大きく動く-自我復元後日記[278]

今日のアルパの自主練では、
力を逃がす方向を、徹底的に意識することでした。

弦を弾く、というと、弦を押すようにイメージしがちですが、
実際は、押している状態(圧をかけている状態)から
「垂直に」弦から離れていきます。

アルパの場合、そう考えると、
弾くたびに、右手、左手は、それぞれ、右方向、左方向へと動き、
つまり、弦から手は離れていくので、
「胸が開く」姿勢になっていきます。
極端にやると、その姿勢が顕著になっていきます。

実際、アルパでの最後の音を「ジャーン」と弾き終えた時の
奏者の姿勢は、両手を真横に大きく広げて、終わります。
弾いている途中は、そこまで広げなくても、
イメージとしては、その動きの連続です。

それを、徹底してイメージし、
実際にできるだけ大きく真横に広げるように弾く、
そのイメージ通りに、身体を動かしていくことを、今日、やってみました。

難しく考えなくとも、「大きく動く」ことを意識し、
動かす方向(リリースする方向)のガイドとして、上記の「垂直方向」を
頭に入れておくだけでいいと思います。

すると、滞空時間が長くなります。

トランポリンにたとえるのがわかりやすく、
浮遊している時間が長くなります。
高く飛べば飛ぶほど、大きく動けば動くほど、滞空時間は長くなり、
その間、「の~んびり」して、休んでいることができます。
力むことなく、指全体、手全体が脱力しています。

力む一つの原因は、
「次の弦に早く移らないと遅れちゃう」
というのが、私の場合、とくに大きな要因なので、
今、私が意識して取り組んでいるのは、
「飛んだ後の浮遊を楽しむ」ということです。

実際、「飛んだ後」に「音」も生まれ、漂います。
「飛んだ」という事実、つまり、
「弦を弾いた=弦にテンションを与え、リリースした。」という事実は、つねに、


「過ぎ去った過去の、一出来事」


であり、その結果がもたらす、


「楽しさ」


を楽しむのです。


最近、これは、アルパだけでなく、
日常生活でも、意識していることです。


「次」


よりも、


「過去の余韻を味わう」


ということは、


「過去の出来事一つ一つ」を
絵日記の一ページとして、


「楽しかったね」


と感じながら、生きていくことだと思いました。


もっと、安らぎたい、楽しみたい、
その思いは、もっと、「大きく、長く、飛んでいたい、浮かんでいたい」
という思いとなり、アルパでも、同じように、
「弦から離れている時間」を大切にしようとします。
だから、大きな動きをしたい、と思います。

弦から離れている時間、その休息時間を大切にしたい思い、というのは、
過去弾いた出来事、その過去の一出来事を好きなものにしていきます。

「楽しかった出来事」

で、人生は繋がっていって、
結果、今や明日、という未知の未来が生まれていくのであって、
私は、それは、

「過去の出来事一つ一つを大切にした結果」

だと思いました。


私は、甘える、という経験をしてきませんでした。

それは、本当に、悲しいことです。

甘えて甘えて甘えて、

それは、

決して、いけないことではまったくなく、

「よかったね、楽しかったね。もっと、またやろうね」

って、それは、「今日、楽しかったね」という
過去に対する感謝から生まれるのだと思いました。

私は、ありがとう、が言えない人間でした。

言えない、というか、わからないで、
今日まできました。

それは、

「受けとる」

ことが、素直にできない人間だったことと同じことです。

受けとることができない、というのは、
「素直に与えることができない」のと同じです。

「次」や「未来」を思考する回路は、
「奪う心」それは、「とにかくもらっておこう」という
盗人の心でした。「不信」という心を育ててしまったのです。


「甘えていい」


それは、何度も書きたいですが、
「よかったね、楽しかったね」と、
「過去を大切にしたい気持ち」です。
それは、感謝であり、ありがとう、だと思うのです。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.5.03
愛美

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by jh-no-no | 2017-05-03 16:00 | 愛美通信☆メトロノート


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