それを着て-自我復元後日記[091]

編み物の本を開きました。

300回目の投稿、ここから始めましょう!

私、編み物、やっていきたい、と思います。
そして、このブログに綴っていきたいし、
本気で思っていることだけれど、
この「地球」で、編み物の経験を育みたい。

編むのなら、私は、
着る服を編みたい。

身に着けるもの、という意味。

着る服はね、とっても大事だ、って思ったんだ。

戦場に着ていく服なんだって、思った。

それがいい加減であるわけないんだよ。

私が踊る時、

どんな服で、踊り出ていくのか。

どんなに悲惨な戦場でも、
返り血で真っ赤になっても、
着ていく服は、私の一張羅でなければならない。

当たり前なことなんだ、って。

命を懸けての戦いの時に、
一番、かわいくて、一番、綺麗で、
何より、大事に編まれ、なにより自身がそれを大事にし、
「これを着ていこう」と決める服。

人が服を着る。

私はそれを思うと、涙が出てくる。

私は服を編みたい。

だって、それを着て、

人は、

死にゆくのだから。

どんなに服が破れても、
どんなに服が汚れても、

戦場に旅立つ前夜の、その服の鮮やかさは、
失われることはない。

その服は、褪せない。

私は、笑う。

その時、着ている戦闘服は、

決して、破れていても破れておらず、
汚れていても汚れておらず、

ずっと、最初のままの、
色、形、姿を保っているのだから。

毒親が、とうとう、
「殺せなかったもの」がある。

笑顔の記憶である。

だから、

私も、あなたも、

その時、最期笑う時、

それを着て、戦地に向かったのだ、と
思い出すその服は、

命懸けの装束であり、

私は、そういう服を編みたい。




◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html




2016.09.26
愛美

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by jh-no-no | 2016-09-26 04:59 | 愛美通信☆メトロノート


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