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不気味な不親切

事実と違う記憶。

わたしのなかで、母も父も、「笑顔」は静止画のように
「そうだったはずだ」となっているが、だとしたら、
あのどこかつまらなさそうな、両親の顔のイメージは
どこから沸いてくるのか?


感覚的には、「つまらなさそうな顔」のほうが、
リアリティーを感じる。


能面のような顔。

笑顔はそこに被るマスク。


父親のあのニヤリとした笑い方だけじゃない。
日常、母も父も、ああいう笑い方、だったように思う。
一言でいえば、作り笑顔。


ああやって笑っている「ような感じ」がするときは、
このままで大丈夫、そう、今のまま、今やっていることを
継続していてよし、という合図で、
顔色ががらっと変わると、終わりの合図、
といった感じだ。


子どもの頃、おそらくそのことを
知っていた。


母も父も、本当は笑っていない。


多めにみてくれているんだ、いいって言ってくれているんだ、
「もう少し、まあ、調子にのっていてもいいでしょう」というやつで、
ピッーと鳴ったら、「やめなさい」。


どこかで知っていたような気がする。

あれは「マスク」だ、と。


子どものほうを見ているときは笑っていても、
少し目をそらせば、
冷たく、機嫌が悪そうな、イヤイヤやっているような、
つまらなそうな、しかたなしにやっているような、
そういう顔をしていることを、きっとわたしは
知っていたような気がする。


そのことを、わたしは理解して、理解したその上で
遊んだり、わがままを言ったりしなければいけない、と思っていた。
だからまるでそれは、つねにわざとらしく、笑ったフリ、
じゃれたフリ、驚いたフリでしかなかった。


また、そういうふうにしている自分が
おかしいとも思わなかった。
だって、この世の中は、「本当は」「楽しいはずなんてない」
と思いこんでいたから。
本当に楽しいなんて、そんなことは、ない、と
感じていたように思う。


「楽しかった」


と口にしたことはあるけれど、本当にそう思って口にしたことは
今まで、一度でもあっただろうか?と思い返すと、
そういう記憶は・・・一つも、一度もないように思う。


両親は仕事が休みのたびに、よく、
遊園地へ連れて行ってくれた。それにしても
いろいろなところに遊びに連れて行ってくれた思い出がある。
遊園地、海、プール、お祭り、旅行、たくさんのイベント。
そして、どこへ行くときも、そこでの記憶は、


「いつも笑っているお母さんとお父さん」

決して怒鳴ったり、嫌なことを言ったりしない。


でも、わたしのなかで、
これは「今だけ」のことで、
「これは終わることなのだ」と、「どこか嘘なのだ」と、
こういう出来事自体、マスクのようなものだと
感じていた。


「本当のことは、ここには、ない」


なぜかわからないが、そう思いこんでいて、
こういう考え方は、その後もずっと、むしばんでいる。
本当のことがここにあるかどうか、自分で確かめたわけでもないのに、
漠然と、そう思いこんでいる。


気味悪いことに、こういう感覚は
わたしのオリジナルとは思えず、どこか、
「父に似ている」し、「母に似ている」。


両親がわたしに対して、
「楽しかったか?」「楽しかった?」
と訊いてくるときの感じには
違和感がある。


「楽しかったあー!」って、子どもが親に言うのならわかるけど、
親が子どもに「どう」みたいな感じで訊くあの感じは、なんだろう。
「楽しみましたかぁ・・・」という、なんとも歯切れの悪い確認のような
「楽しかった?」は、まったく、しっくりこない。
それに、そう訊いてくる時のことを思いおこすと、
両親二人とも


〝どこも笑っていない〟


笑っていない顔で、
「どう、楽しかったか?」ときかれるときの
あの不気味さ。

親は笑って訊いている「つもり」だろうが、
そのマスクの下には、笑ってなんかいない顔があるのを
わたしは感じ取っていたのだと思う。


そして、こういう「やり方」は、見事に感染し、
今、わたしはまわりの人たちに、同じマスクを被って
接してしまっている。


「わたしがこうやって笑っているうちは・・・いいですよ」


自分のこういう他人を見下した態度の出所はどこだろう、と、
考えていたとき、もしかして、と思い返してみたのが、
父と母の、ごく日常的な態度だった。


「わたしがダメって言ったらダメです」


という囚人の看守のような振る舞いが、
わたしにも、そっくり、感染した。
お前、何様だよ、と言われて当然な傲慢さだ。



「ちょっと考えなさい」

「ふざけないのよ」

「いいわよ」

「やめなさい」

「何、やってんのっ」

「いい加減にしなさい」

「楽しいかー?」



こんな抽象的で、とらえどころのない言葉を投げられて、
「わたしがこうやって笑っているうちはいいですよ」
といった雰囲気を思いっきり出している親の前で、
心おきなく、楽しめるものだろうか。



ふと、こんな言葉が頭をよぎった。


親切、


という言葉。



わたしの父も母も、わたしに親切だったろうか?
そう思ったとき、かなり、不親切だったんじゃないか、と、
そんなことを感じた。


親に対して、子どもに親切だったかどうかと考える時点で、
すっかり歪んでいる気がするのだが、
「兄」という存在に対する代理復讐をここに感じる。
どこか他人行儀で、排他的で・・・
なにより、不親切な気がした。


ママー、パパー、と呼んだとき、
わたしに関心を寄せてくれたことはあっただろうか?
「はあぃ」としかたなしに返事はしてくれたかもしれない。
でも、関心をもって「なに?」って、話をしてくれよう、
話をきいてくれようと、一度でも、そういう気持ちで
向き合ってくれたことはあっただろうか?


目と目の焦点が、一度でも、ちゃんと
合ったことがあったろうか??


この異常を疑っているのは、
何か特別な出来事を思い出せたわけではなく、
こういう特徴をわたしも持ってしまっているから。
無関心ほど、相手に対して不親切で、失礼なことはない。

父と母は、これと同じことを、
わたしにもしてきたんだ。
感覚的な記憶だけれど、そう感じている。



「ああいうバカとは、わたしは違う」


父と母は、自分の子どもに対しても、
大人げもなく、そう思っていたに違いない。
自分自身の保身で精一杯だった両親は、
子どものことなんて、きっと眼中になかったのだと思う。


それでも僕は、ママー、パパーって、
いつも呼んでいた。「ねえ、見て」って。


見てらんねーんだよ、というのが
本心だったろう。
自分のことは自分でやれよっ、と
思っていたんじゃないかな。
そう口にしたり、キレて直接暴力を振るうことはなかったけれど。
わたしの想像の域をこえないが、たぶん、


「あー、めんどくせっ」


って、そう思っていたんじゃないだろうか。


こういう負の感情は、はっきり口にはしない親だったが、
「不機嫌さ」として態度にあらわれていた。

楽しくないのに、「楽しい」を口にして、
イライラしていたのに、そういったことは口にしない。


イライラし、何かを言うにしても、むしろ、
「あなたのために、親切で言ってあげているんだよ」
という言い換えをして、誤魔化す。

ときにそれは、「こうしなさい」という指示であったり、
「こうしようよ」というお願い風だったり、
「こうしたほうがいいよ」というアドバイスだったり・・・と、
親のイライラは、カメレオンのように変身した。


一方、父の友人に「Oさん」という人がいて、
わたしはその人が好きだった。


「疲れたから、もう帰ろうよぉ~」と
子ども相手にでも、正直に、そう伝える人だった。
だから「やだあー」と言えたりもしたけれど、父や母は
「そろそろ帰るよ」としか言わなかった。


その声音が、いかに優しそうで、
いかに親切そうでも
その仮面の裏の顔を

察しなさい、

という脅しがあった。


こう書きながら、ちょっと大げさかな、と思った。
誇張して書いてしまっているのかな、と。
一瞬そう思ったけれど、いや、と思いとどまる。


たしかに殴りはしない。

罵声もあびせない。


でも、なんとなく不機嫌だったり、
そろそろいい加減にしないとね、という、
未来を脅すような雰囲気を漂わすだけで、
それは十分に、脅しだと思った。

殴らないし、罵声もあびせないから、
直接何かされるわけじゃないから、
脅しの証拠が残らない・・・


今、書いていて、はっと思ったのだけれど、
こういう選択の余地がないような軟禁状態にあって、
もしも、そう、もしも、たとえば親が不機嫌になったり、
何かよからぬことが起こり、その苛立ちなり、
負の感情なりを「子どもに向けたとしたら」、
そのとき子どもはどう思うだろう?


言葉にはしなくても、親のその不穏な表情を見て、
どう思うだろうか。


子どもは「自分のせいだ」と
思ってしまうんじゃないだろうか。


親が「お前が悪い」と何ひとつ口にしなくても、
子どものわたしが、自ら、進んで、
「わたしが何か、悪いことをしたんじゃないだろうか・・・」と
不安に思うんじゃないだろうか?



親がすることはひとつ。

なんとなく、不機嫌になっていればいい。



そろそろ帰りますよ、と、はた目から見て普通に言っても、
なんとなく、「ほらっ」みたいな態度を軽くするだけで、
緊張を与え、自責感を抱かせることなど、毒親にとって
朝飯前ではないだろうか。


・・・


何を掘っていたのか、
自分でもわからなくなってしまって、
記憶の仮面をはがしているのか、それとも、
感覚の記憶に頼りすぎて関係妄想になってしまっているのか、
だんだんわからなくなってきてしまいましたが、
事実関係はまた見直してみるとして、
少なくともこの、

血の通っていないような

目と目が合っていないような



〝不気味さ〟



だけは、いったん、
ノートしておこうと思います。



・・・ 追 記 ・・・


今読み返していて、これも感覚的ですが、
親に対して感じていることがありました。


「親は助けてくれない」


この感覚はずっと当たり前の感覚だと
思っていたのですが、


これって、当たり前か???


親はむしろ

最後には、わたしを

「罰することができる人」

と、どうやらわたしは思っていたようだ。


2014.02.16
Aby



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by jh-no-no | 2014-02-16 02:45 | 復元ノート 1

今朝思ったこと

なんでも「決めつける」というのは、
よくない癖だと、ふと、目が覚めて思った。

女性への差別のことも、たしかにそれはある。
でも、なんでもかんでも、それにこじつけたり、
わたし=差別者、とレッテルを貼って、どこか安心した気で
いるのも、ちょっと、おかしいんじゃないか?


決めつけたがる動機はなんだろう?


どうしていつも、こうも、決めつけたがるのか。
しかも、右から波がくれば左にゆれ、
左から波がくれば右にゆれ・・・と、せっそうがない。
そんなことを、ずっと、繰り返してしまっている。


決めつけることで、どっちに行けばいいの?という迷いを
簡単に解決したがる、誰かから何かから教えてもらいたい、
それに従っていれば安心だ、という悪魔のような声が、
そっと近づいてくる。

だんだんと、自分で舵をとっているつもりでいても、
気がつけば、紐かなんかで舵を固定し、借り物の知識の
寄せ集めで妄想作成した地図を片手に、
「あっちに行けば、たぶん、いい・・・と思う・・・」と、
不安いっぱい、いやいやながら、つまらなさそうに生きている。


この「つまらなさそうな顔」を、どこかで見たことがある、
と思ったら、わたしの父と母。
いつもニコニコしている、と記憶がすりかえられていたけれど、
植えつけられた記憶でなく、感覚的に思い起こしてみれば、
父と母が、心から「笑っている」という、そういう笑顔を
見たことがない。


わたしには健全な「笑顔」という、そのモデルとなるものも
なかった。いや、まわりをよく見ればあっただろうけど、
「理想的な家庭像」にあっては、まわりは「それ以下のもの」と
信じこまされていたから、まさか、家の外に見習うべきものがあろうとは、
考えたこと、それ自体ない。


書いてみて・・・これは完全に病気だ、と思った。


洗脳というのは、こうやって、外の情報を徹底的に誤認させることから
調教がスタートするんじゃないだろうか・・・狂っている。


それで思い返してみると、いつもビクビクしていて、
いやいやしかたなしに、やれやれ、と言いながら生活し、仕事する。
そんな母であり、父だった、と、今になって
やっと、その記憶が書き換えられつつある。
そしてその像は、そっくり、今のわたしと重なるのだ。


昨日、この「いつもビクビクして、いやいや生きている」という
今の自分の生き方を、もう一度、直に見てみたい、とやってみても、
情けないことに、これすら、徹底できない。
見よう、つかもうとすればするほど、その気にはなれても、
空気をつかむように、リアリティーのないものを、
わしづかみしようとしている。


決めつけることと、舵をとることは、
どこか違った。いや、まったく違う。


決めつけることには、必ずそこに姑息な動機がある。
迷いたくない、困りたくない、
そういう動機が不安を作り出し、AC人格はここぞとばかり、
自分の出番を待っている。


なぜ、困ってはいけないのか?


わたしがいつも、白か黒か、という二者択一のような
大迷路に迷いこむときは、必ず、この、
「今、自分は困っている、悩んでいる」という状態を
すっとばしてしまって、乞食のように、
「どこだ、どうすればいいんだ、選べないよー」と
泣き言をいう。それは泣き言であって、泣けてさえ、いない。

従うか、逃げるか、
みたいな心理状況に追いやられる。
逃げても、それは従うの裏返しだから、結局、
「従えば安心」という脅しを、自ら、自動的に課してしまう。


なぜ、困ってはいけないんだろう?

どうして迷ったりしてはいけないんだろう?


以前にブログに書いたか忘れてしまったけれど、
小学生の頃だったか、店先のゴミ箱の前で
みかんの皮をむいていたことがあって、
後ろをふりむいたとき、片手のないおじさんが笑みを浮かべながら
わたしのことを見ていた。すぐそばで。


恐怖体験だった。


追ってくるわけでもないのに、わたしは店の横丁を
必死に走って逃げた。

わたしはこれがいかに怖いことだったかを、
なぜか、親に話せなかった。
ただ親には、「このへんにさ、片手がないおじさん、たまにいるよね」
と、ただそれしか、言えなかった。


この体験は、すごく、ひっかかっている。
でも、何がひっかかっているのか、まだわからない。

なんで、怖かったんだ、と言えなかったのか。
泣いてもいい体験だったはずなのに。


あのときのわたしは、何を我慢し、
何を捨てたのだろう?


困ってはいけない、というか、
そういう状態にいる、そういう感情でいる状態を
スルーしなければならないと思いこむようなことに、
どこか似ているから、だから、ひっかかるのだろうか?


到底、親に相談できない。
怖かったなんて言えない・・・
わたしがそんな状況になっている、そんな状況になったのだ、
ということは、言ってはいけない・・・

もしもそんなことを言ったりもしたら、
親の顔色が変わってしまう。悲しませてしまうかもしれない。
子どもが悲しんだり、困ったり、苦しんだりしているなんて、
親に知らせるわけにはいかない・・・


わたしは成人しても、そして今も、
相談したり、質問したり、そういったことができないでいる。
相談したフリや質問したフリはできても、本当に誰かに
相談したり、質問したりしたことは、一度もない。

まず第一に、自分がそういう状況にいることを、
絶対に知られたくない、というのが強すぎる。


一言でいえば、知られるのがこわい、ということなんだが、
最近思うのは、なんでもかんでも、これもまた、
「こわい」という一言で片づけようとしているわたしに違和感がある。
直視しているようで、してないのでは?と。
現に、まるでこれは呪文のようになっていて、「KO・WA・I」
という音でしかない、とさえ、はっと気づくと思うときがある。


このこととも、どこか、いろいろなところと
つながっているように思う。あまりにこんがらがっていて、
紐解けないでいるが、ここは親との関係を、もっと丁寧に思い起こし、
なんとか、紐解いていかないとならない、と思っている。


2014.02.13
Aby



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by jh-no-no | 2014-02-13 10:10 | 復元ノート 1

とり戻すべき舵

父と母から伝わってくるのは、

「ああいうバカとは、わたしは違う」

という、じとーっとした感情だった。


父と母も、思い返すとわりと短気なほうで、
いつもは冷静なようでいても、そういえばよく、
他人をバカにしていた。

「ああいうバカはどうしようもない」

みたいなことをよく言っていた。


子どもだったわたしとしては、いつも「いい親に見える」その親が
そこまで言ったり怒ったりするのは、きっと、相手が悪いのだろう、
と思って疑ったこともなかったし、開きなおっていた父に関していえば、
「怒らせるアイツが悪い」と、堂々と怒鳴り散らしていた。


見えにくいが、母も、同じだった。


だから、子どもだったわたしは、そして成人してからも、
親は悪くなくて、まわりが悪い、
と、当然のように、思いこまされていた。


「あんなやさしいお父さんとお母さんを怒らせるのは、
相手が悪いにきまってる。どうしようもないヤツなんだな、きっと」


わたしがこう考えることに、わたし自身、
疑いを持ったことがなかった。


でも、この認識は間違っていた。


「自分ルール」を今、洗脳被害の洗い出しのために
応用し、実践を続けているのだが、わたし自身がこの
「他人をバカにすることで、今の自分がOKであることを確認する」
という方法を瞬時にとっていることに気づきはじめた。

いろいろやってみたが、バカにしている対象は、
「他人」ばかりでない。

今までの自分、昨日の自分、今の自分、自分自身をもバカにし、
また、日々起こる様々な出来事も、軒並み、
バカにしていた。


「軽蔑」


わたしが一日のうちに、いや、毎分、毎瞬、100%無自覚に
やっていたことが、軽蔑する、バカにする、という行為だった。
あるいは、軽蔑ための道具集め。どちらも目的は同じ。
生活のなかでも、仕事のなかでも。
Pさんに対しても、徹底してバカにしていた。
無自覚にバカにし合うことは(本心ではわかっていたはずだが)、
共依存の関係を「共同作業」と錯覚し続ける上で
好都合だったのだ。

一ヶ月ほど前に、父と会ったとき、あまりに酷い性差別発言に
絶句したが、今のわたしは、それを完全に倣っていた。
そのことにわたしはまったく自覚がなかったし、
むしろわたしは、そういう差別をゆるさない、と自覚して
生活し、仕事をしていると思いこんでいた。


ところが、それはぜんぜん、違っていた。


わたしは父と同じ、女性への差別意識を持っていた。
内職の動機も、差別意識に根づいていた。
やっていることは、性差別であり、性搾取であり、もはや、
人身取引や人身売買と本質的には同じだった。

ここには、わたしの両親が、自分の母親に対して
「甘えることができなかった恨みの感情」、
これは父も母もともに強烈に持ち合わせた感情で、それが横たわっている。
この感情がそっくりわたしにもコピーされていて、
それが歪んだ表現として、今の仕事や活動のなかで展開されている。
「母親という存在」に対する歪んだ崇拝心と、
両親による代理復讐としての復讐心とが混ざり合い、
共感と見せかけるような態度で、実際は上から目線、
差別や侮蔑といった形で、感染、加害させていた。

わたしの「ガールズトーク」に対する憧れは、
差別の底まで足をひっぱっていくゾンビのふるまい
そのものだった。

わたしの性に関する遍歴もここに由来するのではないかと思い、
とくに今年に入ってから、今の仕事と活動との関連で
掘り出しを続けているところだが、いずれにしても、これは
女性という対象もこえて、「他人をバカにする」態度が、
見事に、両親から植えつけられていた。


ブログを書き始めてから、自己同化や自己確認の居心地の悪さ、
違和感について書いたことも多かったけれど、この「違和感」は、
わたしのAC人格の保身であり、AC人格が生きのびるうえで
AC人格にとっては必要不可欠なものだったんじゃないか?


「手あたり次第、自分も他人も出来事もバカにし尽くす」


違和感であろうがなんだろうが、こうすることで、
今の自分がベストであること、今の自分でいいこと、
それを確認し続けた。
これしか、方法を知らなかったからだ。

しかもわたし本人は、「バカにしている」と自覚すら
できていなかった。そんなこと思いもせず、
よく考え、よく分析し、「これはこうだ」と定義づけを自分で
しっかりやっている、と誤認し続けた。
この癖が苔のようにこびりついてしまった。
不毛なことに、これがなせることといったら、
「でしょ、わたし、すごいでしょ」というPRだけで、
いかに内容があるような話題に見せかけても、
目的はそこにしかない。

これも、たとえばPさん相手に意識してやってみると、
わかりやすかった。こうやって今まで会話をしてきたのだ、と。
内容がない、というか、話す意味や向かうところが、ない。
それも当然なのだ、自己PRが、実は、目的だから。
(親切やもっともらしくきこえるものも、結局、苛立ちなどの
感情のあてつけや嫌味になっているものが多かった。)


わたしはこの自己確認の方法は、とりわけ
精神世界や思想の分野から、自主的に成人後、
取り入れてきてしまった方法だろう、と思ってきたところがある。
それもあったのは確かだろう。しかし、今回はじめて、


「もしかして、親から、か?」

と、感染源の大元を疑い直した。


そうして思い出されたのが、

「ああいうバカとは、わたしは違う」
という、じとーっとした、あの父と母にしみついた、いやみったらしく
ひねくれた顔つき、へっ、というように他人を見下した態度、
そこに横たわるじとーっとした、あの感じだった。


相手が悪いから
相手をバカにしていていたわけじゃなかったんだ。


そうではなく、


相手をバカにしようとはなから思っていた、
はなから相手をバカにしていたのが、
わたしの両親だったのだ。
本当は、どいつもこいつもと、いつも恨めしく思っている。


だけれど、それを感情として表現しては、ならない。


それを表に出したらダメだ、相手に迷惑をかけてしまう、
相手を不快にさせてしまう、不愉快にさせてしまう、
相手を困らせてしまう、相手を苦しませてしまう・・・


・・・これはまさに、わたし自身が日々やってしまっている
感情の逃げ道であり、感情を抑圧することの正当化として
自動的、反射的、無自覚的にやっていたことだが、
そっくりそれと同じことをやっていたのが、
わたしの父と母だったのだ。


感情を出したら、相手を不快にさせてしまう・・・

 だから、

「感情を出すな」


という調教。


いろいろやってみて思ったのは、
感情を出すことと、相手を不快にさせることとは
まったく関係なかった。我慢することとも関係ない。
関係づけているのは、自分たったひとり、
わたしがそうしているだけで、
「だから、言いたいことを言わないようにしよう」という理由として、
感情の逃げ道として、我慢の言い訳として、正当化として、

「他人に迷惑をかけていけない、困らせてはいけない、
不愉快にさせてはいけない、不快にさせてはいけない、
他人を苦しませてはいけない」

と、思うように洗脳されていた。
ここを中心に、今、検証し、確認している。


元をたどっていくと、以前にもブログに書いたことだが、
「父と、父の母親との関係」「母と、母の母親との関係」に行き着く。
母親に出せなかった(出すのを抑圧させられた)怒りが、根っこにあって、
それを言葉に出せなかったから、態度に出せなかったから、
そうやって両親も自分自身のACを作り上げてきたに違いないが、
連鎖し感染していくにつれて、その手口がどんどん、
巧妙になっていくようだ。親孝行や自立を掲げる以上に、
わたしが今、他者にとっている手口は、さらに見えにくく
わかりにくいやり方で、猛毒をばらまいてしまっている。


このわかりにくさは、いかにも相手のことを考えています、
というパフォーマンスで隠される。
意識的にやってみるとすぐにわかったことだが、
わたしは、おそらく今まで、他人のためにやってあげたことはない。
もちろん自分のためにもないのだが、本当の意味で、
他人に迷惑をかけまいとか、他人を苦しませないようにとか、
そんなこと、やったことがなかったのだ。


それは、ただ、自分の感情を隠す、我慢する、
そのためだけの「カムフラージュ」として悪用してしまった。


桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S311
のなかの、「『虐待によるトラウマ』と『感染』の違い」という箇所で、


>それは、

>『親が、口できちんと言わずに、我慢した感情』です。


>子供に直接に怒りを言動では向けずに、
>子供にとっては、分からない、回りくどい形で、
>子供に自分の抱えたストレスをぶつけた場合に感染します。


とあり、読んだそのときは、実感としては沸いてこなかったので、
ひっかかったままだった。
(今読み直して、あっ、と思いましたが、「感染者であるあなたは、
その犯人が親だとは思っていないのです(感染源は、親しかあり得ません)」とも、
書いてあったのに、感染源が親、という理解が足りなかったのだと思います)


それよりも少し前の桜の間の記事、
http://www.mumyouan.com/k/?S302
のなかにも、


>親自身が、
>「このあたしが、育児疲労で、ムカついたんだ。だから、泣くな」、
>というのではなく、


>「なー、お前。そんなに取り乱して泣くのは、みっともない。
> 世の中は、とても、恥ずかしいことなんだぞ」

>と、そこに親自身の正直な心情でもない「泣いてはダメな理由」が
>子供の中に植え込まれてしまう。


とあったのですが、ここも同じようにひっかかったままでした。
感情を押し殺さなければダメな「理由」、これを今回確認したとき、
この「理由」という作り物こそが、まったく、リアリティーのないもので、
どうしてそうなるのさ???、と思うほどに、親の言うことを鵜呑みにしていた
わたしの「思いこみ」そのものだった。


今年に入ってからも、これがためされるテスト夢(?)のようなものを
見ましたが、最後にはこう、言われたような感じがした夢でした。


「ほーら、相手を苦しませてしまったようだね。
あーあ、こんな酷い殺し方をしたんだよ、あんたは。
さぞ苦しかっただろうな、痛かっただろうな。
お前、怒らないんだろ?恨まないんだろ?
なのに、どうして、それを抑えられなかったんだ??
お前が感情的になりさえしなければ、
こんなことにはならなかったんだぞ。
あーあ、やっちゃった・・・」


こういう夢の目覚めは、生きた心地がしない。
でも、こういうことになる種は、わたしにあったんだ。
定義すらできない、まったくリアリティーのないような言葉、
「他人を苦しませてはいけない」ということを、自分の考えでも言葉でもないのに、
これが大事だ、そうするものなんだ、と主張していた。


最近になって、このようなことや、桜の間の記事の内容が、
リアリティーをともなって、少しずつだけれど、繋がりはじめてきた。
まだ試し試しのところがあるので、自分ルールの洗脳被害への
応用は継続し、検証を続けたいと思っている。


わたしのなかで、ざわついていることが、まだまだある。

もちろん、この軒並みバカにして、今の自分がOKなのを確認する、
というのもどうしようもない手口だし、これもまた、いざ試してみると、
「何がOkなのか、わからない。OKじゃないかも・・・よ?」となる。
ほんと、何もかも、リアリティーがないものばかり。


こういった現実逃避や麻痺の手口も酷いが、
わたしが目をそらしてしまうもの、拒絶をしてしまうものは、
それよりも、「そうせざるをえない」とわたしが思いこんだ
元となる洗脳だ。

これを探るのは、今でも恐る恐るになっていて、
まだ自分で舵をとっているとは到底思えないのだが、
その元を直視しようとして見えてくるのは、


「わたしは間違っている、わたしが悪かったんだ、
わたしのせいに違いない」


というものだ。


わたしが感じていると思っている不自由さは、てっきり、
「間違ってはいけない」という強迫観念のようなものだろう、と思っていた。
たしかにこれも束縛だし、だから、今の自分でいいんだよね、と、
自分にOKを出そうとしたり、またそのために、他人も自分も出来事も
バカにしたりすることになる。

でも、これはこれで、わたしのAC人格にとっては、違和感であっても、
「助かる逃げ道」なのだ。こういう不安をわざと作りだすことで、
ACのコイツは自己証明ができるし、これでいい、という安心に執着できる。
(一瞬で崩れる安心だけれど)


「自分で自分にOKを出せるのような人間になりなさい」


実際、母はそれを自立の証のように話し、父は
「それが自分で自分を大事にする、ということだ」と
今思えば、口先だけで、説教していた。

そういう口先だけの言葉が、ACにとって
最高に甘い罠の入口になるのだと思う。
事実、なってしまった。

わたしのなかで、これと同じ響きをもってきこえ、
それも、わたしのこと、子どものことを思って言ってくれているんだ、
と錯覚した代表的なセリフが、


「自信を持ちなさい」


だった。

あなたなら大丈夫、できるから、と。


一見素晴らしい教育のように見えて、それが悪質だったのは、
わたしが自分で決めているように見せかけて、
実は、最初から「親にとって都合のいい道」に誘導させるために、
脅しをかけていたことだ。

さらに悪質なのは、直接わたしを脅すよりも、
「親にとって都合のよくない道」を歩いているような他者をひっつかまえてきて、
徹底的にバカにする、かつ、見せしめるというやり方は、
「言わなくても、Aby、わかるよな」という、なんというか、
まるで自白のさせ方みたいなやり方で、
「はい、そのとおりです。わたしもそう思います」と
言わさせられる。この自動的な作為は、最近のことでいえば、
インターネットなどで、チェックを入れての同意でなく、
「わざわざチェックを外さないとダメ」な、あのやつと同じ手だ。
なんだか、外したらいけない、みたいな雰囲気が漂っている。
しかも手にはすでに、賄賂のように、飴が握らされている。


父のあの気狂いのような血祭り騒ぎは、それが目的だろうし、
子どもだったわたしには、「相手が悪くて、お父さんは悪くない」
と思っていた。


あんなやさしいお父さんを怒らせるなんて、
どうしようもないバカに違いない。
ああいう人間になっちゃダメなんだ、と、普通に思っていた。


このやり方の底流にあるのは、やはり、あのバカにした態度で、
そういう意味では、まったく、母も「同じもの」を持っていた。
かえって、暴れるまでエスカレートしないので気づきにくいが、
そういうときの母の露骨な表情は、父よりもわかりやすかった。


同じ顔を、ふたりとも、している。


・・・話がそれてしまったが、こういった手口も酷いが、
AC人格にとっては、こういったことも、生きのびる手段でしかなく、
大元の問題は、「間違いたくない」のではなく、なぜそう思うか?
ということだった。


「自分が間違っている、とわたしが思っているのを
直視したくない」


これがいつも、痛い。


なぜ直視したくないか?


こわいから、だ。


こわいというのは、わたしにとっては、
「従わないと罰せられる」というような類の恐怖。
逃げまどう兵士のように、いつもビクビクしている。
これは完全に調教由来の恐怖で、どうしたらいいのか、という不安を
親の顔色と誘導を元に、「こうしたらいいに違いない」とやってきたことの
大きなツケがまわってきている。

これが発動すると、未来を不安の妄想でいっぱいにすること、
それだけしか見えなくなる。いかにわたしのせいじゃないか、
わたしが悪くなかったか、わたしが間違っていないかを、ありとあらゆる
シミュレーション(完全に妄想)で、結びつける。

それが、自分の身を守ることだ、と思いこんでしまう。
危険から身を守る最善の方法だ、と。


いろいろ試しているうちに、ある疑いをもった。


それは、

「何が、間違っているのか?」

ということだった。


わたしはつねに、自分は間違っている、自分が悪い、自分のせいだ、
と思っている・・・というより、「それを前提に」物事に対処する癖がついている。
矛盾するようだが、それは何のためか、というと、
「自分のせいになるのを、なんとしてでも(それこそ手段を選ばず)、避けるため」だ。
隠蔽だろうと、嘘だろうと、泣き落としだろうと、
この「手段の選ばなささ」の酷さは凄まじい。狂っている。
(現実世界だけじゃない。夢の中などで、わたしの残虐性はしばしば暴露される)


こうなると、大迷路で絶対、抜け出せない。
もう何時間でも何日でも、迷い続け、絶対、出られることはない。


ふと、この「間違っている」という思いこみは、
いったい、誰が舵をとっているのか?


そう思うようになった。


これもいろいろ試してみると、何が間違っていることで、
逆に、何が間違っていないことか、ということも、
何ひとつ、わたしは自分の頭で判断できていないのだ。
間違うことの定義ひとつ、曖昧どころか、皆無だった。

もちろん、昨日の自分をバカにして今の自分はもっとすごいぞ、
と、しでかしたり、他人をバカにしたり、知識をひけらかして
(見た目は丁寧だったり、親切心のように見えるように)、
今の自分が間違っていない、と自己証明しようとしているのが、
わたしのACそのものなのは確かだけれど、そういうやり方で
「自分で自分にOKを出すやり方」は、毒親調教由来の埋めこまれた
AC基準の正しさでしかなく、わたしが考えたことでも、体験したことでも、
感じたことでもないものだった。

いろいろやってみると、わたしが自動的にやってしまっている言動の
ほとんどは、完全に「自動的」で、どれもこれも、
反射でしかないものだった。

これを自覚的にやってみると、どこか〝演技〟のように思えてきて、
ときに可笑しく、ときにつまらなく、ときにどうでもよく・・・と、
はた、と「自分の判断基準」がまったくない、
何ひとつなかったことに気がついた。



間違っているとは、どういうことか。

間違っちゃいけない、ってどういうことか。

他人を困らせないって、どういうことか。

自分で自分にOK、って、それって、どういうことか。

そもそも、バカにするって、どういうことなのか。



こういったことにどれひとつ答えられないのに
自動的、反射的、無自覚的に「やっていた」、
ということ。


自問したことがなかった。


こういうことを子どもに自問させないようにすることで
誰が得をしたか、といえば、毒親たちだ。



● 従わないとこわいことになる、と見せしめの威嚇をする。
  子どもには直接暴力は振るわず、従ったら「飴」を与える。

● 「従わさせられた」と思えないよう、自分の意思で選んだ、
  と思わせるように誘導する。
  (親の態度から察する、格言をきかされる、など)



たったこれだけだが、たったこれだけで
なにがなんだかわからない「混乱状態」に追い込めば、
脅し一つで、わたしは言いなりになるように洗脳された。
今、ここから抜け切れないのがつらい。


目をいつもそらしてしまうのは、
「自分が間違っている、自分が悪い、自分のせいだ、
と、わたしが思ってしまうときの、その自己否定の感情」
であることに、最近になって気がついた。

これはあまりに自己同化していて、
わたしとの距離がゼロだったから、高速で生じるもなにも、
高速で生じるのはむしろ、「間違いたくない」というすでに
恐怖を麻痺・逃避させるための手口のほうで、
気がつくもなにも、自己否定の感情のほうは、
最初から、そう、思いこんでいる。

そうなると、毒親の思うつぼで、
「間違っちゃいけない」と、これでいいんだろうか探し、が始まる。
毒親にしてみたら、あることないこと、何でも不安がってくれる、
自分のせいなんじゃないかと怖がってくれるのだから
ありがたい、脅す手間も省ける。

そういえば、こんな夢も今年になって見た。
父の母親の妹のような人が出てきて、
「あのこは、わたしのこと、どう思っているのかなぁ」と不安げな目で
わたしを見ている。毒マスクをしているのに悪臭がもれるような息で
わたしに話しかけてくるのが印象的だった。
その人は完全に恐怖していた。

こういう得体の知れない、わざと不安と混乱に閉じ込めることで
じんわりと恐怖を与える構造は、脈々と世代間連鎖している。
その象徴のような夢だった。

父も母もよくそんな顔をしていた。
この夢に出てきた親戚の人のような顔。
「私のこと、自分の親は、どう、思っているんだろう」と、
いつも不安げな表情をしていたような気がします。


・・・こうやって実体にない仮想の威嚇の恐怖は、
ずっと効果的にきいているので、現実がどうであれ、まず、
「自分のせいだ、という思いこみ」から
すべての妄想が、スタートする。

そこから


なんとかしよう、、、

このままだと、、、罰せられる、、、こわい、、、


この恐怖心が
わたしのAC人格がとる言動の動機にある。


どうしたらいいのかわからない、どうしよう ・・・・・・、、、


自分の意思がないのだから、親の態度から察しよう、
でも親は目の前にいない、どこに行けばいいの?
どこだ、どこだ??これも違う、完璧じゃない、じゃあこれか、と
気がつけば、絶対的なものを与えてくれそうだと錯覚したACが
精神世界にもぐりこんだ。


もうわたしを利用して「しめしめ」と思う親は目の前にいない。
なのに、そんな亡霊が無駄に舵をとっている。
そしてわたしがそれを許している限り、わたしは毒親そのものになって、
まわりの人、大人だけじゃない、幼い年齢の子どもたちにも
「より巧みな」洗脳をし続けている。


ひとつひとつ、舵をとり返していく。

いくつ自分の舵を手放してしまったかわからないけど、
全部、とり戻す。

毒親のせいだけれど、手放したのはわたしだから
取り戻すのもわたしだ。


2014.02.11
Aby



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by jh-no-no | 2014-02-11 20:12 | 復元ノート 1