暖かい気持ち-自我復元後日記[341]

今日はこんなタイトルで、今日のブログを
書いていきたいなと思います。

この、とってもあったかい気持ちで
いつものこの椅子に座って、
ほんとに嬉しい気持ちがしています。

今日はね、昨日のブログで書いたことにも
関係した内容になると思いますが、
私が自我復元をやってきたから、これたから学べたこと、
このブログ自体のタイトルにあるように、
「自分を裏切らない」というのは、どういうことだったのか、
そんなことを、少し、綴れたらいいな、
この暖かい気持ちと一緒に、ここに残せたらいいな、と思っています。

私、今、長いお休みを過ごしているんですけれど、
ここに、お休みのベンチがあって、座っているんですね。

昨日も書いたように、
ちゃんと、遠くからの声、姿、そよ風を
私は受け取れているのかな、その手が伸び、こちらに届くその手を
感じられているのかなって、そんなことを、
昨日も書きました。

ごめんなさいね。今日の記事は、最近、私のブログを読み始めてくださった方には
不親切だと思います。今の私が、私自身、振り返っている記事ですので、
よくわからない部分もあるかと思いますが(いつものこと?かな^^;)、
いつものことかと思いますが、私のなかの、あたたかい気持ち、
暖かい気持ちを、感じてもらえたら、と思っています。

自我復元の終わり、終わりといいますか、
自分の中での区切り、というのは、
いくつかの視点があると思いますが、
私にとっては、今、2点、あります。


1つ目は、

ああ、もう、私は自分の過去を
説明することができる。

そう思えたことです。

自分自身にもそうだし、他人に対してもそうです。


2つ目は、

「殺意を愛している」

ことです。

私は、今、この長い休息のためのベンチに座り、
私は、すべてを、見届けています。

見届ける、そう、届いてくるものを見続けることです。

私へ届いてくるものの中でも、
私が、本当に大切にし、今まで、その手を振り払わないできたものがあります。

それが、私の内にある「殺意」でした。

殺意というのが、身に迫ってくると、
私たちは、目を背けようとします。

それは、殺意がどういうものかを
知らないためです。

殺意は、私を殺せない。

なぜなら、殺意は、私に届いた瞬間、
「枯れる」からです。

私に届くのは、殺意の死なんです。
私が見届けているのは、死です。

それが、殺意という花の一生です。

そして、その花の一生を見届けることが、
私はその花を愛する、ということだと思います。

それが、

「自分を裏切らない」

ということの意味です。

このブログが、変わることなく、綴り続けていたものです。


今日は、こんな暖かい気持ちの中で、
これからの読者の方にも、ぜひ、読んでほしい、
そう思った過去の記事を、今日のブログから記事の終わりに、
リンクを貼って、紹介していきたいと思いました。

今読んでくださっている方にとっては、
最近の記事ですので、覚えておられると思います。

「明るい声」、その前半、後半の2つの記事です。

私にとって、このブログの記事は、
どの記事も大事ですし、どの記事も大好きなものです。
今日現在、550もの記事は、そのどれもが、私の命そのものです。

その中で、この「明るい声」という2つの記事を
これから新しく読まれる方にも、私が読んでほしいと思ったのは、
「一番読んでほしい、私はこれをみんなに一番話したい」と思った
記事だからです。



ところで、



明日は、私にとって、とっても大事な日なんです。

明日のブログも、楽しみにしていてくださいね!




◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


◆初めてこのブログを読んでくださった方へ◆

私のこのブログの過去の記事のなかに
こんな記事もありますので、よかったらご覧ください。
長めの記事ですが、私が一番読んでほしい記事です。
私の特技は、ぬいぐるみとお話しができること、です。

1.「(前半)明るい声-自我復元後日記[338]」
http://mmjhb11.exblog.jp/24673881/
2.「(後半)明るい声-自我復元後日記[339]」
http://mmjhb11.exblog.jp/24673914/



2017.7.02
愛美

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by jh-no-no | 2017-07-02 15:25 | 愛美通信☆メトロノート


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