カテゴリ:私の生き方( 96 )

弔い、そして、メトロノーム-自我復元後日記[086]

今朝、私は起きて、
行ったことがある。

日記を開き、私は、
亡き母を弔った。

亡き母へ
さようなら、と。

自殺をした母に対しての弔いではなく、
この弔いは、おそらく、もっと「広い」意味があるだろう。

いや、それは、その「意味」は、
私が決めていくことだ。

この生だけでなく、
私は、母が、好きだった。

母を好きだったこと。

今朝、それでよかったのだ、と
清々しい気持ちだった。

そして、私は、
「愛美」という新しい名前で契約をした。

これが、今日の、今朝の
一部始終だった。

昨日の投稿でも話したように、
「母を好きだったこと」も含めて
「すべて」が終了になった。

私の母が、はたして毒親だったのか?
という問題は、今、その問題自体、
流れ去った。

夫であった「毒父」に屈服し、
母親として私を支配してきた、という意味では
完全に毒母であるが・・・それよりも、
母に対しては、この前の「歌」の件もそうだったが、
非常に、複雑な関係があった、と思う。

ただ、今日、その弔いを済ませた今日の今になって思うのは、
母との関係は、「終わらせねばならなかった」ものだった。

だから、私は、さようならを告げ、
弔ったのだ。

昨夜の夢を、書いてみたい。

前契約の最後の声、生身の身体、ということで
録画をしたこともあり、その晩の夢は、
今日一日、私をとても疲れさせた。

断片的であり、記憶もあやふやであるが、
覚えているところを、書いてみたい。

いくつかのシーンで、私は父といる。
大人の今の私、というよりは、
小学校高学年くらいの私のように思う。

あいかわらず、嫌な性格の野郎だったが、
非常に、ショッキングなシーンがあり、
それが印象に残っている。

そのシーンの前、私は、
「やめて」と叫んでいたように思う。

そして、そのシーンは、
父が、母の首から顎にかけてあたりに、
たばこの火を押し付けるシーンだった。

母は横を向いていて、私は、
父がたばこを押し付けているのを見ている。

母は、ぴくりとも動かず、
表情も変えず、苦痛を押し殺した。

父は、それを見て、
「ほぅ~」と、にやりとしながら、言う。
声もあげないんだあ~と、まったく、それは
拷問者だった。おぞましい気持ち悪いそいつは、
毒父そのものだった。

私は、しかし、そこにいながら、
何も言わなかった。
私には、もう、何もできない、と思っていたからだ。

しかたがない、と思っていた、ともいえる。

夢の話とそれてしまうが、
関係があるので、書いておきたいことがある。

昨日、私は、ふと、Pの最近の状況について思ったことがある。
P、というよりは、Pの毒母の猛毒ぶりについて、である。

私とPは、今、まだこの家に同居している。
私が思ったのは、どうして、Pの毒母は、
自分のところに引き取ろうとせず、自分の娘を「生殺し」にしているのか、と。

その理由は、今までも掘ってきたように、
墓守りのごとく、Pの父が残したこの家の「家守り」から
娘を決して自由にさせない狂人「Pの毒母」の仕業であるが、
そのことよりも、私が感じたことは、
「もし私が母親だったら、娘をこんなところからすぐにでも
実家に連れ出す」と思ったことだった。

しかし、その時、同時に思ったのは、
私は、Pの母親でもなく、もう、世話係でもない。
Pがどうなろうと、私は、もう、何もできない、と。

この感じと、夢の、その拷問を受けている母のシーンとが、
非常に似ていた。私が、「もう、何もできない」と思う点で
酷似していたのだ。

夢の話に戻ろう。

最後の覚えているのが、次のこのシーンだ。

川辺にいるようだ。

私が手前にいる。
というか、夢の主人公としてこのシーンを見て、参加している。

配置としては、斜め右前あたりか、正面か、わからないが、
父がいたようだ。

もう一人、いるようだった。

誰だかはわからない。

男か女か、といえば、男のように思う。

その川辺で何をしているのか、
というと、それがよくわからないのだが、
何か書いた紙を濡らしている、というか、流そうとしている。

私が、か、父が、かは、定かではないが、
「それ」を流すのを躊躇している時間が、あった。

だんだん、私は目が覚めていったのだろう、
そのあたりで。

夢と現実との境目あたりで、
私は、こう、感じていた。

母が好きな気持ち、
これが、躊躇をさせていたものだった、と思った。

それから、

「愛美」という名前だが、この名前は・・・
母の名前ではないだろうか・・・もしくは、母が知っている名前・・・

それはよくわからない。
あび、と読むかもわからず、あみ、や、えみ、かもしれず、
漢字の表記としての愛美であり、またそれは、
私がこの漢字の表記に持つイメージと一緒かどうかも定かではない。

ただ、「愛美」という名前が、
夢のそのシーンで無関係ではなかったようだった。

目が覚めて、しばらくしてからだろうか。

私は、母が好きだった、と思ったのは。

これは、表現が難しい。

毒母として掘ってきたプロセスの中での
「母が好きだった」とは違うからだ。

もっと「広い意味で」と最初に書いたのも、
この生だけの話ではなく、
どうも、私は母が好きだった、ということが
決まっていたことのように思うのだ。

しかし不思議にも、
私は、母が好きだったのだ、と理解したとたん、
前契約の消されるべき対象が、すべて、消え去った、かのように
清々しく、やはり、「愛美」という名前が意識された。

最初に書いたように、
これが一部始終だった。

・・・

2016.9.13 9:05

弔い
亡き母へ
さようなら
      愛美 9:07(2分)

・・・

このようにして、
日記で、弔いを行った。

今日は仕事中も、
その前も、夢のことが頭にこびりついていた。
この解釈に気がいってしまうのだ。
これが、とても、私を疲れさせた。

ただ、終始わかっていたのは、
解釈は重要ではないことだった。

進まなければならない・・・

しかし、私は、ふと解釈が気になった。

愛美、という名前は、
なんだったんだろうか・・・

あの場面は前の契約を破棄した場面なのではないか。
そして、愛美という名前で私は新しく契約をした、のでは?

あの別のもう一人の正体不明の男?は、契約の立会人か。

もう、私には何もできない、というふうに思ったあのシーンは、
私は、もう、世話係ではない、ということだろう・・・

しかし、問題は、解釈に気をとられていることそのことだった。
だって、重要なことは、弔いを終えた、ことだったことで、
それは、済んでいることなのに。

母を好きだったことすら、
そうでなくても、それもまた、
すべて流されていった今、どうでもいいことだった。

そして、愛美、という名前が何か、も
それもどうでもいいことだった。

重要なことは、愛美、と名前を変えた今日、
弔いは終わり、そして、今を生きている。
それだけが、今ここにある事実なのだ。

私が、なぜ、これをブログに書こう、としたか、
というと、やはり、そうだ、そういうことなのだ、
私は、一部始終を見なければならない。

それは、誰が決めたのか、といえば、
私一人で私が決めた、ということだからだ。

昨日書いた子猫のようにあれただろうか。

その子猫が「愛美」であるように、
私は、弔いの煙から抜け出て、元にいたこの勇ましさの象徴「愛美」に
私は、今、そう、今、戻ろうと必死なのだ。

でも、私は、そこから抜けている。

弔いの煙、など、もう、無い。

弔いは、終わったのだ。

そうなのだ。

私は、今日一日、不安だった。

これが愛美か?

書くこと。

それは、とても重要だ。

そうなのだ。

どんなに不安になろうと、
これが、愛美、という生の側面なのだ。

それは、生に満ちている。

それもわかっている。
心身がそれを感じ続けている。

でも、よく、書いた。

仕事中、終わりの1時間ほど、なぜか、
急に、気持ちが悪くなった。
頭痛が激しく、少し我慢していたが、
耐えきれない、と思い、リュックの中に、
市販の消炎症剤が残っていたりしないだろうか・・・と
ロッカーに向かい、探したら、一錠、見つけた。

私は飲んだが、30分しても
なかなか頭痛は和らがない。これは私には珍しいことだった。

頭痛だけでも苦しかったのに、
今度は吐き気が襲った。まずい、と思った。
死ぬことはない、とは思ったが、
身体の急変には少し焦った。

休憩室に1分でもいいから、と向かい、
横たわった。なんとか、立てそうだ・・・

無事に仕事は終了し、業務を終えた。

仕事の帰り道、まだ、今日一日のことが
ざわざわとし、気持ちも悪いし、で、
それでも、家につく。

話はまったく変わる。

私は、今日、仕事前に、
打身のレッスンがあった。

私の先生は、本当に厳しい。

私は、どうしてもミスタッチをしてしまうと
そこで、「弾きなおして」しまう。
反射的に弾きなおしてしまうのだ。

そう言うと、D先生は、
「それは最もよくない癖。音楽は止まらない。
間違っても、絶対に、音楽を止めてはいけない」と真剣な顔で叱る。

隣で一緒に伴奏してくれるのだが、
1時間、これは、実に苦しい。
私が間違っても、先生は、容赦なく弾き続ける。
私は必死に指を動かすが、どんどん、わからなくなり、
しまいには、滅茶苦茶になる。そこまで先生は生徒に弾かせるのだ。

しかし、それが、事実であり、
実力であり、課題がそこにあり・・・実は、楽しみがそこにある、
このことを「叱咤激励」まさにしながら、先生は指導してくれる。

「あれ、今日何時からだったっけ?
もう時間?1時間経った?」

と先生が言うので、私は、「はい、経ちました」と言うと、
「ほんと!ほんとだ、私が気づかないくらい、というのは
すごい集中力だね」と先生は言った。

私は、本当にここに来てよかった、と思う。

そして、先生は、これからの対策を指導してくれた。

「打身力と音楽力、というのがあってね、
打身力は高い。お世辞抜きに、上手い。でも、音楽力が追いついてきていない。
楽器経験が無かったりしているからだとは思うけれど、拍をしっかり意識する、
階名が常に頭に思い浮かんでいることは、打身力とは別に、必要な音楽力なのね。
ミスをしても、次から入れればいいわけだから。だけど、音楽力がないと、
ミスを弾き捨てて次に入ることができない。それで、本番は曲が止まる、という
一番やってはいけないことをしてしまうことになる」

そこで、先生は私に

「メトロノーム」

を買うように薦めた。

「メトロノームのいいところは、拍を刻むだけじゃなく、
止まってくれないこと。自分が好き勝手に練習すると、自分が止めたいときに
止めることもできるし、スピードも自由に速くしたり遅くしたりできる。
スピードが速い、というのも、最初の拍だけ合えば、なんだか弾けたように
錯覚してしまうから、遅いスピードで、しかし、止まらない練習がいい。
これが一番難しいし、誤魔化しがきかない。」

これは、合気道のおじいちゃん先生も、いつも同じことを言う。

「ゆっくりでいい。でも、止まらないこと」

私には、これはわかるようで、わからないことだった。

しかし、今日、私は身を持って体験したことで、
先生が何を言っているのか、私自身で発見したのだ。

私は、レッスンを終えて、先生にこう言っていた。

「私は、まだまだ、階名とも距離があるし、
音楽ともっとなじんでいかなければいけないと思います」と。

「そうだね。音楽力も伴えば、また一歩、ぐんと次に進めるから」
と先生は言われた。

二人は楽しそうだった。

それは、集中力の渦の中に、その興奮の中に二人は、まだ、いた。

私は初めてこういう体験をした。

「二人で盛り上がる」

というやつだ。

主従関係とか、世話し世話される、という関係でもなく、
そういう「何何関係」ではなく、きっとこれは、

「友」

というものだろう。

これは、今、こう思ったわけだけど、
そう、私は、こう思ったのだ。

「期待されている」のが、
私は、嬉しかった。すごく、ワクワクした。

それは、期待されている私、に酔っているのでも、
舞い上がっているのでもなく、
こうやって、私と出会えた他者が「期待をしている」という、
目の前の他者が、私といることを喜んでくれている、
このことが、私には嬉しくて、まったく初めての体験だったのだ。

そして、なぜ、D先生が、その期待のスイッチが入ったのかを
私は、強く、感じ取っていた。

それは、打身力があるから、ではない。

そうではなく、むしろ、私に欠けている「音楽力」、
これを私は身につけたい、ああ、それって、
階名ともっとなじんでいくこと、音楽の構造を知っていくこと、
ああ、音楽をそれは楽しむことなんだ、って!
そのことを、私が自覚し、発見し、その思いを思いっきり出して、
「そうだよ、そう。それが音楽だから」って、先生は一人の人間として
私とその場を「興奮し合えた=楽しかった」ことが、
期待、激励、を生んだんだ。

昨日は、ゆっくり寝よう、と思っていたけれど、
動画を撮りに行こう、と思いたったため、
睡眠不足だったので、レッスン後は疲れてしまい、
まずは、うどんを食べて、仕事前なのに、
職場の休憩室のソファーで40分ほど深く眠った。

そのせいか、仕事の休憩時間には元気になり、
たまたま職場前に楽器屋さんがあるので、
1時間の休憩中、メトロノームを見にいった。

昔からあるねじ回しの針が揺れるタイプは
家が傾いていたりするとまったく使えないことから、
電子式のメトロノームを買うことをアドバイスされた。
2000円くらいか、1000円くらいでもあると思うよ、と。
拍を打ってくれれば、まずはいいから、高性能なのはいらないよって。

ありがたいことに、4種類ほどの簡単なメトロノームのサンプルがあって、
2、30分、私は、それらを触りながら、比べることができた。

ネットでも買えると思っていたけれど、
現物を見れてよかったと思った。

それは2つの点においてである。

一つは、音量調整の幅である。
どのくらいまで音が大きくなるか、ということ。
これは、聴いてみなければわからないのだ。

もう一つは、電子音、とはいえ、
その「音」そのものだ。
これが、私には、最も重要に、聴きながら感じたのだ。

電子音だからだろうか?
これは、ずっと聴いているときついな、というのがあった。
逆に、これは、音が好きだ、というがあり、
結果的には、それを選んだ。
また、音の大きさは同じくらいだとしても、
「通りやすさ」というのも、音の質に関係していそうだった。

それらを勘案して、
私は「SEIKO DM71 DIGITAL METRONOME」
という片手で納まるカードサイズのものを買うことにした。
2700円なので、思っていたより高めだったけれど、
音が好きなメトロノームが、やっぱり、一番だったし、
拍の頭を打つ音の大きさも音のクリアさも、私の好みだった。


こんなメトロノームを買いました。





何でもアップロードしちゃってますが、
これ、今日、したかったんだよなぁー。

ピッ、ピッ、っていう音、
あと、この動画では上手く映らなかったけれど、
右上に、拍の頭の時には「赤いランプ」が点灯するんだ。

日記を書いていて思うことがある。

私は、日記を書くと、
このメトロノームを買ったこと、
音が好きなこと、「動画をアップしたよ!」と書くんだ。

だけれど、この記事の最初の「弔い」のことは、
あまり書く気がしない。
・・・でも、書くんだけどね。

私の手書きのその日記と、
ブログの日記も同じなんだ。

私は、やっぱり、こう結論するんだ。

私は、「メトロノーム」に勝ってほしい。

私は、今日、本当に、そう生きてきたんだ。

弔い、と、メトロノーム。

私は、全部を見るけれど、
私は、選ぶだろう。

メトロノーム、これにつまった一日と
私のこれからの思い。これを選ぶのだ。

動画にアップするのも、自分のためなんだ。

そう、

メトロノーム、

そして、たぶん、きっと、
これを読んでくださった読者の方にとっても、
弔いのことより、メトロノームが印象に残ったと思うんだ。

弔いは、大事なことだった。

だけれど、

私は、つねに、今は、「行為」する者だ。

解釈に、関心は、無い。

メトロノームは、先へ先へと進む。

先に進まない妄想、それがどんなにリアルに感じても、
先に進まない世界観の中、それは、
私がずっと40年以上、拘束されていた「監獄」、その中であるのなら、
私には、それは、どんな内容であれ、関心はない、ということ。

今日のブログは、ここをはっきりしたかった。

そのためだけに、ここまで書いてきた。

昨日の動画でも話したように、
私のまわりの光景はどんどん進んでいく。

まるで、メトロノームのように容赦なく。

でも、今日のレッスンでの出来事のように、
そのボロボロになるような失態の中でも、
それがメトロノームのスピードの世界にしがみつくのなら、
私は、新しい世界を生きるだろう。

でも、これは、これからのこと、でもあり、
何度も書くけれど、自我復元とは、
私は、一言、決して「止まらないこと」であり、
その一貫してやってきたことが入り口であり、
また出口であり、また次の世界の入り口であり、
つまり、これは、「私の生き方」なのだ。

今回で、「私の生き方」というカテゴリーを終了し、
新カテゴリー

「愛美のブログ」

として、書き続けていこう、そう思っています。

編みもののこととかも、
どんどん、書いていくからね!

そう、そう、

体調、よくなってきてるから、
読んでくださっている方、ご心配をおかけしました。

あれは何だったんだ、一体・・・

おなかもすいたし、よく寝て、
明日も頑張ろうと思います。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.14
愛美(あび)

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by jh-no-no | 2016-09-14 07:06 | 私の生き方

9月12日という日を終えて-自我復元後日記[085]

今日も動画をアップしたいと思います。

左が川になっていて、ランニングロードに座って撮ったのですが、
夜中ということもあって、真っ暗ですが、
撮り終えて聞いてみたら、秋の虫の声がちゃんと聞こえました。

「なんか」が口癖みたい・・・です(苦笑)
でも、ぜひ、このブログを今まで読んできてくださった方々に、
8分×2のお時間をいただきますが、ご覧いただけたら嬉しいなと思います。

早速ですが、「9月12日という日を終えて」というタイトルで、
動画も前半、後半、続けて、掲載させていただきます。








今日から、思い切って、
名前の表記を変えてみたいと思います。

「愛美」

漢字で、あび、をこのように書いて
このブログにもサインをしていこうと思います。

自我復元中は、Abyでした。

それから、リハビリの時期が、あびでした。

これからは、愛美、にしたいと思います。

戦ってきて、強く、思うことがあります。

生き切る、何が、それをさせるのか?

生も死も超えて、それでも、戦う魂があります。

この話をしましょう。

一昨日前のことでした。

私は、仕事の帰り道、2匹の子猫に出会いました。

私が自転車を止めて、様子を見ていると、
そのうちに1匹の子猫、それは、まだ生まれてそれほど経っていないと思います、
その子猫が、私の自転車に近づいてきます。

見ています。

それから、座りました。

また、起き上がり、自転車を中心に、時計回りの方向へ移動しました。

斜め後ろを見ると、そこにまた、座って、私を見ています。

もう1匹の子猫は、身体に虫がついたのか、
すばしっこく格闘しているように、元気に跳ね回っています。

それに目が奪われて、ふと、斜め後ろを見ると、
あれ、あの子猫は?

すると、今度は、さらに時計回りをして、
私の左斜め後ろにいました。

じっと見ています。

それは、緊張しているふうではなく、
一貫して好奇心を持って、見ているようでした。

それまで気づかなったのですが、
少し遠くに目をやると、駐車していた車の下にも子猫がいます。
それから、また別なところにもいました。

どうやら、囲まれているのは
私のようです。

きっと、親猫は遠くから、見ているのだと思いますが、
私に見えたのは、子猫たちだけです。

ぐるりと回ったその子猫に「じゃあ、帰るね」といって
私はさよならをしました。

次の日、そこを通ったのですが、
1匹も子猫はおらず、ちょっと残念だったのですが、
その時、昨夜の出来事を、私は思い出していました。

「勇敢さ」

について、私は、考えました。

私のまわりを時計回りにまわったその子猫は、
勇敢さに満ちていました。

子猫である、など感じさせない勇ましさでした。

もしも前世というのがあり、戦士だとしたら、
戦の先頭に立っていたでしょう。

子猫の群れから、一歩前に出たその一歩は、
半端でない一歩でした。

独り、じっと、見ています。
身体を時々動かし、座り、また起き上がり・・・

それは、好奇心旺盛で、自分が何を今体験しているか、
それだけに生命体験全部を投じていました。

自身の生に、全責任があることは
その子猫には、自明のことでした。

好奇心、それは、本当に素敵でした。

恐怖も楽しさも、体験すべてを
好奇心を持って、生きている姿は感動的でもありました。

一言でいえば、

「恐怖」を知らない、のです。

この子猫は、きっと、安心を親から与えられたのだと思います。
決して、親はこの子に「恐怖」など植えつけたりしなかった、と。

しかし、それこそが、
恐怖と真正面から対峙できる魂、尊厳なのです。

恐怖は、決して、植えつけたりされてはならなかった。

むしろ、それは、自分が選択した、見ようとした、
その生命体験で、戦士のごとく、対面し、体験する経験であったとしても、
決して、毒親が植え付けたりしてはならないことだ。

「愛美」

という姿は、生き切り戦い抜く生の名前だ。

その子猫も私には愛美であり、
私もまた、今、愛美を生きている。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.13
愛美

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by jh-no-no | 2016-09-13 02:47 | 私の生き方

花の果物-自我復元後日記[084]

9/10 6:50 追記

同じ動画をアップしておりますが、
アカウントを変更しました。
動画のアドレスも変更になっております。

あび


・・・


ここ数日、蒸し暑いし、
体調もちょっと崩してしまったこともあり、
先日のイチジクを、冷凍にして、食べてみました。

今日はその写真をまずご紹介です。

d0331270_0125368.jpg

イチジクは、すぐに柔らかくなってしまうので、2つほど、
冷凍してみました。冷凍しても、美味しいんじゃないかな・・・と思って。

d0331270_0141627.jpg

水道水で洗うと、簡単に、皮が剥けていきます。

d0331270_0151547.jpg

この写真の前に、一つ目を食べた時、イチジクの真ん中に穴があったのですが、
今回は「あれ、ない?」と思って、お箸で少し、つっついてあけてみた。

d0331270_0171263.jpg

そこに、ワイルドフラワーのハチミツをたっぷりたらり。
冷凍のままで食べると、甘味が薄かったのと、かじったら穴が出てきたので
これを思いつきました。

d0331270_0184852.jpg

冷凍イチジクのハチミツがけ。美味しそうでしょ!
ハチミツが冷えてかたまり、穴のあいた中央に入ると、
まるで、おしゃれなスイーツ「花の果物」。

d0331270_0222526.jpg

有機イチジククランチをふりかけてみた。
全体にさらにハチミツをかけていく。

d0331270_0233974.jpg

花の紅茶とセットで、おやつタイム。名前はどうしようかな?
「花涼み」なんてどうかしら?

d0331270_0253165.jpg

イチジクのピンクがきれいです。
それにしても・・・あまっ!!ハチミツのかけすぎ?だったかな(笑)


さて。それと、今日は、動画をとってみました。

youtubeのチャンネルを持っていないので、
ちょっと、今から、作ってみようかな。

ちょっと、やってみますね。

https://youtu.be/IhTFKmaW6BM

これでいいのか?

・・・よくないね。そのまま表示されるだけみたい?



これかな?

昨日、「シャッフルダンス」っていうのがあるのを知って、
動画を見ながら、簡単なレクチャーもあったので、早速、やってみたところ。

言ってみたやってみた動画なので、
まず撮ってみたのを、↑ アップしてみますね。

↓ もうちょっと、下半身全体が映るようにとってみました。



踊ったら、今度は歌ってみよう、ということで・・・



もっと歌ってみよう、ということで・・・




今日は打身の練習に明け暮れていたのだけれど、
実は、こんなこともしていたなあ、と。

動画、音声に初チャレンジでした!


今日はここまで。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.9.10
あび

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by jh-no-no | 2016-09-10 02:22 | 私の生き方

言葉と声-自我復元後日記[083]

昨日の夜からいろいろ歌をきいて、
また、歌ってみて、ああ、こうやって自分は歌いたいな、
と思ったことを、ちょっと、書いてみたい。

私は仕事中もそうだけれど、
子どもと話す時の自分の「声」が好きで、
今も歌っていて、そういう声で、歌うとよく感じる。

子どもに「ささやく」感じだけれど、
私としては、子どもと普通に話す声だ。

これ、仕事中も声優になったつもりで
これから、今日から、練習してみようかな。

これから教わりたい歌は、むしろ、
ジャズや洋楽、といった、それこそ
「スイング系」の歌だけれど、そういう歌も歌いたい。

踊りもそうだけれど、
合気道も居合もそう、
打身も、私にとって、すべて、「身体作り」なんだよね。

で、どうやって、作った身体から「出力するか」となると、
そこは、他人の真似じゃダメだな、って感じた。
ある曲を歌っていて、つねに、それ、その歌い方は、
その人固有のものであって、真似なんかできないって思ったんだ。

「子どもと話す声」

これでやってみよう、これが、私が好きな「はっきり」さを
持ち備えるようになれば、いい。そのための、身体作りだから、ね!

恋愛も、この声で、
というのは、自分の声で、正面から、勝負したいな!

そうそう、昨日、もう一人、女性の上司に主任と会ったことを
話そうとしたら、その前に、「なんで新店に行ったんですかー?」
と・・・すぐ、みんなに言うんだから。

なんでって、主任いるかなって、そうしたら、いた!
なんて話すと、その上司は、「相変わらず行動派だなあ」って言う。

そうなんだ、私は行動派なんだ、自覚なかったなあ。

・・・でも、昨日、今日、と、私はもっと「行動派」になりたい。

だって、やってみなきゃ、わからないじゃん!!!

・・・おっ、タイトルの「言葉」については書いてないな。

ひとつ今思ったのは、私の言葉と声は、足並みをそろえていける気がする。
そのためには、言葉を大好きになりたいし、それは日記も大好きになることだし、
歌も好きになることだし、行動派を正面から行くことだし・・・などなど、

こういうこと、よ。

書き言葉も、

声も、

私の言葉、

私の声、

もう一つ、これ、書いておこう。

昨日、「不器用でもいい」みたいなこと書いたけれど、
不器用を楽しみながら、私は不器用にならないように
「努力」するぞって。

今日書いた、声もそう。

踊りもそう。

できないのなら、出来るように練習しよう。

今の私は、それが、楽しい!

たくさん、出来るようになるんだから。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
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2016.9.08
あび

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by jh-no-no | 2016-09-08 16:09 | 私の生き方

主任に会いに行く-自我復元後日記[082]

早速、始めてみたいと思います。

9月5日、月曜日の出来事から、
書き始めたいと思います。

文章で書くのだけれど、
なんとなく、ラジオのパーソナリティーの感じ・・・かなぁ。
昨日、踊りの動画を見ていて、その踊り手さんが
リアルタイムで動画配信されていて、その様子が
ラジオのパーソナリティーのようで、それがよかったので、
その雰囲気があるかもしれませんが・・・まあ、どうなることやら、です。

そう、9月5日は、すごく暑い、猛暑日だったのですが、
1時間以上かけて、電車で、「主任」に会いに行きました。
ブログにも書かせていただいた方で、「りんご」をむいてあげた方です。

当たり前だけれど、すっごく迷いながら、
会いに行きました。

「会いたい」その一心で。

異動先のお店に突然、訪問。
居たらいいなあーと、すごく、期待しながら。

まわりを見渡しても、
主任の姿はなくて、「いないのかなあ」と思ったけれど、
その時間帯の責任者の方に尋ねたら、
後、1時間後に出勤とのこと。

店の中を見学しながら、
たまに、外に出て、店のまわりの様子を見たりしながら。

とっても、暑い!

店の中は涼しいのだけれど、明るい陽射しが強く入り込んでいて、
まだ新店だったこともあり、綺麗で、素敵な空間と時間を過ごした。

1時間が経ち、店内の少し遠くに、主任の姿が。

私は、大きく手を振りました。

前に書いたように、女の子同士が手を振るように、ではなくて、
頭より手を上にあげて、大きく、「ここだよ」と知らせるように、
私は手を振りました。

驚いたみたいで、「誰と来たんですか?」って。
「一人で・・・なんか、へんですか?」

3分くらいの会話だったのですが、
私は、「会いたい」気持ちだけで会ったので、
「会いたいなーって思って」と伝えて、それだけ。

という、のろけ話から、スタートしてみたのですが、
この日、本当に、素敵だったなあ、と思っているんです。

何が、って、それは、店内が猛暑の陽射しで明るくて、
彼女が、本当に、綺麗だった。

帰りの電車の中も、陽射しが明るくて、
店内にいる、まだ主任がここにいる、そんな時間と空間が
ずっと続いているようで、すべてが美しい、と感じた。

主任は、私の横にいて、
ぜんぜん、まっすぐ、私を見ないで、
手を口にあてて、何を言っていいのかわからない感じで
すごく、かわいかった。「なんでそんな他人行儀なんですか?」と
笑って私が訊いても、なんだか、絶句しているようで・・・かわいかった。

この日のこの出来事から、
やっぱり、書いてよかったなあ。

私、今、他のこともそうなんだけど、
未来が、私の計算や予定を超えている、というか、
私自身が、まず、「言ってみる、やってみる」ということをしていて、
その行動から、思いもよらない体験、が次々と起こっている。

予定していないんだ、何もかも。

ちょっと、言ってみよう、
ちょっと、やってみよう、
そうしてみると、今までとはぜんぜん違う反応がまわりから
返ってくる。

主任と会った。

この出来事は、まったく、私にとって
新しい出来事だった。

このことは、上手く、言葉に出来ない。

ああ、そう、こういう感じなんだ。

まわりは、「絶句」してしまっている。
唖然としている、でもいい。

「今までのあびさん・・・じゃない、みたい・・・」

と、たぶん、みんな思っている。

と思うより先に、動揺している、みたい、みんな。

でも、それは、奇をてらう、とか、
サプライズ、とかでもない。

主任が、私に何を言っていいのかわからず、
「これ・・・サプライズですか?」
と言うから、「サプライズ、っていうか、僕が来たいな、と、ふと思っただけで」
と答えてみた。だって、会いたいから来た、って言ったじゃん。

他にもこんなこと、たくさん起こっている。

言ってみる、やってみる、
これが今、楽しくて、ドキドキしながらも
「言ってみる、やってみる」をやってみている。

これは、自分でもわかるのだけれど、
今まで体験したことがないことばかりが起こっている。

主任と会ったその一日が、
美しさに包まれていたこと。

ほんと、かわいかった。

手を口にあてて、目をキラキラさせて、
店内の陽射しに満ちた空間で、
私とまっすぐ向き合わず、動揺している彼女がそこに立っている姿を
今も鮮明に思い出す。

そして帰りの電車の中も、
その姿が私の目にずっと残っていて、
そしてそこもまた明るくて・・・美しい一日だ、と思った。

今までならば、主任に会いに行った、なんて
誰にも言わないでいたのだけれど、
「会いに行ったんだあー」と上司にも話したり。
「あ~ら、あびさーん!、って言ってた?」って言うから、
「いきなり行って、絶句してましたよ」と答えたり、
こんな会話も、してみよう、としてしてみた。

雪国旅行の時にお世話になったWHさんともメールのやり取りがあって、
「最近、おかわりになったことはありますか?」と言われて、
私が、大きく変わったこと、を、どーん、と書いてみた。

打身という楽器を始めたこと、
それから、踊っていること!

ゲーム音楽を奏でる奏者の打身動画をリンクして、
踊りも、「最近、こういうのを見て、見よう見まねで踊ってるんです」と
その動画もリンクしたりして。

そうすると、反応は、とても新鮮だった。

「私の話」をしてくれるのだ。

・・・といえばいいのか、上手く言えないなあ。

上手くいえないので、ちょっと、別の話をするけど、
その踊りの動画の一部を、今度、ダンスの時に、
踊ってみちゃおうかな、と思っています。

あるダンスがあって、その途中に、
誰でもいいから、30秒くらい踊るソロ部分があって、
私も躍り出たりするのだけれど、この前は、
どうしていいのかわからず、ステップは踏むものの、
かわりばえもせず、なんだか、引け腰だった。

で、だったら、30秒、好きな踊りを
どんどん踊っちゃえばいい、と思って、
その踊りの一部を、これから、練習しようと思っています。

踊っちゃってみよう、と思っているわけです。

あ、こんなこともあった。

仕事中に、お客さんの中で、
すごく綺麗な人がいて、今までなら、そういうことは話題にしなかったけれど、
仕事仲間に、「あのさ、さっきのお客さん、すごく綺麗だし、いつも愛想がいいよね」
と話してみると、その仕事仲間なんて、なぜか、名前まで知ってるし。おいおい、だよ。

そうそう、こんなことも。

そのゲーム音楽の打身演奏動画は、
私が習っているD先生の演奏動画だったんだけれど、
打身にはいくつか種類があって、先生が弾いている打身は
私が持っていない打身だったから、
「私が持っている打身でも、ちょっとでもいいから弾いてみたい!」
ってショートメールをしたら、
「聴いてくれて、ありがとうございます。いつかは、(その持っていない)打身も!」
って答えてくれて・・・まったく、私は、新しい体験ばかりしているんです。


そう、新しい体験、ばかりしている。


まったく、違う。


今日はここまでにしますね。


たぶん、どんどん、やっていきますから、
書いていくうちに、言葉に出来るかもしれないし、
たくさんの経験した出来事を書いているうちに、
もうちょっと、上手く表現できるかもしれませんが、
まあ、社会人一年生、ということで、不器用で当然です。

それに、私は、この今の、今だからこそ経験できる不器用さの毎日が
とても楽しいです。

つーか、ずっと、不器用でもいいかなって。
つーか、ずっと、不器用かもしれないし(笑)。

でも、それでも、

私の人生なんです。

私が言ったり、やったりしたことから、
たくさんのこと、いろいろな体験が起こるんです。

何が起こるかわからないから、
スリリングなんだと、思っているところ。

前回の投稿も、今回の投稿もそうよ。

ぱーーーと、視界は開ける。

海が開け、空が開ける。

気持ちいいこと!


やっぱ、何を書いているかはよくわからないわ。


でも、「主任に会いにいく」ことから書いたことは、
よかった。後悔なし。


だって、あの日の美しさは、とびっきりだったよ。


さて、まずはいきなり仕事帰りに書いてみたけれど、
実は、先日から、やや、体調がよくないので、
食事に気をつけているところ。

イチジクを買ってきたので、食べています。

何を食べると今いいのか、は、
随分わかるようになりました。

・・・だんだん、よくなってきたので、
お米も食べようと思う。おなかがすいたぁ~。


では今日は、これで、お休みなさい♪



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html



2016.9.08
あび

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by jh-no-no | 2016-09-08 03:52 | 私の生き方

ブログへの私の思い-自我復元後日記[081]

1000回、2000回、3000回、と
この自我復元後日記を続けていこうと思っています。

50歳、60歳、70歳、となっていく中で、
たぶん、このブログを見る人、
まだ生まれていない人も、あと20年、30年すると
見ることがあると思います。

昨日、思いました。

「自我復元、後?・・・自我復元って何」

って思う人も、これからたくさん出てくると思います。

たくさん、だと思います。

自我復元は、決して、特別な人に開かれたものではない、と
私は思っています。
今はたしかに、とても狭い門、に感じるかもしれないけれど、
自我復元をしてきて思うのは、
決してこれは、特別なものではなくて、
誰に対しても、開かれていなければならない。

数十年もすれば、たくさんの人が、
「自我復元」という名前で認知するかどうかは別として、
自我復元の必要性に迫られる、と思います。
直感ですが、私は、そう感じていて、
どの人も、といっていいくらい、
自我復元の必要性に迫られる、そういう時代がくると思います。

その人たちが、私のブログを見た時に、
元をたどっていくと、
「2000回のうち、最初の200~300回は、
こういうことを書いていたんだぁ。だから自我復元ブログっていうんだねぇ。
あびさん、って、その最初は、Abyさんだったんだって、ねえ、知ってた?」
なんて、そう思って、このブログを見る人が増えていくといいな、と思います。

これから、このブログはどんなコンテンツを書いていくのかは
まだわかりませんが、私はすごくしつこいですが、
続けていくことをしていきます。

自分の好きなこと、
自分が書きたいことを
書いていこうと思います。

それで、投稿の最後には、
自我復元のことを知りたい、という方のために、
「桜の間」をリンクさせていただきたい、と思います。

このブログにも重要記事は紹介しておりますが、
本気で取り組む、その必要に地球の人々が迫られた時、
膨大で、重要な資料がつまっているのが、桜の間だからです。

これは、自我復元を志した戦士たちの記録でもあります。

こんなことを昨日、考えていました。

今書いていて、この、今日の記事は
誰に向けて書いているのだろう?と自分で思います。

これだけは言えます。

これからのコンテンツは、自我復元とはむしろ関係ないことを
書いていこう、と思います。

なぜなら、ここ数日、ユニークな体験を通じて、
私は、

「自我復元は、終わった」

と実感しているからです。

しかし、このブログは、ずっと、
「自我復元後ブログ」として、私は書いていきたい。

さて、そのユニークな体験、そんなことから、
これからのブログを書いていきたい、と思います。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.9.07
あび

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by jh-no-no | 2016-09-07 16:31 | 私の生き方

特別な朝-自我復元後日記[080]

今朝、それは特別な朝だった。

無毒、な朝だ。

今、打身の自主練を終えたところだが、
今日、私が迎えた朝を、やがて理解した。

夢を見た。

妹のAが、私の母といたのを覚えている。

次のシーンで、

母は私の前にいて、

ああだ、こうだ、といろいろおしゃべりをしている。
元気に、しゃべっていた。

私は、その様子を見ていると、
私の心は変化をしていった。

その母に、その母を見て、
私は、こう、口にした。

「ママ・・・元気になって・・・よかったね」

そして、私は、母を、私の胸に抱き寄せた。

目が覚めたとき、この夢を不可解に感じたが、
それ以上に、その朝は「特別な朝」だった。

「無毒」

この言葉が思い浮かび、それを実感していた。

なんでもない、特別な朝だった。

今、自主練が終わり、
この夢を思い出して、
私は、「終わり」を自分で決めることができた。

自我復元後日記、No.80。

私にとって、3年と2ヵ月書き続けた自我復元ブログは、
今回が「大きな節目」となる。

解毒という意味で、
それが、完全に幕を閉じたからだ。

私に最後まで残ったのは、
母親に対する罪悪感だった。

それは、母が自殺をしたから、ではなく、
母が歌えなかった歌を、私が始める、
そのことが、よくわからないのだけれど、
この監獄の最後の妨害だったのは、確かだろう。

母は、子どもの頃、ピアノを習いたかった。
母親に反対されて、詩吟を習ったと聞いている。
母は、カラオケが好きだった。

私もよく、母の歌う演歌を歌ったものだった。

唯一残る、母が歌っているVTRがあり、
私は思い出すと、なんて楽しくなさそうなんだろう、と思う。
ビクビクして、歌っていた母だった。

昨夜の夢で私が抱き寄せたのは、
「ママ」ではない。

あまりに「ママ」と同化し続けた
「私」だった。

抱き寄せて、ママは、
「消えた」。

それは夢の中で消えたのではなく、
先ほど、私が消して、
この監獄の最期を見届けた。

妹のAと一緒にいた母が、
私のところへ移動していたのは、
母が、毒父の手から、逃げ出したことを意味する。

そして、私の目の前にいた。

私と、最期は、
「重なった」。

夢の中では重なっていなかったが、
自主練を終え、この夢を理解した私が、
「重ねた」。

終わった。

無毒。

それは、特別な朝だった。


2016.9.03
あび

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by jh-no-no | 2016-09-03 16:14 | 私の生き方

謳歌-自我復元後日記[079]

9月1日、ついに、
T先生の所属するスクールに入会。

今月から、早速、レッスンを受けられそうだ。

今朝、布団の上で、
T先生が歌う歌「Dの歌(仮名)」を歌った。


時が、流れ出した。


それを実感する1分だった。

私は、時間が「大嫌い」だった。

だから、精神世界に入ったのだ。

それは精神性でもなんでもなく、
私には、「明日」は無かったから。

いつでも、死ねるロボットでなければならなかった。

だから、私には時間など、
43年、流れたことがなかった。

打身、そして、T先生には、
時間が流れていた。


私は、仕事中に出会うお客さんで、
この女性素敵だなあ、という人は、
今は、必ず、ハキハキしている人だ。

これは、好き嫌い、が明確にわかる。

めったにハキハキしている人はいないけれど、
私は、その人たちに出会った時、
今まで、そう、先日の男の子もそうだけれど、
別れ際に「寂しい」思いをした。

別れ際、私がその人に心を奪われていると、
次に見るのは、そっけない、その人の後ろ姿だった。


しかし、それが、

本当は、私が好きな生き方なのだ。


出会いは、それは輝きに満ちている。
別れ際は、もう、私は忘れられている。

私だけが、忘れまい、としているのだ。


でも、「時」とは、そういう「体験」のためにある。


流れていく。

それは、止まらない。


打身のD先生も、合気道のおじいちゃん先生も
「ゆっくりでもいいから、止まらないこと」を強く言う。
私自身、自我復元は、そうやってきた。


時、という乗り物は、
決して止まらない。


それに乗り遅れること、
過ぎ去る列車を、茫然と見てしまうこと。

これを妄想という。


私が、そのハキハキしている人の後ろ姿から受ける寂しさは、
そもそも、その「後ろ姿」が妄想世界である。


その人の前、にまわるわけにはいかないけれど、
その人は、後ろ姿を生きているのではなく、
私が最初に出会った輝きのままの、
真正面の顔の位置を生きている。


不思議だが、

私は、「時が流れている」ことを
今、楽しんでいる。

これが、最も、変化したことだろう。

昨日1日は、新しい契約を実際にして、
ヘトヘトな体力だったけれど、
私は、一日、代理復讐との闘いを終えて、
一息ついていた。

終わった・・・と。


そして、2日の朝、
理解したのは、「時間」が流れていることだった。


私が忌み嫌った「時間」。

それは、「早くこなせ」という毒親の命令のツールだった。

今朝、呼吸、それは時間であり、
腕時計のようなものだ、と思った。


何もせずとも、
「時」が流れているのを感じることは、
これ自体が、生きている体験だった。


そして、歌った。


次を次をイメージし、
それは、ジャンプするのを楽しみ続けるために、
屈伸を楽しんだ。


私は、時間に乗り遅れないことの楽しさを
初めて、人生で初めて、実感した。
私がこれから歌いたい「Dの歌」を歌い、
実感したのだ。


歌う、と決めてよかった。


私は、まったく違う歌い方をしていた。

そして、T先生に習う、と決めてよかった。
T先生もまた、歌を楽しむ人だからだ。

今、その瞬間を楽しんでいる。

しかし、それは、

「時間」を楽しんでいることだった。

時間があるから、私は歌うことを楽しめるのだった。

でも、それは、

私は、時間とは無縁な「我が家」を知っているから、
思いっきり、そこへ飛び出していける、
「冒険できる」ということなのだ。

いつでも、ただいま、といって、
私の「中心」という寝床が用意されている。
これから、私は子どもたちに、
その寝床を提供したい。といっても、
どの子も、持ち備えている我が家だから、
私は、そうだね、
「いってらっしゃい」と「おかえり」を言うくらいかもしれない。


昨日も、本当に、それは偶然だが、
3日連続で、私は職場で、その男の子に出会った。
昨日は、「トミカ」の車を見せてくれた。
タイヤがクッションになっていること、ドアが開くこと。

私は、お別れ際に、「おやすみ」と言った。

その子は、一日、という大冒険で疲れきっただろう。
面白いのだけれど、その子はよく、
「やんちゃ坊主」と背中に書いてあるTシャツを着ていて、
私は、その子が、どうか、楽しい一日であったことを願った。

そして、わかるのだ。

その子は、帰ってくる予定なのだ。
休むところがある、それを知っている。
お父さんと二人でいつも来る。
その子は、お父さんを信頼している。

そして、一日の他人との別れもまた、
安心できる人、それが私であれば、
それは、とても、その子にとっていいことだ。


私の話に戻るけれど、

私は、自我復元にどっぷりだった。

しかし、今、私は、とうとう、

「出発」

した。新しい世界に。


まだ、この世界に来てすぐだからよくわからないけれど、
まず、気づいたことは、
「時間が流れていて、私は、それを楽しもうとしていること」だ。
これは、完全に、「解毒」の効果、である。

本当に楽しみだ。

今月からの歌の稽古が。

歌いたい、

私は、歌そのものを謳歌したい。


2016.9.02
あび

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by jh-no-no | 2016-09-02 16:23 | 私の生き方

「超疲れたあ~」-自我復元後日記[078]

こんな毎日を過ごしたい。

今日は、本当に疲れた。

しんどかったよ。

自我復元をしてきて、ここぞ、という時は、
いつも、「力技」だった。
だけれど、今回は、純度がぜんぜん、違う。

容赦なく、力技以外、道が無かった。

だから、タイトルも、これしかないよ。

今日(昨日だけれど)も仕事場で、たまたまだったけれど、
先日の男の子とバッタリ。正面から。
お互い、「やあ」みたいに、触れ合う。
でも、次の瞬間、別のことに関心が移るんだ、その子は。

少し、寂しい感じがした。けれど、
それでいいんだ、って思った。

こうやって、子どもは、私も本当は、
いつもいつも、全力で、毎回、変化していく。
昨日と同じ、なわけない。

すごく疲れるんだろうな、って思ったんだけれど、
いつからだろう、疲れないように、なんて思ってしまったのは。

元気に過ごすぞ、って決めて8月の最後の日に臨んだけれど、
ヘトヘトだ。でも、私は元気なんだ。
精神的に、本当に、しんどかった。
このしんどさは、一瞬も和らぐことがなかった。

でも、よかった。そういう一日で。

私は、誰にも、何からも、
私を楽にしてもらいたいとは思わない。望まない。

だって、そういう怠惰な生き方をしてきて
私は、ちっとも面白くなかった。

超疲れても、力技で、私は生きていこうと思う。

でも、わかったんだ。

私は、生まれて初めて、本気に「調子に乗った」。

怖かった。何度も、怖い妄想が訪れた。

必ず、「やめたほうがいいぞ」という脅しの声が生まれてくる。

その度に、私は、思い出した。

「私は、やめない」と。

毒親の代理復讐は絶対にさせない、と。

いいか悪いかの問題じゃなかった。

私は、代理復讐を今日(昨日)、絶対に終わらせる、一心だった。

そのためには、私は、誰に何を言われようが、
誰かに迷惑をかけようが、それでもいいと思った。
それ以外、私は、やれなかった。

9月からの、新しい契約の生、その直前は、苦しくて当然なのだろう。
私は、本当は、何もかも、なんだか、もう、よくわからなかった。
自分の舵をとろう、という意志は持てども、
私の舵は、巨大な力で揺さぶりをかけてくる。

私は、その力より勝ってはいたわけではなく、
なんとか、なんとか、抵抗し、
負けたか、勝ったか、などもわからず、
ただ、ただ、疲弊した。

でも、いつも思う。

私は、やめない、と。

この「疲弊」が、私が、やめない、ということをしている証であり、
私は、疲労がピークになる度に、「やめていない」のを感じた。
それが、唯一の「正気」だった。
よし、やめていない、っていう。

8月31日の0時まで、私は、疲れ続けてやる、という気概だった。

それだけだった。

私はわかっていたから。

大事なことは、「このまま」、9月に入ることだったから。

しがみつく、一心だ。そして、それは、誰が醜いと言ったとしても
決して、醜くない。というか、どっちでもよい。

代理復讐を止める、そこに、どこに恰好もへちまもあろうか?
「止めるんだ」「止めるんだ」これしかない中で、
しかし、外は、ありとあらゆる妄想世界が渦巻いているそんな中で、
代理復讐を止める、その一心にいる者にとって、
一切の価値、というものは無くなる。

その期に及んでは、私が体験したのは、
「一切、利用など出来やしない」という現実だった。
それは、今、それを例えてみれば、
自然の力に対抗するようなものだ。
大波がきて、そこでどんな浮輪やボートが役に立つだろうか?

代理復讐、というのは、
圧倒的な圧力であった。

たぶん、それは、今までの私についている「ゴミ」の無力さを
痛感する、否、「痛感させる」というものであり、
今、ぴたり、と理解がついてきたが、やはり、毒親が私にしたことは、
「私をくじけさせること」、これが、復讐の正体だ。

だから、よかったのだ。

くじけさせようとする圧力を、
私は、くまなく、この心身に受け取ったことは。
超疲れた。それこそ、が、「勝利」の証なのだ。
楽になることじゃない。楽になんて、私はなりたくない。
しんどい、とは思う。でも、だからなんだというのだろう?

さて、このくらいにしよう。

代理復讐と闘う、というのは、本人にとって
(他人がどうじゃない)その最中は、とても醜いと感じる。
でも、私はね、「だから、AC人格のゴミがまだ残っているんだよ」
なんていう毒親の声を、私は、一切、認めない。




ゴミは、てめぇなんだよ。




私が今日やったことは、「根絶」である。

「私の」AC人格の根絶、ではない。

「あんたら」の根絶、「死刑」だ。

8月をもって、旧契約の有効期限が切れる。
私が、そう決めた。

私は、何度も、「しっかりしろ」と自分に
今日(昨日)こそ言った日は、今まであっただろうか?
これだけの回数、終日、自分に向けて叱咤した日は無かっただろう。

今日、私は、何をしているのか?

代理復讐の息の根を、完全に止めること。

それは、私が、「社会」に出ること、
その決意と実行だ。

私は、先日記事に書いた5つを全て実行した。
衣装ケースはまだ作れていないけれど、
準備はしたし、歌を習うことも9月からやると決めた。
どらっこ宣言をしたし、ファンレターもD先生(打身の先生)から
その方に渡していただくようにお願いをした。
そして、今、苦しんでいるその方へサシェを贈ることが出来た。

このどれもが、私には、とてもハードルが高かった。
ハードル、じゃなくて、毒親の代理復讐が濃密に組み込まれていたものだった。
前に書いた通り、何百という「やらない理由」が思いついた。
その度に、私はくじけそうになった。

自我復元で取り戻した感覚は、
とりもなおさず、
「くじけている現実」に気づける感覚だった。
麻痺していた感覚を取り戻した。

代理復讐と闘う、とは、
毒親に、私にはもう、いかなる攻撃に対しても
くじけないことを、毒親に見せしめることと言える。
これをもって、代理復讐の失敗だからだ。


私は、今、でなくても、
その格闘の最中でも、確信を持って言える、言えた。


「私は、くじけていない。
そして、しんどい、と感じているが、
ただ、私は、自分でそれを選んで、しんどくなっているのだ。
自分で大波に飛びこんでいるだけであって、
それは・・・よく聴け、バカ親、あなたたちと格闘しているのではない。
代理復讐、という、システム、というか、代々連鎖し続け、
そうやって子どもの尊厳を奪うえげつないやり口と
私はさしで渡り合っているだけであって、勘違いするな、
もう、毒親の亡霊、なんて、いないんだよ。相手は、あなたたち、じゃない。
私は、こう言い続けたんだ ー 代理復讐ということは、終わらせる、と。
代理復讐、なんて、あってはならないからだ。」


私は、今、はっきり、意志しよう。

私は、子どもたちを、代理復讐から守る。

そして、それは、もう、始まっている。

私は、私という子どもを、まず、守った。

それは、君たちを守ることと、同じことなんだ。


見てごらん。

これらの写真を。

「超疲れたあ~」は、こう、映るんだ。

私の写真であり、君たちの写真でもある。


8月で、何が終わったか。

代理復讐が終わった。

超疲れた私は、こんなにも楽しそうだ。

まだ、写真を見てないけど、
今から、アップしてみよう。
どう見えるかわからないけれど、楽しかったから
きっと、楽しそうに見える・・・と思うよ。


代理復讐という「魔物」と闘った。

この写真をアップし、
今回の投稿を閉じよう。


代理復讐がのさばる世界に
笑顔はない。ひきつった嘘の笑顔があるだけだ。
そんな世界との契約は、解約だ。

そして、今日から始まった新しい世界は、
代理復讐を認めない世界だ。
認めない、イコール、甘んじない、許さない世界だ。

笑顔、そう、それは「子どもの顔」だ。
私も、あなたも、誰もが持っていた顔。

「笑顔の世界」

これが、新しく契約した世界だ。


私は、笑顔が、大好きだ。


写真を、もしよかったら、
読者の皆さんも楽しんでください。


d0331270_3551820.jpg

歩いている女性に「写真撮っていただけますか・・・私の写真、です」
なんて、生まれて初めてだったよ。ちょっと、緊張した。
「ちょっと、ポーズ、とるんで・・・」とか言って。
手に持っているのは、そう、昨日のどら焼き。
普通に、いいですよ、と言ってくれて、「どうですか?見てみてください」って。

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「もう一枚、いいですか。ちょっと、アップにして」
なんだか、有り難い。ちゃんと、普通に撮ってくれてる。

d0331270_4347100.jpg

「もう一枚、いいですか?」と、やっぱり、これ、やろっ。
あび、が、びあ、になっちゃったけど。
打身のレッスンを受けているこの街は、古着屋さんが多くて、
今日のこの半袖は、この街で買ったもの。ダンスでも着てるんだ。
・・・でも、さ。誰かに写真を撮ってもらう、っていいね!

d0331270_48020.jpg

足元が入らなかったので、足元写真。
どら焼きは、早速、パクリ。
ダンスではいている赤のシューズ、ロールアップスタイルが
最近、好き。

d0331270_4111266.jpg

しつこく、足元写真。
鏡があったので、セルフショット。でも、ちょっと暗いね。

d0331270_4121356.jpg

外の光で、今度は明るく撮れた。
帽子屋さんの店頭の鏡だね。「Kid’s」というカードも、いいね。

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外の光で、洋服がたくさん、綺麗。
女性の洋服がここは多いのだけれど、写真撮るのが楽しくなって
ここからは、ただ、楽しくて撮ってみました。

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そろそろレッスン行かなきゃ・・・

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レッスンが終わり、電車の中。
「今日、仕事から戻ったら、9月1日、踊り初め。10曲、踊り続けよう」
と決め、踊れないけどなんとか踊ってみせるぞ好きな曲10曲、を
落書き帳に書いてみたところ。

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乗り換えの駅にて。写真、楽しくなっちゃって、止まらない・・・
で、影絵シリーズが続きます。

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どれも踊りのポーズなんだよ。頭の中、踊りばかり。
そもそも、今日の「ポーズとるんで・・・」とした最初のところから、
頭の中は、踊りばかり。

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コンコースに入ったら入ったで、今度はマネキンの手と触れ合ったりして。
写真って、こんなに面白かったんだぁ。

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やばいな、そろそろ、乗り継がないと仕事に・・・
こんな時間よー。

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今日は一日、真っ青な空。プラットホームにて。

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まだ大丈夫。とか言って、駅を降りても寄り道よー。

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あ、またマネキン、いたよ。何やってんだろ、私は。

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これはね、レッスンで使っているバッグに刺繍されているロボット。
職場の休憩室で撮った。駅で撮ろう、と思ったけど、躊躇したんだ。
このロボットはね、このバッグを買う時に、ロボットだった時の
Abyのことを思い、買った。気軽に写真には撮れなかった。
でも、撮ろうって。撮ってみよう、って。

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仕事の休憩時間、あともう少しで8月を終えようという時、
歌に関して、9月からやろう、と決めたけど、今、何かしておきたい、と思って
日記に意志を、「毒母へ」と綴り、職場前の広場へ出て、
毒父と電話で最後に闘ったそのベンチで、撮影。
儀式のようなものは、私は、大事にしている。

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格闘してきた記憶が、ここにある。


この後に、職場に戻り、
また、その男の子と会うんだ。

そして、思った。

「超疲れたあ~」って。

8月の終わりの日が、超疲れたあ~、でよかった。

代理復讐という魔物と闘った疲れでもあり、
・・・ん?楽しかった疲れ、でもないな。



  私は、疲れてんのか???



タイトルにも書いておいて、今さら、だが、
私は、疲れておらんぞ。まだ、だって、これから踊るし。
10曲通しでやると、ざっと1時間だぜ。

それに、明日は、また仕事前に
「一仕事」するんだ。
T先生(歌の先生)の所属する教室に行って、
9月1日、早速、入会申込に行く。

奇跡的に、8月中旬から、今日に向けて、
一気に体調不良が回復してきた。
この半年、ずっと続いた病気が、消えていく。

タイトル、そのままにしておくけど、
どうも、9月1日、もうそれは終わったみたいだ。

私は、ちっとも、疲れていない。

でも、ね。

私は、本当は、それを知っていた。

ずっと知っていた。

昨日、容赦のない一日の中で、
「超疲れた」という力技で耐え続けた唯一の正気の中で、
まったく矛盾するが、私は、撮った写真のような、
どの写真にも見えてくる私の笑顔が常に見えていた。

忘れそうになる時、
子どもたちを思い出した。

また、子どもの純粋さを思い出させてくれる大人が
私がどこに本当はいるかを思い出させてくれた。

「知ってる、そこにいるのは知っている」

そう、唇をかみしめながら、
私はそれでも、そこにおらず、しんどくて、
少しも手を抜いてくれはしない現実と向き合っていた。

歌のことは、最後まで、代理復讐の影響を受けた。

でも、この攻撃を私は最後まで見届けよう、と思っていた。
どうなるか、まったく保証はなかった。
それでも、私は、見届ける必要があった。
たとえ、醜かろうが、私は、見ていようと思った。

9月を迎えた。

何かが起こる、わけではない。

ただ、9月を迎えたのだ。

私は、代理復讐の最後を見る必要があった。


「笑うのは、その後で、いい」


そうは自覚してはいなかったけれど、
無意識に、私は、それがわかっていた。

結局、私は、一昨日、決意したこと、
「代理復讐を、終わらせる」
このことをやり遂げた、ということだ。

写真は、そう、今、見て、
笑えばいい。そのために、写真は9月で待っていたのだから。

それは、こうやって、
毎回私がやるように、月末月初をしっかり、
ブログに記録することでもある。

これもまた、大事な儀式になっている。

これを書き終えたら、私は10曲踊りあかすと決めていた。

・・・あのね、踊り、私は大好きなんだ。

8月29日は、3時間以上、台風の合間の体育館で
踊るに踊った。Kちゃんとも話したよ。
「Kちゃん、教えてほしいんだけど、Kちゃんダンスのこのところって
どうやってんの?」そう、いい感じ。ダンスで会話すればいいし、私はそうしたかった。

8月30日、打身の自主練は、踊りそのものだった。
私の先生のD先生の「運指」、私はこれが大好きなのだ。
それが、結果、私が好きな先生の音が出る。
音も素敵だけれど、なによりも、魅力的なのは運指だ。
当たり前なのだけれど、音の前を、指は常に動いている。
これを終始リアルに感じることが、きっと、これからも課題になる。
理屈ではなく、この時間差こそ、運動、踊りの快感だと思う。

8月31日、D先生はこう、教えてくれた。
「手癖で弾くのをやめなさい。それは自動操縦になっているだけで、
マニュアル(手動)ですべてこなさないといけない。
階名がすべて頭に入っているのもそのため。
でも、始めは、手癖で弾くのも悪くない。むしろ、手癖になるほど
練習しないといけない。だけれど、それは、次第に、
マニュアル(手動)になっていかなければならない」と。

このことが、だんだん、わかるようになってきた。

自動、とは、自我復元でもそうだったが、
決して、いいことではない。それは麻痺を意味する。
今日の一日もそうだったように、以前、ブログにも書いたが、
1mm動くのも、私が、1mmそっちに動こう、と意志して
初めて、動く。私が今一番嫌いなのは、「刺激を受けて」とかだ。

今だからわかるが、
刺激など、どんな刺激だとしても、
所詮、たかがしれている。
それが絶対的に素晴らしい美しさに見えようと、
そう感じたにすぎない。

生は、そんな、閉じたものではない。

打身は、それを教えてくれる。

打身だけじゃない。

私が、自分の生を、本気で魅力的に生きようと
そう強く意志を持つのなら、
何もかも、私は、刺激を受けるのではなく、
能動的に、美しさを発見する。

打身に、踊りに、そう、
自我復元に。

この投稿の最後に書こう。

自我復元は、未知から始まって未知で終わる。

しかし、その道の途中は、壮絶な既知の切削の連続だ。
ただし、出口には、また思い出さなければならない。
私は、どうやって、自我復元に「入ったか」ということを。

未知に飛びこんだはずだ。

だから、出口も未知なのだ。

当たり前だ。

違う二つの世界を、私は体験するからなのだ。

代理復讐という籠にいることを
麻酔なく痛感しなければならない。

私は本当の意味で、
「解毒」を終えた、と自分で認めることができる。

私が「社会」と呼んだもの、
それは、未知な世界だ。

そして、ただそれは、

「やってみなさい」

というふうに、見守られてよかったことだった。

それを「調子に乗るな」と脅すこと、
あってはならない。
それは、やめろ、ということであり、
「オレが出来なかったんだから、お前にさせるわけにはいかない」
これが代理復讐である。

そして、

今、

私は、たとえ、誰から「調子に乗るな」と言われても、

私は、それを、聴けるだろう。

だって、

調子に乗っているのは、
自分が一番よく知っているからだ。

ビクビクしているのに、
「調子に乗るな」と言われていた頃とは違う。

私は、こんなに「調子に乗った」一日は
かつて、無かっただろう。

なにより嬉しいことなんだ。

私が自分で自分が調子に乗っちゃってること、
それを自分で知っていること、

私は、本当に、嬉しい。


・・・さて、と。


踊るべ。


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2016.9.01
あび

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by jh-no-no | 2016-09-01 06:18 | 私の生き方

どらっこ宣言-自我復元後日記[077]

どらっこ宣言

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子どもたちへ

どら焼き作って、食べて、遊ぼうね。

お泊りができる子は、一緒に寝ようね。

昨日、仕事場で、一人の男の子が歩いている私に
手をつないできた。

仕事中だったから、数メートルだったけれど、
君の手は温かくて、柔らかかった。

安心して、手をつないできたね。

私は、安心して笑えなかった。
ずっとそうだった。

でも、もう、今は違うんだ。

君は、私が笑うのを、喜んでくれる。

私は、昨日、寝るまで、本当に苦しい一日だった。

笑いたい、って、泣きそうで、でも、
私は元気だったよ。

昨夜は自分が作ったどら焼きじゃなかったけれど、
自分の名前、書いてみたんだ。
なかなか、焦げがつかないんだね。やってみてわかった。

この頃、私は、思っていたこと。

これまでのこと、では、もうないんだ。

私には、君には、「未来」がある。
明日がある。

それは、誰のものでもない。

私のもの、君のもの。

明日を紡ぐのは、私であり、君だ。

今日は8月の終わりの日。

私は元気に過ごそう、と思う。


2016.8.31
あび

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by jh-no-no | 2016-08-31 11:55 | 私の生き方