カテゴリ:愛美通信☆メトロノート( 281 )

昨日の続きね!-自我復元後日記[347]

七夕祭りの写真を何枚かとりました。
毎年、商店街は七夕飾りでいっぱいなんです。

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今日は仕事の時間まで、のんびり過ごそう~。

なんだか眠たい。

さっき、私の大好きなごま豆腐も食べたし、
もうちょっと残っているさくらんぼジャムとクッキーでも食べて、
コロコロしましょ。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


◆初めてこのブログを読んでくださった方へ◆

私のこのブログの過去の記事のなかに
こんな記事もありますので、よかったらご覧ください。
長めの記事ですが、私が一番読んでほしい記事です。
私の特技は、ぬいぐるみとお話しができること、です。

1.「(前半)明るい声-自我復元後日記[338]」
http://mmjhb11.exblog.jp/24673881/
2.「(後半)明るい声-自我復元後日記[339]」
http://mmjhb11.exblog.jp/24673914/



2017.7.08
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-08 13:28 | 愛美通信☆メトロノート

七夕-自我復元後日記[346]

ジャジャン!

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これは2杯目なんですけど、かき氷です(^O^!

レモンシロップですね。

冷たいんです!

当たり前のことばかり書いていますね・・・(笑)

1杯目は、イルカさんの器を選んで、それに氷どっさり、
それに、ぶどうのシロップをたくさんかけました。
紫・・・です、ね。
やっぱり、ブルーハワイとか、真っ赤なイチゴもひかれますが、
この色!っていうのが、いいですよね。で、私は、グレープかけ放題でした。

2杯目は、カエルさんの器。

透明な器だと、とっても美味しそうなんですよー!

今日、地元商店街の七夕祭りに行ってきたんですけど、
みなさん、「子育てひろば」って知ってますか?
お母さんと子ども、おもに、乳幼児のお子さんが多くて、
未就学児の子どもも遊びに来る、親子広場なのですが、
ここは空き店舗を利用してのひろばなので、今日のようなお祭りでも、
暑い日、ふらっと、すぐに室内で休める、そういう素敵なところなんです。

で、あるお母さんたちが食べてたかき氷が、とっても美味しそうだったので、
これ、どこで?って訊いて、教えてもらったのが、このかき氷、でした。

4年の間、ご無沙汰していた場所でした。
あ、その子育てひろば、ね。

1時間くらい子どもたちと遊びたいなぁって思っていたら・・・
結果的には、5時間以上、遊んで遊んで遊んでいました(^^/

一緒に絵本を読んだり、
おもちゃで遊んだり、
ちっちゃいフィギュアでごっこ遊びをしたり、
一緒にドーナツを食べたり、
スーパーボウルすくいをしたり、
かけすぎたかき氷を笑ったり、
つかまえっこしたり、
つかまり立ちを助けたり、
ほっぺに冷たいゼリーのくっつけ合ったり、
うんちとか、おしっことか、そういうのが好きな
年齢の子たちとキャッキャッと言ったり、
ちょっと待ってって、その子が戻るのを待ったり、
店頭でよびこみをしている子を応援したり、
汗でぬれた子の背中、その上着をつまんで涼しくしてあげたり、
4年ぶりに会ったお母さんたちと話したり、
その頃2才だった子に覚えてないよねぇ~!って笑い合ったり、
遊んじゃいけない売り物のおもちゃでこっそり遊んだり(内緒ね!)、
だっこしたり、私のあぐらの上に座って離れない子もいたり、
おもちゃを他の子にとられて泣いている子を見ていたり、
このような場所では珍しい女子中学生と子どもたちとみんなで遊んだり、
珍しい楽器に触れ、みんなで(なんでもあり)演奏したり!、
一緒に踊ったり、手遊びをしたり、歌ったり、ジャンケンぽいをしたり、
「これ、こわーい!」って床に落ちたのり(食べるのりね)を一緒に見合ったり、
帰りたくないから、お母さんを困らせたり・・・笑ったり、走ったり!


この4年という時間は、
私は、1年後の私はあるのだろうか、
暗闇の毎日を過ごしてきたけれど、
今日、思いました。


何も変わっていない、と。


何も変わっていないんです。


何も、です。


まわりが、だけじゃなくて、
私自身の内面もすべて、何もかものすべてです。


何も変わっていないんです。


子育てをしているお母さんも
その最中、いつ終わるかわからない今日を過ごして、
1年後を想像できない日々を送ってきたと思います。


それでも、3年、4年、これから先も、


「こんにちは、お久しぶりです。お元気ですか」


と、何も変わっていないことを痛感します。


変わりません。


私たちは、ずっと、今日の子どもたちと同じ子どもだったこと、

その


「子どもらしさ」


は、変わりません。


変わらない、何一つ変わらない、


その


何も変わらない、変わっていない、


そこに、


戻る


「おかえりなさい」


の場所が、


あるんだと思います。



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2017.7.07
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-07 23:57 | 愛美通信☆メトロノート

優しい時代に生まれて-自我復元後日記[345]

レジの仕事、とりわけ、食品レジの仕事というのは、
本当に素敵な仕事なんです。

いつも仕事が終わり、疲れて地元の駅に着き、
深夜までやっている私のスーパーに入って、
今日食べるものを買い、レジに持ってきて、
お客さんは、ほとんどしゃべらず、少しの相づちと少しの返事をして、
毎日、買い物をして、家に帰る。

スーパーというのは、レジの仕事をしていると
とてもよくわかるんですが、地元、それも、お店のそばに住んでいる方に
支えられて成り立っています。もちろん、お互いさまで、お客さんの食生活も、
私のスーパーがあって、成り立っています。
だから、よく思うのは、本当に顔なじみなんですね。
でも、しゃべらないんですよ。めったに、お互い。

大人になると、毎日のように、毎日とは言わなくても、
数日に必ず一回は会う知人、というのは、ほとんどいなくなります。
会社の同僚などを除けば、ほとんどいなくなるんです。

そういうなかで、毎日、あるいは、2日にいっぺんは会えて、
食べる、というとても個人的な内容を共有することを了解し、
お金という大切なものを手から手へと、渡し合います。

そんな会話がない日々の中でも、
私への励ましのお便りのように、沈黙を破る時があります。

先日も、夜10時半の休憩の時、
私は半額になったパイナップルを買って、
お買い物を入れたりする台のところに行くと、

「あ、私も!・・・半額」

って、半額のカットパインを持ちあげて、
笑って見せてくれました。

「半額、よかったですね!」

もちろん、私もうれしくてそう言ったわけですが、
それだけで、私たちは、すべて、わかるほどに、
毎日を共有しているんです。

半額になるには、30分くらい値引き時間が早かったんです。
売れ残り具合によるわけですが、それでも、30%引きが妥当かな、
ということを、そのお客さんも知っているんですよ。
だから、半額のパインを買えたうれしい気持ち、その物語が、
レジから離れた私に、思わず、言葉が漏れたのでしょうね。

昨日も、こんなことがありました。

若い女性の方が、スマホで何やら話しながら
レジに来ます。レジの会計の初めから終わりまで、
スマホで話をしている方は、今、とても多いですね。

その中で、私ができるのは、
少し声を小さくするとともに、
その人が話せない分、少しですが、どうしてほしいか、
可能な限り、配慮し、手伝います。

昨日は、ちょっと、ずるいんですけどね(笑)、
何やら、恋の話かなんだか、ちょっとつらそうなんですね、話の内容が。
それで、私は、お箸をどうぞ、って、手でその位置を、普段よりやや丁寧に
目で見てわかるように、差したんです。

「えっ!」

その方は、カゴの上に乗せられた買い物のビニール袋を
咄嗟にどけて、「ああ」って言って、お箸をとりました。

かんぴょう巻きだったかな、お寿司がワンパックあったんですが、
私にはよくわかったんです。自分が何を買ったかも、結構、
多くの方、覚えていないんです。とくに、その方のそのような気持ちの時は。

「・・・スプーンは、よかったかな?」

と、今度は私がビニール袋をどけてみて、
ヨーグルトやプリンなどがなかったを、確認したんです。

会話どころか、うんもすんもない、相づちも返事すらもない
こういうパターンのレジ会計の時間のはずが、

「優しい」

って、彼女は、ほっとした顔で言いました。

だから、ちょっと、私が恋敵だったらずるいんですが、
そういう中でないので、ずるくてもよくてね、
そういう優しさが必要な時は、誰にでもあると思います。

それで、その一言で、
また数年、笑って生きていけるんです。

そして、私が書きたいのは、
その一言、そのやりとり、パインもそうです、
喜びを口にしたその瞬間、それこそが、
私たちの、本当は、過ごしている日常なんです。

今の時代は、人間味を失っている時代だと、
今の時代の人は思うかもしれない。

レジの仕事もオートマティックにどんどんなって、
自販機のようになってしまったと、
今の時代の人は嘆いているかもしれない。

私は、

これほどに優しい時代はない、と思っています。
こんなにも、みんなが心に優しさの種を大事に守ろうとした時代を、
後世、私たちは誇りに思う日が来ると思います。

失ってしまいそうだから、
何としてでも残そう、これだけは死守しよう、
私は、それは、「優しさ」だったと思うんです。
いえ、それは現在進行形で、「優しさ」だと思うんです。

自我復元は、私にとって、
「優しさ」そのものでしたし、今もそれは、
「優しさの結晶」として私の目に映ります。

2013年7月6日、
4年前の今日、私のブログは書き始めましたが、
その前から、その後から、幾つもの
自我復元ブログが生まれました。

そのどれもが、優しさそのものでした。

ご紹介するのは、私のその日のブログになってしまうのですが、
同じ月日の今日、もしよかったら、今の読者の方も、
また、以前読まれた方も、もう一度、
そこにある優しさを感じていただけたら嬉しいです。

こちらがその記事になります。

http://mmjhb11.exblog.jp/19220845/



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2017.7.06
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-06 16:00 | 愛美通信☆メトロノート

今日も笑って生きていくぞ!-自我復元後日記[344]

今日もたっくさん、

ずっと、ずっと!


笑っていこうっと!!


今日、買い物行った時に見つけた
私の背よりも、うんとおっきい向日葵。

私の大っすき!な夏の、まっすぐな黄色、大輪の花。

この夏、毎日、見られるように、
私のPCの壁紙にしました☆^^☆

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かっこいいなあ、私はこのひまわりに負けないくらい、
今日も大きな声で、仕事してくるよ!

私は今の仕事をして、何度も私のこの

「大きな声」

を、たくさん、たくさん、励ましてくれたお客さんがいました。

私が元気がない時も、
私をずっと見てくれていた人からの
「心配しています。頑張ってください。応援していますよ」
その言葉は、私の心を、どんな時も支えてくれていました。

これだけは、書かないと、って思います。

私は、今の仕事、大好きです。

大きな声を精一杯出して、頑張ってきた私のこの仕事でした。

そして、今、

私は、その何倍も大きな声で、

「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」

と、一日、お一人お一人の数分、言えていて、

これほど、幸せなことはありません。


私はこれからも、


「大きな声で、いつも見ていて、本当に気持ちいいです」


と、たくさんの人が感じてくれるように、


私自身が、私のこの大好きな声を心から愛し、


もっと、もっと、



「大きな声」



の私でいたいと思います。


この仕事に出会えて、本当によかった。

私の一生の宝物です。





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2017.7.05
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-05 15:46 | 愛美通信☆メトロノート

生活-自我復元後日記[343]

今日はずっとしたかったシーツやタオルケットの
お洗濯をしました。

家のなかはハンモックだらけです(笑)
朝倉さやさんの最上川舟唄のPV、見た人!
あんな感じです・・・乗れませんが(^‐^)

でもかっこいいなあ。
花笠音頭も東京音頭も、一節歌われる時のさやさんの声、

「ハァ ヤッショ マカショ シャン シャン シャン!」

私はお祭りが大好きで、
阿波踊りとかも大好きで、いつか、本場四国に行きたいなあって
昔、思っていました。

民謡を聴くと、ああ、世界にはたくさんの文化があり、
子どもっぽいかもしれませんが、そう思うと、
「いろいろな所、行ってみたいなあ、そこでたくさん、
私のこの身体で体験してみたいなあ」って思うんです。

今日は、「生活」について
書いてみたいなあ、と思います。

生きる、活きる、と書いて、生活ですね。
あらためて、この元気で、明るい言葉に弾かれました。

生きる、だけでなく、「活」がそこにあること。
それは、そこに、

「行ってきます」と「おかえり」

その両方がある、そういうことだと
私は思いました。

それは、別の言い方をすれば、

「生」と「死」

その両方が、私のうちにあること、
とも言うことができると思います。

シーツを洗う、洗濯物を干す、
ご飯を炊いて、食事を作る。

そういう日常の一つ一つが生活なのですが、
いつもそこには、行ってきますとおかえり、
生と死があります。

だから、

「生死」

でもいいものを、そこを

「生活」

と喝破した古来の人々、生き様、
それは私が言う、反逆の生、そのものでもあり、
かっこいいなあって私は思うし、同時に、
これが生活の知恵、それを育んできた優しさだと
本当に、そこに、我が家というものがあるのを感じるんです。

そう思えば思うほど、
たくさんの土地の、その土地の話、継承されてきた生活様式、
こういうものを、少しでも多く、私は知りたいし、
そこに身を置いて、全身で、感じ取りたいんですね。

山形には花笠祭りがあり、徳島には阿波踊りがあり、
私がまだまだ知らないお祭りが、日本だけでなく、
世界各国にあって、そこに、そのすべてに
生と死、そこに正面から向き合った人間の姿、

「生活」

があるのだと、私は思っています。

どうでしょう?皆さん、生活の「活」に込められた
潔さ、激しさと優しさ、正直さを伝えることが、
私は出来ていますでしょうか?

私は、東京の新宿で生まれ、
大人になるまで、そこで育ちました。

前にも書きましたが、新宿という土地は
とても甘い匂いがする土地で、
私はその甘い匂いが、とても好きでしたし、
今もとても好きです。

新宿というと、人間らしさのない、
殺風景なイメージを持っている方もいるかもしれませんが、
それは、他者からもたらされたイメージであって、
そこに住まう人が、本当に感じていることではないと、
私だけじゃないと思います、多くの人が感じていることだと思います。

私が住んでいた家の前の大きく長い商店街も
今では、その時にあったお店が数件しかなくて、
それでも、私は思うんです。

この大きな道路、ここから見える空、
これだけは、ずっと同じだなあ、って
大人になってから、生まれ育ったその道を歩くたびに思いました。

こうやって、それでも残っているものを見ていこう、
心に残していこう、そうやって故郷を訪れる人たちが
私以外にも、きっと、たくさんたくさんいて、
そういう思いの結晶が集まって、新宿の空気の中を舞い、
この街の甘い匂いになっているんです。

昨日、80人もの方が、今、
このブログを見てくれているんだ、ということを書きましたが、
私は、とても素敵なことだなあ、こんな体験ができてよかったなあ、って
昨日、寝る前にも思いました。

何の面識もない方が、
たまたま私のブログを知ってくれて、
読んでくれて、少し読んでみようかな、と
記号としてでしかない、表面的なこの文字を頼りに、
私はこれを信頼だと思っていますが、
私と関係を持ってくれている。

ネット上の、この「土地」に
一緒に住んでいるわけですが、
私が、すごいことだな、これがこの時代に残した誇る遺産だと思うのは、
それは、新宿の匂いのように、わずかな信号で繋がってみよう、
それを信じてみよう、顔が見えない関係の中で、
それでも、自分の身を置いてみよう、そこに預けてみよう、
これほどの信頼って、どこから生まれるんだろう、というほどに
私は今この時代を生きている人の、私はその誠実さに、
心を打たれるんです。

世界には、顔が見える関係の土地もまだ残っているし、
そこに伝わる大切な文化もたくさんあります。
私はそういう文化に、とても関心がありますし、
お祭りというのは、「生活」の原点に戻れるように、
自らの誇りを失わないように、そう強く願って、
先人が身を懸けて、守り抜いたものだと思います。

今、お祭りという形では見えにくい、
顔の見えにくい土地、文化、今日話したように
このブログ自体もそうですが、
しかし、ここに、やはりお祭りはあるし、固有の匂い、
人間らしさはあります。

私はね、

このブログで、あの人好き!とか、いつも言っていますけど、
私は、私のこのブログが本当に好きでね、
何度も自分のブログなのに読みなおしたくなるくらい好きで、
もう、アクセス数、というカウントの仕方で言えば、
私がたぶん、一番です(笑)

そのくらい好きなんです。

きっと、ここにお祭りがあるからなんです。

昨日も思いました。

誕生日のその一日の間の、どの一秒も、
私は最高の一秒だったと、言い切れる一秒、その一秒が
たっくさん集まって、一つになった一日でした。

こういう大切な思いを、
私はブログを書くことで忘れたくないこの大切な思いを、
自分自身のために、残しているんです。

お祭りという形で、
ぎゅっと、その結晶を、生活というものを
私はここに残しています。



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2017.7.04
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-04 15:37 | 愛美通信☆メトロノート

44歳になれました!-自我復元後日記[342]

昨日、職場で、ああ、今日一日で
43歳が終わる。

悔いのない、43歳までのすべてを投じて
仕事をしよう。悔いのない働き方をしよう。

2度目の休憩、あと、1時間で7月2日が終わる。
7月3日、私は44歳を迎える。

仕事が終わった。
全力の一日。

44年の間で、一番、嬉しい日。
44歳を迎えた今日。一番、嬉しい!

このブログを今まで読んできてくださった方は、
私が44歳という日を迎えることができる、
その当たり前でない日を迎えることを、
私がどんな思いで、一番、嬉しいか、
私以上に、強く、感じてくれていると思います。

昨日、仕事からの帰り道、
43歳が終えるまでの、44年という時間、
私の身体が生きてくれたことへの感謝、感謝、感謝でいっぱいで、
私が今も、これからも出来ることといえば、
今まで生きてきてくれたこの私の身体へ感謝の気持ちを伝えること、
きっと、それだけなんじゃないかな、と私は思っています。

家に帰り、庭に眠る母に、
「私を生んでくれてありがとう。私は、ママの子どもに生まれてきて、
本当によかった。ありがとう。」と、土に手をあてて、伝えました。

44歳の今日を生きている。
それは、まったく、当たり前のことじゃない。
43歳が終わるその日までの全部が、
極彩色になった。

どの時の、どの花もが、
鮮明に咲いている。

本当の強さとは、
最も弱くあれることだ。

死を看取れるのは、
死でしかない。

私はね、

ずっと、「丁寧でありたい」と
思って、ずっと生きてきました。

私はね、

丁寧であることが、とても好きなんです。

だから、

いつも、

丁寧でありたい、今私は、丁寧にいられているだろうか、
丁寧に生きようとしているだろうか、いつも、
そう思いながら、生きています。

44歳になり、今日という日を、
今、こうして生きていることを、
私は、誇りに思います。


2017年7月3日。


私は、44歳になることができました。


今夜は、第二部「マーラーカオ試食会」で
Pさんと一緒に、誕生日のお祝いをしたいと思います。


第二部・・・?


あのね、


今日、もう第一部「さくらんぼ祭り」は、終わっちゃいました!


それはね、

私一人で・・・いや、ゲストが二人いました、
キウイと黒助と私で、誕生日を祝いました。

いろいろ話したいことあるなあ。

昨日ね、

仕事から帰ってきて、キウイが言うんですよ。

「黒ちゃんがね」

ちょっとまじめな顔して言うんです。

でも、えっ?って、ちょっと笑っちゃいました。

黒ちゃん・・・って、黒助のこと?
仲いいねぇ、君たちは。

「なあに?」

「あのね、黒ちゃん、さっき、おしっこしちゃってね」

ああ、そうか、鍵盤ハーモニカのホースに残っていた
私の唾液のことか・・・

「キウイ、あれはね、僕が吹いていて残ったつばだったんだぁ」

すると、隣にいた黒助が、

「お兄ちゃんがね、拭いてくれたの」

えっ?お兄ちゃん??キウイ、男の子だったんだ・・・

驚きの連続。

よかったね、お兄ちゃんが拭いてくれたんだね。
抱き抱えて、黒助を撫でてあげました。

黒ちゃん。かわいい名前だね。
お兄ちゃんがつけてくれたんだね。

黒ちゃんの声は、ちょっと女の子みたいなんです。
ブラックでシックな服装なのに、女の子みたいで、
その一方、りぼんをつけて可愛いのに、男の子みたいなキウイ。
・・・私もひとのこと言えないわ(苦笑)。

だとしたら、私、女の子の「黒助」って名前をつけちゃったのかしら?
だとしたら、相当、かっこいい女の子だなあ、なんて思ったりして。

そんなことを思った、44歳なりたての夜でした☆


さて、


話は、数日前のこと。


「朝倉さやさんって、知ってます?」

隣のレジの人に尋ねました。
その人、山形県出身だったからなんですが、
私自身、数日前、たまたま知った歌い手さんでした。

山形弁でも歌い、民謡で日本一になったことのある歌唱力と、
何よりも、とっても、笑顔が素敵な方です。

また私の好みの話、です(笑)

私、まだまだ彼女のこと、ほとんど知らないのですが、
朝倉さやさんが歌う「最上川舟唄」、大っ好きです!
よかったら、ご覧になってください。かっこいいですから。

「まんずままけー」

という温かい言葉も、今日、彼女の歌の中から知りました。
山形弁で「まずご飯食べなさい」という意味だそうです。

そして、山形といえば、さくらんぼです。
今、スーパーでも、山形のさくらんぼ、たくさんある季節です。

この前、こんなことがあったんです。

隣のレジの人に、

「今日、さくらんぼ、安いよ。お買い得だよ!」

って言ったんですね。

その人、女子高校生なんですけどね、
仕事帰りに、私のレジに並んで、可愛いんです。
さくらんぼだけ持って、並んでいて。

でもね、

もっと可愛かったのは、

電子マネーで買おうとして、ピーって。
残高不足、です。

あと200円ちょっとだったので、
現金で、となるかと思いきや、

「ごめんなさい・・・キャンセルします」

「・・・無い?のかな」

もうね、可愛くて。

私、せっかくその子が選んださくらんぼ、
売り場に戻さないで、私が買っちゃいました。
私が欲しかったので。

でも、ああ、買おう、って思えたのは、
その子のおかげだったんです。

ちょっともったいないかな、とか思ったり、
まあ今日はいいかな、と思ったりしていたんですけれど、
素直に買いたいと思って、さくらんぼ手にして買って帰ろうと思ったその子の
その心を見た時に、恥ずかしくなったんです。

私が、そのさくらんぼ、買わせていただくね。
そう、ありがとうの気持ちをこめて、さくらんぼを買って帰ったんです。

「さくらんぼ、たくさんありますね、今年」

って、朝倉さやさんのことを尋ねたレジの人、
その人は私と同じ年で、男性の方。

そんな話をしているうちに、
スーパーに設置してある七夕飾りを見て、
「お願ごと、書きました?」って言うと、その人、笑って、

「愛美さんは、書いたんですか?」

「私は、これからです」

「私はね、7月3日が誕生日なんで、誕生日に美味しいケーキが届きますように!
にしようかな。天の川にのって、流れて届いてくるんですよ」

なんて言うと、

「3日なんですか?うちの子、双子の子もその日誕生日なんです」

偶然でびっくり!

一緒の誕生日をお祝いできるかと思うと、
それがすごく嬉しくて、その嬉しい気持ちのおすそ分けに
うちのスーパーで売っている私が好きなクッキーを
箱に「Happy Birthday」って書いて、プレゼントしようって思ったんです。

お気持ちだけで・・・

ということになり、おすそ分けのクッキーも私がいただいてしまって、
その日のさくらんぼといい、その方に、と思ったのに、
私に戻ってきちゃって。

最初、余計なこと、迷惑なこと、お節介なことだったかな、
キウイにも、その日家に帰った時に、
「やってあげすぎだよ」と言われて、悩んだりしたけれど、
そういう中で、7月1日の日のブログは書いたんです。

そして、2日の日のブログを書きました。

それから、今日、3日、
誕生日のブログを書いています。

笑顔で書いています。

今日、私は、そのさくらんぼでジャムを作って、
そのクッキーにぬって、自分の誕生日をお祝いしようって思って、
今日の前半は、ジャムを作ったりしていました。

その様子、第一部「さくらんぼ祭り」を
写真とともに、ご紹介していきたいな、と思います。

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買ってよかったなあ。

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こちらは、私が好きなクッキー。
双子のお子さんにも、甘い思いが届きますように。
誕生日、おめでとう!

さくらんぼは、キウイも黒助も食べたことがなくて、
黒助はとても気にいったようでした。

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この「さくらんぼ祭り」は、実は、前夜祭がありまして(笑)
昨日のお昼は、あんみつといえばさくらんぼ、ということで、
たくさんのせちゃいました。

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残ったさくらんぼをみんな使って、
さくらんぼジャムを作ります。

なんでそうしようかと思ったかというと、
私が好きなそのクッキーは、ベルギーのワッフルをクッキーに焼きあげたもので、
バターもたっぷりで、薄焼きといえど、とっても甘いんです。

夏のお菓子に仕立てよう、ということで思いついたのが、
「ワッフルクッキーのさくらんぼジャム添え」でした。
季節の果物を使っての、創作菓子です。

そんな今日のお昼、甘い物ばかりとなっては、ということで、
久しぶりに、ラーメンをキウイと黒ちゃんと食べました。

「オクララーメン」

です。

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オクラを入れて煮こんだだけですが、
オクラのとろみが出て、あんかけのようになります。

キウイも、黒ちゃんも、ほんと、
子どもってみんなそうなのかな、スープが大好き。
すぐ「スープ」って言う。

おなかいっぱいになると・・・

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大の字ですよ(笑)

少し寝なさいね。
山形弁では、どう言うのかしら?
今度、仕事仲間の双子のお父さんに教えてもらおう。

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お昼寝の様子を、遠くから、
起こさないように撮ってみました。
子どもが安心してお昼寝できる世界が、いつまでも続きますように。

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寝ている間に、ジャムでも作ろっと。
レシピの復習をしたり、音楽を聴いたりして一息。

随分時間がたったなあ、と思って
隣の部屋を見ると・・・ぜんぜん、起きない二人。
よく寝ています。さくらんぼ祭り、私一人でやっちゃうよおー!

さくらんぼにレモン汁とお砂糖を入れて煮込みます。

美味しそうでしょ!

味見大好き!!すごく美味しい。

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とっても綺麗なさくらんぼジャムが出来ました。

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匂いは2階まで届くのでしょうか・・・起きてるし!

では、

誕生会第一部「さくらんぼ祭り」の記念撮影です。

バースデープレート(クッキーのことです)を、
私も持つ、僕も持つって、じゃあ、二人で持てばいいでしょ。

はい、とるよー。

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もう一枚。

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こちらは私は手だけだけど、
みんなでとりました。
三人で楽しかったね!

黒ちゃんの声は女の子っぽい、なんて言いましたが、
そんな黒ちゃんの声を初披露。

「初夏の産声」です。



さくらんぼ祭りを終えても、
私の心は、さくらんぼの山形、朝倉さやさんの歌へ。
私、ほんと、歌大好きだなあって思う。

昨日も、44歳になれて嬉しくて嬉しくて、
帰りの自転車で、夜なのに、一人で歌ってました。
大好きな歌「The Rose」を。

T先生は、私に教えてくれました。

「愛美さんには、愛美さんのloveがありますから」

それは、この歌の中にたくさん出てくる「love」という言葉を、
私には私の歌い方、私が出す声でのloveがある、
これが私にとって、一番素敵なloveだというloveがありますよ、という意味で、
教えてくれたことでした。

私は、先生にも、この歌の何が好きか、と訊かれて、
「flower」と歌うところが好きです、と答えたことがありました。

私は、昨日、自分の「flower」を
初めて見つけました。

ひとまず最後のレッスンで教えてくれたこと、
最後の「r」で舌を巻かない、明るくて、満面の笑みの声、
その母音「あ」の音で、私の花を歌うこと。

これが、私の、私が大好きな明るい声なんだ、と。

私、今度、アルパの打ち上げで、
3つ、歌いたいなあって思っているんです。

「奏」と「The Rose」

そして、もう一つ、鍵盤ハーモニカで最初に弾いてみた。
「らいおんハート」。SMAPさんの曲で、私はUruさんがカバーされている
らいおんハートがとてもかっこよくて好き♡

とくに歌い始めの部分が好きで、
最近、歌っています。

とにかく、

私、歌、大好きだなあって。

朝倉さやさんの最上川舟唄を聴いて、
あらためて、歌いたい、歌いたい、って思った。

私は今とても元気でね、

長いお休みに入ってから、
仕事中の声は、羽が生えたような声で
店内を飛び回っているんです。

またストーリーテリングもしてみたいな、
そうやって声を出す仕事、今の仕事もそう、
いろいろやってみたいな、この頃いつも、思っています。

今日は随分、遅い時間になってしまいました。

「明日のブログも楽しみにしていてくださいね!」

と言っていたので、今日、アクセスしてくださった方、
遅くなっちゃいましたが、今日ももう終わりになるので、
アップしますね。この前、ちょっとびっくりしちゃった。
いつも調べたりしないんですが、たまたまブログの管理ページが開いた時に、
今現在、このブログを見てくれている方の人数を見たら、
80人近くの方が、いつも、見てくれているんです。

考えちゃいました。

80人といえば、この前のアルパの発表会くらいの規模です。

私、いつも書いてますが、
「本番」って大好きなんです。
自我復元で一番、昔の私と変わったことかもしれません。

ブログって、まずログインするんです。

タイトルも考えてない。

もちろん、何を書くかもわからない。

それでスタートする。

80人の人が読んでくれている。

もう、楽しい!

私は、丁寧に生きたい、って今日書きました。

でも、いつも、ああ、雑になってしまう、
乱暴になってしまっている、って悩みながら生きていて、
私、今日も思いました。
たまに思うんですけど、悩んでばかりなんです。
私=悩んでいる人、なんじゃないかって思うほどです。

でもね、それでもね、

私は丁寧に生きたいんだ、って思います。

今日も今日のギリギリまでこうやって書いているわけですが、
最後に、今日の第二部「マーラーカオ試食会」でPさんと食べた誕生日ケーキ、
マーラーカオの出来たて、蒸したての様子をお届けして、
一緒にお祝いをしてくれた皆さまに、ありがとう、を言いたいと思います。

44歳、楽しく、笑顔で、大きな声で、そして丁寧に、
これからの人生を、生きていこうと思います。

今日一日、ありがとう。

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最後に、

今日一日、「帰ったら蒸しパン!」って思って、
仕事中もずっと楽しみにしてくれていたPさん、
明日も仕事頑張って。今日はゆっくりお休みなさい。

誕生日をお祝いしてくれて、
ありがとう。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


◆初めてこのブログを読んでくださった方へ◆

私のこのブログの過去の記事のなかに
こんな記事もありますので、よかったらご覧ください。
長めの記事ですが、私が一番読んでほしい記事です。
私の特技は、ぬいぐるみとお話しができること、です。

1.「(前半)明るい声-自我復元後日記[338]」
http://mmjhb11.exblog.jp/24673881/
2.「(後半)明るい声-自我復元後日記[339]」
http://mmjhb11.exblog.jp/24673914/



2017.7.03
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-03 23:58 | 愛美通信☆メトロノート

暖かい気持ち-自我復元後日記[341]

今日はこんなタイトルで、今日のブログを
書いていきたいなと思います。

この、とってもあったかい気持ちで
いつものこの椅子に座って、
ほんとに嬉しい気持ちがしています。

今日はね、昨日のブログで書いたことにも
関係した内容になると思いますが、
私が自我復元をやってきたから、これたから学べたこと、
このブログ自体のタイトルにあるように、
「自分を裏切らない」というのは、どういうことだったのか、
そんなことを、少し、綴れたらいいな、
この暖かい気持ちと一緒に、ここに残せたらいいな、と思っています。

私、今、長いお休みを過ごしているんですけれど、
ここに、お休みのベンチがあって、座っているんですね。

昨日も書いたように、
ちゃんと、遠くからの声、姿、そよ風を
私は受け取れているのかな、その手が伸び、こちらに届くその手を
感じられているのかなって、そんなことを、
昨日も書きました。

ごめんなさいね。今日の記事は、最近、私のブログを読み始めてくださった方には
不親切だと思います。今の私が、私自身、振り返っている記事ですので、
よくわからない部分もあるかと思いますが(いつものこと?かな^^;)、
いつものことかと思いますが、私のなかの、あたたかい気持ち、
暖かい気持ちを、感じてもらえたら、と思っています。

自我復元の終わり、終わりといいますか、
自分の中での区切り、というのは、
いくつかの視点があると思いますが、
私にとっては、今、2点、あります。


1つ目は、

ああ、もう、私は自分の過去を
説明することができる。

そう思えたことです。

自分自身にもそうだし、他人に対してもそうです。


2つ目は、

「殺意を愛している」

ことです。

私は、今、この長い休息のためのベンチに座り、
私は、すべてを、見届けています。

見届ける、そう、届いてくるものを見続けることです。

私へ届いてくるものの中でも、
私が、本当に大切にし、今まで、その手を振り払わないできたものがあります。

それが、私の内にある「殺意」でした。

殺意というのが、身に迫ってくると、
私たちは、目を背けようとします。

それは、殺意がどういうものかを
知らないためです。

殺意は、私を殺せない。

なぜなら、殺意は、私に届いた瞬間、
「枯れる」からです。

私に届くのは、殺意の死なんです。
私が見届けているのは、死です。

それが、殺意という花の一生です。

そして、その花の一生を見届けることが、
私はその花を愛する、ということだと思います。

それが、

「自分を裏切らない」

ということの意味です。

このブログが、変わることなく、綴り続けていたものです。


今日は、こんな暖かい気持ちの中で、
これからの読者の方にも、ぜひ、読んでほしい、
そう思った過去の記事を、今日のブログから記事の終わりに、
リンクを貼って、紹介していきたいと思いました。

今読んでくださっている方にとっては、
最近の記事ですので、覚えておられると思います。

「明るい声」、その前半、後半の2つの記事です。

私にとって、このブログの記事は、
どの記事も大事ですし、どの記事も大好きなものです。
今日現在、550もの記事は、そのどれもが、私の命そのものです。

その中で、この「明るい声」という2つの記事を
これから新しく読まれる方にも、私が読んでほしいと思ったのは、
「一番読んでほしい、私はこれをみんなに一番話したい」と思った
記事だからです。



ところで、



明日は、私にとって、とっても大事な日なんです。

明日のブログも、楽しみにしていてくださいね!




◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


◆初めてこのブログを読んでくださった方へ◆

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こんな記事もありますので、よかったらご覧ください。
長めの記事ですが、私が一番読んでほしい記事です。
私の特技は、ぬいぐるみとお話しができること、です。

1.「(前半)明るい声-自我復元後日記[338]」
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2017.7.02
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-02 15:25 | 愛美通信☆メトロノート

扇風機の気持ちいい季節-自我復元後日記[340]

おはようございます。今日から7月ですね!

お住まいによって違うかなとは思いますが、
私が住んでいるここ埼玉県は、今、扇風機がとても気持ちいい、
そんな気候です。皆さんの所はどうでしょう?

今朝は、そんな涼やかな日にふさわしい音楽を聴いたりして、
過ごしています。

ちょっと肩に力入ってるなぁ、と、気づいたりして、
ふわっと力を抜いてみた時に、薄暗くしたこの部屋の少し離れたところから
やさしい風が届いてきたんですね。

そう、扇風機の風です。

歌を聞いていても思いました。

ちゃんと私は、届く歌を受け取っているだろうか、
私は前ばかり見て、振り向く余裕、持ててるだろうかって。
待って、て言うあなたの声を、私はいつでも振り返られているだろうかと。

振り返らないと見えないもの、
たくさんあったと思います。

この長い休日は、
私は、この場所に留まり、この場所のベンチに座り、
走り寄るあなたを見ていたい。

そして、その遠くで走るあなたの足が、
安心して、ゆっくり歩こう、その分、ほっとあなたの顔が
ほころんでくれるのなら、私はずっとここにいてもいい。

あなたの話を私は聴きたい。

私の話は私の話である以上に、
あなたの話だから。

だから、あなたの話はあなたの話である以上に、
そう、私の話でもあるのだから。

気持ちのいいそんな風の舞う、
そんな7月でありますように。

7月も一緒に楽しみましょうね!


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.7.01
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-01 11:43 | 愛美通信☆メトロノート

(後半)明るい声-自我復元後日記[339]

『(前半)明るい声-自我復元後日記[338]』の続きです。


・・・


前半の1点目の少し続きになりますが、
テクニカルな言い方をすれば、
「巻き舌にならない」ようにする、です。

私は、The Roseという歌を練習していたわけですが、
最後に、「rose」と伸ばすところがあります。
「ろーず」と言って、この歌は終わります。

実際の歌の話をしますが、
「ろ」というその瞬間、その「一瞬」は、
「t」とは違って、舌先は、やや巻き舌になります。

そこは、それでいいんです。

大事なのは、「ろー」と「-」と伸ばす時に、
舌先が、下の歯の裏に戻っているか、という点です。

「ou(おう)」という二重母音の発声になるわけですが、
二重母音の場合、最初の母音で伸ばす、というのが(英語の歌の)基本です。
ですので、「ろぉーーーーーーぅず」となります。
最初の「o」で伸ばしています。

これが、伸ばしている時も「r」の発音になってしまうと、
ずっとなんとなく巻き舌状態になってしまい、
音がこもりっぱなしになり、明るく聞こえません。
さらに、最初の母音で伸ばしているのかも曖昧になり、
なんとなくいつからか、「u」の母音になっていたりして、
もごもご~っていう印象になるのがわかります。

「ろ」の一瞬だけ巻き舌になるだけ。「ro」の「r」は一瞬だけ、です。
それも「t」と同じように、軽く、あまり巻き舌とか意識しなくても、
気づけば、「ぉー」と、「o」の母音で伸ばしている状態になっています。

T先生から教わったことですが、
とくに英語の歌の場合、歌の中の場合では、ということでしたが、
「r」(巻き舌)は、あまりつけないほうがいい、
そうした方がきれいに聴こえる、ということでした。

歌詞の中で、「never」という箇所がいくつかあります。
この歌の聞かせどころですが、ここで、巻き舌が強くなると、
ぼやっとして、せっかくの歌詞が死んでしまいます。
それを、この前のレッスンで、痛感しました。
むしろ、「r」は無いつもりで、「ヴァー」と伸ばす時には、
舌先が、下の歯の裏にぽとんと落ちていること。
その「落ちたまま」で、言い終えること。
これだけで、歌が活き活きしていくんです。
(慣れてくれば、最後の最後にやや巻いてもいいと思いますが、
ほんと、不思議ですが、一切、巻かなくても、きれいに歌えます。)

1点目、長くなりましたが、
この歌のレッスンを応用したのが、
仕事中の「t」の発声でした。

さて、今日、長いですね、ブログ。

でも、2点目、頑張って書きますよ。
途中休憩しながら、読んでくださいね。
参加型だったので、疲れたでしょ(^^♪
私も、途中、納豆と卵でご飯食べましたからね。

これは、アルパ(私のアルパにも名前があります。
打身、と書いて、だじん、です。ハープの一種ですが、
パラグアイの民族楽器で、音がクリアで、私は打楽器のように感じているので、
打身と名づけました。過去のブログでは、打身と書いてある記事が多いです)の
レッスンでも、歌のレッスンでも指摘されたことです。

アルパでは、

「しっかり、親指まで十分弾いてから、次の弦を弾けばいいからね」

と、よく、言われました。

アルペジオをしっかり弾き切ってから、
次のジャン、ジャン、というオクターブを弾けばいいよ、と。

次、次、と焦ると、今弾いている弦をしっかり弾ききれないまま、
次の弦に行ってしまい、そこでも、また後手後手に感じるから、
どの弦も弱い弾き方になってしまいます。

アルパでは、そのような弱い弾き方をすると、体験した方でないと
わかりにくい話ですが、隣の弦も一緒に弾いてしまって、音が濁ります。
不思議ですが、強く弾けていると、隣の弦に触れず、
弱いと、隣まで弾いてしまうんです。最初は不思議でした。
(しかも、弱く弾こうとすればするほど、指先の皮を傷めてしまうんですよ。)

歌のこの前のレッスンでも、
以前からも言われていたことでしたが、
とても大切な指摘内容でした。

The roseの歌詞の中で、たとえば、
「takes the chance」というのがあります。

この「takes」の「s」が、しっかり言えていないと、
T先生は、必ず、こう言いました。

「次のtheは、sを言ってから言おうと思えばいいからね」

と。

そうなんです。

「s」を言わずに「テイクザ」のようになりがちなのは、
「th」を言わなきゃと思って、実は、最初から焦っているからなんです。

やってみてください。

「s」の時は、舌の先は下の歯の裏にあります。
そして、歯の隙間から息を出して子音を作っていますね。

「the」の「th」では、次に、舌を上と下の歯で軽く噛んで子音を出します。

つまり、舌の位置を変えなければならないんですね。

それを反射的にわかっているので、
「テイク・・・」といった直後に、ダイレクトに、舌を上下の歯の間に
移動させようと急ぐことで、「s」がないがしろにされ、省略されたようになります。

他にも、日常生活の中でこれがわかりやすい例があります。

私は仕事柄、日本語が母語でない方と接することがよくありますが、

「ありがとうございます」

の発音は、とても難しいようです。

実際、私も、これをちゃんと言おう、とした時から、
ほとんどその方々と同じ状態になりました。
私の場合は、普段はそれが言えるので、日本語が下手という問題ではなく、
吃音に関わる問題であることは、すぐにわかりました。

以前にも、少しだけ触れたことがあります。

ちょっとやってみてください。

ゆっくり言うとわかると思います。

まず、あ→り→が→と→う、と進むにつれて、口が伸びていきますね。
唇の位置が前に移動します。

その次、「ご」あたりを境に、「ざ→い」と進むにつれて、
今度は、口、唇は(顔側へ)戻っていきます。
「い」の口になっていくので当然ですね。

その直後、「ます」の「ま」で、
わかりにくいとかもしれませんが、口は前に出ます。

「ま」と「い」で単独で発音してみると、
唇の位置が違うのがわかりやすいと思います。
「m」は、口をすぼめるように、少し唇が前に出ますよね。

これを反射的に感じ取って、
「ありがとうございます」をしっかり言おうとすると、
(そう、しっかり言おう、という意識は、流暢に言おう、とすることで、
それは、速く言おうとしがちなんです)口が引っ込んでしまう「ござい」は
省略して、「ありがとます」となってしまうんです。

ありがとます、だと、口、というか、唇が前方へ移動した状態のまま、
言い終えることができます。

接客をしている方は、その経験をされていると思いますが、
母語が日本語でない方は、かなりの割合で「ありがとます」に近い発声になります。
よくても「ありがとごます」「ありがとござぃます」で、「う」が無いんです。
「とう」と伸ばす感じが欠落してしまうのは、早く「ご」に移ろうとするからで、
そこから、「ます」に飛んでしまうのも、焦るからです。

焦る、というのは、流暢に言おうとする強迫感です。
日本語を上手く話そうとするために、起きるのではないか、と
私は推測しています。

私もまったく同じ状態に陥り、
これが重篤になっていくと、「あ」が出なくなりました。
これがとても辛かった話も、以前、書きました。

さて、その「ありがとうございます」の「あ」です。

私の場合、ありがとます、から、さらにひどくなり、
「あ」が出なくなるのは、次の「り」をちゃんと言おう、
もう、すべてそうなんです。吃音というのは、次の言葉が出るかどうか、
それが最初の音の場合も、黙った状態から次の音(最初の音)が出るか、
つねに次、次、次、で頭の中がいっぱいなんです。

「り」というのは「ri」ですね。

英語ほど極端でなくても、日本語でも軽く巻き舌に「一瞬」なります。
roseの「r」と同じです。ありがとうございます、とさらりと言っている時は、
それに気づかないくらいの速度で、舌は、その巻き舌状態から、上の歯の裏を通って、
弧を描くように、舌の歯の裏に着地します。それが、「り(ri)」です。
「ri、ri、ri・・・り、り、り」と言いながら、舌の動きを感じてみてみて下さい。

さっきと逆で、「あ」という時は、やや前方に唇位置がありますね。
「り」は基本「い」なので、急に引っ込めないとなりません。
ですから、最初から「い」のポジションにしておこうとしてしまうんです。

さらに笑顔で言おうとすると、
おおむね、笑顔は「い」の口になりやすい特徴があるので、
「い」の口で「あ」を言おうとしますし、すでに巻き舌状態に
スタンバイしそうになっています。

巻き舌状態(下が奥まった状態)は、力んでいる時になりやすいので、
つまり、力んだ状態から、そのような「あ」を言おうとします。

力んで、硬直しているので、これを意識し過ぎると、
もう、「あ」の最初の音すら、出ないんです。
舌が奥まった状態は、私にとって「常態」だったので、
力みとすらの自覚もありませんでした。
つねに、そういう緊張状態が、常の状態だったのです。

これを助けてくれたのが、
「s」同様、まず、「あ」を言ってから、「り」は考えればいい、
ということでした。

この指導方法が素晴らしいのは、
試しにやってみてください。

「takes のsを言ってから、theのことは考えればいい」

という助言通り、まず、しっかり、「テイクス」と言い切ると決めて、
「ザ、チャンス」と続けます。theのことはあとから考えよう、と決めて、
「s」を言うことだけを心に決めて言い始めます。

そうなんです。

「あとから」なんて、考える間もなく、
「ザ、チャンス」と「言っちゃっている」んです。
theを言おう、と考えなくても、「th」の舌に自ずとなっている、
そう、後になって気づく、というのが、この指導方法の
とても面白い点なんです。考えなくても、言える、という体験をする点です。

「次のことをあらかじめ考えておこう」という
それ自体が、力みになっていたことを痛感した経験でした。
その力みがなければ、言葉というのは、考えて言わなくても出るものなんです。

私は昨日、職場でもこれを痛感しました。

これほど、明確に「ありがとうございます」が言えたのは、
昨日が初めてでした。

とにかく、「あ」だけ言えればいい。

そのくらいのつもりで臨みました。
私は、「あ」という音は、とても好きでしたし、
美しい音だと、この音を大切にできればいい、と思って臨みました。

「ありがとうございます」の「りがとうございます」は
無視していい、と決めたんです。

その前に、「t」の発音を、上に書いたように
私自身、何時間もやっていたので、
「ri」が無理なくできていた、というのも、それを助けてくれたと思います。

私は、はっきり、

「ありがとうございます」

と、元気に、中性的な声で、楽しく言えました。

「あ」のあとに
「りがとうございます」は、くっついて来てくれたんです。

とくに、昨日一日の後半は、
今までの吃音への取り組みを総まとめするように、
私は、自分の声を取り戻していきました。

元気だから、言えた、とも言えます。

ですが、

私は、言えたから、元気になった、

と、私は思いたい、そう思っています。

鍵盤ハーモニカを使って音を出すこと、
それが楽だ、なんだか楽しいなぁ、と思ってくれて、
時間はかかっても、少しずつ、言葉が言えるようになって、
少しずつ、身体が元気なってくれるのなら、
私は、何の根拠もありませんが、
鍵盤ハーモニカで遊んでみてほしいと思います。

私は鍵盤ハーモニカのことは、まだよく知りませんが、
先ほど書いたように、息を大事にしている楽器だなぁと感じています。
そして、何より、息をする、というのは、生きることと、
とても密接に感じています。



私は今日も頑張ったなあ。


深く、深呼吸をしています。


今日も読んでくれて、ありがとう。



明日から、7月ですね。



私は、夏、好きですよ。




◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.6.30
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-30 23:24 | 愛美通信☆メトロノート

(前半)明るい声-自我復元後日記[338]

昨日の仕事では、お休みに入る前の歌の最後のレッスンで学んだことを
取り入れていきました。
私は声がこもりやすい性質がありました。

原因は、舌が「r」の発音時のように、
奥まってしまうことによるものでした。

これは、以前、ブログにも書きましたが、
T先生から、「い」って言えますか?と言われた時、
自分が言えていないことを知りました。

もちろん、「い」とは聞こえるのですが、
舌先がやや「r」の発音時のように奥まってそれを言うと、
音色が暗くなり、「え」の音に近づいていきます。
それでも、「い」とは聞こえますが、クリアな「い」ではありません。

クリアな「い」というのは、
脱力した状態での「い」で、
それはどのような舌の状態か、というと、
舌先が下の歯の裏に、軽くついている状態です。
その状態から、舌を奥に丸めていくと、音はこもっていきます。

「愛美さんも、普通に話している時は、
舌の先は、下の歯の裏についていますよ。」

そう先生に言われて、そうなんだ、と、
その時、初めて知ったんです。

上半身の力みは、胸、喉、に収束し、
舌という末端に行き着きます。

指先もそうです。
全身の力みは、末端に集まってきます。

歌い手を志す、アルパ奏者を志す、
というのは、今思えば、とても困難な道だったけれども、
私は、歩いてみたい、そう強く思って歩き始めた道でした。

声がこもる、というのは、
舌が奥まることによるものです。

では、なぜ、舌が奥まるのか、というと、
舌が力むからです。

なぜ舌が力んでいるのか、というと、
元は、筋肉の「委縮、硬直」によるものです。

私は、それが、

「虐待の跡」

だと、「発見」しました。

身体の残った、非常に気づきにくい「あざ」です。

私はこのブログでも、吃音という症状が私にある、と
書いてきました。

あらためて、説明を加えておきたいと思います。

これは、とても運よく、
「発見した」症状でした。

実は、私は、40年以上、いえ、
それから現在までも、会話時に、吃音という症状が出たことがありませんでした。
これが初めて「目に見える形で見えた」のは、
レジ接客時の決まり文句を言っている時、
どうも私は、適当に省略して発音している箇所がある、
ぼやっと曖昧に言い流している所があるようだ、と気づき、
そのようなフレーズを、

「もっと大きな声で、はっきり、ちゃんと言いたい」

と思った時から始まりました。

初めて、吃音を経験したのです。
今までつかからなかったのに、急に、言えなくなりました。
最初の言葉が出なかったり、言葉がたどたどしくなったりし始めたんです。

今日、しっかり書いておきたいのは、
私の吃音は、私自身で、

「発見した」

ということなんです。

もしも、吃音、という症状が出てこなければ、
身体の委縮に気づかなかったと思います。
もちろん、これまで書いたような、「委縮、硬直」に対して
推考と実験を重ねることもなかったでしょう。

幼い頃、短期間でしたが、
わずか、出た症状が「チック」でした。
このことも、過去のブログ記事に書いたことがあります。
しかし、それも、「見えなく」なりました。

症状、病状が「消えてしまう」というのは、
とても恐ろしいことなんです。

元々の委縮や硬直という「身体的虐待の跡」が身体に残っているにも関わらず、
症状が出てこない。

吃音というのは、とても辛い体験でした。
しかし、この症状が出なかった過去の時間こそ、
恐ろしいことなんです。

用意周到な毒親は、
完全犯罪を目指します。

何をもって「完全」かというと、
「本人が気づかなければいい」という無自覚を達成させることです。
AC人格もそうです。本人が気づかなければ、疑いを持ちませんし、
まさか親が犯人だなど、仮説すら立てることもありません。

私は、歌いたい、アルパをやりたい、
それは、最も困難な道であるように思えますが、
私には、違いました。

それは、「治療の方法」を
示唆してくれるものでした。

こう言えます。

仕事と生活の場面での力みから
楽になれるように助けてくれるものだったのです。

その様子こそ、
この私のブログに書いてきたことでした。

仕事と生活の場での記録です。

繰り返しますが、

「吃音」という症状すら、
出ないように巧みに計算された虐待を
私は受けてきた、ということです。

ですから、

私が仕事中の発声という自身の試みによって、
運よく「発見した」と言えることなんです。

これに対して、D先生によるアルパ指導、
T先生による歌唱指導は、的確にその病理を暴いていきました。

身体へと目を最初に向けたのは合気道が入り口でしたし、
「踊ってみた」という家の中で楽しめたダンス、
また、現実の世界でみんなと楽しめたダンスは、
身体運動を広く考察していく上で、多くの発見がありました。

そして、最近では、
鍵盤ハーモニカの構造、息を送り音が作られるイメージ、
これを駆使し、仕事では声を出す練習をしていきました。
少し前のブログ記事に、それについては書いています。

鍵盤ハーモニカは、声を出さなくても
声(音)を出してくれる楽器です。

その記事で、書き落としてしまいましたが、
もしも吃音で困っている方がこちらを読まれていたら、
私もそうでしたが、休憩や遊びのつもりで、
吹けなくてもいいので、「プー」と楽しんでみてください。

それで少しでも楽に感じてくれたら、と
私は思います。

そう、書き落としてしまったことというのは、
その鍵盤ハーモニカのイメージを持ったら、
ゆっくりでいいので、実際、声を出す時に、
「息をまず出してから」「その息に声をのせるように」
声を出してみてください。

声をのせる、というと、それ自体難しく思ってしまうと思いますが、
前の記事にも書いたように「溜め息で思わず声がもれてしまった感じ」で十分です。
「ふぅーう」の、2つめの「う」が有声音になる感じです。

おなか自体に力が入らないようになってしまっていることが多く、
それが出来ても、あまり気持ちいいとは感じないかもしれませんし、
不快に敏感なので、不快感すらあるかもしれませんが、
声、声、と、そういう時は思ってしまっていることが多いので、
そんな時に、鍵盤ハーモニカのイメージ、その構造の理解が役に立ちます。

少し前に私が書いた記事はこちらです。

「仕事中の発声で取り組んだこと-自我復元後日記[333]」
http://mmjhb11.exblog.jp/24613334/

鍵盤ハーモニカの製造工程については、
youtubeなどで動画検索されると、
目で見てイメージがつきやすいと思います。

少し、前回の記事の補足をさせていただきました。


話を昨日の仕事中の発声の話に
戻しますね。


私は、昨日、本当に、
ああ、こんな「明るい声」が出るようになったんだ、
と、嬉しくて嬉しくて、そんな一日を送りました。

最初に書き始めましたが、
昨日、試みた2点を、今日の、
そして、今月のしめくくりに、書いておきたいと思います。

とてもテクニカルなことですが、
吃音の治療には、とても効果的だと私は感じました。

1点目は、

「つねに、舌先を下の歯の裏に軽くつけておくこと」

です。巻き舌にしない、舌を奥まらせない、ということです。
そうしてしまうと、というか、その状態自体が、
力んでしまっている結果である、と、おおむね、考えられるからです。

そのためには、意識的に舌の先を
舌の歯の裏につけておくことです。
いつも巻き舌ぎみの人にとっては、ちょっと「だらしない」しゃべり方に
感じるかもしれませんが、それだけで、実際は、「明るい声」になっています。

もちろん、「t」のような子音を言う場合は、
最初は破裂させるために、舌先は「上」の歯の裏についていますが、
「てぃー」と、母音「い」で伸ばしている時は、舌先は下の歯の裏に戻せるはずなので、
戻してみてください。つねに、と上で書きましたが、子音発声のその瞬間は別です。

イメージとしては、舌先を「そのまま下に落とす」感じです。
奥にひっこめずに、下に、すとんと落とすと、下の歯の裏に来ると思います。

この1点目に補足として書いておきたいのは、
鍵盤ハーモニカのイメージで息を送る際のポイントを
前回の記事で3つほど挙げましたが、
「t」のような子音の場合、とくに留意したいのは、
「出だしは弱くていい、出だしは小さい音でいい」という点です。

「てぃー」と強く言おうとすると、
その時点で力んでいるので、「奥まろう」とするベクトルが働いてしまいます。
それに抗するように、舌先を引っ込めまい、舌先は下の歯の裏につけるんだ、と
踏ん張ってしまいます。形としては、舌先が下の歯の裏になんとかつけ戻せますが、
舌が綱引き状態になっているのを感じると思います。

それに対して、私がまず取り組んだのは、
すごく軽く、弱くでいいので、
「てぃー」と言ってみるんです。
レモンティーのティーです。
(レモンティーなんて、いい例です。ティーはとても息のような声になってくれます。)

ゆっくり、スローモーションで、
か弱い声でやってみます。

そうすれば、だらりと舌先を下の歯の裏に、
「ぽとん」と落とせると思います。

まさに、しずくが垂れるように、
「ぽとん」って感じです。
そのくらい、弱く、か細くでいいので、
「てぃー」と言ってみます。

舌が先ほどのような綱引き状態で力むことなく、
言えると思いますが、どうですか?
だらしなくなっていいですよ。
しまりの悪い口になっていて、まったく問題なしです。

それを何度か繰り返すと、
やや音量を上げても、その舌の動きはそのまま
維持できて、同じ動きができると思います。
「い」の母音も、有声音として、少しずつ音量が出せると思います。
「い」だからといって、口を横に、なんて思わなくていいですからね。
口をだらっとさせて、口の形を変えなくても「い」は言えます。

やっていくと気づくと思いますが、
吃音で悩んでいる時は、たとえば「てぃー」と言うとなると、
なんとか「てぃ」という音を、はっきりしっかり言わなきゃ、と思ってしまっていますが、
このように出だしを弱めてみると、実は、「t」の子音は、
ほとんど「息」であると感じると思います。

「て」という音を言っているのではなく、
舌の先を上の歯の裏にあてて、息と一緒に押し出した時に
「t」という子音が生まれている、と感じられると思います。
実際に感じるのは、「いー」という母音を伸ばしている部分、この部分を
「自分は発音している」と感じると思います。いかがですか?

ここでもわかるように、
鍵盤ハーモニカと同じで、
「息(子音)」→「音(母音)」になっています。

子音、と書くと、「音」という字があるので、
これも声のように思ってしまいますが、
私の実感としては、声でなく、息です。

この部分で、ゆとりが出たら、
この鍵盤ハーモニカの「息を送る」イメージを
再度、思い出してみてほしいと思います。

これも、前回記事で、書いた要点の一つでしたね。

「息を送ること」
「出だしは、小さな音でいい」

この部分に相当するところを
今、コメントしました。

もう一つ、前の記事の中で述べた
要点がありましたね。

「少しの息でいい」

これです。

ただ、これは、あまり深く考えないでみてください。

私が、今、大事だと思っているのは、
今書いた「t(てぃー)」の発声の仕方をしていくなかで、
「なんだ、そんなにちゃんと言おうと頑張らなくても、言えるじゃない」
という体験が、先にあったほうがいい、と思っています。

おなかを風船のイメージで、と書きましたが、
「おなかに力なんて入らない、ダメだぁ・・・」と感じてしまっても、
眉間にしわを寄せることは、私はしてほしくないな、と思いました。

「おなかに力が入らない」と、それだけを聞くとたいしたことがないように
聞こえることかもしれませんが、私はそれが、どれだけ辛いことかを知っています。
大げさではなく、それは、「生きた心地がしない」というのと、
同義だと思っていい、と私は思っています。

このブログを長く読まれてきた方は、
それがどういうことかが、よくわかると思います。

ただ、今、私が書きたいのは、
いつも私のスタンスはそうですが、
ゴールから始めることです。
このブログを初めから読むことや、
私の通った道を真似ることではありません。

私が今書いたことを、
試してみて、それで楽になるのなら、
もうそれでいいんです。

「小さな息でいい」

ということの体感は、

「t(てぃー)」と、小さな声でもいいから、
だらってなっていいから、息漏れでも全然OK、
他人の前では言えなくてもOk、そんなことどうでもいいから、

「ああ、小さな声でいいのなら言える」

と、まず、体験することです。

加えて、

「弱弱しくてもいいのなら、言える」

と、まず、体験することです。

「少しの息でいい」

というのは、そのこと、それ自身のことなんです。

そして、

これは、吃音で悩んでいる方はびっくりすると思いますが、
実は、はっきり、しっかり、大きな声で話している人も、
実は、「息が漏れるような、小さく弱弱しい音」が、声の出だしなんです。

なにが、私たちと違うかというと、

「それが悪いことだ、と思っていないこと」

それだけなんです。

それ、とは、

息が漏れるような、小さく弱弱しい音から
言い始めること、のことです。

悪いもいいも、声とはそうやって生まれているのであって、
「はっきり、しっかり言いなさい」という強迫が、
物理的にも無理な要求となって、子どもはそれを真に受けてしまいます。

物は徐々に加速していくものです。

ダンスもそうでした。
キレがあるように見える動きは、必ず、出だしが遅いんです。
不思議でしょ。最初は、私も驚きの発見でした。

試しに、ミニカーでも手にして、子どもがやるように手で持ちながら
床の上でも宙でもいいので、走らせる真似をしてみてください。

最初はゆっくり動き始めて
「スゥーッ」と早くしていくと、かっこよく見えますが、
いきなり最高速度で走りださせて、ピタリと止めると、歯切れが悪く見えますよね。
キレがいいのは、前者です。

それでわかるのは、キレ、というのは、何も優れた動きでも何でもなく、
無理のない普通な動き、物は自然と加速していく、という
ごく普通な動きをしているだけのことで、
いきなり最高速度で走りださせようとする無理をしていないだけなんです。
ダンスが上手いな、キレがあるな、と見ていて思う場合は、
ただ本人が、無理しないで気持ちよく踊っているだけなんです。

早く次の動作に移らなきゃ、
早く動かなきゃ、という焦りが、
「徐々に」という感覚を追いやってしまいます。

これは、合気道で若い師範の先生が、実際にやってみて
身体で教えてくれたことでもありました。

さて、続きですが、
先ほどの「t(てぃー)」に慣れたら、
「いー」の母音発声で、少しずつ、クレッシェンドをかけてみてください。
舌先はすとんと落とした位置、下の歯の裏に軽くついたままです。
だんだん、やれるようになると思います。

最初から大きな「てぃ!」は言えなくても、
「いー」で大きくなっていけます。

でも、これが、

「t」の発音なんです。

始めの破裂音がマックスの音量、というのは、
「ちゃんと最初の音を言わなきゃ」という吃音で悩む私たちの強迫観念です。
実は、どんなに大きな声の人も、出だしは、弱く、
しかし、悪いと思っていないので、委縮することなく、
クレッシェンドをかけているだけです。

その加速の時間幅が短いので、
あたかも最初から声が大きいかのように聞こえますが、
鍵盤ハーモニカがまさにそうですが、始めは消えそうな音からスタートします。

それが普通なんです。
最初から電子音のように、「プー」となるハーモニカはありません。
人間の声も、電子音ではありませんから、立ち上がりに時間を必要としますし、
それが、人間らしさを作り出すから、
それを上手に取り入れることができるように、ボカロのソフトは作られています。

話は戻しますが、

「その結果として」、
おなかを風船のように使えるようになれたら、
いいのかもしれませんね。

でも、それはあくまでも、
結果として、です。

というのも、実際に私も出来ません。
全然できなくはありませんが、難しいです。

でも、それも私だけ、ではないんですよ。
委縮や硬直という虐待の体験は、
なんだか特殊の体験のように私も書いてきてしまったかもしれませんが、
誰だって、親からでなくても、少なからずあるんです。
委縮したことがない、という人も稀にいるかもしれませんが、
ほとんどない、と思ったほうがいいと思います。

だから、歌のレッスンという専門の訓練が必要なんです。
自然に歌えないから、自然体で歌える身体を取り戻すために
歌のレッスンを、私は受けているんだと思って、通っています。

「おなかを出来るだけ、自分から凹まさないようにする」というのは、
結果、それが楽だから、なのですが、私自身、
とても難しいことでしたし、今も、出来るようになりたい、と思っている点です。

だけれど、昨日は、私は、これが随分、自然に出来ていて、
実はとても驚いていました。
原因はよくわかりません。

ただ、これは私独自の話で参考にならないと思いますが、
私、長いお休みに入ってから、とても「元気」なんです。
ご飯も食べられますし、パンも、そして昨日は、
私のスーパーのお惣菜ですが、ササミの揚げ物(お肉)も食べられたんです。
・・・揚げ物、とっても大好きなんです。

大風邪をひいてからは、月に1度や2度は元気な日が来るのですが、
その日、というか、「今日が元気だな」と思った時には、
次の瞬間には、どん底の健康状態、というのを繰り返してきたので、
ここ数日の元気もドキドキしていたのですが、
元気なまま、なんです。

また横道にそれますが、
私が患った慢性前立腺炎と関係があるかわかりませんが、
自慰で射精をすると、私は体調が崩れることが多かったのですが、
先日、それで体調も崩れることはありませんでした。

さらに余談ですが、
自慰の際、実は私に手助けしてくれた存在が現れました。
オカルト話だと思ってきいてくださいね。

私のかわりに、手淫をしてくれる存在が現れ、
こう言いました。

「全部、出し切ってみて」

と、私に言いました。

出し切る、というのは、
精液を外へ全部出し切る、という意味であると同時に、
心理的には、快感を味わう(=余韻を残す)のではなく、
それも、出し切るように、精液の放出にすべて預けるように、
とにかく、外へすべて出してみてください、と、その存在は言いました。

その存在、という言い方をしたのは、
どうも地球の存在ではなく、ただ、「女性的」ではありました。
母性的、といったほうがいいのかな?まあ、いいや。
ただ、地球の女性ではないので、少し、エッチな妄想ができるように
姿を地球の女性に変えて、私の性癖に合わせてくれたりもしましたが、
それは、ちょっとしたサービス、のようなもので、その存在、その方は
むしろ医療者のような存在で、物理的に射精を「し尽くす」よう、指摘しました。

私は射精し切った後、感じました。

「あ、治った」

と。

泌尿器に残る疾病が治った感覚がしたのです。

今まで、射精時のエネルギーは損失しないように、
自分の世界の範囲を拡張しながらも、その中でエネルギーを循環させ、
エネルギーを保つような自慰を心掛けていたわけでしたが、
今回のやり方は、真逆でしたので、えっ?って思いましたが、
やってみたわけです。

そのあたりから、ここ数日、
とにかく、「元気」なんです。

ご飯も食べられるし、
それで味覚もほとんど狂わない。
そして、あの「無理がきかない」という身体疲労感もない。

休んでよかった、その選択をとって
ほんとによかった、と、昨日も仕事をしながら思いました。

昨日は、仕事中、
ほんとに、元気だったんです。
上手く言えないんですが・・・(笑)

ということで、

今までこのブログを読んで下さっていた方は、
こういう話も「ふーん」くらいに流して読んでくれていると思いますが、
最近になって、読んでくださっている方は、
ちょっと「えっ?」っていう余談が混じりこんで驚いてしまったかもしれません。

もしかしたら、「愛美」という漢字の名前なので(あび、と読みます)、
女性かと思っていた・・・と、ショックを受けた方がいたら、
無理かもしれませんが、女性と思ってくれていてもいいです(笑)。

いつも横道にそれてしまうんですけど、
ここ最近、実は、仕事中、今書いたことだけでなく、
「どの高さの音が自分に無理がないか」を試行錯誤していたんですね。

そんなことを思ったのも鍵盤ハーモニカの体験で、
同じ息を送るにも、「このへんの音が息を送りやすい、今の私には楽」
っていうのがあったんですね。

それと同じで、仕事でも、ここが楽、というのを
探っていたんです。

すると、女性的な声、やや高めにすると、ちょっと楽じゃないんです。
男性的な声にすると、楽といえば楽だったんです。

そのようなことをあれこれやっていくうちに、
昨日になって、「適切な音の高さ」で
自然に、声を出していたんです。

私の元気な時の声は、その中間、
とても中性的な声なんです。

いつもキウイの性別がわからないなぁって思うのは、
キウイの声が中性的だからなんです。
(この頃になって、私のブログを読んでくださった方、キウイというのは、
私のぬいぐるみです。サンリオのぼんぼんりぼんちゃんなんですけども、
キウイっていう名前なんです・・・ちょっとあぶない人かも、と思った人、
とくに否定できないので、無理かもしれませんが、そう思ったまま、
これからも読んで下さると嬉しいです。いやいや、そんな無理でもないのですから^^笑)

何の話だ、、、

えっと、あ、だからね、
まあ、私は、中性っぽいです。たぶん。

ブログにも前に書いたんですけど、
私、10年後の夢がありまして、
「踊ってみた」を、ラジオ体操のように、毎日楽しく踊れるような、
そんな場を作りたい、と思っていて、
その時に、私は、おじいちゃん(今、43歳で、来月44歳になりますので、
53歳くらいですね)なので、その後もずっと使えるように、と、
「愛美じーさん(愛称:あびじー)」にしようと思っております。

もう、何の話だか・・・(苦笑)

さて、すごく話を巻き戻しまして、
「おなか」の話なんです。

おなかに力が入らない、というのは、
私は、その人が自覚的であろうがなかろうが、
とても辛いと思います。

でも、そこで「ダメだ」とげんなりしてしまうと、
それこそ、息が、しぼんでしまうんです。

元気、というのは、言い換えると、
息を出し続けられる、というふうにも、
私は言えると思っているほど、息は大事です。
だからこそ、息を大事にしている楽器、鍵盤ハーモニカに魅かれました。

ただ、ここにダイレクトにアクセスするより、
なぜ、元気が奪われてしまうか、デクレシェンドしてしまうか、という
障害となるものを理解していくほうが、私は大事だと判断しました。

それについて、まず、1点目は書いたつもりです。

あれこれ話がとんでしまったので、
忘れてしまった方、すみませんが、スクロールしてみてください。



・・・『(後半)明るい声-自我復元後日記[339]』に続きます。




◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.6.30
愛美

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by jh-no-no | 2017-06-30 23:23 | 愛美通信☆メトロノート