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逃げない

今朝、桜の間の記事

http://www.mumyouan.com/k/?S263

の、自我復元アンケートを拝読しました。

「わたしも、こんなふうに、まっすぐ言葉を話し、まっすぐ歩き、
堂々と歩けるようになりたい。」

読みながら、何度もそう思った。

掲示板をしっかり読みはじめたのは、今年に入って自我復元をはじめた頃
でしたから、復元ブログもその頃知りました。
知ってはいたのですが、ほとんど、一情報として目に映っていただけのものでした。
というのも、「これはわたしもわかる、考えたことがある」とか、
そういう見方でしか情報全体に対して見ていなかったからです。

結局、その原因を突き詰めてみれば、
「今のままでいい」と思っていたからです。

今も、そこに逃げてしまうことがあります。
今のままでいい、と。
頭ではいけないと思っていても、実際は逃げている。
この一週間くらいの間は、いつわたしが逃げてしまうのか、
そればかり考え、逃げ足をつかまえようとしていました。

幼い頃からわたしは、まわりからもそう言われていましたが、
喜怒哀楽というものがとても希薄で、わたし自身、
「自分には感情がないのではないか?」と本気で思っていましたし、
今もそう思っているところは、全部ではありませんが、あります。

ずっと感じてきた違和感、これも感情だと知り、少なくとも
ひとつの感情は持っていたんだ、と思いました。

前回のノートと重なるところですが、とくに最近は、
自問と復元とを平行すること、片手落ちにならないことを
意識して、復元作業にとりくんでいます。

そのせいかどうか、たしかなことはわかりませんが、
身体に反応している、と感じる時が増えてきて、
とくに朝の回収のときは、たった10分くらいの作業なのに
作業後は、妙にドキドキしたり、ぐったりしたりで
とにかく疲れてしまう。今週は、体力と気力を維持するのが
とても大変な週だった。

前回のノートに、こわい、という感情のことを書きました。
わたしはずっと違和感だけが頼りだったのですが、
最近はこの「こわい」という感情が、日になんども襲い、
その都度生きた心地がしませんが、ここは取り逃しちゃだめだ、
いつも逃げるのはここなんだから、と気をはっていました。

何度も襲うこわさに、やはり何度も逃げてしまいました。
そのときはそう思っていないのですが、後々考えると、
あれは逃げだった、と感じることが多く、それを観察してみると、
やはりそこで起こっているのは、いつもと同じ、

「こわい、という気持ちをおしころそうとするために、
その気持ちに目隠しするために、大丈夫で平気な自分」

を作ってしまう。そういう自分に自己同化しようとする。
これも観察していて感じたことだけれど、「何に」自己同化をするかは
それほど重要ではなく、こわい、という気持ちを消せたと錯覚できさえすれば、
なんでもよくて、せっせと自己同化を試みる。

浅ましいと感じながらも、これはわたしがずっとやってきたことだし、
この自己同化という、なんというか、鏡を見ながら
「これ、わたしだよね」という強迫的な自己確認が、生きた心地のしなささ、
気持ち悪さ、違和感を引き起こしていて、このやり方が身についてしまっている。
これで済ましてしまおう、とする癖。

でも、こわい、という気持ちは、本当は消えない。
ずっと怯えてきたし、今も怯えている。
この感情を抱えることは、とてもしんどいから、目をそらそうとする。
でも、そこで待っているのは自己同化という病気、それは結局、
自分を抑圧、制限し、きりうりすること、自分を裏切ることだから、
それも苦しくて、重い違和感が待ち受けている。

こわいという感情と、違和感という感情の
その間を毎日毎日、揺れ動いていて、疲れてしまうのだが、
ここで逃げたらいつもと同じだ、と思って気をはる。
一日が始まったばかりなのに、ぐったり・・・

ただ、この頃考えているのは、逃げないように耐えようとするだけでは
それもまた、今までと変わらない気がする、ということ。
というのも、今までだって逃げたくないとは何度も思ってきた。
でも逃げていた、逃げてしまっていた、というのが現実だから、
ここでやはり、この原因を突きとめていかねば。


・・・なぜ、自己同化をはじめてしまうのか?


この自己同化の直前に、わたしはやはり、こわいと感じていることから
逃げようとしている。こわい気持ちを消そう、消そうとしている。
別の言い方をすれば、こわいと感じている自分はいなかったことにしようと
している。だから、この「なぜ?」を考えるうえで、どうしても、
この「こわい」というところに身をさらすことになるのだけれど、
これがしんどい。身体に反応が強まったことは、かえってしんどいけれど、
逆にいえば、身体感覚を麻痺してまでも、こわい気持ちなどを押し込めて、
違和感の一言で済ましてきたのだと思います。


桜の間の記事

http://www.mumyouan.com/k/?S261

のなかで、

 >AC人格、トラウマ人格は、
 >「使い古された、同じこと」を、しかも「不完全に」する事しか出来ません。

 >しかし、新しいことは、
 >「恐れ」というものを全く知らない「原主体」にしか出来ません。

 >否、原主体は、「恐れを知らない」のではなくて、
 >「正しく恐れること」と、
 >その恐れを、「私は恐れている」と「正しく主張する」ことが出来るのです。

 >恐れを正しく意識化して、外部に主張できるからこそ、
 >恐れるような局面でも、切り抜けられるのです。

 >一方で、自分の恐れにフタをして我慢するのが、トラウマAC人格です。



とあり、わたしが感じている「こわさ」は何だろうか?と考えてみました。
自分の恐れにフタをして、その恐れから目をそらすためには
手段を選ばず何でもいいから手当たり次第、自己同化する。
そういう自己制限を自分に課している、それに甘んじいるのが
現状だと思った。こわいと感じている自分自身を恐れている。
だから、そんな自分は殺してしまえ、と。

大人になってからある時期、わたしはよく夢で、あまりに残酷なほどに
夢のなかの正体不明のフィギュアをズタズタにしている夢を何度も見た。
どうして人はここまで残酷になれるのか、と朝起きては青ざめて思ったが、
今思うと、あのフィギュアはその頃の自分自身だったのでは、と思う。
こわいのを消そう、消そうと、もはやあれは狂気だった。

ここはまだ掘りおこしていかないといけないところですが、
このこわさの原因は、どこか、「見捨てる、見捨てられる」という恐怖に
根づいているように思う。これは育った家庭環境ともまったく無縁でなく、
少なくとも、両親ともに持っている「見捨てられ不安」、その感情が
知らず知らずのうちにコピーされている気がしている。

というのも、見捨てられることに対して、わたしは異常なまでに動揺してしまう。
わたしが完全に取り乱すのは、そのときです。
不思議なのは、見捨てられた過去がそれほどない(いや、それも誤認かも・・・)
にも関わらず、見捨てられることに、尋常でない恐怖を抱いているからです。

わたしの両親は、ともに、自分の母親から見捨てられた、という不満を
抱えながら生きてきて、わたしに対しては、その反動として
「他者のことを考えなさい。どんなときも見捨ててはならない。
そういう人間でありなさい」という教育が、その言葉通りに子どもに
伝えてはいなかったが、どこかにつねに、あったように思う。

わたしは自分で「他人を自分から切らない、見捨てない」のは
自分のよいところだと思ってきた。長所だと。
今の仕事も生活も、そここそが、わたしの取り得だと思っていたし、
それをまわりも期待しているのがわかる。

いや、期待されている、と思っていた。だから、そういう人生もありだ、
と思ってきた。でも、最近、この他者との関わりがこれほどに苦しく感じるのは、
期待されているのでなく、あきらかに利用されているだけなのが、
毎秒毎秒、伝わってきて、その都度、わたしは拒絶できず、
耐えているのが見えてきたからだと思う。

こういうとき、どのように「NO」といってよいのかわからない。

考えてみれば当然かもしれない。わたしはずっとそれを「YES」として
受け入れ、そのために歪んだ人格を育ててきたしまったのだから。
利用されることに対して、NOという術を知らないことに
気づいた。

先日も、わたしは反射的に、相手のフォローをしていた。
思えば、その必要などなく、むしろフォローすることは混乱を招くだけなのに
どこかわたしのなかで「見捨ててはいけない」という強迫観念がある。


「見捨ててはいけない」


この意識はとても強いことを最近、感じはじめている。
小学生の頃、母と父をどちらを選ぶ?というような問いの前でも
わたしは躊躇せず、父を選んだ。もちろん、父が好きだったわけじゃない。
そうでなく、わたしだけでも父を選ばなければ、結果、父は
みんなから見捨てられたことになる、という咄嗟の判断だった。
このときのエピソードを母に確認したくて、してみた。


Aby : 「あの時お母さんと一緒にいたい、とか、わたしは言わなかった?」


ときいたら、ちょっとがっかりしてしまったが、こんな答え。


母 : 「それなら可愛いものよ。Abyは即答で、一緒に行かない、って言ったわ。
    お父さんがかわいそうだからって。」


これをきいて思ったのは、わたしには「甘えたい」という感情すら
そこで生まれなかった、ということ。

おかしいよね、それって???

と思ったけれど、ふと思ったのは、わたしは「甘えてもいい」という育て方は
されていなかった。むしろ、他者から甘えられる、他者の甘えたい気持ちを
受け取り、それに答える人間に育つように育てられた。
実際、母と父は、ともに、幼い頃、母親に甘えることができず、
その気持ちをわかってもらえなかった、気づいてもらえなかった、
と嘆いてばかりいた。そして、それが叶うことはなかった。

わたしは、ある意味、その不満の反動から、母や父にとって、
「こういう母だったらよかったわ」というそういう母親像を
わたしに期待していたのだと思う。いや、期待でなく、利用。
わたし自身、この毒性に気づかなかったのは、両親の不満の反動が
「Abyという理想の存在、他人を見捨てたりなんてしない優しい子」
を育てることだったからであり、もしも、「Abyにはわたしたちと同じように
甘えさせてあげないんだから。いじめてやる」となっていれば、
それはそれで辛かっただろうが、毒性にも気づきやすかっただろう。
でも、そういうことはしなかった。

完全犯罪に近い調教だったと思う。

その意味では、「見捨てられた」というふうに実感した経験は
ほとんど見あたらない。 掘り方が甘いかもしれないが、今のところ、
見あたらない。もちろん、「ニュースでやっていた体罰があるような
施設に入れちゃうぞ」という脅しも、一度あったけれど、その時もわたしは
それは嫌だ、と泣いて訴えたし、親も冗談のつもりで言ったのが、
ショックを与えてしまったことに、むしろ、親のほうが焦っていたようで、
わたしにごめんね、とあやまっていたのを、はっきり覚えている。


でも、では、どうして、わたしは今、
「見捨てられること」にこんなにも脆弱なのか?
こわくてこわくてしかたがないのか。そのために、自分を裏切るのか?


ここがわからなかった。今もたしかなことはわからないが、
育った家庭のことを思い返すうちに、少なくとも、


「見捨ててはならない」


という強迫的な思いこみがすごく強いことが
一因だと思うようになってきた。

この思いこみを維持、強化するためには、自分の過去の経験として、
あるいは感覚として意識できているかできていないかは別に、
「見捨てられることはこわい」という感情がコピーされているに違いない、
と思うようになった。そうでなければ、これほどにわたしがいつも
怯えている理由がよくわからない。


このこわいという感情が、無意識にわたしの背中を脅かし、
他者を見捨ててはならない、他者の気持ちを思いはかりなさい、察しなさい、
排除してはならない、という思いこみをつくっていて、
それがわたしの日々の行動指針となってしまっている。
たとえば会議などで、何かを決めるときも、内容よりも
「それで排除される人はいないか」ばかりに気持ちが占領されている。
これも自分のよいところだ、と思ってきたが、
冷静に見てみると、その偏りようは異常だ。
学校の先生や仕事の上司とも、そのことで毎回喧嘩していた。
わたしから見ると、誰かを排除しているとしか思えなかったから、
その時その時守る対象を、必死に弁護してばかりいた。

だから、わたしは自分のことを、親や他者が言うように、
決して人を見捨てない、寛容な人間だ、と思いこんできた。
それがわたしのアイデンティティだったし、誇りとすら考えていた。

考えてみれば、これでは、クライアントのお願いなら、手段を選ばず、
法律をも曲解し、都合のよいように騙す歪んだ弁護士のやっていることと、
なにひとつ変わらない。「人権」とかいいながら、見捨てないという
自分の使命らしきもののために、まわりをふりまわし続けてきた。

そのあり様を、誇り、と感じていたのだから、どうしようもない歪みようだが、
では、それだけまわりをふりまわしてきて、自分は何を得たというのか。

この「見捨ててはならない」という抑圧と、無意識下にある
「見捨てられるのではないか」という恐怖は、わたしに何をもたらしたかというと、
このプレッシャーと恐怖に耐えうる、目隠しになる妄想だけだったように思う。
「~だから大丈夫だ、平気だ」と、ずっとやってきて、心のなかでは本当は
ずっとこわくてしかたがなかったのだと思うけれど、わたしはそれに目をつぶるために、
その都度、それに我慢しうる歪んだ人格をつくり、自己同化してきたのではないか。


ここはまだ、観察と分析の域を出ないけれど、自我復元をはじめたことで、
違和感を感じるその一歩手前にある「こわい」と感情の尻尾を
つかめそうになっている。
恐怖と違和感のはざまで、生きた心地がしないのはつらいけれど、
自我復元アンケートを読みながら、ここは逃げてはいけないところだ、
自分との闘いなんだ、と今更ながら、感じはじめた。

違和感はたしかにひとつの信号だけれど、
ここで甘んじいては、自己同化病はやっつけられない。
コイツのしぶとさは、ある意味、わたし自身が本当はよく知っている。
なぜなら、しぶとく作ってきたのは、わたしに他ならないから。
鏡に背を向けても、背中姿のわたしをイメージして、結局それと
自己同化するのがオチだ。だから、わたしが怯え続けているものの正体を
つきつめていかなければ、最後の最後は、違和感の一言で
済ましてしまうだろうことが目に見えている。


見捨てられるのではないか、という不安と、
見捨ててはならないという抑圧、たとえてみると、綱渡り。
落ちれば、見捨てられる。綱の上は、「見捨ててはならない」の声。
この綱の上を歩かされてきた。こわくない、こわくない、という思いこみは
妄想だ。だって、こわくないはずがないじゃないか!


こわい、と口にしてみたからといって、楽になるほど
トラウマ掘りは簡単じゃないと思うけれど、まず、こわいと口にしてみて、
このこわいと闘うのはわたし自身だ、とそう思って、今日はなんとか
ブログを書き始めることができた。たとえこれが自己同化を孕んでいたとしても、
ならばそこから掘るしかないし、それができないのなら、掘るといいながら
「その程度の気持ちでしかなった」ということだ。


見捨てられるとか、見捨てちゃいけないんだ、とか、
そういう脅しの道を歩かされて、自分を誤魔化して、
「なんとかやれそうだ」の人生で、はたして自分はそれでいいのか。
アンケート回答を読み、考えました。

今の自分が情けない、とも感じましたが、
そう認めたことが一度もなかったわたしにとっては、
「そう、情けないよ、これじゃ。わたしも堂々と歩けるようになりたい」
と、わずかでもそういう声が内側から聞き取ることができた。

出遅れてしまっていますが、自我復元、
ここからはじめてみようと思います。


2013.09.22
Aby



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by jh-no-no | 2013-09-22 13:10 | 復元ノート 1

自我率と復元作業について

自己分析ノートになってしまいました。
軌道修正して、自我復元作業とからめて書いてみます。

最初に、自我率と復元作業についてノートします。


・・・


●自我率について

2013年中旬
1回目自我判定依頼 88%
※ 生来の自我率は  83.3% (5/6自我)


・・・


●復元作業について

<呼びかけのこと>

日本全土と、ヨーロッパの地域を対象に呼びかけをしています。
呼びかけの感触というのは、正直、あまりわかりません。
できるだけ、「相手に声が届いている、接触しよう」という意思を
継続できるように、あぐらの姿勢で、20分程度呼びかけをしています。

梅の間の記事

http://www.mumyouan.com/k/?U1474

のなかの、「世界の国の出生率の一覧表」へのリンクを参考にしています。
呼びかけをするヨーロッパの国は、ここから選んでいます。
言語の壁があっても、翻訳されて届いているはずだ、というくらいの気持ちで
取り組むようにしています。


<回収のこと>
朝の回収作業も、あぐらの姿勢で、10分程度行っています。
「イメージでひっぱっていく」ということを、わたしも心がけています。
イメージを強めるために、自我を視覚化するなど、試行錯誤です。

朝の回収作業とは別に、呼びかけの際にも、一部、回収も同時に
行っています。最初の頃、そのほうがイメージがついてきやすかった
ことがあったので、それは継続しています。


・・・


自我復元の作業をしていて気がついたことは、
最初は、この作業をしていけば、回収の感覚が強まってくるのが、
「頭で」わかってくるのだろう、と思っていたのですが、そうではなく、
たとえば胸の塊の感覚などは、「身体感覚として」ついてくる、と
いった感じがしています。

書いていて当たり前な気がしてきましたが、
なんというか、頭で理解した、というのでなくて、
イメージに沿って「身体がついてくるように、身体のほうが」
少しずつ、変わってきたような感じがしています。

このことは、復元作業を通して、全体として感じていることですが、
「身体が反応する」ようになりました。
もちろん、復元前は頻繁に風邪をひいていたのに、
滅多にひかなくなった、という変化もありますが、同時に、
ショックをうけたり、精神的なゆれがあったときに、
食欲がなくなるなど、身体がすぐに反応するようになりました。
その意味では、しんどいことのほうが多いです。

このことに関連して、最近、起こることは、
「こわい、こわい、こわい、こわい、・・・」と、ただこわくて、
こわい、こわい、と心のなかで連呼しているような時間があって、
その状態のまま、完全に疲れきってしまうことです。
食欲を失うということなど、この年になるまで一度もありませんでした。

身体感覚を伴う夢、というのもわたしは見たことがなかったのですが、
7月の終わり頃、そういう夢を見ました。


・・・


自我復元をしていて感じることや変化、そのこととからめて
書こうとしたのですが、なかなか、書き出せませんでした。
というのも、ふりかえってみると、このブログでいつも、
「いかに変わっていないか」ばかり書いてきて、すっかり、
自問作業と復元作業が、別個になってしまっていたからだと思います。


「なぜ、そうなってしまったのか?」と
考えてみました。


それはたまたまなってしまったのではなく、
結局、逃げの口実や、分析で済まそうとする言い訳をこしらえることで
済まそうとしてきたからだ、と思いました。


済ますことなどできないのに。


自分には嘘はつけない。済ませられないのを、知っているはずなのに。
でも、わたしはそれを忘れてしまうときがある。それがあまりに多すぎる。

何も掘れていない今の自分が、いくら復元をしてもダメだ、
何も変わってなんていないはずだ、変わっていると思ったら、
それは関係妄想だ・・・と、自分勝手に解釈していました。

でも、ここ数日、「この数ヶ月で、何かひとつでも変化しただろうか?」
と考えてみると、それはわたし自身が掘ろうとしてやってきたこととは
まったく関係ない部分だったので、完全に見落としていたのですが、
わずかですが、変化はありました。

そのことを続いてノートします。


・・・


● 「気持ちの揺れが、身体症状に表れるようになった」

食欲がなくなるなど、つらいと感じることが多かったので
それを変化と考えもしなかったのですが、考えてみると、
幼い頃、ストレスに対して、チックや強迫性の行動で
身体症状として表していた頃と、重なることがあります。
とくに、「こわい、こわい、・・・」と呼吸が浅くなっているときの感じは、
数唱強迫などで数を数えていたときの、生きた心地のしなささ、
胸と喉の間が詰まるような、身体感覚があります。

復元作業自体との関連では、回収のときに、
そのイメージに比例して、胸に塊のような存在感を感じることが
増えました。丸く整形するイメージはそれを強化してくれます。
丸く整形する際に、へこんでいたり、傷んでいるような場所を感じたら、
それを補修するイメージを持つようにしています。
それが効果的かどうかはわからないのですが、
より身体感覚が強まるので、そうしています。

頭で感じ考えることより、むしろ、
身体で感じることや反応することに従うウエイトが
少しずつ増えている気がします。


● 「我慢すればできていたことが、できなくなった」

とくに、「他者のために」と思って何かをする、ということが、
かなりストレスになってきていて、今まで当たり前のようにできていた
作り笑顔が、なかなか、できなくなっていました。
「NO」のテリトリーが狭すぎた分、自分自身に
我慢を強いてきたのだと思います。
自分より他人を優先する、ということが耐え難く感じて、
断ったことがないような誘いを断るようにもなりました。


● 「自分にとっての必要性から情報収集するようになった」

復元前は、自分を刺激してくれるものなら、なんでも情報や知識に
飛びつきましたが、とくにここ二ヶ月くらい前から、それはほとんど
なくなりました。必要があると思って見るか、あるいは、見るなら
自分にとって必要な情報を取り出す、というスタンスになりました。
(書いていて、こんな当たり前のこともしてこなかったんだ・・・と
情けなくなります。)


● 「関心のあることや興味のある分野が変わった」

関心のあった内容に、まったく関心を持てなくなったものが増えました。
メールや冊子の形で自動的に受け取ってきたものも、
開く気も起こらなくなったものがある一方で、
今まではまったく手にすることもない分野や内容にくいつくことが出てきた。
そもそも、「くいつく」ということがありませんでした。


・・・


これらの変化はたしかにあるのですが、昨日までそれらを意識することなく、
ただ自分は変わらないんだ、という自己否定で、結局のところ、
「済まそう」としていたのだと思いました。

しかたがない、で済まそうとしてしまう自分を「許したくない」という思いが、
復元をはじめて半年以上経って、やっと、ほんの少し出てきたように思いますが、
依然、「許してしまうのは嫌だ、でもそれに甘んじいるのは
これこれこういうわけだから、しかたがない・・・」といって、
とる行動を誤っている、自分を裏切っている、と感じることばかりです。
こわいからといって逃げていいわけじゃないのに、なのに、
逃げようとする。

だから何も変わっていないんだ、変わったと感じたりするのは関係妄想だ、
歪んだ人格だと、短絡的に、思いこみで、結びつけていたようです。

自我復元をないがしろにしないように、
自問と復元を平行して続けていこうと思います。


2013.09.15
Aby



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by jh-no-no | 2013-09-15 15:52 | 復元ノート 1

観察の途中経過 9月7日

「5つの人格」がループしている状態を、
できるだけその外側から見てみて、どう動いているか、
観察・検証してみようと思ったのが、ちょうど一週間前。

愕然としたのは、実際にその外側に立ってみると、
「そのループ観察者の立ち位置」こそ、どうしようもない
歪んだ毒人格であり、「いつものわたし」だった。

いつものわたし・・・それは、いつも焦っていて、
「わたしが」「肯定されているかどうか」
それだけをつねに気にしているわたし。


梅の間の記事

http://www.mumyouan.com/k/?U1858

に、「不毛な者たち」のことが書かれていましたが、
まさに、わたし、いつものわたしが、この不毛で歪んだ毒人格
そのものでした。

毒親が、わたしのなかの、もっとも中心的な位置にいる。
わたし自身が、わたしを抑圧し続ける毒親、という構造。

この毒人格の主張していることは、梅の間の記事の通り、
たしかにひとつだけだと思う。


 「わたしは、いていいんだよね」


コイツがいかにまわりくどい説明をしたとしても
最初も最後も、言いたいことはたったこれだけで

そのためなら

 ・ 自分をどんなに切り売りしてもいい
 ・ 自分を裏切ってもいい
 ・ 自分を抑圧してもいい
 ・ 自分だけじゃない。他人もおとしてめてもいい
 ・ 他人を搾取してもいい
 ・ 自分だろうと他人だろうと、不幸にしてもいい

という考えを持っている。いや、そんな考えを持っているとは
もちろん思ってもいなかったし、思いたくもなかったけれど、
5つの人格をループする、ということは、つまり、
そういうことなのだ。

自分を切り売りし、他者をも巻き込んで、5つの人格を
互いに殺し合わせながらも、そのループを閉じる(帳尻を合わせる)
という残虐な行為の末、ループ管理者の「わたし」は
こう主張します。


「うまくやっておきましたから」

と。


それに続く言葉は、

「だから、わたしは役に立ってるでしょ」

という、たったそれだけ。


これは、内戦をわざと引き起こさせておいて、
メタメタにした挙句、「もうやめたらどう?」と
仲介者の顔をした首謀者が、
「うまく統治しておきましたから」と、のたまう支配の
言い分とまったく同じであることに、ふと気づいた。

この自己否定と自己確認のループの外側から
ループの動きを管理、傍観している者の主張はこれだけで、
その管理者、傍観者とは、紛れもなく、わたしが無自覚に
「わたしを演じている毒人格」でした。

この立ち位置自体は、なじみのある感覚だったので
この感覚は初めてではありませんでした。
この「わたし」というのは、いつも焦っていて、
ビクビク怯えています。

今までは、そこまでの認識しか持たなかったし、
むしろ、いつも怯えているわたしはどこかかわいそうで、
「なんでいつもこうなんだろう、わたしは惨めだ」と
思ったりもしたわけだけれど、それは間違いでした。


大間違いでした。


ループ管理者の「わたし」こそ
何もかもを惨めに仕立てている「張本人」ではないか!


コイツは、なんでもかんでも平気で不幸のレッテルをはる。
わたしが不幸なら、まわりをもっと不幸にする。
「みんな不幸だね。だから、いいでしょ」みたいな理論が
コイツにはまかり通ってきたのだ。


不毛感。これはずっと抱えてきた感情のひとつだった。
コイツに関わると、この感情は避けられなかった。
でも、不毛感があるのはわかりながらも、がんばってきた。
がんばってきてしまった。不毛だ、不毛だ、と思いつつ、
なんとかコイツを救おうと、わたしはいつもコイツの
言いなりだった。


でももう、コイツとは手を切りたい。


今回、やっと、そう思えた。


私自身を裏切り、切り売りし、他人も貶め、搾取し、
殺し合わせ、そうやって勝手放題にやりたいだけやった上に
散らかし放題の現場に残したのは、

「何か言わなきゃ、何かしなきゃ、何か役に立たなきゃ・・・
(そうしなければ、あなたはここにいていい人じゃないかもよ)」

という、恐怖、だけだったから。


不毛感だけじゃない。わたしに恐怖を上塗りする。
この認識が欠けていた。
だから「わたしが頑張ればいい」と的外れな
考えと我慢を自分に強いてきたのだ。


コイツは、害だ、という認識が
まったくなかった。


コイツはいつもおどおどし、焦り、外部の声に一喜一憂し、
無視しようとすると、暴れたり、泣き落としに入る。
「何か言わないと。何かしないと。何か役に立つことを・・・」と急かす。
嫌々ながらも、それをずっとずっと繰り返しているうちに、
本当に「何か言わなきゃ、何かしなきゃダメだ・・・」と刷り込まさて
いつも焦っておどおどした状態が、いつのまにか
当たり前の状態になってしまった。


それに気づいて、しばらくの間、
コイツをほしておくことにした。


コイツが焦っても、自己否定と自己確認のループから
距離をとろう、とろう、としてみた。


そうしてみたけれど、わたしの内側深くまで巣食っているこの声、
「何か言わないと、何かしないと、何か役に立つことをしないと、
あなた、いていい人じゃないのよ。そんな当たり前のことも
忘れてしまったの?」という声が、沸きあがってくる。

そのせいか、最近、夢のなかでは
せっせと他人のことばかり面倒見たり、
世話してばかりいる。そんな夢ばかり、たくさん、見る。

ひたすら他人の世話の夢また夢で、
朝起きて「少し休もう」と思うほどに
このところ、すっかり疲れてしまった。

たぶん、実生活のなかで、他人の面倒を見たり、
世話をしたりするのが億劫になってしまって手を抜いている分、
夢のなかで「働け」ということになっているのかもしれないが、
このあたりはよくわかりません。

実際、日常生活と仕事の中で、今までは普通にこなしていた
「他者のために何かをやる」というスタンスで、
他人と接することが嫌になってしまった。
しんどい、といった感じで、非常に疲れる。
げんなりしてしまうので、無理してがんばることはせず、
げんなりしたまま、なんとか、今は、しのいでいる。

一方で、これは少し不思議な感じだけれど、ずっと今までは
「今は自分の時間。今は自分以外の時間」と
きっぱり分けて、生活と仕事をしていた。

ところが、最近はその境界が曖昧になっている。
生活や仕事で、他人の世話をしなければならない場面でも、
げんなりしつつも、その場を作り笑顔で取り繕うのが
出来なくなってきたせいか、そのげんなりも含めて、
自身の観察と考察のための時間を過ごしている、といった感じがある。

そう考えると、今までは、一日のうちのほとんどを
「自分の時間ではない」と思って過ごしていたことになる。
実際、それはすごくストレスだった。
生活をしていても、仕事をしていても、一日のたった数十分だけが
「自分の時間」と感じられた。それ以外は、我慢でしかなかった。
その数十分でさえ、自虐ループを循環させるための作業に
費やしていたわけだから、抑圧と我慢でしかない。


夢ではないのだけれど、もう一つ
気になったことがありました。


小さい頃からずっとある妙な感覚というか記憶があります。
妄想かもしれないし、なんだかわからないのだけれど、
こんなシーンが、わたしのどこかに、刻まれている。


 知らないおじさんが立っている。
 日本人じゃないと思うが、わたしはこの人は嫌だ。
 わたしはベルトコンベアのようなもので運ばれて、
 ローラーみたいなものでぺちゃんこにされてしまう。


そういうシーン。


幼い頃は言語化できなかったが、これは酷く
自尊心のようなものを粉々にするようなもので、
これが実際の経験だとしたら、あまりに屈辱的で、
この屈辱感は恐怖感にもなっている。

この記憶とリンクして、これは身体で感じる記憶だが、
なんだか自分が立方体のキューブのようなものに
圧縮成形され、固められて、想像以上に質量のある
物質なようなものになってしまう感覚がある。
金縛りとは違う「キュゥー」というやつだけれど、
言葉でうまく表現ができない。

久々に今朝、目が覚めた瞬間、
この感覚があったのでそのまま2分くらい、
その状態のまま、その感覚を観察した。

何か新しい発見があったわけではないけれど、
この感覚と同時に、先ほどのローラーで潰されて
物のように処理されてしまうあの記憶がよみがえってきた。


実際にこの記憶や感覚がどこからくるのかわからないが、
これらの感覚には、どこか、自分がいてはいけないような、
存在してはいけないような、誰かからそう烙印を押されるような
屈辱感、敗北感、絶対的な否定感覚がある。


「誰も信じられない」という感覚も、おそらく、
そのあたりから来ていると思う。


最後は不幸に決まっている、という思いこみ。
これも相当根深い。


そこからスタートして気づき得たものが、
自分を大切にすることにつながるわけは、
理屈で考えても、ありえない。
だって、最後は(最初から)自分を捨てていい
(しかたがない)と思っているのだから。
それは自分への最大の裏切りになってしまうだろう。


捨てられて当然な自分


処分されて当然な自分


この当然のように受け入れてしまっている自分像は
どこから来ているのか、掘り続けていきます。


2013.09.07
Aby



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by jh-no-no | 2013-09-07 19:31 | 復元ノート 1