アンケート回答と志し

桜の間の記事
http://www.mumyouan.com/k/?S425

のアンケート回答を、以下、報告文をそのまま掲載します。

文末に、それとは別に、今日現在志すことを
書かせていただきます。


・・・


Abyです。

今年はじめてのご報告となります。
よろしくお願いいたします。

このアンケートは、わたしにとって、今、重要なことだと思いました。
気後れせず、心して、書いていこうと思います。

つねに、どこも、戦場ですから。
やることはひとつ、引かないことです。

本題に入りたいと思います。

自我復元で、停滞を

「感じること」、と、
「考えていること」、とは、わたしの場合、別のことに思えました。

自我復元をはじめて、2年が経ちました。しかし、わたしはまだ、
「自分が変化した」とは感じていません。

アンケートの内容を拝読したとき、まず思ったことは、「停滞」という言葉が、
わたしにはどうもリアリティーが感じられなく、停滞?、えっ、どういうこと?
と思いました。停滞もなにも、わたしはまだ、わたしが変化と思えることが
起きていない。これは、この状態は、停滞と呼ぶべきものなのかどうなのか、
そう思いました。

ただ、こう、今まで思い続けてきました。停滞などしている場合ではない、
いつ死ぬかわからない。だから、いつも、こんな誤魔化しをいつまで
続けているのか、ここで死んだら、死ぬに死ねない、と、思ってきました。

ですから、停滞感、というのは、一度もありませんでした。

ただ、つねに、「停滞してしまう危機感」はあったと思います。
それは、むしろ、自我復元を進めていくにつれて、「その日一日の単位」で、
その危機感の波を感じとっては、掘り進めていった、という感覚があります。

その意味では、停滞は、油断すればすぐに、今でも起こります。

どういうことをもって、わたしは、停滞と感じるかといえば、
昨日もそこが戦場でしたが、「自我復元前と何も変わらない」と感じる時です。

感じる時はその時、ではあるのですが、
停滞感の要因は、他にあります。

それは、「掘れない」と思わされたことによるものですが、本当は、掘れない、
のではなく、「掘らなかった」ということ、掘る手を休めたことで、停滞感を
わたしは感じています。

ここは、背中合わせのところで、掘れないのではなく、掘らない自分、
それはAC人格でしかないのですが、その掘らない自分に気づく時というのは
「それでも、掘る」と、そう思えなくても、意志し、意志しようと決意し、
何かを信じられるわけでなくとも、たとえ頭でっかちになろうと、現状を打破する
と誓ったとき、そのとき、掘れないのではなく、掘らない、掘らなかった自分に
はじめて気づきます。

これは、一度、そう気づけばいいようなものではなく、格闘の度に、毎回、
そこを通過しなければならないものです。

ですから、停滞していた、ということに気づくのは、「動き出した後」です。
停滞の最中は、「掘れない」という感覚にのみこまれて、ただのゾンビです。
最低な状態です。「最低」と呼ぶ以外ない、この最低に、毎回出くわします。

この2年というスパンを考えたとき、いくら停滞感は感じなかった、といえ、
わたしは「停滞している」と考えてきました。

その理由は、事実として、トラウマが掘れない、と思っていたからです。
ガイドラインを目にするとき、毎回、「記憶掘り」、「トラウマ掘り」、
「幼児期の感情の再生」の部分が、まったく掘れない、と、これは2年間、
途切れることなく、掘れない、と思ってきたことでした。

事実として、この作業で、わたしは停滞していました。

そして、この停滞状態から抜けられてはいません。

ただ、それが、この年末年始で、変わりつつあります。

年末年始で変わったのではなく、そうではなく、AC人格の解除こそ、
実は、昨年中、「停滞し続けていた」ものでした。つまり、わたしは、
AC人格分析だけで、同時に、解除すること、AC人格を首にすることを
わたしはしてきませんでした。

理由は、切羽詰っていなかったからです。
切羽詰まっていない、というのは、自分の身のまわりの現実世界が
何も変わっていない、ということだと思います。

夏の武術体験を経て、9月も後半になり、ようやく、わたしは、現実世界が
変わりはじめました。毒親が敷いた毒親都合のレールの上でない場所に
踏み込んだからです。AC人格との格闘が本格化したのはこの頃からです。

たかだか、10、11、12月、まだ3ヶ月ですが、この現実世界で、この毎日毎日の
AC人格との格闘によって、年末年始、気づいたことがありました。

復元ブログにも書きましたが、トラウマ掘りは、掘れないのではなく、
掘らなかったのだ、ということでした。

感情がないがしろにされ続けたのです。
自我復元でありながら、自我復元中も、です。
後回し、後回しにされ続けたのが、感情です。
泣き、怒る、という感情です。

今、日記を書くという、人生初の試みをしています。
復元ブログは、わたしにとって、決意し、無理じゃないかと思っても宣言し、
それが嘘にならぬよう、自分がゾンビになりそうなとき、また、なったとき、
それでも、と書いてきたものでした。それがあって、今がある、と思っています。

ただ、先日も思ったことですが、「こんなブログを書いていては、絶対死ねない、
死ぬに死ねない」と思いました。そのタイミングで、ちょうど、日記のことが
桜の間に掲載されました。最初は日記を書くことで、ぐっと楽になるのを感じ、
「いいかげんはダメだ」という強い思いこみがあることに気づきました。

最初これは、自己観察が甘くなっている、と感じ、日記を悪用している、と
感じたのですが、待てよ、と思い、日記を書いていて、誰にも見せない日記なのに
それでも「こんなことは書いちゃダメだ」と思う箇所、それは、文字がミミズの
ようになるのでわかりやすいのですが、そこで聞こえてくる声を観察すると、

「いいかげんはダメだ」でした。

こうなってしまうと、泣き言ひとつ、言えないのです。

それが言える、そう感じて楽になったのだと思いますが、次第に、それは
自己観察が甘い、という声で縛られそうになったのです。

AC人格の攻撃は、そんなことでは止まりませんでした。先日は、日記を書くのが
相当にしんどかったのです。なぜなら、食べたい、寝たい、という生理的・肉体的
な欲求が、頭をもたげてきて、日記を書く行為を止めようとしてくるのです。

これに対しては、しばらく前から続けている、「だらだら食いをしない」「だらだら
寝をしない」という自分で設けたルールで対抗しています。昨日は、それがいかに
ナンセンスであっても、何時までは日記を書き続ける、それまでは、食べないし、
仮眠など絶対しない、と決めてやりました。覚悟を決めてやるとわかるのですが、
やはり、行動をとめようと、生理的・肉体的な欲求をあおってストップをかけてくるのは、
「もうやめなよ、身体のこと大事だよ」と言ってくるAC人格でした。

なぜ、これほどに、肉体のこと、身体のことを、優先させようとするのか?

これは、生き死にの問題に直結することだと思います。

自分の意志、これを捨てて、何を他に優先するのか。
これを忘れるとき、それは、自分を裏切ったことになります。
それは掘るのをやめたとき、ということでもあります。

掘る手を休めているときは、必ず、自分の意志にリアリティーを感じられず、
生理的、身体的、肉体的な、そこからの信号にリアリティーを感じます。
それだけがリアルなもの、と感じている、誤認している状態です。
肉体感覚は、肉体が死んでいく苦痛、飢えること、これらの恐怖をあおります。
この恐怖が支配的になるとき、しかたなく生きることを選ぼうとしてしまいます。

ここが正念場になります。

リアリティーをいかに感じなくても、自分の意志に立ち位置を戻せるかどうか。
それは、いかに自分がゾンビに落ちぶれようと、完全に0対100で負けていようと
それでも、「意志する」しかない、掘る手を休めないこと以外ないと思います。
格闘中はそんなふうに思えなくても、それでも意志し、掘る手を休めないと決意
した「後に」、後になって、意志するしかないんだ、掘るのをやめるわけには
いかないんだ、とそう思えるものだと思います。

停滞については、どのスパンで見るか、という点と、その濃淡によって、
いろいろな見え方になると感じますが、ただ、やはり、これだけはいえると
わたしは思うのは、停滞していようと自分が感じていようがいまいが、事実、
停滞していたのなら、そのときは、「掘っていない」ということです。

あるいは、自分の意志を、捨てていた、ということです。
たとえ自覚がなかろうと、です。

でも、それは、他の手で済ませていられるからなのです。
それで妥協できている、ということなのです。しかたがない、と。
その他の手、というのが、ことごとく毒親の都合をかなえるためのものであり、
これは屈辱的なことなのだ、という自覚が生まれない限り、
牢獄から抜けられないのだと思います。

今のわたしは、はたして、AC人格の分析にとどまらず、屈辱的なことなのだ、
という正常な感覚を取り戻せるかどうか、その瀬戸際にあると思っています。
これは、感情をとり戻す、ということです。それは簡単ではありません。
失敗が言えない、肉体の苦痛を回避したい、これらの恐怖は、顔色をうかがう
AC人格が強烈に放つ恐怖です。ここで、泣けるか。泣けるか、というのは、
あがけるか、ということでもあり、取引をしないか、ということであり、
感情と引き換えに、「自分はできる、自分は大丈夫だ、平気だ」という、これは
まさに、毒親がわたしに植え付けた「親都合のわたし像」なのですが、その
わたし像にすりかえることをしないかどうかを、試されることだと思います。

わたしは、できる人間なんかじゃない。

泣いて、わめいて、それでも、恐怖に甘んじることなく、
自分の意志を捨てない、それをやるべきだった。

これは、昨日思ったことですが、そもそもが、「できる自分」など誤認です。
わたしのどこを見て、どこが立派なのか。この現実世界でのボロボロ具合を
昨年夏以降、知る経験をしてきました。持ち上げてきたのは毒親による毒親の
都合です。しかし、Pを守る、という滅私奉公には、わたしは、「できる人」
でなければならなかったのです。できなくても、です。

目もあてられません。自立しようとしないPという「できない人間」を、実は
まったく同じ自立もなにもしていないできない人間なのに「できる人間」と持ち
上げられてきたわたしが、「あなたができないことを、わたしがやってあげよう」
という世話は、世話ですらなく、ただ、都合よく、相手に、相手の手足にされた
だけです。利他でもなんでもない。

「Abyはすごい」

これは、相当に毒です。毒父は言い続けました。無条件に言い続けました。
わたしは、すごくなんてない。昨日、山崎恵さんという方を取材した樫田秀樹さん
という方のブログを読み、この一文に、涙が滲んできました。

〝山崎さんは、「障害」をこう定義します―
「障害とは、自分ができないことを周りが当たり前に手伝ってくれないこと」〟

これを読んだとき、わたしは、これは自分のことだ、と涙が滲んできた。
わたしは、できなかったのに、そこで泣かなかった。それどころか、
自分ができる人間のように振る舞い、役立つ人間を演じ、結果、利用された。

しかし、山崎恵さんは違った。

彼女を取材したルポも読んだけれど、彼女は、決して、感情を捨てなかった。
泣き、怒り、それを貫き、負けるとわかっていた裁判で、彼女は笑った。

復元ブログでも、わたしは泣き言が言えなくて、「できる人間」を演じていて、
それが、わたしがずっと変わらない、と思っているところであり、わたしが
復元ブログというものを悪用してしまっています。

これは、今までも気づいていなかったわけではありませんでした。
ただ、それよりも、先ほどに書きましたが、ブログで宣言していくことで
自分に嘘をつかないでいられるかどうか、に目をやり、やりすごしてきました。

でも、もう、そこを見ないフリをして、書き続けることはできません。
復元ブログは、失敗を綴れるノートでなければ、わたしにとって、
自分を裏切るノートになります。

ここを今、まさに取り組んでいるところで、アンケート項目4、
これの原因に向かう途中にいます。

ここが今、突破できないでいる、まさに停滞し続けてきたところです。
ですが、この長すぎた停滞を、今、なんとかしようとしています。

アンケート項目1から3までを、現時点で、回答させていただきます。

Aby


・・・


以上、ここまでがアンケート回答です。


・・・


「どうやられたか」の記録が、今までのブログならば、

今日のブログ投稿から、

「どうやり返したか」を書いていこうと思う。


それは、AC人格に、

二度と、

勘違いをさせないためだ。


攻撃の手を休めないのは、わたしの方なのだ、

攻撃は、わたしがしているのだ、

攻撃などと、恥ずかしくて口に出せないほどに
その情けないやり口が「甘かった」と思い知るのは、
あなた、AC人格の方だ。


昨日、稽古で、

「届いてないぞ。本当に当てにいきなさい。
届いていない、というのが、一番、わるい、よくない」と、指導をうけた。

届いているつもり、だった。
つもり・・・じゃダメだ。

攻撃は、「届いた方が」、攻撃だ。

届かなかった側に、攻撃、を語る資格はない。


届かせる。


届かせて、届かせて、届かせて
アクセル全開と急ブレーキで、それでも届く手は、わたしの方の手だ。


気後れなどしない。


AC人格に何度言っても言ってやりたいと思うのは、


「攻撃は わたしが する」


ということだ。


それを、これでもか、これでもか、と
容赦なく残虐に殺していく。

わたしがブログで書きたいことは
その実行のことのはず。

もう自分のやっていることは
「殺しだ」と、鮮明に自覚し、やり通す以外に、
あと一体、何があるか!



2015.01.24
Aby


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
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by jh-no-no | 2015-01-24 19:10 | 復元ノート 1


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