「恨むこと」ほど悲しいことはない-自我復元後日記[171]

毒親に植え付けられた「毒」というのは、
他、他者を「恨む心」だと思います。

昨日から今日にかけて、
私自身、自分が痛いと感じる部分をなぞりながら
そのことを痛感しました。

私は一方で、最近は、何とでも
「仲良くしたい」という気持ちがあります。
それは正反対の気持ちです。

私は、恨むことほど、
悲しいことはない、と思いました。

それは、「好き」という感情が殺された、
ということです。
それは、自分以外の何かに支配された、ということですし、
自身がそれを許諾した、ということです。

私は今、ダンスが好きですが、
ああいうのが好きで、こういうのは嫌いだ、
というふうに自分が思うことは、とても嫌です。

年末にダンスサークルで、
「東京ゲゲゲイ」の「さよならダーリン」の一部の振り付けを覚え、
踊りました。興味のある方は、検索されてみてください。
東京ゲゲゲイのHPにも、動画集があり、見応えがありますよ!
いつものかわいい「踊ってみた」とはテイストは違いますが、
ダンスサークルで練習しているのは、東京ゲゲゲイのようなテイストです。

そうそう、かわいい、といえば、
足太ぺんたさんのYoutubeの動画で、
「アイリーさん、ごめんなさい」というタイトルで
アップされているのがあるのですが、私が最近、見つけて好きな動画です。
曲は「千本桜」です。千本桜は、私は最初に出会った・・・アルパの演奏で
初めて知った曲なんです。そこから、「踊ってみた」を知ったんですね。

この前は、これを踊ろう、と
キウイを振り回して(キウイ、ありがとう)私も踊ってみました☆

どちらのダンスも
私は好きです。

どちらも私は選びません。

どちらも好きです。

今日はダンスレッスンの日。
ダンス日和です。

それから、行く前に、
思いっきり、「カノン」の練習をしていきます。

昨日、イメージのことを書きましたが、
40年以上、私が思いこんでいた「イメージ」とは定義がまったく違います。

イメージとは、受動的な脳内妄想ではなく、
「能動的な動き方」のこと、具体的なビジョンであり、
実際に行う計画それ自体のことです。
たとえば、カノンでいえば、「階名」のこと、階名を暗記し、
その完成形をはっきり描くことです。

私は、40年以上、
誰かのために何かをする生き方をしてきました。
そして、それを助長する調教に甘んじてきてしまいました。
その結果、私は、自分が舞台の上で、自分が踊る、自分が歌う、
自分が何かをする、本番の舞台にあがり、自分がスポットを浴びる、
そういう場とは縁なく、生きてきました。

「出来るようになる」ということに
関心が向けられなかった40年でした。

しかし、それは今は、変わりました。
「出来るようになりたい」と私は思うようになりました。

私は、今、私の「身体」がメトロ―ノームになってくれています。
昨日、二重母音の問題について触れましたが、
仕事から帰り、家で鏡を見ながら、どこに問題があるのかを探りました。
わかったのは、やはり、「身体がリードしていない」ことでした。

一つの音に「アイ」のように、「ア」と「イ」の両方の母音を乗せて
発声練習をする、これが二重母音の発声練習ですが、
私は(たぶん)先生が予想以上されていた以上に出来なかったのです。
私もいつもと同じ感じとはいえ、「あれ?」と思ったことでした。

つまりこういうことでした。

「ア」の口をしている時に「ア」と言い、
それから「イ」の口にして「イ」と言う、
それぞれの母音を一つ一つ、はっきり言う。

当たり前のことなのですが、
私はこれができなかったのです。
「ア」の口から「イ」の口に変わる前に、
「アイ」と言ってしまうのです。
「アィ」みたいに。「イ」が急ぐように、です。
それを先日、先生に指摘されました。

鏡を見てわかったのは、
「イ」の口になっていない前に、
「イ」を言おうとしていたことです。
つまり、「言おう」という意志だけが先行し、
身体がついてきていないのです。

私はこれを見た時、
身体をリードさせる必要がある、と思いました。
今まで、たとえば「言おう」という意志がイメージを形成していました。
でも、いまや、私にとってイメージとは、
「身体がどう動くか」という実際の手順、実際に私がやること、のことなんです。

これは日常生活全般に渡っての
私の課題なのです。

しかし、「身体」に従う、のではないのです。
身体はメトロノームです。
メトロノームは、私を「助ける」ためにあります。
大事なことは、「ゆだねる」ことなのです。
それと「従う」というのは、まったく、違う。
しかし、それが、とても混乱する時が私はあります。

しかし、それは、
「恨む」のでなく、「手を繋ぐ、仲良くする」
その心から、私は学ばねばなりません。

だから、私は、
踊ります。

何でも踊りたい、と思います。
えり好みするのでなく、
私を、すべてが選んでくれていることを
私が信じなければなりません。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2017.1.16
愛美

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by jh-no-no | 2017-01-16 16:16 | 愛美通信☆メトロノート


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