A先生のレッスン-自我復元後日記[294]

A先生のレッスンは、今日で2日目。
そして、いったん、最後になります。

今月から歌う、と決めて臨んだ「The Rose」。
初めて、今日、人前、先生の前でですが、歌い、
涙が出そうになりました。感動しちゃって。

The Roseの歌詞の中で、

 When the night has been too lonely
 And the road has been too long
 And you think that love is only
 For the lucky and the strong

という部分があるのですが、私、初めてです、
自分が経験したことが、あまりにこのような経験だったので、
声が泣いたように、歌いながら感動して、今にも泣きそうでした。
心では完全に泣いてました。

今思ったのですが、A先生に2回だけのレッスンですが、
本当にレッスンを受けてよかったです。
1回目は、無表情で、ということ、
仕事でもこれを実践して、私の声は生き生きしていきました。

今日も、レッスンの中心は、
「無理に出すような声の出し方はしない」という点でした。
それでは訓練にならないのでは?と、私は今まで思いこんでいたのですが、
それは私の思いこみです。
言い換えると、無理に出すほうが、訓練がいらないんです。
今までの延長で頑張ればいい、それだけです。
眉間にしわを寄せて、力めば、「無理」というのはできるわけで、
力まないで、歌えるようにしていこう、という姿勢を教わりました。

私は、歌でも「元気」が命だと思っていたところがあったのですが、
A先生は、そう言ったわけではありませんが、
「元気がなきゃ歌えない、なんていうことはない。どんな音程であっても、
楽に歌える身体の適切なポジションというのがあるから、
そのポジションをとれるように、訓練していけばいい」ということを
私は教わりました。

無表情を意識することで、
眉間にしわが寄れば気づきます。
その時、顔の力みをとるだけで、
声帯の力みはぐっととれていきます。

そうすると、今度は、今まで声帯を力ませることで、
つまり、喉だけに頼って高音を出そう、としていたようなやり方で出していた発声が、
出来なくなるので、声を響かせる身体の部位を変えたり、
声帯の開き方を変えたりしていくしかなくなります。

「頑張る」というのは、こうも言えるのです。

頑張る、というのは、同じ状態、今の場合でいえば、
同じ身体の部位で響かせようとし、同じ声帯の状態を維持しながら、
全部のことをやろうとする、これが、頑張る、ということとも言えます。
実際、発声において、私が力んで頑張ろうとすると、必ず、そういうことでした。

その度に、「こう出せる?」とA先生は、そう、
まったく無理を感じさせない楽な顔で、やって見せてくれました。
不思議ですが、やれないと思っていたことも、自分がやれるのに驚き、楽しくて、
The Roseを歌っていた時にも、歌っている途中で思わず笑ってしまって、
「ちょっと待ってください・・・楽しくて、笑っちゃいました」というと、
先生も、やれやれ、と子どもをあやすような顔をしてましたね。
泣いたり、笑ったりですよ、やれやれ(^^;

頑張ったり、力んだりするんじゃなくて、
身体の状態を、こう変えていきましょう、
これが、A先生の、たった2回のレッスンに、ぎゅっとエッセンスをつめて、
身体の体験を通じて、教えてくださったことでした。

それで、書きたかったことは、
無表情、どころか、
身体の響かせ箇所や声帯の閉鎖具合の変化によって、
声に「表情」が生まれたこと、これが、
楽しかったんです。

私が自分で歌ってすごく感動しちゃったそのフレーズも、
かすれて歌うような箇所もあれば、芯のある声で強く出す箇所もあり、
おそらく、胸で低く響かせていたところもあれば、
頭のほうで響かせていた時もあったと思います、とにかく、
私は感じるままに、表情豊かに、歌えたんです。
その歌詞で想起された苦しかった日々を、生々しく、
まざまざと、声に、歌になっていくのを、私は自分で歌って感動してしまいました。

今まで仕事帰りの夜道とか(夜中なので、ちょっと音量を抑えて・・・苦笑)
家の中でとか、一人で口ずさんでいたThe Roseを、今日、
初めて、人前で歌い、・・・そう、わからないのですが、
人前で歌ったことが、逆に、歌に入りこめた感じです。
一人だと、へんに冷静になってしまうのですが、
人前で歌うと、なぜかわからないんですが、感情丸出しになれました。
聴いてくれる人がいる、そうそう、合気道の審査もそうでしたが、
見てくれる人がいる、そういう「本番、という舞台」は、
私は、感動してしまいます。

今日のレッスンメモ、になってしまっておりますが、
今日のレッスンを受けて歌ったことで、
身体の表情、ですね、身体の表情が声の表情、歌の表情となり、
つまり・・・私は、歌ってて、楽しかったわけですよ。とっても。
感動しちゃって。何度も言っていますが(笑)


私は、今まで、やってきたことがないことがあります。


「助けて」と言ってこなかった人生。
そして、今、助けて、と口にしたこと。
今日、私は、床の上で、もがき、もがいて、口にしました。


「助けて」


助けて、助けてよ。


でも、今日、もがいて、もがいて、もがき続けましたが、
気づいたことが、あります。

それは、過去の私とは違う、大きく違う点です。

私は、みんなに、今、
助けてもらっている。

どんな苦しいことがあっても、
私は、今、そう思えるんです。

こんなことばかりで苦しい、と感じて生きてきた過去。

今、私は、

私が苦しいこの今、
みんなが助けようとしてくれている、
それでも、まだこんな苦しい。

それは、まるで、瀕死の私の手術台に
たくさんの人や事が、その人や事ができる精一杯で、
私の手術をしてくれている。

今、苦しいからといって、
まわりのその人や事を恨んだりして生きてきたけれど、
今、私は、みんなが、総力をあげて、
助けてくれている、そう感じられることを、
私は、苦しみのさなかでも、嬉しいと感じ、
今を生きている。

私の身体は、今、よくない。
でも、きっと、大丈夫。
助けてくれるたくさんの存在がいる。
私は、たくさんの「親」に囲まれている。

私が今までやったことがなかった
一つのこと。


「助けて」

と言いながら、生きていくこと。


私のシナリオには、なかった生き方。
だけれど、私は、やったことがないこのやり方を、
そう、それは、今日の発声で学んだことにも通じます、
今までのやり方から、変えるしか、ないんです。もう、それしかない。

頑張るんじゃない。

元気を出そうとしなくていい。

「助けて」と声に出し、
「助けてもらっていること」を受け入れ、
「助けてもらいながら、生き延びていく」生き方をしてみよう、

そう思っています。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.5.19
愛美

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by jh-no-no | 2017-05-19 23:56 | 愛美通信☆メトロノート


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