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「親は絶対だ」という密室で育てた自虐思考

年始に両親と会って以来、言葉を交わしていない。

一昨日、ふと歩いていて、こんなことを思った。

もしも父が突然、メールや電話をよこしてきて、
「一度、来なさい」などと言ってきたら、
「行かない」と答えるだろう、と思った。

二度、三度、そう言われても、行かない、と
答えるだろう、と思った。

父も母もきっと
最後に言うセリフはこうだ。


「親の言うことは、絶対だ」


わたしが「行かない」と二度、三度、返答し、それでも
もしもそのセリフを言ってきたら・・・と
なぜか、その状態を想像したとき、
堰をきったように、こんな乱暴な言葉が、
ドカドカとあふれ出した。



「行かねえって言ってんだろぅが、こらぁ」
「お前、誰だよ。何様だってきいてんだよ」
「誰に口きいてるんだ。答えてみろ」
「今、何て言った、何て、言ったんだ」
「調子にのってんじゃねーぞ、おい」
「黙ってりゃ、いい気になってんじゃねぇ」
「お前何笑ってんだ。何にやついてるんだよ」

きわめつけは、「お前、死ねよ」。



長く息をとめていて、急に息を吸うときに
心臓がドクドクいう、まさにそんな感じだった。


驚いた。


父に対して、こんな気持ちを持っているとは、
思ってもいなかった。
このときに頭にずっとあったのは、
あの、高圧的な顔だった。


わたしの中で流れ出したこれらの言葉は、
父が、まわりの人を血まつりにあげるときに
多用する言葉だった。
あまりに一致していたことに、唖然とした。

最低だけれど、わたしもまた、何度か職場で
ダイレクトにそうは言わなくても、苛立った上司に対して、
同じような温度で、似た言葉を使って責めたてたことがあった。
まるで、同僚に「俺は怒ったら、本当は怖いんだぞ」と
見せつけるように、怒鳴ったことがあった。


あの時の感じだった。


「とうとう怒らせたな」と、キレる。
わたしの顔色が豹変し、心臓がドクドクいう。
人が変わるのが、自分でもよくわかった。


それが、今回、想像のなかではあったけれど、
父に矛先が向いた。はじめてだ。


わたしのなかで、父のイメージは長い間、
いつもやさしいお父さん、笑っているお父さん、
子どもを第一に考え守ってくれるお父さんだったからかもしれない。

しかし一方、矛盾するのは、
父はわたしにとって本当は

「怖い存在」

だったことだ。


父に逆らった記憶がない。


中学の頃の反抗期、よく母から、
「わたしに悪態つくように、お父さんになぜ悪態つけないのよ」
と言われたが、情けないことに、それは、怖かったからだ。
そう、父も母も暴力は直接ふるうことはなかったのに、
なぜか、父に逆うことによる恐怖は、

「身体への恐怖、痛み」

が想起された。言葉で叱られるというよりも、
ボコボコにされる、という恐怖心だった。

考えてみても異常だ。
そういう恐怖心を与えておいて、
どこがいいお父さんだ、なにが子煩悩な父親だ。


「あいつは、いったい、なんだったんだ・・・!」


一日中、それが頭にこびりついて離れなかった。


>「行かねえって言ってんだろぅが、こらぁ」
>「お前、誰だよ。何様だって聞いてんだよ」
>「誰に口きいてるんだ。答えてみろ」
>「今、何て言った、何て、言ったんだ」
>「調子にのってんじゃねーぞ、おい」
>「黙ってりゃ、いい気になってんじゃねぇ」
>「お前何笑ってんだ。何にやついてるんだよ」

>「お前、死ねよ」


このフレーズが、わたしに直接向けられたことはない。
だけれど、何度も耳にした。
父は血祭りにあげるやつには、子どもの前で、
相手が人間としていかにクズかを見せつけるように、
容赦なくおとしめた。そう、容赦なく、だった。


わたしに向けられたことはない


と思っていた。


違う、この認識は間違っている、と思った。


これは、


わたしに向けて言っているんだ


実質上、その効果としては、
わたしに言っているのと何も変わらない。
いや、「わたしに」言っているのだ。

「オレは今、不機嫌なんだ」と言っている。
わたしに言っている。
父が直接誰に向けていっているかは関係ない。
わたしが見せつけられたのだ。


調子にのるな、という言葉は
わたしにとってかなり怖い言葉だったけれど、
これらのフレーズをブチあてているうちに、
もっと怖い、血のけが一気にひく言葉があった。


「今、何やった」


という言葉、あるいは、「今、何て言った」。


顔色が豹変するその瞬間だ。
生きた心地など一発で失う。

AC人格が自白か隠蔽かと、とり乱すことが顕著なのは
この言葉とセットに、相手の顔色を想像したその瞬間だ。


「今、何やった」と訊かれたら
「こうした」と答えればいいだけだ。
それで結果、どう言われ、何をされてもだ。

「今、何て言った」と訊かれたら、
「こう言った」と答えればいいだけだ。
それで結果、どう言われ、何をされてもだ。


ただそれだけだ。


でもそう思えないで怯えてしまって、
咄嗟に逃げようとしてしまいそうになるのは、
父の言う「今、何やった」という言葉はそもそもが質問でなく、
「地雷を踏んじまったようだな」という、もうそれは
「止めることがかなわない事態」に直面した、という
見せしめ処罰執行の合図だったからだ。

それと、この見せしめの特徴は、
ボコボコにされる人に何か落度があったわけでもなく、
実は、ただ父が不機嫌なところに、たまたま
「はけ口にちょうどいいカモ」誰でもいいから捕まえて
ボコボコにしたケースがほとんどだったんじゃないか?

やられるほうは、たまったものじゃないだろうが、
「もしかしたら父を不機嫌にさせてしまったのは、
わたしが原因なんじゃないか・・・」と嫌な罪悪感を
抱かされるほうも、たまったものじゃない。
わたしのせいで、この人、ボコボコにされちゃったのかな・・・
曖昧な記憶だが、こう感じていた可能性もある。


それに加えて、バッチリ、恐怖が植えつけられる。


「今、何て言った。何て言ったんだってきいてるんだよ。
耳ついてないのかお前、おもちゃか、この耳は!
にやついてるんじゃねえぞ、こらぁあ」


「今、何て言った」から始まる見せしめの一部始終が
十分なほどの恐怖になることを、身体がどこかで覚えている。
(書いていてもするこのドキドキは、あの頃のドキドキだ)


だから、わたしも父に怒りを感じて
乱暴な言葉が次々浮かんだとき、一番言ってやりたい、
「次はてめーが言われる番だ」と、最大の憎しみをこめて
言ってやりたいと思った言葉が、


「今、何て言った」


と、この一言、この一言でとどめを刺してやりたい、
そういう残酷な自分がいた。

やるせなかったのは、父だけ、今までの間、
「彼だけ」を許してしまっていたことだった。
本当は怖かったのに、いいパパだ、と思いこんでいたこと
そのこと自体、許してしまった、媚びた、服従していた、ということだ。

「彼だけ」を、許さなければよかったことじゃなかったか。
最初の最初から、わたしが怒りを向けるべき矛先は、
他の誰でもなく、本当は、父であるべきだった。
なのに、彼だけを的にするのを、わたしは避けた。
わたしが避けたんだ。そして、いいパパ像を温存させた。


徐々にだが、父の高圧的なあの顔が、
わたしのなかで「メインの顔」に置き換わりつつある。
わたしが置き換えたのだから、戻せるはずだ。


先日、思い出したことがあった。
随分父の口癖は拾い上げてきたと思っていたが、
すっぽり、大きなものを忘れていたのがあった。
こんな話を、実は何度も何度も、きいていた。


「Aby、いいか。どんな悪いことをやっても構わない。何やったっていい。
ただ、親にわからないようにやれよ。親の見えないところだったら、何やってもいい。
パパはね、殺人以外だったら、悪いこと、何でもやった。自慢じゃないけど(ニヤリ)。
だけどね、ババ(父の母)の見えないところでやった。
だからババは、パパが何やったか、知らないはずだよ。

親に心配をかけない、迷惑をかけない、それは子どもとして最低限当たり前のこと
・・・なんてね、かっこうつけちゃったけど、そういえば、よく道端でやくざと喧嘩して
パトカー来ちゃったりして、心配かけちゃったこともあった、かな。ハハッ。

まぁでもね~Aby、人間っていうのは、一人じゃあ生きていけない。
他人に迷惑かけて当たり前。だから感謝を忘れちゃいけないんだよ。
俺は一人で生きていける、なんていうヤツがいたら、今すぐ無人島行けっつーの。
お米一つ、作れるのかっつーんだよ。お百姓さんは・・・(以下、延々)」


あらためて文字にすると
狂っているとしか言いようがない。
後半はいつもの格言の繰り返しだけど、
前半の言い分は、なんだ。

まず、親が子どもに言うセリフか?
これで思いあたったのは、なぜわたしが困ったり、
自分がいけないことをしてしまったと思ったときに、
即座に、隠そう、なかったことにしようとするのか、
この隠蔽体質の出所、この部分も大きいと感じた。


父のセリフに戻るが、
前半部と後半部を見てみると言っていることが
矛盾だらけだ。支離滅裂とはこのことだ。


ところが、「一点だけ」認めると、
少なくとも、父のなかでは支離滅裂でなく、
むしろ、彼にとってだけは理路整然となる。


「親だけは、別だ」


という主張。どうやら、ここがいつも基点のようだ。


なんといっても父は繰り返し繰り返し
「パパは、中国の人よりも、親を大事にしている。
いや、世界で一番かな」と、言っていた。
・・・比べたこと、あるのかよ。

父の言う「大事」という意味は、
「親が死ね、と言ったら、文句ひとつ言わず死ねる」という意味だ。
・・・が、そう言っているけど、これ、絶対嘘だと思う。
父は親が死ねと言っても、おそらく死なない。死ねない。

父が言いたいことは、きっとそうじゃない。


「お母さん(←父の母)は、ボク(←父)を
愛してくれているはずだ。愛してくれていたはずだ。」


父が言いたいこと、おそらくこれだ、と思った。
父はこれを自分の母に確かめるのが怖くてしかたがない。
数年前、父の母は亡くなってしまったので、もう
「愛されてなんていなかったんだ」という事実を確認できないし、
もちろん、父はそんなことを確認しようともしなかっただろうけど。

目茶苦茶だけれど、
「親が死ね、と言うのも、愛ゆえだ」と考えれば、
どんなことも、「本当はボクのこと、好きだからでしょ」と
納得できると思いこめるからだ。
今思うと、父が、自分の母親に向ける眼差しは
思い返すほどに、この訴えに満ちていた。


おそらく、これが転じて、だろう。


「親は子どもを愛している」


わたしはこのことを、成人するまでも、
成人してからも一度も疑ったことはなかった。
わたしにとっては、無条件にそういうものだと
思いこまされていた。

我が家という家庭のなかの、
完全密室のなかでの、安全神話だった。

「もしかしたら、わたしのこと嫌いなんだろうか」
など、一度も頭をよぎったことがなかった(と、ずっと、思いこんでいた)。
親がわたしを愛してくれていることは、100%、大前提のことだったから。


親は間違うはずがない、親は完璧なはずだ。
親は子どもを絶対に守るはずだ。
親は子どもを愛しているはずだ。大事にしているはずだ。
子どもを傷つけるはずがない。


・・・いや、これはどちらかというと、父や母の思考パターンで
わたしは、その「はずだ」と思いこみたいとすら思ったこともないほど、
「愛されていること」は自明なことだった。
まさか親が子どもを愛していないなどと想像したことは
一度もなかった。


つまり、こういうことだったのではないか。


父も母も、自分が親から愛されていたのだ、と
思いこみたいがために、自分の子どもを利用して、
「親は子どもを愛しているんだよ」と徹底し徹底して、執拗に
子どものわたしに言い聞かせたのではないか?

問題なのは、本当は、父も母も、
「自分は見捨てられたに違いない」
「親に愛されていなかったんじゃないか」と、
心のなかでは、本当はそう思っていることだ。

そこ、言っていることと、思っていることが真逆なのだ。


結果、わたしはどう思ったか。


「親のせい」

にだけは、絶対にならなかったのだ。
思いつきもしなかった。

だって、親は子どものことを一番よくわかっていて、
全面的に守り、愛し、わたしを不快にさせたり傷つけたり、
そんなことをするわけがなく、何か問題があるとしたら、それは


「わたしの不備」
「わたしの不注意」
「わたしの未熟さ」
「わたしの落度、ミス」
「わたしの努力不足」

のせいだ、


という以外、考えつきもしなかった。


「わたしがダメだったから、罰せられるんだ」
(罰せられるのは、わたしがダメだったからだ)

と考えること自体に、どこにも疑問を抱かなかった。


しかしそもそも、

罰せられていい人間など、いるのか?
わたしがダメだった、というけど、何がダメだったのか?
親はわたしを愛している、大事にしてきたというけど、本当か?


なぜこんな自問すら、してこなかったのか。


鵜呑みにしてきたことが
あまりに多すぎる。


だから、その後のすべての問題解決の方法自体が、
「自分がダメだったんだ、とすればいい」などという、
自虐的で、歪んだ解決法になってしまった。

解決でもなんでもない。

たたかうこともしない。


「自分」を最初から、手放している。

だから、たたかう理由もなかった。


これ以上失うものがないものまで
失っているのだから、言いなりになるのは苦じゃなかった。
怖くないのならなんでもいい、と言いなりになった。
「自分」をはなから手放したわたしにとって、
従うこと、言いなりになることに何の躊躇もなかった。


年始に両親と会ったときのことだが、
父から脅しをかけられたのか、薬の飲みすぎかわからなかったけれど、
その母から「昔のことなんて、なんでAbyに話さなきゃならないの」と
いつもとは違う形相で言い出したので、少し動揺した。

「Abyといろいろ話せて楽しいわ」と言っていた人と
同一人物とは思えなかったからでもあるが、
わたしはそう言われて、咄嗟に、


「別に親に何も期待していない」
「どうせ僕のことなんて、どうなってもいいんだろうし」


と、母にそう、言った。

「それは禁句だ。Aby、言っていいこと、悪いこと・・・」と
父が横槍を入れてきたわけだが、もう一度、この出来事を
思い出し、考えてみた。


なぜ、禁句なの?


わたしは親に対して、何も期待などしていない、と
日々思っていると思っていたし、
わたしのことなんて関心もないだろうし、
どうとも思っちゃいないんだよ、わたしのことなどあの親たちは、
と感じていた。

だいたい、そんなこと、子どもが思っていることも
知らなかったわけ?むしろ、そのほうが驚きだよ。
今さら禁句って・・・


・・・あれ、なんだ、これは。


「親は子どもを愛しているのを疑ったことがない」
んじゃなかったか??


自分で言っていること、矛盾している。


親はわたしを守ってくれるはずがない。
親には何も期待できない。何かしてくれるはずもない。
わたしを大事にするとは思えない。
どうせわたしなんて・・・愛されていないんだ。
そんなこと、当たり前じゃないか。
知っていたことだ。


「親に何も期待しなくなること」


親から自分に何かしてもらおうと
思わないこと。一切、頼らないこと。


親から自立する、とはこういうことだと
思っていた。

二十歳頃には強くそう思っていて、
それ以降、わたしは父にも母にも
心情的にも何も期待しなくなった。
赤の他人のように振舞った。


これはどういうことか、というと、
「親が子を愛してくれているなどど、勘違いするな」
というものに、おそらく、近い。


これは、自立でもなんでもない。


自立だ、と思いこませて真相を隠そうとしたんだ。


もちろん親によって。

「Abyのことを、わたしたち親は、一心に愛してきたのよ」

ずっと、こう思わせておきたくて。


数日前、中学に入りたての頃のことを思い出した。
随分身体が小さくて、鞄に持たされているような格好で、
ヨロヨロと一時間半近く、電車を乗り継いで学校に通った。


正確には覚えていないけど、最初の
一週間くらいだったろうか・・・


マンションの上の窓から、
母が手を振ってくれた。

わたしは何度も振り返り、手を振った。
ビルの上のほうだから、表情は見えないけれど、
こっちを見てくれている。


わたしは執拗に振り返り、手を振った。


建物の陰に母の姿が見えなくなるまで
なんとなく手を振っているのが見える、ぎりぎりまで、
わたしは振り返った。


中学生といえば12歳。
この年で、これはなんだか恥ずかしい。
小学生の頃だって、いや、それ以下の頃だって
そんなこと、してもらった記憶なんてないのに・・・
あれ、なんだったんだろう、としか思ったことがなかった。


先日、


「そうとう、嬉しかったんだろうな」


と、この記憶を思い出しながら思った。


どこかで、期待していたんだ。
わたしを見てくれている、大事にしてくれていると。


たいした記憶でもないと思っていたけれど、
その頃のわたしが、なんだか可哀想に思った。
自分のことを可哀想なんて思ったことがなかったから
ちょっと、驚いた。

このイメージとぴったり重なる幼い頃の記憶があることに
気づいた。感覚的な記憶だけれど、思い出した。

おそらくそれは、保育園や習い事が終わる頃の
「お迎え」のシーンだった。

遠くから、Aby、と手を振ってくれて、
わたしを見てくれている母を思い出した。


その一方で、わたしのなかの母の記憶は、


>どこを見ているか焦点が定まらず、
>いつも遠くに立っている。
>口をぎゅっとむすんで、黙っていて、
>何を考えているか、どんな機嫌なのかわからない。


「父も母もわたしを愛していた」

・・・でも、そう感じてはいない。

そう、感じていなかったのだ。


この、「そう感じていない」というのを、
「口に出して言うな」


それが禁句、ということなんだろうが、
黙る必要なんてない。


父と母は、自分の親から
「愛されていたはずだ」と思いこみたいから、
わたしにも黙れ、というだけだ。

「親は子どもを愛している」

という嘘の刷り込み。

ここから育ててしまった自虐思考。

自分がダメだから、自分が罰せられることをしたからという口実で、
己をいとも簡単に売りとばし、それでことを済まそう、とする態度は、
「親は、絶対だ」という考え方とともに、父親家系を中心に、
世代間連鎖してきたAC人格のパターンであるように思う。


「親は子を愛しているから、
子どもが不快に感じるようなことは、親は絶対にしない」


批判的精神を持つことをせず、
これを鵜呑みにし、し続け、
親側についたツケは大きかった。



2014.05.17
Aby



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by jh-no-no | 2014-05-17 18:31 | 復元ノート 1


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