(後半)鏡、注文しました!-自我復元後日記[096]

「(前半)鏡、注文しました!-自我復元後日記[095]」の続きです。


・・・


今日の投稿の最後にもう一つ。

こうやって、罪悪感で「それほど好きじゃないんじゃないの」という声に屈して
やめてしまいそうになるのは、私は、この頃、そういうものこそ、
「やめない、やる」と思っている。なぜ?じゃないんだ。
なぜ?と訊きたいのはこっちのほうだ。なぜ、やめなきゃならんの?

昨日も思ったけれど、前回のブログにも書いたように
昨日なんて何がなんだかわからず、仕事の最初2時間はちょっとやけになっていた。
やけになって声を出し、疲れ、休んだ後は、かえっておなかに力も入らず、力なく・・・

でも、そんな時、思ったんだ。

今、私が絶対手放したくないのは何か。

踊ること、11月にぺんたさんの踊りを生で見るまでこれを踊れるようにしようと
思っている踊りを、絶対、踊れるようになること。

打身を弾くこと。私は、打身を弾くのが大好き。
弾きたい、弾きたい、弾きたい!

歌も絶対、やめないんだから。

合気道も居合もやめない。

やめないためにやめない、それでいい。
私はやめないでこれをやる。

これが自分の意志なんだって。

不思議なんだ。

おなかに力を、意識を持っていっているのに、
頭頂がじんじんする。脳の中心がグングン脈打つのがわかる。

これはイメージだけれど、
昨日仕事をしながら、頭とおなかが一本の線(ライン)でつながるイメージをもった。
チャクラの話が桜の間にあり、私はそういうことはわからないのだけれど、
自分の身体の実感として、おなかに意識を向け、力を入れ始めたことが、
結果、意識が「堕ちてしまう」という感じではなく、
「脳とおなかのラインがつながっていく」イメージになっていった。

その中で、あまり、「胸」というのは意識されない。
通過点であるのだろうけれど、「胸に堕ちる」とか「胸に浮き上がる」という感覚はない。
それよりも、徐々に、肩、首、あご、舌の力みが解除されていくことのほうが、
現実感がある。

もう一つ。

今度は逆に、強迫観念というものがある。

これは、先ほどとは反対に、やめさせよう、という圧力ではなく、
「やらせよう、やらないと焦ってしまう」ような強迫観念だ。

私は、最近、自転車を職場のところに置くことができなくなり、
近所の駐輪場を契約することになり、今、その手続きを職場でしている。
交通費申請なのだが、厳密にいつの分から支払われるのか、が
簡単にいえばよくわからない状態になっている。

こういう時、私はすごく焦って、「どうなのか」を問い正したくなる。

もちろん、それは正当なことなのだけれど、
私は、今、自分でここにある強迫観念的な焦りを観察し、
この強迫観念を解放してやらない、と決めた。

すると、まず、気づいたことがある。

これは、職場のRさんとの衝突でもつねにそうだったし、
言うまでもなく、AC由来の強迫観念なのだけれど、
私は、とりわけ、「不平等」に敏感なのだ。
あの人はあんな楽、得をしているのに、
自分はこんなに損をしている、というやつだ。

それで、私は、最近、Rさんとの関係でもそうだけれど、
自ら、損をしてみよう、と思っている。
つまり、「損」というメトロノームを楽しんでみたい、と思っているのだ。

自転車だって、考えてみれば、
損をする、といっても、たかだか、一ヶ月分を自腹になるのが最大で、
数千円だ。この数千円で強迫観念に従うことのほうが嫌だし、
むしろ、この数千円で、損を楽しんでみたい、とすら、
この頃思うようになった。

自我復元中も書いたことだけれど、
Rさんの妄想世界につきあう必要はない、といえばそれまでだが、
言い方を変えれば、「強迫観念」など、その原因がわかっているのなら、
心を決めて放っておけばいいのだ。

その過去の世界を背にすれば、
今そこにあるのは、今まで手にしなかったメトロノームなのだ。
それが何かをしてくれるのではない。
私がそれを使うかどうか、なのだ。
メトロノーム側は拒んでいない。その拒んでいない、という経験、
拒まれてなどいない、という経験が、実は、
毒親に育った人間には未経験な体験だったのだ。

やめろ、とも言わない。
やってみればいい、やりたいと思ったら、やってみればいい。
それを、もう、誰もやめろ、とか、やったらどうなる、とは言わない。

逆に、やれ、とも言わない。
やらなかったらこうなるぞ、と脅迫もしない。
嫌だな、と感じたら、損だ、と感じても、やらなければいい。
私の場合、「損」とか「今やらないと」とか、そういうものが
強迫観念になるけれど、これは人により様々だと思う。
だけれど、これは、AC人格にとっては「自殺」というおおごとであり、
強迫観念に従わない、というのは、未知に飛びこむことになる。

自分が知らない世界に、だ。

そこに飛びこもう、という話が、
少し前にブログに書いたことでした。

とにかく、今私は、
自分と自分でない世界を往復し、
脳の中心とおなかを往復し、
昨日書いたように、自分がどういう状態なのか、よくわからないのですが、
なんだか、鏡を買おう、として動いた今朝が、
とても気持ちよかったので、ブログにそれから書こう、と思ったのです。

ここ数日のことをまとめた内容になったかもしれませんが、
そろそろ、寝ます。

あ、そうだ。

もう一つ、書きたいなあ。

実は、合気道の稽古で、若い師範の方がいて(といっても私より年上ですが)、
その方は、いつも、わかりやすい説明をしてくれます。

どういう場面だったか忘れてしまったのですが、
「あてみ」を入れる時だったかな?
いずれにしても、手の動作の指導だったと思います。

「最大速度から動かそう、とすると、
どうしても止める時に止めようとするから、動きが遅くなる。
逆に、ゆっくり動き始めて加速していくんだよ」

これは、ダンスの時にも
応用できることで、最近、とても実感している。

動画を見ていて、「キレ」がある人とない人がいる。
キレがあると、速く見えるのだけれど、
速く動かそう、とすると、そうすればするほど、遅く見えて
キレがないように見える。

なぜ、こういうことが起きるか?
ということなのだけれど、それがわかってきた。

形を真似よう、とすると、
キレを失いやすいのだ。

それよりも、「そう踊りたい」と
その踊りが好きで、それを踊りたい、という強い思い、
そのイメージが、その「キレ」を自然に生む。
なにより、踊っている自分が楽しいし、気持ちいい。

たとえば、動画でないので説明しずらいが、
足を伸ばしながら、片足ずつ、前を蹴るように、
右を蹴ったら、今度左、これを繰り返す。

自分でこれを、ある時、楽しそうだ、と思って
ぴょんぴょんやったら、
「あ、これ、足を前に蹴ろうとしているんじゃなくて、
逆に、素早く引いているんだ」ということに、
自分が自然にやっているのを観察して思った。

でも、これを、動画で見て
「あのようにやらなきゃ」とすると、
どうしても速く足を蹴り出そう、としてしまう。
そうすると、若い師範の言われるように、
「到達点で止めようとするから、結果、遅くなる」のだ。

でも、これが足を実はひっこめる動作の連続なのだ、
とわかると、蹴り出しはゆっくりでも、トップでは加速されていて、
最高速度で足をひこっめる結果となり、つまり、そう、
「ブーメラン」のようなのだ。

壁に投げつけてバン、といっておしまい、ではなく、
始めはゆっくりでも(実際のブーメランは違うだろうけど、あくまでもイメージです)
最高速度でターンをして、手で止まる、みたいな。
ブーメランより、「鞭」の動き、かな。

これは打身でも同じなんです。

速く次の弦に移ろうとすればするほど、
次の弦で止まってしまい、その次にもたつく。
ぴょんぴょん手がパペットのように、跳ねるように弾いているD先生は
最初、どうやっているのか、ぜんぜん、わからなかった。

でも、打身でも何度も思ったけれど、
楽しく元気に弾いていると、
それこそ、強く元気に、力を抜いて大きく屈伸するように、
はっきり明確なイメージを持っていく、そうすると、
そのパペットのような動きに近づいていけるんです。

「強く元気に、力を抜いて大きく屈伸するように、
はっきり明確なイメージを持っていく」

これもそう。同じだと思った。
おなかに力が入っている(元気)、
指の力を抜く=打身の場合、おそらく肩の力を抜くこと、
はっきりしたイメージとは、絶対、そう弾くぞ、という意志です。
「自分がやっている」それしかない集中力が、そこにはあります。

運動全体に、だから、きっといえることで、
私はずっと、体操や剣道、そして、成人してから歌も習ったけれど、
どれも、私には、出来ないものなのに「やらされてきた」ものだった。
私の母も、歌えるはずがないのだ。
まさに、毒親とは、出来もしないことを(出来ない心身に調教させておいて)
実際やらせてみて出来ない様を見てあざ笑う、
腐った復讐心だけで生きているゾンビだ。

とにかく、歌を始めたのはよかった、と思っている。

全身を私は調整していきたいし、
この病気も、きっと、おなかの力が大きな回復の手立てになってくれると思う。


夜風の涼しさが嘘のよう・・・暑いくらいお天気だよ!

さーて。踊りのことが頭にこびりついて眠れなそうだぞっ!!



◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html



2016.10.06
愛美

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by jh-no-no | 2016-10-06 11:28 | 愛美通信☆メトロノート


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