素敵な雑貨屋さん-自我復元後日記[199]

無農薬のオレンジが欲しくて
駅に向かう途中、
「あれ?こんなところに、こんなお店あったけ?」
素敵な雑貨屋さんを見つけたんです。

店員さんが、私の好みだったこともあるんですが(笑)
羽織った上着は素材も色合いもお洒落で、
ボーイッシュな髪型で働く姿にフラフラ~っと。

30分くらい、雑貨のお話をたくさんして
とっても楽しかったです。

初めてガラスペンというものに触れたのですが、
書き心地も自在で、思わず、何これ、いい、って口にしたくらいでした。

あれもこれもどれもいいなあってなりながらも、
私が最も気にいったのは、これ。
バンブー素材の大きめのスプーンとフォーク。

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「大きめの」と書きましたが、本当は、違うんです。
これは、サラダなどを取り分ける時につかむ用のフォークとスプーンで
「これなら女性の手でも使いやすくていい」と感じられて、
その店員さんが、タイで直に買いつけに行かれて、揃えられたものでした。
だから本当は、「小さめ」なんです。

微妙な感覚なので写真では
上手く表現できないですが、このくらい?の大きさです。
ん~、どちらかというと、小さく見えてしまうかな?

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私はこれが欲しかったのは、
「頬張って食べるのにちょうどいい、と思ったから」なんですが、
店員さんも、ちょっと驚いた様子・・・そういうのも、男性目線ではあるんだあって。

「でも、女性でも、いいんじゃない?
うちでケーキとか、ガブって食べたい時とか」
「家で一人で食べるならいいかも。ホールのまま食べるとか(笑)」

食べ物の話って、ほんと、楽しいね。

それで、オレンジを買いに行ったのだけれど、
同じフロアのすぐ横は、デパ地下。
ウインドウショッピングをしながらも、食べたいな、どうしよう・・・
ねえ、キウイどうしよう?・・・って心で伝えたら、
キウイはいつも即答、「買って帰ろぉ」って。
そうだね、買って帰ろうね。

美味しそうなショコラのロールケーキを買いました。

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さっそく、今度は大きなフォークで、ガブリ(^O^)gabu
ロールケーキも頬張って食べると、最高!!あー美味しい。

オレンジと一緒に、麻婆豆腐の素を買って
夕食は、大きなスプーンで麻婆豆腐丼を頬張って食べました。
・・・明日、店員さんにさっそくの感想を伝えよっと。
「すっごくよかったよっ!」って。

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昨日から思っていることがあります。
話は突然変わりますが。

たくさん踊っている人の姿を見ていると、
当たり前のことなんですが、
みんな手足があって、目があって、同じ身体をしているんですね。
私は、そのことが、私にとっては、今、大きな関心事なんです。

人はそれぞれ違う、というのも確かかもしれないけれど、
世界の多様性に比較したら、同じ人間同士、
私は、ほぼ同じ、としか思えないんです。今の私は。

区別、ということを昨日書きましたが、
それとも関係があるのだと思います。

そして、私が一番思うのは、
私は今、どうしても、どれをも嫌いになりたくないんです。

私はずっと、世界を、生きることを嫌悪して生きてきました。
区別をし、嫌悪する対象を捏造し、そんなことばかりしてきたんです。

私は今、自分のことが好きであるように、
同じ人間の形をしたどんな人をも、私は嫌いになることができない。
嫌悪の気持ちや区別の気持ちが生じた時は、私は本当に辛い。

好きな気持ち、がんばってと励ましてくれる気持ち・・・

昨日、「必死」ということについて思いました。

それは、必ず死ぬ、と書きますが、
ああ、これはそういうことだよね、と思ったのは、
「これを捨てたら、私は私の生を生きているとは断じていえない」
というものなんだよって。

ここに、従わない、屈しない精神がある。

・・・今、私は何を書きたいのかも書いているのかもわからないのですが、
書かせてください。

自我復元という経験は、それは、すごい経験でした。
まさに「必死」な経験だったから。
全精神、全身体を懸けての決死の闘いだったら。

そして、私は今、
誰をもが必死で生きているのを知っている。

そこで、思うんです。

こう思わざるをえないんです。

私は、私自身だけじゃない。
誰に対しても、「大丈夫だ」って
力を抜いて大丈夫、って。

私は、これだけを願うんです。

「身体を、どうか守ってほしい」と。

「身体が一番楽になるように、自身にしてあげればいいんだよ」って。

なぜだろう?なぜ、こう思うのだろう?

毒親というのは、いつもそうだった。

私たち、子どもが、いつも潰れることだけを狙っている。
いつも、そういう目で見られてきた。

気がつけば、病気になっているんだ。
身体のどこかが、悲鳴をあげていた。

思うんだ。

身体を大事にすること。

あと、他に、それをさしおいて、
何をすることがあるだろう?

「必死」ってなんだろう?

私の中に、へんな固定観念があるのだろうか?

「身体はたとえ死んでも・・・」

それが、必死、というものなんだろうか?
身体を犠牲にして、何を主張しようというのだろう?

私は、身体が好きだ。

私の身体だけじゃない。

あなたの身体も、また、別のあなたの身体も。

真剣さや必死さ、そう、
身体を通じてそれらが表現されないような真剣さや必死さに
私はどこにもリアリティーを感じられない、ってことなんだ。

踊りを見ていても、
一生懸命にみんな踊っている。
それは、当然、手足、腰、目、頭、それらの部位の運動をもって示そうという
意志あってこそ、その生き様に心打たれるのだ。

「粘る」

という言葉も最近、よく頭によぎる。

粘る、のは、いつも身体だ。

身体が粘ってくれているから、粘れている。
そんな感じが私はする。

でも、粘る=耐える、ではないように感じる。

私は、お客さんが私に「がんばって」と言うように、
私もまた、他者に「大丈夫」としか言えない。

そこにあるのは、
労わる気持ちなんだ。

優しさ、誰もが持っている優しさ。


そう、


書かせていただけて本当にありがとう。

私は、やっぱり、迷ってなどいないんだ。


私は、世界が、人が、大好きなんだ。


好きで、好きで、好きで、、、大好きなんだ。


「私はあなたが好きだ」


私は、これだけを、あなたに伝えられたら、
もう、それで十分だ。


それが尊いのは、

あなたもそう思っているからなんだ。

私もそれを忘れないよ。

あなたも言う。私もそれを忘れないからね。


今日は私自身が書いていてもわからないことを
読んでいただいています。
いつもそういうところはあるんですが、とくに今日はそうでした。

明日はバレンタイン当日ですね。

本当はオレンジピールにチョコレートをコーティングしたかったのですが、
時間が足りません。だから、それはまたにします。

でも、やってみたいことがあります。

諦めないで、少しやってみようと思います。

皮の部分は取り除いて
オレンジスライスを凍らせてチョココーティングして、
オレンジチョコのアイスを作ってみることにします。
凍らせることで、汁っ気が閉じ込められるので、
べっちょっとならずに、オレンジの風味が楽しめる
チョコレートアイスが出来るんじゃないかな・・・?と、イメージしているのですが、
さて、どうなることやら、です。

明日、またブログに結果を書いて、
楽しかったバレンタインの日々を締めくくりたいと思います。


いつも読んでくださってありがとうございます。

読者の方も、私は、本当に、
大好きです。いつも、ありがとう。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.2.13
愛美

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by jh-no-no | 2017-02-13 23:05 | 愛美通信☆メトロノート


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