春の日まで-自我復元後日記[292]

昨日、歌のレッスンがありました。

5月の1ヶ月は、A先生という、男性の別の先生のレッスンを
受けることになり、昨日は、初めてお会いしました。

歌う時、「リラックスをする」というのは、
もちろん、基本なので、どの先生もおっしゃることですが、
昨日のレッスンで、こう、指導されて、
初めて、私は、リラックスして声を出せたと思います。
それは、仕事をしている時に、今日のレッスンの復習をしようと
接客時に声を出している時に、気づいたことでした。

「無表情で声を出してください」

考えてみれば、今まで、積極的に「無表情であろう」としたことは
一度もありません。むしろ、笑顔でいよう、感情をしっかり出そう、
そう意識してきました。出来ようが出来まいが、です。

力みがあれば、高音になると眉間にしわがよる、など
表情が変化します。それは、「表現」ではなく、
「力み」であり、声帯もまた、力んでいる、そういうことを
教えてくれました。無意識に顔が「歪んで」いた、ということです。

接客をしながらも思ったのは、
笑顔でいよう、そう思ってやっていても、
それは、「笑顔」で最初はあったとしても、次第に疲れたり、
またその日の気持ちだったり、そういう影響を受けて、
笑顔が硬直してしまう、ということはありますし、
それは、自分でもわからなかったわけではありません。

でも、無表情で声を出してみよう、と思った時、
いつもと違うことがいくつか起こりました。

まず、声量が落ちます。
もちろん、笑顔ではなくなります。
少なくとも、私自身はそういう自覚になります。

しかし、無表情でいようとするだけで、
声を出す時、どもってしまうのではないか、といった緊張が
薄らいでいき、無くなっていき、楽に、声を出せるようになりました。

30分近く、続けると、
声量は上がってきます。声もクリアになり、
通る声になっていきます。それでいて、力みはないまま、です。

休憩をとり、また現場に戻ると、
また声量は落ちた状態に戻るのですが、
そこで大きな声を出そうとかせず、30分近く待つと、
無理なく、声量が上がっていくことにも気づきました。

無表情でいることで、とにかく、
「楽」に声が出せるようになりました。

それで思ったのですが、
笑わなくてもいいんだ、と。
笑うことで、私は歩いてきました。
でも、今は、無理して笑わなくていいのかもしれない、と。

合気道でも、若い師範の先生はいつも私に言います。
「それが、一番、楽?」と。
その体勢、その身のさばき、無理はないですか?と。
そのたびに、私は、ああ、こうか、ここが一番楽です、と気づかされるのです。

私は、昨日はとくに思ったことは、
私は、私が一番楽になれるように、何でもしていけばいい、と。
それは、身体的な運動だけではなく、考え方もそうです。
ここ数日は、とくに、その思いを強く感じながらの日々だったと思います。

今日、ここまで、まず書いてみました。
まず、書いてみないと、今日はこれから書くことを書けない、
そんなふうに思って、書き始めています。

話が脈絡なく、とんでしまいますが、
書かせてください。

歌のことなんですが、
私は、今、歌で思うことは、
私は歌が上手くなりたいんです。
上達したい。上達を感じたいんです。

幼い頃、私は演歌を好きで歌っていた時、
家族からも上手だ上手だと言われ、
まわりの人からも、そう言われてきました。
だけれど、7年ほど前、初めて歌を習った時、
自分は歌が上手いわけじゃない、もしかしたら、下手なのでは・・・と思い、
私は、今もですが、歌が苦手になりました。
好きな気持ちは残りましたが、苦手意識、自分は下手だ、と思っています。

私は歌が好きだから、
歌うのが楽しくなりたい。
ストレートに、私は、上手くなりたい、と思っています。
上手に、というのは、もちろん、誰かに上手だね、と言われたい、
ということではなく、歌うことが、楽しく心身が感じたい、
そのためには、日に日に、上達を感じるレッスンを受けたい、
今日もこんなに歌えるようになった、そう思えるように。
だから、歌はやめたくない、歌は、やりたい・・・と。

それと、もっと、思うのは、
歌の世界から、私は、これからの友だちと出会えるんじゃない、
出会いたい、だから、歌はやめたくない・・・

なんで、こんなことを今、書いているか、というと、
怖くて、今も、書くのを躊躇しているんですが、
春の日まで、来年の4月、夏、秋、冬を越えて、春の暖かさがまた訪れるその日まで、
今やっている、合気道、アルパ、ダンス・・・そして、歌、を
すべて、一度、お休みしよう、と決めました。
決めました。怖いですね。決められない、でも、もう、そうしなきゃって。

昨年の2月末、私は、
大きく体を壊しました。
それは、今まで書いてきた通りです。

にもかかわらず、4月からは、
アルパを習い始め、6月にはダンスを、
10月からは歌を習い始めました。
合気道、居合も続けてきました。

私はそのおかげで、身体運動を通じて、
委縮や力みをほどいていく・・・あ、そうです、
もう一つ、今のレジの仕事もそうです。
畳一畳での声出しと動き、狭いからこそ、
かつ、同じ繰り返しの連続だからこそ、
毎日考え、試し、身体の違和感をほどいていこうとしてきました。

結果、身体は、今、だんだんと、少しずつですが、
楽になってきていると思います。
昨日もそうでした。無表情で、ということによって、
ぐっとまた、楽になってきました。

だけれど、

本当に、1年と2ヶ月という長い間、
身体には無理をかけてきてしまいました。
とても長い時間だったと思います。
私の勝手で、身体に命を懸けさせてしまった、と思います。
なんとか、ギリギリ、今日を迎えていますが、
たぶん、いや、もう、やめなきゃ、と思っています。

先日も書きましたが、
舌のまだらさが、それをよく表していますが、
味覚が大きくぶらつき、夜もへんにおなかがすいて起き、
少し食べては寝て、起きている時も、おなかはすきますが、
とくに、白米が重く、食べるのがきつい状態が続いています。

しばらく前、口角炎になりましたが、
私は「ああ、食べてはダメだ」と言っているようにも思いました。
それほどに、おそらく、胃や腸、消化器官が
相当に弱っているのだと思います。

先日、タイのお祭りに行ったと書きましたが、
知人からタイ語で「カー」という生姜の一種をいただきました。
タイ国産もので、よく乾燥したもので、沸騰したお湯に入れて、
お茶にしたり、出汁にしたりして飲んでいます。
消化器官がよくないという話をしたら、これを飲んでみたらどうか、と
お分けしてくださったものです。

タイの料理、なんだか体にいいように感じ、
またその知人が作られている料理でもあり、
そのお祭りに行ったわけです。
刺激は強かったのですが、美味しかったんですね。本当に。

それでね、

1年2ヶ月、この身体に、
やはり、負担をかけてきてしまった、と
私は今、もう、もういいんじゃないか、と
そう思えるんじゃないか、と、いや、もう、悩むとか、
これでいいだろうか、とか、そういう状況じゃないな、と思っていて、
・・・結局、ずっと、私の身体、消化器官に、無理をかけてきてしまった。

休まなきゃいけないなって。

それも、2ヶ月とかじゃなくて、
もっと長く。

春の日まで、それでも、
本当は短いかもしれない。
春の日まで、といっても、10ヶ月程度。
かけてきた負担は、1年以上。
負担ばかりじゃなかった、と思えど、
それは、私の身勝手な思いだろう。

合気道とダンスは、5月いっぱいで、
アルパと、歌は、6月いっぱいで、
いったん、10ヶ月ほど、休もう。

私、すごく、ブレています。

書いて、なんとか、ブレをコントロールしたい、と
たぶん思っているんですが、でも、わからない。
ふと、思うんです。
歌いたいな、って。

歌だけは、やれないだろうか、と。

でも、たぶん、やれないんです。

苦しい。

この前も書きましたが、
私は、この1年と2ヶ月、何度も何度も、
それは本当に何度も何度も、もう頑張れない、
もうやめたい、休みたい、レッスンを休もう、
何度も何度も思ってきました。

でも、嫌いになりたくない、
やめたくない、続けよう、行くだけでいいんだ、
どんなに醜くても、怒られようと、恥をかいても、
行くだけでいいだから、と。

そうやってずっとやってきて、
私は今も何一つ後悔していないし、
本当に、みんなに、愛されてきたのだと思います。

私だけなんですね、まだ、
私を、私に厳しいままなのは。

もう無理しなくていいだ、と、
A先生のように、私は、私に無表情でいいんだ、と
そう、言ってあげられないでいる。

春の日まで、私は、休みます。

春までの間には、
夏、秋、冬、と、気温や気候の異なる月日を越していきます。
だから、それに対応できる身体を、食事を中心に、
日常生活を整えていくことで、ゆっくり、ゆっくり、
癒していけるんじゃない、と思っています。

そして、春の日に、
私は、このからだが、本当に楽になってくれたらいい。

春の日になって、
もしも、まだ、習い事を始められなくても、
いいんだ、と・・・苦しいです。

苦しいです。

この1年と2ヶ月、私は本当に、楽しかった。

こんな楽しかったこと、今までなかったから。

歌いたいな、って。

せめて、歌は、って。

そういう思いで、書き始めました。今日。


でも、


もしも、今、この苦しさに負けてしまって、
歌だけでも、って、そうしがみつけば、
私は、きっと、後悔します。

私の身体を、とうとう、最後まで
見てあげなかったことに、
後悔してもしきれない思いをすると思います。

書きながら、なんとか、
今のこの気持ちを、と思っていましたが、
気持ちなんて、晴れてくれなくていいんです。
本当はそう思っていますし、晴れてほしくなんてないんです。

でも、本当は怖いんです。

でも、歌を、また、習い事の継続を選択したところで、
私はこの怖い気持ちを、隠しているだけなんです。
誤魔化しちゃうだけなんです。

せめて春の日まで、休むと決めて、
それでもまだ無理だと感じたら、延期すればいい。
次の春まで休めばいい。怖くない、大丈夫だよ。

私は、今思いましたけど、
休んだことがないんです。

やってあげたいことがあるんです。

体にいい食事を作ってあげたいんです。

それから、

余った時間は、編みものを
布団のなかで、体を冷やさずに、
ぼんやりとやったりして、過ごしてみたいんです。

休息のために、です。

この1年と2ヶ月を、
私は失ってしまいそうに思い、
しがみつきそうになる自分を感じると、
いつものように、「やめなくてもいいじゃないか」と
すぐ、考えてしまいます。

でも、本当は、
わかっているんです。

全部、捨てないといけないんです。

私は、筋書き通りでない生を選び直しました。

本当に楽な道を、
これからは歩きたいんです。

私に鞭を打つのではなく、
楽な道を、歩こうと思います。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.5.17
愛美

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by jh-no-no | 2017-05-17 15:34 | 愛美通信☆メトロノート


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