よく食べ、よく寝て、よく生きる-自我復元後日記[158]

「よく食べ、よく寝て、よく生きる」

今年一年の抱負であり、目標です。

昨年は食べること、これ自体、苦戦したところでしたが、
一年かかりましたが、私の病気は、回復しました。
味覚も安定し、泌尿器、消化器官も、健康を取り戻しています。
放射能や添加物などを可能な限り避けながらも、
食べたいものをたくさん食べるようにしていきます。

無理がきかない、という、極度の疲弊感もなくなり、
睡眠は昨年もよくとっていましたが、
今年もしっかり、毎日7時間以上の睡眠は確保していきます。
時間的にも十分な睡眠をとり、良質な睡眠にもしていきたいです。

よく生きる、というのは、目標という意味では漠然としていますが、
私はよく踊りたいですし、よく歌いたいですし、それは、どれというものではなく、
「すべて」よくやりたいのです。あれも、これも、です。

なぜなら、すべてが私を応援してくれているからです。
すべてが、私に手を差し伸べてくれている。
たくさんの愛が注がれている。

私は自分の人生、フルに消化していきたい。
そのためには、この注がれ、恵まれている、手、手、手と
たくさんたくさん、つなぎ、触れて、握手をしていきたい。
とりこぼしてしまうようなことがないように、
一滴、一滴を、この手に受け、身体に染み込ませていきたいのです。

だからこそ、よく食べて、よく寝ないといけない、と
思います。それで身体は、十分に生きる準備が整うのだと思います。

具体的にはどういうことをしていきたいか、
というと、今の時点では、3つ、あります。

一つは、踊ってみたの投稿をスタートさせていくことです。
そのための準備を十分にして、投稿したいと思います。
投稿するからには、ちゃんと練習して、自分で今の時点では精一杯の完成形だ、
と思えるところまでしっかりやったのを、投稿したいと思います。

二つ目は、打身の初の発表会が、おそらく夏にさしかかる頃、
あると思います。そこでの演奏を、目標にします。
「手癖になるくらいまで練習しなければいけないけれど、
本番で手癖で弾くことがないように、しっかり考えながら練習する」
音楽が止まらない重要さとともに、D先生が常におっしゃられていることです。
しっかりとした作品にする、という意気込みです。
踊りと同じ、完成を常に目指すことです。

三つ目は、歌を本気で取り組みたいと思います。
本気で、というのは、上達を本気で目指す、ということです。
スクール内でもミニライブがあります。参加可能であれば、
このような本番にも挑戦していきたいと思います。
人前で歌う、こういう機会を持てるように、チャンスを狙っていくつもりです。

どれも共通することですが、
今までとりこぼしてきてしまったたくさんの応援を
全身で受け取っていくには、心身ともに、
多くの「部位」が動けるようになることが大事だと感じています。

アイソレーションはよい例ですが、胸だけを動かす、というのは、
最初はなかなか難しく、腰も動いてしまいます。
これは、腰を動かすことで移動する重心移動のほうが、
慣れてしまっているからです。足を動かさずに胸で重心移動をする、
という身体運動に慣れていない。
昨年の終わりから、職場の「畳一畳ダンス」で訓練しているのは、これでした。

身体だけではなく、意識の運動もそうです。
私は、昨年一年、意識の運動としては何をずっとやってきたかを
昨年末振り返りましたが、脳の中心だけでなく、
中心を、「身体からはみ出た脳の上斜め上方から、おなかにまでぐっと下げ、
さらに、足の指先、地中に入りこむまで落として、さらに、また、
喉や胸にまで上げていく」といったように、自分の中心を、
身体全体を貫く運動を一年、よくやってきました。

話がそれますが、
「胸」というのは、とても「もろい」と感じた部分でした。
ゆえに、AC人格に支配されやすいのだと感じました。
ですが、私は、昨年一年を終える頃、その極めつけは
サンリオピューロランドの一日でしたが、この「胸」こそ、
私が大好きな中心として、溢れ出る涙とともに自覚したところでした。

結論としては、どれがよいという視点ではなく、
どこも解放されている状態にある、という事実です。
「たくさんの他者、まわり、親、目に映るすべて、すなわちメトロノームが、
雪のように私に振る注いでいる」ということと同じです。

降り注ぐ雪を、手にこぼさないように、手を伸ばし、
走り、しゃがみ、見上げ、振り向き、掴み、手のひらを見ては遠くを見て、
今朝の外の空気のように甘い香りを吸い込み、目を閉じては目を開き、
止まりそうになっては歩み始め、落とし気味な視線を少しあげて、
休んだら、さて頑張ろう、となり、一日が終わり、一日が始まる。

表現は抽象的になりましたが、
具体的には、もっと私はなんでもできるようになりたいと思います。
なんでもやってみたいのです。中途半端でなく、しっかりと。
しっかり、というのは、

「人様の前で演じられるくらいまで、存分に練習し、挑む」

ということです。そのために、私はもっともっと
自分が苦手なことに挑戦したい。
それは、今書いたように、本番という完成形をしっかり目指す中で、
出会っていく課題を一つ一つこなしていくことで、磨かれていくと思っています。
そして、上達していきたいと思います。

サンリオピューロランドで体験したことは、
子どもに夢を、夢というのは現実的な生きる力のことです、その夢を与えるのは、
幻想ではなく、「こう私もなりたい」という、はっきりとしたビジョンですが、
大事なのは、与える側の、徹底さです。
本当に素晴らしい、と思える演奏、演技、生き方を見せること、
これは、大人がやる仕事、それは私がしたい生き方です。

合気道では、入り身という技術において、
数センチが命取りになる稽古を続けています。
そして師範はいつもいいます。
「本能を取り払うためには、何十年もかかる」と。
とっさに手でよけてしまう癖、これを取り払うための稽古なのだ、と。

D先生は言います。
「つねに考えなさい。本番では頭は真っ白になってしまう。
それでも、音楽は止めてはいけない。そういう練習をしなさい」と。

T先生は言います。
「音楽に流されてはいけません。音楽に身体を預けてしまうと、
音楽に踊らされてしまう。どんな時も、同じように、同じ粒で歌えるような
身体を作ることです」と。

「踊ってみた」の愛川こずえさんも足太ぺんたさんも
私はいつも拝見しながら、
「どれほど、自分が見たい夢を見るために、
基礎練習をないがしろにしない毎日を送ってきたのだろう」と
お二人の真剣な眼差しを、踊られている姿から感じてきました。

今書いた、この思いが、
昨日の私のブログの中で、
「頑張る」という私の言葉になりました。

降り注がれる愛を受け取ってもいいんだ。

そして、精一杯、私の生を生きる。

世界の、親という親が、
私に健康な身体とともに差し出してくれた
笑顔と応援の声と手を、今、私は、
この両の手で受け取らせていただきたいと思います。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html



2017.1.03
愛美

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by jh-no-no | 2017-01-03 12:52 | 愛美通信☆メトロノート


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