胸という中心-自我復元後日記[232]

「判断」という行為があるが、
それはそんなに「尊大」なものなのか?といえば、
私は、そうは思わない。

しかし、どうも、判断というのは、
いつも重要そうな顔をしている。

だから、生きていても死んでいても、
「どっちにするんだ」と迫られた時に、
決めないといけない、答えなきゃ、という先入観に
右往左往されてしまう。

はたして、早々に決める必要はあるのか?
まず、そこが大きな疑問なのだ。

私は、今、だいたい休憩をしている。

そこにないものがある。

「判断」である。

白黒つける必要はまったくなく、
判断は後回しであり、つねに保留であり、ゆえに
「不要」である。

海の底に横たわって我が身が放置されているその状態に
いったい誰が、何か判断を迫るというのだろうか?
「誰か何か言って・・・」と私が言わない限り、
誰も、何も、永遠に声をかけてくれることはなく、
すなわち、誰からも邪魔されることなく、ただただ静かである。

胸という中心について
今日は書きたいと思っている。

本来、私という中心は
胸にはない、と私は理解している。
胸は自分の中心ではなく、おそらく、「外部」との接点、
その役目の視点でいえば、「異物感知センサー」だと私は感じている。

ところが、AC人格にとっては、その人格にとっては
胸こそがその人格の「中心」として位置づけられてきた。
顔色をうかがったり、誰かの世話をする、というのは、
つねに、「外部」に呼応、追随、服従して動く機械だったからだ。
心臓部だったのだ。

しかし、私の今日の理解では、
胸は異物感知のセンサーであり、外部からの異物侵入を予感、察知すると、
身体が硬直する。

私はこのところ、とにかく横になっていたのだが、
なぜもなにも、身体がそれ以外、受けつけないほど「危険」だったからだ。
手足の完全な脱力に至ったのも、今思えば、
それほどに異物に対して敏感さを失ってはならないほどに
身体は危険だったからだろう。

昨年2月末、私は大きく体調を崩してから、
「味覚」がおかしくなったことは、度々、ブログにも書いてきた。
味覚の異常は、内臓、おそらく、胃や腎臓などの消化器官に異常を反映し、
それが、舌苔のまだら模様として見える形になる。

私はこの感覚が敏感になっているので、
味覚異常と同時に、物を食べて、やや胃に物が入った時点で、
「これはまずいな・・・」と感じるようになっている。
まずいというのは、味のことではなく、身体の状態が危険だ、という意味で。
内臓がおそらく危険信号を出していて、私はそれを察知するのだろう。
昨日、稽古から帰ってきて、軽く夕食をとったが、
白米を数口食べた時点で、まずいな、と感じた。

ただし、これは稽古に行ったから、とか、
身体に無理をかけたから、ではない。
そもそも、身体の調子がよくないからそうなっただけで、
稽古云々の問題ではない。

この味覚の問題についても、
食べた時の危険は、胸が察知する。
しかし、これがとても厄介だった。
ただのセンサーなのに、「胸の中心の記憶」が作動してしまう、
この点が、大変に厄介だった。

センサーの役割をこえて、AC人格の胸の中心の記憶が作動すると、
「あ、まずい・・・あれもこれもやめたほうがいい」
という考えが浮上してくる。

これは、とても「甘い誘惑」の力を持っている。
これは、私が40年以上に渡って、「死を美化する物語」だからだ。
・・・悔いはないよ。出会えただけで本当に楽しかった・・・
これは、過去の契約において「Pへの遺言」として用意してある言葉だった。

もう、一つ。

センサーの役割をこえて、AC人格の胸の中心の記憶が想起されると、
「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」
という考えが浮上してくる。
先ほどと真逆だが、同時に発生する、過去ずっと発生し続けてきた強迫観念だった。
昨日の記事に書いたが、これは「身体の緊張、硬直、委縮、力み」によって起動し、
逆に、身体、とくに私の場合、手足が完全に脱力されていれば、
この思考は生じることすらできない。

つまり、身体的虐待の傷跡なのである。
しかしこれは、もしも自我復元をしていなければ、
「身体的傷跡」として気づく可能性は、ゼロだろうと私は思う。
というのも、別に筋肉がガチガチになっているわけでもなく、
目に見えない硬直の仕方だからなのだ。
身構える硬直の仕方なのだが、これは、
「胸を中心とする人格の常態(通常時の身体状態)」なのだ。

つねに外部に対して、身構えている状態。
外部信号に対して、つねに「準備」している体勢だ。
この状態は、実は、「内圧ゼロ」の状態であり、
つまり、「生きてすらいない」という状態のことである。

私は、40年以上、生きていたことがなく、
内圧ゼロ、それは、自我の壁が「完全に無いのも同然の穴だらけの状態」であり、
身体は硬直し続けていた・・・が、それにすら気づくことは一度もなかった。
不快だと一度も感じたことがなかったのだ。
完全に、神経は「麻痺」していた。
違和感はあったけれど、もしも神経が麻痺していなければ、
それは耐えがたい不快感として感じていたはずである。

しかし、それは「身体を捨てる」前提での滅私奉公契約において、
打たれていた麻薬のようなものだった。
「自分を捨てる」という麻薬である。
それなしには、捨て身の世話、というのは成立しないからだ。

さて、話を戻そう。

AC人格の中心としての胸か、それとも、
それとも、外部からの異物感知のセンサーとして機能している胸なのか、
この区別が、今回、ついたというのが、今日の話だ。

私が最近、とくに気づいたのは、
「寒いと感じた時」と「息があがった時」、
これらの時に、胸がそれを「危険」と察知することだった。
また、体調が悪い時、食べ物が胃に溜まってきた時、
臓器の不調として、胸に危険を知らせてきた。

繰り返しになるが、この際に、
AC人格としての胸の役割(中心)の記憶がかぶって想起されてしまうのが
とても厄介だった。しかし、これを切り離すことで、胸というセンサーは、
身体を守るための外部からの異物感知の役目と自覚できる。
昨日も書いたが、呼吸が苦しくなっても、そこで手足をさらに脱力させることで、
身体の硬直、委縮、緊張、力みは回避していく。
そうすることで、安易にAC人格がしゃべり出すことを抑止し、
休息状態のまま、そこに留まることが出来る。

大事なことは、身体の危険、
この冬の寒さで身体が弱まる危険、
また、息があがるほどの過度の運動で身体が弱まる危険、
これらの危険を察知していく際に、
何も、身体を委縮させることはない、ということだった。

むしろ、胸の「穴」を閉じ、
内圧を高め・・・そう、そのために、脳の中心と腹の中心で
しっかり圧を上下からかけて内圧を高め、
先日書いた自慰の方法のように、エネルギーを外に漏らさず、
完全に脱力していく。この時、たとえ身体の「元気」がわずかであろうと、
そのわずかなエネルギー、内圧は、エネルギー損失を限りなくゼロにするように
「運動」を行ってくれる。

アルパの弦が、脳の中心と腹の中心を固定端として
ピンと張られているイメージをしてみる。
たとえそれを弱く弾いても、そのエネルギーは外部に漏れてしまうことなく、
体内で「振動エネルギー」として、「変換」されるだけで、
それは、弦を圧していた力が、振動や音として形が変わるだけで、
エネルギーは保持されたまま、体内に「留まる」。

これは、実は、

「疲れない」

という体験をもたらす。

私は、毎日のようにとにかく横になっていたとはいえ、
私は、仕事をしていても、音楽をしていても、合気道の稽古に行っても
まったく「疲れなかった」。
どんなに声を出しても、畳一畳を踊ろうと、
疲弊しないのだ。最大効率で運動をしているためだった。

これは赤ちゃんのようなもので、
赤ちゃんはよくあの小さい体であんな大きな声で泣き、
幼児もまた、よく、あんなに走っていられるなあ、と思うことがあるが、
今の私の理解では、効率がよい、ということであって、
全体的に体力があるわけではない、ということ。
実際、どんなに元気な子も、ぱたん、とスイッチが切れたように
眠ってしまうからだ。それほどに、社会で生きるには、まだ「か弱い」存在なのだ。

愛美は今まだ1歳4ヵ月ほどで、
そう考えると、この「使い始めた身体」に
十分体力がある、と考えるほうが不自然であり、
ただ、とても困るのは、見た目「43歳」なことであり、
社会が見る目が、43歳の私であることなのだ。
だから、私は思った。わかってもらおうと思うのは、やめたほうがいい、と。
「43年生きていて、赤ちゃんじゃないのコイツ」と思われて当然、それでいい。

とにかく横になろう、と思ったのは、
はっきりいって、私は、43歳の大人を演じるのは
もう無理だ、と思ったからだろう。
たしかに、まともに生きてきたのなら、それくらい出来る、
対処できる、他者から見ればそんなこと、と思うだろうが、
私には、到底、対処できないことばかりなのだ。
正直、だいたい寝ていて、ちょっと出来そうなら
アルパに触ってみよう、歌を口ずさんでみたいな、
これが、私の限界だった。

限界、といっても、私は何一つ悲観していない。
これが、私が今、生まれて初めて、身体が学び始めたことなのだ。
疲れたら休もう、焦ってやることはない、
また、焦ってやめることもない、白黒決めなきゃと焦ることはなく、
決して急ぐことはなく、判断を保留しよう、いつまで?いつまででもいい、
ずっと判断しなくてもいいのだから。それが、この「休憩所」だからだ。
死後も同じことが起きるだろう。「・・・ちょっと休みますので、また後で」でいいのだ。
そんなことよりも、私は、疲れているのだ。

それは、赤ちゃんのそれとは「成り行き」は違うとはいえ、
「疲れている」のは同じだから、その時は、まず、身体を休めるのだ。
手と足を完全に脱力していく、身体の脱力、それが、身体を休めるということ。
それを無視したら、身体は危険信号を発する。
胸が感知するが、大事なことは、胸が感知したら、
今までのように胸の穴をそのままにし、外部に意識を預けてしまうのではなく、
そうではなく、逆に、危険を感じたら胸の穴をしっかり閉じ、
脱力し、エネルギー損失を減らすために、脳の中心と腹の中心でしっかり
自我を閉じて圧を保っていく。十分に休息がとれたら、好きにすればいい。
アルパに触れるもよし、歌うもよし。嫌なら、ずっと海の底で休んでいればいいだけだ。
そこに何の問題もなく、音の無く、誰からも声をかけられることもなく、
黙って、横たわっていればいい。手足を微動だすることもなしに。

そこに、運動と休息に区別があるか?ということだが、
私には、それは同じように感じている。
呼気から吸気に変わる息継ぎが「運動」ともみなせるが、
身体の力みの連続性を思うと、休息が途切れているとも思えない。

また逆に、歌う時にとくにそうだけれど、
呼気の時に声を出している、歌っているわけだが、
腹を自ら不用意に凹ませてしまうことなく、内圧は保たれ、
酸素残量が減っていっても、手足は弛緩させるようにし、
そのような休憩状態のままに、歌は歌われていく。
吸気時が息継ぎとなるが、身体状態が別なものになるわけではなく、
脱力は連続したまま、吸気という休息になるだけである。

アルパの場合は、弦を圧している時が、
休息状態であるが、放つ時も、次の弦はすでに圧している状態にあり、
つねに休息は連続している。
弦から弦に移動する際に、完全に指が離れる運指の時もよくあるが、
弦を弾いた瞬間、指の力は完全に脱力し、いずれも休息状態といえる。
「弦を圧している時は休息なのか?」という疑問だが、力を与えるからといって
力んでいるわけではなく、それは、歌っているからといって力んでいるわけではない、
のと一緒であり、私の定義では、力んでいなければ、それは休息状態といえる。

一般に、動いている時が運動だ、ということになるだろうが、
たとえばアルパの場合、動いている時こそ、指が完全に脱力している時であり、
完全に休息しており、歌にしても、歌っている時こそ、脱力しているから
心地よい。だからこそ、すぐに歌える体勢に戻れるようにすぐに息が吸えるよう、
つねに腹に内圧をかけておく。それが、同時に、上半身の力み、また、
手足の力みをもほどいていくのだ。

つまり、私の中では、運動と休憩の区別はない。
あえて言えば、つねに、休憩だと言える。
だから、今は、床に横たわっての休憩も当然休憩だけれど、
同じような状態で仕事もしていて、休憩状態で仕事をしており、
そこで歌い、踊ってもいるのだ。
休憩時間になっても、仕事時間と何か変化があるわけではなく、
むろん、ソファーの横たわって身体を休めることが出来る差はあれど、
立ちながらも休んでいるという意味では、休憩時間になろうが、
休憩時間が終わろうが、休憩状態であることには変わらない。

ただし、この使い始めた身体。
かなり、弱い。
すぐに疲れてしまう。
どんなにエネルギー効率をよくしても、
絶対量が足りない・・・

・・・と感じてしまってきたのだが、
足りないのではなく、1歳4ヵ月というのは、これが普通だったのだ。
43歳だ、と考えるから、ひ弱に感じてしまう。
まわりからも、そう思われてしまうことも、当然、これからもあるだろう。

そう、昨日の夢のことだけれど、
夢というのは、記憶が支配的だ。

私は40年以上、別人格として生きてきたので、
どうしても、過去の家族やら何やら登場してくるし、
そこで「私らしき」登場人物もAC人格の挙動をしてしまう。
それは仕方ないことだ、と思った。
まだ新しい人格は、1年そこそこの記憶しかないのだから。
アルパや歌の夢をちらりと見るくらいで、御の字なのだ。

それよりも、この「休息」のワーク、
手足の脱力の作業、深海植物に自分がなったかのようなワークをやること。
それによって、わからないけれど、
寝ている時も、それを意識できる感じがある、ような気がしている。
先日、そんな過去の記憶盛りだくさんの夢を見ても、
いつもなら疲弊しまうにもかからわず、疲労感がなかったのは、
眠りが浅かったせいもあって、寝ていても「なんとなく」
手足の脱力を思い出した・・・ような感じだったからだ。と思う。
つまり、夢のその私が「私らしき」と私とは別なものとして、
夢そのものと、距離がとれているのを、しばしば感じていた。

これは、実際の生活や仕事の場でも、
私は同じだと思っている。

AC人格の「解除」というのは、
何をもって「解除」というのかについて、
私の体験からいうと、
大事なのは、AC人格の「分析」であり、
さらに、そのAC人格分析って何なのかといえば、
「記憶を掘ること」なのだ。

毒親によって刷り込まれた記憶が
本当は、私の記憶ではなかったのだ、と知るに至るまでに
本当の記憶を探り当てる作業。これそのものが、AC人格分析となる。
なぜなら、AC人格分析とは、自分の親が「毒親である」ことを
たしかに知る作業であり、その作業が、本当の記憶を探るという
「記憶を掘る」作業のことだからだ。

これによって、何を自身が知ることになるか、というと、
自分ではない別の「中心」が機能していたことを知る。
それによって、別人格との「自己同化」は解かれていく。
これを、今、仮に、AC人格の解除としておく。

ところが、では、AC人格の反応がまったくなくなるか?
といえば、私はそれは、無理だろうと感じている。
というのも、対社会、一般的に「対外部」との新しい関わり方を
まだ、「赤ちゃんの私」は知らないからなのだ。
これから、学んでいくかもしれないが、少なくとも知っているのは、
たとえば私でいえば、40年分の処世術のみ、その記憶しかない。

生活の場では、なんとかそれを出すまいと、かなり意識し、可能だとしても、
夢ともなると、今回のように、その意識は弱まってしまうようだ。
おそらくだが、死後も同じように、それどころか、もっと弱まるかもしれない。
つまり、感覚や心構えとしての「気合い」でなんとかなるか、といえば、
かなり疑問だ、ということである。

それはたとえば、現実社会でも、
避けられないほどの予測不能な事態に現実に巻き込まれた場合、
はたして、40年の記憶や処世術をお首にも出さないでいられるか、といえば、
私はわからない、と思っているし、実際、難しいと感じたことが最近もあった。

ただし、

「それは、私では本当はない」

と気づくことは、AC人格分析、すなわち、
毒親が毒親であることを完全に理解するための本当の記憶を探る作業によって、
可能だ、と私は思うし、今日、また、ここ数日書いているのは、
「気づいた時に、どこに私はいるか」という考察なのだ。

気づいた、のはいいとしても、
「ここは私じゃないんだ」と、そう、そうやって「力んで」疲弊してしまう。
忘れてはいけないのは、毒親の目的は、
私たち子どもを「疲弊させる」ことだ、ということだ。

そこで、脳の中心という自分の中心を探っていく作業がある。
ところが、私の場合、それでも、私の身体はどんどんと弱まっていった。
もがいてもがいて、私は、どんどんと自分の中心を下げ、腹にまで落としていった。
とにかく横になる、というのと、同じだ。
そうするしか、身体が生き延びる方法がない、と身体が判断したのだ。
あのまま、脳の中心から堕ちまい、と必死にしがみついていたら、
私は、絶対に休むことができなかった。
力尽きて、その時は、身体がとても危険な状態になっただろうし、
実際、そうだったのだ。

とにかく横になる、というのは、
私には、それは決定的だった。
この1ヵ月半、闘ってきたことだった。

歌は、私にこの時期、
たくさんのヒントをくれた。

腹の内圧は、脳の中心の圧とも連動していった。
そして、外部からの邪魔を一切遮断する「絶対一人」が
胸に開いた「穴」を完全にふさぐのに必要だった。
私は、絶対一人だった。

結果、自我の空気穴はふさがり、
私の内部は、上下にしっかり蓋が出来たかのように、
圧を閉じ込めた。その上下の蓋が、私には、二つの中心だったと思っている。
先日、死人禅を思い出した。
あの呼吸法は、おそらく、この準備がないと機能しないと感じた。
内圧が高まらず、エネルギーが漏れてしまうからだ。
遮断射精も、私はとても似ていると感じている。
私は遮断しない射精でも同じ効果が出るような工夫をしているが、
やっていることは、エネルギーを外に漏らさないことであり、
純粋に自分、自我の内圧だけで、運動=休息、を行っている。
とにかく横になる、というのは、このワークを加速させた。

内圧が高まらないと、なぜ、休息が出来ないか、というと、
空気穴の開いた風船を、膨らまそうとするのをイメージするとよくわかる。
とても、疲れるだろう。
だけれど、同じ膨らませるでも、穴の開いていない風船を膨らませるのは
楽に感じるだろう。同じ力をかける、でも、まったく質が違う。
一方は疲弊し、一方は疲弊しない。

なぜなら、吹くのに投じた力が、
風船の膨らみに、スムーズに変換してくれているからだ。
それが、多くが外に漏れてしまっては、とんでもなく疲れる。
誰もが体験したことがあることだ。

これと同じことが自我の内部でも起こる。

胸が開いたままでは空気が抜けてしまって、
とても疲弊してしまう。

下腹の力が入らないというのは、
たとえば、脳の中心を弦の一方の端点だと考えるとわかりやすい。
下腹も固定端としてその弦がしっかり張られていれば
弾いたのが、イコール、振動、音にそのまま効率よく変換してくれるが、
上端だけの弦をなんとか引っ張って音を鳴らそうとしても、
それは、とんでもなく疲弊するだろう。
それは、上下の蓋のうち、下の蓋がない、とイメージしてもよいだろう。
どちらにしても、穴が開いていては、内圧はどんどん抜けていくのだ。

疲弊しても、なお、空気を送ろうとすると、
そこで起こるのが、身体のこわばり、緊張、委縮、力みなのだ。
どもる、という病気の治癒が困難なのは、
それが、身体の硬直が根本的な原因だったからだ。
これを、完全に克服するためには、完全な脱力が必要であり、
内圧をしっかり閉じ込めた上での、発声運動が必要だった。
これが可能になったのも、最近のことだ。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.3.18
愛美

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by jh-no-no | 2017-03-18 15:02 | 愛美通信☆メトロノート


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