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仕事中の発声で取り組んだこと-自我復元後日記[333]

まとまりのないメモになってしまうと思いますが、
昨日、仕事中に取組み、感じたことを書き留めておきたいと思います。

まず、話は鍵盤ハーモニカになりますが、
製造工程の動画を興味があって見てみたんですね。

目で見ると、よく理解できました。

息が送られ、リード弁が振動して音が出るわけですが、
製造プロセスを目で見ると、それが「映像」として
イメージすることが出来るようになる、という点。

その映像、そのイメージで、
声を出すことから、今日はスタートしました。

つまり、「私の仕事」は(レジという意味ではないですよ)、
「息を送ること」であって、
接客用語の一音一音は、「私の身体の所定の部位」が振動しているに過ぎない、
というイメージを、はっきり、持てたのです。

鍵盤ハーモニカの場合、ある箇所の鍵盤を押せば、
内部ではその箇所で空気の通り道が出来て、
その箇所のリード弁が振動することで、その音が出るわけですが、
私が思ったのは、今も書きましたが、
接客時、私の仕事は、「息を送るだけでいい」と思ったんです。

つまり、

鍵盤を押す作業、すなわち、音や言葉を作る作業は、
「身体に任せておけばいい」と感じたんです。
むしろ、それを「私がやろう、私の仕事だ」と力んでしまうのが、
まさに、力みになってしまうと感じました。

実際、鍵盤ハーモニカにおいても、
その音を作るために私がやっているのは、
「息を送ること」であって、その音を作り出しているのは、
私ではなくて、その音に該当するリード弁なんです。

私の息 → リード弁 → 音が出る

と、役割をバトンタッチしていくわけです。

ところが、力み、というのは、
リード弁をなんとか振動させようと「直接、リード弁をいじろう」とする無茶によって
起こるのだと思います。

私が出来るのは、リード弁(人間でいえば声帯)を直接いじるのではなく、
リード弁(声帯)に息を送ることだけなんです。

当たり前のことかもしれませんが、
たとえば、歌で高音になると、上半身や喉に力が入ってしまうのは、
私の感覚では、「直接声帯にアクセスして、なんとかその音を出させよう」
とする「無茶」が、そのまま、無茶=力み、として現れているんだと思います。

いくら喉の力を入れたり、腹筋に力を入れたところで、直接声帯に触れるわけでもなく、
直接いじって操作できるわけでもないのですが、なんとかしようと力むのが、
まさに、硬直という症状として現れるのだと思います。

ではなぜ、そのようなことが起こるのか?

これが、だんだん、わかってきました。

「私が」声を出そうとする必要なんてなかったんです。
「私が」することは、息を送ること、それだけでよかったんです。
「身体が」声を作ってくれますので、その箇所まで息を送ればいいんだ、と思いました。

ところが、

もしも、「息が送れなかったら、送る息が無かったら・・・」

そうなんです。

声はどんなに頑張っても出ません。

「どもる」

という現象は、ああ、これだ、と思いました。

風船に例えるのが、とてもわかりやすく、
これもまた、映像イメージとして、私の助けになりました。

膨らんだ風船があるとします。

風船の口を指でつまんでいたとしましょう。

少しだけ、指を緩めれば、
少しだけ、空気は漏れていき、少しだけ風船はしぼみます。

しかし、もしも、
指を一気に緩めたら、空気は一気に漏れてしまい、
風船は完全にしぼみ、ぺちゃんこ、内部に空気は無くなります。

その状態から声を出そう、とすると、
「声が出ない」ということが起こります。

以前、私もブログで書きましたが、
まさにこの状態だったのだと思います。

「ありがとうございます」

の、「あ」が出てこない。

これが何時間も続いたのは、
脂汗でした。会釈が精一杯だった日がありました。
あれは、辛かったです。

ぺちゃんこ状態から、それでも、
なんとか言葉を出そう、言おう、とすることで起こります。
息が無いので、それでもなんとか言おうとするから、
身体、とくに上半身や喉にぎゅっと力が入り、
力技でなんとか、言葉を押し出そうとします。

歌で高音をなんとか出そうとして
「張り上げてしまう」というのは、これと変わりません。
息に頼るのではなく、力んで押し出そうとしてしまいます。

その原因は、送る息が、すでに無いためです。

なぜ無いか、というと、
すでに風船から息(空気)が漏れてしまっているからです。
指で閉じていない状態なので、風船の口から、
ドバッと、最初の時点で、息(空気)が漏れ切ってしまっています。
最初から穴の開いた風船、とも言えます。

鍵盤ハーモニカには、
演奏中に楽器内に入ってしまった唾液を抜くための
「唾液抜きの穴」があります。
そこを開けて、強く息を吹くことで、
水分を外に出して、劣化を防ぎます。

買った日にやってみたのですが、
その穴を開けたまま吹くと、当然、息は全部、外に出てしまうので、
鍵盤を押しても、ほとんど音は出ません。
ほとんどの空気が外に漏れてしまうからです。

ですから、その唾液抜きの穴の栓は、
先ほどの風船の例でいえば「つまんだ指」にあたります。
その栓を開けたまま、それでもかすかに聞こえる音を
なんとかもっと出そうとすると・・・やってしまうのは、
息が流れ切ってしまいそうになっても、なお、腹筋に力を入れ、首に力を入れ、
なんとか空気を送ろうと「力む」ことなんです。

しかし、所詮、息は尽きます。
そこに残るのは、息を送る人間の筋肉のこわばりだけなんです。
書けば当たり前なのですが、こわばっても、出ないものは出ません。
それでも言葉にしようとすれば、言葉がぎこちなくなるのは当然で、
どもるのは、そのためだと思います。

これは以前にも書きましたが、
この種の緊張は、その人につねにあるものですから、
こわばっていること、力んでいることにも自覚しにくいんです。
手の小指が力んでいること、そこを脱力していく話も書いたことがあります。
とても自覚困難なほどに、習慣化した身体状態なんです。

話がややこしくなってきてしまいましたが、
昨日、私自身、息を送るのは疲れる、元気を必要とするのでは、
というようなことを書きましたが、それは、違うと思いました。
まさに、それが、違うんです。

私はずっと、唾液抜きの穴の栓が開いたまま、
息をして生きていました。
だから、息を送る、使う、というのは
とても疲れると感じていました。

これは、以前、
「胸に開いた穴」と書いたこともありましたね。
私の身体が感じた穴は、胸にありました。
その話は、置いておきましょう。

仕事中、はっと思ったんです。

今まで、風船の口がドバッと開いていたのではないか、と。
唾液抜きの穴が開けっぱなしの状態だったのではないか、と。

どんどん、息は浪費されてきたのではないか・・・

歌のレッスンで、
「息を吐いても(声を出しても)、自らおなかを凹ませないように。
息を吸って膨らんだ状態を、吐いてもなお保つように意識する」
と指導を受けてきましたが、私は、どこか、それが疲れることに感じていました。

たしかに、おなかという風船があったとして、
空気がどんどん一方から漏れていれば、
膨らんだ状態を保て、というほうが無理です。
それをやろうとすれば、腹筋などに頼ろうとして当然です。
ですが、その力みは、結局、上半身、喉、声帯へと伝わり、
全身を硬直させてしまいます。

長々と風船の話を書きましたが、
私が気づいたのは、
イメージの変換でした。

おなかという風船を「膨らませておかねばならない」、
そのために「頑張る」、疲れても頑張る、のではなく、

そうではなく、

結局、それは何をしているのか?といえば、
「空気を少しずつ使っていること」だと思ったんです。
ドバッと使うのではなく、指を少しだけゆるめて少しだけ空気を抜く。

イコール、

それは何をしていることが、それのことなのか、というと、
それが、「おなかを張った状態に維持しようとすること」でした。

風船でいえば、
風船をなるべくしぼませないようにする、ということは、
「風船から出る空気を少しだけにする」ということです。

疲れてしまう、元気を必要とする、
そう思いこんでいたのは、
息はたくさん必要なんだ、それに、おなかも張っておかねばいけないんだ、
と思っていたことによるのですが、
わかったのは、おなかを張った状態を維持することは、
息を少しだけしか使わなくていい術なのだ、ということでした。

つまり、むしろ、疲れないための術だったんです。

このイメージを持つことで、
「穴」が閉じます。

おなかを張った状態に維持するイメージ
(もちろん、実際には、息を吐いているのですから凹んでいくのですが、
できるだけ凹ませないようにする、という意識は、風船でいえば、
できるだけすぐにしぼませないようにしようとすることです)
そのイメージを持つことが、穴の閉鎖イメージそのものだ、ということです。

鍵盤ハーモニカもそうですが、
大量の息を必要としません。
その音のその鍵盤一つ分の「穴」に必要な息量だけです。

鍵盤ハーモニカを吹いて面白いと感じたのは、
弱い息なのに、音が立ち上がると、しっかり響くことでした。
音が立ち上がるまでに、タイムラグがあります。
そこが、また鍵盤ハーモニカの魅力です。
まさに、その体感によって、
「息が送られていき、次にリード弁が震え、それで音が出る」という流れが、
まるで製造工程を見るように、吹きながらイメージ出来るんです。

少しの息だけを使う、そのイメージが、
私のおなかの張った状態へのイメージを180度変えました。
疲れないのだ、と、まったく意識が変わったんです。
つまり、疲れる、元気が必要だ、というのは、
先入観だったんです。

私がやる仕事は、

「息を送ること」

しかも、

「少しの息でいいこと」

でした。

もう一つ、わかったことがありました。

少しの息でいいんですが、
今までの習慣のために、そうは思っても
このようなことが起きてしまいます。

少しの息だと、当然、「声の出し始め、出したその瞬間」は
小さな音量なのですが、どもってしまうことを感じてきた身体というのは、
それではいけない、と思いこんでしまっているところがあって、
「出だしの瞬間から、はっきり大きな声で言えなければダメだ」と
自分に言い聞かせてきてしまったところがあるんです。

そのため、
少しの息なので最初は弱いのは当たり前なのに、
その弱さを感じた時点で、ひるんでしまうんです。

やってみてわかったのは、
まさに鍵盤ハーモニカのように、時間差で弁の振動を安定させ、
弱いと思っていたその音も、求めていた音量に少し待てばなるんです。
ひるんでしまうと、その少しを待てず、息を送るのをやめてしまうんです。

やめてしまう、というより、
口をドバッと緩めてしまうんです。
実際、そこでは、おなかが緩んでしまっています。

先日の歌のレッスンでもそこが、最後、
私が質問し、なるほど、とわかった点でした。

息を送り続ける、息を抜いてしまわない、というのは、
確かにその時、私は意識的に自然とそうしていましたが、
「少しの息を送るのを、継続する」ということでした。
すなわち、油断して一気に張っていたおなかを緩めてしまわない、
ということでした。

息の送る量は少しでいいんです。

でも、大事なことは、
それを、「途切れない」ようにすることでした。
途切れる、というのは、途中でおなかがゆるみ、
息が声のために使われず、外の漏れてしまう、ということです。
鍵盤ハーモニカで言えば、唾液抜きから抜けた空気は、リード弁を振動させるための
空気ではなく、漏れてしまった空気だ、というのと同じです。

こうやって外に息が漏れ、途切れてしまえば、
結果、途切れないように息を送り続けること以上に、
実際には、息は浪費してしまいます。

とくに、トップの音から下りにさしかかると
油断してしまい、息が漏れ、送り続けていた息の量などがブレることで、
きっと「粒」が変わるのかもしれません。
だから、下がるところでこそ、息をもっと送るように、と、
おそらく、伝えてくれていたんだと、私は思っています。

とにかく、どもってしまう、という恐怖心が育ててしまったのは、
「弱い発声、小さい音量=悪い」となってしまっていることで、
「だんだん定量の音量に近づいていけばいい」という発想が
持てなくなってしまっていたこと。

クレッシェンドしていけばいいだけでした。
鍵盤ハーモニカのように。
そもそもが、楽器(人間の声帯もそう)とは、そういうものでした。
鍵盤ハーモニカも、いきなり強く息を吹き込んでも、
上手く振動しないようです。実際、低音など、特にそうで、鳴らなかったりもします。
口笛もそうですよね。弱い息であてていき、少しずつ、音が鳴りだし、
安定していく。強く息をあてても、息が漏れるだけですよね。

だから、悪循環なんです。

音が弱い、声がしっかり出ていないんじゃないか、と感じると、
強く息を送ろうとする。

ところが、実は、そこですでにひるんでしまっていて、
張ったおなかもしぼみ始めているから、
残る空気さえも、強く息をと思えば思うほど、漏らさせてしまい、浪費してしまう。
結果、音や声を作るための息には使われず、音を作る元である空気もないものだから、
とにかく、頑張って声を出さねば、と、腹筋が力み、
上半身、肩、首、喉、声帯、すべてをこわばらせてしまう。

当然、声もこわばり、上手く出せず、最後には、出なくなってしまう。
私がどもってしまった経験そのものです。


まとめてみると、


私がする仕事は、

「息を送ること」

これが一つ目。感覚としては、ハスキーに話す感じです。
息で話している人、みたいなイメージで、
息まじりの声を出すように意識してみます。

Uruさんの歌声は、私にはそのように聴こえていました。
息で歌う、息を大切にされている、とても素敵な方だと感じてきました。

それから、臨時で2度ほど、私に歌の指導してくださった
A先生の無理を絶対しないようにという発声の指導にも出会えました。

なにより、そのイメージをすごく助けてくれたのが、
鍵盤ハーモニカの構造です。


二つ目は、

「少しの息だけでいい」

こと。元気でなくてよく、頑張れなくてもよく、
一番疲れないような、そんな少しの息だけを使うようにする。

この二つ目のことに関連して私が感じたのは、
「息で歌っている、息で声を出している」というイメージをしっかり持つと、
自ずと、それこそ、自らおなかを凹ませてしまうことをしなくなります。
なぜなら、息を送り続けるには、それが必要な身体状態なことは、
自分でわかっているからなんです。

実際、ロングトーン、小さい声でいいので、
できるだけ長く出し続けるようにと言われてやれば、
おなかをできるだけ凹ませないようにするものです。
風船の大きさを保つように、みんなすると思います。

なのに、それが歌の指導になる、というのは、
逆にいえば、「息で歌っている、声が出ている」という感覚を
私たちは忘れてしまうからだと思います。

喉に力を入れて、張り上げれば
高音が出せる、と、どこかで思ってしまっている。
声帯というリード弁を、じかに、操作しようとした結果、
それが、身体の力みとして見える形で現れてくる。

あくまでも、私の仕事は、
「息を送る、送り続ける」ところまで、です。
それ以降は、息が所定の場所に行き、所定の弁を震わせる仕事を
私の身体がしてくれます。


そして三つ目。

少しの息で、十分、音、声は出る、という理解です。
それを体験することです。

ただし、いきなり、思う音量が電子音のように出るのではなく、
鍵盤ハーモニカのように、クレッシェンドがかかって出る、ということ。
鍵盤ハーモニカまで顕著でなくても、タイムラグがあっていいということ。

小さな音量だからと、なんとか息を強く送ろうと焦らず、
数秒待つつもりで、むしろ出だしの「小さな音を味わう」つもりで
ちょうどいいかもしれません。

「出だしは、小さな音でいい」

というか、当然です。鍵盤ハーモニカもそうですから。

これが三つ目です。


・・・


ということで、

私、今日、7時間、ずっとレジで
自分が鍵盤ハーモニカになったつもりで声を出していました。


楽しそうでしょ。


すっごく、楽しかったんですよ。


実際、今日ほど、疲れなかった日は今までありませんでした。

出勤した時より、仕事が終わった時のほうが元気なほど、
どんどん、元気になっていく7時間だったんです。

吸う空気が、本当に栄養になったのかもしれません。
そして、なんといっても、息を送り声を出すたびに、
「ブー」という鍵盤ハーモニカの音と私の中で重なって、
もうね、私は楽器でした。


予定なんですけどね、


8月と9月に、一日ずつ、
鍵盤ハーモニカの講習会に参加しようと思っていて、
早速、今日、予約にエントリーしました。

面白そう、って思ったのは、
その講習会、いわゆる「上手く演奏するため」講習ではなくて、
鍵盤ハーモニカの構造など、鍵盤ハーモニカという楽器について、
深く知るための講習であることでした。

製造工程にも興味があり、
どのようにして音が出るかに関心が向いていた私にはぴったりです。


・・・次の生にでも、と思っていた鍵盤ハーモニカ。

次に生まれた星のお店で、その星製のものを買ったりして、と思っていたら、
渋谷で買うことになったりして。予習といっても、随分、早いこと。
まあ、でも、地球での講習会も、地球製鍵盤ハーモニカの知見として、
ユニークな予習になりそうです、


なんてね。


などなど、いろいろ思ったりもしますが、
鍵盤ハーモニカの講習会に行きたいなあって思った一番はね、


長いお休みが始まって、私、
すごく羽を伸ばしちゃっているんですね。

それで、出かけたいみたいなんですよ。


こんな講習を見つけて、

「あ、なんか行ってみたい」

って。

それも、8月、9月に、一度ずつなので、
無理もなく、それまでは、身の回りの整理をしようとか、
料理をしようとか、編み物もしたいだとか、
本を読もうとか・・・私、なんだか、元気みたいです(^^)


休んでよかった。


どんどん、元気になっていくみたいです。


こんなにブログも書いたりするのも
久々ですね。


なんだか、いろいろ楽しくなっちゃって!


でも、今日仕事に行ったら、月曜日はお休み。


羽もちょっと休めましょう ♪ ♪




◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.6.25
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-25 10:36 | 愛美通信☆メトロノート

優しい味-自我復元後日記[332]

今日から、長い休日に入ります。

昨夜、Pさんと食事に行った時のオムライスの写真です。

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雑穀米のお米で、ソースも優しい味でした。

サンリオピューロランドのオムライスが、とっても美味しかったので、
昨夜も、ふんわり卵のオムライスを食べたいなぁって思ったんです。

こちらもとても優しい味で、
とっても美味しかったです。


・・・


今朝、開けた窓の外から、一人のお母さんの声が聞こえてきました。

「あ、これ、ラベンダーじゃない?ラベンダーだよ、今の時季なんだあ」

教室の生徒さんのお迎えの時、
庭でお子さんと話していました。

2階からラベンダーを写真にとってみました。

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元気のいい、大粒の花を咲かせています。
普段は目立たない落ち着いた紫に思えますが、
今日のように、晴れ渡った日の、なんと鮮やかなこと。


ちょうど、4年前のこの時季でした。


私とPさんのアトリエに、
2人の大事な来客がありました。

その頃は、まだラベンダーを植えたばかりで、
ぽつん、ぽつん、とあるだけでしたので、
食用のラベンダーを購入し、バニラアイスにまぶし、
一緒に食べたのを思い出します。

一緒に絵を描いたこと、
手作りのお菓子をいただき、一緒に食べたこと。

その素敵な思い出は、
私の心の中で、キラキラしています。
キラキラのコンフェッティが、心に降り注いでいたひと時でした。

私とPさんで始めた絵画教室は、
この夏、17年目を迎えます。


・・・


鍵盤ハーモニカのことを少し書きたいと思います。

とっても、演奏していて気持ちのいい楽器です。

どんな感じかっていうと、
もちろん、幼い頃、やったことがある、という方が多いと思いますが・・・

とっても気持ちいい感じ、鍵盤ハーモニカが無くても感じられるんです。


まず、深呼吸をして、気持ちよく息を吸います。
この前、ブログにも書きましたが、
吸う空気が「栄養」になると思います。
私は、息を吸うと、深い休息感とともに、元気の栄養が運ばれてくる感じがします。

今度は吐く時に、
「無声音」→「有声音」→「無声音」
と、つなげてみます。と書くと、?、どういうこと?って思うかもしれませんが、
「ふぅ」と思わず声が出てしまった「溜め息」と同じです。
やってみてください。

私は口での呼吸が気持ちいいですが、
鼻での呼吸でもいいかもしれません。
好みかな?

溜め息って、一番、楽な呼気と発音になってると思うんですが、
どうですか?自分に無理な高さの音で溜め息する人はいないと思います。

だから、喉を締めつけないので、
楽に声(溜め息)が漏れます。
これが私の「ちょっと声漏れの溜め息」の感じですが、
鍵盤ハーモニカって、私、同じに感じるんです。

溜め息と同じ音、自分がいつも出す一番楽な音色の声だけになりますが、
鍵盤ハーモニカって、その器具のおかげで、
同じ息なのに、違う音色が、簡単に出るんです。
とても当たり前のことなんですが、私がこれが好きで、感動して買ったんです。

といっても、試してもみなかったのですが、
鍵盤ハーモニカを思い浮かべた時、また、動画で音を聴いたり、
リード板を送る息で振動させる構造を知ったりしたとき、
まるで、自分も吹いたかのように、それを身体が感じることができたんです。

歌も、本当は同じだと思います。

T先生がいつも言っていたように、
「同じ粒で歌える」というのは、たとえば、別の音や音の高さになると、
別の音色になるのではなく、同じように歌える身体を作る、というのは、
あるリード板はコチコチになっているけど、あるリード板はヘラヘラとか、
そういうことのないように訓練することだと、私は理解してレッスンを受けてきました。

人間の身体の場合、それが、

「声帯」

という器官で、鍵盤ハーモニカの場合の
リード板にあたるものだと思います。

これは、私本人の話になりますが、
今、私は、正直、「声帯」を使う、
使うというのは、声帯を閉じて振動させ、声を出す、というのが、
ちょっと、しんどい、って感じているんです。

わかりませんが、委縮に起因した傷の痛みかもしれません。
今は、限りなく負担がないように、これまで書いたように工夫をしてきましたが、
もしかしたら、あとは、無理が無いように、ではなく、
完全に、休ませてあげることが、今、必要なのかもしれません。

私が「休みたい」と感じるのは、
その感覚なんです。

でも、不思議なのですが、
息を出す、送る、というのは、
むしろ、そのほうが、「疲れる」、言い換えると、
「元気」を必要とするはず、なのですが、
私は、それは、やりたいんです。

昨日の、最後の歌のレッスンでも、
私が一番感動したのは、
「息を送り続けること」でした。

それに必要なのが、丹田(おへその下あたり)を
つねに張っている身体状態、そのテンションを維持しようとする意思なのですが、
それがもたらす結果として、私が認識しているのが、
これも先生が発声練習でいつも指導していること、
「トップの音でなく、その先の地点で、息をいっぱい使うように歌う」
ということです。

トップの音から下っていく時は、弱弱しくなってしまいやすいのですが、
その下り坂でこそ、息を十分に多く使っていく、ということ。

昨日、「The Rose」を歌い、どうしてもここの響きが落ちてしまう、
どうしたらいいのか、先生に尋ねた時、この原点に戻りました。

T先生の歌い方が好きで、私はT先生に歌を習ってきました。
昨日は、そこに、私が好きなすべてが、ギュッと詰まっていて、
私は、最後、「今日やって本当によかった」と告げると、
先生は言いました。

「愛美さんが教室に始めていらした時は、力が入りやすい感じでしたけど、
今、すごく、柔らかく歌えるようになってきたと思います」

そして、最後に自分で決めた課題曲「The Rose」を、
先生のピアノ伴奏で歌い終えた時・・・私、本当にこういうの贅沢だと思っているんです。
デュオですよ。ライブと同じだと思うんです、いつもレッスンしていて・・・
で、歌い終えた時にね、

「愛美さん、すごくいいじゃないですか」

って、やさしい声とやさしい顔で、ゆったりとそう、
私に言ってくれました。

私は、今、思うんです。

「息をしたい」

と。

鍵盤ハーモニカは、私の長い休日の間、
私の身体に、空気という栄養と、
明るい溜め息をもたらしてくれます。


ところで、


昨日、私が家を出る時に、
ちょっと弱気だった私に、キウイは言いました。

「さんななの、買って」

って。

さんなな、というのは、
37、私が買った鈴木楽器製作所さんの
「M-37C」の型番で、37鍵の鍵盤ハーモニカです。

家を出て最寄りの駅に着き、
「黒助」という名前にしよう、と考えていた時、
キウイ、まるで、兄弟が出来たように・・・

威張っちゃって、威張っちゃって(笑)

弟だと思ってるみたい。

「黒助!」とか言って。

でも、可愛いんです。やさしい威張りんぼうさんなんですよ。

家に買って戻ったらね、

そんなこと別に・・・って、すました顔していたけどね、
書いちゃいましたからねー、ブログに。

でも、ありがとうね。キウイ。

キウイは、愛美がいいのなら、それがいいんだって、
どんな時も、そう、言ってくれました。

私はそんなキウイを大切にしていきます。


「黒助とツーショット」
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・・・


今日の最後のお話になります。

長い休憩の間、
もう一度、じっくり読んでみたい本があります。

『かあさんのにおい』

という本です。(石亀泰郎さん著 廣済堂出版)

この本は、昔、鮫が橋と呼ばれていたところにある
乳児院の物語です。

10年ぶりに、私はその本を手にとり、
めくりました。

そこに残されている記録は、
心が引き裂けるほどの、悲痛な歴史です。

それは、私が書いたように、
誰にも経験してほしくない、という切実な叫びです。

だけれども、

私が今日、最後に書きたいのは、
もっと、大事なことです。

最も残酷なのは、
残酷な歴史が無いことにされてしまうことです。

そこが無くなってしまったら、
どこに帰ってくればいいのでしょう。

置き去りにされた子を
2度、置き去りにしてしまった心痛、
措置変更で経験した痛みは計り知れません。

しかし、3度目は、
戻る故郷というのが、誰にでもあります。

殺意もそうであるように、
あらゆる醜さも、それがそれとして咲く時、
咲くのを見届ける時、そこからスタートできることがあります。



笑うことです。



もう10年も前になるのですね。


私は、これを読み、
その乳児院を訪ねたこともありました。

東京都新宿区。

私が生まれ育った街です。
甘い空気のにおいがする街だと、私は思います。
その時も、懐かしいにおいがするのを身体で感じました。

私の職場は、外苑前が最寄りでしたが、
そこから青山一丁目を過ぎ、四谷の方へと歩いていく途中にあります。
あまり想像しにくいかもしれませんが、
渋谷区、港区、新宿区とは、つながっているんですよ。

10年前、私は、その道を歩きました。

本にも描かれていますが、
銀杏並木がきれいだったのを覚えています。

そして、私の目に浮かぶのは、
そこを、大人と子どもが手をつないで歩く
優しい光景です。

私はそんな素敵な物語を、もう一度、読んでみたいと思いました。

それは、

まぎれもなく、

私の日々の歴史でもあるのですから。


・・・


あのぉ・・・最後になるんですけど、


私、ブログ書くの好きなんだなあ、こんなに。

溜まったお洗濯もせず、ご飯も食べず、
ああ・・・

でもね、楽しんですよ。


すごく。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.6.24
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-24 16:12 | 愛美通信☆メトロノート

父からの贈り物-自我復元後日記[331]

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名前は、「黒助」といいます。

黒いから「黒」で、それから、
私を助けてくれるんですって、だから、「助」。

私が買いたくて、

私に買ってあげた、

初めてのものです。


パパからの贈り物です。

パパ、ありがとう。

今日、「The Rose」の最終レッスンでした。


ただいまーっ!


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2017.6.23
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-23 20:24 | 愛美通信☆メトロノート

鍵盤ハーモニカ-自我復元後日記[330]

ああ、この音色がいいな。

そう感じた鍵盤ハーモニカを見つけました。

そのメーカーの定番商品のようですが、
とても気に入りました。

そうですね・・・

次の生では、鍵盤ハーモニカ奏者になろうかしら☆

地球製のものでなくてもいいんです。

どこかの星のお店で、好みの鍵盤ハーモニカを見つけて、
買って帰って、今の私みたいに、きっと、
自主練するんだろうな。

身体に優しい楽器だと感じました。

息を大切にしている楽器だとも感じました。

やはり、クリアで明るい音色が好きなのは、
アルパと同じ、私の好みみたいです。

ハープの種類の中でも、
アルパを選んだのは、その音色のよさでした。

それと、そう、

以前、ブログに書いたことあったと思います。
昔、座りながら、両足の親指に輪ゴムをかけて、
ゴム段みたいに両手の指で弾いたり、絡めたりするんです。
・・・そう、これ、私は男の子だったので、やったことないんですが、
ゴム段ですね!

それと、アルパの運指が、
私のなかでは、そっくりなんです。

鍵盤ハーモニカはどのように演奏するのかは
まったく知らなかったのですが、
少し調べたら、これもまた、
音を滑らかにつなぐには、次の鍵盤にあらかじめ触れておくような
運指が必要みたいですね。

そんなところも、好き。

・・・ゴム段、今、動画で見てみたんですけど、
女の子だったら、やって遊んだんだろうなぁって思いました。
これも、やってみたいですね。
次の次の生は、ゴム段が流行っている星に生まれてみようかしら☆

アルパ奏者 → 鍵盤ハーモニカ奏者 → ゴム段跳者(なんてあるかわからないけど ^^)

こう書いてみると、
私はやっぱり、キラ☆キラ☆、笑っているのが好きなんですね。
子どもっぽくて、元気で、きゃっきゃっ言っていて、ね。
そういうの、好きなんだなあー。

私は、子どもにも好かれるお兄ちゃんだったと思います。
その名残りで、この生でも、子どもに人気なんです。
私も子どもが大好きなので、目と目が合った瞬間、
「こんにちは!」って、すぐ、お友だちになっちゃうんです。

少し前にもね、

私のレジで、お母さんと3歳くらいの女の子が買い物されたんですけど、
その子が持てるように、買ったお菓子が入るくらいの小さな袋に入れて、
「どうぞ」って手渡して、しばらくして、その子、
お母さんに感慨深く、こう言うんです。


「やさしぃおにぃさんだねぇ」


まだちっちゃくて、言葉も覚えたてでしょうに、
そんなことを、感慨深くお母さんに話しているのが、
うれしい以上に、すごく、笑えました。
その、感慨深いのが、すごく、可愛くて、素敵で、
私を心から笑わせてくれました。笑っちゃいました☆

Pさんもね、

はるか昔、そんなお兄ちゃんの私のことを
好いてくれた、ひとりの女の子でした。
その時から、Pさん、ぜんぜん、変わってないです。
・・・基本的に、ドジなのかな(笑)

一昨日も、食べるラー油の蓋をちゃんと閉めないで
横にしておくものだから、冷蔵庫が「わぁー」ってなってたりして。

やれやれ、です。

私はいつの時代も、
子どもたちと仲良しだったみたいです。

私、立っている子どもと同じ目線になるようにしゃがんで、
「どうした?」「どうだった?」って、両肩にそっと手をおいてあげて、
声をかけてあげるのが、好きなんです。

だから、以前、幼稚園の送迎のベビーシッターの仕事をしていた時も、
先生にさよならを言って、私を見つけて駆け寄ってくる子の肩を抱いて、
「おかえり」と言いながら、口に出さない日でも、その子にいつも、
「どうだった?」って、しゃがみながら、心と笑顔で伝えました。

ちょっと、笑い話があります。

原宿の駅前で、私が預かっていた子が少し離れた所にいて、
その子の名前を大きな声で、私が、呼んだんです。
その子は男の子だったんですが、女の子でもそのような名前はありますので、
不思議なことではなかったんですが、その雑踏の中で、
私とその男の子の、ちょうど、真ん中くらいにいた
ひとりの女性が、私に振り向いたんです。

映画のワンシーンのようでした。

私は思わず、「ごめんなさい、ごめんなさい」って手で合図しながら・・・
でも、笑っちゃいました。その方も、小さい頃から、そう呼ばれてきたんだろうなって。
とっさに振り向くものなんですね。その方も、ちょっと、照れくさそうだったかな。


とっても思い出に残っているワンシーンです。


話がぜんぜん、変わりますが、


「揚げ出し豆腐」

って、すごく、美味しいですね。

もちろん、昔から知っていますが、
大豆が私の主食となっている今になって、
あらためて、すごく美味しい!って思ってるんです。

あれ、自分で作ってみたいなぁ。

よくわからないけど、
揚げたての揚げ出し豆腐だったら、
どんなに美味しいだろうか、って思っています。


おなか、元気になってくれたらいいんですけどね☆




◆自我復元に関する資料◆

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2017.6.22
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-22 15:29 | 愛美通信☆メトロノート

「お兄ちゃんっ!」-自我復元後日記[329]

今朝、そう言われて目が覚めた。

「お兄ちゃんっ!」

という、それはとてもハッキリした呼びかけだった。

なるほど!!って、わかったことがあります。

私、先日も電車に乗りながら、
すごく思っていたんだけど、
なんで、こんなに、私は女の子(女性)が好きなんだろうって。

ジャジャンッ!

それは・・・

はるか昔、

私は、女の子にとっても人気な「お兄ちゃん」だったんです(笑)

たぶん、ほんとだと思います(^^!

今朝、女の子が私に、時間を貫いて、呼ばれた声で、
よくわかったんです。

先日の発表会。

楽屋にはたくさんの女の子(女性)がいて、
それは、舞踏会を楽しむ宴のように、
女性らしい優しい匂いに満ちていました。

安心して、みんながいる。

演奏以上に、私は、そんなみんなと一緒にいた時間が、
一番の思い出です。

居心地がよくって、私は、
この教室が大好きです。

昨日は、いったん、締めくくりのレッスンでしたが、
とっても、嬉しいお知らせがありました。

「8月に、今回の発表会の打ち上げ会を予定しているんだけど、どう?」

仕事に関わらず、参加できる日時で、私は、

「絶対、行きますっ!」

即答です。

・・・なんだ、春を待たなくても、もうすぐまた、
みんなと、大好きなみんなと会えるんじゃないか・・・うれしい。

カラオケができるパーティルームで、とのこと。

私、みんなの前で、
歌いたい歌があるんです。


「The Rose」


です。


昨日の帰りのホームで、いったんの、
思い出の写真をとりました。


d0331270_155412.jpg



下北沢の教室で調べていただければ
すぐわかると思います。

発表会の記念撮影の写真が
アップされています。

私も端っこに写っていますので(^^)

それよりも、なによりも、

素敵な、綺麗な、可愛らしい女性たちが、
華やか衣装で、楽しげになさっていますので、
異国の甘い香りを、ぜひ、ご覧いただけたらと思います。


僕は、

みんなの「お兄ちゃん」

に、なれたらいいな☆



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2017.6.21
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-21 15:22 | 愛美通信☆メトロノート

おはよー♪-自我復元後日記[328]

朝、いつも起きると、

「どこ、どこっ?」

って、探すんです。

一緒に寝ていたはずの、キウイ・・・

私の寝ぞうのせいで、たいてい、もちゃもちゃに・・・

へたすれば、なかなか、見つからない・・・

そんな毎日でも、

こんな日もあるんですね。



d0331270_1051144.jpg



ふと目を開けると、

なんてかわいいんでしょう!

私のお布団にくるまっていました。


おはよう・・・キウイ。


今日も行ってくるね。


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2017.6.20
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-20 10:56 | 愛美通信☆メトロノート

カテュリアベンテ-自我復元後日記[327]

今、練習している課題曲「カテュリアベンテ」。

私の大好きなアルパ曲「アスンシオンに咲く花」に
私はとても似ている、と思っていて、
とても気に入っている曲です。

まだ練習し始めたばかりなのですが、
明日のアルパのレッスンに備えて、
今日、練習していました。

右手の運指は、アルペジオで、
今日やっていて思ったのは、
マドリッドのバイオンのようなアップテンポな曲に限らず、
つまり、ジャンジャン、って弾く曲に限らず、
ポロロンと弾く場合でも、
弦に体重をしっかりかけて、弦から指を離していく際に、
出口としてイメージしている「親指」で柔らかく解放させていくことが、
肝心だと思いました。

左手のリズムは、ポルカというリズムで、
私が最初に練習した曲「ミ・デスペディータ」と同様、
2拍子に3つ入れる、というのがポルカ。
この応用で、「10度」という音域で、リズムをとります。


・・・私のアルパメモでした(^^♪


さて、今日も、葛きり弁当をこしらえて、
仕事を楽しんできます☆


行ってきまーす!


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2017.6.19
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-19 15:36 | 愛美通信☆メトロノート

気持ちいい-自我復元後日記[326]

気持ちいい

なんて気持ちいいんだろう。

平和

私たちの生きているこの平和な世界。

私の身体の中のセピア色の内臓は
花のように、色鮮やかに変わっていく。

私を囲んでいた籠の影も
私の見える空へと消えていった。

自由

私の故郷

妬む心は美しい。

殺意の種は

やがて花を咲かせる。

「美しい」

私はそう種に語りかける。

妬む心は美しいから。

私は、ずっと、気持ちよかった。

でも、そう言葉にしたのは、

今日が初めてだったね。

気持ちいい

気持ちいい

気持ちいい

汚れ、傷だらけの私の手が、

汚れ、傷だらけのあなたの手をつかむ。



私の愛

私は愛を感じます。


愛美


・・・


発表会、とても楽しかったです。

自分の演奏も、演奏していて
感動、感動に満ちた数分間でした。

またそれ以上に、他の生徒さんの演奏を
見て、涙がずっと溢れてしまいそうで、
心の涙の器には、溢れてしまいそうな涙でいっぱいでした。

Pさんも聴きに来てくれました。
きっと母も会場のどこかで聴いてくれたに違いありません。

Pさんからは素敵な花束をいただきました。

お花を花瓶に活けて、長い時間、
Pさんとアルパの話をしました。

私の演奏についても「力強くて、とてもよかった」と
感想を述べてくれました。

アルパのD先生は、
「発表会は誰か来てくれるといいよ。
最初からずっと見てくれて、毎年、上達していくのを
見てくれる人がいるのは、とてもいいことだよ」と。
・・・でも、私は、誰もいないなって、
その時は、思っていたことでした。

それも叶いましたが、
私は感想を聞けたことよりも、
あなたに私の発表会に来て欲しくて、
今日、来てくれたことが嬉しかったことを
Pさんに、直接、話しました。

発表会を終えて、でも、やっぱり、
身体は相当、疲れているなぁって感じました。
ここで、いったん、休憩をとることにして、
本当によかった、と、私はほっとしています。

アルパは命の楽器です。

そう思うことのできる楽器に出会えたこと、
すごく大好きになったこと、
それはすごく、私にとって幸せでした。

最後になりましたが、
私の発表会を見守ってくださった皆さまに、
「ありがとう」の気持ちを贈りたいと思います。


d0331270_146120.jpg




・・・


追記


ちょうど一年前、私は教室の生徒さんのお一人「Fさん」と出会い、
Fさんのアルパの弾き語りをCDで聴きました。

それが「The Rose」でした。

私はその中で

「flower」

と歌われる箇所に、とっても感動してしまって、
何度も何度も聴き、ファンレターを送らせていただくほどでした。

歌を私も、もう一度、歌いたい。

そう思ったきっかけでもありました。

歌のT先生に再開できたのも、
洋楽のこの曲を歌いたい私にとって
何かのご縁だったのかもしれません。

今回の発表会が6月にあるのを知った時、
私は、その月にあわせて、
「The Rose」を歌の課題曲にしたい、と決めました。

歌のT先生のご活躍の場が5月に変わる出来事があり、
その月だけは、A先生のレッスンでしたが、
5月から、と決めていた「The Rose」でしたので、
私はその課題曲でのレッスンを希望し、快く、承諾して下さいました。

A先生から学んだ無理のない発声指導は、
2回のレッスンでしたが、大きな収穫で、
私が最近、大好きで皆さんにこのブログでもご紹介している
Uruさんの歌い方に心魅かれたのも、ごく、自然なことでした。

A先生との初回レッスンで、The Roseを、
涙が溢れそうになって歌ったのを
ブログにも書いたと思います。

昨日の発表会の終わりに、
声が出ないほど、嬉しいことがありました。

CDで何度も聴き、憧れた歌、
私もとうとう、歌った歌「The Rose」を
Fさんが生演奏してくださったのです。

演奏会が終わり、
一年前のちょっと照れくさいお便りのこと、
今でも大切に飾ってくださっているとのこと、
そして、なによりも、
この歌の歌詞、号泣して歌えないほどだったこと、
私もそうだったこと、私も歌を始めたこと、
そして、弾き語りも、ぜひ、「やりましょう」と
誘ってくださったことは、
私の最初の発表会、晴れ渡った初夏の嬉しい思い出になりました。

私が見えている空は、この青い空は、
つねに、未来です。

明るくて、美しい未来です。

今度の火曜日が、ひとまず、
最後のアルパのレッスンになります。
発表会の振り返りをして、
今後の自分の課題にしていきたいと思います。

そして、次の金曜日が、
歌の、ひとまず、最後のレッスンになります。
The Rose、締めくくりのレッスンですので、
楽しく、伸び伸びと、歌ってきます。

合気道、アルパ、ダンス、歌、と
長い休日に入りますが、
今日のブログにも書かせていただいたように、
私の身体は、回復していっているのを
色づくように、私は感じています。

疲れ切った昨日

ぐっすり眠った夜

気持ちのいい朝

今日のブログを書いています。



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2017.6.18
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-18 15:13 | 愛美通信☆メトロノート

朝の体操-自我復元後日記[325]

おはようございます!

やばい・・・!すごく楽しみ!!

この、始まる前から、もう満足しちゃっている思い、
そのエネルギーは、どうしましょ。

それで、私、

今まで踊った中で、いろいろ思い出して、
3つ、今朝、踊りました。

ひとつめは、

足太ぺんたさんの「Tell your world」

ふたつめ、そして、みっつめは、

七河みこさんの「ラブチーノ」、そして、「ハッピーシンセサイザ」。

私、今日、元気にやってきますね!


クールダウンに、今、私が大好きな苺の豆乳を飲みながら、
Uruさんの歌うback numberさんのカバーで
「手紙」を聴いていました。


『自分よりも喜んでくれる人』


崩残さんは、そういう人でした。

私のお母さんでした。

ずっと、そして今も、

笑顔の人でした。


崩残さん、行ってきます。

それから、読者の皆さん。頑張ってきます。

「頑張って来てね」

そう言ってくれて、今朝も優しいキスをしてくれたキウイ。
お留守番、お願いね☆



『ちゃんと返したいこと、いつか言葉にしよう』



私と一緒に戦ってくれた、自我復元の戦友へ。


「妬む心を持ったことを、決して、恥じないで下さい。」


私からの「頑張って下さい」の言葉です。



今朝の体操ですけれど、

私、踊る踊るって言ってやってますけど、

ちゃんと踊れているわけじゃないんですよ(笑)


でも、それがいいんです。


私が踊れないところは、

動画のその人が踊ってくれてますから。


今日も、私、笑顔で、元気に弾いてきますが、
たぶん、たくさん、失敗すると思います。


でも、それでいいんです。


私は新人で、最初から2人目。

その後は、20人くらいの生徒さんが弾かれます。

私、自分が弾くのも楽しみですが、
今日、他の生徒さんの演奏を聴けるのが、すごく楽しみなんです。

だから、私が失敗しても、

他の人が、その分、頑張ってくれますから、

私は何も心配すること、ないんです。


私、生きてよかった、と思っています。


妬む心、その武器を、置いたこと。


殺意を置いたこと。


これが、私たちが歩いてきた自我復元の道だったと、

私は、思います。


今から、

ところてんと、納豆と生卵、ごま豆腐、りんごを食べて出発です。

葛きりに今日は、ゴーヤと甘長とうがらしと、それにオクラを乗せて、
チーズとりんごを添えたお弁当も作りました。


それでは、


「行ってきます!」



  愛 美



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2017.6.17
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-17 06:27 | 愛美通信☆メトロノート

明日、頑張ってきます-自我復元後日記[324]

わぁ・・・明日だよー。

楽しみだけど、ドキドキするなあ。

笑顔で、元気よく、弾こうと思っています。

今日、スーパーに行ったらね、
七夕の短冊にお願い事を書いて、笹の葉にかけられるようになっていて、
もちろん、書いてきました。


「明日の発表会、頑張れますように」


あのね・・・


やっぱり書こうかな!

職場にまた、私宛てに、お便りが届いていて、
とっても嬉しくて、書き写させていただきました。

こんなことが、シンプルな言葉で
優しく、綴られていました。


丁寧でとても印象が良いこと。

笑顔も良いこと。

よく通る声で聴きやすいこと。

接客の決まり文句も、省かないで、
毎回ちゃんと訊いてくれること。

指で何かを示すときも、仕草の印象が良いこと。


いつも私がこうしたい、こうしようとして
頑張ってきたことを、ずっと見てくれた方からのお便りでした。


そして、なにより、


私が、いつも、お便りをいただく度に、
必ず、最後、こう、書いてくださることが、
私の心を打ちます。



「頑張って下さい」



これほど透明な言葉はありません。



それは、こういう意味だからです。


「もしあなたが頑張れない時は、私が頑張っていますから」


私は、だから、頑張ってこれたんです。

いつも、だから、頑張ってこれたんです。

私がもう頑張れない時、

頑張ってくれていた人がいたから、

頑張ってこれたんです。


だから、私も願うんです。


「頑張れますように」


と。


あなたが自身の頑張りを誇れるように、
私も、頑張れる私を、誇れます。


短冊の願いは、


「生きたい」


という私の強い思いなんです。


私は、


「頑張って下さい」


と、言える私でありたいと、

今、

強く思いました。



今回、そして、今までの
たくさんのお便りを、ありがとうございました。


私は、レジの仕事を選び、続けてこれたこと、
本当に幸せでした。


明日の発表会、頑張ってきますね!


Pさんが聴きに来てくれます。


もう、一人、きっと来てくれる人がいます。


今日、母の眠る木の元に、

チケットを届けました。


「音楽が好きだったママへ」


そうチケットの裏に書いたので、

私が大好きだったママに、
可愛い薄ピンクの、短冊形のお便りが
ちゃんと、届きますように・・・



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2017.6.16
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-16 21:51 | 愛美通信☆メトロノート