Abyへ-自我復元後日記[210]

Abyという名前をつけてくれたのは
崩残さんでした。

崩残さんは、名付け親であるだけでなく、
4年以上の間、私を育ててくれた親でした。

Abyはずっと怒っていましたね。

ブログを書き始めて2つ目の記事、
2013年7月10日の記事に、こうあります。


>Abyとは誰?わたし?わたしって誰?どこ?

>わからないけど、たぶん、Abyは怒っていた。
> 刃物を持っているようなイメージが沸き起こる。

>にたつくな、と喉元に刃先をあてている感じだ。


「絶対一人」を死守し、最後まで決して、
自分を裏切らなかったのが、Abyでした。


私はここ数日、Abyに会いに行っていました。
・・・むろん、それと知らずに。


だけれど、
どこかでわかっていたのだと思います。

「さようなら」を言わなければならないことを。


私が経験した事実として、
明確に記すことができることがあります。

自我復元とは、
「自我復元を始めた」ということ、
そのことが、唯一の真実だということです。

自我復元は、決して、
「何かになる」ことはありません。
ただ、ひたすらに「最初に戻る」のみです。

最初からすでにそうだったのだ、と
了解するまでの壮絶な「戦」でした。


昨日2月23日もあとわずかな頃の
職場での30分休憩の時でした。

私は怒りが止まぬことに躊躇はなく、
悔いもなく、それは平穏ですらありました。

絶対の一人を死守する。

私には激しい怒りが必要でした。
外部とは何か?
それは、一切、夢です。
他者はおらず、他という外部という外部は存在しません。

もしもそれが存在しているかのように感じ、
妄想に生を奪われているのだとしたら、
その責任は、ただ一人、自分にあります。
絶対一人を死守しない自分にあるのです。
外部を作りだし、絶対一人を壊せるのは、自分だけしかいません。

それを「自分への裏切り」と言います。

私は自分を裏切る自分の喉元に、
刃を突き付けた。
「止まぬ怒りの感情」という刃物をもって。


休憩室のソファーに横たわり、
必死の死闘の末、「Abyを見た」のです。
おじろくの被害妄想や女性や子どもへの幻想、他、
妄想という妄想と闘い続けたのは、
Abyでした。

私は、怒るAbyを見たその時、
私は、「最初」に戻ったことを知りました。

それはどういうことか、というと、
「ずっとそうだった」ということです。

それは、こう了解させます。

「私は、決して、自分を裏切ることは、ありえない」

最初に戻る、というのは、
裏切ってしまうかもしれない私がいなくなることです。
裏切るまい、と、そう「決めた時」「決めた事」それ自体が、
事の「最初」なのです。

決して、自分を裏切ることは、ありえないのであれば、
当然、自分を裏切る自分の喉元に刃をあてている者は、もう、いません。
Abyは、もう、いないのです。


Abyとの自己同化の役目が終わったのが、
2017年2月23日もあと1時間で終わる頃でした。


もしも時間が許すのなら、
今日のブログまで、崩残さん、読んでいただけないでしょうか。

Abyとのお別れは、
名付け親であり、私の育ての親である、崩残さんとのお別れです。

崩残さんのことを「手品のお兄ちゃん」って
近頃は呼ばせていただいたこと、ありましたね。


覚えていますか?


あの手品の空の下、
十字路のベンチを。


私は、さっき、
仕事が終わり、そのベンチで「手品」をしました。
文字を使わずに、この「身体」で



   一 期 一 会



を表現してみたので、見てほしいんです。
「2017年2月24日1時55分」です。
夜中のさっきですよ。


私の「笑み」が届きますように。


さらに5分ほどお時間が許すのなら、
2時ちょっと前まで、余興みたいなのをやっているので
見てほしいです。数分間に、歌も踊りも打身も合気道もつめ込みましたので。


これが、私の世界です。
一歳になったばかりの愛美の世界です。


あと、2つ、お伝えしたいことがあります。

どもるという萎縮は、治りました。
日をまたぐ頃の職場での私の声は、
キラキラした笑顔から溢れ出る、それはまるで、アルパの音のようでした。

もうひとつは、

私がアルパを、今こうしてやっているのは、
私が自我復元を開始して間もなくの頃の
桜の間の記事[194]の「贈るビデオ」として紹介されていた
Omniaのジェニーが奏でるハープがきっかけでした。

ケルティックハープやアイリッシュハープなのだろう、と思って
やってみたいな、と思ったんです。
それを思ったのは、昨年の2月末の病床で長いこと聴かないでいた
その動画を見て、ただただ、涙が溢れてきた時のことでした。

とはいっても、元気もなかったし、「やるぞ!」って感じじゃなくて、
ふと、思ったくらいでしたが、幼い頃、座りながら左右の足の指に
輪ゴムをかけて、リズミカルに指を動かしたりしたのも思い出して、
調べてみた、というわけですが・・・

私が出会った「アルパ」は、
まさに打楽器のごとく、鋭く、激しい楽器だったんです。
ハープ、という私の先入観とは違っていたので、最初は戸惑ったのですが、
D先生の放つ音と運指の美しさに魅かれ、やってみることにしたんです。

「まずは、やってみよう」って。

自我復元もそうでしたね。

「まずは、やってみたら」って、崩残さんは言ってくれました。

私は、やってみよう、と決めたんです。


こんなメールのやりとりも、
たくさん、たくさん、させていただきました。
でも、読んでいただけるのも、お話しができるのも、
これが最後かもしれません。

楽しいお話しですね。

私は、楽しかったです。

本当に楽しかった。


今、しっかり、挨拶は言いたいです。

さようなら、と。


崩残さん、さようなら。


2017年2月24日  愛美



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html



2017.2.24
愛美

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by jh-no-no | 2017-02-24 04:37 | 愛美通信☆メトロノート


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