se☆no★bi-自我復元後日記[113]

2016年11月19日。

今日、ですが、始めてみたいと思います。

「日刊メトロノート」

昨年2015年12月18日から年内、一日一記事を
リハビリの巻の中で書いたことがありましたが、
今日から始めたいのは、期間限定ではなく、
ずっと、毎日、私のブログを書いていこうと思います。

「楽しいから」

だから、書いていきたい。

今日のタイトルにある通り、
「背伸び」、そう、私は背伸びをしてきたし、
これからも、背伸びをしていきたい。

背伸びができたのも、
このブログのおかげなんです。

本当に「楽しい」ということを
教えてくれたのも、このブログなんです。

リアリティーというのは、
私にとって、それはそれと正反対の「背伸び」のこと。

「決意」はいつもそうでした。

実感や確信があったことなど一度もありませんでした。
むしろ、リアリティーなどどこにも見当たらない、
そういう中で「踏み出した一歩」が、決意そのものでした。

このブログには、たくさんの「背伸び」の跡があります。
その跡の数だけ、私は歩数を進めてきました。

私は、だから、言い切れます。

いや、言い切りたい。

リアリティーではない、と。

私に、楽しく生きる生き方を教えてくれたのは、
いつも、

「懸け」

でした。そこに何の保証もない。未知そのものでした。

私は今日、今、ブログに向き合っていますが、
その思いは、たった、一つです。

私のブログを私は背負っていく責任がある、
ということです。

これは、全身で取り組むことなんです。

これ以外、私には選択肢は見えない。

いつもそうでした。

どんなに未知であっても、
私にはいつも「その選択肢」しかありえなかった。
生きる、には、それしかなかった。

ブログを日刊にしよう、という思いは
決して軽いものなどではなく、
私にとって、とても重いものです。

しかし、感謝というのはつねに
そういう激しさの中にしかないと私は思います。

本当に怖い時、
それでも「生きている」という「自分への約束」はどこにあるでしょう?

どこにも、ないんです。

だから、私自身がその「どこか」であるしか、見つからない。
「どこか」のほうから教えてくれる。
その「どこか」はつねに未知で・・・しかし、教えてくれます。


【自分に約束すること】


それ自体が、最大の未知であり最大の懸けでありながら、
その大きな背伸びこそが、いや、「背伸び」がキーワードなのではなく、
「大きな」背伸び、その「大きな」こそが、


【本当に、気持ちいい!】


ということを、鮮明に思い出させてくれる。


【私の、この身体が】


思い出すんです。


自我復元という取り組みは、
私は、「作業」という呼び方をしています。
作業というのは、身体的な意味を表しています。

実際、私にとって自我復元は
いつも、身体との闘いでした。
今だから、そう言い切れますが、
AC人格というのは、正常な身体機能を破壊します。

それは、健康という狭義の意味ではなく、
身体に対する違和感への精度を麻痺させます。

麻痺していくと、AC人格はこう言い出します。

「精神的に」苦しい、と。

突き詰めていくと、精神的に、など
自分で定義できておらず、本当は身体が動かない、という状態でした。
ギリギリの表現で、それは「怠ける」という実感を持ちます。
しかし、精神的な問題、として何とか処理しようとするのが
AC人格の罠であり、本当は、


「作業をしたくない」


という身体的な声を聴きたくないだけにすぎません。


ブログを書く、というのは、
私にとって、「作業」そのものでした。

なぜ、ブログを書くのか?
ということは、本質的な問題ではありません。

なぜ、ブログを書かないのか?
ということが、私にはつねに本質的な自問でした。

作業をしたくない、とは何なのか?

なぜ、作業は「阻止」されるのか?
誰が阻止しているのか?

生きる意味が問題なのではないのと一緒でした。
なぜ、生きないのか?
これが、私につねに突きつけられた声でした。

自我復元を続け、
その後も、約一年、リハビリと実践を重ね、
私の今の結論は、こうです。


「生きよう」


それは、「決める」ことなんです。


それは、いつも、未知にきまっていて、
背伸び以外ない。

でも、気づく。

「背伸び」

これがどれだけ、気持ちいいか、ということを。
どれだけ、私は、この身体が背伸びするのを抑え込まれ、
それが委縮という常態を形成してきたか、ということを。


私にとって、ブログは
こういうとても「重い」ものです。


その重さの責任を感じて、よし、やろう、とする姿勢というのは、
「大きく」「笑って」「楽しく」です。

その重さとこれらが拮抗するから、
だからそれは「姿勢」になります。


昨日、思ったことがあります。


その人を好きだ、ということは、
その人を利用しないことだ、と。

足太ぺんたさんの動画を観ていて思ったことです。
私は決して、彼女を利用したくない。
11月末に今度はお会いできると思うけれど、
素敵な出会いになると思います。


このブログは重いものです。


私はこの重さを余すところなく、
全身でとらえていきたい、
その思いが、

「日刊」

という決意を生みました。


最後に、書こうと思うことがあります。


先日、私はPと久々に罵声を浴びせるほどの
衝突をしました。

むろん、彼女に憑りついているのは
毒父の瀕死の亡霊です。

私に言います。

「殺すぞ」

と。私は言います。「殺してみろ」と。

毒父との最後は、電話でのやり取りでした。
彼の最後の切り札は、「対面なら、どうだ」でしたが、
まさか、対面で「殺してみろ」と私が言えるとは思わなかったようだ。

「馬鹿」「ザコ」「ガキ」

と私は怒りのままに、彼女に言葉をぶつけました。

そして、後になって理解したことがあります。

私は、彼女の「原主体」を
私は救った、と。

彼女の原主体が、私という人間が、
始めて「出会えた」日でした。

私が「子ども」と呼んでいるその子のために、
私は罵声を怒りの感情のままに発していたのです。
「私とPの原主体 対 見るに耐えない死にぞこないの目の前のP」
という構図。

目の前の死にぞこないは、肉の塊ですらありませんでした。
「醜さ」だけがありました。
むしろ、彼女の肉体は、私は、守ろうとしていたのです。
それは、Pの原主体を守ろうとしていたことと同じことでした。

かつて崩残さんが、私に言ってくださったことがありました。
私があの大風邪の時、私は薬も拒否し続けていた時でした。

「身体には罪がない」

と。

それから、私は次に生まれる時は、
地球を選び、こういう親を選ぼうと決めた。


【子どもとともに身体の違和感を直視できる親】


私の毒親でないことの定義は、こういう親です。


そして、私はその毒親でない人間として、今、この地で生き、
身体の違和感を丁寧に扱う仕事を、
これから、していこうと思っています。



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2016.11.19
愛美

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by jh-no-no | 2016-11-19 13:16 | 愛美通信☆メトロノート


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