私が毒親でない、ということ-自我復元後日記[090]

急に、楽になった、というか、
自分がやっていることに対して、見方が、ある意味、180度変わった、
そういう体験を、ここ数日、している。

とにかく・・・楽、なんです。

たとえば、そう、今、ブログを書こう、と思って
PCに向かい合ったものの、すごくへとへとになっていて、
とくに、これを書こう、というのも無いのに、
でも、書き始めました。

どういう、これは心境なのか?というと、
「やめなくていい」というのが、私にあるんです。

今まで私は、ずっと、
「やめない、やめてはいけない」という声で進んできました。
それが間違っていた、とか、そういうわけではなく、
ただ、今は、

「やめなくていい」

になっています。

今日は、歌のレッスンに合気道、盛りだくさんでしたが、
「出来ないこと」も自覚しながら、私は、それが楽しかった。
ああ、出来ないんだあ、これから出来るようになろう、
と、その当たり前のことを、とても新鮮に感じていました。

今日もレッスン前には、打身の自主練をしていて、
メトロノームでボロボロでした。
余談ですが、速度を8割に落とすと、リズムの維持、という点で
難易度が増しますが、速度を5割に落とすと、私はまったくわからなくなりました。
とてつもなく、難易度が増します。

もしも、5割の速度に落としても、なお、
リズム感を維持できるとしたら、これが音楽力だな、と感じた。

これは余談ですが、つまり、今、私、
出来ないことばかりでも、「楽しい」んです。

なぜか?

やめなくていい、と思えるようになったからです。

歌も、踊りも、楽器も、合気道も居合も、
私は、やめないと思います。というか、やめるイメージがありません。
こんな私でも、やってていい、それに疑いを持たなくなったからです。

50歳になる頃には、
・・・どうなっているでしょう?たぶん、ノリノリの50歳だと思います。

「やめなくていい」

これは、すごいことなんです。

一度も、私が、この「声」を聴いたことがないからです。なかったからです。

この声、本当は誰が私に言うべきセリフだったか?

私は、最近、この答えを知りました。

「親」

です。

AC人格の一つの大きな特徴があります。

「やめてしまうこと」

です。

だから、私は、これと闘ってきました。
自分自身との闘いですね。

なんでこうなったか?というと、
子どもに対して、「絶対に、やめさせてやる」という
復讐心の塊だったヤツがいる。毒親だ。

自我復元をやめさせる、だけじゃない。
何でもやめさせてきたのが、毒親なんです。
おそらく、どの毒親も、子どもがやろうとすることを
「片っ端から、やめさせてきた、くじけさせてきた」、
これをやらない毒親はいないはずです。

むしろ、毒親は、内容なんて何でもいい、
「やめさせてやる」、この恨みだけで、生きているゾンビと言える。
その復讐心を誰に向けたか、というと、自分の子どもだ。

私がこれに気づいたのは、
ひょんなことからでした。

仕事に行く途中、私は、
また、ボカロの曲を口ずさんでいました。

歌詞の感じからも、そんなにニコニコして歌う歌ではないのに、
私は、笑顔でした。笑顔で歌いたい、そう思って、口ずさんでいました。

その時、

この「笑顔」、

このブログを書き始めた時にも、私が取り戻そうとしたもの、
それが、この「笑顔」だったわけですが、
この笑顔は、「すべてを包みこんだ」。

暗い歌詞も、当然のように、包みこんだのです。

私がその時、私自身がどこに立っているかを知りました。

私が、「親」だったのです。

毒親ではない、正常な親、私の本当の親、
その立ち位置に自分がいるのを知った時、
私は、初めて、何を失ったのかを知りました。

失った、というよりも、
本来なら子どもが当然のように受け取れるべきものだったもの、
与えられて当然なもの・・・「安心」です。

「世界は味方である」

これが、安心、という感覚であり、
その意味がよくわかりました。

まわりは味方だ、という時、
私のまわり、隣人が味方だ、という意味ではありません。
世界には敵もいます。
AC人格、モロ、敵です。

世界は味方である、という絶対的な安心、
というのは、自分のまわり、自分のまわりの世界、
「それらの、さらに外側が、味方だ」ということでした。
味方、とは、何かしてくれる、というものではなく、
私と私を取り巻く世界を「ただ、見ている」存在です。

この、「ただ、見ている」というのは、
私の中で、昨日だったかな、イコール、
「やめなくていい」という理解につながりました。

子どもが体験することには
嫌なことも、楽しいことも、敵も味方もいます。
でも、それを「見てくれている」人が、
「本当は、いていいはずだった」。

親が、本当は、子どもにとっての
その役を果たしていなければならなかった。

私自身が、毒親でない「自分自身の親」になった(その位置に立った)ことで、
自我復元が、私にとって、どこに、最初から向かっていっていたのかを知りました。


私が、私の親になること。


毒親ではなく、正常な親に、「私が」なること。


私がもたらした笑顔は、「全部、OK」を保障するものでした。
私は、その時、「自分は、これから、笑顔の奏者になる」と確信しました。
歌う時も、踊る時も、仕事の時も、私は笑顔だ、って。
それが当然に思えました。

その日の仕事は、日記にも書いたことですが、
とても楽しかった。こんな楽しい一日、初めてだった、って。

これは、私にとって、

「ゴール」

でした。

ゴールですから、ゴールです。

その理解をもって、私は、私自身の自我復元というのが、
最初から最後まで、一本の線で、「ビシッ」と繋がったのです。

この二日間、こんなに穏やかだった日は
今までなかったし、きっと、これはこれからもそうだと思います。
いろいろあるでしょうが、とても「穏やか」です。
最初に、「楽」と書きましたが、穏やかゆえに、とても楽です。

まだこのあたりは、理解が行き届いていませんが、
自我復元は、今まで、「やめない」という気合いでやってこれた、
と思っていましたが・・・おそらく、ですが、
私が初めて、人生で、「やめさせよう」という毒でないものに出会った、
という経験だったのではないでしょうか?

私の人生、AC人格の人生は、
必ず、「くじけさせました」。
今ならわかりますが、毒親が、何でもかんでも、挫折させるように
洗脳しました。あたかも、自分自身での判断かのように。
考えてみれば、全部、そうです。
「やめさせよう」、これだけです。
AC人格の私から見れば、「やめよう」というあたかも自分の意思のように
すべてが勘違いしてきたわけですが、その正体は、
毒親が「やめさせてしまえ」としたことです。

日記も、

音楽も、

歌も、

踊りも、

合気道も、

・・・もはや、私は、「やめなくていい」のが、わかっています。
ただ、この理解のハードルは、「あまりに」高かった。
このハードルの高さは、とてつもないもので、
自覚すらできないほど(気絶しているようなものだ)、高すぎた。

「これでいいんだろうか」

というAC人格の最大の病理があるけれど、
さっき、稽古から帰りながら自転車で、この答えを自分で出すことができました。

「これでいい」

です。

思いこむ、とかではありません。

親というのは、子どもに対して、
「それでいい」としか、言わなくてよかったんです。

それは、あれはダメだけど、これはいい、とかではもちろんなく、
それこそ、ありのままでいい、とかでもない。

「そんなこと、一言も言わず、ただ、子どもが経験することを
見てくれている、それだけでよかった」

という意味です。それでいい、とは、ただ見ている、ということと一緒です。

そして、私が自分に対しても
一番嫌いだったもの、AC人格の悪臭とは、
「これでいい」という主張でした。

それは、なぜ主張するか?
といえば、つねに、「これでいいだろうか・・・いいはずだ!だって・・・」
と常に、頭の中で論理武装をしていたからであり、
正解とは毒親の顔色の答えのことであり、こういうことをして、
私はどうなったか、といえば、私の毒親のように「天才だ、すごい!」と
持ち上げ続けるような毒親であったとしても、私の思考回路というのは、
「ああしたら、ダメだ」という、結局、それは、毒親による恐怖心が
ずっと埋め込まれ続けてきた、という結果だった。
それが、他人を馬鹿にする、などの心理や行動に出てしまう。
私のAC人格の典型的な挙動だった。

でも、私が今日、理解したことは、
「これでいい」など、「主張する」ことではなくて、
また、証明するようなことでもなくて、

「これでいい」

ことなんて、

当たり前だったのだ。

子どもが必死に主張する必要も責任も何一つなく、
それは、親の責任として、それを保障しなければならなかった。

言い換えれば、こういうことなのだ。

「好きにしなさい」

辛いことも、楽しいことも、
不条理なことも、困難なこともたくさん、あなたの人生にはあるだろう。

「それは、あなたの人生だ」

「好きに生きなさい」

・・・その生を、続けてごらんなさい。


私は、


「やめなくていい」


生みの親からではなく、

「私」という「私の親」から言われているような、
そんな気持ちになる体験を、歌を、踊りを、楽器を、合気道をやりながら、
経験している。

このブログもそうなんだ。

今日、書いてみたい、と思ったのも、
体力的にもへとへとだったけれど、
「今、書いてみたいな」って。

私には、ブログが敵に、もう、思えないのだ。

敵、というふうには今までも思ってはいないけど、
少なくとも、かなり身構えて、よし、と思って
これまで書いてきた。

でも、そういうふうな構えで書くようなこと、
もう、ある?となると、無いんだよね。

じゃあ、書かない?と自問すると、
正直、「書きたい」。
本当に書きたくて、うずうずしてしまう。
今日書いたことも、頭にはあったけど、
別にこのことを書きたいと決めていたわけでもなく、
また前回のように、その場で感じたことを書くかもしれなかったが、
結果的には、ここ数日、考え、感じ、体験したことを書いたことになる。


私は、今まで、しつこいくらい、
これしか言ってないじゃん、愛美は、と他人からも自分でも思うほど、
「やめないこと」だけを書いてきた。

正直、これしか、私はやってこなかった。
どんな時も、やめない、それしか、やってこなかった。

でも、この出口で私が体験したことは、
それはきっと、メトロノームから始まり、この「メトロノート」という道を
書き始めたから、だとは思うのだが、
私がたどり着いたのは、

「自力」

とは、真逆の理解だった。

あれほど、自力だ、自分の舵だ、自分の意志だ、
反逆の生き方だ、と書いてきながら、
この出口は、とても、美しいものだった。

もちろん、今まで書いてきたこと、思ってきたことに嘘もないし、
今もそう思っている。

だけれど、「自分」を取り戻した時、
私が知ったのは、出会うべき本来の「親」の理解だったのだ。

それは、まるで子どもと親の関係だった。

人間の子どもは、少し放っておくだけで、
本当に死んでしまう。

あまりに無力だ。

こんな弱い生物、赤ちゃん時代にこんなに「危険な」状態の生物がいるだろうか?
いたとしたら、相当に「正常な親」が保障されていなければ、
生き物としては、あまりに、やばすぎる。

だから、本当は、人間に生まれたのなら(他の動物はよくわからないですが)、
最低限、毒親なんてものに出会ってはならず、
「完全な依存状態」であっても「自分という個の生体験」が
十全にまっとうできる親子関係が保障されていなければならない、と
今の私は理解している。

話は膨らんでしまったが、
つまり、今の私は、そう、昨日、自分で自分が「卵」なんじゃないか、と思うほどに
赤ちゃんより赤ちゃんの子ども、にすら感じたのだが、
今の私は、完全な安心、親の愛、に見守られています。

親の愛、私にとって、
なんと、それを最初に実感したのが、
「メトロノーム」だったんです。

あれからも出だしの数秒を、メトロノームを使って、
3時間近く、やり続けました。
そのうち、たった、数回、何秒か、という短い経験でしたが、
メトロノームに完全に身をゆだねた瞬間がありました。

あ、そうそう、その時、
こんなこともあったんです。

今回の投稿は、もしかしたら、
数日前、違うことを書いていたかもしれません。

実は、その日、仕事前に書き始めていたのですが、
言葉の使い方を調べようと、別のページを開いた時に
私の操作ミスで、ブログのページを閉じてしまい、
書き途中だった記事が、消えてしまいました。

この時、私が感じたこと。

とても、清々したのです。
消えたことが、ではなく、
消えてしまった出来事に、私自身が、何のためらいもなく、
気づいたら乗っかっていて、それが、ただ、楽だった。
これは、私にとって、メトロノームだったんです。
消えてしまった出来事そのものが。
私は、メトロノームに従うことに、何にも躊躇がなかった。

私は、今、「学ぶこと」が楽しみなんです。

出来ないから、学んでもいけます。

今日、歌の個人レッスンでこう言われました。
T先生はそういうつもりで言ったのではないと思いますが、
私は先生が言われたことを聴いて、思いました。

個人のレッスンは今日が初日だったこともあり、
私は、打身の話もしました。
打身力だけでなく、音楽力をつけたいこと、
これは歌でも同じに思うこと、T先生のように歌を歌いたい。
T先生の歌は、ジャンルとしては「ジャズ」で、
とにかく、歌唱力だけだなく、リズム感とスイング感、
そして歌う時の笑顔がとても素敵で、ああ歌いたい、と思っています、とか、
メトロノームを使って弾けなければ、いざ本番では通用しない、
感覚だけでもダメ、音楽力と両方が必要だ、と指導もされています、とか、
こんな話をした時に、T先生はこう言われたんです。

「今の話をきいて思うのは、きっと、愛美さんは、
感覚は研ぎ澄まされているんだろうな、と思います。」

と。

私は、これを、昔きいたのなら、
それこそ、6年前きいたのなら、ただ、喜んだだけだったろう。

ただ、今日、私はこれをきいた時に、ハッと気づいたのは、
私は、ずっと、「自力」だったんだ、って。

それは、自分の舵で、という意味ではない。

私は、独房で、感覚だけを頼りに、
生き延びてきたんだ・・・と。

そう感じた時、ああ、そうだったんだ、と理解した。

自力、しか、なかった。

そんなこと、当然とすら思わないことだった。
それは、魚が水の中にいることを、決して自覚しないのと同じで。
それが、全世界だったから。

しかし、私は、特にここ数日、
私は、「私という親」が私を見ている中を生きてきた。

たくさんのメトロノームで、世界は満ちている。

それは、私を助けてくれる。

「ここだよ」

と、ただ、手を差し伸べてくれた。

考えてみると、先日の、ふと、そのことは思ったことなのだけれど、
私は、リハビリの巻を書き始めてからくらいから、
私の課題、というか、私が日々やっていたのは、
自我復元中とは、正反対の試みだった。

それは、自分の行動や思考に対して、
「これはAC人格だ」とすべてを疑ってきた自我復元中とは、
まったく正反対に、私は、仮に、自分がAC人格の行動や思考だ、と
「感じたり、思ったりしても」、それは、
AC人格ではない、と、問答無用に
一刀両断することだった。

自我復元後のリハビリで一番大事なことだった、と
私はずっと思ってきたし、今もそう思っている。

これは、決して、自力という、実は「ひきこもり」から
抜け出すには、必要な基礎体力、基礎トレーニングだった、と
今では思う。

AC人格から、離れなければならない時が来る、ということ。

たとえ、習慣で離れられない、としても、
必死で離れる努力をしなければならない時が来る。

モグラたたきのように、私はやり続けた。

そして、出口は、
そのモグラたたきも、終わる所、だった。
というより、モグラもいないのに、
バンバン、まだ、叩いている、いつまでやってんだよ・・・
という、そんな時期だった。

メトロノームにもそこで出会った。

きっと、自分だけ、でなく、
読者の方も視野に入れながら書こう、
そうして書き始めたメトロノートを書き始めたのも、
そのタイミングだった。

えっと、何を書いていたのかわからなくなってしまったぞ・・・

こういう時って、書くときだけじゃないんだけど、
もう、書きたいことは、だいたい、書いた、っていうことなんだよね。

でもね、今は、こういう今のような瞬間、
この「何だろうなぁ」というぼんやりとした私のこの状態も
好きなんだ。

こういう時に、私は、ブログを書いていて、
書いていていいな、書いてよかったな、だからまた書きたいな、
って思うんだ。

書きたい、それだけなんだよね。

それはとても、純粋な気持ちなんだ。

子どもが走りたい、と思うのと、たぶん同じくらい
ピュアなものなんだ。

こういう今が、今、私は一番好きだ。

だけれど、一方で、今回の投稿、
今まで書いてきませんでしたが、
実は、頭の片隅に、一つ、思っていることがあったんです。

きっと、それも、
今日の投稿を書かせる力になっているのでしょうね。

実は、この前、今どのくらい記事を書いたのか、
調べてみました。

この投稿で、なんと、299回目、です。

300回というのが、また新しいスタートと考えると、
今回は、この通信は始まったばかりだけれど、
一つの大きな区切りだな、と思っていました。

そのことを思うと、
私は読者のことを広く視野に入れる、と言っても、
そのほとんどは、一緒に闘ってきてくれた、
そして、これからも一緒に闘ってくれる戦士たち、
自我復元者の皆さんのことを、考えているようでした。

自我復元でいつも精一杯の毎日でした。

そして、私が、今、ようやく、
私自身の親、その立ち位置に立てたことで、
私にとっての自我復元は、「けじめ」をつけないといけないな、と思います。

自我復元には、スタートがあります。

そして、ゴールがあります。

そのスタートも、ゴールも、
自分で決めることですし、
それが、自我復元の完備性を、自分自身が実感することになります。

自我復元がカルトではない、というのは
そのためです。

どこまでも、私自身が、やり通したことなんです。

それが出口で、「本当の親」、
本当の、正常な、他力、依存を知る、という結末は、
・・・体験しなければ、この不思議さは、言葉で言い表せません。

子どもと親との正常な関係を体験する、
この失ったはずの体験を、体験し直すことができる。

それゆえに、「後天性」全自我、というのだと思います。

しかもそれは、親が親になってくれるのでもなければ、
親のようなパートナーに出会えるというのもない。

私自身が、私の親、私が毒親でない、ということ。

私が決めた自我復元のゴールです。

それを、今日、299回目の投稿で書けたこと、
書いて、書けてよかった、と思います。

300回目からは、・・・

あ、そうだ。一つだけ、これは私自身だけのためですが、
ブログに書いておきたいな。

私は、やっと、日記が書けるようになりました。

苦しかった。本当に苦しかった、今まで。

私は、日記を書くのを「やめなくていい」。

ただこの理解に行きつくまで、どんなに苦しかったか。

よかった。

本当に、よかった。

この話は、日記にも書いたけれど、
日記のことは、他の媒体にも書いておきたいな、と
今思ったので、このブログに、しっかり、書くことにします。

さて、300回目は・・・どうなるかは、わかりません。

が、なんとなく、感じていることがあります。

読者の方を視野に入れて、というのは変わらないと思いますが、
これからは、もしかしたら、自我復元者の方だけでなく、
もっと広く、読者の層が私の視野に入りそうです。
もちろん、今は、このブログは、これまで読んでくださっている
自我復元者の方がほとんどかな、と思いますが、
今回、私が、自我復元に関して、自分自身のゴールを強く意識したことで、
話題も、よくもわるくも、広くなっていく?と思います。

やってみないと、わかりませんね(笑)

でもね、私は、ずっとこのブログ、好きですよ。

こんな気持ちになれて、本当によかった。

ありがとう。


◆自我復元に関する資料◆

無明庵サイト「桜の間」
http://mumyouan.com/k/sakuranoma.html


2016.09.24
愛美(あび)

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by jh-no-no | 2016-09-24 02:05 | 愛美通信☆メトロノート


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