなら大丈夫よ、
自信持って前に進みなさいね。いつでも何でもきいてね。
わたしはあなたと話せて幸せです。ゆっくり生きていきなさいね」

なんていう「うそっぱち」の違和感だらけの言葉なんかよりも、
リアリティのあるものだった、ということだった。
「やっぱりな」という感じだ。顔色をうかがって生きてきたせいか、
言外の意味も、書かれた言葉以上にリアルに伝わってきた。

わたしには、こういう意味にしか
これらのメールはきこえなかった。


【メール 1通目】
ママは一生悲しい。

→ 「このままではわたしはずっと不幸だ。どうしてだと思う?
   こう言えば、あなたが何をすべきか、わかるはずよね。
   間違っても、わたしから、あなたが悪い、と言わせないでよね。
   誰が悪かったの、言いなさいよ!」


ここでわたしが即反応しなかったものだから、
「顔色をうかがえ、察しろ、こっちは不機嫌なんだ、だとしたら、誰が悪い?
わかったらさっさと取るべき態度をとれ、謝り続けろ、そんなことも忘れたか!」
という感じで、きっと2通目を送信したに違いない。


【メール 2通目】
あれほどまでに一心に愛情をかけてきたのに。

→ 「したくもない子育てを、自分のことを犠牲にしてまで時間をさき、手間をさき、
   他人からも嫌なことも言われ、わたしはたくさんの我慢をして
   あなたの世話をしてあげたのに、わたしをこれほど不愉快にさせて、
   罰があたらないとでも思っているのか」


一年前なら、ここでも返事をしていたに違いない。
そんなことないよ、感謝しているよって。
でもそれは嘘だ。その感謝というのは、親から言えと言われたから口にしているだけの
中身のないものだ。まさか、ここでも返事をしてこないとは思わなかったかのように、
残り4通、たたみかけるように送ってきた。


【メール 3通目】
Abyの大切なパートナーから、パパ、ママ、妹、弟までもが
全否定され罵倒されたということは、どおいうこと。
Abyも一緒ということね。ママは死にたいくらい残念。
でも子供は貴方だけではない。

→ 「あなたが悪いって言ってんのよ。わたしが死にたいと言ったって、
   脅しにならないくらい鈍感になってしまったわけ?
   わからないなら、直接、言ってあげよう。
   あなたはいなくてもいいのよ。
   わたしはあなたがいなくても、痛くもかゆくもない。見捨ててやる」


強がっているけど、リスクを負っているのは母のほうだ。
だって残りのカードは「2人」に減ったのだから。
Abyに依存しなくても平気なんだと表明したいようだ。


【メール 4通目】
連れ合いの母親にケンカをうりますと言い、
聞きとれないほどに怒鳴りまくるなんて。心がさむすぎる。
どうにもならない。

→ 「あなたのせいで、酷い目にあった。どうしてくれるのよ、なんとかしなさいよ!」

前からすごく気になっていたのだけれど、母や父はなにかにつけ、
「Abyの親に」「Abyのパートナーが」「Abyの〇〇に」という言い方をした。
なんでこういう言い方をわざとらしくするのかな、と思っていたが、
ようやくわかった。
「Abyのせいだ」と親のほうからは言いたくないからだ(証拠が残るから)。
わたしのほうから、「ごめんね、わたしが悪かったよ」と言ってほしいため、
それに気づいてほしいための「振り方」だ。


【メール 5通目】
言いたい事だけ言って、やりたい事だけやって
感謝も忘れ、我慢も忘れてしまうなんて。

→ 「言いたい事だけ言うな、やりたい事だけやるな、
   親の言うことは絶対だ、そんなことも忘れてたか」


取引に従ったわたしに責任はあるが、これって卑怯な手口だな、と思った。
「言いたい事だけ言って、やいたい事だけやって、それが許されると思うな。
ぶっとばしてやる」と言われても従ってしまっただろうが、
少なくともあなたたちが敵だ、という認識はできたかもしれない。

我慢という言葉も、わたしはいい言葉だと思いこんできた。
いまだに母は自立と同じ意味をもつ美しい言葉と思っているようだが。
でもこれは「自分を殺せ、自己犠牲しろ」と言っているのと同じだし、
父と母の言う感謝というのは「親への絶対服従」と同じ意味だった。
わたしは、大事なことを教えてくれる父と母だとずっと信じて過ごした。
これが取引だという自覚がわたしに足りなかった。


【メール 6通目】
そおいう意味では貴方の大切なPさんに言われた通り、
どおいう育て方をしてきたんですか?と怒鳴られたのも、ごもっともかも。
でもあまりにひどすぎる。

→ 「Abyを悪者にしたい。Pさんとは仲良くしたい。したかった」

とストレートに言えばいいじゃないか。
これだけいやみのきいた文句をどうして考えつくのだろうか。

この6通目のメールには、おそらく背後に強く、父のコントロールがあると思われた。
というのは、そういえば、年始に父がPさんの素行が酷い、Abyに問題がある、と
言ってきたとき、こんなことを言っていたのを思い出したからだ。

「Aby、どうしてPがAbyの母親に悪態をつくかわかるか?
そういうことも、すぐに気がつかなきゃダメだよ。
Pは〝Abyに〟文句があるんだよ、本当は。だけど直接言えないから
どうしてこんな子に育てたんだ、と言ってAbyの母親を責めている。
それがわからないかな?あのバカPが操作して、ママにAbyを
どうにかしてくれ、とSOSを出しているんだよ。
そんなこともわからないようじゃダメだよ。」

と言っていて、「何を勝手にストーリーを作って、
僕は何でもわかっています、という顔をこの期に及んでも
自慢してくるんだ、この毒父親は」とその時は呆れて
言葉も出なかったが・・・

あながち、
間違っていなかったのではないか?

今回のメールは、Pさんをだしにつかっているが、
目のかたきにしたいのは、明らかにPさんでなく、わたしだ。
そもそもPさんに文句がある、不満があるのなら、
わたしでなく直接Pさんとやりあえばいい。

なのに、そうはしない。

まわりくどくも、わたしの携帯に送信してきた
この6通のメールが言いたいことは、


「わたしは今不愉快だ。そういうときはなんとかするのが、子どもの役目だろ。
なのになんだ、無視して。親を不機嫌にさせていいと誰が教えた。
Abyのせいだ。謝れ!」


ということだろうが、近頃不仲だった父と母が手を組みはじめ
(昨年末ぐらいから共依存関係が強化されたように見える)、
Pさんも仲間にいれて「一斉攻撃をかけようとしている」とすら見えてきた。
あるいは、Pさんがわたしの両親に向けて、
「今、Abyの様子がヘンだぞ、こっちに目を向けろ」と無意識に
はかったのかもしれない・・・完全に妄想かもしれないけど、
これについては継続して様子をみていこうと思う。


これらのメールが来た次の日、
この一連の嫌がらせに対して、
二つの姿勢を自分に課すことにした。


ひとつは、現実の動き、現実の父、母、Pさんの動きに
目を奪われず、わたしの内面に生じる亡霊やAC人格の動きに
注視すること。

もうひとつは、「わたしがなんとかしよう」とせず、
「従わないと殺すぞ」というくらい相手が言ってくるまで
じっと観察すること。


ただ、それからというもの音沙汰がない。
もしかしたら連絡は当分ないかもしれない、とふと思った。

というのも、この6通のメールを何度か読み通していくうちに
とても馴染みのある感覚がしたからだ。


なんだろう・・・これは。


驚いたのは、この一連の流れ、母の一連の言い草は、
以前わたしがPさんに抱いた気持ちとそっくりだったことだ。

わたしとPさんは共同で仕事をしていて、
今から7年頃前になるだろうか、
ずっと二人であたためてきたアイデアを
「わたしが考えたっていう感じがしないから、
やりたくない」といって、Pさんにおじゃんにされたことがあった。

どうしたらいいんだろう、何をしたらいいんだろう、と
Pさんはいつも困った顔を見せる。わたしが何もしないと
「なんで助けてくれないのか」と言う。だからわたしは
Pさんが困ったとき、どうしていいかわからないときは
「こうしたらどうかな」とかいろいろアイデアを出すことが多かった。
もちろん、強気でこうしよう、と半ば押し付けたこともある。
だけれど、きまって最後は、おじゃんになるのだ。

それが何度も何度も繰り返され、7年ほど前、
いい加減嫌になったわたしは、
別の職場に務めるようになって、以前にもブログに書いた通り、
経済的な支えに徹した。

それから内職を始めるまでのストーリーが出来てくるのだが、
この間、わたしがPさんに口に出さずとも抱いていた感情は、
まさに今回の母の言葉そのものだった。


「わたしの人生は台無しになった。
Pさんが悪いんだ。こういうわたしの気持ちなど、
Pさんにはどうでもいいみたいだ。
あれほどまでにPさんのために頑張ってきたのに
(我慢してきたのに)、こんな仕打ちってないんじゃないの。
恩をあだでかえすようなことをするなんて。
こんなんじゃ、僕は生きている価値がないよ。
死んでいるのと同じだ。本当に残念だ。
だけど、わたしを必要とする人はPさんだけじゃないんだ。
(それを思い知らせてやる!)
今の職場にもPさんのかわりになる女性だってたくさんいるんだ。
そうやって好き勝手に生きていればいいさ。
そんな人だとは思っていなかった。本当に酷い人だ。」


これが、わたしがPさんに当時抱いた気持ちだった。
恐ろしいくらい、わたしの母そっくり。

「これくらい我慢(自己犠牲)したんだから、
わたしを幸せにしなさいよ」

という匂いがプンプンしている。

それと同時に、これは父と母に共通する代々の連鎖だが、
「お母さんがわたしの気持ちをもっと察してくれさえすれば、
わたしは嫌な思いをしなくてすんだのに・・・」という幼少期の
恨み、父と母が自分の母親に対して抱いた恨みの感情でもある。

そして、この6通のメールの目的、
わたしがPさんに抱いた気持ちの目的でもあるが、
それは、

「あなたなんていなくても、わたしはやっていける」

という主張を、相手に伝えることなのだ。
まさに、父と母が、自分の母親に向けて
口には出さずとも主張していたのと同じだ。

なぜ、そんなことをするのか。

そうしないと、おさまりがつかないから。
冷静にいられないからだ。
依存対象に見捨てられる、というのは本人には耐え難く、
「あなたがいなくても、大丈夫」ということを
宣言することでしか、平然さを保つ術がない。
強がっているだけなのだが・・・。

わたしがまさにそうだった。

だから伝えればいい、宣言すればいい、
というのが第一目的なので、
あれだけ一方的に言えば、気がすんだと、
いまや、わたしの反応など母のほうこそ、
無視しているかもしれない。

母の出かたは一度脇においておいても、
問題は、こうやってわたし自身も
「自立」を放棄してきたことだ。

自立する気持ちを失い、
誰かにかわりに自分のことをしてもらおう、
そういうふうに考える人間がまっさきに

〝従う〟

ということをしてしまうのではないか。


このところ毎日、にらめっこしている
桜の間の記事が二つある。

桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S341
の中の、

「楽しくもないし、
自分の意志も思考も、自由に行使できない、

そんな契約違反の生ならば、
殺したければ、この私を殺せばいい。

何がどうこうしたら、お前は死ぬぞ、とか、
何をしないと、お前も死ぬんだぞ、とか、

そんな、情けない、脅迫しか出来ない、間抜けな生命を、
いつまでもやっていたいならば、
私を好きに、殺しなさい、あるいは苦しめてみなさい。

あなたたちが、愚か者にとどまるために、
そうしたければ、そうしなさい。

二度と私はあなたたちのような愚か者とは
契約などしない。」



この記事と、もう一つは、


桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S344
の中の、

自然を恐れ、病を恐れ、親を恐れ、幻想上の神を恐れ、
敵を恐れても良い。

生物が何かを恐れる感情は当然だ。

恐れるのは良い。
だが、自分自身による判断以外には、決して「従うな」



何かを恐れたと同時に、
その恐れた相手の言う事に従ってしまう、その主たる原因は、
「死ぬのは怖い」に起因する。

正しく言うと、死ぬ事それ自体ではなく

「死の過程」にあると「予想」している「苦痛」を恐れている。

あるいは自己の存在意義が、否定されること。



しかし、死などよりも遥かに多くの苦痛が、
あなたが生きてゆく「長い歳月」の「生」の中にこそある。


であるから 存分に恐怖しつつも
決してその恐怖の対象との取引には従わずして
その結果、死んだとしても、

それは、不安の中で無駄に生き延びるよりも
ずっと心地よい事は明々白々だ



という二つの記事。


直視するのを避けてきた文面なのだけれど、
こういう自問をしてみた。

こわいのはいいとして、
では、どうだと「こわくない」のか。
どうなると、わたしはこわくないのか?

そう考えたとき、
こわくない、なんてあるんだろうか、
そんなのはないんじゃないか。

こわいのは、こわい。

問題は、それを目の前にしたとき、
わたしがどう行動をとるか、判断するか、
ということなのではないだろうか。


昨晩の夢もそうだけれど、
まず足がもつれるのは、妙な罪悪感だ。
これにひっかかると、これは自己犠牲と天秤にかけられた
強迫観念のような罪悪感だから、「このくらいなら」と
自己犠牲を選び取ってしまう。

このくらいってどのくらいなんだよ、ってことだけれど、
この取引に従ってしまうと、相手のいい値、のようなものなのだ。
「我慢しないと、これがどうなってもいいのか」という
まさに拷問にかけられる。

話が横道にそれてしまうのだが、
数日前、わたしが成人前に好きだった映画や漫画、音楽など
どんなものがあったか、リストアップしてみると、
驚くことを発見した。

なんと、こんな共通項を持っていた。

・ 父の仇をうつ。苦渋の選択でも最後には父を守る。
・ 自己犠牲をし、誰かのために生きることは尊い。
・ 弟は兄に勝る。
・ 自由を求めたりすると、本人は最後は自殺をしたり
 不幸になるが、その姿は他人を感動させる。

わたしはまったくこのことに無自覚だった。
愛と正義、自由と感謝、そして感動の物語だと思いながら
小学生後半から高校生終わり頃まで見ていた。

さらに恐ろしいことに、こういうものを見るきっかけだったり、
あるいは漫画を「お金渡すから、買っていいよ」と援助、
促進したのは、実に、わたしの父だった。

「自分が好きだと思っていた娯楽も、
父にあてがわれていたのか・・・」

と思って、これには愕然とした。
正直、もう見たいと思わなくなってしまった。

話が横道にそれてしまったが、
「我慢しないと、これがどうなってもいいのか」という脅しが
わたしにそもそも通用する理由は、わたし自身が

「誰かのためにすることは、自分を犠牲してまでも尊いのだ」

という考えを維持し続けてしまっているためだ。

でも、それもわたしの思いこみで、
誰のためにもなっていなければ、自分も幸せにもなっていない。
相手のためになっているどころか、自立の妨げ行為ですらある。

じゃあ、ここで何が起こっているのか、といえば、
今回の夢や過去のアルバイトでもそうだけれど、
「誰かが得しているだけ、誰かが本来自分でやるべきことを
やらずに、わたしにやらそうと企んでいるだけ」で、さらに、
顔色を読めるわたしはすごいと思っているAC人格が
それに乗じてのさばっている。

相手の気持ちを読み、相手の感情にあわせて、
相手を中心にすえて、相手のために言動する。
その見返りとして、自分の身を守ってもらおう、
自分も責められない、邪魔されない、という取引を覚えてしまい、
それに甘んじた結果、自分なんて、どこにもなくなってしまった。

いかなる自己犠牲とも
取引などしてはいけなかったんだ。

自分の一部を売り渡すかわりに、
誰かに何かをしてもらう、それは
自分の舵を誰かに預けてしまうことと同じだから
殺されまい、殺されまい、としてしまうのも当然だ。

取引をしてしまったのだから。
そうされていいって、許していたのは自分なんだから。


なぜ、取引などした?

なぜ、恐怖のなかにあっても
死に物狂いで自分を守り抜かなかったのだ?

自業自得じゃないか。


殺されまい、としているだけの人生。
自己犠牲だけの人生。

従うことで、相手の顔色を読んで察して、
それでどうなった?
結果、どうなった?死んだだけじゃないか。
毎日怯えているだけじゃないか。

この理不尽さに対して

「怒り」

を思い出していくこと。

こわい?・・・だから、何なんだ、と
言い放つこと。
自分の力でやりたかった、と言ったはずの
自分を取り戻すこと。
これは誰にも譲らない、譲れないと思った、
そういう自分はどこにいったんだ。

罰することのできる人なんていない、
と言って、安心しようとするのでなく、
罰することのできる人などいないのに、
「なのに罰してくる人がいる、その親の亡霊が
わたしの中に居つくことを許してなるものか」
という自問を自分に向けること。

でもその前に自分で認めなければならないのは、
自分を売り渡し、取引に従ったことは
しかたがないことだった「ということはない」
ということ。そこに、逃げずに向き合ってみることを
避けていたら、AC人格の思うつぼじゃないないか。
「こわいから・・・」だから、何なんだ。

自分の人生を生きること、
わたしはこれに失敗したのだ、ということ。
でも、とり戻せる、とり戻すと決意すること。

随分前になるけれど、
桜の間にアップされた動画に
染森信也さんの記者会見があった。

桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S196

もう一度見てみたとき、染森さんが
こうおっしゃっていたのが、強く印象に残った。

>こうやって出る限り、どっちからも石がとんでくるという覚悟で
>しゃべっている。だからべつにいろいろ言う人がいても
>いろいろ思う人がいても、それはその人なりの人生経験の中で
>感じることだから、よろしいんじゃないですか、というのが
>わたしのスタンス。

このなかの、

>よろしいんじゃないですか

とおっしゃったときの染森さんの感じが、これは
わたしがそう感じたということに過ぎないのだけれど、
「殺したいと思うなら、そうすればいいんじゃないですか」
とすら、わたしにはきこえた。

わたしが直視できないでいたフレーズ、
「殺したけりゃ殺せばいい」という、ここを、
染森さんは、だからなんなんだ、と当たり前のように
話されていたように感じた。

もちろんこれは、「殺していいですよ。
それに従いますよ」と言っているのでもなく、
全面戦争しますよ、やってくるならわたしは戦いますよ、
と一歩も引かない態度のように見えた。

わたしがいつも、殺されまい、として
身をひいていた場面だ。

「殺したけりゃ、殺せばいい」
「苦しめたければ、苦しめてみればいい」
「罰するなら、罰してみればいい」

こう言い放てるかどうか、
わたしが試されている。



2014.04.20
Aby



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by jh-no-no | 2014-04-20 01:15 | 復元ノート 1

(前半) 取引

後味の悪い夢をみた。

最近はよく親兄弟、親族、Pさん、学生時代の頃に
登場した父親似の気狂いが夢に出てくる。

Pさんが出てくるときはきまって、手がかかる。
本来なら自分でやるべきなのに、
なぜか、わたしが救助したり、
面倒を見たりしなければいけないような
心理状況になっている。

数日前の夢では、車の形をした飛行船が墜落して、
巨大な石などが飛んできているのに、Pさんは
路上で寝ている。走って逃げているわたしはそれに気づいて
Pさんを呼びかけるが、無反応。
戻って救助するといった夢。

昨日の夢では、本来ならPさんが世話を
しなければならない子を放り出してしまう。
しかもそれに至る原因は、その子に何かあったわけでもなく、
その子の母親のことが気に入らないとか、そういった理由なのに、
直接その母親には言わず、なんとなく、その子に問題がある、
といった流れになっていた。

「そんなことをしたら、この子、
一生傷ついたままになるじゃないか!」

とわたしは言って、Pさんに怒鳴り、憤りを感じつつも、
夢は嘘がつけない、わたしは、こういうPさんの
取引に従ってしまった、と気づき、
目を覚ました。


〝そんなに気になるなら、Abyが世話すればいいじゃん。
Abyが世話すれば、この子、傷つかないよ。
Abyが世話しなければ、この子、一生苦しむだろうね・・・どうする?〟


直接、こういうふうには言っていなかったが、
いくらわたしが怒りをPさんにぶつけても、痛くもなんともない、
という態度がそう促していた。

「もういい。だったら、わたしがこの子の世話をする」

と言ってしまった。
「Pさんがやるべきなのに!」といくら言っても
通用しなかった。


どうしてあそこで、取引に従ってしまったんだろう・・・


罪悪感をあおられたんだ、と思った。


夢でなくても、現実でもいつもそうだった。
わたしが罠にかかるときは、親もPさんも、自分たちの問題なのに、
誰も自分でなんとかしようとしない。
困った、困った、とだけ言う。わたしの前で。
わたしはいつも、そこで見て見ぬふりというのが出来なかった。
出来ないというよりも、

「わたしがなんとかしなきゃ」

と、なぜか自動的、反射的に
身体と口が動いてしまっていた。
気がつけば、毎回毎回、親やPさんの尻拭い(本来はその人が
自分で処理すべきことをわたしが代行すること)ばかりしていた。


このことで思い出したのが、
わたしのアルバイトの職種のことだ。


先日もたまたまこのことを考えていた。
女性の多い職場だ、というだけじゃなかった。
わたしがやっていたアルバイトは、ファーストフード系の職種が多く、
わたしはどこでも歓迎された。

なぜかというと、「よく気づいた」からだ。

こういう職種は、マニュアルがあって作業が機械的だから、
次に何をやるか、というのが決まっている。毎日同じだし、
人がかわっても同じ。だから、何手先も、「読もう」と思えば
読めるようになっている。そういう仕組みになっている。

「Abyさんって、言わなくてもどんどん動いてくれるから
助かるわぁ。みんなもこうやって動いてくれるといいのにねぇ。」

と、どこへ行っても言われた。

このことを今になって考えてみると、
「ああ、わたしは搾取され、利用されていただけだ」
と思った。

まわりの人たちは、わたしがよく気づくということ、
それ自体の価値を評価していたわけでさえなく、
ただ、まわりが楽だったのだ。
だって自分がやるべき仕事を、わたしがかわりに
やったりするわけだから、持ち上げるにきまっている。

持ち上げれば持ち上げるほど、
わたしはいい気になって、頑張る。

こんなことにもわたしは気がつかずに
働いていた。

はっと思ったのは、ここで活躍したAC人格は
顔色を読む、読める、といったAC人格だった、ということ。

顔色をうかがう、ということに対して、
ネガティブなイメージでブログにも書いてきたけれど、
恐れの原因になっているのもこの「顔色をうかがう」ということであると同時に、
実は、自称・成功体験を「一番つんできたのも」
このAC人格だったのではないか?

アルバイト先で発揮したのは、考えてみれば
「気づく力」でもなんでもない。
マニュアル化、自動化した作業にあっては、
「本当は誰だって気づいている、気づける」ようになっている。
では、ここでどういうことが起きているか、というと、
つまり、どういう権力構造が起きているか、というと、

「顔色で機嫌をあらわして支配しようとする人と、
顔色を読んで動いて支配される人」

という支配構造になっている。

わたしはまわりに持ち上げられ、いい気になっていたが、
わたしはつねに「支配される側、搾取される側」にいた、
そのことにも、今の今まで気づかなかった。

わたしは力があったのではなく、
ただ、まわりの顔色を迅速に察知していただけだった。
なにか相手が困っている「顔」、不機嫌そうな「顔」をしていれば、
わたしは咄嗟に手をさしのべた。
その反応が「まわりと比べて早かった」というだけだったのに、
これを特技だと思いこんでいた。

まわりの顔色次第なのだ。

アルバイトまで親にあてがわれていたとは・・・

成人後すぐに、親が与えていた「飴」のかわりを果たしたのが
ファーストフード系アルバイトでの社会的承認だった。
15年近くあれこれやっていたので、そこでのAC人格は
相当強化されたのはたしかだ。

顔色を読めるわたしはすごい、というAC人格。

顔色という言葉を中心に掘り進めているところだが、
これが恐怖の元になっているとは思っていたが、
まさか自称・成功体験になっている、とは考えていなかった。

一週間前、母からいきなり意味不明なメールが来たことで、
咄嗟にブログにそのときの思いを書き留めた。

咄嗟に書いたものというのは、わたしの場合はしばしば、
少し時間が経ちあらためて読み返してみると、
どこか傲慢な態度が鼻につく。

とくに自分で気になったのが、


>恐怖を直視できるか、取引しないでいられるか、
>その瀬戸際にいるときに

>・・・空気読めよ、

>今はあなた(母)にも、Pさんにもかまっている余裕はない。
>自分のことで手一杯なんだから。


の箇所。「これって、言っていることが毒親と同じじゃないか」と。

わたしとは会ってもいないし、声すらきいていない。
もちろん自我復元をしているなど何も知らないし、
生活や仕事の状態すら知らない。
なのにわたしはここで、咄嗟に、

「空気を読めよ」

と思ってしまうのは、親がわたしに対して
「顔色を察しろよ、なんでわからないんだ」
とずっとやってきたことと、まったく変わらない。

わかるわけがないのだ。

わかるわけがないものを、いざ自分が邪魔された、と思うと
「邪魔するな」と直接言わずに、態度に表し、
「顔色を察してほしい」と相手に要求しようとする。

ここで傲慢な態度が出るのも、
「わたしはこうやって顔色を読んで、空気を読んで頑張ってきたんだ。
そうすることで、自分のテリトリーを守ってきたんだ」という
歪んだ成功体験による自負があるからだ。

でもこれって、

「あなたの顔色を気にして生きているんだから、
わたしのことも邪魔しないでね」

という交換条件でしかない。相手のことにあわせて動きます、
だからわたしのことも認めてね、邪魔しないでね、と。
「自己犠牲しないために自己犠牲する」という矛盾がここにある。

こういう矛盾する約束は、つねに子でなく
親が得することになっている。
なぜなら、「邪魔されてほしくなければ、もっと我慢しろ」
という脅迫の程度を、それこそ気分次第で親が
コントロールできるからだ。おそらく幼少の頃、いや、今もだが、
ごくわずかな自分の時間、自分のテリトリーを守るために、
多くの犠牲を払っている。

でも、このようなハメに陥るのは、そもそもわたしが、
「邪魔されてほしくなければ、もっと我慢しろ、もっと顔色を読め、
もっと空気を察しろ、相手にあわせろ、自分の感情なんかフタをしろ!」
という交換条件に従ってしまっているからだ。

今回気づいたのは、
これに従ってしまうのは恐怖ゆえだろうと思っていただけだったが、
実はそれだけでなく、「我慢できた、顔色を読めた、空気を察することができた、
相手にあわせられた、自分の感情を押し殺せた」そういうAC人格、
顔色を読めるわたしはすごいんだぞ、とのさばってきた人格が
幅をきかせていたことだった。


このAC人格が恐れているのは何か?


それはこの成功体験と諸刃で
「お前、空気読めてねーぞ」
と言われることだった。

前回の投稿で親相手とはいえ、
「自分にとってもそれを言われると一番痛い」ということを
相手に向けていたことから、このAC人格が何を恐れているかが
よくわかった。ブログを書くときに限らないが、
わたしはつねに恐れているのは、

「あなた、空気読めていませんよ」
と言われることだったり、

「冷静に分析できていませんよ。ダメですね」
と言われることだと思う。

顔色人格の成功体験は、ここにこそあったから
同時に、なんとかこう言われまい、
思われまいと必死に取り繕う。


ひとつ、つながってきたことがある。


昨年末から、どうしてわたしは他人から
「調子にのるな」と言われるのが怖いのか、
いまいち、よくわからなかった。

昨年の段階では、
「調子にのるな」「いい加減にしろ」と怒鳴られ、
父からボコボコにされた人、その見せしめの光景が残っていて、
「調子にのるな」と言われるのが、きっと怖いのだ、
と思っていた。たしかにそれはそうだと思う。

「自分が言われると一番怖いセリフは何か?」
と考えてみると、やはり、この

「調子にのるな」

という言葉だった。

調子にのるな、と言われると、いや、言われなくても
言われそうだと感知(誤認も含む)するだけで、油汗が出てくる。
だから、わたしは年中、調子にのらないようにビクビクしている。

正確には、調子にのっていないように
「他人から見える」ように、その体裁だけを整えている。

以前にも書いたことだけれど、ここにはまた矛盾があって、
「こうやっていれば調子にのっているように見えないよね」という
傲慢さ、相手のことを察したという思いこみ(慢心)があって、
それ自体がバレると、その上から目線に対して
「調子にのっている」と相手に言われてしまう・・・
だから、そんな調整はしていませんよ、わたしはいつも必死です、
一生懸命に頑張っているだけです、というパフォーマンスをしようとする。
だけれどそれが嘘なのは自分がわかっているわけだから
いつもびびっている。

ではなぜ、そこまでして、調子にのっているのをバレないよう、
ひた隠しにしているかというと、怒られる、罰を受ける、と
思っているからだ。いざ「調子にのったことをやってみよう」
としても、反射的に、「それはマズイ、怒られる・・・」という声が
自分の中からきこえてくる。

調子にのるな、イコール、
「察せていないんだよ、Aby」
「顔色、読めていないんですけど」と言われることと
どうやら同じくらい、ドキッとするようだ。


調子にのると、何が問題なのか?


調子にのっていると、
自分のことしか見えなくなって、
相手のこと、相手の顔色が見えなくなってしまう。
それは命とりですよ、親の不機嫌を見過ごしたら、
あなた、死にますよ。

こういうことなんじゃないだろうか。

殺されない条件として、
「親の顔色に、十分、神経を使うこと」。

わたしの母が「平然としていなければダメよ」という意味は、
冷静に状況、顔色を見ていなければダメよ、という意味だ。
感情的になったり、自分のことに没頭しているとダメよ、と。

これが生き地獄なのは、
親の顔色がいいと束の間、嘘の安心は得るものの、
いつ、調子にのるな、と言われるかわからないで恐れている。
冷静に観察、客観視できているという慢心も束の間。
(しかも、顔色人格は、自称・成功時は、何でもバカにできるんだぞ人格
でもあるので、内心、調子にのっていることを、自分でも知っている)

「今はとりあえず、大丈夫だ、大丈夫に違いない・・・」と
生体反応なく、自己確認をひたすら繰り返している。

しかし、相手の顔色は、自分のコントロールの
外にある。いつ豹変するかわからない・・・というか、
親の気分次第。

いくら努力しようと、たった一言、
「調子にのってんじゃねーぞ」で狼狽する。
(しかも、ここに見せしめの恐怖がすりこまれているから、
実際はそう言わなくても、十分な効果が持続する)

こうやって親の気分次第で「調子にのるな!」と言われれば、
ちゃんと顔色を読み取れていなかったんだ、
状況を把握していなかったんだ、相手の気持ちを察せて
いなかったんだ、相手の言いたいことを読み間違ったんだ、と
自分を責め始める。「だから罰せられてしかたがないのだ」
という理由を、自ら作り出す。捏造してまで。

こうなると、「わたしのせいじゃないと言ってもらいたい人格」が
自白か隠蔽か、と、とり乱し始める。
自分自身で、「自分は罰せられてもしかたがない。だって
顔色を読めなかったのだから」と決めつけているから、
怒られて当然だ、罰を受けて当然だ、と思いこんでいる。
幼少期は、これがとりあえず「ごめんなさい」と言う、
というあの癖につながっている。

ここには、わたしがどうしたこうしたに関係なく、
「親を不愉快にしたのだから、子どもは謝れ」
という考えがベースにある。その考えを認めてしまっている。
Pさんに対しても、わたしはいつも何も考えず、
「Pさんが不機嫌になったら、謝る」ということをしていた。
また、それは当然なことだ、と思いこんでいた。

同時にそれは、わたしが相手に対しても
同じことを思っている、要求している、ということで、
「わたしを不機嫌にしたら、謝れ」と
相手に対して思っている。

これが、前回の投稿の

>・・・空気読めよ、

というわたしの親に対する態度にそっくり表れていた。
読めるはずもない空気を、わたしが気分を悪くしたからという
ただそれだけの理由で「なんで読めないんだ、読めないあなたが悪い、
だから謝れ」という主張になっている。

Pさんに対して抱いたイライラの原因の多くもここにあった。
口には出さなくてもこのイライラの主張は、

「どうしてもっと気をつかわないんだ?
つかえないんだ!すこしはわたしの気持ちも察してくれ」

というものだった。


前回の投稿に記したわたしの
母からのメール、

「ママは一生悲しい。」

という表明の仕方はその典型的なやり方で、
「わたしは今不機嫌だ。その原因は、Aby、お前にある」
と言いたいのだと思う。

通常、今までなら、ここで「どうしたの?」とたずねてきた。
今回はきかないでおいたため、夜中に、20分おきくらいに
6通のメールが届いていた。

母からすれば、最初のメールで
すぐに反応してこないわたしが信じられなかったのだろう。

だいたいなんで苛立っているのかすらわからなかったが、
その後のメールの内容を見てわかったのは、昨年末、
わたしの実家にずっと顔を出さないPさんが、
わたしの母に電話で価値観があわない等々で
口論になった件のようだ。

あの時は父まで出ててきて、
「Pに勝手なことを言わすAbyが悪い」とわたしが責められ、
母もそうだそうだと便乗し、もうAbyとは口をきかない!
という始末だった。

で、3ヶ月以上経ち、一方的に送ってきたメール。

一夜で6通、それからどうなるか、全面戦争でもなんでも
やってやる!と待ち構えていたが、それから音沙汰なし。
反応する必要もないメールだったので、今は様子見。

どうしようもないメールの内容だったけれど、
わたしにとっては貴重な「物的証拠」となった。
というのも、母も父も、わたしに直接罵声を浴びせることは
今まで一度もない、といってよいほどだったからだ。

昨年の秋頃も、はじめて母にわたしの幼少期をたずねたときも
「Abyといろいろお話できて嬉しいわ。Abyなら大丈夫よ、
自信持って前に進みなさいね。いつでも何でもきいてね。
わたしはあなたと話せて幸せです。ゆっくり生きていきなさいね」
なんて言っていたくらいで、わたしの両親はわたしが幼い頃から
こんな調子だった。

身体的な暴力もほとんどなく、言葉の暴力も証拠を残さない。
調教を掘っていくときの困難は、「そう言ってはいるけれど、
実はこう言っているんじゃないか」というふうに、表面的な言葉に惑わされず、
伝わってくる感じに神経を集中していくことだったが、今回、
わたしが即反応しなかったことで、予期せぬ罵声が飛んできた。

こんなメールだった。
(個人情報、といっても固有名詞だけ変えてそのまま掲載します)
毒親全開のメールだった。


【メール 1通目】
ママは一生悲しい。


【メール 2通目】
あれほどまでに一心に愛情をかけてきたのに。


【メール 3通目】
Abyの大切なパートナーから、パパ、ママ、妹、弟までもが
全否定され罵倒されたということは、どおいうこと。
Abyも一緒ということね。ママは死にたいくらい残念。
でも子供は貴方だけではない。


【メール 4通目】
連れ合いの母親にケンカをうりますと言い、
聞きとれないほどに怒鳴りまくるなんて。心がさむすぎる。
どうにもならない。


【メール 5通目】
言いたい事だけ言って、やりたい事だけやって
感謝も忘れ、我慢も忘れてしまうなんて。


【メール 6通目】
そおいう意味では貴方の大切なPさんに言われた通り、
どおいう育て方をしてきたんですか?と怒鳴られたのも、ごもっともかも。
でもあまりにひどすぎる。



 ・・・ 「(後半) 取引」に続きます。




2014.04.20
Aby



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by jh-no-no | 2014-04-20 01:14 | 復元ノート 1

邪魔するならすればいい

さっきこんなメールが届いていた。

「ママは一生悲しい。」

なんだこのメールは。

恐怖を直視できるか、取引しないでいられるか、
その瀬戸際にいるときに

・・・空気読めよ、

今はあなた(母)にも、Pさんにもかまっている余裕はない。
自分のことで手一杯なんだから。

自分のことは自分でしてくれ。

とりあえず、邪魔しないでくれ。

いや、邪魔してくるのは勝手だけど、
聞き役になるつもりはない。

だいたい何なの、この一文メール?

かまってほしいの?
なんか謝ってほしいの?
どうしたの、ときいてほしいわけ?
それとも、何かの脅しですか。
顔色どんなだ?ゲームですか。

バックに父がいるのかどうかもわからないが
父にもわたしは用がない。

どうでもいいけど、正月以来、メールも電話もしていないのに、
どういう思いで、こういう意味不明なメールを出すのだろう??

・・・まあそんなこともどうでもいい

あなたたちの亡霊と、
あいもかわらず、「こわくないよね、罰せられないよね」と
姑息に逃げ道を探そうとのさばるAC人格、
今、それをなんとかしなきゃ、そういう状態なんだよ。

Pさんもふくめて
実物のあなたたちが、あれこれ出てくるような、
そういう状況じゃないんだ。

あなたたちこそ空気読めよ

と言いたくもなるが、好きにすればいい。


邪魔したければ、邪魔すればいい。


舟のオールを落としそうになり、
ゾンビになりそうになり、
そういうギリギリの状況の一日一日にあって、
そのはかったかのような横槍のメール。

あまりのタイミングなので、
ノートしておこうと思いました。

このメール、どう出てくるか、
返事はしないでおいて、様子を見てみることにします。


2014.04.12
Aby



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by jh-no-no | 2014-04-12 23:44 | 復元ノート 1

(後半) 顔色

 ・・・ 「(前半) 顔色」の続きです。


わたしには、Cちゃんという妹がいた。
わたしが3歳、彼女が2歳のとき
Cちゃんは亡くなった。わたしは覚えていない。
随分なついてくれたらしいが、覚えていない。
妹弟のAちゃん、Bちゃんが生まれる頃にはいなかった。

Cちゃんが亡くなって数十年も経った法事の場で、
わたしは意味もわからず、とめどもなく涙が出て、
どうしようにも、とまらなかった。
いまだにそれがどうしてかわからない。

これは妄想や憶測の類かもしれないのだけれど、
もしかしたら、わたしはCちゃんと、兄妹として生まれようと
一緒に約束していたのではないか・・・と、
先日ふと思い、感覚的な記憶でも思い出そうとしてみた。

あの涙を思うと、約束して生まれたのに、
一緒に生きていけなかったことへの涙、これは
「誰とも」共有できない二人だけのものだった気がする。
その意味で、わたし(たち)は家族と完全に孤立した、
そんな感覚がある。お墓参りにいっても、わたしはよく
「Cちゃんの分も生きるからね」と声に出さず、唱えていた。

これはわたしの思いこみかもしれない。

ただ、わたしのなかにあるこの
「約束したのに守れなかった」という罪悪感が
強く刺激されるのはたしかで、同様のものを
Pさんにも感じたことがある。


「幸せにできなかった」という妙な罪悪感が、
「誰かを守りたいのなら、自己犠牲しろ」という言い分、
まるで、「親に死んで欲しくないなら、言うとおりにしろ」
という毒親の言い分にもきこえるこの言い分を、
侵入させる隙をつくっているようにも感じた。


ここにもまた、幸せ、という漠然としたものがある。
わたしがイメージする幸せってなんだろう?と考えてみると、
これも偏っているものだった。


「相手の笑顔」


おそらく、この要素が大きい。


「相手が笑ってくれること」

考えてみるものほとんどが、これだけだった。
わたしが思いこんでいる幸せって、誰かの笑顔のことみたいだ。
では、自分が笑っていたこと、笑っていて楽しかったこと、覚えていますか?
と自問すると、何ひとつといっていいくらい覚えていない。
笑顔でいたことは覚えているけれど、心から笑った記憶がない。
まして、それで「あのとき幸せだったなあ」なんていうのはなくて、
「あのときはよかった」と思うのは、どれもこれも、
他者の笑顔がそこにあった。


顔色、という意味では、不機嫌さだけに左右されているのでなく、
笑顔とか、そういうものにも、多大に影響を受けていて、
「相手の喜怒哀楽」を、まるで、「自分の」喜怒哀楽としているかと
思えるほどに、いつも、「相手」が中心にあった。


先日、こんなことがあった。


近くに保育所があって、たまたまその日、
窓から子どもたちと保育士さんが昼食をとっている姿が見えた。
なんてことない素朴な保育所なんだけれど、木の床があたたかそうで、
木漏れ日のなかのその生活を見て、

「こういうの、いいな」

って思った。

それと同時に、へんな違和感を抱いた。

この微妙な違和感はなんだろう、と思っていたが、
これは「自分で舵がとれていないとき」のあの居心地の悪さに似ていて、
ドキっとした。

誘導されている、といった感じ。

こういうときは、拒絶よりもむしろ、

「自然」

に思えてしまう。
それを疑いたくない、という思いがしてきて、吸い込まれいく。
でもよく観察すると、「そうしないと、そう思わないとすまない」という強制力が
どこか働いていて、自由に選択できる感じがそこにないのだ。

「そうしなきゃ、そうするのがいいにきまっている、
あれはよかったんだ。あの感覚だけは確かで、いいものだった」
というような感覚だけど、背後で、〝誰か〟が糸をひいている。

いくつか、ノートに「あのときはよかった、うれしかった」と
これと似たような甘いものを感じた記憶を書き出してみた。


共通点がみつかった。


どれもこれも、母親なり、また母親にかわって子どもを
保護する役の人が、


「しっかり目をみて、わらっている」


母が子を見ている光景、


言葉で言ってしまうとなんてことないのだが、
わたしはそういう光景をながめ、
またそういう光景に自分も浸っていけるとき、
わたしはその光景、しっかり目をみて笑っている、
そういう時間を失ってはならない、守りたい、と思った。


「母が」

「子どもを」

見ている、しっかり目をみて、笑っている光景。


これはわたしにとって、まったく当たり前じゃなかった。

というのも、わたしは、
わたしが母に向けて意識を向けていたことは常だったけれど、
母がわたしに向けて意識や関心を向けてくれたことはない、
と思っていたからだ。


母→わたし、という関心の方向性が
まったく想像できない。というか、実感が持てない。


わたしは甘えたことがない、と思っていたし、
甘えたいとも思ったことがないと思っていたし、
事実、そんな記憶もなければ、母もわたしに
「Abyはときに憎たらしいくらい甘えない子だった」と
言ったことがあったほどで、この両親ともに代々続いた
「(母)親に甘えたことがない」という主張は、わたしも同じだった。

両親がわたしに植えつけた母や父の理想像は、
「どんな完璧人間だよ」というような格言でできたような
バリボテだったわけだけれど、
実際にわたしが母に対して抱いていた感情は
どんなものだったのか。
なんだかんだいっても、わたしはよく、
母の顔色をうかがっていたような気がする。
(父の顔色を察するための伏線、母自身の保身のための可能性は大)


それはこんな感じだった。


「どこを見ているか焦点が定まらず、
いつも遠くに立っている。
口がぎゅっとむすんで、黙っていて、
何を考えているのか、どんな機嫌なのかわからない」


こんなふうに母をとらえていたからかもしれない。
わたしは母に対して何の期待もしていないし、
この自分の母に対する無関心さは異常だと思っていた。
甘えたいとか、見てほしいとか、自分には一度も、
そんなことを思ったことがない、と思っていたからだ。


現時点で思い出せる記憶としては、今も変わらない。
甘えたいとか、わたしを見てほしいと期待した記憶もない。


でも、これって、本当に本当なんだろうか・・・?


夜泣きのエピソードもそれと関連するかもしれないが、
もしかしたら相当幼い頃、「母への期待」を捨てた可能性は
ないだろうか?


これは素敵なシーンだな、と以前から思っていた写真があった。
それは自分の写真ではなく、2歳くらいの子どもが
母親がわりの女性(おそらく孤児院で働く保母さん)と
海で遊んでいる写真だった。
その女性と子どもは目と目で会話するように、
その女性は笑顔をまっすぐに、その子に向けている写真だった。

あらためて見て驚いたのは、その女性が
「母とそっくり」だったことだ。


こんなことをシミュレーションしてみた。


もしも死後、わたしが小さい頃の自分に戻って、
若い頃の母がスッと目の前にあらわれて、


「わたしの目をちゃんとみて」
「近くで」
「笑いかけてくれて」


来てごらんと、両手を出されたら、
わたしは母のにおいをいっぱいかごうと、とびついて、
「こうして欲しかった」と言うだろう・・・

と思ったとき、本当に驚いた。


わたしに、こんな気持ちがあるなんて、
想像したこともなかったからだ。


想像のなかで、母がわたしの目をちゃんと見て、
笑ってくれるシーンを今まで思い描いたこともないし、
まさか、それを思うときにこれほど無条件に
ひきつけられるとは思いもよらなかった。

わたしを見てほしかった、
わたしに関心を向けてほしかった、
そんなことは、絶対に思ったことがない、と頭から思いこんでいた。


不快年表を思い出すと、
何かをやめたり、そこから逃げたりするときは、
しばしば、父親似の気狂いが登場した。
何かの切り替わりには、その出口にいたのが父親を
投影した誰かだったケースが多い。

父親の顔色に左右された。

一方で、その入り口は?と考えると、
すべてのケースではなくても、そこには今振り返っても
「あのときはよかった」と感じさせる甘いものがあった。

それを思い出してみると、そこにはわたしの笑顔が
あったわけではない。むしろ、
「これは自分の人生じゃないよな」と思いながらも、
それでも、踏み入った世界だった。

そこにはいつも、誰かの笑顔があったように思う。

そしてわたしはいつも、こう思った。

「相手が笑ってくれるから、喜んでくれるから、
助かったと思ってくれるから、これでいいんだ」と
思いこもうとした。たとえしんどいときがあっても、
「まわりが笑ってくれること」が、わたしにとっての唯一の支えで、
そこが自分の居場所だ、天職だ、あるいは運命だ、と思った。

そのどれもにあったのは、おそらく、わたしが母にしてほしかったこと、
目と目をあわせてくれること、その眼差しを向けてくれること、
関心を向けてくれること、そういうことが「くまなく」投影されていた。
はじめての職場もそうだった。
まるでここは天国かとも思えるほどだったし、
わたしもそういう場所をずっと求めて、そんな活動も始めたりした。

思えば、Pさんは、まさに母から「おあずけ」されたものを
「ほら、あなたが望んでいたものでしょ」と差し出された
光そのものだった。


こういうのを、あてがわれた、
というのだろう。


わたしは運命と誤認した。
(親仕立ての筋書きとしては、正しかったのだろうけど)


そうでなく、
わたしはそれに「飢えていた」ということだったのではないか?

運命とか、使命とかじゃなくて。


セックスに対する渇望もそう。
わたしは会話をしたかった。どういう会話をしたかったというと、
目と目をあわせて、わたしは女性と交歓したかった。
体温や匂い、そういうものを近くに感じたかった。


埋まることのない「足りないもの」を
ずっと補おうとしてきた?


舵をとられ、自然に誘われそうになるその先には
いつもこういう甘い光景があった。

その後の半生を眺めなおしてみると、
性に対する遍歴も、また、女性や子どもに対する過剰な関心も、
わたしが失ったものを、とり戻す大プロジェクトだったのかもしれない。
状況が整っていただけに、猛毒をふりまく結果になった。
わたしは子どもに注がれる母親の眼差しまでも
「わたしに向けさせよう」とした。
代理復讐をしていることに、わたしは気づきもしなかった。


昨晩、嫌な夢をみた。


父と警察官、まさに権力、罰する人の象徴と、
そこに、弟やPさん、学生の頃の友人が、
なんだかスケープゴートのような位置にいるよう。

見捨てるか、従うか、どこかためされているような夢?
いくつかの局面。

具体的な内容は覚えていないが、
わたしは「なんとかしよう」としている。
今思うと、どれもこれも胡散臭い場面。

すごむ処罰者、だます処罰者、
味方のふりをする処罰者・・・

それに対して、わたしはどう反応している?

呆れるが、わたしも、すごむ、だます、
味方のふりをすることで、なんとかしようとしている。

なんとかそこを切り抜けよう、
うまく取引をしようと。


何かがおかしいと感じ、ハッとこう思って
今朝は目を覚ました。


「わたしが見ているのは、
やはり、相手の顔色だ・・・」



2014.04.11
Aby


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by jh-no-no | 2014-04-11 14:03 | 復元ノート 1

(前半) 顔色

絶対に揺らがないものを求めてきた。

「何が」揺らがないことを
求めてきたのか。

つきつめて考えていくと、親の顔色のようだ。

親の顔色、親の機嫌が
「自分の死」に直結していていたからではないだろうか。

「親が不機嫌になりませんように・・・
ずっと、機嫌よくいてくれますように・・・」

こうやってずっとわたしは、
顔色次第でびくびくしている、という状態に
ずっといた、ずっといる。

相手の顔色が良ければ、
「いつ、それが豹変するだろう・・・」と不安になり、
相手の顔色が悪ければ、
きっと自分が悪いことをしたのだろう、と思いこみ、
決めつけて、不安になる。

休まる時がない。

いつも、安心したい、安心したい、としてしまう。
でも、そんなことをして、得をするのは誰か。


これも親だ。


なんで安心しなきゃならないのだ。


不安にさせてきたのは、親たちだ。


「顔色を読み間違ったら、」
「空気を読み間違ったら、」
「状況を読み間違ったら、」

 → 罰せられる

という考えがしみついている。


親の話によれば、生後すぐのわたしは
とりあえずよく「泣いた」という。

「夜泣きがひどかった。寝ないし泣き止まないし、
何やっても泣き止まなかった」

と、父も母も言っていた。

一方で、幼児期のわたしは、泣かなかった、らしい。
わたしも泣いた記憶はほとんどない。
「Abyは小さい頃、泣かなかったわよ」と母。


この矛盾、どこかおかしい。


「おなかがすいたからって、いつでも食事が出てくるわけじゃない。
わたしは女中じゃないんだから」

と言って、子どもの頃、そうやって食事を与えないで
我慢することを覚えることも「自立」だ、としてしつけた母。

「子どもってぜんぜんかわいいと思ったことがなかったし、
Abyが生まれてからも、あー、こんなのが生まれちゃった、タイヘンだ、とは
思ったけど、かわいいとは思えなかった。だいたい、子ども嫌いだったし。
(5歳下の)Bちゃんが生まれて、はじめて、子どもってかわいい、と思えた」
と、こんな話も母はしたことがある。

わたしはドアが少し閉まったり開いたり、
わずかな金属音で目を覚まして泣き止まなかったらしい。
「何しても」泣き止まなかった、と父も母も言う。

いったい、何してもって、何をしたんだ?

「Abyは赤ちゃんの頃から、神経質」だと。

おなかがすいても、自立と称して我慢を覚えさせた母。
そもそも、子どもが嫌いだった母。

そんな母親と、「そうそう、Abyは手がかかったなあ~」と
からかうように笑って話していた父親が、

桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S336

に挙げられている、

>「おっぱいを欲しがるのに、長時間あげない」
>「泣いているのに、見にも来ない」
>「泣くと、怒鳴られ、閉じ込められたり、殴られる」


の3つをやらないわけがない。
その当時の記憶は思い出されないけれど、
しつけと称して、当然のようにやったんじゃないだろうか。

代々「無視しないでくれ、自分に気をつかってくれ。
わたしはどう思われているのか?」と見捨てられ不安で
いっぱいの両親(とくに父親家系)が、無視しない、わけがない。
おっぱいをあげないなんて、我慢教育として当然やったろうし、
閉じ込めるのは、「殴っていないから虐待じゃない」、とか
マジで思っていそうな毒親たちだ。

泣かせない、ということは
親からのその制圧に対して、あるいは無視、殺意に対して、
不快を表現させない、押さえ込む、ということだ。


泣くと、死ぬぞ。


まさに、

>「親がいなくなったら、お前は困るんだ。だから逆らうな」

という恐怖を植えつけ、わたしは恐怖に屈した。
それは、「自分」でなく、「親の都合」を優先したことになる。


〝親の顔色〟を優先したことになる。


わたしの顔色はどこいったんだ?
わたしの不快は、どうしてそのままでいい?

親の都合を優先しただけで、わたしはちっとも
安心できたわけじゃない。
脅迫され続けているだけだ。

「殺すぞ」

と、ずっと言われている。

殺されないでまだいることを確認しては
それが安心だ、と錯覚することはできても
それ、不安のただなかだ。
安心なんか、一度も、していない。


安心なんかしていない、不快なままだ、と
どうしてその素直な気持ちを曲げたり、
認めなかったりしたのか。


何が「しかたがない」のだろう。


「相手の顔色が変わったら、
自分が罰せられるのは・・・しかたがない」
というふざけた考えにずっと毒されてきて、でもどうして、
何がしかたがないのだろう。


・・・わたしが認めているからではないか。


そういう親の理不尽な振る舞いを、
わたしが今もなお、認めているからではないか。
許しているからではないか。

自分が罰せられる余地、罰せられてもいい自分、
そうやって切り売りしていい、自己犠牲していい自分を
わたしが認め続けてしまっているからではないのか。


わたしのなかで繰り返される命令の声は、

「あなたは罰せられる可能性のある人間なので、
罰せられない行動をしなさい」

という脅しだ。


罰せられる行動?

罰せられない行動?


・・・わからない。


いくつか試しやってみたが、わからない。
わからなかった。

このトリックは、実にこの、
「わたしがわからない」という点にあった。
それゆえに、これは悪質な命令で、命令者次第、
親次第だった、ということ。


「これって、罰せられてしまう行動なんだろうか・・・?」

という不安が最初によぎり、決まって次の言葉は、


「誰か、教えて」

となる。


その誰か、が、つまり、
「親の顔色」なのだ。

笑っていれば(あるいは笑っていると思えれば)、
束の間、ほっとする。安心、と錯覚させられる。

そして相手が怒っていれば(あるいは怒っていると思いこめば)
恐怖し、とりみだし、不安になる。

こうやって、


「自分がやっていたことは、たぶん、よかったんだ」
「自分がやっていたことは、たぶん、ダメだったんだ」


を延々と繰り返している。
ここに自分の意思がないために、せいぜい
「思いこむ」ことしかできない。
なんとかいち早く思いこもうとするために、
何もかも、他人も情報も都合よく曲解し、悪用する。


何が罰せられる行動で、何がそうでないのか、
わからないのは当然だ。
だって、親が気分で決めているのだから。
(昔、こんなことがあった。母が不機嫌だと、とりあえず
「ごめんなさい」と言ってみる、というのをよくやっていた。
「何言ってるの?!」と言われ、空振りだったのかどうかさえわからない)

しかも、それをわたしが認めちゃっている。
決定権だけでなく、罰する権限までも許してしまっていた。


いざ、いろいろ試してみると、


・・・罰ってなんだよ?


「なんで罰せられなきゃいけないんだよ。
〇〇しているだけじゃんよ。好きにやって何が悪い?!
何で罰せられなきゃいけないの、ふざけんなよ」

とその理不尽さに憤りを感じた。

「ふざけんなよ、意味わかんねーよ。
やめろよ、はなせコノヤローー!」

という感じで、自分の意見に従っていれば、
これ、当然の反応じゃないか、と思った。
理不尽だから理不尽だ、とか、
当たり前だから当たり前だ、とか、そう思っているから
そう言っているだけで、ここに、
「罰せられちゃう・・・きっと自分が何か悪いことをしたんだ。
しかたがない」なんて、そんな余地などない。


考えてみれば、実際に受けた罰って何か覚えているか?
と言えば(夜泣きの頃はわからないけれど)、
直接暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたり、
実体となる具体的なものは、ほとんどなかった。


なのにずっとこわがっているのは、
弾なしのロシアンルーレットを、やらされているようなものだ。
親の顔色を察するたびに、ひきがねをひく。不発。


「今の自分はいいんだ」


とし、自分は承認をもらった、と思う。

承認をもらった、だから、自分は罰せられないんだ、と。


最悪なのは、毒親は(わたしの記憶に残るところには)
「弾を入れなかった」ことだ。

わたしはつねに緊張し、親の顔色をうかがい、
機嫌を察し、行動をとる。ひきがねをひく。

こうやって、飴の調教は成立したのではないだろうか。
実は弾が入っていない(のを子どもは知らない)。

親の都合、顔色をみて、
必死に行動すれば(ひきがねをひけば)、死なない。
よかった、と思ってしまう。
これが安心だと錯覚する。でもまったく違う。
ロシアンルーレットをやらされ続けていること自体、
不安であり、不幸なのだ。

不安をともなわない承認なんてない。
そこに「安心」など、ありえない。なのに、それを
安心と錯覚して、親の都合に従い、のさばってきたのが
わたしのいくつものAC人格で、

「平気だよ、大丈夫だよ、こわくないよ」
と平然を取り繕う。感情を押さえ込み、麻痺し、こうやって
平然としていればこわくないと「思いこもう」としている時点で
「不安だ」と言っているのと同じなのに、落ち着きを必死に装って


「今の自分はいいんだよね」
「今の自分はまともなんだよね」


こう言いたがるAC人格がいる。
そうやって誰かにたずねている時点で、ぜんぜん、まともじゃないと
思うけれど、これって、そもそも、どうなるとよくて、どうなるとまともだと
わたしが思っているのか、を考えてみると、


「罰せられない自分」


というのが、どうやら、わたしが思いこんでいる
「まとも像」らしい。完全に毒親に洗脳されている。

当然、この考えの裏には、「罰せられうる自分」がいて、
そのどっちにころぶかは、承認者次第だ、ということ。
「まともか、そうでないか」をいつもびくびくして、
他者の顔色をうかがっていることの、どこの一点に、
「まとも」があるというのだろう?

わたしの両親は、それを「安心」や「飴」と思いこませようと調教した。

違う。

安心でなく不安で、飴でなく恐怖。
殴ったり殴らなかったり、殴るふりをしたり、
そういう親に怯え続けていること、その親の亡霊に
休みなく終わりなく怯え続けているのであって、
間違っても、「殴らないでいてくれること」が
安心なんかじゃない。


この、親の亡霊、


「わたしを罰することができる人がいる」


という先入観は、なんて強いんだろう、と思った。
そこからスタートしてしまっている、そこが
前提となってしまっている。

拷問を想像し、恐怖する癖は、
そもそもそういう「言われのないイメージ」を
もたされること自体、はなから自分をどこか、
囚人や罪人のように、「自分で」認めてしまっているからで、
だいたいが、「そんな目に」あうこと自体を
わたしは鵜呑みにし、認めている時点で異常だ。


「誰かを守りたいのなら、自己犠牲しろ」


罪悪感と自己犠牲を天秤にかけさせる。
それは、利他と利己を天秤にかけさせるのと変わらない。
拷問は、「利他は利己よりも尊い」というのを
学ばさせるためのものなんじゃないか?
「何か自分とは別ところにあるものへの忠誠のために、
自己犠牲をすることは尊いことだ」という刷り込みが
たしかにわたしのなかに巣食っている。

でも、これはおかしい。

わたしが自己犠牲にすることが
誰かを守ることと、どう、関係あるんだ?

極論、わたしが死んで、すごく苦しんで死ねば、
その分、誰かが幸せにでもなるというのか。
そんなわけありそうにないし、仮にそうだとしたら、
そんな交換条件は狂っている。

わたしがこの仮想の恐怖に恐怖してしまうとしたら、
わたし自身が、「利他と利己」を天秤にかけているからだ。
わたし自身が、誰かのためにやる、誰かの幸せを願うのは尊い、
そのためには、自分は犠牲になるのは「しかたない」という余地を、
わたし自身が認めてしまっている。

こわくて当然だ。

でも、この言われのないイメージから
わたしは降りなければならない。

どのみち、このイメージには、正解なんてない。
だって、わたしも幸せにならないし、
誰一人として幸せになんてならないんだから。
秤にかけるようなものは、みんな、幻想であって、
そんな幻想の利他や利己を選んでも、誰も幸せになんてならない。
自己犠牲したからといって、罪悪感に嘆き苦しんだからといって、
どんな未来が描ける?

親仕立ての、今のような楽しみのない生活と
なんらかわらないビジョンしか描けない。

きっとわたしがやらなければならないのは、
「そんなことをしかけてくるヤツ(親の亡霊)」に対して、
徹底的にたたかい、退散させること。


生きよう、生きたいと、思ったから。


だから、この仕組みをひっくり返して、
ご破算にしたい、しないといけない。
わたしも、Pさんも、誰も幸せにならなかったんだから。
それが本当につらいから。
だったら、そんな不幸を続けてちゃダメだ。


断ち切る、

約束された不幸なんていらない、


「わたしは利他の価値とやらを
学び直すために生まれてきたわけじゃない。
だから自己犠牲もしない」

と、突き放せばいい。



 ・・・ 「(後半) 顔色」に続きます。



2014.04.11
Aby


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by jh-no-no | 2014-04-11 14:02 | 復元ノート 1

②-2 自分の上に置いたもの

・・・「②-1 自分の上に置いたもの」の続きです。
   ※ 報告メール後半部分です。


ここには、一つキーワードとして「忠誠心」というのが
あるような気がします。先日から、「不幸にする親」を読みはじめ、
もしかしたら罪悪感とAC人格との接点で、掘りおこしのヒントとなる箇所が
あるかもしれない、という視点で読み始めました。

このところ、自分の歪曲してしまう癖についても不快を堀りおこしているのですが、
ここにも「何でもバカにできるぞ人格」が顔を出してしまうのはなぜか、と考えると、
「わたしに自分の意見や意思がない」、だから、他人の意見を
都合よく借用(悪用)し、いかにも「自分の意見」かのように姑息に変換したつもりになる。
こうやって自分だけは「借用していない、歪曲していない」と言いたがるわけですが、
本当はそれが嘘であることを本人は知っているので、おどおど、びくびくしている。
そうやって他人が自分と同じような振る舞いをしていると、
「あれは歪曲だ、借用だ、模倣だ」とケチをつける。自分がやっていることなのに、です。
本当にAC人格は喰えないヤツだ、と思ったのは、こうやって自分が感じた不快を
自分で解決できず、相手のせい、状況のせいにする。
「自分に意見がなかった、自分の意思がなかった」ことを直視することから逃げてしまう。

そこで、本を読み始める前に、ためしに、読む目的を自分で決めてみました。
「罪悪感とAC人格との接点で、掘りおこしのヒントとなる箇所にアンテナを向ける」
という目的を立ててみました。読んでいる最中、経験と照合してしまう癖が出てくると、
「あっ」と思うのですが、そう気づいたときは、舵をぐっと戻すようにやってみました。

「忠誠心」という言葉も、この本で見つけました。

以前から気になっていたのですが、なぜ、わたしの親は身体的な虐待はほとんどしなかったのか、
ということです。「身体的な虐待などしなくても、同様かそれ以上の効果があったからだろう」という
ことと、「身体的な暴力を避けることで、あざなどの証拠や、出来事の鮮明な記憶が残らない」
という証拠隠滅が目的だろう、と思っていました。それはそれでたぶんそうなのですが、

>「子供の幸せを取り上げる親」が、子供に生来備わっている親への
>忠誠心を利用して言うことを聞かせるのに対し、
>「身体的な虐待をする親」は力ずくで無理やり言うことを聞かせて
>子供を支配します。 (P99)

を読んで思ったことがありました。

わたしは成人するまで、いや、自我復元をはじまるまで疑いなく持ち続け、
失わなかったのは、「親に対する忠誠心」だった、ということです。
身体的な暴力は、とくに親に対する忠誠心への不信を助長してしまう。
それだけでなく、仮想敵からの威嚇への恐怖を植えつけたのも、
一見、親は味方に見えてしまうため、飴の調教が加わって、見事、
忠誠心を持たせることに成功するわけです。

「親は絶対だ」という強制に対する反抗への去勢計画です。

苦痛の鮮明な記憶が残らないため、親が加害者とわかることはない。
そこでわたしが育んでしまったのは、絶対者に対する忠誠心でした。
(絶対者=わたしを処罰できる人)

この本を読んでなにより一番感じたのは、
「すべてのコントロールを使っているな」という事実でした。
最初は「どのパターンかな」とか思いながら読んでいましたが、
あれ?あれ??えっ!!!!!というくらい、使っていないコントロール手口が
ほっとんどないのです。それゆえに、それは同時にどういうことか、というと、
挙げられた項目をわたしはすべて網羅する「大病人」というか、
重体、もしくは、仮死状態といってよいものでした。
今まで掘り進めてきたことと重なるとはいえ、こう一覧で事実を見せつけられ、
愕然としました。と同時に、自分の重体度の自己診断に甘さがあったと
気づかされました。たぶんAC人格がのさばっている分、そこに甘さを残している
のではないか、といった感じです。

読んでいて、「これでいいだ、なんて、どこにそういうAC人格が頭を出してくる余裕が
あるんだ?どこもよくないでしょ、これじゃ。というか、ぜんぶ、ダメ。ぜんぶ、治療」と、
何度も感じながら、読みました。

・・・感想になってしまったので、元に戻りますが、
だからこそなのですが、なぜ、身体的な暴力だけはほとんど使わなかったのか、
逆に疑問に思ったところ、「忠誠心」と考えるとしっくりきたのです。
一方、わたしもこれだけのことをされて「不快」に感じなかった、
それは洗脳ゆえだと思いますが、これ以外にもその理由が見つかりました。
・・・また横道にそれそうなので、それは後述します。いずれにせよ、
わたしは「不快」よりも「すべきことをした」と思ってきました。
親の世話や心配も「すべきこと」として不快とは感じていなかったのですから、
完全なAC、大人子供です。

結果、わたしは成人してからも、継続して、
「この家族の面倒は、わたしが見ている、管理している」
という意識をずっと持ち続けました。
「親を守る」「親を助ける」のは当然であり、
その逆を意識した記憶は、たぶん、ありません。

ここは想像ですが、
もしも両親がPさんをあてがったのだとしたら、
Pさんとの生活に向けて、これに耐えうるように、
「徹底的な修行、忠誠心の育成」を
親相手にしてきたのではないか。
すべきこと、という使命を向ける対象が、
「親から、Pさんへ」移っただけでないか・・・

親との間で、またPさんとの間で起きているのは、
実際は、「自己犠牲による搾取」なのですが、
これが幻想上の利他、エセ利他行為を成立させていて、
それを手段とすることでの「副産物」としての快が
AC人格にまわってくる見返りかと思いますが、わたしはそこに、
「それこそ、自分がすべきことをしているという納得、
使命をまっとうしているという満足感」をあてているのだと感じました。

だから、事実は「自己犠牲の上での搾取」としか客観的には
見えないのに、わたし一人だけは、「自ら好んで」純粋な利他行為に
いそしんできた、と思いこんできたのだと思います。
依存対象を変え、同じようなことをしてきたのが、
内職活動でしたし、他のものもそうでした。
(年度末の切り替わりで、どう考えても自己犠牲の上での搾取でしかない、
という団体・行政との契約、登録は解除していく予定です。)

自分にとっての利他行為、というのは、どういうものなのか、
もう一度、考えなおしてみました。

仕事をしているとき、
この時間をわたしはどう感じているのか?

以前にもブログにも書いたことですが、
「自分の時間を守ってみせる人格」が出てくるとき、
自我復元作業をしていることも、このAC人格は悪用し、
「自我復元作業、分析をしている自分は、まともなんだ、
これでいいんだ」とやってしまう。自分の時間を守ろうとし、
この時間だけは、自分の時間、自分の自由な時間、としてしまう癖がある。
これは、元をたどれば、「好きなことは自分ひとりでしなさい、
他人の前では喜怒哀楽を抑えなさい」として、ご丁寧に
「ひきこもる余地」まであてがってくれた毒親の手口に行き着きます。
ここなら邪魔されない、と思いこんだAC人格、
ここなら居て大丈夫だ、と思いこんだAC人格です。

このAC人格のジレンマは、一方で、「邪魔されてもいい時間」を
必要としていることです。

たとえばそれが、仕事の時間なのだ、ということに、
先日、気づきました。

「今は自分の時間じゃない」
「ここでの時間は、我慢の時間だ、自分がダメでいい時間だ」

言うまでもなく、我慢思考や自虐思考などの影響をモロに受けています。
どこをとっても「自分が」生きているべきなのに、
どうしてこう簡単に自分の舵を手放してしまうのか、
このAC人格の挙動も意識はしているのに、どうしてこののさばりが
自動的ともいえるほど強いのか、ここを考えてみたくて、
仕事中、

「邪魔されているんだよ、わたしは」

と思いながら、どういうことが気持ちのなかに起こるか
観察してみました。

すると、「誰も、邪魔してないじゃないか」という、
ひどく当たり前なことに気づき、驚いた。

誰が我慢していろ、など言った?
誰が自分はダメだ、と思いこめなど言った?
自己犠牲しろって、誰が頼んだ?

そしてもっと驚いたのは、

「わたしがそう思いこんでいた」だけだったことです。

だから率先して、我慢したり(誰も頼んじゃいないのに)、こんな自分は
ダメだ、とか一人よがりに思って、勝手につらく思って、そのつらさに対して、
これまた勝手に「大丈夫、平気」と自作自演している。
そんなことやってくれ、とだーれも頼んじゃいないし、見ちゃいない。

自己犠牲を前提とした利他など、わたしはやりたくなかった。
わたしは全時間にわたり、わたしが主人公の人生を望んだのに、
それを一部、犠牲にすることをゆるしてしまった。
利他のために。それも「エセ利他」。AC人格のしうる利他。
だから「その見返りに」と、自分の時間だけは邪魔しないでね、と
ひきこもるという手段をとって生きのびてきたAC人格。

仕事のこの時間を「利他」と、勝手に、「位置づけてきた」。
「この時間は邪魔されている時間、邪魔されてもしかたない時間」と
決めつけてきてしまった。まるで、「利他の時間、ちゃんとつくるから、
わたしの時間は邪魔しないでね」と、ビクビクしているようだ。

先ほど、

>わたしは全時間にわたり、わたしが主人公の人生を望んだのに、
>それを一部、犠牲にすることをゆるしてしまった。

と、「一部」と書いてしまいましたが、実際は「大半」だったと
思いました。多くの時間をその「エセ利他行為」にあててしまったと思います。
成人してからのアルバイト先、勤め先でも同じでした。
「わたしが相手に要求しない限りにおいては」わたしに利用価値を
感じた人が、わりといたと思います。もちろんその最たるものは親であり、Pさんです。
でも、この構造は、アルバイトでもどこでも同じでした。
それは当然のことで、そうやって社会に出ても振舞えるようにしつけたのが
わたしの母であり父だったからです。

「わたしに言ってることと、わたしに伝えている感情が180度違う」という
その洗脳によっても、自分の不快が麻痺をし続けてきましたが、
そのうえ、(エセ)利他行為だったわけですから、なかなか相手も
「Abyさんってちょっと変わっているよね」とは思っても、それを指摘してくれること、
たとえそれが罵倒であっても言ってくれる人がいなかった、という意味で、
失敗経験が乏しすぎました。成人前はほとんどなかったし、
成人後にもなると、そういう自己愛的な振る舞いを「自由人だ」と
錯覚して振舞えるAC人格も強く育ってしまっていました。

こうなると、もう、自分の「欠陥」に気づきようもない状態で、
はりぼての、どこにもリアリティーのない言葉だけで、
自分の世界を作ってきたわけです。無自覚でしたが、
完全に嘘の世界です。やっている内容がどうのこうのでなく、
わたしがまったく思っても感じてもいないことを、言ったりやったり
している毎日。ここで出会ったのが、自我復元でした。
そしてそこではじめて、「あなたはおかしい」という事実、
自分に欠陥があったと知りました。欠陥だらけなのに、
わたしは「欠陥がない」と思っていたほど重症でした。

少し話がそれますが、もしもこの「不幸にする親」という本を
一年前の今頃に読んだとしても、わたしはこの本とは無縁だ、
「何ひとつ、該当するものがない」と疑いなく思ったはずです。
全部該当する、といってもよいほどなのに、です。
このことを考えたとき、ぞっとしました。
読んでもここまで何も理解できないことがあるんだ、と思いました。
そうして理解できないだけじゃなく、「自分は違う」とかずっと
勘違いして生きることになる。自我復元をやっていなければ、
この本はわたしにとって、無価値どころか有害になったと思います。

話があちこちいってしまいました。

昨日、こんなことがありました。といってもよくあることで、
Pさんはとりあえず家のことはしません。買い物もまずしませんし、
やったらやったで「やってあげた」という雰囲気を全面に出します。
以前からこういうことはよくあって、数ヶ月前だったと思いますが、
「それにしても何でこんなイライラするんだろう・・・」と考えたとき、

「わたしが我慢しているからだ」

とあらためて認識しました。

イライラとしたときに、どういう我慢をしているのか、というより、
我慢をしてきたからその限界を感じてイライラするわけであって、
問題は日々、わたしが我慢することに甘んじている、という点にあったので、
先日もふとイラっとしたときに、このことを確認しましたが、
ちょうど先ほどの仕事のことを考えていたこともあって、
はっと気づいたことがありました。

仕事の時間と同じなのです。

「Pさんとの時間は、自己犠牲にしている時間。
邪魔されている時間なんだ」と、わたしはそれをずっと、
「自分で、認めてしまっている」のでした。
だから、わたしこそ、「やってあげている」という気持ちが出てくる。

Pさんを中心にいろいろ考えていくと、
両親との生活も「Pさんとやっていくための」の訓練だったとも思え、また、
こういった外部との(エセ)利他活動も、親の加害性を隠す「完全犯罪」
のためにあてがったもの、とも思えてきます。なぜなら、そこでは
「自称・成功体験」となる確率が高いからです。自称というより、
もはや、親称です。

もちろんそれ以外にも代理復讐もあると思いますし、
このあたりは関連妄想ですが、そう考えていくと、

「Pさんへの忠誠」

へのストーリーが浮かびあがってくるような気がしました。
偶然にしては、環境が気持ち悪いほどそろっているように感じました。

邪魔されている、と知っていて、
大失敗だった、と知っているのに
それに甘んじて自己犠牲を「しかたない」としてきた
幻想の上に成立していた利他性。

昨日、Pさんといたときに、
思わず鼻歌を口ずさんだとき、このことを痛感しました。
わたしはこの時間、Pさんとのこの時間を、
こうやって我慢する時間、自分を押し押し殺す時間とずっとずっと
「位置づけてきて」、本当は、窮屈で、なのに、
「利他だから、これは自分の時間じゃないから」と自ら思いこんで、
それで勝手に苦しんで、どうしてもつらいとき、
大好きな歌を「手軽に作れる自分の時間という逃げ道」にして麻痺していたこと、
これは自分でわかっているつもりでしたが、
相当な、自分へのSOSだったのだと思います。

・・・

罪悪感ということを念頭において、この一週間、生活してみました。

「どうして、ただ悪く言ったりしたの?」という声にドキッとするだろうこと、
また、Pさん関連では、「どうして守ってくれなかったの?」という声に
ドキッとするだろうこと、このあたりから掘り始めてみました。

AC人格による幻想上の利他性と罪悪感との接点を
うろうろしている感じになりました。
自分自身、「邪魔されていい」とする時間を自ら設け、
それを「利他」と思いこんできたこと、今回、掘り進めていくことで、
AC人格と利他の接点が、見えてきた部分です。

自己犠牲の搾取の上になりたった利他、
これこそ、幻想の上になりたった利他だったと思いました。
そんな利他など「いらない」と最初から宣言している自分がいます。
邪魔されている、とずっと思ってきたわけですから。
それでなんとかしようと、そのなんとかするやり方が
歪んでいたのだと思います。
ストレートに「誰も邪魔するな」と言えればよかった。

父はよく「自信を持ちなさい」といい、
母はよく「しっかりしなさい」といいました。

本当の父親の姿は自信などなく、いつもおどおどし、
だからこそへんに威勢をはり、自分以上の自分に見せようと
していました。「自分は強いんだ」と。

本当の母の姿は、実は感情のアップダウンが激しく、
だからこそ、平然を装っていました。「平気だ」と。

自分は強いんだ、自分は平気なんだ、と、
そうやって生きてき父と母が見せなかった、隠そう隠そうと
し続けたのは、なにより、「こわい」とか感情だったと思いました。
両親にとって、世の中は「こわくない」と思いこむ必要があったと思います。

そういう両親を見て、わたしがはたして「こわい」など
口にできたかというと、できるはずがない、と思いました。
なんでわたしは世の中をこわがっていて、なのに、
こわいと言えないのか、言ってはいけないとどこかで思っているのか、
これはきっと、父も母も同じで、それが感染したのだと思いました。

Pさんのことを考えてみると、自分は強いんだ、平気だ、とする態度は、
父と母そっくりで、この点をとっても、両親はPさんと上手くやっていく
(長続きさせるための)修行にあてがわれたのかも、と考えたりもしました。
親が都合の悪いものは、わたし(Aby)一人が抱えこむように、
Pさんが都合の悪いものは、わたし(Aby)一人が抱えこむ、といった相似形。

まとまりのない報告文で、随分、長くなってしまいました。
まとめることができなかったので、掘り進めていった時系列で
そのまま書かせていただきました。

罪悪感について、まだ他にも出てくるかもしれませんが、
まずは今回のところを意識して、罪悪感が頭をもたげたら
宣言文を読み、宣言していきます。

Aby


◇ ◇ ◇


引用させていただいた書籍


『不幸にする親 人生を奪われる子供』
ダン・ニューハース 著
玉置 悟 訳
(講談社プラスアルファ文庫)


下記の記事にこちらの書籍の紹介がございます。

桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S335


◇◇◇



2014.04.03
Aby



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by jh-no-no | 2014-04-03 03:04 | 復元ノート 1

②-1 自分の上に置いたもの

・・・「① 自分の上に置いたもの」の続きです。


①の投稿(追記)の報告メールを掲載します。
文字数が多いので半分にわけてアップします。


◇ ◇ ◇ 


崩残様


罪悪感をいくつか、引きずり出してみました。

>仮に、全自我になったとしても、
>どうも、こういう局面で、罪悪感を刺激されたら、
>自分は罪悪感を持ってしまうだろうなと予測されるものは何か、

という点です。少し長い報告となってしまうかもしれません。
サインまでが報告文となります。よろしくお願いします。

件名にも書きましたが、罪悪感を掘っていく過程で、しばしば、
幻想上の利他について考える機会がありました。
掘っていく間、そのことをわたしは「エセ利他(行為)」と呼んでいたので、
その言葉も使わせていただきます。

・・・

罪悪感について考えてみると、昔から、

「口にしたら絶対ダメー」
「頭に思い描いても絶対ダメー」

というような、無条件に「ダメ」と思っている、拒絶している感覚があります。

その一番古い記憶をたどってみると、幼い頃、
「もしもパパとママが死んでしまったら・・・」と考えてしまったときの感覚で、
このとき、どういう感覚かというと、一瞬であったとしても、
「両親の死を想像してしまった」というものです。
これは子どもだったわたしにとって、一瞬、「死ね」と言ってしまったのと同じに思えて、
「なんてことを想像してしまったんだ・・・」という恐怖がありました。

そういうときは、その考えを打ち消すように、頭をブルブル拒絶するように震わせ、
目をぎゅっと閉じ、あごに力を入れて、「なかったことにする」。
そんなこと考えなかったよ、と言おう言おうとする。

こういう感覚は、大人になっても、どういうときに出てくるかというと、
対象は親である必要はまったくなく、他者、動物、あるいは物や自分自身に対しても、
(以下、それらを相手、と呼びます)、その相手に対して、たとえば、
「死んでしまったら」とか「死んだりして」とか「死んでしまえ」とか、
あるいは「こんな酷い目にあったら」とか「酷い目にあったりして」とか「あってしまえ」とか、
そう考えるとき、同じ、感覚が想起されます。

ここで、どれも共通しているのは、

「ただ」

相手を悪く言ったり、思ったり、想像したり、
そういうことをしたときに、罪悪感を感じることです。

これはわたしのへんな癖だな、と自分でも思い、しかもへんな罪悪感が
残るので、こんなことは他の人に話したことは一度もないのですが、
わたしは時々、すごく残酷なことや、残酷でなくてもその人の死を
「ただ想像する、してしまう」ときがあります。
何の恨みも、なにもないのに、です。
こういうことは誰しもあるのかもしれませんし、そうでないかもしれません。
そのあたりは確かめたことがないのでわかりませんが、この
「ただ」悪く思う、「ただ」酷く思う、というのは、自分ではへんだ、と思ってきました。

ここは自分でも気になっていたものでしたので、
今回、何がへんだ、と感じているのか考えてみました。

「いい気味だ」というのは、わかる気がします。
ざまーみろ、と似ていて、たとえば、相手に嫉妬していたり、恨みがあったり、
バカにしていたり、そういう場合に、相手の不幸をあざ笑う、というものです。
これはわたしの場合には、「何でもバカにできるんだぞ」人格そのものです。
AC人格であり、そのバカにするという手段に対して、見返りとして計画された
(たとえ無自覚であっても)「快」があります。あるいは、安心です。
もちろんそれは自己信頼の欠如からくる依存でしかないのですが、その束の間の
安定もどき、安心もどきと取り引きをします。自分に利することがあった、と
AC人格は慢心するわけですが、これが「いい気味だ」とか「ざまーみろ」という声になる。

わたしのAC人格の挙動を見ると、少なくとも、そこにAC人格にとっての「うまみ」が
あるから、それが見こめると思うから、だから、相手を悪く言ったり、バカにしたり、
相手の不幸を願ったりするのだと思いますが、罪悪感に焦点を当ててみると、
こういうときは、なぜか、相手を悪く言うことに躊躇がない、といいますか、
それこそ正しいとばかり、罪悪感は感じないのです。

そこで、もしも、死後、こんなことを言われたらどうだろう、と
考えてみました。

「あなたは自分に快の見返りも何もないのに、
相手を悪く言ったのですね」

こういわれると、ギクッとしてしまうかもしれない、と思いました。
「どうしてただ悪く言ったりしたのですか?」という投げかけに対してです。

ふと思ったことですが、こういう罪悪感があったとした場合、
何ができなくなるか、やりにくいかと想像すると、
「悪いものを、悪い」「間違っているのを、間違っている」と言えない、
ということではないだろうか、ということでした。
たとえ自分がそう思っても、そこでもしも、

「あなたに関係ないでしょ。そんなこと言って、あなたにどんな
メリットがあるの?あなたに何の得があるの?ただ悪いだの、
ただ間違っているだの、騒ぎ立てて、あなた、迷惑かけているのわからない?
余計なお世話なんだよ。」

と言われたら、どうだろうか?と考えてみました。

ここでひるむ気がしました。ひるむ、ということは、
「ただ感じたこと、ただ悪いと感じたり、ただ間違っていると感じたり」
そういうことに対して、どこか罪悪感がある、ということではないか、
言い換えると、何か自分への見返りがないと、相手を悪く言えない。
悪いことどころか、素直に感じたことすら、後出しジャンケンのように、

「なんであなた、余計なこと、したの?
わたしたち、傷ついたんですけど」

と言われたらひるむ気がしました。
たとえよかれと思ってやったことでも、そう言われたら、
「そう言う相手の都合次第」で、ダメ出しされ、罪悪感が刺激される、
ということです。

もちろん、そこで得をするのは、「なんで余計なことしたの?」と
自分の都合で言ってくるヤツです。植えつけた罪悪感を利用して、
それ以上、何も言えなくさせる手口だろうか。

その罪悪感はどういうものか・・・といろいろ考えてみると、
どうもやはり、「えっ!自分に何の利もないのに、なんでそんなことしたの?!」
といわれることに、強い罪悪感を抱きそうです。

先日、ためしてみようと思って、買い物に行く途中、目にする人に対して、
「死んじゃえ」とか(頭の中で)言おうとすると、「それはダメだよ」と言って、
言うまい、思うまい、という力が働き、罪悪感が沸いてきます。
「バカ」ですら、罪悪感が残りました。
今まではそんなの当たり前だと思っていましたし、考えたこともなかったのですが、
はたしてそんな当たり前のことか、と思い、今度は逆に、無条件に相手を「よく」
言ってみよう、思い描いてみようとしました。

通りすがる人に対して、「素敵だね」「楽しいといいね」「幸せにね」とか
口先だけですが、思ってみます。不思議なことに、相手をよく言うことには、
罪悪感が残りませんでした。

利他=「当然のこと」という先入観、無条件にいいという先入観もあるようです。
「ただ」よい、「ただ」悪いと唱えるだけなら、均等な心象を残しても
よさそうですが、罪悪感に関しては、まるで逆です。
ただ唱えるだけ、ただ思い描くだけで、正反対の心象を残します。


「えっ!自分に何の利もないのに、なんでそんなことしたの?!」
という言葉にひるんでしまうだろう、ということがすごく気になったのは、
もしかしたら、AC人格のように、「相手のため」とか思いながら、実はそれは手段で、
目的はAC人格の満足(快、AC人格の利するところ)だとしたら、
その「エセ利他行為」を手段として生きのびているAC人格は、たとえそう言われても、
「わたしがしたかったから、そうしたのです。わたし自身が望んだことなのです」と
AC人格がしれっと答えて、そこに何の罪悪感も抱かないのではないか、ということでした。

実際、わたしはPさんからも同じようなことをきかれて、
同じように答えたことが何度かあります。
でも、そこには罪悪感どころか、「自分は純粋に利他行為をしている」という
AC人格としての満足、慢心がつねにありました。

そこで死後の予測をしてみたのですが、もしもわたしが
「わたしがしたかったから、そうしたのです。わたし自身が望んだことなのです」と
自信満々に答えたとしたら、おそらく、「じゃあ、純粋な利他ではありませんね」と
言われて、再修業として地球に戻されるのではないかと想像しました。

「えっ!自分に何の利もないのに、なんでそんなことしたの?!」
に対しての罪悪感はクリアしても、ここでひっかかることになります。
なぜなら、どんな美しいことを口で言っても、利他行為を「自分の利」のために
手段として利用しているAC人格の言い分にすぎないからです。
結局AC人格の「歪んだ自己満足」のために、手段として利用した利他行為であり、
これが「幻想上の利他」、エセ利他行為ではないか、と思いました。

それで、このAC人格はそもそものスタートラインで、
どこから逃げたかというと、

「えっ!自分に何の利もないのに、なんでそんなことしたの?!」
「あなたに関係ないじゃん、あなたの損得とどう関係あるのさ」
「あなたが余計なことしたから、わたしたちは迷惑した。あんた、悪いよ」
殺し文句として、
「あなた、すべきこと、わかってないんじゃない?」
と言われて、

ひるんでしまったということ、罪悪感を植えつけられてそこから逃げようとしたこと、
そこに提示されたのが、「(エセ)利他契約」だったのではないか。
問題なのは、もしもその罪悪感が最初からあったとすると、
そもそも「自分が利することをするためには、〇〇をすること」という、
そういう交換条件をのんだ、ということじゃないか、と思いました。
この段階で、これ自体がもう「AC人格の素地」ですらあるのではないか?
自分のために生きることが目的=手段ではなく、
「〇〇すること」「利他行為をすること」が、条件や手段になっています。
それに依存しており、自分の舵をそれにとられっぱなしです。

随分憶測が入ってしまっているのですが、
このあたりから掘り始めてみました。

利他契約というのを結んでいたとした場合、
しかも、先に書いたような罪悪感が植えつけられていたとした場合、
死後、どうなるか、を予測してみました。

もしも仮に全自我になって、しかし、まだAC人格の影響を
強く受け続けていた場合、「あなたは純粋な利他行為ではなく、
自分のためにやった利他ですね。それ自体利己的な生き方であり、
あなたは再度、地球で学び直す必要があります」と言われてしまう、
そう思いました。

また、もしも全自我になって、しかも、AC人格からの影響を
解除できた場合、その場合は、「利他契約違反です」と言われてしまうのでは?
と思いました。

ここはさらに想像なのですが、先天性全自我の場合だったら・・・と
その場合を推測できる範囲で推測してみると、自己犠牲を前提とした
「幻想の上に成り立つ利他」などに、そもそも、同意などしないのではないか、
と思いました。

つまり、こんなおかしな利他契約、自己犠牲を前提とした利他契約に
同意した時点で、今まで書いてきた「へんな罪悪感」もセットに
機能しているようにも思いました。

このあたりはかなり理詰めになってしまっていて、憶測もかなり入り込んでいるので
自分自身整理できず、こんがらがっているのですが、ただ、ここはわたしにとって
重要なところだと感じています。

というのも、最初の自我判定を依頼させていただく際に、その中で
「頼まれたら断れない」ということを、ひとつの大きな問題として書かせていただきました。
実際はここには、無自覚に自分が我慢しているとか、どうせ自分なんてという調教由来の
自己否定がベースにあったわけですが、当初はそんなことにまったく気づいていなかったので、
「自分の利を脅かすものでないのに、断ったり、相手を失望させるのはよくないことだ」
と思っていました。この「自分の利を脅かすものでないのに」というところこそ誤認ですが、
いずれにしても、その時点では、自分の利を脅かすものでなければ、断ったりするのは
どこかいけないことだ、という感覚があったということです。

つまり、自分の利という見返りだけでなく、自分の損というものについても、
それに影響がないのなら、「どうしてそんなことしたのさ」という言葉に
どうやら弱いみたいなのです。

「自分の利の損得に何も関係ないのに、
なんでそんなことしたの?」

という質問に、思考停止してしまうのは、
なぜか反射的に「あっ、いけないことをした」と
思いこんでしまうからだと思います。

考えてみると、そんなこと、言われる筋合いはないのです。
自分がそうしたいと思ったからした、そうしたくないと思ったから
しなかった、という言い分に、つべこべ言われる必要はないはず。

>「えっ!自分に何の利もないのに、なんでそんなことしたの?!」
>「あなたに関係ないじゃん、あなたの損得とどう関係あるのさ」
>「あなたが余計なことしたから、わたしたちは迷惑した。あんた、悪いよ」
>殺し文句として、
>「あなた、すべきこと、わかってないんじゃない?」
>と言われて、

と先ほど書きましたが、この最後の殺し文句が
一番強烈だと思っています。

おそらくわたしのなかに、

「自分に何かすべきことを命令する何かは
きっとあるはずだ」というのが、なんとなくあります。

調教由来のもの、そのものでもあります。

このことは、前回メールで送らせていただいた自己像、

>〝~すべきわたし〟は、~すべきかについて考えています、気づいています、
>知ろうとしています、注意をはらっています、そのために全力で考え、行動しています・・・
>で、わたし、うまくやれていますか、わたし、うまくやりたいんです。
>〝すべきこと〟をちゃんと成し遂げたいんです。
>ちゃんと中途半端はいやで、きちんとこなしたいんです。
>だからわたしに、~すべきか、わたしに何をするのが絶対に正しいことなのか、
>誰かそれを言ってください。そして、その通りわたしができているかチェックもしてください。
>だって、あなたがそう言うからわたしはそうしているんですよ。
>わたしは何も信じられません。誰も信じられません。
>生きていて、なんてつまらないんだろう、たいくつなんだろう。〝
>なんのために〟わたしは生きているんだろう?誰か教えてよ。わたしは、何をすべきなの?
>誰かわたしに生きている意味を教えてよ。いったい、わたしは何をすりゃいいのさ・・・

とも重なるところがあります。

宣言文のなかに

>私の上には誰も存在しない

という言葉があるわけですが、「~すべきこと」がある、と思いこんでいた(いる)わたしは、
いつも「私の上に誰か」を置いてしまっていました。
成人するまでは、それがわたしの親だったということになると思います。


平行して、Pさんとの関連での罪悪感についても
掘っていきました。Pさんとの関係性のなかで生まれる罪悪感に特化して、です。

Pさんに対してですが、漠然と、こういう思いを持っています。

「一緒に、共にすることは、いいことだ」

という根拠のない考えです。くだらないことですが、たとえばできたら食事は
一緒にとれるならとるべきだ、とか、そういうやつです。
さらにくだらないことには、面白い話題を見つけたら、それをPさんにも
言わなきゃ、というようなものです。

これは同居していれば当然だろう、と思っていたのですが、
本当に当然だろうか?
そう思ったのも、そうしないとどこか罪悪感を感じるくせに、
いざ、話をしたり、食事をしたりすると、不毛感も残る。
その不毛感は、「これは自分の時間じゃない。わたしは我慢しているんだ」
というのがあって、これまたAC人格の言い分であり、それゆえ、
イライラもしているのですが、じゃあ、そんな話しなきゃいいじゃん、
食事も一緒である必要はないじゃん、と思うわけですが、
なんだか悪いことをしている気がしてくるのはなぜ?

こういうことは、「依存」だろう、という一言で済ませてきて、
深く考えてくることはしませんでした。
それはそれで、今もなおAC人格の挙動を観察する上では
共依存はキーワードになっていて、掘っていくポイントとして注意を
払っている部分ですが、ここはもう少し、思いこんでいる部分はないか、
そこを考えてみました。

もしもPさんに、

「何で一緒にやってくれなかった?共有してくれなかった?」

といわれると、強く罪悪感を揺さぶられるように思いました。

これは一般的なことなんだろうか?と調べてみると、
たとえどんな親密な知人から同じフレーズ、
「何で一緒にやってくれなかった?共有してくれなかった?」
と言われても、「ごめんね」と言うかもしれないけれど、
罪悪感を抱くことはない、と思いました。
おそらくですが、これはPさんから言われた場合、に限って、
かもしれません。

一年前の今頃までは、どっぷり、心理的にもPさんといっしょくたに
なっていて、たとえば、自分が一人になる、たとえ物理的に一人になっても
Pさんへの関心が薄れる、ということは想像もしたことがありませんでしたし、
ですから、実際、共依存の視点で掘り進めていくプロセスは、
わたしにとって相当に苦しいものでした。
その意味では、今は、少なくとも「自分ひとり」であることを、
Pさんと離して考えることに拒絶を示すことはなく、
それが自我復元をするエネルギーをそぐ影響からは
随分、距離を置けるようになったと感じています。

ここでも、また、仮に全自我になったとして・・・と想定してみました。

死後、もしもPさんがあらわれてきて、
「どうして一人にしたの?」
「あれほど共同でやろう、一緒にいようって言ってきたのに!」
といわれたら、どうだろうか、想像してみました。

やはりどこか、後ろめたさが残るような気がしたのです。

一緒にやることは「いいこと」、というか、
「すべきこと」とどこかで思っているのか、ここに、
罪悪感があるように思います。もっと正確には、
Pさんを一人にする、というより、

「わたしが一人になることは、本当は、
いけなかったことだったのではないか?」

という、へんな思いこみです。
一人になる、ということは、物理的なことだけでないかもしれません。
一緒にいたとしても、心理的に離れている状態も含むかもしれません。

「わたしが一人になることは、本当は、いけなかったことだったのではないか?」
ということを思ったときに、今までにPさんが強く拒絶した二つのことを思い出しました。

ひとつは、以前にも何度か書きましたが、他の女性との関係を持つことです。
結婚するまで約**年、同棲し、つきあっていました。
今思うと、結婚しないことは、わたしにとって、わたしがわたしであるために
抵抗していたことだったようにも思います。結婚していたわけじゃないので
誰とつきあおうと自由なわけですが、モラルという次元でなく、Pさんの場合、
相当な拒絶、生理的嫌悪以上の拒絶がありました。

思い返すと、「わたしたちの間をひきさくものは許さない」という
怨念のようなものすらPさんから感じましたが、といって、
わたしは愛されているとか、大事にされている、とは一度も感じたことは
なかったのです。今思うと、すごく簡単に言ってしまえば、わたしは
「あっしーくん」だったので、わたしが大事にされるわけがありません。

それと同じくらいの拒絶を示したのが、
最低限のプライバシーを持つことに対する拒絶でした。
あのときは、今思うとなのですが、最大の危機でした。
あのときに屈していたら、今、自我作業を続けられていませんが、
このときばかりは屈するという選択肢はありませんでした。

話がそれてしまったのですが、おそらくこのときも、
「二人の間をひきさこうとするもの」への強烈な拒絶がPさんにありました。
この二つの件を考えると、ともに、Pさんとの「閉じた関係」を壊そうとする、
そういう要因をことごとく、Pさんは許そうとしなかった、ということだと思います。

わたし、Abyを一人にさせまい、という力がどこか、感じるのです。

この拒絶のことを考えていたら、それ以外にもわりと大きなPさんからの拒絶が
ありました。たとえば、共同作業をしていて、いろいろアイデアをわたしに出させておいて
(もちろんわたしも積極的にそうしていましたが)、必ず最後は、そのほとんどを
「台無し」にしました。すべておじゃんです。
長いこと、どうしてここまで否定されるのかわからなかったのですが、要はPさんは
「自分がいろいろやらないと気がすまない」のでした。
といって、本人には意思がないので、あれこれきいてくるわけです。
でも絶対に、「最後は」賛成しないし、わたしの意向をくむことを嫌がりました。
これにはずっと悩んできましたが、掘っていくうちにわかってきたのは、
乱暴な言い方ですが、ただ壊したいだけ、そうして注目されたいと思っているだけなのです。

それと、Pさんが拒絶という態度を示さないまでも、「おかしいだろ」と思うくらいの
無関心さを見せるのは、「わたしがわたしの好きなことをやること」に対して、です。
まるで、自分以外に興味を持つな、といわんばかりです。
音楽もそうでした。いくらわたしが興味を向けていても、「ふーん」という程度で、
「やってみたら?」とか、まったくなく、それはわたしにとってとても不思議な態度でした。

まんまとそういう流れにAC人格を強化したのはわたし自身であり、
このAC人格の話はここでは脇においておきますが、いずれのケースも、このPさんとの
「囚われた関係」を壊そうとするもの、おもに、

「わたし(Aby)が、他に関心を向けること」

への異常な拒絶でした。

わたしが主人公の人生を歩もうとするのも、同様、
Pさんでないものに関心を向けていることになり、気にくわないはずです。
「それはわたしの役だ、なんでお前がやっているんだ」と言う声が
きこえてきそうです。あくまでもわたしはPさんの便利屋で、
「わたしの価値観とぴったり合うような人以外、ごめんだね」というPさんの
ありえない要求に対するトラブル処理役として、わたしを位置づけています。

しかも、Pさんは、

「当然、Abyはそうすべきだ。なんとかするのは、あなたの役でしょ」

という態度がいつもあります。

このあたりを整理してみますと、
「Pさんと離れても」そこに拒絶があり、
そこで罪悪感を感じる一方で、一緒にいても、Pさんは
「ああいえばこういう」という「あまのじゃく」になり、
何やってもダメ出し。

こうなると、もしも今後Pさんがそばにいようがいまいが、
仮に、全自我になって、自分のことは自分で守れたとしても、
Pさんに関しては、「Pさんを幸せにできなかった」という
罪悪感、「ちゃんと守れなかった」という罪悪感が残りそうな予感がしました。

なぜ、そう思うのかはわかりませんが、
そういえば、わたしがPさんと出会い、彼女をひと目見たときから、
「彼女を守らなきゃいけない。それが僕の役目だ」というのを
疑いもせず、思いました。わたしは運命とか占いとかも無縁に生きてきましたが、
このときだけは、なぜか、使命感のように、疑いを持たなかったのです。
何の根拠もないのに、これだけは疑わなかったのです。

「Pさんを守れなかった」

という罪悪感を、Pさんと一緒にいても、また離れても、
持ってしまうのではないか・・・という点です。
「約束したじゃん」という言葉に、ギクッとくる気がします。
「守るって約束したじゃない?」というところに、罪悪感の影がありそうです。


 ・・・「②-2 自分の上に置いたもの」に続きます。


2014.04.03
Aby


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by jh-no-no | 2014-04-03 03:02 | 復元ノート 1

① 自分の上に置いたもの

桜の間の記事

http://www.mumyouan.com/k/?S337

http://www.mumyouan.com/k/?S341

に掲載の、崩残さんからの返信メール(一部)をいただいた前後に、
考え、感じたこと、分析の途中経過を一度、整理し、ノートします。
(記事からの抜粋は、前者の記事からはピンク文字、後者の記事からはオレンジ文字です)

というよりも、まだまだ整理つかない部分も多いので、途中経過をまとめるというより、
これからどこを掘り進めていけばいいのか、どこに大きな問題があるのか、
そういった箇所をわたし自身が俯瞰して、検証していくためのメモとして書いてみようと
思っています。


追記:報告メール(後者の記事内の返信メールとセットの報告)は、
    「②-1 自分の上に置いたもの」、と、「②-2 自分の上に置いたもの」に分けて、
    記録として掲載いたします。(一部、個人情報に関する部分を割愛しています)



・・・


自分の上においたもの、利他、罪悪感、これらについて、
今回、はじめて考えることになった。

自分の今やっている仕事や、今までやってきた活動は、
一般に利他活動、利他行為、と呼ばれやすいものなのだが、
いまいち、利他、というのがよくわからず、仕事や活動をしていた。

「相手のために」ということなのかな、と漠然とは思っていたのだけれど、
この「相手のため」というのが、わたしにとって、そもそもが
リアリティーのない、言葉だけのものだった。

だから今までも、相手のために、と口にしても、
よくわからなかった。


思いこみを掘りおこしていくうちに、
自分のなかに、こんな刷りこみが見つかった。


「自分の人生を生きること以上に、もっと価値があるものが、
この世の中にはあるんだ」


というもの。これは、幼い頃から当然のようにあったもので、
こんなふうにわたしは思いこんでいた。

「自分のことはたいしたことなく、どうでもいいから、
大事なことは、それ以外の他のところにあって、
〝そこで〟生きることが大事なのであって、そこにこそ、
自分がすべき使命や正解があるに違いない・・・」


自分以外の他に価値がある、という根拠のない思いこみ。
「自分のことなんて・・・べつに、たいしたもんじゃない」
というもの、ここに疑いを持ったことがなかった。


この利己否定の姿、調教の果てに植えつけられ、
強化されられ、自分でも強化してきてしまったものだが、
この利己否定に疑いを抱いていない自分の姿をみたとき、
これこそが、

「自己否定」

そのものだと思った。

この自己否定、自分のなかにある自己否定こそ、
わたしがすりこまれ抱いていたもので、
その「相手のために」というイメージは、毒親があてがったもの、
言葉だけの、実感のないものなんじゃないか、
だから、よくわからなくても当然で、つまり、わたしは今まで自分で
「利他」という言葉を定義したこと自体、
一度もなかったのだ。


あらためて、そこから考えていくと、少なくともわたしの頭にあった
(植えつけられていた)利他というのは、完全に、自己否定がベースにあって、
とる行動は、自己犠牲的な行動で、そこで起こることはいつも、
「自己犠牲の上に成り立つ搾取」で、それを前提とした利他だった。


相手のため、相手のため、と言うけれど、
それはどういうことだったか、というと、結局、

「自分のことは我慢しましょう。そうすることで、
得する人がまわりにいますよ。そういう行いをしなさい」

という毒親の声で、
どんな得が相手にあるのかすら自分の頭で考えたことがなく、
そっくりそのまま、「親が言うのだから、そうなんだろう」というふうにして
鵜呑みにした。

今回、他人、とくに、Pさんにとって、
「どんな得があったのか?」というところから考えてみたけれど、
どれもこれも、「得」といえるようなものではなかった。

共依存のまま、自立とはかけ離れた生活。

そういう生活でもわたしはずっと、
こういうのを「幸せ」というものだ、と思いこんでいたし、
これ以上の何かを求めることは、どこかいけないことだ、
とすら思っていた。

客観的に見えれば、どう見たって、不幸だ。
どこも楽しくない。それはPさんもそうだろうけど、
まずわたしが楽しくない。そう考えると、誰一人として

「楽しくなった人」
「幸せになった人」

が見つからなかった。

崩残さんからの返信メール(後者の記事に一部掲載)を拝読し、
その直後に、真っ先に思ったこと、というか、
強く確認したことは、この


「誰一人として幸せになど、楽しくなどならなかったこと」

と、それと、

「わたしは生きたい、生きようと思っていた」こと。


この二つのことを思ったとき、わたしはこれまでの人生が
大失敗だったと思った。やり直そうとか、巻き戻そうとか、
そういうレベルでなく、生きなおす、というか、
生きかえすことをしなければダメだ、と思った。

以前、「死後に、自分の人生はどんなものだったか、と問われたとき、
どう答えるか?」という自問をしたことがあった。

そのとき、わたしは、

「自分の人生をもっと生きたかった・・・けれど、
Pさんのために生きられたことは、幸せだった(と思う)」と答えるに違いない、
と思った。


でも、実際は、Pさんに対しても、また、利他活動と称して
今まで行ってきたなかで出会った人々に対しても、
口先とは違う真反対の歪んだ感情を植えつけ、結果、
不幸にしただけで、誰のためにもなっていない。

それに、一番問題なのは、

「もっと自分の人生を生きたかった」

という後悔、これだけはしてはならないのに、
わたしはこれを認めていた。


なぜ、これを認めてきてしまったのか?


これを掘り進めていくと
毒親に行き着く。


「二十歳になったら好きなことしなさい。
自由に何でもやりなさい。それまでは親の責任だから、
親の言うことには従いなさい」


なんて馬鹿だったんだろう、と自分で思ったが、
わたしは、二十歳までは自分はないがしろにされていい、
ないがしろにしてもしかたがない、と思ってしまっていた。
二十歳になれば、成人すれば、わたし一人が主人公の
自由満開な未来が待っている・・・

わたしはそう信じて疑わなかった。


それだけじゃない。


とくにわたしの父はよくこんなことを言って聞かせた。

「Abyにしかできないこと、Abyだからできることがあるんだよ。
Abyは自分はたいしたことない、と思っているかもしれないけど、
そんなことないんだよ。パパから見れば、超すごい。特別な人間といってもいい。」

こういう話を小さい頃から何度もきかされていると、
そう思ってしまうようだ。
と思ったのも、わたしは運命とか占いとか、まったく信じていないのに、
恥ずかしい話だけれど、わたしはずっと、
「自分は特別な人間だ」と思ってきたから。

何か特別な星や運命のもとに生まれてきたんだ、
というくらいの思いこみはあった。そういう思いこみがなぜあるのか?
どうして自問したことがなかったか、ということのほうがおかしなことだが、
それだけ父親からの洗脳が見事に成功していた。


じゃあ、その「特別」って何?

と考えると、

「わたしには、すべきことがある(はずだ)」

という、妙な使命感だった。


それじゃあ、その「使命」って??と自問していくと、
結局それは、先ほどの「利己否定」につながっていく。
自分以外のどこかに、大事な、すべき何かがある、という考え。


この段階で、自分以外の「何か」に舵を手渡している。


こういう利他性に毒された思考と、それとは真逆の、
「自分が主人公の人生をやっと始められる」
という思いに、わたしは分裂してしまった。
(わたし本人は、両立できている、と思いこんでいたが、
それは間違いで、舵はいつも、相手側にあった。)


成人してまもなくわたしはPさんと出会った。


今回、「Pさんとの同居で、わたしが失ったものは何か?」
というもののなかで、わたしのなかで、一番、大きかったのが、

「自分が主人公の人生」

というものだったが、よく考えてみると、これはとっくに初めから
「親との関係」においてすでに失っていたのだ。
ただ、そのことに子どもの頃は気づかなかった、麻痺していただけで、
つまり、わたしは、「子ども時代はそれでいい」と思ってしまった、
思わされてきてしまった、ということだった。


「成人後から」

手にするのが、

自由や、自分が主人公の人生なのだ、

と、疑いもせず、言われるがままに、そう思っていた。

「大人になったら、自由になるんだよね」

と思いこんでいた。


言うまでもなく、主体性ゼロで育ってきて、成人後になって
さあ自由にやるぞ、なんてできなかった。
やったつもりにはなったけど、いつもどこか不安で、情報をあさり、
何でもバカにできるんだぞ人格やこれでいいと言ってもらいたい人格など、
どんどんAC人格を強化し、のさばらせて、自由になったつもりでいた。
自分がコントロールできるような環境を整え、そうやって
自分の世界、自分の時間と思いこめる環境を作っていった。

考えてみると、親が目の前からいなくなったから、
わずか羽を伸ばした気になっただけで、
「自分が生きている」と自分を錯覚させるAC人格の手口は、
子どもの頃と、なんら変わりはない。


まもなく、Pさんが現れる。


親からPさんに切り替わっただけだった。


わたしはPさんに自分の人生を奪われた、と思っていたけれど、
奪ったのは、そもそもは親だった。
まるで申し合わせたように、タイミングよく
親からPさんにバトンタッチした。


自分が主人公でない人生が、
「継続した」だけだった。


いつか自分の人生が生きられる、という妄想が
ただ延長した、ということ。


終わることのない利他の強制。


自己犠牲の上の搾取というものが前提にあって、
そこに、「自分が主人公の人生」などあるわけがない。

でもこれに気がつかなかった。

「自分以外の他に、もっと価値があるものがある」
という考えに完全に毒されていた。

自分さえ我慢すれば、自分が少し犠牲になれば、
誰かは何かの得をし、そうすることが
「わたしにだけできる使命」に違いない、わたしは
その使命をきちんとまっとうすること、これこそが
わたしにしかできない人生であり、それをつかむことが
幸せであり、そういう人生を歩むことが自立だ、
と思っていた。

しかし、このストーリーは親仕立てのストーリーであって、
このストーリーの結末は、わかりきっている。


「もっと自分の人生を生きたかった」


という後悔で終える、ということだ。

親仕立てのストーリーでほくそえむのは
AC人格であって、わたしじゃない。


契約の破棄、ということを決意しよう、としたときに、
わたしのなかで、「平気だ、こわくない」で誤魔化してはならない
問題があると思った。


>楽しくもないし、
>自分の意志も思考も、自由に行使できない、

>そんな契約違反の生ならば、
>殺したければ、この私を殺せばいい。

>何がどうこうしたら、お前は死ぬぞ、とか、
>何をしないと、お前も死ぬんだぞ、とか、

>そんな、情けない、脅迫しか出来ない、間抜けな生命を、
>いつまでもやっていたいならば、
>私を好きに、殺しなさい、あるいは苦しめてみなさい。

>あなたたちが、愚か者にとどまるために、
>そうしたければ、そうしなさい。

>二度と私はあなたたちのような愚か者とは
>契約などしない。


この箇所を読もうとすると、ひるんでしまう自分がいた。

どうして、こわい、と思ってしまうのか?

もう一度、罪悪感を掘り起こしてみる。


具体的な「何か」というのはわからずも、こういう感覚があったことに、
昨日、気づいた。

初回の判定依頼で、わたしは「苦を回避すること」がわたしにとって重要なことだ、
と書いたことを思い出した。どうしてそう思うか、というと、「こわい」からだ。


こういう場面を想像した。
わたしが一番、想像したくない場面だ。


突然、誰かにつかまって
どこか知らないところに連行される。
これから何をされるのかわからない。

なぜわたしがつかまったのかも
わからないまま、処刑されるようだ。

何も知らされないまま、拷問を受け、
処刑され、苦しみ続ける。

わたしはその時、何を思うだろうか?
それはきっと、こうだ。


「きっと自分は何か悪いことをしたに違いない」


>最初からまるで、何かの犯罪をしてしまった罪人」
>であるかのように、はなから思っている部分がないか



これがまさに、それそのものだった。
わたしは昔から、不幸な死にかたをするのではないだろうか、
酷い死にかたをするのではないだろうか・・・という考えが自動的に
頭によぎることが多い。

なぜ、こんな考えを、自分で納得してしまうのか?
というのを考えてみると、それとつじつまを合わせるかのように、
「きっと自分は何か悪いことをしたに違いない」というものがあって、
さらにそれはどういうことなのか、と考えてみると、


「すべきことをしなかった」
「忠実に従わなかった」

という、忠誠心に対する裏切りの感覚だった。


利他とか使命とか言うと、一見、美しい何かのような
錯覚を抱きやすいが、まったくそんなものじゃなかった。

利他や使命にわたしを駆り立てているものは、
その忠誠心を裏切ることに対して
「ちらつかされる恐怖」だった。


父はこんな話をよくした。


「パパがいるから、Abyは当たり前と思っているこの当たり前の生活ができて、
ママがいるから、Abyは生まれてこられたし、こうやって生きていられるのもママのおかげ。
パパもママも同じだよ。パパとママのお父さんお母さんがいるから、パパとママがいる。
人間は一人では絶対に生きてはいけないんだよ。
だから感謝の気持ちは大切なんだよ。誕生日というのは、その感謝の気持ちが
自分にあるかどうか、自分で確認する日なんだよ。」

と、美談のように話してきかせた。


「パパとママが死んだら、Abyはこの世にいないし、生きていけないんだぞ」
と言っているのと同じじゃないか?


こういう話の後は決まって、こういう展開になる。

「・・・だから、親は大事なんだ。それだけ親は子どもに対しての
重い責任を両肩にのせているんだ。その重圧を背負っていく責任が
親にはあって、子どもは親の言うことにきく(従う)責任がある。
二十歳までは親の言うことは絶対なんだよ。それが親と子の責任。
二十歳過ぎたら、もうそれは自立した立派な一人の大人なんだから、
自分が好きなように自由に生きていきなさい。」


つまり、こう言っている。


「パパとママが死んだら、Abyはこの世にいないし、生きていけないんだぞ。
それが怖ければ、言う通りにしろ。わかったな、自由?そんなのおあずけだ」


わたしが幼い頃、屋上で作業をしていた父が「おっとー」
と言って、ビルから落ちそうになった。(今思えば、落ちることはなかったと思う)
わたしはそのとき、「やめてくれ」と思った。
というか、冗談じゃない、冗談にならない、とすらも考えられないほど、
「父が死ぬこと」は想像もつかなかった。

同様、母が死ぬことも。

想像してはならないことだった。
なぜなら、絶対にあってはならないこと、と思っていたから。

わたしは、なんというか、「親のいない、死んでしまった世界」に
「わたしが生きている、存在している」なんて、なんて恐ろしいことか、
そんなことはあってはならない、ありえないという恐怖を感じていた。
(Pさんに対しても、似たような恐怖が強くあったのもそのためかもしれない)

幼い頃、すでに「親がもしも死んだら・・・」ということを想像し、
恐怖するように調教されていたのは確かだ。
それは悲しいというようなものでなく、そのときは、
「自分は生きているとは思えない」、それはわたしにとって、
「死」を意味していたのだと思う。


>「お父さんやお母さんが、もしも死んだら、お前も死んだり飢えるぞ」


という直接的な脅迫、死という言葉を使っての脅迫をされた記憶は
今は思い出せないが、ほぼそれと同じ脅迫があったのではないか。

この仮想の恐怖が巣食っているのではないだろうか?

契約の破棄を考えるときに襲ってくる恐怖は、
外からやってくるものじゃない。
違反をしたら、破棄したら・・・と怯えているのだとしたら、
それはわたしのなかに、

「従わなければ罰せられる」

という恐怖が巣食うためだ。
それをわたしが認めているためだ。

それは、従いさえすれば罰せられない、というカードを
手元に切り札として持っている、ということ。

持たされ続けている、

ということだ。

もちろん親から、だ。
だけど、今その幻想のカードを持っているのは
わたしなのだ。

なぜ、そんな不当な契約に従わなければならないのだ、
だいたい、なぜ、罰せられないとならないのだ、
罰したりするお前は誰なんだ?、
なんの権限があって、わたしにそんなことできる?!


せめぎあっている。


こわい、を作り出しているのはわたしだ。
不快を掘るときもいつも思う。
だからこそ、舵も、わたし側、わたしの手元にある。
不快であろうと、恐怖であろうと、それを直に見て、
舵をとるのは誰かではなくて、わたししかいない。


「わたしは契約を破棄する。
こんな、人を脅し、怖がらせ、おとしめ、
人の人生を奪い、すべてを不幸にする契約など、
そんな不当な契約は、わたしは破棄する。」


それをどんなときも、本心から言いきれるか?

不当に扱われそうになったら、「失せろ」と言いのけられるか?


自分の上に置いたもの、
それは人であったり、言葉であったりする。

親という絶対者、それは承認を与える人であり、
同時に処罰できる人、そういうふうに自分が思いこむやいなや、
即反応、即行動しなければならない、と思ってしまう。

なぜか、それが忠誠心の証のように思っている。
だから必死に、「これだけ一生懸命やっています」
「言う通りにすぐ動いています」というパフォーマンスをしようとする。

もちろん、これの動機にあるのも「恐怖」だ。
見捨てられてしまう恐怖、罰せられてしまうかもしれないという恐怖が
沸き起こってくる。

こういう恐怖を、じっと見てみる、ということを
今までしてこなかったので、ここ数日、
こういう恐怖によって、どういうことがわたしに起こっているのか
見てみることにした。


即行動、によって何が失われるのか?
逆にいえば、誰かどんな得をするのか?


この恐怖の間、わたしに起こっているのは
「思考停止」だった。

だから、何も味わえない。目の前のもの、
それは楽しいことだろうが、不快なことだろうが、
そういった経験そのものを、まったく味わえていない。

機械的な反応、とりいそぎのはりぼての反応だから
そこに実感もリアリティーもなく、不毛で、
なにより問題だ、と思ったのは、
まったく自分で舵がとれない、とれていないことだった。


即反応しないと、殺されるとでもいうのだろうか?


そんなことはないのだ。なのに、わたしは焦る。
それで失うものは大きい。毎日の、今その瞬間瞬間の、
出来事、そこから感じること、経験すること、全部が台無しになる。

不快さえも、感じとることができない。
これって最悪じゃないか。

こうやって思考停止することで、
誰が得するのか、と考えると、これもやはり親に行き着く。

「言われたら、考えずすぐ動け」

以前、母が言っていたのは、
「Abyに意見なんてきかなかったわよ。
こうしなさい、はい、という感じで、Abyは文句ひとつ言わず、
ちゃんとこなしたわよ」ということ。

子どもとして、完全に異常だ。

でも、そうすることで得をしたのは親だったはずだ。

いったんこのような思考停止状態におとしこめれば、
リアリティーがどこにもない「言葉」で、
いくらでもどのようにも調教できる。

言葉に親がのりうつっている、ふうでもある。
父の格言は、その代表格だった。

わたしが「言葉」というものに、いとも簡単に
左右されるのも、ここに大きな原因があるのではないだろうか。

親が元じめ役だけれど、言葉はまるで手下のように、
しかし、つねに「わたしより上」にいる。
最悪なのは、自分のノートの自分の言葉、
自分のブログの自分の言葉にすら、自分の頭のなかの言葉にすら、
強く支配されることだ。

自分の舵を、言葉にも手渡してしまっている、ということ。
よく観察すれば、そこにリアリティーはどこにもない。
へんな言い方だけれど、「こうしなきゃダメだぞ、Aby」というように
わたしを処罰する権利を、わたしが言葉に与えてしまう。

こんな取引をするのは、わたしのAC人格で
「今度はこれにすがっていれば大丈夫だろう、これでいいんだよね」
というふうにして安心を得ようとするのだけれど、
いつこの安心が崩れるのか、つねにビクビクしている。

自分の言葉だけじゃない。

他の人が書く言葉を曲解するのも同じで、
自分の意思、自分の意見がないから、曲解、借用(悪用)する。
「自分の意見だ」といくら言い張っても、本心ではそうでないことを
自分でもわかっているから、いつそれがバレるか、
ビクビクしている。

自分が書くにしても読むにしても、自分の言葉でない、
ということを自分で知っているのに、嘘をつき、
それとひきかえに、言葉に舵を渡してしまっている。


「すべきことをしないと、死ぬぞ」


すべきことを決めるのは、わたしだ。


はなから囚人のように思っている罪悪感と、
利他性に毒された思考、それにダイレクトに影響している
「どうせ自分なんて・・・」という自己否定とAC人格。

掘っていく箇所をひとつひとつ、
確認していこう。

使命とか、忠誠とか、そういうものにすがろうとすることもなく、
それを幻想上の利他行為で満たそうとする必要もなく、
邪魔されていい時間など許容する必要もなく、
どこもいつも誰からも邪魔されることなく、
自分が主人公の人生を生きていく、という、
その当たり前の、当初の契約をまっとうしていくという
ストーリーをとり戻したい。



 ・・・ 「②-1 自分の上に置いたもの」に続きます。



2014.04.03
Aby



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by jh-no-no | 2014-04-03 03:01 | 復元ノート 1